数年前、叔父が風呂場で亡くなった。

極寒の日、従兄弟が電話をかけても返答がないので不思議に感じ、叔父宅を訪ねたところ浴槽の中で既に息絶えていたらしい。従兄弟は救急と警察に電話した後私に急を知らせてきたので、駆けつけた。叔父の亡骸はまだ浴槽の中で警察による「検死」が行われていた。

警察の義務なのだろうか、第一発見者の従兄弟にはかなり詳細な事情聴取が行われ調書も取られた。浴槽内でどのような体勢で叔父が亡くなっていたかなどかなりの枚数の書類を作成していたので、亡骸を布団に安置できるまで発見から4~5時間は要したろう。

◆葬儀の段取りをしている最中、警察が何遍も失礼な家捜しを繰り返す

警察は引き上げ、従兄弟と私は葬儀の段取りなどの打ち合わせや親戚、知人への連絡に忙しくしていると、玄関のチャイムが鳴る。戸を開けてみるとさっきまで検死に従事していた警官のうちの1人が立っていて「ちょっと忘れ物をしたかもしれませんので恐れ入りますが中を見せてもらっていいですか」という。こちらには断る理由はないから家の中に入れるとあちこちをうろうろ探し回っているが、表情に落ち着きがない。しばらくして「ないみたいですわ。失礼しました」と言い残し警官は帰って行った。

私たちは手を止めていた葬儀の段取りの相談を再開する。叔父は病に伏せていたわけではなく体調は崩していたものの急逝の部類に入るだろう。だから従兄弟とて心の準備もなかったのでショックと目前のしなければならない段取りとで神経は相当消耗していた。

あれこれ1つづつ話を進めていると、また玄関のチャイムが鳴る。再び戸を開けると先ほどとは別だがやはり検死に立ち会った警官が「何度も恐れ入ります。もう一度お宅の中を探させて頂きたいのですが」と。

先に何かを探しに来た警官は亡骸を安置している部屋を含めてくまなく「何か」を探して出て行っていた。こちらにすれば身内でもない人間にあまり踏み荒らしてほしくない場所である。同じことをまたしたいのだという。

夜も遅いことだし取り合えず警察官を家に入れたが「いったい何をさがしてはるんですか」と従兄弟が問いかけた「いえ、バインダーみたいな形をした物なんですが…」と答えの歯切れが悪い。検死が終わってもう4時間以上経過しているのに今頃まで何を探しているのだろうか、我々には想像できなかった。しかしこちらは急な不幸に見舞われその対応に追われている最中だ。

先ほどの警察官と同じように亡骸を安置している部屋の中どころか、布団までめくって中を調べている。

「何ですの? 布団かけたのはあんたらが帰ったあとだからその中には何もありませんよ」私は少し不機嫌に言い放った。果たして「バインダーみたいな形をしたもの」は見つからず非礼を詫びて帰って行った。

それから30分も経過しないで三度目の玄関チャイムが鳴る。今度は検死の際に指揮を執っていた刑事が立っている。「何度も夜分申し訳ございません。ちょっとお詫びとお話をさせていただきたいのですが」と。居間に通すと刑事は深く一礼し「実は…」と話を始めた。

刑事によると検死が終了して車で署に帰ったが、検死で作成した調書や書類が見当たらないという。

「どういうことですの?」と私が聞くと「担当者がどこかに置き忘れたんだと思われまして今鋭意探しているところであります」と言う。

◆警察は調書や検死関係書類を「紛失」してしまっていた

最初は刑事の話が飲み込めなかった(そんなばかげたミスがあるとは思わないので、もっと複雑な事情があるのではないかと考えていたのだ)が、要は調書や検死関係書類を「紛失」してしまった、しかもそれが家の中にないし、警察署の中にもない。だから今家から警察署への帰り道を順次探しているのだと言う。

調書には従兄弟の証言が書かれている。いわば「事件性がない」証明の文章だ。と言うことは警察の作文の前提には「もしこの件が事件であったら」の仮定形の文章も含まれる。そんな文章は万が一にも他人様には見られたくはないし、出てこないとなれば余計に気分が悪い。そのほかの書類にしても警察以外の人の目に触れるべき性質のものではない。人の死に関するものなのだ。私は怒りが頂点に達したが従兄弟が「親父の遺体の横だから穏便に」と言うので、押し殺した声で刑事に向かった。

普段は決して部屋の中では吸わない煙草を咥え刑事の顔に煙を吹きかけた。

「あんたら、それミスではすまへんのはわかってるわな。こいつ(従兄弟)を散々絞って長時間かけた調書をどこかで失ったて? 出てこなかったらどうするんや? お? あるいは他人が見たらどうしてくれるんや? さっきから何べんも失礼な家捜し繰り返しやがって。わかってるやろな」

刑事はうつむいて「申し訳ございません。鋭意探しておりますので……」と言うのが精一杯だ。

◆深夜の道路わきを大動員体制で書類を探し続ける黒ジャンバーの警察官たち

腹は立つが、こちらもあれこれ段取りがある。「はよ探せや!」と言って帰らせると私も従兄弟もどっと疲れが出た。家に食べるものもなかったので近所のコンビニまで気分転換に買い物に行こうと言うことになり外へ出た。

道路の両側に50メートルから100メートル毎に黒いジャンバーを着た男たちが4、5人で懐中電灯を照らしている。刑事が言っていたのはこの事だった。家からコンビニまでは400メートルほどだが、その間に数十人は下らない黒ジャンパーの男たちが深夜の道路脇に懐中電灯を向けている。亡くなった叔父は悪戯好きな性格だったので「おっさん、ただでは死なへんな、警察大動員させるなんてさすがやな」と従兄弟と冗談を苦笑しあった。

コンビニからの帰路、一群れの黒ジャンバー軍団に「見つかりそうでっか?」と私は話しかけた。途端に鋭い視線と「何ゆうてるんやあんた!」と言うキツイ調子の言葉が返ってきた。

「何言うてるて、書類なくされた田所やがな」と言うと黒ジャンバー軍団は一気に顔色が青ざめ「大変失礼いたしました、鋭意捜査中であります」と全員が深々と礼をして来た。

「ご苦労さんやな。夜遅くに」言い残すと家に戻った。自宅周辺だけであれほどの人数が配置されているなら警察署に帰るまでの道のりは相当あるから動員は100の単位ではきかないだろう。ひょっとしたら市警だけでは人数が足らず、県警にも応援要請を出しているのかもしれない。こちらも迷惑だが、書類を紛失した警官は立場がないだろう。

◆失態を演じた警官にどんな処分が下されたのか?

空が白み始めた頃玄関のチャイムが鳴った。戸を開けると「あ、ありました!発見しました!」と見たことのない顔が興奮している。

「お宅は誰」と聞くと「失礼しました。××署の△△であります!」と写真の入った身分証明書をこちらに見せた(警察手帳のような形態ではなかった)。「詳しくは後ほど報告するものが参りますので」と言い残し急いで△△氏は去って行った。

夜が明けて説明に来た刑事によると家から3キロほど離れたトンネルの中で書類が散逸している状態で発見されたらしい。見つかった書類を見せられたが確かにタイヤに踏まれた跡が何箇所もある。トンネル内だったので人目には触れていないこと、散逸の原因は検死を終え警官達が車に乗り込む際、書類を持っていた警官が、バインダーごと書類をトランクの上に置いたのを忘れて、車を走らせたためと思われる、と説明があった。

こちらは一睡もせずに朝を迎えたが、検死に関わった警官たちも生きた気がしなかったろう。幸い見つかったから良かったものの、散逸場所が別の場所ならば発見できなかった可能性もあったわけで、そうなれば関係者の処分も格段に重いものになったろう。

その事件があった直後にマスコミに情報を流す選択肢もあったが従兄弟が「今回は穏便に済ませたい」と言うので、それをすることはしなかった。失態を演じた警官にどんな処分が下されたのかは知らない。が、今でも検死の際に指揮を執った刑事の携帯電話の番号は私の携帯電話に残してある。従兄弟の意見を尊重して当該警察がどこであるかも伏せておく。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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