1月29日に東京のたんぽぽ舎で、参議院議員の山本太郎さんの講演会がおこなわれた。もともと山本さんは政治家になる前から反原発運動にかかわり、たんぽぽ舎との縁は浅くない。「久しぶりに、故郷にもどってきた気分」(山本議員)だという。

首都圏で反原発運動のステージを作ってきた、たんぽぽ舎はしかし無党派の市民運動体であって、選挙には中立の立場である。したがって、今夏の参院選挙に出馬する予定の山本議員の講演会は、たんぽぽ舎の個人が主催するかたちとなった。このあたりは運動的な原則の問題だが、いまデジタル鹿砦社通信の本記事を書いていることも、実は事前運動スレスレの行為なのである。以前、次の選挙に出るのが確実な議員さんを、ある雑誌でインタビューしたときに、当時はまだ総務省ではなく自治省だったが、事前運動の線引きは捜査当局がやることであって、当方は関知しない(言葉としては、「わからない」)という返事をいただいたことがある。

そこで、今回の講演会の質疑のなかで出された選挙戦術についても、取り締まり当局の目が光っていることを勘案して、最低限にとどめて報告したい。なお、3月発売の『NO NUKES Voice』vol.19において、山本太郎さん独得の節まわしをふくめて、全レポートをお伝えする予定なので、くわしくは同誌の発売をお待ちいただきたい。期待は裏切らないとお約束しておきましょう。

◆混沌のなかの野党再編

すでにご存知のとおり、山本議員が属する自由党は、国民民主党との合同を決めた。これによって、国民民主党は立憲民主党と同規模の会派となり、国会に占める影響力および選挙(全国比例区など)での規程力が増した。とはいえ、山本議員の地盤である参院東京選挙区は1増となったが、それゆえに各党派がしのぎを削る大激戦区である。自民2、公明1、立憲民主1、国民民主1、共産1という議席配分はほぼ決まりで、さらに自民党が3人目、立憲民主が2人目を擁立すると厳しい事態となる。

かりに政策のすり寄せがままならないまま、あいまいな立場での国民民主党からの出馬となれば、前回の勢いまで到達できない可能性もある。そこで全国比例区での出馬や、前回同様に無党派での出馬も考えられないではない。講演会場での質問は、山本議員を再選させるには、どうしたらよいのかという議論が百出した。

街頭では4月の統一地方選にむけた選挙戦がはじまっている。地方選挙と同じ年の参院選は、公明党の地方議員・地方組織が選挙疲れをするので、自公にとっては不利だとされている。それに加えて、たとえば高知県(地方紙)では自公の支持率が25パーセントという衝撃的なアンケート結果が出ているのだ。森友・加計疑惑、厚生労働省の勤労統計の不正など、安倍政権に愛想をつかした国民の自公政権ばなれは加速している。問題なのは、受け皿になる野党の「かたまり」がまだ未成熟な現実であろう。選挙戦術としては、ネット署名を考えているという。万単位のネット署名をもとに、各選挙区で立候補者に反原発の公約を取り付けるのは有効であろう。

 

◆経済に明るい山本太郎

講演会では、さすがに反原発団体たんぽぽ舎のホールを会場にしているだけに、原発廃炉にむけた運動の必要性が参加者から訴えられた。しかしそこには、消費増税をふくめた経済がしっかりとリンクしていることを、山本議員は明瞭に語ってくれた。原発事故のために故郷をうしなった人々の経済的な損失、そして廃炉までの何兆円、何十兆円というコストを暴露することで、原発事故が現在の問題であることを多くの国民が確認できるはずだ。そこで「原発いらない」は「これ以上損をしたくない」と身近な損得に言い換えることも可能だ。

さらには、赤字国債による財政赤字が、実は国と日本銀行の資金の還流、すなわちリフレによってインフレターゲット2パーセントまでは問題なく行なえること。つまり、財政赤字は虚構であると山本議員は強調した。このままインフレに転じるまでは、お札を刷り続けてもいいのにもかかわらず、政府は消費税増率でインフレ抑制するという愚策を行なっているというのだ。意外にも経済に明るい政治家だった。この男を総理にしてみたいと思ったのは、わたしだけではないはずだ。


◎[参考動画]2019年選挙の年に『山本太郎おおいに語る』「本当のこと言って何か不都合でも?」−山本太郎が実行したい、いくつかの提案−(UPLAN撮影=2019年1月29日スペースたんぽぽにて)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

「熊の言い分」

熊を殺したやつが 熊も放射能を食ったと言うが
そんなものは食わなかったと 熊が言った

俺が食ったのは 放射能じゃない
芽吹いたばかりのブナの葉や アリやハチ

黄いちごに どんぐり ななかまどの実
雪が降るまえに たらふく食ったさ いつものことだ

俺が食ったのは この美しいたっぷりの自然だ 
きらきらと流れる 沢の水だ

鉄砲を撃って 俺の厚い胸を 撃ちぬいたのは お前だ
だから今度はお前が 俺を食うのだ
食うために 殺したんだろう

俺が食ったのは この美しい自然だ
さあ、それを今度はお前が食う番だ
 

2011年3月11日に起きた大地震とそれに伴う原発事故により、福島第一原発から大量に放出された放射能は、目に見えない、匂いもしない、やっかいな代物だ。事故からまもなく8年経つが、 その間も正体を表さないまま、私たちをこんなにも長く苦しめている。

冒頭の歌は、フォークシンガーの中川五郎さんが、事故後、懇意にしておられる詩人の都月次郎さんに送ってもらった詩に曲をつけた「熊の言い分」という歌だ。


◎[参考動画]熊の言い分 / 中川五郎 & ながはら元(m3sami wakamatsu 2017/01/07公開)

「放射能を食っただろう?」「いや俺は放射能なんか食ってない」という熊と猟師の争いと似たことは、今後各地で起こっていくだろう。

目に見えない、匂いもしない放射能というヤツラの悪どさは、私たちの生活や身体を破壊するだけではない、さまざまな差別をしかけ、それによって被害者たちを分断させようとすることだ。

大地に降り注いだ放射性物質を取り除く「除染」の実態を最初に聞いたのは、飯舘村の元酪農家・長谷川健一さんからだった。「尾崎さん、屋根の瓦をね、一枚一枚キッチンペーパーみたいなもので拭いているんだよ」となかば呆れ顔で話された。

放射性物質を拭き終えた大量の布は、伐採した木の枝や葉、剥がされた土などと分類され、それぞれ大きなフレコンバックに詰み込まれ、中間貯蔵施設への搬入を待っている。飯舘村だけで、その数は未だ200万個以上というが、除染で空間線量が下がったからと、避難指示は次々と解除された。

経済的にそう豊かではないが、自然の恵みをたっぷりと育む土地で、みなで助け合って生活してきた飯舘村には、誰だって戻りたいだろう。しかし、戻っても以前の生業で生活再建できる見込みはまだ少ない。

菅野村長と村議会は、村民に営農再開をしきりに勧め、土地保全のため、生業のため、生きがいのため、あるいは新たに農業を始めたい人たちのために、手厚い補助を与えている。しかし膨大な金をつぎ込んだ除染で、村は事故前の村に戻ったのであろうか?

現在75歳の伊藤延由さんは、原発事故の1年前に、かつて勤務していた東京の会社が飯舘村に作った研修所の管理人を任され、村に入った。研修所の管理と同時に、念願だった農業見習いをはじめ、米や野菜を作ってきた。伊藤さんにとってその1年が人生で一番楽しかったという。そんな夢のような生活が、原発事故であっけなく壊されてしまった。

それ以降も仮設住宅と研修所を行き来し、土壌、野菜、山菜など、あらゆるものの放射能測定を続けている。避難指示の解除をうけ、伊藤さんはそれまで行き来してきた、自身の故郷・新潟県に置いていた住民票を、飯舘村に移した。伊藤さんは事故の処理をめぐる国と東電と、村の対応がどうしても許せず、余生を反原発にかけるという。住民票を村に移したのは、その決意の表れだろうか?

伊藤さんの話では、飯舘村の土地はもともとそう肥沃な土地ではなかったという。それを村の8割を覆う山林で作られる腐葉土を、同じく村の特産である酪農、畜産で出来る豚や牛のたい肥になんども漉(す)き込み、良質な土を作ってきたそうだ。そうして作った土とともに、昼夜の寒暖差が大きいことが、飯舘村のコメや野菜などを良質な「商品」に育て上げてきたのだという。

かつて「日本で最も美しい村」連合に加盟した飯舘村は7割が山林で、今でも春になれば村全体が、事故前とおなじような鮮やかな緑に覆われる。しかし伊藤さんはその緑を「セシウムの色」と揶揄する。その理由を聞いてみた。

村の土作りに欠かせない腐葉土は、山林の木の葉や枝などを長期間かけて腐敗させたい肥にさせたものだが、実は腐葉土の元となる枯れ葉などに放射性セシウムが最も凝縮されていることがわかった。こうして自然の循環サイクルに組み込まれた放射性セシウムは、300年たっても全てなくなることはないと、伊藤さんは断言する。

飯舘村で栽培され収穫された野菜やコメなどは、県の厳しい放射能測定を受けたのち、基準値以外であれば、市場に出回っていく。しかし、それが他と比べて売れないとしたら、どうなるだろう? それをすぐに「風評被害」と非難する人たちがいる。しかし長谷川健一さんは以前こう話していた。「村で採れた大根から0ベクレル、北海道で取れた大根からも0ベクレル。それで村の大根が売れなかったら『風評被害』だが、村の大根から5でも10ベクレルの放射性セシウムが出て、北海道で採れた大根からは何もでない。それで村の大根が売れないのは『実害』だっぺ」と。
 
目に見えない、匂いもしないやっかいな放射能との闘いは、この先、どこまで続くのだろうか? 避難指示が解除された地域では、村に戻った人たちと、戻らずに避難先などで生活を続ける人たちの間に、放射能どうよう目に見えないほどの溝が出来た気がする。

私は「買って応援」には賛成しない。汚染されたままの土壌を耕し、農業をすることで、高齢者とはいえ無用な被ばくはして欲しくないからだ。しかし数年前、長谷川さんに送ってもらった福島の桃の、美味しかい、その味は忘れていない。長谷川さんは昨年こう話した。「今、福島では『福島の野菜は安全です』というアピールはやめて『福島の野菜は美味しいです』に変わってきた」と。

「までいな」(「丁寧な」や「心を込めて」を意味する飯舘村の方言)思いで作った米や野菜や果実はたしかに美味しく、草花は鮮やかな色をつけるだろう。しかしそれでも売れないとしたら……。

冒頭の中川五郎さんの歌「熊の言い分」に戻る。

「もしかして放射能を食っているんじゃないか?」と疑う猟師に「おれは放射能なんか食ってない。おれが食ったのは豊かなこの自然だ」と熊が言い返し、「食うために俺を撃ったんだろう。早く食えよ。今度はお前の番だ」と猟師に迫る。こうした争いごとは、間違いなく今後あちこちで増えるだろう。

美味しくても売れないとしたら、それは誰の責任なのか? 野菜を作った農家のせいでも、成長する過程で、自らの体内に放射性物質を取り込んでしまった野菜のせいでも決してない。その責任は、恵みの土地に放射能を大量にばらまいた東電と、原発を強く推進してきた国にあるのだ。熊と猟師は互いに憎みあい争うのではなく、ともに国と東電に向かって闘いを挑んでいかなければならないのだ。

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

伊藤延由さん(飯舘村在住)講演会「原発事故から8年、飯舘村はどうなったのか?」
2月24日(日)14:00~ 社会福祉法人ピースクラブ4F
大阪市浪速区大国町1-11-1(地下鉄大国町駅下車7分)
資料代 500円 お問い合わせ先 hanamama58@gmail.com 
https://twitter.com/hanamama58/status/1083245006331162624

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《お詫びと訂正》

『NO NUKES voice』18号(2018年12月11日刊)掲載の中川五郎さんインタビュー(43~52頁)に誤りのあることが判明いたしました。
謹んでお詫び申し上げますとともに、下記の通り訂正させていただきます。
(『NO NUKES voice』編集委員会)

◎44頁小見出し、45頁中段11行目、同20行目
[誤]「花が咲く」 [正]「花は咲く」
◎46頁中段22行目
[誤]古田豪さん [正]古川豪さん
◎49頁上段21行目
[誤]「二倍遠く離れて」 [正]「二倍遠く離れたら」
◎50頁下段2行目、同19行目
[誤]「sport for tomorrow」 [正]「sports for tomorrow」

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『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

2011年3月11日に福島原発「事件」が起こってから、「新エネルギー」として風力、太陽光、地熱、バイオマスなどを利用した電力発電が注目されるようになった。

しかしながら、近年は「環境保全」よりも「投資」の方に目的が大きくなってしまっている。その結果、本末転倒的なトラブルが生じている。とりわけメジャーな太陽光発電と風力発電に着目したい。太陽光発電を例に挙げると、メガソーラー発電所開発による景観破壊、森林破壊、土砂崩れ、廃棄パネルの処理問題が噴出してきている。もう一つ、風力発電を例に挙げると、風車の回転に伴う騒音問題、低周波音による健康被害、風車と鳥との接触などが起きており、やはり問題は多い。

これらに共通するのは、集約的に巨大な発電所を建設し電線を通じて消費地にトップダウン式に送電するという点である。スマートグリッドという、電力の流れを供給側・需要側の両方から制御し、最適化できる送電網も開発されてきているものの、やはり電力を生み出し送るのは発電所側からという図式は同じだ。これでは、発電所や電線を所有する電力会社がいつまでも圧倒的に有利な力を持ち続ける。新電力の参入がよく聞かれるようになったが、送電網は東電や関電など大手電力会社が握っている。彼らが新電力に不満を持てば、いつでも送電線の利用料金を上げることもできる。また、新電力の送電線利用を拒否することも可能である。

太陽光発電や風力発電は火力発電や水力発電などに比べると小型化しやすく、家庭レベルで自家発電が可能である。高地の山小屋などでは、平地から電線を引くのが困難なので、発電用のソーラーや風車を備えている小屋もある。他にもモンゴルのゲルのそばにソーラーが設置されている映像を見かけることもある。太陽光発電や風力発電の強みは家庭レベルで、それを実施できるという点にある。現在はもっぱら投資のために大規模かつ集約的に発電所が開発され、太陽光発電や風力発電が持つ本来の強みが全く無視されているといっても過言ではない。

[図1]

このような背景から今後、発電システムが向かうべきは各家庭が自然エネルギーで自家発電を行い、電力会社(特に東電などの大手)の影響を排除して直接互いに電力を融通しあうというモデルであると私は信じている。

今の時点でも私が考案しているシステムがある。家庭間(企業や公共施設も含む)の無線送電システムである。[図1] このシステムの狙いは、①電力の市民レベルでの自給化、②平時における地域全体の電力最適化と災害時における遠距離の被災地への電力供給である。

システムは以下の通りである。家庭においてソーラーや風力で自家発電する。その電力で家電を動かすのであるが、各家電の消費電力状況のデータをサーバーで保存し、スマートフォンやPCで閲覧できるようにする。同時に集まった電力状況のビッグデータをAIで分析し、不足世帯へ無線LANのように無線送電(手動か自動)を行うなどして、地域の電力を最適化する。また被災地にも電力融通が可能である。[図2]

[図2]

今は化石燃料にせよ自然エネルギーにせよ大規模な発電施設を建設した上で、送電線を用いてトップダウン式に各家庭に送電している。地震や台風で電柱が破損した場合、その地域での送電システムは全く機能しなくなる。さらに電力会社にも普段から電気料金を支払わなければならない。私が想像するのは、各世帯の自家発電からの相互ネットワーク的な無線送電システムである。これならば普段から電力会社に料金を支払う必要はなくなる(あるいは少なく支払うだけで済む)ので、生活費は節約される。また被災時も、無事な遠隔地から電力が無線送電されるので、ニュースで報じられるような電柱の破損や発電所の被災について心配する必要性は少なくて済む。

最後になるが「持続可能な開発目標(SDGs)」という言葉が近年は注目されている。
日本においても、製薬大手が熱帯病の治療薬を無償で新興国に提供したり、鉱山会社がフィリピンで精錬に使わない鉱物の堆積場を緑化したりするなど企業間で動きがある。このようにSDGsを率先して行う企業こそが評価される時代になりつつある。ICTのエンジニアも含め諸分野の技術者はもちろん、財界人も会社勤めのサラリーマンもSDGsを意識しながら、日ごろからいかに活動すべきかを肝に銘じるべきだろう。そのようなことを真剣に考えていれば、もはや将来性のない原発の再稼働や単なる金儲け目的での自然エネルギーへの投資といった事態は起こらないはずである。

▼Java-1QQ2
京都府出身。食品工場勤務の後、関西のIT企業に勤務。IoTやAI、ビッグデータなどのICT技術、カリフ制をめぐるイスラーム諸国の動向、大量絶滅や気候変動などの環境問題、在日外国人をめぐる情勢などに関心あり。※私にご意見やご感想がありましたら、rasta928@yahoo.ne.jpまでメールをお送りください。

1月7日発売!月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第4回(最終回)。

◆オキナワとフクシマ

アラフォーならぬアラセブンの女友だちで辺野古のカヌー教室に行ったのは、2017年冬の辺野古だった。沖に出て実際の抗議行動に参加するには一定の技術がないとダメなのだ。詳細をいえば……カヌーをわざと転覆させてから(当然、自らも海へジャボンと落ちる)それをひっくり返して再び乗り込むこと(復帰する)が、初心者には難しいのである。ベテランにいわせると「何でできないの?」となるが、若い人は女性でも数回やればゴーサインが出るのにそこはやはりアラセ。腕力体力も足りない、勘も鈍ったのだろう。なんとかして上がろうとしては何度もカヌーの縁で右腰骨を擦り、帰ってからもしばらくは痛かった。(以上、ウチワの話ですみません)

ところで、私たちはなぜ福島から全国からはるばる沖縄に向かうのだろうか。沖縄のロケーションはその理由の1つとして大きいものがあるのは確かだ。カヌーに揺られて広い海原に漂う感覚はある種の憧れでもある。しかし、それだけじゃないダロと。

沖縄には古い友人がいる。再会を喜び、連れて行ってもらった居酒屋でのこと。「沖縄の闘いはすばらしい。フクシマは学ばなくっちゃいけない。沖縄には希望がある」みたいなことをツルンと口走ったら、「そんな簡単にいわないで欲しい。こっちにはこっちの苦労があるのよ」とやんわり返されたことがあった。

シマッタ。自分の浅はかな言い方にちょっと恥じ入り反省もしたが、でも、でもやっぱり希望があるよ、オキナワには。圧倒的かつ卑劣な国のテコ入れにも負けずデニーさんを見事に当選させたし、なにより、全国から人が馳せ参じる辺野古には、その闘い自体に強く惹かれるものがあるんですよ。それらをもしかして「希望」と言い換えてもいいんじゃないかと思うんですよ。

さて、辺野古を巡っては、翁長前知事は8月31日に埋め立て承認を撤回し、法的根拠を失った国は工事を中断した。その後、県知事選挙で移設反対を訴える玉城デニーさんが当選。新知事が対話を求めている中で政府は工事を再開してしまった(11月1日)。

新軍事基地阻止行動は非暴力で貫かれている。「民意を無視した工事強行は許せない」「辺野古の海を後世に残せ!」ゲート前座り込みは照る日や雨の中で続いている。「1分でも1秒でも」埋立て工事を遅らせるために、カヌーチームは再び懸命にパドルを漕いで海保の暴力に抵抗している。「悲しくて悔しくて何と伝えたら良いのかわかりませんが、でもカヌーに乗らないわけにはいかないのです……」

辺野古(撮影=辺野古ぶるー/2019年版4月より)

◆山形県米沢市・行き場のない避難者たちの闘い

区域外避難者の住宅提供打ち切りから1年半ほど。行き場のない避難者に追い打ちをかける住宅明け渡し訴訟が山形地裁で起こされている。2017年9月、山形県米沢市の雇用促進住宅に住む避難者8家族を被告として、国の外郭団体「高齢・障害・求職者雇用支援機構」が明け渡しと相当額の支払いを求めて提訴したのだ(住宅管理の「ファースト信託株式会社家賃」が後で参加)。

「訴える矛先は国・東電ダロ!」「避難者を被告にするな」「国と福島県は原発事故避難者の生存権を守れ」などのプラカードを掲げて、地裁前では全国からの支援者が山形市民にアピールしている。原発事故による〝自主避難者〟が訴えられた、別称「雇用促進住宅明け渡し訴訟(米沢追い出し訴訟)」は、まさに人権侵害そのもの。弁護団と支援する会は、国連人権理事会勧告(2017年11月)の尊重を訴えながら、「訴訟を取り下げるよう原告と福島県を指導せよ」との意見書を政府に提出してもいる。

報告集会では、被告代表の方が「私たちが頑張ることで、東京など同じような状況にある人たちが『よし、やれる!』という気持ちになれば、この裁判の意味があると思う」との挨拶をされた。そう、誰しも自分らの利益のためにだけ、ここまで頑張れはしない。「人間の尊厳」という意味を考える。今、日本という国は人間の尊厳と権利を奪い続け、フクシマの命たちを傷つけ続けている。ご注目とご支援をよろしくお願いします。

山形裁判(2019年版6月より)

◆カレンダーを通じて気づいてほしいこと

最後に、今年のカレンダーは「明るいからホッとした」といった感想を複数の友人からもらった。おほめの言葉なのに、これを聞いて実は複雑な気持ちになっているのです。壁や机の上に掛けて1年間眺めるのには、暗くうっとうしいよりも明るい写真の方がいいに決まっている。

それはそうなんだけれど、ご存知のようにフクシマは先が見えない状況にあって、私たちは実は鬱を内在している。山下センセじゃないけれど、真面目に考え続けていたらまず精神がもたないに違いない。さらに語弊を恐れずにいうなら、ある意味ごまかしながら私たちは福島で日々を暮らしているわけです。確かに、明るさは人を呼ぶ。しかし今のフクシマで「明るく!」という注文は、かなり複雑な思いをさせることでもあるのを、少しは分かって欲しいんです。

ここでまたオキナワを思い出す。苦難の歴史と現在がありながら、歌や踊りが出る闘い、そして何度でも立ち上がる。はたしてフクシマにそのようなことが可能な日がやってくるのだろうか。「原発=核の災害はこれまでの世界を変えてしまった。新しい世界が始まってしまった」と表現したのは、ロシアのスベトラーナ・アレクシエービッチ。新しい世界、つまり新しい苦悩が始まってしまったと予感するのは、なにもノーベル賞作家だけではない。フクシマは、たち打ちできるのだろうか。(了)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
ふくしまカレンダー制作チーム 
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2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

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2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第3回。

◆6年目のカレンダー

いつの間にか6年目のカレンダーを販売している。大変な冒険の旅立ちともいえる当初のカレンダー作りだったから、正直いって6冊目を作れるようになることは想像できなかった。3・11後の様々な動きと混乱、自分たちの生活そのものが明日をも知れない状況の中での、やったこともないカレンダー作り。多くの協力を得ながらなんとかやってきている。

◆「こんな小ぎれいにあの大惨事をまとめられてなるものか!」

2017年版12月のこの1枚は、どうも、いい写真がカレンダーに足りない感じがして、船引町の友人に半ば強引に被写体になってもらい、近所の「環境創造センター」に出向いてもらって撮ったものだった。(仕事中にゴメンナサイ、でした)

写真のキャプションは『環境創造センター内で:「こんな小ぎれいにあの大惨事をまとめられてなるものか!」と、彼女はつぶやいた。小学生向けにゲーム感覚で放射能に慣らそうとするなど、原発事故による被害の過小評価が懸念される』となっている。彼女の怒りの表情といい、その偶然のアングルといい、ラッキーだった。なにより、この環境創造センターの果たす役割こそ、その後のフクシマ棄民政策を象徴する最初の巨大なオブジェと私には印象付けられたのだ。

復興とは何だろう。立派な建物ができたら復興なのか、道路や列車が開通したら復興なのか。この1枚の写真に託した彼女と私の怒りは、月日の経過と共に収まるどころかむしろ次第に強まるばかりだ。

環境創造センター(2017年版12月より)

◆フォトジャーナリスト・山本宗補さんの1枚

「原発いらない福島の女たち」による「原発いらない!地球(いのち)のつどい」も昨年春で6回を重ねた。分科会方式で各テーマ別に福島の現状報告、全体集会では東京の女たちの友情出演でなされた詩の朗読もあった。福島の詩人が書いたものだけが選ばれていた。「心に沁みたヨ」と参加者からの感想ももらっている。集会後は友人たちによるチャンゴ隊(太鼓。朝鮮の民族楽器)を先頭に福島市内を元気にデモ行進。このスタイルが近年は続いているが、沖縄、水俣、愛媛、宮城など全国各地からの参加者と共に、「また1年、諦めないで頑張ろうネ」とエールを交換する。

いいね!の写真が1枚が入ると1冊全体が変わってくるような印象を持ってくることに気がついた。フォトジャーナリスト・山本宗補さんの1枚は、自分たちでたくさん撮った3・11行動のどの写真よりもいいと思ってしまったのだ。あれこれ手を伸ばして宗補さんと連絡がつき、これをお借りすることに快諾を得た。

女たちの3・11(撮影=山本宗補さん/2018年版3月より)

それまでは、自分たちが撮ったものでというのがふくしまカレンダーの「売り」だったわけだが、いいものを見てしまうともう見劣りしてしまってアカン。このことがあった18年版以来、1、2枚はプロのものをお借りするようになった。やはり素人とはチガウのだ。おかげさまで、ある種‘重み’が出たふくしまカレンダーになったと思うんですが、これもまた手前味噌だろうか。

◆若狭の空き地に花咲くマーガレット

福井県の高浜原発再稼働反対のデモ行進中に見た風景。天は高く、若狭の街並みは落ち着いた自然豊かなたたずまいだった。空き地に花咲くマーガレット。この海も山も集落も、フクシマの二の舞いにしてはいけない。心からそう思いつつ歩いたことだった。

若狭を歩く(2018年版5月より)

原発事故は大切なもの、美しいものほど真っ先に全てを奪っていく。それまで子ども等が無邪気にはしゃぎまわって遊んでいた緑のジュウタンがとても放射能の値が高く、季節折々の山や畑、川からの豊穣な恵みは他の食品より何倍ものセシウムが検知されている。これは間もなく8年になる現在も同じ傾向にある。コンクリートとは違い、天然の細胞深く取り付いた放射能は、雨風で容易には流れないのだ。

フクシマで失ったものの大きさを思い、道端に健気に咲く花たちが愛おしい。だから、この写真を見ると今でも涙が出るんです。(つづく)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
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2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
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『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

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すべてのデジタル鹿砦社通信愛読者の皆さん! あるいはたまたま本通信をきょうご覧になった方々! 2019年を迎え、愛読者の皆さんのご多幸をご健勝を祈念するとともに、年始にわたり、そして鹿砦社創業50周年の記念すべきこの年の冒頭に、われわれは,“われわれのファンダメンタル(原理主義)宣言”をここに発するものである。

 

好評発売中! 板坂剛と日大芸術学部OBの会『思い出そう! 一九六八年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』

1969年、世界中にベトナム反戦運動は吹き荒れ、70年安保を控え、国内でも学生・労働者の運動が活発化したその時に鹿砦社は産声をあげた。昨年、板坂剛氏が上梓した『思い出そう!一九六八年を!!』が注目を浴びている。1968(あるいは1967)年から1970年までの数年間は、文字通り世界が揺れ動いた数年間であった。われわれの多くは当時、生は受けていたものの自我を獲得する年齢には至っておらず、「あの数年間」の雰囲気は伝聞や記録でしか知らない。

しかし、そんなわれわれにも、時代が(「若者たちが」と言い換えてもいいだろう)根底から価値観や、存在自体を問わざるを得なかった、地響きのような重低音は残響となって聞こえてくるのだ。われわれにとって1967、1968のエッセンスとはそのようなものであり、当時はそのようなことを言葉で確認する必要などこにもなかったのだ。

では、1967、1968そして1969のエッセンスとは何か。これについてはすでに様々な書籍や論文が世界各国で論じられているので、われわれごときがその論争に加わる、身の程知らずは辞退する。しかしながら、爾来50年にわたり紆余曲折の中読者に支えられ存続した鹿砦社のスピンオフである「デジタル鹿砦社通信」は、ここに改めてわれわれの原点を確認すべく“われわれのファンダメンタル(原理主義)宣言”を発する。

1.われわれは、あらゆる権力・権威から独立し、それらを批判する立場を基礎とし活動する。権力とは政治権力だけではなく、司法権力、行政権力、マスコミ、民間の既得権益なども例外ではない。

2.われわれは、あらゆる差別に反対する。人種、国籍、性別、出自、思想信条、貧富は言うに及ばず、「いわれのない差別」といった不十分な表現(「いわれのない差別」は「いわれ(原因)のある差別」を肯定する余白を残した表現である)へも疑問の目を向ける。

海外から低賃金で使い捨てにできる、単純労働者の受け入れを行う4月からの改正入管法施行には断じて反対する。反差別の立場からは、新たな「奴隷制度」を認めることなど断じてできない。

3. 同時にわれわれはあらゆる「表現規制」にも反対する。差別言辞には現行法で対応すればよい。一部勢力が画策する「差別禁止法」などは、耳触りは良さそうだが、内面の自由を侵害する危惧が大いに懸念される。

その類例は、しばき隊が「敵勢人物」と烙印を押したら途端に「レイシスト」認定される現状がすでに示している。この判断を権力にゆだねたらどのようなことが起こるのか。権力にとって不都合な言論が狩られることは明らかだ。

4.いまだに「原子力非常事態宣言」下に暮らすわれわれは、福島第一原発事故とその被害者の方々を忘れることなく、明白すぎる選択として、脱・反原発の速やかな実現に全力を傾注する。

トルコと英国への原発売込みが、採算が合わないことにより断念された。日立や三菱だではなく、世界中で原発はコストに合わないことが証明され、認知が広まっている。それ以前に事故を起こさなくとも、周辺住民に重大な健康被害を与え、廃棄物を100万年も管理しなければならない、人工物など、自然の倫理の観点からも許されるのではないことは明らかである。世界で初の原発4機爆発という、大惨事を経験した国として、また第二次大戦では広島・長崎に原爆投下を受けた国として、脱・反原発を実行するのは義務ともいえよう。

5.国政が停滞している。正確には自公に維新が癒着した巨大な極右勢力が盤石な与党を形成している。その元凶は小選挙区制である。「政権交代可能な制度」・「中選挙区制は金がかかりすぎる」との掛け声で小選挙区制が導入されたが、この制度ではさして主張の異ならない2大政党の存在を前提としている。その前提がまず全く妥当性を欠くのだ。

求められるのは、現極右政権に、真正面から反対・対立する野党の存在である。残念ながらそのような野党は現国会の中には見当たらない。「野党共闘」をいくら進めても無駄である。そもそも民主党が崩壊して出来上がった立憲民主党ほかの、泡沫野党は、いずれも「保守」を自認しているではないか。保守政党は自民党で十分なのだ。「保守」を名乗るのであれば、自民党に入党せよ。

必要とされているのは「保守」に対する「革新」諸政策を明確に掲げる政党の誕生である。その政策は、(1)護憲、(2)消費税の廃止と所得税累進税率の上昇(金持ちから多く所得税をとる)、(3)小選挙区制の廃止、中選挙区制の復活、(4)原発の即時廃止、(5)日米安保の破棄、(6)東京五輪、大阪万博の返上、(7)リニアモーターカー建設の中止、(8)カジノ法廃案、(9)集団的自衛権を認める「安保法制」の廃止などが基本政策に掲げられるべきだ。

6.そして、われわれは上記のような野党の誕生があろうがなかろうが、上記(1)から(9)の主張を展開する。ことしはこの国だけで通用する時間軸(元号と呼ぶらしい)が変わるとしだが、どうしてその代替わり儀式がメーデーに行われるのか。現憲法はそのような矛盾を包含してはいるが、巨大与党が目論む改憲は、さらなる反動的内容に満ちているのであり、差し当り前向きではないが、現憲法の精華である前文と9条を死守するために、「護憲ファンダメンタリズム」を提唱する。

われわれは、あらためて今日的問題の原点に回帰し上記の原則を維持発展しながら、言論戦線の先頭に立ち闘うことを宣言する!

2019年1月2日  
デジタル鹿砦社通信編集部  

 
 

新年1月7日発売!月刊『紙の爆弾』2019年2月号 [特集]〈ポスト平成〉に何を変えるか

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第2回。

◆2017年版の思い出 ── 未来をあきらめるわけにはいきません

~以下、2017年版チラシから一部コピーを紹介。

……2011年3月11日の震災と福島原発事故は、私たちの暮らし、人生を一瞬のうちに変えてしまいました。5年半がたち、被害はさらに広がっています。溶け落ちたままの核燃料、海へ流される汚染水。高線量被ばくのリスクを抱えながら働く作業員の方々。子どもの甲状腺がんなど増える健康被害。除染、強いられる帰還、焼却炉問題、核汚染物の中間貯蔵地…。これらの問題はますます深刻になっています。清明で豊かだった風土は変容し、農林業の原発賠償や避難者への支援は打ち切られようとしています。  

さらに、熊本大地震や各地の火山・地震活動活発化など自然界の警告も無視して、昨年の鹿児島県川内原発に引き続き、2016年1月福井県高浜原発、8月愛媛県伊方原発が再稼働されてしまいました。

しかし、未来をあきらめるわけにはいきません。真実を伝え続けるために、自分たちで撮った写真で今年もまたカレンダーを作りました。収益は「女たち」のさまざまな活動、フクシマを伝えに行くための交通費や集会・学習会費用などに役立てられています。さらに広めていただければ嬉しいです。どうぞこれからも福島に心を寄せ続けてくださいますように。                     

◆脱原発への思いを込めて、元気にカレンダーを作り続けたい

 

フレコンバック(2017年版カレンダーより)

手前味噌が続いたが、どうかご容赦を。確かに年毎に写真巧くなっているね、とほめ言葉もいただく。素直にうれしく思う。しかし、私たちが最も心に響くのは、支払い用紙(郵便振替伝票)のメモ欄に書いてあるこんなひとことだ。

「他には何もできないでいるけど、せめてこの1冊を買うことで福島を支援したいと思っているのです」「福島の女たちの笑顔にかえって励まされている」etc。全国の皆さんに感謝感謝です。

そもそものカレンダー作成の目的について振り返ってみたい。イギリス映画に触発されたのは、活動資金を得るというのが動機の1つだったことはあるが、何より目標に向かって動き出す女たちの「共同戦線」がすごく楽しそうだったことが大きい。私たちは、回を重ねる毎に、写真は人々に強く訴える力があることを学んでいった。私たちはフクシマの実情を、本当のフクシマを世界に知って欲しいのだ。

「行動の記録」という2ページを設けている。これは女たちと原発に関する様々な運動と出来事の記録である。目まぐるしく日々は過ぎ去って行く。運動のポイントをたとえ1行でも、記録に残しておく必要があると感じている。フクシマは、永い闘いの、その序の口に入ったところだ。フクシマの現状(を伝える)・記録(を残す)・活動資金(を稼ぐ)、この3点セットが女たちのカレンダーの目的となったことを自覚したい。どれも健全な市民運動に不可欠なことだ。

さて、先が見えない中でも忙しい毎日が続いている。全国の地に散って行った福島の女たちよ、疲れすぎてはいないだろうか。いつかのあのときの写真のように、時には大声で笑っているだろうか。どうか……休み休み行こうゼ。フクシマのようなことが2度とあってはならない、原発のない社会を作っていくんだ、という同じ決意をそれぞれの胸に秘めながら。(つづく)

牛たちの……(2017年版カレンダーより)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
ふくしまカレンダー制作チーム 
090-9424-7478(黒田) 070-5559-2512(青山)
梨の木舎 メール info@nashinoki-sha.com
FAX 03-6256-9518

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM1WMYM/

二倍遠く離れたら 二倍強く思ってください
五倍遠く離れたら 五倍大きく動いてください
生まれ育ったこの町に とどまるしかない僕らのため
生まれ育ったこの町で 生き続けようときめた僕らのため
二倍強く思って 二倍深く考えてください
五倍大きく動いて 五倍この国を変えてください

二倍遠く離れても 離れずにすむとわかったら
五倍遠く離れても 戻ってもいいと気づいたら
故郷をまっさきに離れた 自分を恥ずかしく思ったり
騒ぎすぎてしまったのは 軽率だったと思わないで
離れたあなたの判断は正しく とどまった僕らの判断も正しい 
離れたあなたをとどまった僕らは 暖かく迎えてあげよう

どうなっているのか 真実はわからず 誰を信じればいいのかもわからない
だから離れたあなたの判断は正しく とどまった僕らの判断も正しい
「ほらみろ、やっぱりいったとおりだったじゃないか」と
どちらかが勝ち誇るのでなく
「よかったね、取り越し苦労でおわったね」と 
あとで一緒に笑いあえれば嬉しい

二倍遠く離れても 二倍強く思っています
五倍遠く離れても 五倍大きく動いています
二倍強く思って 二倍深く考えています
五倍大きく動いて 五倍この国を変えてみせます
五倍この国を 変えてみせます

中川五郎さんの「二倍遠く離れたら」という歌の歌詞だ。2017年3月20日代々木公園で開催された「さよなら原発全国集会」でこの歌を歌う前、五郎さんがなぜこの歌を作ったかを話している。


◎[参考動画]中川五郎「二倍遠く離れたら」2017.3.20 @代々木公園

「安倍首相が3・11のスピーチで『復興が確実に進んでいる』と話したが、現実はそうじゃないと思う。今まで戻るのが困難だった地域にどんどん人を返しているが、いかにも復興が進んでいるように誤魔化している気がしてしょうがない。その中で放射能が恐ろしくて故郷を離れた人たちと、政府のいうことを信じて戻る人たち、あるいは住み続ける人たちとの間でいがみあいとか批判をしあうことが起こっていて、そういうのってやっぱり一番政府の思うつぼじゃないかと思って。僕はそういう厳しい現実を前にしてこの歌を作りました」。

また、いわき市のライブでは、町にとどまろうか、避難しようかと真剣に悩んでいる「当事者」の前でこの歌を歌うことになり、「部外者」である五郎さんは「どう思われるだろうか?」と不安に感じたというエピソードもお聞きした。

私が支援する飯舘村も昨年3月末に避難指示が解除された。解除は「帰れ」との命令ではないというが、1年後月1人 10万円の精神的賠償金が打ち切られたため、経済的な理由で帰る人もいるだろう。故郷を荒廃させたくない思いで帰る人ももちろんいるだろう。

今年3月飯舘村を訪れた際、そうした様々な「当事者」の話をお聞きしたが、「部外者」の私は何も応えられずにいたことを思い出す。

一方、避難指示解除後も、移住や避難した先で生活を続け、闘う人たちもいる。

12月14日、大阪高裁で控訴審が始まった原発賠償・京都訴訟原告団の皆さんもそうだ。事故後、京都に避難した人たち57世帯、174人が提訴したこの訴訟の特徴は、原告の多くが茨城県、千葉県など国の避難指示区域外からの自主避難者であることだ。

裁判では、
〈1〉 国に法廷被ばく限度(年間1ミリシーベルト)を遵守させ、少なくともその法廷被ばく限度を超える放射能汚染地域の住民について「避難の権利」を認めさせること。
〈2〉 原発事故を引き起こした東電と国の加害責任を明らかにすること。
〈3〉 原発事故で元の生活を奪われたことに伴う損害を東電と国に賠償させること。
〈4〉 子供はもちろん、原発事故被災者全員に対する放射能検査、医療保障、住宅提供、雇用対策などの恒久的対策を国と東電に実施させることを求めてきた。

3月15日、京都地裁で下された判決は「各自がリスクを考慮して避難を決断しても社会通念上相当である場合はありうる」と判断し、また津波対策を怠った東電と規制権限を行使しなかった国の責任を認め、110人に総額1億1千万円の支払いを命じたが、その後原告側は、賠償額の低さや避難時から2年までに生じた被害のみを賠償対象としている点などを不服として控訴していた(国と東電も控訴)。

裁判には原告18名(大人17名、こども1名)のほか、多数の支援者らがかけつけたため、入りきれない支援者らは別会場での報告会に参加した。

そこに参加して改めて気づかされたのは、今現在も避難者らは損害賠償という金では解決できない様々な精神的な苦痛を抱えたままでいることだ。避難や帰還、あるいは避難継続など、一旦自身が下した決断について「それでよかったのか」、常に自問を繰り返し迫られている人もいる。

その「当事者」と「部外者」の難しい問題について五郎さんは、「ほんとうに難しくて微妙な問題ですが『当事者』と『部外者』の壁をいかにして乗り越え、突き崩せばいいか、最近よく考えています」と話していた。

そのことにも関連するが、 冒頭の「二倍遠く離れたら」の詩を途中で変えたというエピソードを、じつは最近になって知った。事故後の8月10日、東京の日比谷野外音楽堂で開かれた制服向上委員会プロデュースの集会「げんぱつじこ 夏期講習」で、飯舘村の元酪農家・長谷川健一さんにお話を聞いたのがきっかけだという。長谷川さんの当時の無念な気持ちや怒りでいっぱいになって語ってくれた話を聞き、五郎さんはその後歌う予定だった「二倍遠く離れたら」の3番の最後の部分を、直前に変えたのだという。

最初作った「二倍遠く離れたら 二倍強く思ってください/五倍遠く離れたら 五倍大きく動いてください/二倍遠く離れた 二倍深く考えてください/五倍遠く離れたら 五倍この国を変えてください」を、冒頭の詩に書き換えたのだが、それは「離れた人のポジティブな気持ちをもっとストレートに伝えるものにしようと思ったから」だという。

 

中川五郎さん(撮影=編集部)

国は今、2020東京五輪に向け、先の原発事故をなかったものにしようと必死だ。 じっしつ戻る者を優遇し、戻らない避難者を「自己責任論」で「棄民」のように切り捨て、原発事故の犠牲者などいなかったことにしようとしている。避難者と、故郷に戻る、とどまる者を様々なやり方で争わせ、分断させようとするのもそのためだ。

飯舘村には「丁寧に」「心を込めて」を意味する「までい」という方言があるが、今こそ、避難する者と、故郷に戻る者あるいは故郷にとどまる者が、までいに互いの立場を尊重し、までいに心を通わせあうことが必要なのではないか。そのすべての人たちに、国と東電に強いられる無用な被ばくを拒む権利、そして国と東電に事故の責任を追及する権利があるのだから。

3月、仙台空港から関西空港へ戻る飛行機の中で、飯舘村の人がポツリと呟いた言葉をふっと思い出したことがあった。「バタバタ死なないとわかってもらえないのだろうか…」。大阪に近づくにつれ、そのことばが重くのしかかってきた。 果たして私に何ができるのか?

そんな時、五郎さんの「二倍遠く離れたら」を聴き、「部外者」の私に何ができるか、考えるきっかけをもらった気がした。2019年は「部外者」の一人として、避難を続ける人、故郷に戻る人、故郷にとどまり続ける人、様々な立場の人たちの間をとりもつ、橋渡し的なことをしたいと考えている。

最後にもう一度、までい(「ゆっくり」「ていねいに」という福島県北部の方言)に呟いてみる。「五倍大きく動いて 五倍この国を変えてみせます」。

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

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《お詫びと訂正》

『NO NUKES voice』18号(2018年12月11日刊)掲載の中川五郎さんインタビュー(43~52頁)に誤りのあることが判明いたしました。謹んでお詫び申し上げますとともに、下記の通り訂正させていただきます。(『NO NUKES voice』編集委員会)

◎44頁小見出し、45頁中段11行目、同20行目
[誤]「花が咲く」 [正]「花は咲く」
◎46頁中段22行目
[誤]古田豪さん [正]古川豪さん
◎49頁上段21行目
[誤]「二倍遠く離れて」 [正]「二倍遠く離れたら」
◎50頁下段2行目、同19行目
[誤]「sport for tomorrow」 [正]「sports for tomorrow」

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『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM1WMYM/

福島第一原発事故で故郷を根こそぎ奪われた女性たちの有志グループ「原発いらない福島の女たち」は、3・11以後の脱原発運動で大きなうねりをつくってきた。その一人である黒田節子さんが中心となって2013年から毎年「ふくしまカレンダー」(梨の木舎)を制作発行している。最新の2019年版カレンダーの紹介と共に、これまでの6年6作の軌跡を黒田さんに4回に分けて回思回想していただいた。今回はその第1回。

◆いつの間にか6年目 ── 映画「カレンダー・ガールズ」にヒントを得て

 

2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』価格1000円(税込)連絡先 090-9424-7478(黒田)

この秋、いつの間にか6年目のカレンダーを販売している。大変な冒険の旅立ちともいえる当初のカレンダー作りだったから、正直いって6冊目を作れるようになることは想像できなかった。3・11後の様々な動きと混乱、自分たちの生活そのものが明日をも知れない状況の中での、やったこともないカレンダー作り。多くの協力を得ながらなんとかやってきている。

そもそもカレンダー作りを思いついたのが、英米合作映画「カレンダー・ガールズ」を観たことから始まる。映画は、実話を元にしたヒューマン・コメディ。小さな町で女たちがある年の教会カレンダーを自分たちの女写真集にした。保守的な田舎のこと、夫たちの猛反対にもあうが、しかし、思いがけなく大ヒットして彼女たちの目論見は大成功を収める。女たちの友情や勇気、フェミ的視点もきっちりあって、抱腹絶倒の映画だった。

さて、この映画を見て「そうだ、福島の女たちのカレンダーを作ろう!」といったのが、友人Aさん。イイネッ! さらに、反原発運動などで昔から活動されていたKさんとは震災後に再会したが、いろいろなことを教えていただいた。Kさんが日本に紹介している、これまたイギリスのドキュメンタリー映画「グリーナムの女たち」を福島の女たちで観るなどしたこともあったな(2011年クリスマス)。これは何回見ても感動。女たちへパワーを与えてくれる秀作だ。

 

経産省前、白いタイベックス姿(簡易防護服)で歌う女たち(2015年版カレンダーより)

福島原発事故後、良かったことが1つだけある。それは人との出会い・再会である。梨の木舎・羽田ゆみ子さんを紹介してもらったこともあって、カレンダー作るならここと決めていた。梨の木舎は良い本を出しているところとして私でも知っていて、どんなに立派な出版社かと思いきや、神保町の片隅で社主が掃除から編集、荷造りまで全てをほぼ1人でやっているようなところで、初めて訪問したときには驚いたものだった。

「苦節35年」は、ゆみしゃんのおどけた時の口癖である。たくさんの作業をここでやらせてもらっていたが、2016年の夏、近くに引っ越されて、今度はオーガニックなコーヒーや手作りケーキも注文できる素敵な空間のブックカフェと様変わりした。もちろん本もたくさん並んでいる。

◆2014年版の思い出 ──「弾丸バスツアー」で行った大飯原発反対福井集会

 

行進する女たち(2015年版カレンダーより)

2014年版、最初のカレンダーを眺める。本当に懐かしい。刷り上がった1冊を手にした際には、ジ~ンと熱いものがこみ上げてきたのだった。当初、海のものとも山のものとも知れないカレンダー作りに女たちの中で積極的な賛成意見はなかったのだが(当然といえば当然か)、半ば押し切って赤字覚悟で始めた。女たちには規則や会則はなく、原則のようなものがあるのみ。代表も置かないいわばいい加減な、良くいえば人間を信頼(しようと)している自由なグループだ。やりたい人がやりたいところをやるというアメーバ的な運動体を私はイメージしている。(ただし、話合いと報告はダイジ)

カレンダーの表紙は、「弾丸バスツアー」で行った大飯原発反対福井集会で撮影した写真から、たかくあけみさんがイラストに変換して描いてくれた。このあけみさんのイラストは4作目に至るまで続いていて、写真集ではあっても柔らかい感じが素敵だと女たちも気に入っているし、全国の皆さんにも好評だ。

ページをめくる。買ってくれた人の1ヶ月の視線に耐えるような写真が足りなくて、かなり苦労したな。どうにかこうにか、デザイナーさんの手腕で乗り切った感じ。このカレンダーができあがってから、被写体に大きく登場して亡くなってしまった友人、福島から避難して行った仲間、様々な経過があり女たちと離れてしまった人たちもいる。特に遠方に避難した人たちにとって、この頃は超激動の日々だったと思う。新天地で頑張っている若い人たちは「私たちの誇りだ」と発言していた私だが、その思いは今も変わらない。生活するだけでも大変だろうに、脱原発の新しい世界に向けて、着実にあるいは目ざましい活躍を開始している女たちがいる。1年の年月は福島に生きる私たちにとっては、10年、20年の重みがあるのだ。

◆2015年版の思い出 ── 福井地裁・樋口裁判長の名判決と司法界への希望

2015年版。何となくカレンダー作りの流れというのが分かってきた。女たちの手作りバナーやノボリが写真に登場してくる。皆もカレンダーを意識して「ハイ、来年のカレンダー用!」とかいって、撮影時にポーズをとったりするのは楽しい一瞬だ。14年版の成功に気を良くして、それなりに写真も集まってくるようになった。

白いタイベックス姿(簡易防護服)や上野公園での女たちの堂々としたデモ行進が目を引く。「大飯原発稼働停止ばんざーい!」の1枚は、福井地裁・樋口裁判長の名判決のおかげで、司法界に希望がまだあることを確認できた喜びが女たちの満面に溢れている。イエ~ィ!

◆2016年版 ── 安達太良山の雪化粧は息を呑むほどに美しい

2016年版。正月、安達太良山の雪化粧は息を呑むほどに美しい。それだけに同時にまた悲しさにおそわれる。「放射能さえなければ」どんなにか心からこの大自然を堪能できるだろうかと。

正月、雪化粧の安達太良山(2016年版カレンダーより)

プロもタジタジの写真が存在感あるものとして登場する。鹿児島県川内原発再稼働前夜の久見崎海岸で、夕陽を浴びながら無邪気に遊ぶ子どものシルエット。抗議行動に一緒に参加したAさん(前述のアイディア・ウーマン)の絶妙なシャッターだった。

鹿児島・川内原発。再稼働前夜の久見崎海岸。夕陽を浴びながら無邪気に遊ぶ子どもたち(2016年版カレンダーより)

他にも、帰宅困難区域の「帰れない家」からショボショボ歩いて来るタイベック姿の3人と「柿」の写真。巨大な放射性ゴミ焼却炉等々、フクシマの現実をうまく表現している写真が集まった。

柿の木のある「帰れない家」(帰宅困難区域)(2016年版カレンダーより)

キング牧師の演説に乗せて創作した「私には夢がある」という絹江さんの詩は、読む人の心を動かした。ここには、絶望と希望、未来への意志と共生への願いが込められている。絹江ちゃん、ありがとう、今でも泣けるよ。(つづく)

黒田節子さん(原発いらない福島の女たち)
『原発いらない ふくしまカレンダー』連絡先
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2019年版『原発いらない ふくしまカレンダー』
価格1000円(税込)

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

月刊『紙の爆弾』2019年1月号!玉城デニー沖縄県知事訪米取材ほか

「まったく……ろくな世の中じゃない」、「野党は情けないし、マスコミは頼りないし」。日本全国で、心あるひとびとが肩を落とす姿と、吐き出す嘆きが聞こえる。無理もないだろう。「合法的外国人奴隷労働法」(改正入管法)が、拙速に強行採決され、準備不足を政府も認める中、来年4月から施行するという。

見ているがいい。非人道的な労働環境で働かされる外国人労働者の激増は、政府や経団連どもがもが、腹黒く得ようとした「安価な労働力」ではなく「非人道的な外国人労働者の扱い」として必ずや社会問題化するだろう。

思いだそうとしたところで、あまりに悪法や、悪政が山積しているので、正直なところ、今年の初め頃、何が起きていたのかを正確に記憶だけでは再生ができない。それほどに散々な日常にあって、「本当のこと」、「真実に依拠した言論」、「権力者や社会的に認められている権威への抗議」をまとまって目にすることができる雑誌が極めて少なくなった。

『NO NUKES voice』 18号は、上記のような憤懣やるかたない言論状況に、どうにもこうにも腹の虫がおさまらない、真っ当な感覚を持つ読者諸氏に向けて、鹿砦社から最大級の「お歳暮」と評しても過言ではないだろう(購入していただく「お歳暮」というのはおかしな話ではあるが)。

 

孫崎 享さん(撮影=編集部)

◆孫崎享さんが語る日本「脱原発」化の条件

『戦後史の正体』で日米関係を中心に戦後の日本史を読み解いた、元外務官僚の孫崎享(うける)さんが外務諜報に長年かかわった経験から〈どうすれば日本は原発を止められるのか〉を語る。ベストセラーとなった『戦後史の正体』が世に出てから、孫崎さんはテレビ、新聞などに頻繁に登場していたが、最近ではその頻度が極端に少なくなっているように思える。孫崎さんの主張が時代遅れになったり、風化したから孫崎さんの登場が減っているのではない。時代やメディアが孫崎さんを「危険視」しているからではないだろうか。そうであれば『NO NUKES voice』 にこそご登場いただこうではないか。

◆小出裕章さんと樋口健二さんは東京五輪とリニア建設に反対する

小出裕章さんと樋口健二さんが同じイベントで、講演、対談なさった記録も「すっきり」読ませてもらえる。怒らない小出さんと、いつも怒っている(失礼!)樋口さん。しかしご両人ともが抱く、危機意識と怒りは年々増すばかりであることが、回りくどくない言葉から伝わるだろう。

樋口健二さんと小出裕章さん(撮影=編集部)

 

中川五郎さん(撮影=編集部)

◆鶴見俊輔の精神を受け継ぐフォークシンガー、中川五郎さん

中川五郎さんは、音楽を武器に「反・脱原発」戦線の先頭でひとびとを鼓舞する、貴重な存在だ。中川さんの楽曲もさることながら、インタビューで直接的な問題意識は原発問題社会問題に立ち向かうときの、普遍的な視点を示唆するものだ(とはいえ、中川さんの演じるライブを聞かれるに勝る迫力はなかろうが)。

◆鎌田慧さん、吉原毅さん、村上達也さん、おしどりマコ・ケンさんらが訴える東海第二原発運転STOP! 首都圏大集会の熱気

東海第二原発運転STOP! 首都圏大集会に集った、鎌田慧さん(ルポライター)、吉原毅さん(反自連会長・城南信用金庫顧問)、村上達也さん(東海村前村長)、おしどりマコ・ケンさん(漫才コンビ・ジャーナリスト)の発言は、「本当に東京が住めなくなる可能性が極めて高い」東海第二原発の危険性をそれぞれの立場から、強く訴える。

 

おしどりマコ・ケンさん(撮影=大宮浩平)

◆タブーなき連載陣ますます充実──冤罪被害者・山田悦子さん、行動する思想家・三上治さん、闘う舞踊家・板坂剛さん等々

連載「山田悦子が語る世界」、本号のテーマは「死刑と原発」だ。この夏オウム真理教関連の死刑確定囚13名に死刑が執行された。いまだに「被害者感情」や実体のない「犯罪の抑制効果」にのみ依拠して、「死刑」を存置する日本。この問題についての山田さんの論文には熱が入り、本号と次号で2回に分けての掲載となった。「死刑」を根源から考える貴重なテキストであり、国家や原発との関連が浮かびされてくる。

板坂剛さんの〈悪書追放キャンペーン 第一弾 百田尚樹とケント・ギルバードの「いい加減に目を覚まさんかい、日本人」〉は、板坂流似非文化人斬りが、ますます冴えわたっている。どうしてこんなしょうもない本が売れるのか?不思議な二人。その答えは二人ともが「嘘つき」の腰砕けだからだ。そのことをこれでもか、これでもか、と看破する。面白いぞ! 板坂さん! もっとやれ!

その他、鈴木博喜さんの〈福島県知事選挙”91%信任”の衝撃〉、伊達信夫さんの〈「避難指示」による避難の始まり〉など福島の事故当時、現在の報告が続く。

全国からの運動報告も盛りだくさんだ。

右を向いても、左を向いても「読むに値する雑誌がない」とお嘆きの皆さん!ここに心底「スッキリ」できる清涼剤がありますよ!『紙の爆弾』同様に、この時代他社では、絶対(といっていいだろう)出せない本音満載の『NO NUKES voice』 18号。お買い求めいただいて損はないことを保証いたします。

12月11日発売開始!『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

『NO NUKES voice』Vol.18
紙の爆弾2019年1月号増刊

新年総力特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

[インタビュー]孫崎 享さん(元外務省国際情報局局長/東アジア共同体研究所理事・所長)
どうすれば日本は原発を止められるのか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
核=原子力の歴史 差別の世界を超える道

[講演]樋口健二さん(報道写真家)
安倍政権を見てると、もう本当に許せない
そんな感情がどんどんこみあげてくるんです

[議論]樋口健二さん×小出裕章さん
東京五輪とリニア建設に反対する

[インタビュー]中川五郎さん(フォークシンガー/翻訳家)
原発事故隠しのオリンピックへの加担はアベ支持でしかない

[報告]東海第二原発運転延長STOP! 首都圏大集会
(主催:とめよう! 東海第二原発首都圏連絡会)
鎌田慧さん(ルポライター)
プルトニウム社会と六ヶ所村・東海村の再処理工場
吉原毅さん(原自連会長・城南信用金庫顧問)
原発ゼロ社会をめざして
村上達也さん(東海村前村長)
あってはならない原発──東海村前村長が訴える
[特別出演]おしどりマコ・ケンさん(漫才コンビ/ジャーナリスト)
福島第一原発事故の取材から見えること

[報告]鈴木博喜さん(ジャーナリスト/『民の声新聞』発行人)
福島県知事選挙〝91%信任〟の衝撃

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「東電原発事故避難」これまでと現在〈2〉
「避難指示」による避難の始まり

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
震災で被災し老朽化でぼろぼろの東海第二原発再稼働を認めるな

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
脱原発の展望はいずこに──

[インタビュー]志の人・納谷正基さんの生きざま〈1〉

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈2〉死刑と原発(その1)

[報告]板坂剛さん(作家・舞踊家)
悪書追放キャンペーン 第1弾
百田尚樹とケント・ギルバートの『いい加減に目を覚まさんかい、日本人! 』

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク 全国各地からの活動レポート

鹿砦社 (2018/12/11)
定価680円(本体630円)

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07KM1WMYM/

『NO NUKES voice』Vol.18 特集 2019年 日本〈脱原発〉の条件

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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