日本史上最大の英雄織田信長は、黒幕の謀略によって殺されたのでなければならない。これが「家来に殺されたバカ殿」ではない、求められる歴史ドキュメントなのである。

 

安部龍太郎 『信長はなぜ葬られたのか 世界史の中の本能寺の変』(2018年7月幻冬舎新書)

◆安部龍太郎の『信長はなぜ葬られたのか』

直木賞作家・安部龍太郎の『信長はなぜ葬られたのか』https://www.amazon.co.jp/dp/4344985052/(幻冬舎新書)が読まれているようだ(公称7万部)。そこでさっそく読んでみたが、小説『信長燃ゆ』のモチーフをエッセイにしたようなものだった。

史料的には特筆するようなものはない。たとえば、幕末に匹敵する尊皇運動が起こり、関白近衛前久が信長殺しをくわだて、明智光秀に白羽の矢を立てたというもの。そのいっぽうで、イエズス会は神になろうとした信長を倒すために、これまた信長包囲網を形成する。そしてポルトガルを併呑したスペインとの交渉が決裂したとき、賽は投げられた。秀吉も密偵の知らせでこれを知っていたが、あえて動こうとはしなかった。と、作家が勝手に「思う」のがこの作品のすべてだ。

イエズス会とキリシタン勢力が大きな役割りを果たし、権力中枢(信長家臣団・朝廷と貴族たち)では守旧派と改革派がせめぎあう、テーマとしては面白いことこのうえないが、じつは歴史研究ではほとんど異端の「朝廷黒幕説」「イエズス会の陰謀説」を足してみたものの、戦国時代のゴッドファーザーこと黒田官兵衛や近衛前久らの動きが有機的に構成されているわけでもなく、買うんじゃなかった感がつよく残った。いや、初めて氏の作品を読む人にはおそらく新鮮に感じられるにちがいない。何しろイベリア両国(スペイン・ポルトガル)の植民地政策(外圧)に対して、信長が採った策が妄想されるのだから。

作家の歴史エッセイは、研究書よりもわかりやすいという原理からか、ベストセラーになることが多い。秋山駿の『信長』は流麗な文章で織田信長の足跡を追い、今日も隆盛な信長ブームをつくり出した。上杉謙信をあつかった津本陽の『武神の階(きざはし)』も史料を羅列したエッセイ風の読物だが、地方紙に連載時から評判を呼んでよく読まれた。

ただし、原史料や軍記ものをほとんど無批判に取り入れている結果、すこしでも歴史研究に馴染んだ向きには読み飽きてしまうのだ。安部龍太郎の妄想力と戯れるのは悪くないけれども、朝廷黒幕説やイエズス会黒幕説など、史料的な裏付けが希薄な論がはびこるのはよろしくない。というわけで、安部作品のバックボーンになっている立花京子(故人)のイエズス会黒幕説を俎上に上げてみよう。

◆立花京子のイエズス会黒幕説は『信長と十字架――「天下布武」の真実を追う』

 

立花京子『信長と十字架―「天下布武」の真実を追う』(2004年1月集英社新書)

立花京子のイエズス会黒幕説は『信長と十字架――「天下布武」の真実を追う』https://www.amazon.co.jp/dp/4087202259/(集英社新書)1冊である。その主要な論点は、南欧勢力(イエズス会・キリシタン・ポルトガル商人・イベリア両国国王=フェリペ2世)が信長に天下布武思想を吹き込み、信長はその軍事技術的な援助のもとに天下統一を進めた。信長が神になろうとしたので、光秀に信長を討たせた。さらに謀反人の光秀を後継者にはできないので、秀吉に光秀を討たせたというものだ。

イエズス会の軍事技術的な援助とは、鉄砲の開発と硝石の輸入に関するものだという。その論拠として、キリシタン大名大友宗麟の書状、すなわちイエズス会宛の「毛利元就に硝石を輸入しないように」というものを挙げている。

だが大友や毛利にかぎらず、鉄砲で武装した大名は無数にいた。イエズス会と結んでいなければ、鉄砲の玉薬の原料である硝石が手に入らないのであれば、東の上杉氏や武田氏、北条氏などの有力大名はどうしていたのだろうか。そもそも硝石が輸入するしかなかった、という史料はない。硝石を鉱物か何か埋蔵されたものと考えるから、輸入に頼らざるを得ないことになってしまうのだ。硝石は日本のような湿度の高い家屋でふつうに採取できる、有機化合物すなわちバイオテクノロジーなのである。人間や動物の排尿にひそむバクテリアが化学変化して結晶化したものが硝石なのだ。つまり床下から採取できる、きわめて身近な物質である。国内で大量生産されるようになるまで、輸入先はもっぱら東南アジアだった。けっきょく、イエズス会に依頼したにもかかわらず、大友宗麟は毛利元成との門司城をめぐる五次にわたる攻防で敗北しているのだ(門司城失陥)。イエズス会の実力がどれほどのものか知れるといえよう。

◆イエズス会という修道会がどのような組織なのか

そもそもイエズス会という修道会がどのような組織なのか、立花京子も安部龍太郎も調べた記述・形跡がない。イエズス会はカトリックだが、プロテスタントの宗教改革運動に対抗するために若い修道士を中心に組織されたものだ。日本の戦国時代には全世界に1000人の会士がいたという。

しかし、たった1000人なのである。日本には使用人もふくめて数十人といったところであろうか。イエズス会の会士がすべて、武器商人であったり技術者であったわけではない。ポルトガル商人をともなう場合はあったかもしれないが、ルイス・フロイスの『日本史』にも『イエズス会士日本通信』にも、商人として旺盛な活動を記したものはない。むしろ南米においてはイエズス会はポルトガル商人と奴隷の売買をめぐって激しく対立している。そしてナショナリズムの台頭したイベリア両国から、イエズス会は排除されていくことになるのだ。

◆立花京子と安部龍太郎は決定的なことを見落としている

本能寺の変後のイエズス会の動向について、立花京子と安部龍太郎は決定的なことを見落としている。本能寺の変が安土城に伝わった翌日、オルガンティーノをはじめとするパードレ(司祭)とイルマン(修道士)および信者の総勢28人は、琵琶湖の沖島に退避しようとする。なぜ信長謀殺の黒幕が退避しなければならないのか、もちろんイエズス会黒幕説は説明してくれない。安土城を脱出した一行は、途中で追いはぎにあってしまう。命よりも大切な聖書を奪われ、衣服も奪われたという。沖島に着いてみると、こんどは漁民たちが湖賊の正体をあらわし、イエズス会の面々を監禁してしまった。何のために黒幕として陰謀を働いたのか、これではわけがわからない。イエズス会の面々は信長からは多大な恩恵を受けたが、光秀からは何も得られなかったのである。そもそもイエズス会は光秀を反キリスト主義として忌み嫌っていた。庇護者である信長がみずからを神にたとえたとしても、逆らうだけの力も意志もなかったはずだ。

 

山岡荘八『徳川家康』文庫 全26巻 完結セット(講談社2012年5月)

それにしても、信長を英雄視するようになったのは、ここ20年ほどのことだ。安部作品も例にもれず、信長の合理主義的な発想とその偉大さが物語の主柱である。戦後、経済成長期には立身出世のスーパースターとして、豊臣秀吉がもてはやされた。高度成長で企業が安定的な業績をおさめるようになると、経営論としての徳川家康論が大勢を占めた。おりしも、山岡荘八の大河小説『徳川家康』がサラリーマンの愛読書となった。

戦前はじつは上杉謙信と楠木正成だった。戦国武将の人気はそのまま、世評を映しているのだといえよう。いま、信長がもてはやされるのは、強いリーダーが待望されているからであろう。

お友だち政治で失政だらけの安倍晋三の人気が、不思議なまでも保たれているのは、ほかに強気のリーダーが居ないからではないか。慎重で何もしない指導者よりも、危険だが改革と豪腕の指導者が望まれる時代。それはファシズムの時代によく似ている。(このテーマ、断続的につづきます)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

大反響『紙の爆弾』9月号

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

◆自民総裁選挙には「なんの意味もない」

重ねて強調する。自民総裁選挙には「なんの意味もない」と。衆参両院で3分の2以上の議席を維持する、絶対安定与党の頭目選びの候補者が「この国を、『人民主人公』の国に」と「これまでの政策通りに」と分かれているのであれば、多少の興味が沸かぬでもないが、石破茂が対立候補ではどうしようもない。

石破は前原誠司と仲が良く、軍事オタクの人間である。あののっぺりとした、独自語り口のいやらしさが、その思想の一端を体現していると言えよう。ゴリゴリの右翼で、どうしようもない思想の持ち主である。安倍との違いは、安倍が成蹊学園で、実質入学試験を経験せずに育ってきたのに対して、石破は慶応大学を出ているので、受験勉強の経験があることぐらいだろう。

しかし、わずかの違いに見えるこの経験差は、凄まじい能力差となって現れている。そこに石破の価値を不当に高く認める、勘違いが生じている。が、それは違う。安倍の思考力、読解力、記憶力が並以下なので、比較すると石破があたかも「優れている」かのように見えるかもしれないが、石破が総理になれば、安倍以上に理詰めの改憲論や、軍拡論を展開してくるだろう。


◎[参考動画]2009年11月04日 衆議院予算委員会での石破茂議員による鳩山由紀夫総理への質疑

◆石破は明確な核武装論者でさえある

自民党が下野していた時代、民主党政権の防衛大臣であった田中直紀に「自衛隊がなぜ合憲か」と質問で迫り、あたふたして何も答えられない田中防衛大臣に代わり、集団的自衛権が認められる前の「自衛隊合憲論」を立て板に水で語ったのが、石破であった。

防衛大臣にもなって、違憲な「自衛隊」の政府解釈を語れない田中直紀の能力の低さはさておき、かといって「違憲な自衛隊を合憲と捻じ曲げる」政府根拠を石破は暗記していただけのことであり、憲法前文や9条を読んでも「自衛隊は合憲」と考えている人間である。それどころか、石破は明確な核武装論者でさえある。


◎[参考動画]石破議員の質問にビビる田中防衛素人大臣 2012.2.17(roversince2007公開)

小選挙区制という、間接民主主義すらを無化してしまう制度により、多様な意見が国会には反映されなくなってしまった。そのことで、少し真面目に政治を眺めるひとびとの間では、憤懣や葛藤さらには諦念が渦巻いている。わたしは何度も述べるけれども、自民党総裁選挙など「まったく意味がない」と断じるし、石破に期待を抱く人々には「それは違うよ」と耳元でささやきたい。もちろん安倍は論外だ。「じゃあどうするの」と聞かれれば、わたしなりの回答は「小選挙区制度下、国政選挙で世の中は変わらない」ことをまず有権者は痛感すべきと答えるほかない。

◆「学級委員選挙」に興味を持てる人は、現実の惨状を直視する勇気が欠けている

実のところ問題は選挙制度だけではなく、中年層(40-60歳)から若年層の、政治に対する無関心と「右傾化」がより深刻かもしれない。若年層の誰もが「選挙権を18歳に下げろ!」などと要求していないのに、与党は勝手に選挙権を18歳に下げた。当然そこには「若年層の投票を取り込める」との目算があったに違いない。1960、70年代の政府は、まかり間違っても「18歳投票権」を認めはしなかったろう。

「戦後民主主義」で付与された諸権利が、徐々に剥奪されてゆく過程で、この島国の大方の国民は、無関心すぎたし、抵抗をすることもなかった。いま、9月の自民党総裁選挙を前に、なにも選択肢のない多くの心ある市民は、地団駄を踏んでいることであろう。だが、教訓から学ぼう。「小選挙区制」導入の時に流布された、嘘八百の流言飛語に騙された結果の今日の惨状から。「小泉改革」がもたらした格差(階級格差)の深刻さから。松下政経塾出身議員が全員信用ならないという冷厳な事実から。

そして市民を縛る法律の成立に熱心な「赤坂自由亭」の諸君は、一方で最高法規の「憲法」だって無視するし、何があろうと米国追従しか外交では主張を持たない連中であることを。そんな連中の「学級委員選挙」に興味を持てる人は、(失礼かもしれないが)まだ現実の惨状を直視する勇気が欠けている、方々かも知れない。

秋風が吹き始めた。大豪雨、殺人的猛暑から秋風に。お天道様はいつだって気まぐれだ。


◎[参考動画]首相、改憲2020年施行目指す 「9条に自衛隊明記」ビデオで決意表明(共同News 2017/05/03に公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

大反響!『紙の爆弾』9月号

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

多彩なエロス、SFから児童文学まで縦横無尽な世界観織りなす作家、森奈津子さん。ツイッター上ではM君支援を宣言してくださり、そのためか、しばき隊から現在も集中攻撃を受け続けている方である。このたび森さんには話を伺うことができた。しばき隊問題だけではなく、ジェンダーや、社会問題にも造詣の深い森さんから数回に分けご意見を伺ったインタビューをご紹介してゆく。

◆「ぱよぱよちーん」を検索してみたら、心底馬鹿馬鹿しくなりました

 

森奈津子さんのツイッターより

── しばき隊の存在はいつ頃お知りになりましたか。

森  ネットで見たのは、発足からそれほど経っていない頃だと思います。野間さんが釘バットを持ってポーズをとる写真を見ました。当時は在特会やネット右翼があまりにも卑劣でしたので、しばき隊を「こういう人たちも、乱暴そうだけども必要悪かな」くらいに思っていました。ところが去年の9月頃に「ちょっと違う」ということを呟いたら、野間さんから直々に叩かれました。

それ以前からわたしは文筆業、つまり同業者のひとたちから「叩きリプ」が来たときには、「こちらからも機会があれば批判させていただきます」と宣言していました。自分から「叩きリプ」はしないようにしていますが、「同業者から叩かれたら執拗に批判させていただきます」と宣言しているところに野間さんが来たので、それ以来公約通り批判させていただいています(笑)。

その頃、ろくでなし子さんが「ぱよぱよちーん」で叩かれているのを目にしました。わたしは「ぱよちん」騒動をしらなかったんです。なので「ぱよぱよちーん」とはどんなに恐ろしい差別用語なのだろうかと検索してみたら、男女の恋愛事からはじまった言葉だとわかり、心底馬鹿馬鹿しくなりました。「こんなことでろくでなし子さんは叩かれていたんだ」、呆れて、わたしも毎朝「ぱよぱよちーん」とツイートするようになったら、一斉に「叩きリプ」がきました。2か月くらいでしょうか、来るたびにおちょくっていたら来なくなりました(笑)。

その程度なんですよ。気持ちよく自分たちが「叩ける」相手なら、精神的オナニーのように叩くけれども、相手に反撃される、相手におちょくられる、周囲から嘲笑されると、もう叩きに来ないんですね。こんなひとたちが運動家であるわけはない。本当の運動家であれば、相手が黙るまで食いつきますよね。でも相手が黙る前に自分たちが尻込みしてしまう。弱い相手にしか強くなれない。チキンじゃないかと思いますね。

リンチ事件も表ざたになった時、チラッと目にしていたと思います。その時には「よくある内ゲバかな、やりそうな人たちだな」くらいにしか思わなかったんです。あまり記憶にも留めていなかったのですが、「ぱよちん」騒動を知ったあとに、「しばき隊リンチ事件」を検索してみたら、文化人や政治家まで隠蔽工作や被害者攻撃にかかわった。「ネットリンチ」もあったと知って、本当にまた心底呆れました。そこで鹿砦社さんのムックを買い揃えました。

── ありがとうございます。

◆あんな界隈にいて何かメリットあるんでしょうか?

森  わたしが読み始めたのは去年の12月ですね。こんなことがあったんだとびっくりさせられました。

── 「M君リンチ事件」は象徴的な事件ですが、かれらは日常的にネット上で似たようなことを行っていますね。

森  そうですね。こたつぬこ(木下ちがや)さんもやられてましたよね。

── あのひとはダメです。

森  ええ、弱い(笑)。

── こちらが腹立ちましたよ。

森  そうですか。

── あの対談、実は2時間以上あるんです。文字起こしを見てわたしは慄然としました。「彼のしばき隊の中での地位は終わったな」と実感したからです。それは彼が、われわれも気が付かないような「正しい」視点で話してくれていたからです。だけれどもこれを表に出したらこの人はしばき隊から「確実に潰される」のがわかりました。示唆に富むしアドバイスに満ちたお話でしたが、しばき隊に矢を向けるような内容でしたので。どこまで持ちこたえるかな、と見ていたら数日でこけましたね。

森  原稿はやばいところはカットしてあげるんじゃなくて、本当にやばいところを出したんですね。

── いいえ、むしろ逆です。「男組」について、また『真実と暴力の隠蔽』出版と同じ時期に逝去が明らかになった、高橋直輝さんへの批判も相当程度開陳されていました。しかし、その箇所は出版意図とは直接関係ないので、掲載していません。もし、あの時期に「男組」についての対談内容を掲載していたら、木下氏はさらに追い込まれていたでしょう。

森  そうですか。口が軽いんでしょうか、それとも気が大きくなっちゃって……。

── どうでしょうか。ただ対談以前に出版していた関連書籍3冊は木下氏にお送りして、質問書もお送りしていました。常識的に考えれば、われわれの立場を理解したうえで、対談に出てこられたと考えますよね。対談の中で「コリアNGOセンターよりも李信恵が上だ」と慧眼で語っていただいた通りのことを、身をもって証明してくださったということかもしれません。

森  なるほど。あんな界隈にいて何かメリットあるんでしょうか。自分が情けなくなりそう。

── 精神的に病むと思います。

森  支持者のレベルでおかしいというか、おかしい人を呼び寄せるのでしょうか。

── ただし、いまだに共産党の地方議員とかくっついている人もいます。以前は彼らが主催する集会には野党の議員が喜んで出てきて、一定の影響力を持っていた時期はありました。

森  吉良よし子さんと池内さおりさんが一緒に行動しているのを見ました。吉良よし子さんは、それまではわりといいなと思っていたのですが、すごく軽蔑してしまいました。

── 一番近いのは有田芳生氏ですね。

森  もう呆れましたよ。

── 悪質です。彼は。

森  お金の流れとかあるのかなとか疑いましたけど。

── お金についてはわかりませんが、有田氏が目立つためには便利な界隈なのではないでしょうか。それから最近華々しいのが香山リカ氏ですね。

森  おかしいですよね。

◆「差別反対」といいながら気に入らない女性には「おばさん」と揶揄する野間易通氏の差別意識

── いまちょうど彼らから集中攻撃受けている森さんにお伺いしたいのですが、彼らがあのようなメンタリティーで行動するのは、いったい何が原因で行動のもとになっているとお考えですか。

森  人間観が薄いですね。何もかも白か黒かで決着できて、自分たちが“善”であるかのような世界観が垣間見えますよね。とにかく議論はしない。「叩き」行為だけです。全然健全ではないし、社会運動を勘違いされているのかなという気もします。運動というものは、過去に「山岳ベース事件」、「浅間山荘事件」などでの失敗経験があるわけじゃないですか。解放同盟の朝田理論だってもう使われていないし。もしかしたら勉強不足なのかなというところもありますね。

わたし、野間易通さんに「おばさん」と呼ばれました。別に友達でもない、一面識もない女性を揶揄する意味で「おばさん」と呼ぶのは、ルッキズムであり、セクシズムであり、エイジズムでありますよと。フェミニズムでは当たり前のことですよね。それを申し上げたのですけども、全然ご理解いただけなくて、彼は「女性の味方」というポーズをとっているけれども、フェミニズムの理論も頭には入っていない方だとわかりましたね。

「おばさん」といってしまえば女性が傷つく、女性にダメージを与えられる、効果的に侮蔑できると信じておられるようです。でもじゃあ同じ年(取材班注:森さんと野間氏は同年齢)の貴方は何なの?って思いますよね。「差別反対」といいながら気に入らない女性には「おばさん」と揶揄する。その一言に差別意識がにじみ出ている。なのにそんなことすら気づいていない。指摘されても理解できない。理論武装していないんだと思いましたね。

── ただ彼は長く「ネット荒らし」をやっていたようですので、言葉でひとを傷つけることについては超一流ですね。

森  そうですか。「おばさん」と言われたくらいでは傷つかないだけではなく、こちらは「いつまでもネチネチ絡むネタが拾えたわ」くらいに思っています。女性に「おばさん」といったら尻尾をつかまれるという危機感がないんですね。

── 『真実と暴力の隠蔽』に彼の過去の酷い書き込みや、日の丸をリュックサックにさしている写真などを掲載しました。所詮思想も何もない人間なんです。

森  そうですよ。本当にちゃんとした思想家なら総括しますよね。「あの時の自分はこうだったので、その後自分は転向しました」とか。それもやらない(笑)。単なるネット荒らしですよね。

── ただ、そんな人間が朝日新聞や東京新聞で識者談話のように取り上げられて、一方われわれは取材をしようと思ったら、常習クレーマーのように、電話も取っていただけない現実もあります。もう1つの特徴は印象操作というか、平気でうそをつきますね。

森  そうそう。平気でうそをつくというのはありますね。うそをついた後で、ツイートやアカウントを消して。本当に「馬鹿じゃないの」と思うことを何度もやられています。あとから消したってスクショ取っている人はいるんだから、消しきれないのは分かると思うのですが。バレないと思うのか、恫喝すればみんな、黙るとでも思っているのでしょうか。(つづく)

◎森奈津子さんのツイッター https://twitter.com/MORI_Natsuko/

(鹿砦社特別取材班)

『週刊金曜日』8月24日号より

Amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXC368T/
鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

ここにきて、自民党総裁選に興味ぶかい観測が浮上している。メディアの話題づくりがその大半の動機だとはいえ、石破茂が安倍に逆転勝利する可能性が出てきているというのだ。そう、自民党のプリンスが石破を支援することで、地方の党員票が雪崩をうって安倍を敗北に追い込む可能性が出てきた。自民党のプリンスとは、いうまでもなく小泉進次郎のことである。


◎[参考動画]総裁選の日程決定に石破氏「お互いに議論戦わせる」(18/08/21)(ANNnewsCH 2018/08/20公開)

ここまでの両陣営の陣地戦を解説しておこう。総裁選は衆参国会議員票(405票)と党員・党友票(405票)で争われる。安倍総理は細田派(94人)や麻生派(59人)など5派の支持を受け、議員票320票近くを固めたという。一説では党員票も優勢とみられる。いっぽう、石破氏は石破派(20人)と竹下派(55人)の衆参議員20数名を中心に50人前後の支持にとどまっているとされる。派閥の縛りがある議員票はともかく、党員・党友票は必ずしも安倍有利とはいえない。6年前の総裁選挙では、第一回投票で地方党員に人気のある石破が165票と他を圧倒した。

▼第一回投票
        得票数  議員票  党員票
 石破 茂    199   34   165
 安倍晋三    141   54    87
 石原伸晃     96   58    38
 町村信孝     34   27    7
 林 芳正     27   24    3

▼決戦投票(議員票のみ)
 安倍晋三    108
 石破 茂     89

決選投票が議員票のみとなったから、安倍がかろうじて勝利を拾ったといっていいだろう。石破が党員から支持される理由は、その全国行脚によるものだ。週末はかならず地方講演を行ない、農園や工場に足をはこぶ。けっして安倍のように大仰にアジ演説をするわけではなく、ていねいな口調で自民党の施策を説明する。そして現場の人々の声に耳をかたむける。その様子は、自身のツイート(ほぼ毎日)ブログ(毎週)に反映され、それへの意見にも目を通すという。地方での人気の理由がわかるというものだ。

◆地方創生かリフレか

この連載でふれてきたとおり、安倍政権の経済政策(アベノミクス)はインフレターゲットのリフレ(紙幣の増刷)と財政出動という、誰でも思いつくものだった。しかるに、マイナス金利まで踏み込みながら、事実上リフレは失敗した。財政出動はわが国の借金を増やしただけで、来年の秋にも消費税の引き上げ(10%)という苦難が待ちかまえている。第三の矢といわれる経済成長こそが、じつは肝心要の消費の拡大をうながす新商品の開発および賃上げ、それを可能にする融資と設備投資。いわゆる景気循環をうながす経済政策がもとめられていた。そのカギは地方経済の活性化をうながす規制緩和だとされてきた。事実、安倍政権は戦略特区という位置づけで、地方創生を掲げてきたが、その内実は自分のお友だちを優先して認可する(森友・加計事件)というチョンボを犯してきた。

いっぽう、石破は防衛大臣の印象が強いが、じつは農政に明るく地方に人脈の多い農林族でもある。麻生政権に農林水産大臣を経験し、第二次安倍政権では地方創生担当大臣としておもに農村を歩いてまわった。このとき、内閣府政務官として石破をささえたのが小泉進次郎なのである。その後、小泉は自民党農林部会長に就任し、全国の農村を駆けまわったことは知られるとおりだ。2012年の総裁選で「石破先生に投票した」(小泉)のも知られている。こうしたことから、小泉進次郎が7日の総裁選告示後に石破の応援にまわるのではないかとみられているのだ。

キリッとした容姿に、外連味(けれんみ)のない言動。左派系の農業関係者に評判を訊いてみたところ、政治と農業をつなぐ有力なパイプとして大いに期待されている。「TPP賛成であろうと農協に大鉈を振るおうと、正論の部分があるわけであって、大切にしたい政治家だ」という。

◆石破の傷

しかしながら、派閥をこえて将来を嘱望され、十年後の自民党を担うのはこの男しかいない、とまで言われている小泉進次郎が応援するには、石破の政治センスはあまりにも危険すぎる。というよりも、なぜ石破派が20人しかないのか。その原因は石破の変節歴にある。過去に自民党を離党(93年の総選挙敗北後)し、小沢一郎とともに新進党に走った石破に、いまも党内の長老たちは冷たい視線を向けている。いや、完全に無視しているといっていいだろう。

いまひとつは、安倍とは口も利かない我の強さであろう。安倍も我はつよいが、時と場所に応じた判断ができる。感情的になることはあっても、それを取り繕うセンスを持っている。石破にはそれがないから、徹底的に嫌われることも少なくないし、本人もそれを厭わない。かつては橋本龍太郎が、薀蓄好きで自民党の政治家たちに嫌われていた。何かというと「それは君、意味がわかっていないね」などと言う橋龍よりも、石破はさらに学者的な語り口をする。「それはどうなんでしょう」と疑問を投げかけてくる石破を、無学な自民党の政治家たちは「また学者気取りで」という雰囲気になってしまうのだ。そんな石破を小泉が支援するとしたら、相当な覚悟を持ってのこと。当然ながら周囲の反対を押し切ってということになるであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)、『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

大反響『紙の爆弾』9月号

『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

◆「人事を尽くして天命を待つ」

リンチの被害者M君は、リンチの現場に居てリンチに加担した李信恵氏の不起訴処分に対して、大阪第四検察審査会に7月20日の不起訴不当の申立てに続いて、8月20日「申立て理由書」と、証拠を提出した。鹿砦社・松岡も力の入った「意見書」を提出した。今後検察審査会から追加資料の要請があるやもしれぬが、これでM君としては「人事を尽くして天命を待つ」状態にひとまず至った。

検察審査会への申立ては、当初から視野に入ってはいたが、対野間裁判、対5人裁判の進行状況を見極めながら、最終的にこのタイミングとなった。李信恵氏は大阪地裁の尋問で、みずからが「M君に掴みかかろうとした。誰かが止めてくれると思った」などと証言している。その他加害者サイドから「李信恵さんが1発殴った」ことを発信する証拠はあまた存在する。ここではどのような証拠が提出されたのか明かすことはできないが、M君は全力で準備にあたった。

検察審査会で審議にあたるのは、一般市民だ。裁判官は自らの出世を考え、最高裁の顔色ばかり窺い、市民感覚と著しく乖離した判断をすることが少なくないから、一般市民の感覚にこそむしろ期待が持てるかもしれない。

◆M君に対する救済なくして「人権」も「反差別」も空語

ところで、少なくはなったが、相変わらず勘違いしておられる方がおられるようである。われわれ、そして鹿砦社は原則的に「あらゆる差別」に反対し真に人権を守ろうとするが故に、M君の支援に踏み込んでいるのだ。「あらゆる差別」を根絶し人権を守ることは大変に困難だろう。人間という生物の複雑さ、質の悪さを考えるとき、「差別根絶」は途方もない大命題に違いない。だからといって問題に直面することから逃げてしまっては歴史が前には進まないし、人類の進歩もない。時に「どうしてそこまでこの事件にこだわるのか?」との質問を、鹿砦社や取材班、支援会は受けることがあるが、回答は「差別問題から逃げずに直面しているから」「真に人権を守りたいから」である。

生身の人間の尊厳を暴力で毀損するリンチが許せないことは言うまでもない。人ひとりの人権を守れなくて、やれ「人権だ」、やれ「差別に反対だ」と言っても空語だ。身近にM君というリンチの被害者が居て、彼に対する救済なくして「人権」も「反差別」もない。このリンチ事件に対する態度こそ、あなた自身の「人権」や「反差別」についてのスタンスそのものだ。

『週刊金曜日』8月24日号掲載の鹿砦社書籍広告

◆差別は人間の尊厳と深くかかわり、人間の尊厳を踏みにじるものが暴力である

M君が集団暴行を受けたのは暴行・傷害事件である。しかしその事件に至る道筋には明確に「差別問題」が横たわっており、それがなければ「M君リンチ事件」は発生しなかった。「差別問題」とかかわるとはどのようなことなのか?「差別」とは本質的に何なのか? 差別―被差別の関係性は絶対的なものなのか? 差別を法で定めることはできるけれども、法により差別を低減、もしくは根絶することはできるのか? 宗教により異なる価値観と差別の問題は…?

少し考察するだけでも、差別問題は可視的、短視眼的、または時流に乗ったテーマだけではない。むしろ深く人間の根本に根差す、哲学とも無縁ではないといっても過言でもない深淵な問題であることに、賢明な読者であれば思い至るだろう。

そして差別問題については世界に、日本に歴史的な蓄積がある。われわれは目の前で乱暴狼藉を叫ぶ徒党を目にしたとき、まずはこれまでの「反差別運動」の蓄積(成功体験・失敗体験)を振り返り、学ぶところから出発すべきではないか、と考える。少し差別について勉強してみると、差別は人間の尊厳と深くかかわった問題であることに行き当たる。

そして人間の尊厳を究極的に踏みにじるものが「暴力」であり、その究極が「戦争」であることが理解される(その延長線上に「死刑」を想定することもできよう)。そうであれば、あらゆる「反差別運動」と運動内の「暴力」は、絶対的に相容れない。

「反差別運動内」で暴力が行使された瞬間、それは「反差別運動」ではなくなる(念のため付言するがここでの「暴力」は、権力者が権力を持たない人間に振るう、あるいは同等の力関係のものが仲間に振るう「暴力」を指す。力関係が弱いものが、防衛的に実力行使することを「暴力」とは想定しない)。

◆「M君リンチ事件」を無きものにしてでも「ヘイトスピーチ対策法」成立に夢中であった師岡康子弁護士

そのように考えるとき、今日の「反差別」と自称する運動の中には、首を傾げざるをいないような人びとが散見される。「ヘイトスピーチ対策法」なる言論弾圧法案を進んで成立させた人びともまた、人間の尊厳や、権力の本質がいかなるものであるかを深く考察したとは、到底考えられない。

国家に言論内容についての嘴を突っ込む(今のところは「ヘイトスピーチ対策法」は理念法であるが、やがて拡大解釈されるだろう)口実を与えるなど、市民の側からは決してなされてはならない、言論の自殺行為に匹敵する行為であると、言論の末席を濁すわれわれ、鹿砦社、取材班、支援会は深く危惧している。

そしてその危惧は、不幸なことにおそらく外れてはいまい。その最たる証左は、「ヘイトスピーチ対策法」成立に深くかかわった、師岡康子弁護士が「M君リンチ事件」を無きものにしてでも(それだけではなく被害者M君を、あろうことか加害者に置き換えてまで!!)同法の成立に夢中であった事実が示している。

そこには法律家以前に、人間として最低限の知識も良識も見識もない。あるのは自己の目的達成のために、ひたすら〝障害物〟となる可能性がある「M君リンチ事件」を専門知識で闇に葬ろうとする、どす黒い私欲だけだ(師岡康子弁護士については近日中にあらためて詳述する)。

われわれは、私利私欲にもとづいて〝自己達成〟の手段として「差別」問題にかかわるものを、一切信用しない。むしろ最大限の軽蔑で、本質的な差別問題の敵であると断じる。われわれがM君を支援し、差別問題に向き合う基本的姿勢は上記したとおりである。

(鹿砦社特別取材班)

『真実と暴力の隠蔽』 定価800円(税込)

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鹿砦社 http://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000541

◆ワット・チェンウェーでの務め

ビザが下りるまでのビエンチャン滞在の中では、新しい出会いや問題が浮上していきました。

ブンミー和尚さんに「ニーモン(比丘を招く寄進)があるから9時30分までに帰って来なさい」と言われているのに10時15分になってしまう。

「ニーモンには行けないなあ」と藤川さんと話していたら、なんとブンミー和尚さんが車を待たせて我々を待っている。タイと同様に時間にゆとりのある国である。しかし、呼ばれたのは藤川さんだけ。車に乗せられ行ってしまった。後から思えば、この寺の年配者は病気がちなおじいさん比丘と、ブンミー和尚さんだけ。地上げ屋のような眼力ある藤川さんを連れて行けば、虎の威を借るように好都合かもしれない。

黄衣を洗ってくれたデックワット(寺小僧)の一人

他の比丘、ネーンも居らず、私はクティの踊り場で日記書きながら「これは昼飯は無いなあ」と飯抜き覚悟していたら、残っていた一人の“英語ネーン”が「昼飯だよ」と呼びに来てくれました。行って見ると私とこの英語ネーンと二人っきり。そしてヨーム(在家信者さん)3名ほどが食材を持って来ている様子で、英語ネーンが「お経唱えますよ」と言う。

私は「うわっ、ヤバイな!」と思うが、いつも朝食後に唱える「サッピティヨー」から始まる短いお経で簡単だった。終わるとヨームはワイ(合掌)をして帰って行く。こんなわずかな儀式でも重要な仏教徒の務めだから軽んじてはいけない。でもこれで昼飯は摂る事が出来た。

この昼時を終えると、藤川さんらが帰って来ました。何やら寄進された、お土産のような大きい包みを持って来た藤川さん。タバコだけ抜いて他はデックワットにあげていた。お菓子類がほとんどのようだ。

皆それぞれのニーモン先から帰って来て、今日のひと仕事終わったかのような昼下がりの午後、疲れた様子の藤川さんはクティの踊り場でゴザ敷いて寝てしまう。

『カメラマン』を見る英語修行中のネーン(少年僧)とチビくん

私は洗濯しようと黄衣を持って洗い場に行くと、デックワットのひとり、ガキデカ(イメージ的に付けたあだ名)くんが、「僕が洗います」と黄衣を持って行ってしまう。後に干して乾いた黄衣も持って来てくれて、何と気の利く奴らだろう。でもこれが普通のデックワットの役目なのだ。本当に我がタムケーウ寺と比較してしまう、この寺の優秀さ。

手が空いてしまったが、英語ネーンや最年少デックワットのチビくんは私と雑談になる。「日本の冬は寒いぞ」と雪の話をしていると、確か雪景色の絵柄があるはずの、持って来ていた『カメラマン』を見せてやる。カラー発色の光沢ある紙質の雑誌である。英語ネーンくんは「綺麗な本だ、印刷が凄い!」それだけで感動している様子。雛形あきこを見ると「この子、日本人なの? 綺麗な子だ!」と目がランランと輝くが、さすがに「幾らだ!」とは言わない。

私以外ほとんど差の無い年齢だが、左の兄さんだけ比丘で、他はネーン

ガキデカくんは私が持っていた安物の電池式髭剃り機(シェーバー)を、「それ見せてくれ」と言うから渡すと、スイッチ入って“ガガガガー”っと振動すると「うわあ~!!」とビックリして落としてしまう。何だ、こいつヒゲ剃り見たこと無いのか。タイのムエタイ選手や、お寺の比丘などはヒゲ剃り機そのものは持っていなくても、見たことぐらいはある奴らだ。このラオスというアジアの奥地には、昭和30年代の日本がある感じで懐かしい気持ちになれるところだった。

最年少チビくんもやたら寄って来るようになった。幼いから遊んで欲しいのだろう。学校には行って無さそうで、寺の周囲に友達が居るようには見えない。相撲を取るような、ムエタイの首相撲をやるような取っ組み合いをやると物凄く笑って喜ぶ。7歳ぐらいなのか、無邪気で可愛いものだ。比丘が取っ組み合いやっていいかは、本当はやっぱりダメだろう。タムケーウ寺のメーオくんはムエタイ経験があり、軽い取っ組み合いで上手い蹴りは見せていたが。

ブンミー和尚さんを中心にこの寺の比丘とネーン達

◆アメリカ青年、訪ねて来る!

夕方頃、別のネーンが私を呼びに来る。「お客さんだよ!」と。こんなラオスの寺に私にお客さんなんて、思い当たるのは奴しかいない。早速やって来たのだ、アメリカ青年が。

講堂に行くとネイトさんと再会、「ノンカイに渡ることで相談があります」と言う。

講堂では夕方の読経が始まるので、クティに移ってお喋り上手の藤川さんと会話が続きます。

ネイトさんはアメリカでラオス語を習い、高校2年の時、日本に来て、タイ留学生と出会い、「その発音は間違っているから直してやる」と言われて、そこからタイ語を習い始めたという。大学を含め7年間、日本に居る間に日本語とタイ語を完璧に覚えてしまったようだ。

藤川さんが「宗教とは何やと思う?」と問うと、ネイトさんは「お父さんが“自然だ”と応えたことがあります」と言う。更に「お父さんはインドに居たことがあるんです」と言うと、藤川さんは大きく理解したように「ほほ~う、だからやな!」と頷く。

アメリカ青年ネイトさんが訪ねて来て藤川さんと雑談

クティに集まったネーン達と写真に収まる藤川さんとネイトさん

話せば思いっきり笑うこと多い藤川さん

傍から聞いていると飽きて疲れる話になってきた。討論成り立つネイトさんに任せて私はこの場を去るが、ネイトさんが気にしていたのは「ノンカイに渡ったら本当に出家できるのか」という素朴な疑問。

「ノンカイに渡ったら、ミーチャイ・ター寺の和尚に紹介するから、この寺でもイサーンの寺でも好きなところで修行すればええ!」ともうネイトさんに惚れ込んだ様子の藤川さん。「ワシに任せとけ!」という藤川さんの太鼓判に安心した様子。

読経が終わった頃、「みんな集まって写真を撮ろう」と言うブンミー和尚さん。ネイトさんは英語ネーンに英会話の機会を与えると、とちりながら話してみるネーンくん。わずかな時間ながらよく頑張っていた。ブンミー和尚さんとも雑談を続けて、写真を撮り終えてから知人宅へ帰って行きました。

何となく集められた旅の我々と共に

ブンミー和尚さんとネイトさん、通訳もしてくれて助かった

◆ブンミー和尚の苦悩

私はブンミー和尚さんに「この寺の住所を書いて欲しい」とお願いすると、ラオス語と英語で書いてくれて、更に日本語で書かれた日本からの手紙を見せられました。その手紙はちょっと古く、「日本にもう2年あまり、私の弟が居るんだが、弟の嫁が私の手紙を弟に渡してくれないようだ。だから連絡が取れない」と言う。日本に帰ったら私に尋ねて行って見て来て欲しいのだろうか。住所は神奈川県の平塚だった。

後に藤川さんに話すと、「ブンミー和尚の弟さんは不法就労の類いやな、仕事やっても半年しか居れんはずや、それが2年も居るというのはビザ切れしかないやろ、尋ねていくのはかえって迷惑がられるぞ!」と言われる。まあ確かにそうだろう。今、ブンミー和尚さんの気休めにでもなればと思った次第だが。

◆合格発表へ!?

申請して2日後の午後、タイ領事館へビザの受取りに向かいます。ビザはパスポートに印字押されるだけなので、そのパスポートを返して貰うことになります。一人で行きたいところ、「行く時は起こせよ!」と言って昼寝している藤川さんを起こします。着いて来たがる、先に歩きたがる。「買い物もしたい」と言っていたが、寝かせたまま一人で行けばよかったかと思う。「俺って何で正直に従ってしまうのだろう」なんて悔やむこと数え切れない。

何かの受験合格発表でも見に行くような緊張感。たかがビザ。大丈夫ではあろうが、書類は万全だったか考えるとちょっと不安が残る。そしてこの先、ビエンチャンでまだまだ慌てる事態が発生していきます。

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』

けっして仲良しではないが、気になる相手というものがいるものだ。遊び仲間ではないけれども、いつも気になって仕方がないから、何かと内輪で話題にしてみる。そんな経験はないだろうか。鹿砦社および「紙の爆弾」とは距離を置いているけれども、どうも気になって仕方がない。そんなネット雀さんたちの面白いツィートがあった。どうやら、鹿砦社をイジっているらしい(苦笑)。

 

その内容は、旧流対協系の出版社80数社の代表が連名で発信した、杉田水脈のLGBT差別への抗議声明に、鹿砦社松岡利康の名前が入っていないではないか。という「疑問」から、鹿砦社が日本雑誌協会に入っていないことを探り当て、さらにはABC協会および雑誌広告協会にも入っていない。ゆえに「紙の爆弾」は雑誌ではないのではないか(笑)、というものだ。

べつにこのツィートをフェイクだとか、ネガティブキャンペーンだとか言うつもりはない。出版雑誌業界の知識がないゆえに、勝手に思い込むのも無理はないであろう。とはいえ、ブログにしろツイッターにしろ、全世界に発信しているのだ。ちょっと検索すれば「鹿砦社」「紙の爆弾」「雑誌ではない」というキーワードで拡散される怖れがある。どんな些細な情報でも、ネット上の情報源になりうるのだ。

つまりネット上の誤情報として、全世界にフェイクとして流布されることに想像力を働かせなければならない。無責任なフェイクニュースが飛び交う中、SNSや公開サイトに発信する人は、「ネットに書く責任」に自覚的でなければならないのだ。最近はネット上での誹謗中傷・名誉毀損・不法行為についても、訴訟や告発がなされるようになった。単に報道の道義的責任のみならず、法的な責任も発生しているのだと指摘しておこう。書きたいなら、裁判闘争を覚悟して書け。である。

◆LGBTの多様性は、従来の男女二項対立では解けない

ところで、杉田水脈のLGBT差別への出版各社代表の批判は、わたしも言論に関わる人間として大いに賛同するものだが、これらの出版人が本業の中でLGBTの多様性を広めるのでなければ、しょせんは一片の抗議文にすぎない。というのも、LGBTはあまりにも多種多様で、従来の反差別の視点では収まりきれないものがあるからだ。たとえば、よくフェミニストに「女性差別」だと指弾される「萌え絵」「美少女ゲーム」などは、じつは「やおい」「ボーイズラブ」の裏返しの表象なのである。つまり美少女になりたい、萌える美女になりたい。女性になって女性を愛したいという、男性のトランスセクシャルのバリエーションとして成り立っているのだ。ユング心理学における「アニマ」(内的女性性)である。

だとしたら「萌え絵」や「美少女ゲーム」を、男性による女性の隷属や性欲の発散などという文脈は的はずれになってしまう。なぜならば、女性がフィクションの中で男性になって男性を愛したい欲求としての「やおい」や「ボーイズラブ」が、女性による男性の隷属や性欲の発散ではない「アニムス」(内的男性性)と同じ原理だからだ。いや、性欲の発散であってもいいだろう。ただしそれは、トランスセクシャルとしての性欲なのである。それを性差別と言えるのだろうか。かように、LGBTの多様性は奥深い。

 

◆業界団体および雑誌コードと書籍コード

話を「紙の爆弾は雑誌ではない」にもどそう。ツィートの書き手の論拠は、鹿砦社が雑誌協会に加入していないからだという。そうではない。月刊「文藝春秋」とともに、わが国の論壇誌を代表する月刊「世界」の発行元である岩波書店も、日本雑誌協会には加入していない。岩波の「世界」「思想」とともに左派系の学術系雑誌として、全国の図書館に置かれている「現代思想」「ユリイカ」の発行元・青土社も雑誌協会には加盟していない。新左翼系の老舗雑誌「情況」(情況出版)も雑誌協会に入っていない。若者に人気のサブカルチャー雑誌「Quick Japan」の発行元・太田出版も雑誌協会に入っていない。

いや、この「Quick Japan」こそ、書籍コード(ISBN)で発行されている定期刊行物、雑誌(雑誌コード)ではない雑誌なのだ。中身は雑誌であっても、法的(出版ルール的)には書籍という意味である。雑誌コード(「紙の爆弾」は「雑誌02719」)の有無が、出版ルールでは雑誌なのである。この雑誌コードは飽和状態にあり、新規に得ようとすればムックコード(書籍コードと雑誌コードを併用)になると言われている。

そもそもツイッターの書き手が論拠にした日本雑誌協会とは、雑誌をおもな業態にしている大手出版社の業界団体にすぎない。任意の業界団体として取次や図書館行政と交渉したり、広告業界に向けて雑誌の刷り部数を公表したり、雑誌の利益のために任意の活動をしているだけなのだ。ABC協会と雑誌広告協会にいたっては、雑誌の部数を印刷会社の保障のもとにアピールし、広告価格の「適正化」をはかっているにすぎない。広告をとるための団体だと言っても、差しつかえないだろう。

現在5000社とも6000社ともいわれる出版社が、数千といわれる雑誌を出しているとされているが、総合誌(オピニオン誌)と呼べるものは、そのうちわずかである。講談社の月刊「現代」、朝日新聞出版の「論座」、文藝春秋の「諸君」、左派系の「インパクション」(インパクト出版会)、「atプラス」(太田出版)が姿を消し、週刊誌も部数を激減させている。そのような中で、「紙の爆弾」が貴重なのは言うまでもない。それは左右という垣根を越えて、あるいは膨大なネット上の書き手にも解放された誌面として、公共性をもっているがゆえに貴重なのである。わが国から論壇誌・総合雑誌が消えた日、それは民主主義が消える日であろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
著述業・編集者。酒販業界雑誌の副編集長、アウトロー雑誌の編集長、左派系論壇誌の編集長などを歴任。近著に『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

月刊『紙の爆弾』9月号

『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す

凄惨な殺人事件の現場を訪ねてみると、事件発生から長い年月が経っているのに、周辺の人たちがいつまでも心に生々しい傷を抱き続けていることがよくある。

18年前に栃木県宇都宮市の繁華街「オリオン通り」の宝石店で起きた放火殺人事件もその1つ。私が現場の宝石店跡地を訪ねたのは、事件から16年近くが過ぎた頃のことだったが、近くで小売業を営む人に当時の話を聞こうとしたところ、「何も話すことはないです」と強く拒絶された。

それは、この事件の世上稀に見る残酷さを物語っているように思われた。

惨劇が起きた宝石店があったオリオン通り

◆手足を拘束した6人をガソリンで焼殺

事件が起きたのは2000年6月のこと。犯人の男S(当時49)は金に困って強盗を企て、馴染みの宝石店に約1億4000万円相当の商品を用意させて来店した。そして宝石を奪い、店長ら女性従業員6人を殺害するのだが、恐るべきはその手口だった。

Sはまず、被害者6人の手足を粘着テープで拘束し、休憩室に押し込めた。そしてガソリンをまくと、ライターで火を放ったのである。

店舗は全焼。焼き殺された6人の遺体は性別の区別もつかない無残な状態だったという。

現場の宝石店があった場所はずっと空き店舗のまま

◆宇都宮に舞い降りた妖精

そんな現場周辺では、なかなか当時の話を聞かせてくれる人はいなかったが、現在も空き店舗のままの建物のシャッターに、切ない思いにさせられた。被害者たちを悼むように、妖精の絵が描かれていたからだ。

「文星アートプロデュース部」という署名があり、絵のタイトルは「宇都宮に舞い降りた妖精」と書かれていた。店舗として借りたいという人は現れないままでも、こうした絵が描いてあれば、地元の人も多少は気持ちが和むだろう。

犯人のSは、裁判で「殺す気はなかった」と主張したが、2007年に最高裁で死刑確定。2010年に東京拘置所で死刑執行された。

シャッターに描かれた「宇都宮の妖精」

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

月刊『紙の爆弾』9月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

 

2016年時日本の二国間政府開発援助の供与相手国上位10か国(外務省HPより)

◆安倍が行なってきた、大企業優遇の経済政策

リフレの失敗(インフレ政策の事実上の断念)と経済成長戦略(官民ファンド)の破綻など、旗印のアベノミクスが崩壊しているにもかかわらず、安倍政権への支持率は保たれている。これは安倍の政策説明のわかりやすさが、国民に受け容れられているからにほかならない。

わかりやすい例を挙げるならば、安倍による経済協力の営業外交であろう。従来の経済協力に加えて、日本企業の進出を商品として具体的に売り込みつつ、ODAを推し進めるパフォーマンスである。大手商社に勤務するわたしの友人は「安保政策は危険きわまりないと思うが、安部の経済外交には感謝せざるを得ない」と語っていた。

まさに大企業のためのアベノミクスであり、いっぽうで軍学共同や兵器輸出といった、軍事産業を育成・成長させることで、目に見える成果を上げようとしている。株価の維持と兵器輸出が、一般国民には何ももたらさないにもかかわらず「これらは、皆さんの生活を豊かにするために、やがてはめぐってくるのです」と安倍は力説する。歯の浮いた演説にもかかわらず、おそらく希望を託したくなる国民生活の現実があるのだ。

国民はひたすら経済を何とかして欲しい。あるいは中朝の潜在的な脅威にたいして「強い指導者」をもとめているのだといえよう。しかしアベノミクスの行き詰まり、中朝関係とくに共和国(北朝鮮)を敵視する東アジア外交の破綻も明らかになりつつある。にもかかわらず、ひん死の安倍政権に取って代る政権・指導者がいないのである。

主要援助国のODA実績の推移=支出総額ベース(外務省HPより)

主要援助国のODA実績の推移=支出純額ベース(外務省HPより)

◆政策論争が行なわれない、奇妙奇天烈な選挙

戦争法ともいえる安保法制を、自然法としての「自衛権」から導き出したのは、安倍ではなく石破茂である(自民党国防部会)。法律学者なみの法知識を持ち、オタク的なまでの軍事知識、精緻な思考方法を持っているがゆえに、安倍のようにアジテーションでごまかすことはしない。その意味では法の運用も政策決定も、はるかに慎重で信頼に足ると、わたしは安部政権との比較で「よりましな選択」として、石破に期待するものだ。「よりましな選択」を放棄してしまえば、ただちに戦争の危機に陥ることもあるのだから――。

ここにきて、石破は安倍の「臨時国会に憲法改正草案を提出するべきだ」という「スケジュールありきの提案は、民主主義の現場を知らない言動だ」と批判し、さらには「誰かのためだけの政治であってはならない、特定の人たちの政治ではいけない」「政策本位の討論会をやるべきだ」「自民党だけの政治でもいけない。幅ひろい世論を汲み上げなければならない」と、正論を安倍に叩きつけている。議員数で多数派におよばない現実から、政策論争をもとめたものだが、これが本来の政策論争のあり方であろう。

◆安倍にしかできないパフォーマンスに、石破は敗北するのか?

にもかかわらず、石破には決定的な弱点が存在する。学生時代から法律については、研究会を組織するなど熱心な石破だが、経済に弱すぎるのである。べつに経済に強くなくても政治家はやっていける。安倍がまったく経済オンチであるにもかかわらず、アベノミクスなるまやかしの経済政策を「やっている」かのように見せられる。

たとえば「同一労働、同一賃金」を、安倍は労働政策のスローガンに採り入れている。労働運動を経験された方はすぐにピンとくるであろう。「同一労働、同一賃金」は「地域同一賃金」などとともに、ILO(国際労働機構)などの労働組織が掲げているきわめて社会主義的なスローガンである。このスローガンを実現すれば、ただちに本工(正社員)と季節工(アルバイト・パート)の賃金格差は是正され、労働に応じた賃金、つまり労働証書制が成立する。すなわち社会主義社会が実現するという意味なのだ。

この「同一労働、同一賃金」の聞こえの良さを、安倍は何のためらいもなく採り入れているのに対して、石破は自身のブログで「誰か教えていただけないか」と疑問を呈した。当然であろう。実現の見込みも、そこに近づく道筋も見えない労働政策(ひいては経済政策でもある)に、ふつうの政治家なら立ちどまるはずだ。いや、ふつうの政治家では総理大臣にはなれないのだ。たとえば安倍のように、政治に利用できるものはすべて利用する。たとえ意味がわからなくても、理想を表現したスローガンならば何でも使う。その節操のなさが、長期政権を維持しているのだから――。

したがって石破が「候補者同士の討論を、ぜったいに実現して欲しい」というのに対して、安倍は応じられないはずだ。何も自分で考えたことがないのだから、討論で相手に説明できるはずがない。政治的なパフォーマーと慎重な学者の戦いが、今回の総裁選挙の本質なのである。

◆安倍を三選させてはならない

石破も地方創生担当大臣として、地方経済の活性化を現地で体験してきた。それはしかし、各地域に共通する経済政策とはならない、じつに個別的で具体的な経済活性化の成功なのである。しかもそれを「イシバノミクス」などという具合に、軽々しくネーミングできない生真面目さに、この人の決定的な弱点がある。

前回の記事でわたしは、たとえ再武装・準核武装論者であろうと、あるいは軍事オタクであろうと、民主主義的な手続きをおろそかにしないかぎり、その候補を支持するべきだと提言した。それは安倍というパフォーマンスしかない政治技術者がはびこる中では、石破茂のほうがよりましであるからだ。

重要な案件が「閣議決定」で済まされる安倍政権によって戦争に引きづり込まれることはないという意味で、いわゆる人民戦線戦術と呼称しておこう。古い言葉でいえば、自由主義的なブルジョア分子もファシズムに抗する意味では味方である。政治において「敵の敵は、味方」なのだから。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
雑誌編集者・フリーライター。著書に『山口組と戦国大名』など多数。

月刊『紙の爆弾』9月号

『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

社会の耳目を集めた重大事件の現場を訪ねると、「こんな何の変哲もない場所で、あんな大事件が起きたのか……」という思いにとらわれることが少なくない。約19年前、東京都文京区の音羽幼稚園で起きた女児殺害事件もその1つだ。

もっとも、殺人の現場となった「公衆トイレ」は現在、取り壊れており、その跡地はうら寂しい雰囲気となっている。

現場の公衆トイレの跡地

◆公衆トイレで引き起こされた惨劇

音羽幼稚園で、母親と一緒に園児の兄を迎えに来た2歳の女児が失踪したのは1999年11月22日のことだった。母親が一瞬目を話したすきに、女児は忽然と姿を消したのだ。

そして3日後、この女児失踪事件は衝撃的な展開をたどる。失踪した次女を殺害したとして警察に1人の女が自首するのだが、それは音羽幼稚園に長男を通わせている別の母親だったのだ。

「被害者の女の子のことは幼稚園の敷地内の公衆トイレに連れ込み、首を絞めて殺しました。遺体は静岡の実家の庭に埋めました」

犯行をそう自供したYは、被害女児の母親とは顔見知りだった。

動機は当初、子供のお受験のことで生じた嫉妬であるように報道されたが、実際はそうではなかった。のちにYの裁判で明らかになったところでは、Yは被害女児の母親に病的な悪意を抱き、「女児を殺せば、母親と会わないで済む」という異常な心理で犯行に及んだとされる。

護国寺と入口は同じ音羽幼稚園

◆同じ敷地内の別の公衆トイレに感じられる防犯意識の高さ

同じ敷地内の護国寺の公衆トイレは警報装置を完備

私がこの現場を訪ねたのは2016年3月のこと。母親の一瞬のすきをつき、女児を公衆トイレに連れ込み、殺害するという犯行がどのようにして可能になったのかを自分の目で確認してみたく思ったのだ。

しかし、その公衆トイレは取り壊されていた。殺人事件の現場となった建物は取り壊されることがよくあるが、この事件の現場になった公衆トイレもやはり、園児や父兄の心情に配慮し、幼稚園側が取り壊したのだろう。

そのため、詳細な犯行状況はイメージしづらかったが、公衆トイレは幼稚園の建物のすぐそばにあったようで、加害者のYはごくわずかなすきをつき、犯行を実行したことはわかった。

同じ敷地にある護国寺の公衆トイレは、警報装置が備えつけられており、防犯意識の高さを感じさせられた。悲惨な事件を2度と繰り返すまいとする関係者たちの思いからの措置だろう。

ちなみに加害者のYは2002年に裁判で懲役14年が確定している。何も問題起こさずに服役生活を送っていれば、すでに刑期を満了し、社会復帰しているはずだ。

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

月刊『紙の爆弾』9月号!「人命よりダム」が生んだ人災 西日本豪雨露呈した”売国”土建政治ほか

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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