あつっぽく講演する芝田さん

講演レジメ(全員に配布)

このかんたびたびお伝えしてきましたように、11月12日、京都の同志社大学今出川キャンパスで、「70年安保・学生運動、そして児童文学……過ぎ越し45年を振り返り いま生きてあることの意味を問う」と題し、私の先輩にして児童文学作家の芝田勝茂さんの講演会が開催されました。講演の内容は、別紙のレジメに沿って話されました。

学友会倶楽部は、全学自治組織「学友会」解散後、OBの、いわば親睦組織として発足し、毎年今の時期に大学の行事としてなされるホームカミングデーで講演会を開いてきました。今回で5回目となりますが、単にゲストを招いて講演していただくだけでなく、1年に1度ではありますが、集まって、学生時代から培ってきた志を確認し、お互いの現在の活動を知り、また励まし合うということだと私なりに理解しています。

代表は、1964年度生の堀清明さん。堀さんはかつて大きな事故に遭いお体が不自由な中で頑張ってこられ、また今年は2カ月余り入院され、退院されたのは講演会の1週間前でした。かつて「若きボリシェビキ」(古い!)の時代は、人一倍過激で怖い方だったと聞きます。

そのように先輩が頑張っているのに、後輩が安閑としているわけにはいかないでしょう。

ということで、今年は私の発案で、学生時代直属の先輩だった芝田勝茂さんをお呼びすることになりました。

お呼びするに際し、実に37年ぶりに再会しいろいろ話しました。懐かしさと共に、お互いに生き延びてきたことを喜び合いました。

芝田さんは、1971年の三里塚闘争で逮捕され、長い裁判闘争を抱え、生活面含め苦労されながら児童文学の作品を書き続けてこられました。今回、私(たち)の求めに応じ、「初めてで最後」の学生時代の話をされました。一時期、共に活動したこともあり、当時を想起し、ほろっとするところもありました。

ところが、11・12が近づいてくるにしたがい、「はたしてどれだけの方が参加してくれるだろうか」との強迫観念にさいなまれました。宣伝・広報活動にも最大限努めました。同日、10・8羽田闘争50周年記念集会など複数のイベントが重なり、参加者が分散することも懸念されました。実際に、「10・8記念集会に行くよ」と言った方も何人かおられました。ええい、たとえ実行委員だけだったとしても、われわれのできる最大限の取り計らいで芝田さんをお迎えしようと腹を括りました。

そんなこんなで当日朝まで眠れない日が続きました──。

しかし、それは杞憂でした! 当日、会場には続々と参加者が押し寄せてくれました。涙が出そうでした。実行委員も含め100人ほどの参加者でした。10・8記念集会などとバッティングしなかったらなあ……と思いましたが、そんなことを言っていても仕方がありません。

私が最初の挨拶と司会・進行を努めさせていただきました。

開会の挨拶をする松岡

芝田さんのお話は、学生時代の体験から始まりましたので、肯けることばかりでした。やはり学生時代に共に議論し共に行動したことは身に付いています。

芝田さんにしろ、3年前に遙かアメリカからお招きした矢谷暢一郎さん(現・ニューヨーク州立大学教授、学生時代は学友会委員長)にしろ、人一倍の苦労をされました。おふたりに共通しているのは逮捕・勾留、有罪判決を受けたということです。そのご苦労が今に結実しています。私も逮捕・勾留、有罪判決を受け、それなりの苦労はしましたが、それがいいほうに結実しているかどうかはわかりません(苦笑)。

この日、芝田さんの単行本未収録の短編小説3篇を小冊子にし、レジメと共に参加者全員にお配りし喜んでいただきました。また、「S・Kさん」として再三再四くどいほど登場する『遙かなる一九七〇年代‐京都』の完成を目指しました。元々、長年かけて準備してきていたものですが、だらだらしてなかなか進捗しませんでした。ここは、11・12に向けて完成させようと、共著者の垣沼真一さんと意を引き締め編集作業に努めました。なんとか間に合い11月1日に完成し、署名したものを直接芝田さんにお渡しすることができました(奥付の発行日は11月12日)。

この本の底流には、芝田さんの思想が在ります。それは、
「俺は、虚構を重ねることは許されない偽善だといったんだ、だってそうだろう、革命は戯画化することはできるが、戯画によって革命はできないからな」(本書第三章「創作 夕陽の部隊」より)
という言葉に凝縮されています。

この作品について芝田さんは直前のフェイスブック(11月7日)で、
「……1973年にノートに殴り書きされた『夕陽の部隊』は、暗黒の闇がすぐそこに来ている刻に、一群の若者たちが得体の知れない怪物と闘う話だ。彼らの論理は、確実な敗北を前にして、ひとはいかに生きるのかという、ある種の美学にすぎないように思える。現世に、なにがしかの獲物の分け前を求めるのではなく、夕陽の金色の残照に、どのように煌めくのかという、それだけのために、醜怪の極に向かって突っこんでいく、最後の突撃隊。だが、『敵』とはいったい、誰のことなのだろう?……主人公の青年が、その後に辿り着いたところ、そこでどんなことがあったのかをも含めて、今の若い方々にも聞いていただければ、と思う。決してノスタルジーを語るつもりはない。それらのすべてが、『今』に意味を持っているのかを、わたしも知りたい」
と書かれています(『夕陽の部隊』は『遙かなる一九七〇年代‐京都』に再録されています)。

荒井由美の時代の名曲「いちご白書をもう一度」(1975年)からも42年経ちました。世に出たのは、芝田さんや私が失意のなか京都を離れる頃です。月日の経つのは速いものです。〈われわれの「いちご白書をもう一度」〉を歌いたい──。 

最後になりますが、私の無理を聞き入れ「初めてで最後の講演」をしていただいた芝田さん、本講演の実行委員のみなさん方、会場に足を運んでいただいた皆様方に、心よりお礼申し上げます。

多くの方々で埋め尽くされた会場

(松岡利康)

松岡利康/垣沼真一編著『遙かなる一九七〇年代‐京都 学生運動解体期の物語と記憶』定価=本体2800円+税

今や児童文学の世界で確かな地位を築かれた芝田勝茂さんは、私の学生時代の2年先輩にあたります。1970年代前半のことですので、遙か昔のことです。

芝田さんは1968年に同志社大学(文学部国文学専攻)に入学、この頃は、70年安保闘争、教育学園闘争華やかりし時代で、芝田さんも時代の渦に巻き込まれていきます。そうして70年に入学した私と出会い、一時期を共に過ごし、70年代初めに盛り上がった学費値上げ阻止闘争、沖縄-三里塚闘争を共に闘いました。

芝田さんは71年の三里塚闘争(成田空港反対闘争)で逮捕され、以後長い裁判闘争を強いられます。しかし、裁判と生活のために京都を離れ上京、働きながら徐々に児童文学の作品を書き始めます。そうして1981年『ドーム郡ものがたり』でデビュー、83年『虹へのさすらいの旅』で児童文芸新人賞を受賞、そして90年『ふるさとは、夏』で産経児童出版文化賞を受賞し、以降40点近くの作品を出版、児童文学作家としての地歩を固めていきます。

また、私も学費値上げ阻止闘争で逮捕-起訴され、裁判と生活に追われ、芝田さんともなし崩し的に連絡が途絶えていきました。最初の作品『ドーム郡ものがたり』の出版直後一度東京でお会いした記憶がありますが、学生時代以来会ったのはそれ一度でした。

今回、学生時代から45年、81年に一度会ってからも35年ほど経って、なにかの巡り合わせか、同志社大学が年に一度行うホームカミングデーに学友会倶楽部主催の講演会にお招きすることになり再会しました。これも運命でしょうか。

「学友会」とは、各学部自治会、サークル団体を統括する自治組織で、60年安保、70年安保という〈二つの安保闘争〉をメルクマールとして全国の学生運動、反戦運動の拠点となり、同志社大学はその不抜のラジカリズムで一時代を築いたところです。残念ながら2004年に自主解散し、かつてそこに関わった者らで作られたのが「学友会倶楽部」です。いわば親睦組織のようなものですが、かつての記録集を出版したり、5年ほど前からホームカミングデーで講演会を行っています。

芝田さんは、当時運動に関わり逮捕-起訴された者のほとんどが身バレすれば社会的に不利益を蒙り生きにくくなることからそうであったように、出身大学名や学生時代の活動なども誰にも語らず過ごして来たそうです。

今回、学生時代のことを語るのは「最初で最後」だということですが、共に一時期を過ごしたこともあり、興味津々です。われわれにとっての「いちご白書をもういちど」といえるでしょうか。

この講演会に間に合わせるべく、私なりに当時のことを書き綴った『遙かなる一九七〇年代‐京都~学生運動解体期の物語と記憶』という300ページになる分厚い本を上梓しました。この底流となっているのは芝田さんと共に過ごした70年代初めの物語と記憶です。こちらもご購読よろしくお願いいたします。

なお、11・12芝田勝茂さん講演会ですが、入場料は無料、先着100名のご参加の方に、単行本に未収録の芝田さんの短編小説3篇を収めた小冊子を進呈いたします。貴重です(将来的にプレミアがつくかもしれません〔笑〕)。

11・12(日)芝田勝茂さん講演会(同志社大学学友会倶楽部主催)

芝田勝茂さん 略歴と著書

【11月4日刊行開始】渾身の〈政治的遺書〉!
松岡利康/垣沼真一編著『遙かなる一九七〇年代‐京都 学生運動解体期の物語と記憶』

しらじらと雨降る中の6・15 十年の負債かへしえぬまま

私たちは1970年に京都の大学に入りました。私は同志社大学、もうひとりの編著者・垣沼真一さんは京都大学—–もう50年近くも前の話です。昔話といえば昔話です。燎原の火の如く燃えた70年安保闘争、学園闘争の火は鎮火しつつあったとはいえ、まだくすぶっていた時期でした。特に京都では同大・京大を中心に意気軒昂でした。まだ沖縄が「返還」されていない時期で、沖縄(返還協定調印‐批准)─ 三里塚(成田空港反対闘争。第一次‐二次強制収用)─ 学費値上げ問題などが沸騰し、私たちも精一杯闘いました。

しかし、その後、叛乱の季節は収束し、連合赤軍の銃撃戦‐リンチ殺人、内ゲバなどで暗い時代に向かっていきます。私たちも、大学を離れ生活に追われ、背負った問題に呻吟しつつ生きてきました。そうして、齢を重ね60代後半に入りました。

このかん、私たちは、かつて背負った問題を整理し書き綴っていくことにしました。数年かけて書き綴りました。私たちなりの覚悟で<知られざる真実>も明かし、偽造された歴史に小さいながらも楔を打ったつもりです。

こうした私たちの意気込みに、尊敬する大先輩の矢谷暢一郎さん(元同志社大学学友会委員長、現ニューヨーク州立大学教授)が海の向うから玉稿を寄せてくれました。

A5判、2段組で300ページの堂々たる分厚い本になりました。ここには、私たちが若かった頃に培い、そして闘い、しかし挫折し背負ってきた<負債>が書き綴られています。どうかご一読され、時代は端境期、当時の<空気>を感じ取ってください。

本書第二章の「創作 夕陽の部隊」という短編小説で、私の当時の先輩のS・Kさんは、
「俺は、虚構を重ねることは許されない偽善だといったんだ、だってそうだろう、革命を戯画化することはできるが、戯画によって革命はできないからな」
と、当時の情況に対し本質を衝いた表現をしています。

60代も後半となり年老いた私たちは、気力、体力も衰え、再びこのような本を作ることはできないでしょう。私たちの最後の<政治的遺書>といってもいいくらいです。ぜひご購読お願いいたします。
  

松岡利康/垣沼真一編著『遙かなる一九七〇年代‐京都 学生運動解体期の物語と記憶』※表紙画像をクリックすればAmazonに飛びます。

遙かなる一九七〇年代‐京都
学生運動解体期の物語と記憶

松岡利康/垣沼真一[編著]
A5判/300ページ/カバー装
定価:本体2800円+税  11月4日発売!
本書は、学生運動解体期の一九七〇年代前半を京都(同志社大学/京都大学)で過ごし
潰滅的に闘った者による渾身の〈政治的遺書〉である。
簒奪者らによる歴史の偽造に抗し、
学生運動解体期=一九七〇年代 ─ 京都の物語と記憶をよみがえらせ
〈知られざる真実〉を書き残す!
[構成]
[特別寄稿]『遙かなる一九七〇年代-京都』の出版にあたって
矢谷暢一郎
第一章 遙かなる一九七〇年代-京都
松岡利康
第二章 [創作]夕陽の部隊
橋田淳
第三章 われわれの内なる〈一九七〇年代〉 甲子園村だより
松岡利康
第四章 七〇年代初頭の京大学生運動--出来事と解釈
熊野寮に抱かれて 
垣沼真一

【おことわり】取次会社などに出荷し、手持ち在庫がなくなりましたので小社へのご注文はお受けできなくなりました。Amazonへご注文をお願いいたします。

ところで、本書は、11月12日(日)に行われる同志社大学学友会倶楽部主催・芝田勝茂さん講演会に間に合わせることを私なりの義務感として刊行を目指しました。もともと本書は数年前から準備してきましたが、芝田さんとの再会が俄然モチベーションをアップさせました。本書には、芝田さんとの学生時代の日々、そして以降40数年のお互いの苦闘が底流になっています。なぜか? その〝回答〟は本書を紐解いていただければ分かるでしょう。人間、こうした具体的な目標なくしては力が入らないようです。3年前の同倶楽部の講演会に上記の矢谷暢一郎さんをアメリカから招きましたが、ここでも何とか矢谷さんの著書の刊行を間に合わせました。本が完成し京都に届いたのは前日でした。

講演会の内容は別掲の通りです。入場は無料、参加者先着100名様に芝田さんの単行本未収録3篇を収めた小冊子を贈呈いたします。関西近郊の方はぜひご参集ください。

11月12日(日)芝田勝茂さん講演会(同志社大学学友会倶楽部主催)

芝田勝茂さん 略歴と著書

既に9月12日の本通信で予告しましたように当社は9月28日、大学院生リンチ事件加害者側当事者で、この夏連続して当社とこの代表・松岡に対し誹謗中傷、侮辱、名誉毀損発言を行った李信恵氏を「被告」として大阪地裁に損害賠償300万円と謝罪広告等を求め提訴いたしました(第13民事部。平成29年ワ第9470号)。ようやく訴状が李信恵氏本人に送達されましたのでここにご報告させていただきます。これに先立つ本通信8月2日、同30日、9月12日号をも併せてご参考にしてください。
以下、訴状に沿って概略をご説明いたします。

◆ 被告・李信恵氏による名誉毀損行為

被告・李信恵氏(以下、李被告とする)はマスメディアを中心に受けている社会的評価からはおよそ想像できない攻撃的姿勢を示し、以下の通り自身のツイッターで原告に対し悪意をもって誹謗中傷、侮辱、名誉毀損に該当する発信を繰り返した。

1 2017年(平成29年)7月27日、李被告は、自身のツイッターアカウント上において「鹿砦社はクソですね。」と発言した。
 同発言は原告・鹿砦社(以下、原告とする)のみならず従業員や取引先、ライターに対する侮辱、誹謗中傷、名誉毀損に繋がるもので、その影響も大きく無視できないと判断せざるを得ないものであった。原告は李被告を諌め、それ以上の行為に及ばないことを期待し、原告が運営するホームページ上の同年2017年8月2日付け「デジタル鹿砦社通信」にて、反論記事を掲載した。
 ところが李被告は、その後も自身のツイッターアカウントにおいて、侮辱、誹謗中傷、名誉毀損発信を継続した。

2 同年8月17日、被告は「しかし鹿砦社ってほんまクソやなあって改めて思った。」と発言した。

3 同年8月23日、被告は「鹿砦社の件で、まあ大丈夫かなあと思ったけどなんか傷ついてたのかな。土曜日から目が痛くて、イベントの最中からここに嫌がらせが来たらと思ったら瞬きが出来なくなった。」と発言した。

4 同日、「鹿砦社の人は何が面白いのか、お金目当てなのか、ネタなのかわかんないけど。ほんまに嫌がらせやめて下さい。(中略)私が死んだらいいのかな。死にたくないし死なないけど。」と発言した。

5 同日、被告は、「クソ鹿砦社の対立を煽る芸風には乗りたくないなあ。あんなクソに、(以下略)」と発言した。

6 同日、被告は、「鹿砦社からの嫌がらせのおかげで、講演会などの告知もSNSで出来なくなった。講演会をした時も、問い合わせや妨害が来ると聞いた。普通に威力業務妨害だし。」と発言した。

7 同月24日、被告は、「この1週間で4キロ痩せた!鹿砦社の嫌がらせで、しんどくて食べても食べても吐いてたら、ダイエットになるみたい。」と発言した。

8 同日、被告は、「鹿砦社って、ほんまよくわかんないけど。社長は元中核派?革マルは?どっち?(中略)クソの代理戦争する気もないし。」と発言した。

◆ 李被告の行為が有する意味とこれに対する原告の対応

李被告の発言に頻繁に見られる「クソ」という言葉が、対象を侮蔑する際に用いられることの多い、公的な場面では用いられることのない品性を欠く表現であることは一般常識である。「差別」に反対し「人権」を守ると公言し、多数の人間の支援を受けている人間が使うべき言葉ではなく、品性に欠けることはもちろん、原告に対する強い悪意をもってなされたものであることが明瞭である。しかも、「反差別」運動において一定の社会的評価を得ている李被告がかかる表現を用いたということ自体、影響力は大きく、原告に対する刑事、民事上の各名誉毀損行為に該当すると言わざるを得ない。

やむなく原告は、同月25日、被告に「警告書」を送付し、とりわけ、当社、および当社の関係者がいつどのような「嫌がらせ」や「(威力業務)妨害」を行なったのか、具体的に事例を摘示し証明するよう、また、被告が主張するところの「鹿砦社ってほんまクソやなあ」とか「クソ鹿砦社」と表現される根拠を証明するよう求めた。

しかしながら、李被告からは代理人の神原元弁護士を通して「『名誉毀損』には該当しない」との形式的で内容の伴わない回答があったのみで、原告が求めた説明に対する回答はなかった。

原告や原告関係者が、李被告に対して「嫌がらせ」や「(威力業務)妨害」など行なった事実などないし、また原告の「嫌がらせのおかげ」で「講演会などの告知もSNSで出来なくなった。」とか「しんどくて食べても食べても吐いてたら、ダイエットになる」とか「イベントの最中からここに嫌がらせが来たらと思ったら瞬きが出来なくなった。」などの発言は、いずれも被告の一方的な言い掛かりであり、根拠のない牽強付会なものと言わざるをえず、原告に対する名誉毀損の程度は甚だしい。

なお、原告代表者が現在から40年以上も前である学生時代に一時ノンセクトの学生運動(主に学費値上げ反対運動であった。原告代表者は母子家庭で育ったこともあり、学費値上げが学生や父兄、学費支弁者に課す負担増加に怒り運動に関わっていったが、被告が言うように「中核派」や「革マル派」は勿論のこと、一切のセクトに所属したことはない。)に関わったことを針小棒大にあげつらい、あたかも「中核派」か「革マル派」に所属していたかのように発言しているが、それは両派の血で血を洗う内ゲバ・殺人の歴史を顧みれば、原告鹿砦社代表者の松岡、ひいては同人が代表を務める原告会社に対する明確な名誉毀損である。

――――――――――――――――――――――――――――

第1回弁論は11月9日午後1時30分からです。多くの皆様方の傍聴をお願いするものです。

8月2日の「デジタル鹿砦社通信」の記事を読んで「クソ」発言をやめたら、また「警告書」を受け取って真摯に対応したら、わざわざカネと労力を費やして裁判沙汰にするまでもありませんでした。いやしくも私たちは出版社なので言論で勝負することをモットーとしていることで、私たちから訴訟を起こすことは、よほどのことでない限り、これまでめったにありませんでした。今回の件について、「この程度で訴訟かいな」という声もあるようですが、歳を重ね丸くなったとはいえ、「鹿砦社はクソ」「クソ鹿砦社」と再三再四誹謗中傷され安穏としておれるほど私もお人好しではありません。今回私は特段の名誉毀損と感じ、取引先(大から小まで月に50社[者]以上の支払いがあります)らへの悪影響を懸念し提訴に及んだ次第です。

また、訴状が裁判所から送達されたことについて李被告は自身のツイッターで、本名と通名の併記で送達されたことに対し不快感を示し文句を言っています。リンチ事件の際の検察の書面もそうなっていて、本件訴訟でもそれに倣ったのですが、先のリンチ事件の民事訴訟でも本件同様(エル金や凡も)本名と通名の併記になっています。李被告とつながる「しばき隊」の人たちが「レイシスト」認定した一般市民の本名や住所等を暴露した「はすみリスト」とは違い、私たちから「家族を危険にさらす」(李被告のツイッター)ようなことはしませんし、いたずらに本名や住所を公にすることはしません(李被告に、「はすみリスト」で名前や住所等を暴露された人たちがどれほど「危険にさら」されたことをどう思うか聞きたいところです)。

リンチ事件の訴状送付の時は何も言わなくて、今になって文句を言うのはどういう理由でしょうか? 李被告の場合、夫が日本人だということですので、「夫の姓を私の日本名にしました」と李被告みずから言うように、そう役所に届け、おそらく検察の書面でも住民票を確認し、その名と「李」の名を併記しているのでしょう。本件訴訟でも、検察の書面同様、この国の裁判の法律に従ったまでであり、悪意があってのことではありません。それがなにかしら「家族を危険にさらす」ことに繋がるわけがありません。

さらに、連日「鹿砦社はクソ」「クソ鹿砦社」呼ばわりされて私(たち)は不愉快極まりありませんが、李信恵サン、あなたが「李信恵はクソ」「クソ李信恵」と一度ならず再三再四言われたらどう感じますか? 嫌でしょう? あなたが嫌だと思うことは他人も嫌なのですよ。

悪意を持って他人が嫌がることをするような人に「反差別」だとか「人権」だとか言う資格はありません。「差別」に反対し「人権」を守る闘いは、崇高なことだというのは言うまでもありません。そして、この先頭に立つ人の言葉は人一倍美しく、それを読む人を勇気づけるものと思ってきましたが、この1年半余り、李被告の発言をつぶさに見て来て、大いに疑問を抱くようになりました。汚い言葉(「クソ」という日本語は決して美しい言葉ではありません)は「差別」に反対し「人権」を守る人が使うべきではありません。言葉は、人格や人間性を表わします。私の言っていることはおかしいですか?

《関連記事》
◎ 大学院生リンチ事件加害者・李信恵氏による「鹿砦社はクソ」発言を糾す!(2017年8月2日松岡利康)
◎ 大学院生リンチ事件加害者・李信恵被告による、鹿砦社に対する悪質な誹謗中傷、名誉毀損発言について「警告書」を送付しました(2017年8月30日松岡利康)
◎ 鹿砦社からの「警告書」に対し、李信恵代理人・神原元弁護士から〝回答にならない回答〟届く。誠意のない回答にわれわれの方針はただ一つ! 鹿砦社特別取材班(2017年9月12日鹿砦社特別取材班)

『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』(紙の爆弾2017年6月号増刊)

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

知名定男さん

宇崎竜童さん

宮沢和史さん

前川真悟さん(かりゆし58)

いよいよ24日(日)、第8回を迎える「琉球の風」の開催が近づいてきた。週間予報によると当日、熊本の天気は曇りとなっているが、今年もきっと晴れるに違いない。もし1週間台風が遅れていたら開催は無理だったろうが、台風は去り、実行委員の方々は最後の準備に追われていることだろう。

鹿砦社代表の松岡と同級生だった東濱弘憲さんがご自身のルーツを探る中から企画をはじめた「琉球の風」は東濱さんが亡くなって以降も有志実行委員会による開催をつづけている。このイベントの特徴は、今年の出演者が宇崎竜童、宮沢和史、島袋優(BEGIN)、かりゆし58、ネーネーズといった常連、ベテランの大御所から、MONGOL800のキヨサク、HYの新里英之、仲宗根泉といった初登場の大物たちによりステージが展開される豪華さだろう。サンデーwith新良幸人、下地イサム、金城安紀、比嘉真優子などが脇を固める。

これだけの顔ぶれながら、「琉球の風実行委員会2017」の中にはいわゆる企画屋さんやプロの興行師は一人もいない。委員会は皆このイベント以外に仕事をもっていたり、普段は芸能とは無関係な生活をしている「一般人」の方ばかりだ。つまり「琉球の風」は全く営利目的イベントではない。だから頭が下がるのだ。半年ほど前に実行委員会委員長に「何かお手伝いできることがあれば」と申し出たことがある。委員長ははっきりと言葉にはしなかったけれども「ありがとうございます。お気持ちはありがたいですが、私たち熊本人でこのイベントはやり遂げますよ」と笑顔を返してくださり、「当日来て下さるだけで大感謝です」とだけ仰った。

私は東濱さんを知らないし、熊本も一昨年初めて訪れた。鹿砦社が協賛していることは知っていたが、熊本は足を運ぶまで関西からは実際の距離以上になんとなく遠く感じていた。でも新大阪から新幹線に乗ると熊本まではわずか3時間ほど。なんだ東京に行くのと変わらないじゃないか、と遅まきながら知った。沖縄には何度も足を運んでいたけども、初めて訪れた熊本で東濱さんの名前が時々「あがりはま」と呼ばれていて、はてなと思い、知人に聞いたら「琉球では東をあがり、西をいりと呼ぶのさー」と教えてもらった。なるほど陽が昇る東が「あがり」で沈む西が「いり」。西表島を何の不思議もなく「いりおもてじま」と呼んでいたけど、情緒のある言葉を学ばせてもらったのも熊本でだった。

去年は大変な震災があった熊本。街のあちこちの「危険立ち入り禁止」のシールが印象的で今も余震は続いている。でも24日の熊本の空はきっと晴れ上がり、フードパル熊本(「琉球の風」会場)には夏のような陽光が降り注ぐだろう。今年から各ミュージシャンの演奏時間がこれまでよりも長くなり、昨年までとはまた違った味わいを満喫できるに違いない。

九州や中国地方の方だけではなく、全国の皆さん!週末は熊本に出かけてみませんか。

宮沢和史さんの「島唄」で会場が最高潮に盛り上がった昨年の「琉球の風」

9月24日(日)熊本で琉球の風~島から島へ~2017!

【日時】9月24日(日) 12:00開場 13:00開演 (19:00終了予定)
【会場】フードパル熊本 イベント広場
《熊本交通センター⇔上熊本駅⇔会場までの臨時バス運行》

【プロデューサー】知名定男
【出演】 新良幸人withサンデー、下地イサム、宮沢和史、
島袋優(BEGIN)、金城安紀、かりゆし58、UKULELE GYPSY(キヨサク from MONGOL800)、
新里英之&仲宗根泉(HY)、ネーネーズ、比嘉真優子、琉球國祭り太鼓 九州各支部、
(演奏)ネーネーズバンドDIG(嘉手聡、KOZ、前濱YOSHIRO、名嘉太一郎)、
(MC)ミーチュウ、岩清水愛、
(友情出演)宇崎竜童
※出演者が追加・変更になる場合があります。
【出店】飲食店・物産品販売店等、20店舗程度を予定

大人  前売6,000円(当日6,500円)
中高生 前売3,000円(当日3,500)
✱当日は学生証をご持参ください。
小学生 前売500円(当日¥1,000)
小学生未満 無料

☆先着1000名様に「琉球の風2017」ロゴ入りエコバッグを贈呈、
また抽選で100名様に『島唄よ、風になれ!』(通常版)をプレゼントします。
いずれも鹿砦社提供です。


【イベント詳細】Facebook 琉球の風~島から島へ~2017

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』特別限定保存版(「琉球の風」実行委員会=編)

『島唄よ、風になれ! 「琉球の風」と東濱弘憲』通常版(「琉球の風」実行委員会=編)

本日発売『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

 
『NO NUKES voice』が本日15日全国書店で発売された。季刊誌ながら発刊3年、13号を迎えることができたものの、財政的にも、紙面づくりでも予想を超える困難があったことは今号の巻頭で発行人の松岡がお伝えしている。たしかに鹿砦社という小さな出版社にとって「脱・反原発」に特化した雑誌の発行は、身の丈を考えればかなりの「冒険」で、けっして収益的に楽観できるものでは当初からなかった。

だからといって、福島第一原発事故で起きたあの大事故から目を逸らすことが、われわれには出来なかった。人間が何世代も生きてすら「収束」することはできない大惨事などそうそうあるものではない。地域紛争だって、戦争だって、被害を受けたひとびとの心の傷はいやされずとも、数十年で町や国は外見上復興する。しかし原発事故はそうはいかない。人間がコントロールできない自然災害と似たような性質も有するが、決定的な違いは自然災害から人間は逃げおおせないが、原発事故は人間が決断すれば簡単に防ぐことができる、ということである。

にもかかわらず、福島第一原発で大事故を起こした東京電力の柏崎刈羽原発にまで再稼働の適合性を原子力規制委員会は認めようといている。原子力規制委員会の役割は「原発の安全を審査」することではなく「審査基準に適合しているか」を審査する場所であるそうなので、「安全を保証するものではない」と田中俊一委員長が繰り返し「正直に」述べているとおり、原発に限れば「安全の保証」などはできえないのである。

◆この国は何を考えているのか?

経産省前テントひろば共同代表の渕上太郎さん

72年前、非戦闘地域に2つの原爆を落とされ、6年前に4基の原発を爆発させた国は、世界広しといえども、この国をおいてない。そしてこの国は「核兵器禁止条約」には参加しないという。

どういう頭の構造をしているのか。何を考えているのか。なぜそんなに死に急ぐのか。私にはまったく彼らの考えていることが理解できないし、その弁明に微塵の合理性も感じることができない。下手くそな言い逃れと、詭弁、迂遠なモノ言いながら簡潔化すれば小学生程度の論理性も保持しない稚拙な言い訳。こういった「欺き」を生業にしている人に判断を委任していたら、再度(いや最後)の事故が起きることは必至だ。

そして、その可能性は残念ながらどんどん高まっている。反対の声を押し殺して徐々に進む再稼働。それと歩調を合わせるかのように全国で頻発する中規模の地震。1995年阪神大震災以来、この島は地震の活動期に入った。さらに太平洋プレートの向こうの端、チリ、ペルー、ニュージーランド、台湾などでも大地震が起きた。北海道、新潟、岩手、鳥取、熊本、鹿児島、沖縄など全国各地で中規模から大規模の地震が毎年起きている。スーパーマーケットへ行けば「○○災害支援募金箱」が置いてあるが、近年のゲリラ豪雨の被害と相まって、募金箱の名称が長続きすることはない。年から年中自然災害だらけである。

せめて、人間の判断と手で、止めることができる災害であれば、止めよう。

◆私たちの希望と要求はシンプルにして簡潔だ

私たちの希望と要求は実にシンプルにして簡潔だ。筆舌に尽くしがたい原爆・原発事故による被害者の方々の苦難の「現在進行形」と隣り合わせで生きているわれわれは、見て見ぬふりが許されるのだろうか。あれは「他人事」なのか。厚労省の国会答弁(2017年4月14日参議院・東日本大震災復興特別委員会での山本太郎議員の質疑)によれば1082人(2011-15年までの5年間での福島県内9病院集計)を超えたとされる福島県での甲状腺がんの手術を受けたひとびとは、私たちと「無縁」の人なのか。ほおっておけばまた明日の朝が必ずやってくる保証は、本当にあるのか。毎朝、毎夕の東京の満員電車は自然な光景なのか。

これは編集長以下が協議して作成した見解ではない。しかし私たちは(おそらくあなたも)細部が異なることはあれ、原発が「在る」こと、「再稼働」されることに、どこか私と重なる気持ちをお持ちではないだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
[写真=大宮浩平および本誌編集部]

『NO NUKES voice』vol.13
創刊三周年記念総力特集
多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

[グラビア]我に撃つ用意あり/強制撤去から一年 闘い続ける「経産省前テントひろば」他
[インタビュー]望月衣塑子さん(東京新聞社会部記者)
森加計・原発・武器輸出 〈タブーなき記者〉の軌跡
[インタビュー]寺脇研さん(元文部官僚、京都造形芸術大学教授)
原子力村と宇宙村 省庁再編が壊した教育の未来
[インタビュー]中島岳志さん(政治学者、東京工業大学教授)
脱原発こそ「保守」の論理である 安倍内閣終焉後の対抗軸
[インタビュー]鵜飼哲さん(フランス文学・思想研究、一橋大学教授)
反原発と反五輪 復興五輪が福島を殺す
[講演]水戸喜世子さん(「救援連絡センター」元事務局長)
原発は滅びゆく恐竜である
[講演]笹口孝明さん(元新潟県巻町町長)×村上達也さん(元茨城県東海村村長)
巻町「住民投票」の教訓と東海村「脱原発」の挑戦
脱原発をめざす首長会議・原子力市民委員会共催シンポ「原発に依存しない地域社会のために」より
[インタビュー]温品惇一さん(放射線被ばくを学習する会共同代表)
被曝測定・国のウソ

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎副代表)
東電再建計画『新々・総特』は瓦解する
[報告]三上治さん(経産省前テントひろばスタッフ)
言い残したきことを抱えての日々
[報告]本間龍さん(著述家)
原発プロパガンダとはなにか〈11〉電力会社のHPにおける原発PRの現状
[報告]「くまさん」須藤光郎さん(脱原発川内テント・蓬莱塾スタッフ)
八月六日の脱原発川内テント・蓬莱塾から
[報告]安部川てつ子さん(子どもたちを放射能から守る伊豆の会代表)
まずは大人から正しい福島の現実を知ってもらいたい
[報告]板坂剛さん(作家・舞踊家)
ある夏の体験
[報告]納谷正基さん(高校生進路情報番組『ラジオ・キャンパス』パーソナリティー)
反原発に向けた思いを次世代に継いでいきたい〈12〉
文部科学省は誰を守り、誰のために存在しているのか?
[報告]田村八洲夫さん(大飯原発稼働差止訴訟原告団サポーター)
大飯原発における「反射断面」による地下構造評価(関電提出)について
[報告]佐藤雅彦さん(翻訳家)
「日米原子力協定」来夏“満期”を迎え撃つ

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
夏~冬の焦点──東海第二、大飯、玄海、伊方 四つの原発再稼働に反対する闘い
《東京》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
《高浜》木原壯林さん(若狭の原発を考える会)
《伊方》名出真一さん(脱原発アクションin香川)
《福島》佐々木慶子さん(原発いらない福島の女たち)
《避難》鴨下祐也さん(ひなん生活をまもる会代表)
《刈羽》清水 寛さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
《六ケ所》中道雅史さん(なくそう原発・核燃、あおもりネットワーク)
《東海第二》相沢一正さん(脱原発とうかい塾)
《大洗》山田和秋さん(たんぽぽ舎ボランティア)
《規制委》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
《若狭》けしば誠一さん(杉並区議会議員)
《読書案内》天野惠一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)

9月15日発売『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

前川喜平さんと寺脇研さん

明日15日『NO NUKES voice』13号が発売される。今号は創刊3周年の特別号。多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて、これまで以上に多彩な人たちに登場していただいた。

◆我に撃つ用意あり──野に下った文科官僚二人の覚悟

巻頭グラビアトップは、加計学園問題をめぐり国家戦略特区という利権行政の闇を証言した前川喜平さんとゆとり教育のエヴァンジェリストの寺脇研さんの元文科省官僚のツーショット。残念ながら前川さんへの本誌原発インタビューは丁重にお断りされたものの、寺脇さんが文科行政の歪みの起源を存分に語ってくれた。

◆望月衣塑子記者、3・11からの軌跡を語る

特集冒頭では東京新聞社会部の望月衣塑子記者が登場する。官邸記者クラブで菅官房長官を問い詰めたことで一気にその名が知れ渡った望月記者は目下、官邸と御用メディアから陰に陽に不当な恫喝を受けているが、庶民の疑問を直球で権力に投げつける望月記者の姿勢こそ正しく真っ当なのは明かだ。〈タブーなき記者〉として森友・加計問題、詩織さん問題、原発、武器輸出に至るまで3・11以後、取材し報じてきた自身の軌跡を語っていただいた。

次いで登場は寺脇研さんの「原子力村と宇宙村 省庁再編が壊した教育の未来」だ。本コラムで常々文科省の「犯罪性」と「文科省不要論」並びに「宇宙開発の危険性」を指摘している私にとっては、強き味方を得た気分だったが、後段で語られる3・11後の映画批評がむしろ寺脇節全開で面白い。こういう個性的な人が多くいれば「文科省」もここまで馬鹿にはならなかったであろう(現実にはそんな「個性」を認めはしまいが)と感じさせられた。

寺脇研さんと望月衣塑子さん

中島岳志さん

鵜飼哲さん

◆脱原発こそ保守の論理である──中島岳志さんが語る安倍内閣終焉後の対抗軸

中島岳志さん(政治学者、東京工業大学教授)は「脱原発こそ保守の論理である」で持論を展開してくださっている。「保守」、「脱原発」、「安倍内閣終焉後の対抗軸」と興味深い言葉が並ぶが、果たしてそれらはどのように編み上げられていくのか。「保守」、「リベラル」の語意が著しい変化を見せている今日、「リベラル保守」の論客、中島さんのお話には要注目だ。

◆反原発は反五輪に向かう──鵜飼哲さんのラディカルなアクティビズム

鵜飼哲さん(一橋大学教授)は前出の中島さんと異なり、脱原発を志向する方々にはわかりやすいだろう。福島原発事故がもたらした諸矛盾と2020年東京五輪とがどう関係しているか。これまた非常に興味深い論考である。ジャック・デリダに師事した鵜飼さんらしくフランス現代哲学の香りも時々漂う。多くの読者が首肯されながら鵜飼さんのお話を読まれることであろう。

水戸喜世子さん

村上達也さんと笹口孝明さん

◆原発は滅びゆく恐竜である──水戸喜世子さんが語る夫・巌さんの思想と行動

水戸喜世子さんの講演記事「原発は滅びゆく恐竜である」はかつてのお連れ合い水戸巌さんの書名でもある。巌さんと学生時代から学問や社会運動に恐ろしいほどのエネルギーでかかわってきた水戸さんのお話は、明確にして高貴にラディカル。可能であれば読者に活字ではなく音声でお伝えしたかった。

◆虚妄の原発立地・成長神話──巻町・住民投票の教訓と東海村・脱原発の挑戦

「巻町・住民投票の教訓と東海村・脱原発の挑戦」は7月中旬新潟市で行われた脱原発を目指す首長会議と原子力市民委員会の共催シンポジウムにおける、元・新潟県巻町町長の笹口孝明さんと元・茨城県東海村村長の村上達也さんの対談録だ。司会は元国立市長の上原公子さんが務めている。なぜ全国の原発立地自治体は原発を受け入れてしまうのか? 原発に反対する首長にはどのような仕打ちがおこなわれるのか。厳しくも示唆に富んだ元首長お二人の体験談は、原発立地地元の現状と、地域変革のための方向性を示唆している。

◆被ばく測定・国のウソ──闘う元・東大助教、温品惇一さん

温品惇一さん

温品惇一さん(放射線被ばくを学習する会共同代表)の「被ばく測定・国のウソ」は東大助教時代に公害問題に取り組んで以来、「闘う東大助教」の異名をとった温品さんが福島原発事故後に政府が制定した被ばく基準や、ガラスバッジ測定のウソを温品さんの闘いの歴史の中で再び位置付ける。公害から原発(被ばく)へと長年の取り組みは私たちに何を教えてくれるだろうか。

◆言いがかりで市民を逮捕している暇があれば、東京電力幹部を即刻逮捕せよ!

特集に続き、常連執筆陣も常に熱い。山崎久隆さんの「東電再建計画『新々総持』は瓦解する」、三上治さんの「言い残したきことを抱えての日々」は経産省前テントひろばや闘いの現場からの骨太報告だ。

9月11日夕刻、経産省前テントひろばの共同代表であるFさんが抗議集会の最中に「無届けデモの指揮を行った」という口実で不当逮捕された。本日14日夕刻6時から緊急抗議行動が警視庁前で行われる。本誌は3年前の創刊当初から経産省前テントひろばと連携しているが、今号の表紙とグラビアは経産省前テントひろばで闘う人たちの姿を掲載した。

経産省前テントひろば共同代表の渕上太郎さん

経産省前テントひろば9月11日付けテント日誌より

多くの方々が見守る中での不当逮捕は、物理的に経産省前テントを撤去しても、強い意志で集まり続ける人々への〈国側の焦り〉が表出したとも理解できる。しかしながら、このような不当逮捕は断じて許されてはならず、当局は被逮捕者の一刻も早い身柄の解放と、不当逮捕に対する謝罪を明らかにするべきだ。官憲は言いがかりで市民を逮捕している暇があれば、国土やあまたの人々の生活を奪った東京電力幹部を即刻逮捕せよ!

◎[参考動画]脱原発テントひろば7年目→9・11経産省前へ!【後半・丸の内警察署まで】
三輪祐児さん2017年9月11日公開 ※不当逮捕に関する模様は動画22:30頃~

◆〈流浪の聖者〉くまさんによる脱原発川内テント・蓬莱塾レポート

現場からの報告はまだ続く。今号では脱原発の集会ではだれもが知る〈流浪の聖者〉「くまさん」こと須藤光郎さんに脱原発川内テント・蓬莱塾からの現地報告をいただいた。また、子どもたちを放射能から守る伊豆の会代表の安倍川てつ子さんからは2012年から続けている保養プロジェクトの歩みを寄稿いただいた。

大飯原発の地層の危うさを科学的に論証した田村八洲夫さん(大飯原発稼働差止訴訟団サポーター)の論考、来夏に満期をむかえる「日米原子力協定」の継続阻止をめぐる佐藤雅彦さんの論考は精緻かつ実証的な強力レポートだ。

◆本間龍さん、板坂剛さん、納谷正基さんの好評連載

全国的に「どの面下げて」と思わずにはいられない電力会社の広告の大々的な再登場を目にするが、今号も本間龍さんの連載「原発プロパガンダとは何か?」では電力会社のHPにおける原発PRの現状分析が紹介される。

板坂剛さんの「ある夏の体験」は板坂さんのこれまでの原稿の中で、突出して出色だと著者は感じた。

納谷正基さんの連載「反原発に向けた想いを次世代に継いでいきたい」、今回は「文科省は誰を守り、誰のために存在しているのか?」だ。過日、納谷さんとお会いした。ニコニコ笑顔を絶やさない趣味豊かな温厚な人格と、絶対に欺瞞や嘘を許さない、鋼鉄のような意思の同居した方だった。納谷さんの文章は語り言葉のようだ。だがいったん、その語り言葉が紙から飛び出して議論の場に躍り出ると納谷さんは熱の塊と化す。そんな人物像を想像しながらお読みいただくとさらに趣が深いだろう。

◆今年下半期の行動指針を示す再稼働阻止全国ネットワーク報告12本

再稼働阻止全国ネットワーク―夏~冬の焦点―東海第二、大飯、玄海、伊方四つの原発再稼働に反対する闘いが、柳田真さん、木原莊林さん、名出真一さん、佐々木慶子さん、鴨下祐也さん、清水寛さん、中道雅史さん、相沢一正さん、山田和秋さん、木村雅英さん、けしば誠一さん、天野惠一さんが各種報告を寄せてくださっている。

巻末には「よいしょ」ではない読者からのある意味厳しい投稿も掲載された。

発刊後3年、13号にして、『NO NUKES voice』はまだまだ、未完であるが、毎号着実に試行錯誤の中から「新しいなにか」を獲得できていると実感する。本誌の目指すものはさしあたり日本における脱原発ではあるが、その視線お先には世界からの原発・核兵器の廃絶も当然視野に入る。

まだまだ足りないところだらけではあるが、読者と共に「脱原発」に向け小さくとも、着実な歩みを続けていきたいと思う。仮にそれが身の丈を超えるものであっても──。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。
[写真=大宮浩平および本誌編集部]

9月15日発売『NO NUKES voice』13号【創刊3周年記念総力特集】多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて

7月終盤から大学院生M君リンチ事件加害者・李信恵被告(民事訴訟の「被告」なので、以下「李被告」と記載する)による、鹿砦社に対する誹謗中傷、名誉毀損発言が止まりません。

7月27日の李被告による「鹿砦社はクソ」発言に対し私は、日々一所懸命に働いてくれる社員、多くの取引先やライターさんらを抱える会社の代表として到底看過できず、8月2日の本「通信」にて「大学院生リンチ事件加害者・李信恵氏による『鹿砦社はクソ』発言を糾す!」と題し李被告に反論と注意喚起、警告を行いました。
これで鎮まれば私もこれ以上追及するつもりもなかったのですが、これ以後も李被告のツイッターにおける鹿砦社に対する誹謗中傷、名誉毀損発言はいっこうに鎮まりません。

8月17日、同23日、同24日と、鹿砦社と私に対する誹謗中傷、名誉毀損は続き拡大していました。どれにも鹿砦社に対して「クソ」と言っています。いやしくも差別に反対し人権を守るという者が遣う言葉ではありません。

最近では私個人の過去について、全く事実と異なる書き込みまで見られるようになりました。

 

たしかに私は学生時代(遙か昔の1970年代前半)、同志社大学で文学部の自治会委員長を経験したこともあり、「学費値上げ反対闘争」では最後まで抵抗し逮捕もされており、いわゆる「学生運動」の活動家であったことは間違いのないところですが、私は一度も特定党派に所属したことはなくノンセクトでした。当時どこにでも多くいた活動家のひとりにすぎません。ましてや「中核派」や「革マル派」とは、まったく関係がありません。

このあたりのことを〝昔の話〟で一括りにされ、学生運動にかかわっていた人が「中核派」や「革マル派」のどちらかでしかないような決めつけは、その後両派の凄惨な歴史を見ても単なる〝勘違い〟や〝誤解〟〝思い込み〟では済みません。私を「中核派や革マル派」呼ばわりすることも、著しい名誉毀損です。

私はここで「中核派」や「革マル派」の批判を展開しているのではなく、私の学生時代の活動はそのように党派に属したものではなかったという事実を述べているのです。李被告はわからないのか、読む人が読めば「元中核派?革マル派?どっち?」は笑い事では済まされない性質の問題です。この手の書き込みは時間を確認すると深夜が多く、飲酒のためでしょうか。

「在日の普通の女に、ネットや普通の暮らしの中で嫌がらしかできない奴が、革命なんか起こせないよね。爆笑。おいらは普通の自分の暮らしを守りたいし、クソの代理戦争する気もないし」

という文意のわからない(ミスタイプ?)も見られますが、ここでもまた「クソ」という表現が用いられています。李被告を「在日の普通の女」などと思う人は誰ひとりとしていないでしょうが……。また、

 

などと言い募っています。私たちがどのような「嫌がらせ」を行ったというのか、具体的に例示していただきたいものです。さらには「(威力業務)妨害」をやったともツイートしています。私たちがどのような「(威力業務)妨害」をやったというのか、こちらも具体的に例示していただかないといけません。

ここでもう一度私たちの原点を簡単に述べておくほうがいいでしょう。2016年の2~3月に複数筋から、くだんの「大学院生M君リンチ事件」の情報が私たちに寄せられました。驚愕の内容でした。特に事件直後の「M君」の顔写真には強い衝撃を受けました。この写真を見て何も感じない人は人間ではない! と言っていいでしょう。李被告よ、あなたはこの写真を見て人間としてどう感じるのか? あらためて問いかけます。はっきり答えよ! どう感じどう答えるかで、李被告の人間性、つまり彼女が日々語っている、差別に反対し人権を守るという言葉の内実がわかります。

リンチ事件直後のM君の顔

しかし不思議なことに、これほどのひどい事件であるのに、事件から1年以上も経って、私たちは同じ関西に居ながら、まったく事件のことを知らずにいたのです。それは新聞もテレビも小さなメディアも一切「M君リンチ事件」を報道しなかったからです。ひとりの人間に対して、1時間以上複数の人間が一方的に暴力を振るい、それを誰も制止せずにいた光景は、常識的な神経では考えられません。ひどい事件じゃないですか! 最近1972年はじめに起きた「連合赤軍リンチ殺人事件」がドラマ風に報じられました。まさにこれを想起させます。永田洋子と李被告が二重写しされます。永田はみずからは手をくださず命令し死刑判決を受けました。李被告は最初の一発をM君に食らわせたとされ、李被告はこれを否定していますが、万々が一、みずからは手を下さずとも現場の空気を支配し阿吽の呼吸で指示したことで永田と同じです。

社内にカウンターの主要メンバーがいながら、そこまで深く関わっていたことも知りませんでしたが、そこで、この反省もあり、「M君リンチ事件」の真相を解明すべく社内外のメンバーで特別取材班を結成し、継続的に取材を続け、これまでに『ヘイトと暴力の連鎖』『反差別と暴力の正体』『人権と暴力の真相』を出版しました。李被告は「鹿砦社の人は何が面白いのか、お金目当てなのか、ネタなのかわかんないけど」と当事者でありながらトボけたことを書いていますが、私たちの目的は〈「M君リンチ事件」の真相究明と、被害者M君支援によるM君が受けた被害の正当な回復(謝罪、賠償金、治療費等含む)〉です。その作業は現在主として、大阪地裁における民事訴訟で「M君」が李被告を含む5名を相手取った裁判で係争中です(係争中とはいえ、事件の加害者の一部には刑事罰が下っているのですからM君が敗訴することは考えられません)。

一方法廷内では明らかにされない、焦点にはされないけれども重要な事実について、継続的に取材班は動いています。幸いこれまで出版した3冊とも好評で、それなりの反響はありましたが、この事件を扱った本を出版して、利益を上げようなどという思惑はありません。実際に、取材費用などかなりの持ち出しになっています。

私たちはこのかん、これまで明かされることのなかった〈事実〉を積み上げる作業を行っています。驚くべき事実が多数発見されました。その事実の積み重ねにより〈真実〉の姿がはっきりしてきました。そうして、それを出版物にし世に問うことを行っており、これは出版社(人)として正当な言論活動です。

このような取材結果の発表のどこが問題だと李被告は言いたいのでしょうか。私たちは綿密な取材によって得られた〈事実〉に基づいて、事件の実相と背景を探っています。時に直撃取材も敢行してきました。それにより明かされたくない〝恥ずかしい行為〟を暴露された人が少なくないことは知っています。でも待ってください。非難されるべきは〝恥ずかしい行為〟を明かしたことではなく、〝恥ずかし行為〟に手を染めたことではないでしょうか?

李被告は、〝リンチ〟という、人間として〝恥ずかしい行為〟に手を染めたことについて、なにをもってしても被害者M君に心から謝罪し、正当な治療費(まだ1円たりとも払ってはいません!)や慰謝料を支払うべきでしょう。そうではありませんか? 私が言っていることはおかしいですか?

また、李被告は以下のように問題をすり替えようとしています。

 

ここで初めて明かしますが、取材班には女性もいますし、在日コリアンもいます。相手が相手だけに、直接取材は男性スタッフが行っていますが「鹿砦社の男たち」は間違いです。

李被告による鹿砦社、並びに私やライターさんらへの度を越えた誹謗中傷、罵詈雑言発言に何度も反論と警告を発してきましたが、まったく鎮まる様子がなく、このままでは会社としての業務やライターさんらの名誉や仕事にもかかわる領域にまでエスカレートしてきましたので、「当社又は当社関係者が、いつ・どのような『嫌がらせ』や『(威力業務)妨害』を行なったと」と主張するのか、具体的な事例を示すように求め、「『鹿砦社ってほんまクソやなあ』とか『クソ鹿砦社』と表現された根拠」について示すように要求し、そのような李被告の「誹謗中傷、名誉毀損行為につきまして、その撤回と謝罪、今後は同様の行為を繰り返さないという誓約を強く求め」、やむなく8月25日付で代理人弁護士を通して「警告書」を内容証明郵便で李被告に送りました。

 

8月26日に受領したとの記録がありますので、既に李被告は「警告書」を読み、私たちへの対応を検討中と思われます。「警告書」到着後7日以内の回答を求めていますので期限は9月2日となります。回答ない場合や誠意ある態度を見せない場合は、「当社は直ちに法的措置に入らざるを得ない」と書き添えましたが、今までは笑ってすませていたところ、もう笑ってばかりもいられません。冗談ではありません。私も齢を重ねて、余程のことでは怒らなくなりましたが、私にも〈意地〉というものがあります。

李被告が妥当な判断をされるよう求めるとともに、皆様もご注目よろしくお願いします。

最新刊『人権と暴力の深層』カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い(紙の爆弾2017年6月号増刊)

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(紙の爆弾2016年7月号増刊)

『ガンを越え、めざせ地平線!!』(鹿砦社2001年)

久し振りにいい話です――。

ちょっと前、長年書類置き場兼倉庫にしていたマンションが建て替えられるということになり立ち退きました。その整理の際、すっかり失くなっていたと思っていたスクラップが出てきました。実際、12年前の「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧での家宅捜索や、私不在の中での事務所撤去の際に失くなった資料類は数多あります。

スクラップの中に、『ガンを越え、めざせ地平線!!』の記事が出てきました。朝日新聞全国版はじめ多くのメディアに紹介していただき絶賛された本です。本も増刷を重ねました。「鹿砦社らしくない本ですね」などと冗談半分に揶揄されましたが、最も鹿砦社らしい本じゃないか(苦笑)。

著者はエミコ・シール(旧姓・阪口恵美子さん。2001年の記事では旧姓で表記)さん。もう15年余りの前のことで忘れていましたが、8月20日の朝日新聞を開いたら彼女の記事が目に止まりました。

記事を読めば、彼女も生死の境を乗り越え、ずいぶんと苦労されたようです。懐かしい! 生きてられたんだ。さらに挑戦されようとしています。

長いこと所在不明だったスクラップが出てきたのもなにかの因縁だろうか……。
(『ガンを越え、めざせ地平線!!』は品切れです。電子書籍など復刊を検討したいと思います。)

(松岡利康 鹿砦社代表)

朝日新聞2017年8月20日付け朝刊

朝日新聞2001年1月31日付け夕刊

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』9月号!さよなら安倍政権【保存版】不祥事まとめ25

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

自己撞着的ではなはだ恐縮であるが本日8月18日は、お読みいただいている「デジタル鹿砦社通信」がリニューアルをして3周年にあたる。読者の皆様にはあまり関係のないことだけれども、日ごろよりご愛読いただいている皆様に、執筆者一同、まずは深く感謝を申し上げたい。
3年前の2014年をかえりみると、たった3年の間に社会、とりわけこの島国ではずいぶん急速な変化生じていた。本コラムの再出発は3年前の8月18日だが、2014年1年間にスパンを広げると、以下のことが起きている。以下2014年からこれまでの主だった出来事をふりかえってみる。

▼2014年
・2月 舛添要一が東京と知事に当選
・3月 自ら辞職した橋下徹が大阪市長に再当選
・3月 48年前に逮捕され死刑が確定していた袴田さんに再審の開始を認め刑の執行停止釈放
・4月 消費税が5%から8%に引き上げられる
・5月 福井地裁大飯原発3・4号機の運転差し止めを命じる判決
・6月 日本維新の会、分党を正式決定、2012年9月の結党から1年9カ月で解散
・7月 集団的自衛権を認める解釈改憲を閣議決定
・11月 沖縄知事選で翁長雄志が現職の仲井眞弘多を破り当選
・12月 特定秘密保護法施行
・12月 総選挙、自公が326議席を獲得し与党勝利
▼2015年
・1月 岡田克也が民主党代表に選ばれる
・4月 高浜原発3、4号機の再稼働差し止めの仮処分命令を福井地裁が関西電力に下す
・5月 SEALDs発足
・5月 大阪都構想を問う住民投票。反対多数で否決。橋下徹は政治家引退を宣言
・7月 安保法案成立
・8月 川内原発1号機が再稼働
・10月 防衛装備庁設置
・10月 維新の党を離党した大阪市の橋下市長・大阪府の松井知事らは、大阪市で国会議員19人が参加する新党「おおさか維新の会」の結党大会を開催
▼2016年
・3月 民主・維新の両党などが合併した新党『民進党』結党大会が行われる
・4月 熊本地震
・6月 沖縄県議会議員選挙。県政与党が改選前の24議席から27議席に伸ばし、過半数を獲得
・6月 舛添要一知事が辞表を議長に提出
・6月 18歳選挙権に関連する改正公職選挙法が施行
・7月 参議院選挙、自民・公明の連立与党は合計70議席を獲得し勝利
・7月 都知事選で小池百合子当選
・9月 民進党代表に蓮舫選出
・12月 統合型リゾート推進法案修正案(カジノ法)成立
▼2017年
・1月 ドナルド・トランプ米国大統領就任
・1月 森友学園問題報道が始まる
・3月 韓国大統領朴槿恵罷免
・7月 都議選で自民史上最低の獲得議席23で惨敗
・7月 安倍内閣の支持率低下、報道機関によっては20%台を記録
自然災害や、国際ニュースを織り交ぜればこれほど単純な抽出では収まらないが、この3年間の初頭は2013年に強行採決された特定秘密保護法をはじめとし、安倍政権のやりたい放題からはじまった印象が強い。マスメディアは安倍政権と並走した。今年の6月まで、一部の新聞を除いて大手新聞、テレビは安倍政権への「忖度」にいそしみ、「権力監視」などほったらかしにしていた。
でも、もう遠い昔の人のように感じられる舛添要一が都知事に当選したのはわずか3年前、失脚したのは昨年のことだ。消費税が5%から8%に引き上げられ、直前には「駆け込みみ需要」で業種を問わず大わらわであったようだが、その後1年すると中小企業は軒並み減収減益を記録する。
逆に株式市場や大手企業の業績は好調維持し、労働組合ではなく首相安倍が「給与の引き上げ」を企業に求める、という非常に不健全なやり取りが行われた。「TPP絶対反対」を掲げていた自民党は政権に戻ると、一転して「TPP積極推進」に180度態度を翻したが、米国大統領にドナルド・トランプ就任し「TPPなんかやらないよ」と言い出すと、急いで安倍はトランプに会いに行き「TPPやりましょうよ……」と依頼するという、予想外の展開となった。
もう新聞紙面で「TPP」の文字を見ることすらほとんどなくなったが、自民党のあの馬鹿げた熱中はいったい何に依拠していたものなのだろうか。甘利経産大臣のあの暗躍はいったいどこに収斂されたのだろう。
この3年間で私たちは「特定秘密保護法」-「集団的自衛権容認」(解釈改憲)-「安保法制」(戦争推進法)-「共謀罪」と川上から川下へ水が流れるように、治安立法と戦争準備の法制を許してきた。この先には水平線の見えない治安弾圧と、戦争の大海が待ち受けている。もう河口が見えて、いよいよ河川から海洋へと流れが解け行く、段階が現在、2017年8月18日だろう。
「多勢に無勢」、「時代という強迫」、「信じるに値するのか、そうでないのかが不明な市民」……。そういった悲観的な言葉に支配されがちであるが、どの時代でも人間は生きてきたのであり、飢えのひどい飢餓の国で、きょうも新生児は生まれている。いい加減濁った河川を何十年も眺めていると、諦めや絶望、疲れた気持ちに支配されがちの日々、それでも私たちはこれからも「ごまめの歯ぎしり」を続けていこうと思う。
デジタル鹿砦社通信はこの時代にあって、真に自由で闊達、タブーのない言論をさらに志向し実践してゆきたいと、自省しながら、再度思いを引き締めようと思う。「希望がなければ、私たちが造り出す」くらいの身の丈を超えた気持ちで。
今後もデジタル鹿砦社通信をよろしくお願いいたします。
▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

愚直に直球 タブーなし!『紙の爆弾』9月号!さよなら安倍政権【保存版】不祥事まとめ25

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

前の記事を読む »