平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

母は週に5日デイサービスに通い、デイサービスに行かない日には私が身の回りの手助けをするために通っていますが、衛生面や安全面において危険を感じることがあります。先々のことを考えなくてはならない時期がきたようです。

私はケアマネージャーYさんへ相談に行きました。小さな調剤薬局の薬剤師さんで、民江さんとのお付き合いは20年以上、性格から日々の習慣、現在の状態までよく把握してくださっている方です。まず私が、一緒に住むことは難しいと打ち明けると、「夏さんのご自宅に引き取るよりも、お世話は専門の方々にお任せして、ご家族はいつも笑顔で接してあげる方がいいんじゃないでしょうか」と。気持ちが軽くなったというか、安心したというか、罪悪感が減ったというか、そんな感じでした。

そして、グループホームというものを勧められました。「この近くにいくつかありますから、見学に行ってみるといいですよ」と。グループホーム? 確かに最近住宅街で見かけるようになったけれど、どんなもの? 自分で探して問い合わせるの? 私はインターネットで介護サービスについて調べました。

いろいろな種類のサービスや施設がある中、グループホームとは、重い病気のない認知症の人に特化した施設であることがわかりました。スタッフの介助を受けながら、9人が1ユニットで、各々ができる範囲で役割を持ち、共同生活をするようです。費用は介護度が高くなるほど上がりますが、入れないほど高額ではなさそうです。民江さんは内科的疾患はありませんので、これはなかなかよさそうです。

役所の福祉窓口へも相談に行ってみました。そこではいくつか提案をされましたが、私が興味を持ったのは「小規模多機能型居宅介護」というものでした。それは、通いのデイサービスと、宿泊するショートステイと、自宅へ来てもらう訪問サービスを一カ所が請け負っているために、組み合わせて利用することが容易で、しかもグループホームを併設している所もあります。『通い』『泊まり』『訪問』のスタッフが同じというのが魅力的です。『通い』で慣れてきたら『訪問』や『宿泊』を挟み込み、『宿泊』の延長で『グループホーム』へ移行できれば、精神的な負担が少ないかもしれません。

場所を、民江さんの家のなるべく近くで私の家の方向に絞り、グループホームとグループホームを併設している小規模多機能へ下見に行くことにしました。もちろん姉妹も誘って。

全部で7カ所、共通していたのは、グループホームは「お風呂は毎日入らない」ということでした。デイサービスは入浴がメインと言っていいかもしれません。毎回介助していただいて安全に入浴し、昼食を頂き、全員で日替わりのリクリエーションゲームをし、ぬり絵や漢字ドリルをして、おやつを食べて帰ってきます。

一方、どこのグループホームも、お風呂は週に2回か3回だそうです。洗濯物を干したりたたんだり、ごはんの準備を一緒にすることもあれば、お散歩でお買い物に行くこともあり、そういう日常生活の場がグループホームのようです。と言っても、実際に洗濯物をたたんだり、掃除をしている姿などを見たわけではないので、実態はわかりません。

何より、施設によって随分と特徴がありましたので、実際に見に行ってよかったと思っています。しんと静まり返ったきれいな施設もあれば、地域密着型でカフェ(認知症カフェと言い、食堂のような所にご近所さんがお茶を飲みに来る)を併設し、人の出入りが多い賑やかな施設もありました。物が多くて雑然としている施設、重度な方が多く目につく施設、介護度によって居住階を区別している施設もありました。看取りまでを謳う施設と、自立歩行ができなくなったら退所しなければいけないというルールを設けている施設もありました。

さあ、民江さんにとって、何処が一番いいでしょう。重度な方に囲まれるのは辛いかも。室内犬は嫌いかも。静かすぎるのは寂しいかも。スタッフさんとボランティアさんと遊びに来るご近所さんと、大勢いたら混乱してしまうかも。

現在どこも満員で、複数の施設に申し込む方が多いと聞きましたが、幸い民江さんは急いでいません。一番きれいで、ゆったりしていて、自立歩行ができなくなったら隣接の特別養護老人ホームに移動ができて、費用も中程度、介護福祉事業で30年以上実績のあるTグループホームだけに入所申し込みをしました。待機の方が数名いらっしゃるそうなので、順番が回ってくるのは1年後か、2年後か。それまでにタイミングを見計らって民江さんに話をすればいいわけです。キープをしつつ難しいことは先送りし、私にとっては都合のいい形で、とりあえず一段落しました。ケアマネージャーYさんに相談してから8カ月が過ぎた夏のことでした。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

衝撃の『紙の爆弾』3月号絶賛発売中!

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

民江さんは、ありがたいことに足腰だけでなく内臓も元気なので、食事の量はいまだに若い人に負けません。先日もお昼に二人でうどん屋さんへ行き、私は五目うどんの単品を、民江さんはうどんと天丼のセットを注文しました。

民江さんの前に運ばれてきたお盆には、普通サイズのお丼が二つ。山の形に盛られたエビの天ぷらは、数えると五尾もありました。民江さんは店員さんを見上げてにっこり微笑んだかと思うとエビをパクリ。続けてパクリ、パクリ。そして、二杯のお丼をきれいに食べ切りました。昔から魚よりも肉が好きで、揚げ物が大好きで、食卓にいつもたくさんのお料理を並べてくれて、ご飯はお茶碗三杯食べていた民江さん、あっぱれです。

さて、気になるのは食事のマナーです。私たちは民江さんに厳しく躾けてもらったおかげで、人前でも恥ずかしくないマナーが身についたと感謝しているわけですが、その民江さんが幼い子供のような食べ方になってしまうとは、思ってもいませんでした。

まず何を食べに行こうかと聞けば、必ず「好き嫌いはないから、何でも食べる」と嬉しそうに言います。それでも気を遣って好みのお店に行き、席に着きます。メニューを見せると、「わからない」と言います。「それじゃあ……」と、二つか三つの候補をあげて、その中から選んでもらいます。

私は用心をして、民江さんが食べやすそうな別のお料理を自分用にオーダーします。お食事が運ばれてきます。店員さんが全部並べ終わらないうちに、手を伸ばして食べ始めます。右肘がテーブルについています。左手はテーブルの下にあります。
私のお料理を羨ましそうに見つめることもあり、そのような時は「こっちがいいの?」と聞くと、頷きながら手が伸びてきます。噛みにくい物は、口から出してお皿の上に落とします。お手拭きで鼻をかみます。食後のコーヒーにコップの氷を入れて冷ましたかと思うと、一気に飲み干します。そして、一呼吸することもなく鞄を斜めに掛けて立ち上がります。「待ってよ、私まだコーヒー飲んでるんだけど」となります。

ゆっくり味わっているようでもなく、美味しいとか不味いとか言うでもなく、お行儀の「お」の字も見当たりません。好きなものをむしゃむしゃ食べて、そして自分が食べ終わったら帰るだけ、そんな感じです。

まるで子供のような姿は、他の場面でも見受けられます。

突然「肩が痛い~」と畳に倒れ込んで叫んだことがありました。私が掃除機をかけていたので、大きな声で叫んだのでしょうけれど、演技じみていました。掃除の手を止めて、「よしよし、どこがどんなふうに痛いの?」となだめて、その日は病院のはしごをすることになりました。

アイスクリームが美味しいと思ったら、1日に10個でも食べますし、お寿司が食べたいと思ったら、何が何でも今すぐお寿司を買いに行かなくては気が済みません。私がどんなに困った様子を見せても、どうにかして買いに行かせようとします。「だって、食べたいんだもん」、「自分では買いに行けないんだから」、「行ってくれてもいいじゃない」、「私が買いに行ったら転ぶわよ」、「転んでもいいの?」と。

わかりやすいその場しのぎの言い訳や作り話(本人は全く悪気のない「作話」なのかもしれませんが)、嫌いな人の悪口の連発……ああ、勘弁してほしいと反射的に思います。

年を取ると子供に返っていくようだと聞いていましたが、目の前で自分の親が子供のようになっている姿を見た時は、笑うことなどできるわけがなく、なんとも言えない寂しさで胸が痛みました。

人は、子どもから大人になるにしたがって、他者を思いやる心を養うと同時に、体裁や常識を気にする心を備えて成長していきます。でも、さらに年を重ねると、良くも悪くも、子どもに戻っていくのでしょうか。こんなにストレートに感情を表現できるなんて、長く生きた人に与えられたご褒美なのかもしれません。

 

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

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大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

前回は、大晦日の晩に我が家でお風呂に入った時、長らく着替えをしていなかったことに、私が初めて気が付いたお話をしました。あれは私にとって、大変ショッキングで、母に対する申し訳なさと、自分に対する責任を痛感した出来事でした。今回は、その後のお話です。

認知症の診断を受けて数カ月、私なりに気にかけていたつもりでした。「着替えた?」、「はい」とか、「今日はお天気がいいけど、お洗濯した?」、「はい、洗濯は洗濯機がしてくれるんだもの」というやり取りを、毎日のようにしていました。「なっちゃんに着替えなさいと言われたから、今着替えたわ」(その時はそんなことを言っていないのに)と電話をしてきたこともありました。民江さんが夢か幻覚を見るほど「着替えの鬼」と化していた私です。が、実際は洗濯も着替えもしていなかったことが、大晦日に判明したわけです。本人に悪意はなくとも、言っていることが事実ではないことがあるのですね。私は早急に手段を考えなくてはいけませんでした。

さて、どうやって着替えをさせようか。ヘルパーさんを家に入れることは、断固拒否しています。デイサービスでお風呂に入れてもらう時に着替えればいい? いいえ、デイサービスにその着替えを持って行く準備ができません。デイサービスに私が一週間分届ければいい? いいえ、週に4日もデイサービスを利用しているのに、上から下まで何セットも準備して、私が必ずお届と回収をするなんて、続けられる自信がありません。

ならば妥協するしかありません。デイサービスのお風呂上りに最小限だけを替えることにしました。肌シャツとパンツとパッドだけを小さなビニール袋に入れて、十数セット準備し、専用の箱を作り、入れておくようにしました。民江さんには、タオルとその肌着セットを毎回忘れず鞄に入れることだけ、これだけを繰り返し伝えました。デイサービスのスタッフさんにも説明をして、お風呂を出たら着替えを促していただくようにお願いをしました。

やれやれ、なんとか成功しました! 持ち帰った肌着を入れるカゴも準備したのですが、カゴはいつも空っぽです。せめて一か所に干してほしいと貼り紙をしましたが、部屋のあちらこちらに干してあったり、引き出しにしまってあったり、と様々です。汚れた時には、バケツの中に浸しておいて欲しいと言いましたが、それも無理でした。それでも、よかった。清潔な肌着を身に着けてもらうことができるようになりました。

そして私は、それらの回収交換とその他の着替え、洗濯、掃除、布団干し、買い物、ゴミ出しの確認、薬の確認、デイサービスからの連絡や郵便物の確認など、身の回りの全てを助けるため、毎週日曜に通わざるを得なくなりました。やってあげたいことは、たくさんありました。

 

でも毎週日曜の訪問は結構大変です。持ち帰る洗濯物はかなりの量ですし、それらを洗濯して、物によってはアイロンをかけ、着替えのセットを作り、ストックがなくならないうちにまた持って行かなくてはいけません。行く度に家の中はグチャグチャでげんなりします。あまりのわがままな態度に頭にくることもしばしばです。平日も通院や突発的なことで行かなくてはなりません。私の生活もあります。自力で歩き、食べ、排泄することができる軽度の認知症なのに、生活のお世話がここまで大変だとは……実際に経験して初めてわかりました。

病院診察の時、介護認定の聞き取り調査の時、福祉の窓口へ相談に行った時、グループホームへ見学に行った時など、「いま娘さんが一番困っていることは何ですか?」と聞かれ、私は必ず「自分で着替えができないことです」と答えています。たいしたことではないと思われるかもしれません(私のきょうだいですらあまり深刻に捉えていないようです)が、実際に身の回りのお世話をしている私にとっては、これはかなり切実な問題です。そして、もっと重い認知症の方の介護を続けていらっしゃるご家族を心から尊敬します。

私は、同居ができないことに負い目を感じています。でも、その代りに、「このマンションは眺めが良くて、日の出も見えるし、夕焼けも奇麗だし、夏の打ち上げ花火も見えるし、駅までも近いし、とってもいいわ」と言っていた民江さんの昔の顔を思い出して、お手伝いを続けています。少しでも長くここに住めますように。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

月刊『紙の爆弾』2019年1月号!玉城デニー沖縄県知事訪米取材ほか

平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

民江さんは88才の誕生日の頃に認知症の診断を受け、衣食住の中に「できないこと」があるかもしれないと、思いを巡らせるようになりました。その一つが、着替えと洗濯です。洗濯が済んだかどうかと聞くと、「だって、洗濯するものがないんだもん」と言いました。はじめは、「そうかそうか」で済ませましたが、次に聞いた時も同じこたえでした。それから幾度か同じ質問をして、「おかしい」と思いました。「ないわけないでしょ」と言うと、「だって汚れてないんだもん」と。もうこれは完全に「おかしい」です。

一緒に住んでいれば、夜にはパジャマを、朝には見計らった服を差し出すことができますが、民江さんは独り暮らしです。私が気が付いたこの時には、家に帰るとブラウスやズボンを脱いで、肌着のまま布団に入り、翌朝またその肌着の上にブラウスを着てズボンを履くだけ。つまり同じ肌着をずっと着ている状態になっていたようです。タオルも真っ黒になっていました。きれい好きな民江さんが、ここまで進んでいるとは思っていませんでした。

なんとか着替えと洗濯をして欲しい。説得中に私がうっかり「汚いでしょ」と言おうものなら、「汚くない」、「自分の着た物のどこが汚い」と怒らせてしまい、会話になりません。

ならば洗濯は私が全部するから、着替えだけはして欲しい。整理ダンスに貼り紙をして、どこに何が入っているか一目でわかるようにしましたが、着替える意志がないからか、効果はありませんでした。電話で一つ一つ順番に動作を伝えて、やっと着替えることができましたが、長いと30分かかることもあり、民江さんも私もヘトヘトになりました。

昨年の暮れ、民江さんの家に行き、部屋の片付けをしながら着替えをしてもらっていた時のことです。途中裸でウロウロ歩き回ったり、パンツを2枚履いてしまう姿を見てしまいました。自力でできなくなったことを無理に私がやらせようとしていたことに気が付いた瞬間でした。民江さんの自尊心を傷つけていたかもしれません。

それから間もない大晦日の晩、例年通り、我が家でお鍋を囲んでいました。お肉に箸が止まらず、「生まれて初めてビールを飲むわ」(本当はいつも飲んでいます)と真顔で言って周囲を爆笑させ、テレビに合わせて歌を唄い、この頃には珍しく口数も多く、ご機嫌な時間を過ごしていました。ところが、「そろそろお母さん、お風呂に入ってくれる?」と言うと、いつものような「ではお先にちょうだいします」という返事がありません。ん? デイサービスでお風呂に入り、シャンプーもしてもらっているから、今夜は入らなくていいと言います。

 

デイサービスのお風呂が気持ちいいことは、毎日聞いていますが、我が家のお風呂もお気に入りだったはずです。再度私が勧めても、返事は同じどころか、怒って泣き出す始末です。「じゃあ、今日は私がシャンプーしてあげるから、入ろうよ」民江さんはやっと立ち上がり、私は一緒に準備してきたパジャマと下着を鞄から出す手伝いをしました。

ところがしばらくすると、今度は裸で廊下をウロウロしているではありませんか。私は理由がわからないまま、お風呂に連れて行きました。「デイサービスの人のように上手にできないかもしれないよ。どうやったらいいか教えてね」と言うと、背中を丸めて両手で顔を隠して言いました。「頭からお湯を掛けますよーって言って、お湯をかけて。お湯を掛けますよーって」と。まるで幼い子供がお母さんにお湯を掛けてもらうのを待っている時のようです。母のその後ろ姿に一瞬言葉を失いました。

そして、脱衣かごに入っていた汚れた下着を見て、現実を思い知りました。
私は、もっと早く民江さんの変化に気が付いて対応してあげていればよかったと、少なからず後悔をしています。私は、あの母が認知症になるという意識が全くなかったのです。そのせいで、多少のおかしな言動も、加齢によって性格が強く出てきているだけだと解釈していました。認知症に対する知識を集めることもしていませんでしたので、不用意な言葉をかけたり、不適切な態度を取ったかもしれないと思うと、「私が認知症の進行を早めたのかな」と、そんなふうに考えてしまいます。

認知症についての資料には、「感情的になってはいけません」、「怒ってはいけません」と必ず書いてあります。しかし一方で「怒った自分を責める必要はありません」、「たまには怒ってもいいのです」とも書いてあります。「じゃあ、どっちなのよ!」ですが、症状も元々の性格も家族の歴史も周囲の状況も様々なのですから、自分に合った良い方法を探し、解決していくことによって、納得し、心を整えていくしかないということでしょう。

着替えの話は、次回につづきます。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

月刊『紙の爆弾』2019年1月号!玉城デニー沖縄県知事訪米取材ほか

大学関係者必読の書!田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆同級生(89歳)のいとことランチの約束をして

前回は、民江さんが慣れた場所で初めて道に迷った時のことをお伝えしました。あれは、本人にとってもショックだったと思いますし、家族にとっても認知症の進行と怖さを実感た出来事でした。今回は、それから3か月後に起きた騒動です。

これまで二度の迷子騒動を経験した私は、民江さんが電車で外出することに対して、それなりに注意を払っていました。それは、「約束したら私にも必ず教えてね」とお願いし、約束の日時と場所に無理がないかをチェックし、当日朝にもう一度確認するというものです。とは言っても、そもそも申告自体があてになるものではありません。案の定「今日は○○ちゃんと12時に会うのよ」とか「今日約束してたけど、体調が悪いらしくて延期したわ」など、約束していたことを当日の朝に初めて知ることがよくありました。

それは昨年4月のことです。同級生(つまり89歳)のいとことランチの約束をしていると言うので、数少ない友人と楽しい時間が過ごせるといいなという思いで、快く送り出すことにしました。約束の場所と時間から、何時に家を出て、どういう経路で行くのかを確認し、「気を付けてね。何かあったら電話してね」と言いました。

数時間後、行き慣れた場所でしたし、約束の時間もとっくに過ぎたので、ホッとしてお茶でも飲もうと思ったところに電話がかかってきました。民江さんの携帯電話からの着信です。でも、声は男性です。「お母さんが倒れていらっしゃったので救急車を呼ぼうかと声を掛けたんですが、娘に電話をしてくださいとおっしゃるので」と。

聞いていた場所とは全く違いますが、とにかく迎えに行かなくてはなりません。どんなに急いでも40分はかかりますが、その方は付き添って待っていてくださるそうです。お言葉に甘えて、私はまず待ち合わせ相手の娘さんに電話で状況を説明し、そちらの対応をお任せした後、急いで車を走らせました。到着すると、歩道の木陰に喫茶店で借りた椅子に座った民江さんと、寄り添ってお話をしてくださっているご夫婦の姿がありました。

よかった。そして、本当にありがとうございました。お二人は散歩の途中だったそうで、「もう少しお散歩の続きをしますから、どうぞ気にしないで」と笑顔で手を振って去っていかれました。過去二回もそうでしたが、またしても親切な方に助けていただいたわけです。

さて民江さんの様子はというと「私はいとこのせいで行き倒れた!」と怒っています。いとこの希望で約束の場所を変更したことが原因だと言います。その場所が久し振りだったこともあると思いますが、見当違いの方向へ1キロぐらい、民江さんの足なら電車を降りて1時間ぐらい歩いたようです。助けてくださった方への感謝の気持ちよりも、いとこへの恨みと空腹感で荒れています。

私は、なぜ変更したことを教えてくれなかったのかと苛立ちながら、とにかく民江さんの気持ちを鎮めようと、適当なお店を探してお腹を満たし、プラス思考の話題へ誘導しますが、なかなか機嫌は直りません。今回は特にダメージが大きかったようです。早く休ませて、明日になることを願うしかありませんでした。

◆穏やかに接してあげたいが

このようなことが起こると、民江さん自身とても混乱し、恐怖を感じたでしょう。それを思えば、私もなるべく穏やかに接してあげなくてはいけません。なるべく穏やかに接してあげなくてはいけないことはわかっています。が、現実は辛い。この時の民江さんの言動をもう少し詳しくお話しします。

急いで駆けつけた私に何も言わないどころか、助けていただき一時間も付き合ってくださった方に対しても、私が促してやっと軽くお礼を言いうことができました。
車に乗せると後部座席から「信号青よ!」と大きな声。しかもそれは横の信号を見て言っているのですから、本当はまだ赤なのに、私に指図をしてきます。途中、路上に車を止めて駅のトイレを借りて走って戻った私に「ソフトクリーム買って来てくれたんじゃなかったの?」と言い、「食べたいの?」と聞くと、「買って来て」と横柄な態度です。

その後も、駐車場のある店に入ろうと探しながら走っているのに「お腹がすいた」「どこでもいいから早くお店に入ってよ」と繰り返します。「場所を変えてくれと言ったいとこが悪い」「いとこのせいで私は行き倒れた」「もういとことは会わない」と、いつまでも怖い顔をして怒っています。

こんなに悪態をつかれても、娘の私は黙って聞いていなくてはいけません。認知症の人に怒っても本人を混乱させて状態を悪化させるだけ。母は認知症。だから怒ってはいけない。怒ったら、あとでもっと自分を責めることになる。わかっていても辛いものです。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
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◆グルグル歩いているうちに熱中症に

今回は、認知症の母が道に迷ってしまった時のお話です。

私自身、大型ショッピングセンターで買い物を済ませ駐車場へ戻った時、車を止めた場所がわからなくなることがあります。広い駐車場、たくさんの知らない車、この中から自分の車を見つけることができるのかと恐怖に近いものを感じました。昔はそんなことはなかったので、おそらくこれも老化現象の一つでしょうけれど、こんなことを経験したお陰で、『高齢者が、突然自分の立っている場所がわからなくなる』とは、どんな感覚なのか、少しだけわかるような気がしました。

昨年の夏のこと、「もしもし」民江さんの携帯電話から男性の声で電話が掛かってきました。認知症の症状が目立ってきた頃でしたので、私はとっさに「いよいよ警察か」と構えたところ、救急隊の方でした。街で熱中症になり倒れてしまったそうで、病院に搬送するから迎えに来るようにという連絡でした。そして最後に付け加えられたのは、「ご本人嫌がっていますけど、無理やりお連れしますから。ご了承ください」でした。

たまたま病院が姉の家の近くでしたので、この日は姉に迎えに行ってもらうことにしました。が、病院からは「点滴を抜いたりして大変なので早く来てください。何時ごろになりますか?」「まだですか。では、お姉さんの電話番号を教えて下さい」と二度も電話がかかってきました。幸い熱中症の症状は落ち着いたようで、病院スタッフは暴れていることに手を焼いているご様子です。しばらくして姉が到着し、途端に静かになったそうです。安心したのでしょう。

いつもの店に行くつもりの道がわからなくなり、グルグル歩いているうちに熱中症になったようですが、こんなことは初めてでした。本人は自分が倒れたことに加えて救急車で病院に連れて行かれたことで、余計に混乱し興奮したのでしょう。私が駐車場で体験した恐怖より、何倍も怖かったはずです。それにしても、フラフラになった民江さんに声を掛けたり、救急車を呼んだり、なだめたり、飲み物を買ってくださったりと、通りすがりの方々が足を止めて介抱してくださったことと思います。おかげで大事に至らず済みました。

 

◆危なかったけれど、有難かった出来事

二度目は今年の1月のこと、仕事の移動中になぜかふと思い立って民江さんに電話を入れました。すると、「なっちゃん……わたし○○で道がわからなくなっちゃって、今送っていただいいてるの」「な、なんで? 誰に? どこまで?」 どうやら電車に乗って街へ行き、いつものお店でお昼ご飯を食べて駅に向かったが、○○で道がわからなくなり、通りすがりの方に家まで車で送っていただいている、ちょうどその最中のようなのです。

驚いて言葉に詰まっていると、「もしもしお電話かわりました。娘さんですか? 怪しい者ではありませんから。お母さんに名刺をお渡ししました。お母さんが△△で道に迷っていらっしゃるご様子だったのでね、今おうちまでお送りしていますのでご心配なく。おうちは××で間違いないですね。いえいえ、たまたまついでがありましたから、大丈夫ですよ」と年配の男性の声。

お言葉に甘えてそのままお願いし、丁寧にお礼を言って電話を切りました。なんと親切な方でしょう。家は車で30分以上かかる住宅街です。「ついで」って、そんなことありますか。そしてこんな親切な方にめぐり逢うことができた民江さんはなんと幸運なのでしょう。後日、お礼状を書こうと名刺を探しましたが見つかりませんでした。恩人の名刺をどこかに失くしてしまったとは、つくづくがっかりですが……仕方ないですね。危なかったけれど、大変に有難い出来事でした。

道に迷うということは、場所を認識する能力が低下し、見慣れたはずの場所が突然全く知らない場所になってしまうのでしょうか。恐怖と不安で混乱し、暴れたり怒ったり、感情が制御できなくなるのかもしれません。民江さんは足腰が丈夫なので、積極的に出かけてほしいと思っています。けれど親切な方々のご厚意によって大事を免れていることと、これからまたこのようなことが起きるかもしれないということを、私は強く心に留めておかなくてはなりません。医者が言うようにGPSを持たせなくてはならない日が来るのでしょうか。

 

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
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◆温度感覚が鈍ってきた

高齢者は室内でも熱中症になる危険性が高いと言われています。今年は、もともと大変な暑でしたが、母の温度感覚が鈍ってきたことを実感したお話です。

暑がりの民江さんが、今年はいつまでも暖かい肌着やベストを身に着けていました。私が持ち帰って洗濯して戻すと、また着ています。「いくらなんでも、もう必要ないでしょ」と何度言っても、また着ています。内緒で普段使わないタンスにしまい、代わりに薄手のブラウスを目につく場所に掛け、やっと夏らしい装いに変わりました。本人は何も言わないので、これでよかったかどうかわかりませんが、今年は少し強引に衣替えをさせてしまいました。

クーラーについては、年齢の割におおらかなのか、それほど暑さに弱いのか、1~2時間の外出ならつけたまま出かける生活を昨年までずっと続けていました。ところが、記録的な猛暑となった今年、7月になってもエアコンはいらないと言います。せめてもと思い、扇風機を物置から出してきて回しておくのですが、いつの間にか止めてあり、また私がつけて……の繰り返しです。「暑くない」と言い張ります。

ある日、民江さんの寝ている和室を覗くと、まだ布団が敷いたまま(民江さんは足腰が丈夫なので、今でも自分で布団の上げ下ろしをしています)でした。片付けようと近づくと、掛け布団は冬用の羽毛布団のまま、襟元はズクズクに濡れてペチャンコに、白いカバーは黄色く変色しツンと臭います。敷布団もずっしりと重たくなっています。大量の汗が染み込んだままの布団、今朝も肩まで布団をかぶって寝ていたようです。私は毎日数回電話をし、最低でも週に一度は来ています。ですが今日まで気が付かなかった。ああ! もっと早く気が付いてあげるべきだった。羽毛布団をクリーニングに出し、その他もさっぱり夏仕様に交換し、室内用布団干しを買って届けました。

こんなに汗をかいて……暑くて布団を剥ぐということをしなかったのでしょうか。そもそも暑さ自体を感じなかったのでしょうか。布団が汚れているという感覚はなかったのでしょうか。起きたら、たくさん汗をかいたことを忘れてしまうのでしょうか。寝る時に濡れた布団に触れても何も思わないのでしょうか。床に落ちている髪の毛は拾うのに、汚れた布団は目に入らないのでしょうか。それら全てによって……これが老いなのでしょうか。独り暮らしにいよいよ危険を感じました。

◆エアコンの設定温度を10度も下げる理由

室内で熱中症になってはいけないので、その日から必ずエアコンをつけるよう丁寧に説明しました。28度に設定し、温度のボタンは触らないように言いましたが、電話をすると「エアコいンつけてるよ」「18度より下がらないのね」「え?もっと上げるの?」「上げる?」「数字を大きくするの?」「三角の上のボタン?」「はい、28になりました」と。そして次の日もまた次の日も、18度より下がらないから始まって、同じ会話の繰り返しです。

本人はデイサービスに喜んで行っていますが、私としてはこれ以上回数を増やしたくないと思っていました。理由は、自分で考えて能動的に時間を過ごす日も必要だと思っていたからです。しかし、この一件で考えを改めることにしました。夏の間だけでも、デイサービスをもう一日増やすように早速お願いし、日曜日と通院日を除いて、週5日通うようになりました。

後日談です。毎日エアコンの設定温度について同じ話を繰り返すことに疲れてきた私は、「18度に下げると電気代もったいないよ」と言ってみました。すると「あら、せっかく点けるのに? 18度にしないともったいないと思ってた」と明確な返事が返ってきました。

そしてそれ以来、リモコンの設定温度は28度のままです。説明を繰り返す必要が一切なくなりました。本人の中では理由があって温度を下げていたことがわかったので、すっきりしたようでもあり、毎日の私の苦労は何だったのかと、別の謎が生まれました。民江さんに振り回される毎日です。そして、ああ、次は冬の装備です。

 

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)[文とイラスト]
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

月刊『紙の爆弾』12月号 来夏参院選敗北で政権崩壊 安倍「全員地雷内閣」

平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆認知症を除けば、足腰丈夫な健康体

民江さん89歳は、すこぶる健康体で認知症を除いてこれといった大きな病気はありません。転んだことをきっかけに杖を勧められて使うようになりましたが、足腰は丈夫です。

ですからその右手に持った補助的な杖は、別の用途で使うことがあります。道端で弱った子猫を狙うカラスに向かって杖を振り回して追い払った時は『なんと勇ましい!』で済みましたが、指で示す代わりに杖の先で示してしまうのは困りものです。

外出中に何かの理由で杖を水平に持ち上げて教えてくれることが度々あります。スーパーで店員さんを呼び止めて「これ」とお茶のペットボトルの箱を杖で指し、ショッピングカートに積んでほしいと指示していることもありました。

病院で少し離れたところにスリッパを、杖を使って履きやすい位置に動かしていました。私がたまたま少し離れていたときは慌てて駆け寄り、周りの方々に頭を下げて謝ることになりますが、本人はシャキッと突っ立ったままです。「杖を持ち上げたり、杖で物を指したりしたら、危ないし失礼だからやらないでね。」と何度言ってもやめることはできないようです。

姿勢の良さは羨ましいほどです。父親に厳しく躾けられたと昔から誇らしそうに語っていた通り、今でも背筋はまっすぐ伸びています。最近特に慎重にゆっくりと歩きますので、胸を張ったその姿は悠然として貫録があります。

病院の待合室でもソファーにもたれかかることはなく、背筋を伸ばして顎を引き、手は膝の上に置いて凛として周りを見回しています。これなら杖は要らないんじゃないか(だって立ったまま「ヨイショ」と声を出して見事にズボンを履いていますし)と私なんかは思うのですが、「転ぶといけないから要る」と本人は頑なです。はいはい、どうぞ使ってください。

◆『してやったり』の目つきも口調も昔と一緒

性格としては、昔から誰にでも平気で話しかけるタイプでした。ベビーカーに座った赤ちゃんを見ると「あら、可愛い」と声を掛けますし、軒下で雨宿りをしている親子を車に乗せて家まで送ってあげたのは30年ほど前のことです。そして……犬のリードを外して散歩をさせている飼い主さん、橋の上で鳩に餌をあげているおじさん、駅の階段でしゃがみこんでいる高校生の集団、電車の中で足を広げてふんぞり返っている若いサラリーマン……などなど、見逃すことは決してありません。いつか反撃されるのではないかと家族はひやひやしていたものです。

そんなアグレッシブを絵にかいたような民江さんが、要介護1の認定を受け、身の回りのことが出来なくなり、自分から何か出来事を話してくれることがなくなってきたこの頃、急に思い出したように言いました。

「電車でね、若い男が足を広げて座ってるから注意してやったわ。」「えっ、いつ?」「昨日かなぁ、その前かなぁ」と。確かに二日前に久し振りに電車に乗って一人でお昼ご飯を食べに出かけています。急に昔のことが蘇ってきただけか単なる幻覚かとも考えられますが、この表情を見る限り、これは実際に今回起きたことなのではないか、目に飛び込んできたものが脳を叩き起こしたのではないかと感じました。

この『してやったり』の目つきも口調も昔と一緒です。89歳の杖をついた白髪のお婆さんが若者を叱りつけている姿を思い浮かべて、私は生まれて初めて心配よりも誇らしい気持ちが勝った瞬間でした。

認知症だからといって人間性まで変わることはないのでしょう。歳を重ねて我が強くなり家族は困ることがありますし、ぼんやりしているので一見弱々しくて心配になることもありますが、民江さんの個性は健在です。安心しました。いつまでも民江さんらしくいてください。病院の帰り道、今日も民江さんは後部座席からマナーの悪い運転手を狙ってるかと思うと面白くなりました。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
89歳の母を持つ地方在住の50代主婦。数年前から母親の異変に気付く

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平均寿命が延び、高齢の親御さんやご親戚家族の健康について、悩みを抱える方が多いのではないでしょうか。私自身、予期もせず元気で健康、快活だった母の言動に異変を感じたのは数年前のことでした。そして以降だんだんと認知症の症状が見受けられるようになりました。今も独り暮らしを続ける89歳の母、民江さん。母にまつわる様々な出来事と娘の思いを一人語りでお伝えしてゆきます。同じような困難を抱えている方々に伝わりますように。

◆一つ目の壁 お医者さんに診てもらう

一昨年、87歳だった民江さんの異変に気付いて真っ先に思ったのは、「一度専門のお医者さんに診てもらわなくちゃ」ということでした。けれども、問題はどうやって言い含めて連れて行くかです。自分がボケてるなんて全く思っていないプライドの高い民江さんをどんな言葉で説得しよう……当時私はそればかり考えていました。

かかりつけのお医者様にお願いしておいて、先生から本人に話してもらったという人の話を聞きましたが、民江さんにそんな主治医はいません。本人から「心配だから医者に連れて行ってほしい」と頼まれたという人の話も聞きました。その人は自分より母親が先に気が付いたことをとても悔やんでいらっしゃいました。もちろん民江さんにそれは望めません。かわいい孫から言わせた、そんな話も聞きました。さて、何と切り出しましょう。

少し機嫌の良さそうな日、「ねぇ、お母さん。お母さんは若い頃、めまいがして脳のCT撮ったことあったけど、最近は検査してないよね。年齢も年齢だし、一度検査してもらわない?物忘れも時々あるでしょ、それもお薬でよくなるかもしれないらしいよ。ね。」

反応を見ながらゆっくり聞いてみました。すると「そうね、なっちゃんが連れて行ってくれる?」あっさりオッケーの返事がきました。すかさず「じゃあ、伯母さんの通っていた病院に予約を入れておくね。」と言いました。病院が済んだらそのままフランス料理のお店に行き、姉と三人で久し振りのランチまでセッティングして備えていたのに、そんな鼻先に人参のような小細工は必要ありませんでした。

◆二つ目の壁 デイサービスへ行かせたい

こうして無事に認知症専門のクリニックで診ていただき、ついでにフレンチも美味しくいただき、一つ目の壁を越えることができました。今からちょうど一年半前のことです。

2か月ぐらい経った頃、次に私はデイサービスへ行かせたいと考えました。認知症の薬というのは、進行が遅くなるのに僅かでも役立てばいいという程度で、実はあまり当てにはしていません。それよりも、自由気ままに一人で過ごしていることが悪い方に作用しているのではないかと思い、人と接して話をしたり考えたりする機会を増やし、刺激を受けることが大切なのではないかと思ったからです。

以前にも何度か勧めてみましたが、その時は馬鹿にして全く聞き入れてくれませんでしたので、これをまた説得するのは私にとって高い壁です。数年前にハイキングで転倒し腰椎圧迫骨折をした時でも、せっかく頼んだヘルパーさんをたった三回で勝手に自分から断った実績があります。ヘルパーさんに対する文句ばかり聞かされたことを思い出しました。

ところが、その二つ目の壁も案外簡単に超えることができたのです。民江さん自身の口から「デイサービスに行こうかな。」と言ってきました。驚いて聞き返したことを覚えています。

理由を聞いてみると、「○○ちゃんも行ってるらしいから」と。その方は小学生の頃からの友達で元開業医、とても知的な方です。だんだん同級生が減っていく中で、たまに電話でお喋りをしたり一緒に映画に行ったりお食事をしたりできる数少ない友達のお一人でした。おかげで民江さんは自分から行ってみようという気になってくれたのです。早速ケアマネージャーさんに手配をしてもらい、お試しに行きました。するとどうでしょう、大変気に入った様子で翌週から週に三回デイサービスに行くことになり、現在は週に五回も通っています。

受診もデイサービスも私が心配していたよりも案外と壁は低かったのです。二つ目に関しては低いというより壁などなかったということでしょう。不思議な感じです。でもこれが老いというものなのかもしれません。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
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◆朝の電話

今日は、民江さん89歳にまつわる切ない気持ちを聞いてください。

10年以上前から私は、民江さんに朝電話をかけて、声で体調を確認したり、その日の予定を聞くことが日課になっています。けれどその日は民江さんから電話が掛かってきました。「なっちゃん、トイレが流れない!」「流れない? 詰まったの?」「流れないの!」「何か詰まったのね?」「知らない!」 事件が起こった時は、だいたいこんな調子で始まります。私も出かける時間が迫っているので声が大きくなりますが、冷静に冷静に。

まず民江さんを落ち着かせてから、便器から汚水が溢れたのかどうかを聞き出し、その状態に応じて対処しなければいけません。携帯電話を持ったままトイレに行き、トイレの中には足を入れず、覗き込んで今の様子を伝えるように一言ずつゆっくりと電話越しに指示を出します。

興奮すると電話が切れるので、何度も掛け直さなくてはなりません。現状を把握するまでに長い時間とたくさんのエネルギーを消耗するのは毎度のことです。やっと何かの原因で排水管が詰まり、便器からマットがびしょ濡れになる程の水が溢れ、代わりに風呂場で用を足していることがわかりました。

さあ、どうしましょう。今日は大好きなデイサービスに行く日ですし、私は午後しか行くことができません。結局マンションの管理会社にお任せして、無事に詰まりは解消しました。民江さんも少し時間をずらしてデイサービスに行くことができました。皆さんに感謝です。

◆夕方の電話

しかし夕方です。また民江さんからハアハア言いながら電話が掛かってきました。「ベランダに干しておいた私の大切なピエールカルダンのトイレマットが見つからない!」と言うのです。あらら、大切なものだったのね……。実は、民江さんの留守中に掃除と消毒に行った私は、ベランダに干してあったベトベトのマットをゴミ袋に入れて持ち帰り、捨ててしまったのです(!)

民江さんの話は続きます。「マンションの周りを一回りして探したけど落ちてないの。マンションの管理会社に電話したらすぐ来てくれてね、私がご近所一軒一軒聞いて回るわけにいかないと言ったら、見つかったら連絡をくれるって」「だって私が一軒一軒……」

興奮状態の民江さんの口からは、荒い息と一緒に次々と言葉が出てきます。捨てたことを言えなくなってしまった私は、「10階だからね、洗濯バサミで止めていないマットが飛んで行っちゃっても仕方ないよ」と言いましたが、民江さんの気持ちはおさまりません。

一旦こんな状態に陥ると、しばらく5分10分刻みで電話が鳴るので、できる限りお付き合いすることになります。幸いこの日は姉の「古かったからちょうどよかったじゃない」の一言で早々に鎮まり、民江さんは眠りについたようです。翌日、私は新しいマットをトイレにこっそり置いてきました。できればマットがなくなったことは忘れてほしいと願いながら。

管理会社の方のお話から推測すると、今回は尿パッドを流したようです。トイレットペーパー以外の物を絶対に流してはいけないと繰り返し言ってきたのにです。果たしてこの一件で、マットがなくなってしまったことよりも、そちらが重要だということが脳にインプットされたでしょうか。なるべく優しく「うっかり落としてしまったのなら、これからは絶対に気を付けてね」と何度も言っておきましたが、どうでしょう。嫌がられても毎日言い続けていれば、覚えてくれるでしょうか。

◆辛いですか。辛いでしょうね。

民江さんの家の中には、私の書いた張り紙が幾つかあります。ゴミの捨て方やデイサービスから持ち帰った下着の置き場所についてのお願いが大きな文字で張り付けてあります。しかしそれらの張り紙に何の効力もないことを思い起こしながら、あらためて民江さんが一人で生活をすることの難しさを痛感しました。デイサービスで難読漢字をいくらすらすらと読んでいても、目の前にぶら下がった紙には興味がないのでしょう。

普通にしていたことができなくなった民江さん、辛いですか。辛いでしょうね。娘に毎度世話を焼かれたくないでしょうね。明日も私は箪笥や部屋のあちらこちらから脱いだ下着を探して持ち帰りますね。

▼赤木 夏(あかぎ・なつ)
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