ここにきて、自民党総裁選に興味ぶかい観測が浮上している。メディアの話題づくりがその大半の動機だとはいえ、石破茂が安倍に逆転勝利する可能性が出てきているというのだ。そう、自民党のプリンスが石破を支援することで、地方の党員票が雪崩をうって安倍を敗北に追い込む可能性が出てきた。自民党のプリンスとは、いうまでもなく小泉進次郎のことである。


◎[参考動画]総裁選の日程決定に石破氏「お互いに議論戦わせる」(18/08/21)(ANNnewsCH 2018/08/20公開)

ここまでの両陣営の陣地戦を解説しておこう。総裁選は衆参国会議員票(405票)と党員・党友票(405票)で争われる。安倍総理は細田派(94人)や麻生派(59人)など5派の支持を受け、議員票320票近くを固めたという。一説では党員票も優勢とみられる。いっぽう、石破氏は石破派(20人)と竹下派(55人)の衆参議員20数名を中心に50人前後の支持にとどまっているとされる。派閥の縛りがある議員票はともかく、党員・党友票は必ずしも安倍有利とはいえない。6年前の総裁選挙では、第一回投票で地方党員に人気のある石破が165票と他を圧倒した。

▼第一回投票
        得票数  議員票  党員票
 石破 茂    199   34   165
 安倍晋三    141   54    87
 石原伸晃     96   58    38
 町村信孝     34   27    7
 林 芳正     27   24    3

▼決戦投票(議員票のみ)
 安倍晋三    108
 石破 茂     89

決選投票が議員票のみとなったから、安倍がかろうじて勝利を拾ったといっていいだろう。石破が党員から支持される理由は、その全国行脚によるものだ。週末はかならず地方講演を行ない、農園や工場に足をはこぶ。けっして安倍のように大仰にアジ演説をするわけではなく、ていねいな口調で自民党の施策を説明する。そして現場の人々の声に耳をかたむける。その様子は、自身のツイート(ほぼ毎日)ブログ(毎週)に反映され、それへの意見にも目を通すという。地方での人気の理由がわかるというものだ。

◆地方創生かリフレか

この連載でふれてきたとおり、安倍政権の経済政策(アベノミクス)はインフレターゲットのリフレ(紙幣の増刷)と財政出動という、誰でも思いつくものだった。しかるに、マイナス金利まで踏み込みながら、事実上リフレは失敗した。財政出動はわが国の借金を増やしただけで、来年の秋にも消費税の引き上げ(10%)という苦難が待ちかまえている。第三の矢といわれる経済成長こそが、じつは肝心要の消費の拡大をうながす新商品の開発および賃上げ、それを可能にする融資と設備投資。いわゆる景気循環をうながす経済政策がもとめられていた。そのカギは地方経済の活性化をうながす規制緩和だとされてきた。事実、安倍政権は戦略特区という位置づけで、地方創生を掲げてきたが、その内実は自分のお友だちを優先して認可する(森友・加計事件)というチョンボを犯してきた。

いっぽう、石破は防衛大臣の印象が強いが、じつは農政に明るく地方に人脈の多い農林族でもある。麻生政権に農林水産大臣を経験し、第二次安倍政権では地方創生担当大臣としておもに農村を歩いてまわった。このとき、内閣府政務官として石破をささえたのが小泉進次郎なのである。その後、小泉は自民党農林部会長に就任し、全国の農村を駆けまわったことは知られるとおりだ。2012年の総裁選で「石破先生に投票した」(小泉)のも知られている。こうしたことから、小泉進次郎が7日の総裁選告示後に石破の応援にまわるのではないかとみられているのだ。

キリッとした容姿に、外連味(けれんみ)のない言動。左派系の農業関係者に評判を訊いてみたところ、政治と農業をつなぐ有力なパイプとして大いに期待されている。「TPP賛成であろうと農協に大鉈を振るおうと、正論の部分があるわけであって、大切にしたい政治家だ」という。

◆石破の傷

しかしながら、派閥をこえて将来を嘱望され、十年後の自民党を担うのはこの男しかいない、とまで言われている小泉進次郎が応援するには、石破の政治センスはあまりにも危険すぎる。というよりも、なぜ石破派が20人しかないのか。その原因は石破の変節歴にある。過去に自民党を離党(93年の総選挙敗北後)し、小沢一郎とともに新進党に走った石破に、いまも党内の長老たちは冷たい視線を向けている。いや、完全に無視しているといっていいだろう。

いまひとつは、安倍とは口も利かない我の強さであろう。安倍も我はつよいが、時と場所に応じた判断ができる。感情的になることはあっても、それを取り繕うセンスを持っている。石破にはそれがないから、徹底的に嫌われることも少なくないし、本人もそれを厭わない。かつては橋本龍太郎が、薀蓄好きで自民党の政治家たちに嫌われていた。何かというと「それは君、意味がわかっていないね」などと言う橋龍よりも、石破はさらに学者的な語り口をする。「それはどうなんでしょう」と疑問を投げかけてくる石破を、無学な自民党の政治家たちは「また学者気取りで」という雰囲気になってしまうのだ。そんな石破を小泉が支援するとしたら、相当な覚悟を持ってのこと。当然ながら周囲の反対を押し切ってということになるであろう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

著述業・雑誌編集者。主著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)、『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

大反響『紙の爆弾』9月号

『NO NUKES voice Vol.16』総力特集 明治一五〇年と東京五輪が〈福島〉を殺す

横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)