◆43年ぶりに蘇った記憶

『ジェーン・ピットマン/ある黒人の生涯』……。

何十年も前に見たテレビ番組のタイトルを突然、思い出した。中学か高校のころNHKで見た記憶があるが、いつだったろう。そのタイトルとラストシーンの衝撃をいまだに忘れない。 

気になってインターネットで調べてみると、1974年にアメリカで制作されたテレビ映画だった。NHKの記録を確認すると、1977年8月30日(土)20時(再)と表示されている。再放送なのだが、おそらく私が観たのは、この日だったろう。

◎[参考動画]Jena Louisiana

 
それにしても、40年以上も前に1回だけ観たテレビ番組のタイトルや、ラストシーンを鮮明に覚えているのは不思議だ。当時高校2年生だった私は、それほど強烈に感情を動かされたのに違いない。

1962年当時、110歳だった黒人女性がインタビューを受け回想するという構成だ。黒人の苦難の歴史と同時代に生きた個人史が交錯するような演出だったと思うのだが、さすがにテレビで一度きり観ただけなのでほとんど覚えていない。ただひとつ鮮明に覚えているのは、ラストシーンである。 

当時のアメリカは、バスなどの交通機関には白人専用席があったし、公共の場所の水飲み場も白人専用のものがあった。黒人が白人専用の水を飲む運動がおこり逮捕者も死者も出るほど緊迫していた。日本の公園にもよくある、石かコンクリートの土台の上についているミニ噴水型の水飲み場である。

ラストで主人公のジェーンは、焦点となっていた屋外の水飲み場(裁判所の庭)に水を飲みに行く。

黒人の知人たちが、裁判所敷地と路面の境界あたりでとどまり、ジェーンを見送る。彼女はひとり、杖を突きながら、ヨロヨロ、ふらふらと一歩、また一歩と水飲み場に近づいていく。

建物前では白人たちが大勢その姿を見守り、銃を手にした警察官のような人もいる。

建物の入り口に近い場所にあるWhite Onlyと書かれた水飲み場にたどり着くと、じっと見ている白人を一瞥して、ジェーンはそっと口を近づけて一口水を飲む。

そして踵を返し、来た時と同じように杖をつきながらヨロヨロとゆっくりと去っていく……。
 
いま思い出しても心を揺り動かされる場面だが、43年もの間、頭の中から完全に消え去っていた。ところが、一気に記憶がよみがえる「事件」が起きたのだ。

◆白人専用の「鹿児島県政記者クラブ(清潮会)」

その事件は、7月28日に起きた。

『カメラを止めるな! 7月28日(前編)』(塩田康一鹿児島県知事の就任記者会見をめぐる県政記者クラブ「青潮会」とフリーランスとの戦いをスマホのカメラで撮り続けたドキュメンタリー)


◎[参考動画]カメラを止めるな! 7月28日(前編)

1時間56分ころから、早回しで20~30分が見どころだ。

編集なしの生々しい動画は、記者クラブはジャーナリスト集団というよりも、権力機構・統治機構の一部であることを示している。

この動画を見た私は、日本特有の「記者クラブ制度」が、日本社会を相当ゆがめているとの思いを新たにした。

中央官庁や地方自治体の庁舎や機関には、記者クラブというものがある。新聞社や放送局の記者たちがつくった任意団体であり法人格のある団体ではない。

その記者クラブが、一等地の建物に広いオフィスを無償で開設し、行政からの情報を独占的に得て、権力者が望む内容を報道するのがメインになっている。かつては電話代やファックス代その他もただ(つまり税金使用)だった。

クラブ付きの職員もいるが、それは各クラブが所属する行政の職員であり公務員である。まったく法的根拠のない構成員がちがつくった「内規」により記者クラブは運営されている。このような記者クラブにより”大本営発表”がいま現在も続いているのだ。

法的根拠なく白人(記者クラブ)が牛耳る記者会見からは、有色人種(一般人、SNS等で報道する人、フリーランス)を排除している。言ってみればアパルトヘイト(人種隔離政策)だから、私は『ジェーン・ピットマン/ある黒人の生涯』を思い起こした。

鹿児島県政記者クラブ(清潮会)への参加と質問権を求めてきた中心人物が、フリーランスの有村眞由美氏である。福島原発事故後から、鹿児島県知事の記者会見参加を記者クラブに申請しはじめ、足掛け10年にもわたり記者クラブに働きかけてきた。

そのかいあって、途中で記者会見出席は許されるようになった。

◆源泉徴収票を提出すれば白人専用の水道で水を飲んでもいいetc

とはいっても「オブザーバー参加で質問は禁止」ということであった。そのほか清潮会(鹿児島県政記者クラブ)が規約なるものを作成し、記者会見参加を望む外部の人間に内規を強要してきた。
 
一つ条件をクリアすれば、次の課題を設定する、というやり方である。

・源泉徴収票を提出すれば水飲み場を使える(会見室に入室できる)。
・提出しても源泉徴収票に印鑑がなければ水飲み場使用はできない(普通、源泉徴収票には印鑑はない)
・水道の蛇口をひねって水を出すのは許可するが、飲んではいけない(会見室に入場はできるが質問は禁止)。

なお、今回の記者会見前日、質問可能と記者クラブは連絡してきたが、様々な条件が課せられているという。
 
このような10年間を経て、今年7月の鹿児島県知事選で当選した塩田康一知事の就任記者会見に参加しようと有村氏は鹿児島にとび、冒頭のように会見室前の人間バリケードによって入室を阻まれたのだ。

ジェーン・ピットマンは最後に一口水を飲むことができたが、有森眞由美はまだ渇きをいやせていない。

ちなみに、7月28日は、記者クラブのオープン化ないし廃止を求めるジャーナリスト3人(畠山理仁・寺澤有・三宅勝久)が有村氏に同行した。

◆記者クラブは災害級の被害
 
記者クラブをめぐる新聞社やテレビ局社員とフリーランスの攻防とアメリカの人種差別を描いたテレビ映画を比較するのは、強引だと思う人もいるであろう。

確かに、奴隷として人権を奪われ、解放後も恒常的な暴力・差別・弾圧にさらされている黒人の状況とは違う。記者クラブをめぐって、非クラブ員がリンチで殺されてもいない。

だが、属性の違いによって一部の人たちが権力を握り利益を独占し、それ以外の人々を排除するシステムは共通する。いや、むしろアパルトヘイト(隔離政策)が記者クラブ制度の根幹にあると認識しない限り、問題は解決しない。

今年5月25日、全米どころか全世界を揺り動かした、警察官によるるジャージ・フロイト虐殺事件が起きたときでさへ、私は古いテレビ映画のことをまったく思い出さず、「7・28鹿児島県政記者クラブ人間バリケード事件」を動画で目の当たりにしたとき、43年ぶりに記憶が蘇った。それを素直に文章に書き留めているだけである。

記者クラブは災害レベルであり、日本ピープルにとって「禍」である事実を今こそ認識すべきではないか。

政治・経済・社会など各分野の問題を追及することはもちろん大切だが、様々な問題を伝える土台(報道)が土砂崩れを起こし、災害が起きていることを認識するほうが先決かもしれない。

そこで、10年にわたり記者クラブとの攻防を続けているフリーランスの有森眞由美氏に依頼し、下記の講演会を開催することにした。

7月28日、鹿児島県知事の就任記者会見参加をこばまれた有村眞由美氏(ジャーナリスト寺澤有氏のYouTubeより)

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■講演情報
『記者クラブ禍』~記者クラブとフリーランスの10年戦争
講師:有村眞由美氏(フリーランス)

日時:2020年8月22日(土)
13:30開場 14:00開始 16:30終了
場所:文京アカデミー「学習室」(文京シビックセンター地下1階)
東京都文京区春日1丁目16番21号
https://www.city.bunkyo.lg.jp/shisetsu/civiccenter/civic.html
交通:東京メトロ 丸の内線・南北線 後楽園駅 徒歩1分
   都営地下鉄 三田線・大江戸線 春日駅 徒歩1分
   JR総武線 水道橋駅(東口) 徒歩10分
資料代:500円

【申し込み】30名限定
氏名と「8月22日参加」と書いて下記のメールアドレスに送信してください。
kusanomi@notnet.jp
【参加にあたってのお願い】
◎受付で氏名と連絡先を確認してください。
◎会場入りするときは手洗いをお願いします。(消毒ジェルも用意します)
◎参加者はマスク使用をお願いします。
◎発熱している方や体調の悪い方は、今回は参加をご遠慮ください。

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▼林 克明(はやし・まさあき)
 
ジャーナリスト。チェチェン戦争のルポ『カフカスの小さな国』で第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞、『ジャーナリストの誕生』で第9回週刊金曜日ルポルタージュ大賞受賞。最近は労働問題、国賠訴訟、新党結成の動きなどを取材している。『秘密保護法 社会はどう変わるのか』(共著、集英社新書)、『ブラック大学早稲田』(同時代社)、『トヨタの闇』(共著、ちくま文庫)、写真集『チェチェン 屈せざる人々』(岩波書店)、『不当逮捕─築地警察交通取締りの罠」(同時代社)ほか。林克明twitter

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】新型コロナ 安倍「無策」の理由

◎目次概要◎https://www.kaminobakudan.com/

内輪話で恐縮であるが、本「デジタル鹿砦社通信」が新体制で再始動して、8月18日で丸6周年を迎えた。わたしも6年前の新体制発足以来、拙い文章を綴らせていただいてきた。

思い返せば、新体制発足当時は月に20本ほど寄稿させていただくことも珍しくなかった。わたしの決して「中立」でも「公平」でもない私見を、こんなに許容してくださる媒体は、ほかにないだろう。その意味で6周年を迎えたいま、わたしの狼藉を許容してくださった鹿砦社の松岡社長、編集長、そして嫌々ながらお付き合いいただけた読者の皆さんにあらためて御礼を申し上げる。ありがとうございました。

私的な理由で、3月以来仕事からほぼ離れている。時に読み返すと、赤面の至りで、できることであれば今からでも削除していただきたい、ザル原稿の山である。ただ折に触れ「このままの世界(日本)は続かない」という体感を基本に何度も書いてきた「東京五輪の破綻」は現実のものとなったし「2030年日本はこのままの姿ではないだろう」との予想は、ほぼ的中が確実になった。

この6年間日本はロクでもない方向に暴走してきた。安倍への批判がようやく形を成してきたようにも思えるが、遅すぎたと思う。コロナ後の世界をはやくも論じる書籍が多数出版されているようだが、著者の名前を見ると正直興味を惹かれない。思索が浅いに違ない連中ばかりだ。

これから、明確であるのは「社会的なあらゆる側面が不安定・不確定な時代に突入した」ということぐらいではないだろうか。

6年間ご迷惑をかけてきたわたしは、私的理由で今しばらくお休みさせていただく。このまま消えるつもりはないが、しばしお暇を頂く。お世話になった読者の皆さんのご健勝をお祈りする。またお目にかかる日まで皆さんに幸多からんことを!

▼田所敏夫(たどころ としお)

兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】新型コロナ 安倍「無策」の理由

『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

『紙の爆弾』9月号が8月7日発売になりました。力の入った記事ばかりですが、私のイチ押しは、岡本萬尋「出て来りゃ地獄へ逆落とし 古関裕而の軍歌を聴く」(連載「ニュースノワール」第64回 特別編)と、昼間たかし「政治屋に売り飛ばされた『表現の自由』の末路」です。

 

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】新型コロナ 安倍「無策」の理由

岡本の連載は、気づくともう64回、近く書籍化の予定です。岡本は元朝日新聞の記者です(また、朝日か。苦笑)。古関裕而は、ご存知の通りNHK朝ドラの『エール』のモデルとなっていますが、これもみなさんご存知『六甲おろし』や『栄冠は君に輝く』などを作曲しています。しかし軍旗はためく時代には数多くの軍歌を作曲し戦意高揚に多大の貢献をしています。準A級戦犯といっていいんじゃないでしょうか。

ここで、私が思い出したことが2つあります。1つは、かつて国民的女優・沢村貞子の生涯を描いた『おていちゃん』(1978年)もNHK朝ドラの1つでしたが、沢村貞子は、古関裕而が軍歌作曲にいそしんでいた頃、演劇運動に没頭し、治安維持法で逮捕・勾留されています。戦中のことですから、私の逮捕・勾留とは全く違って厳しいものだったと想像できます。この公判の場面が『おていちゃん』に出てきました。「私はこれからも文化運動に頑張ります」というようなことを陳述しています。「えーっ、NHKも粋なことをやるもんだ」と感じ入った次第です。『おていちゃん』から40数年経って今後の『エール』の展開がみものです。

もう1つは、『私は貝になりたい』(1958年)という民放テレビドラマです。私と同世代(より以前の世代)の方にはよく知られたドラマです。主人公は、嫌々ながら徴兵された田舎の散髪屋でC級戦犯、上官の命令で捕虜を殺傷しようとして軽傷を負わせたということで、戦後逮捕され死刑判決を受けます。実話から採ったドラマで、非常に衝撃を受けたことを今でも覚えています。2008年に中居正広、仲間由紀江らでリメイクされたので覚えておられる方もおられると思います。この主人公に比べれば、古関裕而の罪は遙かに大きいと言わざるをえません。

昼間の渾身の記事のうち、私が畏れ入ったのは後半の「無礼と陰気に満ちた反ヘイト活動家の実態」の箇所です。昼間たかしとは旧知ですが、正直彼がこういう文章を書くとは思ってもいませんでした(失礼!)。

昼間を有名にしたのは『コミックばかり読まないで』(2005年、イーストプレス)でしょう。これは「長年、マンガやアニメを中心に表現の自由にまつわるルポルタージュを何本も書いてきた」体験をベースにしたものということですが、今では「一時はライフワークとも考えた『表現の自由』というテーマは、何も魅力がないものとしか見えなくなってしまった」といいます。『コミックばかり~』から5年の間に昼間の周辺に何が起きたのでしょうか? ぜひご一読ください。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号より

最新刊!月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】新型コロナ 安倍「無策」の理由

◎目次概要https://www.kaminobakudan.com/

熊本県民に愛されている歌に『火の国旅情』があります。1年に1度行われる関西の熊本県人会総会では最後にこの歌をうたうことが定番になっているほどです。県内の地域に因んで30数番までありますが、この中で、今回豪雨被害を受けた球磨地方と熊本市の部分を引用しておきましょう。──

「球磨のしぶきに泣きながら
古城に独り君憶う
落ち行く先は 九州の
相良さびしや霧が湧く
霧が湧くふるさとよ」
*ここの「古城」は人吉城、「相良(さがら)」は球磨郡相良村で平家の落人が住み着いたといわれる。

「風よ吹け吹け雲よ飛べ
越すに越されぬ田原坂
仰げば光る 天守閣
涙をためて ふりかえる
ふりかえる ふるさとよ」
*ここの「天守閣」は熊本城のそれ。


◎[参考動画]ばってん荒川 火の国旅情

わが故郷・熊本が未曾有の豪雨被害に遭いました。4年前の熊本地震は、熊本市を中心とする県内北部での被災でした。今回は人吉市を中心とする球磨川沿いの県内南部の被災でした。亡くなられた皆様に心より追悼申し上げ、被災された皆様方に心よりお見舞い申し上げます。

震災直後の熊本城

4年前の地震で、私の青春の象徴だった熊本城の天守閣や「武者返し」といわれる石垣が損壊いたしました。爾来こつこつと修復中ですが、4年経った今でも完遂していません。自慢するわけではありませんが、例の特別給付金10万円が振り込まれましたので、即全額熊本城修復のために寄付いたしました。もたもたしていると、こういうお金は、何に使ったかわからないうちになくなるものですから、あまり深く考えずに送金しました。

良いことを行えば、なぜか良いことがあるもので、GW前に目の疾患で手術入院した際の保険金35万円が出ました。さらに最近は、このかんの売上減少を見かねてか、在庫の書籍・雑誌を各1冊づつ(1600冊余り)を購入したいという申し出があり、失礼ながらウソかと思っていたところ、ぽんとに140万円が振り込まれ驚きました。こういうこともあるものですね。

在庫リストにない本もありましたので、実際に出版した本は、もっとあり多分2000点近くになると思いますが、今回、あらためてチェックすると、よくもこれだけ硬軟織り交ぜて出版したものだとわれながら感心した次第です。

一方、故郷・熊本では、新型コロナの影響で知人や同級生が経営していた飲食店も2つ閉店しました。残念ですが、これからも、帰郷した折には旧交を温めたいと思います。年初からのコロナ蔓延と併せ故郷・熊本の頑張りを見守りたいと思います。「がまだしなっせ」(がんばりなさいという意味の熊本弁)

同上

手前味噌で恐縮ですが、年初からのコロナ蔓延で、当社も例外ではなく売上減少に見舞われています。近くのショッピングモールの2つの書店は4月、5月とまるまる休業し売上ゼロに近いので、出版社に響かないわけはありません。書店さんや飲食業などのように直接販売ではないので90パーセント減というようなことはありませんが、書店さんの売上減少が反映し、当社もかなり売上減少していることは否定いたしません。どこの出版社もそうでしょう。さらには、本年前半期で出版社・書店で20社余りが倒産したと報告されています。『商業界』とか「おうふう」といった老舗出版社もあります。

「事業継続給付金」は月に50%以上の売上減が対象ですが、さすがに月に50%減といえば1千万円以上の減となりますので、ここまでは落ちていません。ここまで落ちて200万円もらっても夜逃げ資金ぐらいにしかなりません(苦笑)。これに対し、安易に借入するのではなく、まずは「身を切る改革」、私の役員報酬を半額にしたり、広告出広を削減したり、さらに生命保険を解約し、この返戻金を得たりし、月々の保険負担を圧縮したり……このようにして月に150万円ほど圧縮できました。まだまだ圧縮できる余地はあると思います。考えられるどのような手を使ってでも何としてもこの国難ともいうべき災厄を乗り越えようと努めています。諦めずに生き延びてさえいれば、きっと良いこともあります。

基本は、あくまでも社員ファースト、第一は社員の雇用を守ることです。それも金額を減らさず遅れずに。今のところは、それはクリアし、また印刷所、ライターさんら取引先への支払いも遅れることなく迷惑を懸けないでいけています。本年後半は不透明ですが、社員と一致団結して、この困難を乗り越えていきたく考えております。売上が減少したとはいっても、豪雨被害やコロナ感染で亡くなられたり甚大な被害を蒙られた方々に比べれば圧倒的にましです。

私や鹿砦社はこれまで、壊滅的打撃を受けた15年前の出版弾圧(2005年)、その前の阪神大震災(1995年)など、幾度となく困難に見舞われてきましたが、その都度、皆様方のご支援を賜り運良く乗り越えてまいりました。会社を再興したここ10年は、ヒットが続いた際には、高校の同級生がライフワークとして始めた島唄野外ライブ「琉球の風」はじめ志あるイベントや運動に利益を還元してきました。寺脇研さんの映画や3・11東北大震災(日本赤十字社)などにも100万円単位で寄付しました。中には還元する相手を見誤ったこともありましたが(苦笑)。今はそうもいかなくなりましたが、何卒ご容赦ください。

そのようにお金に執着しない生き方をしてきた私もそろそろリタイアーを考えないといけない歳になりましたが、こんなことをやってきましたから、建売の23坪の自宅1軒が残ったぐらいで資産も預金も残せませんでした。無計画な中小企業経営者には退職金もありません。3千万円も4千万円も退職金をもらえる公務員が羨ましくないわけではありませんが、小役人的生き方を拒否してこの仕事に入ったわけなので、まあ仕方ありませんね。今のところはまだましなほうでしょう。なにしろ15年前は地獄に落とされ、「もう終わったな」と思ったぐらいですから──。

とりとめのない話になりましたが、自分を鼓舞するために書いています。たまにはご容赦ください。ともかく今が踏ん張りどころ、「がまだす」しかありません。

訪れた、ある避難所に貼られた寄せ書き

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日

〈原発なき社会〉をもとめて『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

今年も〈7・12〉がやって来ました──毎年この日になると、私たちなりに思うところがあります。それはそうでしょう、私松岡が逮捕(その後192日間の長期勾留)され、本社、東京支社、松岡自宅、取引先などに大掛かりな家宅捜索がなされ、会社が壊滅的打撃を受けたのですから──。10周年までは毎年集会を開き、この弾圧の意味をみなさん方と共有し、またみずからを鼓舞して来ました。それも10周年の2015年以来開いていませんでした(今年は『紙の爆弾』創刊15周年と併せ節目なので開くつもりでしたが、コロナ蔓延で中止になりました)。

朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日朝刊

朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日夕刊

わざわざ東京から神戸に出向き裁判を傍聴してきた、ジャーナリスト・山口正紀のレポート

捜査は、のちに厚労省郵便不正事件に連座し逮捕・失脚する大坪弘道神戸地検特別刑事部長(当時)の指揮によって行われ、これに絡んだパチスロ大手アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)創業者オーナー(当時)岡田和生も海外で逮捕、実子や妻、子飼いの社員らに会社から放逐されたり、この15年の間にいろいろなことが起きました。

大坪弘道逮捕を報じる朝日新聞2010年10月2日朝刊

ユニバーサル(旧アルゼ)のフィリピン・カジノ不正を報じる朝日新聞2012年12月30日朝刊

みずから創業し育てた会社から放逐された岡田の泣き言(『週刊ポスト』2019年3月22日号)

岡田逮捕を報じる2018年8月6日付けロイター電子版

月日の経つのは速いもので、もう15年が過ぎました。当時の新聞記事や資料などを見るたび、15年前の2005年7月12日と、これ以降の出来事が走馬灯のように甦ります。

出版弾圧は『紙の爆弾』創刊(2005年4月7日)直後になされました。このことから『紙の爆弾』が発行され続け定着することに対する先制攻撃とも言われました(元大阪高検公安部長・三井環の指摘)。

比較するにはおこがましいですが、かの『噂の眞相』の「皇室ポルノ事件」も創刊直後でした(張本人は、いまや鹿砦社ライターとなった板坂剛)。

そういうことから、出版弾圧と『紙の爆弾』創刊15周年に絡め同誌5月号巻末に多くの画像と共に長文の総括文「『紙の爆弾』が創刊された2005年に何が起きたのか?」を掲載いたしました。私なりに長年考えてきたことを書き綴りました。あまり反響はありませんでしたが、一所懸命に書きましたので、今からでもぜひお読みいただきたく望みます。

 

『紙の爆弾』2020年5月号(創刊15周年記念号)。「『紙の爆弾』が創刊された2005年に何が起きたのか?」(別帳16ページ)掲載

詳しくはそれに譲りますが、今、新型コロナウイルス蔓延で社会や経済が麻痺し、鹿砦社も売上減となり苦しんでいます。いや、書店は休業を余儀なくされ出版界全体が苦しんでいますし、社会全体が苦しんでいます。

しかし、私たちは、15年前、あれだけの壊滅的打撃を受け地獄に落とされましたが、にもかかわらず復活を遂げることができました。読者やライターら社内外の多くの心ある皆様方のご支援や、運が良かったこともあります(自分で言うのも僭越ですが、土壇場で悪運が強い!)。ですから、ちょっとやそっとで潰されない自信があります。

一方、他人の不幸を喜ぶわけではありませんが、私たちを地獄に落とし栄華を謳歌していた弾圧の張本人、大坪弘道や岡田和生らは逮捕・失脚し地獄に落ちました。人をハメた者は、みずからもハメられる、ということです。まさに「因果応報」です。

皆様方、この国難とも言うべき未曾有の困難に対し、共に苦しみの中から起ち上がり共に前進していこうではありませんか! 闘争勝利!

◎6月6日に『紙の爆弾』創刊―出版弾圧15周年集会を予定していましたがコロナ蔓延で中止せざるをえませんでした。これに参加された方には『紙の爆弾』創刊号、もしくは弾圧直後に出版された同誌2005年9月号を贈呈する予定でしたが、かないませんでした。よって、『紙の爆弾』定期購読(新規、更新)された方には、どちらか希望の号を贈呈いたします(どちらを希望か明記してください。なくなり次第終了)。定期購読によって『紙の爆弾』を支えてください!

定期購読は、1年分(12号)6600円(1号分お得!)を郵便振替(01100-9-48334、口座名=(株)鹿砦社)にて送金してください。ご住所、氏名、×号からを明記してください。

左から『紙の爆弾』創刊号(2005年5月号)、『紙の爆弾』2005年9月号(7・12弾圧緊急発行)、『パチンコ業界のアブナい実態』(紙の爆弾特別取材班・編/事件から2年余り経った2007年10月刊行。7・12弾圧から最高裁上告棄却までの経過報告と中間総括)

月刊『紙の爆弾』2020年8月号【特集第4弾】「新型コロナ危機」と安倍失政 河合夫妻逮捕も“他人のせい”安倍晋三が退陣する日

〈原発なき社会〉をもとめて 『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機

『紙の爆弾』5月号は、久々の「特集」となった。総合雑誌ならワンテーマの特集が編集になじみやすい。とはいえ、本誌のように政治・芸能・経済・社会全体をカバーする「暴露雑誌」「批評雑誌」の場合は、時事的なテーマの煮詰まりが特集内容を決める。それほど「新型コロナ危機」が日本社会にとって喫緊のもの、いや全世界的・人類的な危機をもたらしている、ということになるのだろう。

とりわけ大言壮語のいっぽうで、危機管理にからっきし弱い安倍政権のもとでは、その対応を批判するのみならず、防疫の道筋を提案することが、われわれ国民の「生き延びる権利」となる。どの記事も誌面に惹き込む力をもっているが、例によって筆者の好みで紹介していきたい。

◆安倍晋三の元ブレーン・藤井聡が主張する
「新型コロナウイルスによる経済被害は安倍首相が原因の人災である」(構成・林克明)

 

緊急事態宣言の本日7日発売!タブーなき月刊『紙の爆弾』創刊15周年記念号

まずはリフレ論者で、MMTの推進派として安倍政権の元ブレーンでもある藤井聡氏(京大教授・「表現者クライテリオン」編集長)のインタビュー。林克明さんがやってくれた。

最初に藤井は、安倍政権が1月末にいたるまで「多くの中国人の皆さまが訪日されることを楽しみにしています」(在中国日本大使館)と、中国人感染者を招き入れていたことを指摘する。インバウンドを期待した、安倍政権の浮かれた経済重視がウイルスを招き入れたのだ。ちなみに、武漢が閉鎖されたのは1月23日である。じっさいに、春節期の中国人来日者数は、前年比で22.6%増の92万4800人だった。水際で止めていれば、日本にコロナウイルスが上陸することはなかったのだ。

その後、専門家の意見を無視したパフォーマンス的な休校要請、中途半端なイベントの延期や中止要請で、自粛劇を蔓延させてしまった。藤井は計量経済学も守備範囲なので、消費税のよる経済変動についても、数値を挙げて解説してくれる。結論から言えば、やはり消費税は上げるべきではなかったのだ。

いま、経済対策として必要なのは消費税ゼロ、所得をうしなった人々への補償、そして思いきったリフレである。藤井はさすがに書いていないが、財務省を中心としたプライマリーバランス論者の「宗教」(藤井)を打破することこそ、日本経済救出のカギであろう。

◆フランスからの視点
「フランスから見た安倍政権の異常性」(広岡裕児)

フランス在住のジャーナリスト、広岡裕児さんがコロナ対策の日仏比較で警告を発する。フランス政府の徹底した情報開示、大統領と首相が国民に語りかける危機管理能力にたいして、安倍政権はいかにも鈍重である。とくにフェイクニュース「人から人へ、次から次に感染が広がるわけではありません」(1月段階)と語っていたのだ。事態はまさに、安倍総理の言明とは正反対になった。これが戦争であると明言したフランス政府の機敏な対応に対して、わが安倍政権はようやく本日(4月7日)、緊急事態宣言を発する。

これら安倍政権の対応の遅れ、危機管理の甘さは法整備にも顕著である。民主党時代に成立していた「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の発動の遅れ、改正法「新型コロナ特措法」の遅れに結果した。

しかも安倍政権は「緊急事態条項」を盛り込むことで、改憲へとみちびく意図が入っていると、足立昌勝さんは指摘する(「新型コロナ特措法と自民党改憲『緊急事態条項』」)。この期におよんでも、安倍総理はウイルスとの戦いを政局寄りに展開してしまうのだ。フェイクによる政治的パフォーマンスと政権維持のための国会対応、法整備、そしてマスク2枚という漫画的な防疫対策。これではウイルスに勝てないだろう。

「『ダイヤモンド・プリンセス』号 乗客に聞く『14日間』」は、編集部による乗客インタビューをもとにしたドキュメントだ。監禁された人々の切羽詰まった状況が、苛酷な船内風景とともに、いま明らかになる。乗員や救命スタッフの献身、人身御供にされた乗客の声を聴け。

コロナ特集はほかに「感染拡大で露見した日本社会が抱える弱点」(森山高至)、「内閣記者会は『安倍独裁』の共犯者」(浅野健一)、「野党第一党の弱腰で“大政翼賛会”の危険性」(横田一)、「安倍政権の『責任逃れ』でアジアで進む『日本離れ』」(片岡亮)など。

次号で、ウイルス封じ込めに成功した台湾の事例を、誰かレポートして欲しいと、編集部にリクエストしておこう。民主化運動で誕生した政権は、人材登用にしても政策運用においても、じつに手際が良い。

◆連載「NEWSレスQ」から

警察と住吉会の蜜月から、とんだ下半身スキャンダルが露見した。警視庁組織犯罪対策本部の警部補(51歳・第3課)が、住吉会の幹部と会食後に、幹部が紹介した女性とラブホテルに出入りするところを「フライデー」に撮られたのだ。

記事中でジャーナリストの中東常行さんが語っている通り、この叩き上げの警部補は、対立組織にハメられたのかもしれない。

警察官が暴力団関係者と密接交際するのは、親密に付き合わなければ情報が取れない、という表向きの理由だけではもちろんない。カネとオンナが付いてくる交際に、何のためらいがあろうか。警察官にかぎらず、官僚・役人というのは昇進・昇格によって生涯賃金がほぼ完全に計り出せる。そうであるがゆえに、出張費や諸手当、相手の心づけに弱いのである。暴対法・排除条例は警察官僚(警察庁)のものであって、そもそも警視庁の末端には及ばない法規なのである。

もうひとつ、「NEWSレスQ」から。「このハゲー! ボケー!」の豊田真由子元議員がタレント(ワイド番組)に転身とのこと。真由子サマのイメチェンが好評らしい。藤村太蔵元議員のタレント的な成功は周知のとおり、政界専門家としても、イジリやすいキャラとしても元議員は受ける。

夫の宮崎謙介元議員の浮気発覚の余波で、自らも落選した元衆院議員の金子恵美も芸能事務所に所属し、本格的にタレント活動を始めた。ほかに上西小百合(元維新)なども期待されるところだ。政治をお茶の間の話題にという意味では、民主的な政治におおいに貢献するのではないか。

◆東陽片岡の「シアワセのイイ気持ち道講座」

店(経営するスナック)の現状と引きこもり生活を活写。これはいよいよ、絵の吹き出しにあるベーシックインカムへの道か。本気でAIとベーシックインカムを議論する時代が来そうだ。

◆市民が阻止した天皇“奉迎”児童再動員(永野厚男)

2019年4月、昭和天皇陵における平成上皇の「退位報告」のさい、八王子市教育委員会が児童を「奉迎」に動員した。12月3日には令和天皇の「即位の報告」が予定されていたところ、八王子市民の粘り強い取り組みで、児童の動員を阻止したレポートである。

このような具体的な活動によって、われわれは天皇制イデオロギーの支配に抗することができると証明された。地域の粘り強い活動こそ、万言を擁する論評よりも強い、天皇制廃絶への道である。

◆巻末には松岡利康本人による圧巻の「創刊15周年記念」追想レポート

昨日の本欄で、松岡利康みずから触れた「本誌創刊15周年記念」の記事「『紙の爆弾』が創刊された二〇〇五年に何が起きたのか?」圧巻の追想レポートである。読みごたえがある。

とくに個々の局面で、誤ってしまった判断、同業雑誌関係者をふくむメディアの反応。絶望的な状況にもかかわらず、獄中(拘置中)での思いが伝わって興味ぶかい。

逮捕から三か月も接見禁止(ふつうは、23日間の取り調べが終われば接見禁止は解かれる)には、あらためて驚かされた。黄色の上質紙に印刷された本稿は、永久保存版である。

『紙の爆弾』創刊15周年記念号の表紙画像と、別冊付録「2005年に何が起きたのか?」の一部

『紙の爆弾』創刊15周年記念号別冊付録「2005年に何が起きたのか?」の一部

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』『ホントに効くのかアガリスク』『走って直すガン』『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』『ガンになりにくい食生活』など多数。

本日発売!月刊『紙の爆弾』創刊15周年記念号【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

※松岡代表の逮捕と鹿砦社弾圧事件をめぐっては、板坂剛氏による「松岡逮捕の衝撃と教訓 鹿砦社への出版弾圧十五年によせて」が4月15日発売の『情況』4月号に掲載されます。

15年前の4月7日、『紙の爆弾』は創刊いたしました。2005年のことです。新卒で入社した中川志大(創刊以来の編集長)は、『噂の眞相』休刊(事実上の廃刊)後、約1年間、取次会社に足繁く通い、取得が困難とされる「雑誌コード」を取得し、『紙の爆弾』は創刊いたしました。

『紙の爆弾』創刊15周年記念号の表紙画像と、別冊付録「2005年に何が起きたのか?」の一部

『紙の爆弾』創刊15周年記念号別冊付録「2005年に何が起きたのか?」の一部

出版弾圧10周年の集い(於・西宮)で。大学の後輩で書家の龍一郎から贈られた書

創刊号巻頭には、悪名高い「〈ペンのテロリスト〉宣言」が掲載され、独立独歩、まさに死滅したジャーナリズムとは違った道を歩み始めました。創刊部数は2万部でした。

確かに(今でもそうですが)、『噂の眞相』の足元にも及ばず、拙いながら気持ちは意気揚々としていました。

いわく、

「われわれの“出番”がやって来た!」「たかが『暴露本出版社』と思うなよ!」
 と叫び、文中では、

「私たちの出版活動に対して、ある社会的犯罪企業から『ペンの暴力』などと非難されたことがありますが、タブーや巨悪に対して、私たちは力一杯『ペンの暴力』を行使します」

「逆説的に言えば、巨悪に対しては、時に“極悪”でもって立ち向かわなければなりませんし、“過激派”であり“武闘派”であらねばなりません」

「ペンという武器を取り、返り血を恐れず闘わん!」

「『表現の自由』も『言論の自由』も、黙っていて守れるものではなく、タブーや巨悪に立ち向かい、闘うことによってしか守ることはできません」

……などと、まさにアジテートしています。今から想起すると赤面物ですが、当時の私たちの想い、決意だけはご理解ください。

そうして創刊から3ヵ月後の7月12日早朝、忘れもしない出来事が起きます。これを知ったのが当日配達されたばかりの朝日新聞朝刊でした。1面トップに大きく出ていたので気づかないわけがありません。一斉に、まずは松岡の自宅が家宅捜索され松岡を連行、その後、神戸地検に連行され逮捕されました。同時に鹿砦社本社、東京支社にも家宅捜索が入りました。

平賀拓哉記者がスクープした2005年7月12日朝日新聞朝刊(大阪本社版)

これは、当時の神戸地検特別刑事部による朝日へのリークでなされた、いわば“官製スクープ”です。この記事を署名記事として書いたのは朝日大阪社会部の平賀拓哉記者でした。あたかも、私たちの出版活動を理解しているかのように近づき、手持ちがない書籍を持ち帰ったりし、私も「朝日が私たちの出版活動を理解してくれた」と感じ積極的に協力しました。私が提供した書籍の画像や発言が掲載されています。当日の朝刊、夕刊共に大きな扱いでした。他紙も続きました。

地検の一行が自宅のドアを開けても、「シャワーぐらいさせてほしい」と言い、その時間を待たせるほど落ち着いていました。

それから延々192日もの予想以上の長期勾留が続くわけですが、このことによって、会社は壊滅的打撃を受けました。こうした経緯は4月7日発売の『紙の爆弾』5月号の巻末別冊綴じ込み付録「本誌が創刊された2015年に何が起きたのか?」をご一読いただきたく願います。16ページにわたり画像30枚余りを駆使し、15年後の現在、私なりに総括しています。この事件について、これだけ長い文章を書くのは、これが最後だという想いで根性を入れて執筆しました。

この事件に関与したキーマンらには続々と“不幸”が訪れています。当時の主任弁護人の中道武美弁護士は先日、「まさに『鹿砦社の祟り、松岡の呪い』やな」と仰いましたが、まさにそうです。当時の神戸地検特別刑事部長・大坪弘道検事、同主任検事・宮本健志検事、岡田和生創業者社長らの行く末を見ると、この事件は決して潔癖健全な人たちが起こした事件ではなかったことがわかるでしょう。

ところで、去る4月1日朝日朝刊1面トップに湖東会記念病院の西山美香さん再審無罪の記事が出ています。それを見て驚いたことがあります。15年前の朝日記事を書いた平賀拓哉記者が「大阪社会部司法担当キャップ」の肩書きで記事を書いています。いわく、──

「捜査関係者は『今回は特異なケース』と片付けたいかもしれない。だが、ほんとうにそうだろうか。(中略)
 無辜の市民が不条理な刑に処せられた歴史を直視すれば、今回の事件が特異でないことは明らかだ。」

15年後、平賀記者による朝日新聞記事(2020年4月1日朝刊)

 よく言うわい(苦笑)。朝日大阪社会部や司法記者クラブ所属記者らは、「カウンター大学院生リンチ事件」について、私たちの取材に真摯に対応せず、ことごとく逃げを打ちました。メディアの記者として恥ずべき態度と言えるでしょう。早速、15年前に聞いた携帯に電話してみましたが、今は使われていませんでした。

しかし、私は執念深い男です。生来鈍愚で、頭脳もさほど良くない私の武器は、この悪魔のような執念深さです。

15年の年月を越えて、あらためて平賀記者へ取材を試みるつもりですが、果たしてどういう対応をするのでしょうか? 興味津々です。“落とし前”はまだついていない!

7日発売!月刊『紙の爆弾』創刊15周年記念号【特集】「新型コロナ危機」安倍失政から日本を守る 新型コロナによる経済被害は安倍首相が原因の人災である(藤井聡・京都大学大学院教授)他

※松岡代表の逮捕と鹿砦社弾圧事件をめぐっては、板坂剛氏による「松岡逮捕の衝撃と教訓 鹿砦社への出版弾圧十五年によせて」が4月15日発売の『情況』4月号にも掲載されます。

15年前の2005年は、私たちにとって“特別の年”でした。この年の4月7日、『紙の爆弾』は創刊しました。

『紙の爆弾』創刊号(2005年5月号。4月7日発売)

そして、それからわずか3カ月後、あろうことか鹿砦社代表の私松岡が逮捕され、本社、松岡自宅、東京支社、関係先などに大掛かりな家宅捜索がなされ、さらには製本所、倉庫会社、大手取次3社、関西の主要書店3社などにも捜査が入りました。製本所、倉庫会社はともかく、普段は「表現の自由」「言論・出版の自由」という言葉を声高に叫ぶ大手取次や大型書店は、あっさり捜査に協力しました。少しは抵抗してほしかったな。

私は192日の長期勾留を強いられ、このかんに鹿砦社は機能停止、事務所閉鎖、壊滅的打撃を受けました。大晦日・正月を六甲の山の上(歴史的にも名のあるひよどり台)にある神戸拘置所で過ごしました。そうして、執行猶予付きながら懲役1年2カ月の有罪判決、民事でも600万円(一審は300万円、控訴審で2倍になりました)余りの賠償金が課されました。

そうした困難な情況でも、心ある多くの方々のご支援で『紙の爆弾』は、断続的ながら発行を続け、私の保釈後、鹿砦社は、自分で言うのも僭越ですが、奇跡的に復活することができました。正直、自分でも復活できるとは思ってもいませんでした。ただ、「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」と、懸命にもがき続けただけです。うまく「瀬」を摑むことができました。悪運が強いとしか言いようがありません。

松岡逮捕を報じる朝日新聞(大阪本社版)2005年7月12日朝刊

一方、弾圧の張本人、本件事件の責任者で当時の神戸地検特別刑事部長・大坪弘道検事は、大阪地検特捜部長に栄転、しかし厚労省郵便不正事件証拠隠滅に連座し逮捕され有罪、失脚しました。また、主任検事で松岡に手錠を掛けた宮本健志検事(地元甲子園出身!)は深夜に泥酔し暴れ拘束され、戒告・降格処分を受けました。

大坪弘道逮捕を報じる朝日新聞2010年10月2日朝刊

岡田和生逮捕を報じるロイター電子版2018年8月6日付け

さらに、松岡を刑事告訴し、賠償請求3億円もの巨額訴訟を起こした、警察癒着企業にして大手パチンコ企業アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)の創業者社長(当時)岡田和生氏も海外で逮捕、みずからが作り育てた会社からも放逐されました。

まさに因果応報、人をハメた者は、必ずやみずからもハメられるという恰好の証左です。こうしたことを想起すると、この事件が、よからぬ輩に仕組まれたものだということが判るでしょう。
 
私たちは、『紙の爆弾』創刊(4月7日)─出版弾圧(7月12日)に至る過程で絶望的に地獄に落とされましたが、そうした攻撃や弾圧に打ち勝ち、『紙の爆弾』を継続発行し、さらに強くなり出版活動を持続しています。これほどの事態を乗り越えたのですから、もう何も怖くはありません。

『紙の爆弾』は、来月4月7日発売号(5月号)で創刊15周年を迎えますが、別冊「2005年に何が起きたのか?」を付けます。お支えいただいた皆様方に感謝し、死滅したジャーナリズムの中で、存在感のある出版活動を継続してゆくことを、あらためて決意するものです。共に闘いましょう!

『紙の爆弾』創刊―出版弾圧15周年を記念して、昨年の鹿砦社創業50周年に続き、今回は東京だけですが6月6日(土)に記念集会を予定しています(午後3時から、於・スペースたんぽぽ)。今から日程を調整され、ぜひともご参加お願いいたします。この種の記念集会は、これ以後しばらくはやらないつもりですので、特に昨年の集会に参加されなかった方のご参加をお願いする次第です。

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◆月刊『紙の爆弾』(定価600円/税込)は全国の書店にて発売していますが、なるべく定期購読をお願いいたします。1年(12号)分6600円(1号分お得)を郵便振替(01100-9-48334 口座名=株式会社鹿砦社)にて、お名前、ご住所、×号からを明記しご送金ください。お申し込みの方には特製ブックカバーを贈呈いたします。また、毎年12月には魂の書家・龍一郎揮毫によるカレンダーを送ります。

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創刊─出版弾圧15周年!! いまこそタブーなき言論を!月刊『紙の爆弾』2020年4月号

『NO NUKES voice』Vol.23 総力特集〈3・11〉から9年 終わらない福島第一原発事故

鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

◆瀕死の安倍政権を鞭打つ

 

タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

今号で、やってくれた(!)のは浅野健一氏である。「安倍野合政権崩壊へ『桜を見る会』再終幕」では、ホテルニューオータニに執拗に取材した末、ついに決定的な証言を得たのである。浅野氏ならではの電突取材は「個別の案件」ではなおものの、ANAインターコンチネンタルホテルと同じ「個別に契約することはない」「明細書は存在する」「営業上の秘密を理由に、明細書の提供(発行)をお断りすることはない」と、ニューオータニの支配人が回答したのである。しかもその明細書や見積書は「七年間は保存される」と明言したのだ。

記事には具体的なやりとりが「ナマ放送」に近いかたちで再現され、みずからニューオータニ「鶴の間」に足を運んで、参加費の支払い方法を検証している。これらの取材・調査活動は、記事の後段で報告される刑事告発に生かされるに違いない。東京地検は「犯罪構成要件に該当する具体的な事実を特定して欲しい」と、異例の「加筆・修正」を求めてきたという。検察の動きが注目される。

安倍政権が東京高検・黒川弘務検事長の定年延長で画策した「司法の私物化」はしかし、河井夫妻への強制捜査など、あまり功を奏していないかにみえる。が、籠池夫妻への刑事裁判では、論告求刑に虚偽記載があるという。記事は「大阪地検劣化の果てに『論告求刑』虚偽記載」(青木泰)である。捜査報告書と論告求刑の中身が矛盾するというのだから、大阪地検の劣化ぶりは明らかだ。

◆ビートたけし──誰も祝わない結婚

本誌芸能取材班のレポートは「ビートたけし再婚」である。18歳の年齢差結婚の相手・古田恵美子(55歳)はとんでもない女のようだ。自分の再婚を“大ニュース”とはしゃいでみたものの、誰も祝福しない深い理由が全面的に暴露されている。そもそも古田による略奪婚だったのだ。関係者によるベトナム人への不法就労、事務所関係者への恫喝にパワハラ。そして、たけし自身による軍団の切り捨て。そもそもオフィス北野からの独立劇も、古田恵美子の主導したものだったという。

◆小泉進次郎──地に堕ちた若手のホープ

環境大臣になったがために、その内容と実務力のなさを露呈してしまった小泉進次郎。私見ながら、若手のホープの座は北海道の鈴木直道知事に奪われたと言っていいだろう。記事「小泉進次郎の本性」(横田一)は、創価学会に接近する進次郎のパイプづくりが、菅義偉官房長官を介して行われているというものだ。

◆強力連載陣の見どころ

「れいわ新選組の『変革者』たち」(小林蓮実)第5回は、船後靖彦(参院議員)さんだ。「人は、自分の死と真剣に向き合ったとき、使命を確信し、それに向かって進む決意をする」(ハイデッガー)が座右の言葉とのこと。活躍に期待したい。
「格差を読む」(中川淳一郎)は「コロナ騒動が露呈させた『分断』」。いわゆる「上級国民」現象による分断も怖いが、資産階級および老後勝ち組の象徴だったクルーズ船が、いまや「監獄」であることに諸行無常を感じる。

マッド・アマノさんの連載「世界を裏から見てみよう」は「実は『横田幕府』が日本を支配している」で、かなり怖い内容だ。35年前、御巣鷹山に墜落した日航機事故に、自衛隊が関与していた疑惑をさぐる。横田幕府とは何か? 乞うご期待。
「日本の冤罪」(尾﨑美代子)は、強殺事件で冤罪をうけ、再審勝訴および国賠訴訟を勝ち取った布川事件。無罪の証拠を隠し続けた検事が、何の処分もされない現実を糺す。

連載ではないが、Paix2のプリズン・コンサート500回達成の様子(横浜刑務所)が活写されている(松岡利康執筆)。ファンクラブへの入会は、本誌挟み込みの振替用紙(Paix2ファンクラブ用)に、名前と住所を記入の上、入会費1000円・年会費5000円です。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業。「アウトロージャパン」(太田出版)「情況」(情況出版)編集長、最近の編集の仕事に『政治の現象学 あるいはアジテーターの遍歴史』(長崎浩著、世界書院)など。近著に『山口組と戦国大名』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『男組の時代』(明月堂書店)など。

タブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年4月号

本通信でお伝えしていますとおり、鹿砦社は昨年創業50周年を迎え、東京と西宮で記念の集会を開きました。両会場ともに多くの方々にお越しいただき、成功裡に楽しい時間を過ごすことができました。Paix2(ぺぺ)はお忙しいスケジュールの中、東京、西宮両方の集会に駆け付けて、ライブを披露してくださいました。

Paix2は2000年の鳥取刑務所を皮切りに、全国すべての刑務所や矯正施設を訪問しつくし、ついにこの日「堀の中」でのコンサートも今回の横浜刑務所で500回目を迎えました。横浜市港南区にある横浜刑務所でのPaix2のコンサートは4回目(前回は2016年)。

17日から、暖冬だった今冬の気候が嘘のように、全国を寒気が襲いました。私たちはメディアでは唯一、コンサート当日だけでなく、前日の準備段階から密着取材を行いました。

以下はスタッフによる取材記録です。

《コンサートの前日、17日14:30過ぎに片山マネージャーが運転する、1トン近くに及ぶ音響機材とmegumi(めぐみ)さん、manami(まなみ)さんを乗せたワゴンが横浜刑務所に到着した。

今回の会場は機材の搬入に、踊り場を含めて30段の階段を上らなければならない。横浜刑務所職員の方々のご協力を得ながら、「歌手」であるお二人も機材運び、設営に寸分も無駄のない準備に取り掛かる。体の丈夫な若い男性でも、下手をしたら腰を痛めるような重量の機材を、ピンクの軍手に掌を包んだ、megumi(めぐみ)さんが慣れた手つきで会場の講堂に運んでゆく。

写真撮影だけしていると、目前でキビキビ動く皆さんの姿に、撮影ばかりしているのが心苦しくなった。比較的小さなケースなら私でも運べると思い手を出したら、片山マネージャーが「怪我しますよ。やめたほうがいいですよ」と声を掛けてくださった。的確なアドバイスだった。手を出した箱は、一見大きくはなかったが、写真撮影の専門家ではない取材者がカメラを片手にバランスをとれる重さではなかった。

講堂の中に持参した音響機材一式を運び入れたら、休むまもなくミキサーやアンプ、スピーカーの設営に取り掛かる。

「プリズン・コンサート」を聴く会場には800席近い椅子が既に並べられている。椅子の設置は入所者の方々が担当されたと、刑務所の方から伺った。ステージにはやはり入所している方々が作成された「500回記念公演Paix2」の大きな看板が目を引く。正面から見ただけではわかりにくいが、文字の部分が発泡スチロールのようなもので立体的に作られていて、お二人も感激されていた。

音響機材のセッティングが終わると、早速リハーサルだ。モニタースピーカ―の音声やバランスを確かめながら、会場最後尾のブースで音響をコントロールする、片山マネージャーと舞台上のお二人との間で細かいチェックが続く。

リハーサルが終わり、講堂をあとにしたのは17:30頃だった。18日は7:30から最終のチェックを行い、その後コンサートを聴かれる入所者の方々が順次会場に入り着席して開演を待つ。

今回の500回記念「プリズン・コンサート」にはテレビ局2社のほかに、15名のマスコミ関係者が集まった。横浜刑務所の担当者の方々は、制約が多い刑務所内の取材ではあるが、取材に最大限のご配慮をいただいた。取材についての注意点が説明され、講堂内の待合室に取材者一同が通された。

9:30予定通り、ステージの幕が開き500回目のプリズンコンサートが始まった。刑務所での撮影は、入所している方々のプライバシーへの配慮が最優先されるので、入所者の方々の姿はご紹介できない。

1時間余りにわたり9曲を歌い上げたPaix2(ぺぺ)のお二人に、入所者代表のお二人から花束の贈呈があった。花束を手にした二人はアンコールに「日本酒で乾杯!」を歌い拍手の中コンサートは終了した。

コンサート終了後、別室にて横浜刑務所長より、Paix2(ぺぺ)のお二人と片山マネージャーのお三方に「感謝状」の贈呈が行われた。500回記念のこの日は横浜刑務所だけではなく、法務省の責任者の方も来賓として会場におられ、「感謝状」贈呈式にも来賓の方々が立ち会われた。二人だけではなく片山マネージャーにも感謝状を準備された石塚淳横浜刑務所所長は、「この活動はお二人だけではなく、事前の準備や移動など片山さんの存在なしには成立しなかったと考えますので、片山さんにも感謝状を準備しました」と配慮されたことを語った。「感謝状」は紙ではなく木製で、心のこもった贈呈式となった。》

鹿砦社はPaix2の偉業を称え、近く記念書籍を出版する予定です。その関係で当日は私もスタッフとして、会場に入ることができました。

横浜刑務所は重刑者が多いそうですが、見るからにコワモテの入所者700人を前に堂々と歌ったPaix2のお二人の表情には清々しさが垣間見れました。さすがに20年間500回という前人未到のプリズン・コンサートをやり抜いただけはあり、頭が下がります。日本にもいまだにこういう方がいるのは、まだ救いです。

横浜刑務所でのコンサートが終了したあとに、機材搬出を終えたPaix2と片山マネージャーに近くのレストランにお越しいただきました。どうしてもこの日をお祝いいたしたく駆けつけ、ささやかながら「プリズン・コンサート500回記念」と刻印した時計をプレゼントいたしました。

簡単に「500回」と言ってしまえばそれまでですが、取材者の報告にもある通り、体力的にも精神的にも、また経済的にも、とてつもなく大変な偉業です。誰でも知っている有名なタレントが、話題作りや人気取りに数回単身で慰問に訪れるのとはわけが違います。Paix2の二人と片山マネージャー、500回本当にお疲れ様でした!これからもご活躍を期待します! 

私たちも、ファン・クラブの強化・拡充を図るなど、後方から最大限のサポートを惜しみません。(ファン・クラブ入会はPaix2のサイトをご覧ください)

繰り返しになりますが、Paix2の偉業を近く鹿砦社は緊急出版する予定です。その中には、ここではお伝えできないエピソードや密着取材の写真も多数ご紹介する予定ですのでお楽しみに!(具体的には決まり次第お知らせいたします)

◎Paix2(ぺぺ)オフィシャルウェブサイト https://paix2.com/
◎Paix2(ぺぺ)関連記事 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=77

Paix2『逢えたらいいな―プリズン・コンサート300回達成への道のり』(特別記念限定版)

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