2019年・私の総括 滋賀医大病院に抗い続けた患者会活動が孕む「希望の革命」

2014年から、大晦日の本通信を担当させていただいている。2014年を除けば、いずれの年も、けっして明るく楽しい結びの文章を書くことができていない。社会に向かいあう、わたしの基本姿勢を維持して、正直な感想や一年の総括を述べるとすれば、2014年から今年にかけて、大局において好ましい変化や予兆などはない。

ただし、昨年から取材をはじめた滋賀医大病院問題では、病院を相手とした市民運動史上、まちがいなく歴史的な場面になんども直面させていただいた。

JR草津駅前広場を埋め尽くした患者会のメンバー
宮内さんは待機患者の苦悩を訴えた

「岡本圭生医師に治療を受けた」この一点しか共通項のない方々が、滋賀医大病院前で毎週抗議のスタンディングを行い、草津市内では2度にわたるデモ行進も敢行した。参加者は北海道から沖縄まで、みなさん交通費、宿泊費自腹でデモのためだけに集結された。

この運動には、既成の政治勢力が一切かかわりを持たなかったことも、爽やかさを維持できた一因であろう。デモ行進でシュプレヒコールを上げる役割のかたも、参加者の9割5分以上もデモは初参加の方であった。

何十人もの患者さんに経験談を伺った。岡本医師に治療を受けた患者さんは、取り戻した健康を享受して、穏やかな日々を送っていればよさそうなものの、多くの方はその選択肢を捨てた。署名集め、チラシ配り、デモ、集会参加、裁判傍聴などそれぞれのメンバーが参加可能な方法で、「岡本医師の治療継続」を求める行動に参加した。

目立つメッセージを工夫して集会に参加したメンバー
デモ出発前、決意が眼光に現れる

「私たちは治療を受けて快適に生活できています。でも岡本先生にお会いするまでは、不安で不安で生きた心地がしませんでした」

同様のコメントを異口同音に何人もの方々から伺った。岡本医師の治療でなくとも命に別条のない患者さんもいたが、高リスク前立腺癌の患者さんのなかには、岡本医師でなければ完治が見込めない患者さんも多数含まれていた。前立腺癌には多くの場合自覚症状がない。自覚症状を感じたときには周辺臓器や骨への転移が進んでいるケースが多いそうだ。だから前立腺癌は怖いのだ。自覚症状なしに進行し、ある日検査を受けたら、いきなり「癌」の告知を受ける。

そんな経験をして、しかし、わずか3泊4日の入院で主たる治療が終了し、「癌」の恐怖から解放された経験を皆さん、本当にきれいな目で語ってくださった。職業も年齢も、収入も居住地も異なるひとびとが、「自分が受けられた、岡本医師の治療を無くしてはならない」のただ一点で終結し、厚労省へ迫り、2万8千筆の署名を集め、治療を待っている患者さんのために行動する姿は、完全に「無私」で貫かれていた。

滋賀医大病院前抗議活動で初夏の風を受けたのぼり
患者会での「頑張ろう!」
「命を守るぞ!」

せっかく定年退職されたのに、現役中のように実務をこなすひとの姿、毎週始発電車に乗り遠路滋賀医大の正門に向かうひと、滋賀医大関係者が多く居住する地域に、くまなく問題を指摘したビラを配布するひと……。

岡本医師は滋賀医大(病院)から「本年5月末で治療を打ち切れ」と迫られていたが、雇用期間は12月末まで残っていた。6月から12月まで無為に過ごすことはない、手術を行っても経過観察期間は1月もあれば充分だ(病院側は経過観察期間が6月必要だと主張していた)。

治療を待っている患者さんたちをどうする? 弁護団と患者さん、岡本医師が協議し、大津地裁に「病院による治療妨害禁止」の決定を求める仮処分の申し立てをおこなった。

厚労省への申し入れ。短期間で患者会が集めた「岡本医師治療継続」を求める署名は2万8千筆にもなった

2019年5月20日、日本の司法界と医療界は歴史的な日を迎える。

大津地裁は岡本医師の主張を全面的に認め(病院の主張を全面的に却下し)11月26日まで岡本医師の治療延長を認め、「病院による岡本医師の治療妨害禁止」を内容とする決定を下したのだ。5月20日の決定により、本来であれば岡本医師の治療を受けることができなかった、52名もの患者さんが治療を受けることができた。

岡本医師は本日をもって滋賀医大病院との雇用契約が終了した。しかし、岡本医師と患者会の皆さんの壮絶な闘いは、勝利だった。

4名の患者さんが河内明宏・成田充弘両医師を相手取り「説明義務違反」による損害賠償を求めた裁判をわたしは、昨年の第一回期日からすべて傍聴してきた。争いの「正邪」は裁判の進行にしたがい、さらに明確化した。

5月20日仮処分決定が出された大津地裁前
JR草津駅前でのデモ行進は2回敢行された
病院からの通報で到着したパトカー

滋賀医大は学長・病院長を筆頭に組織ぐるみで、岡本医師排除のためには「公文書偽造・行使」、「患者カルテの不正閲覧」、「カルテ不正閲覧正当化のために岡本医師によるインシデントのでっちあげ」と次々に信じられない行為を連発した。

「患者のくせに」、「どうせ患者」という言葉を平気で使う関係者は、患者さんを完全に見くびっていた。まさか毎週病院前で抗議行動が恒例化するとは思いもよらなかったに違いない。

最初のうち滋賀医大病院は、毎回のように(あたかも被害者であるかのように)警察に連絡し幾度かパトカーがやってきたが、患者会の皆さんは「道路使用許可」をしっかりとっていた。市民運動の経験がまったくない皆さんがである。

警察への対応もそつのない、患者会メンバー
雨の日も猛暑の日も、毎週滋賀医大前では抗議活動が続けられた

もちろん、今後、岡本医師が治療をどこで続けるのか、続けられるのかという最大の懸念はまだ解決はしていない。しかし、岡本医師は17日裁判後の記者会見で断言した。

「この闘いは、医療を市民の手に取り戻すことができるかどうか、いわば革命です。若手や学生がモノがいえないようないまの滋賀医大の体質は変えなければならない。そのためにメディアの方々も是非しっかり取材していただきたいと思います。私も滋賀の田舎に引っ込んで隠居するのではなく、一日も早く患者さんを治療できるよう、来年も頑張りますからご支援よろしくお願いいたします」

まだ物語は終わっていない。現在進行形のドキュメンタリーは再び岡本医師が手術室で患者治療に向き合う日が再来するまで完結しない。

岡本圭生医師。大津地裁前にて
井戸謙一弁護団長

今日、大きな力を前にしてそれを覆す、ダイナミックなストーリーは物語の中にだけ封じ込められている感がある。だからこんなにも時代は息苦しいのだ。しかし、岡本医師と患者会の行動は「革命」を予感させる。

忘れてはならない。この問題は、フリージャーナリストの先輩である、山口正紀さんが、最初に患者さんの相談を受けたところからはじまっていることだ。山口さんは、この問題にかかわっているあいだに、ご自身も肺がんに罹患され、闘病しながらいまだに取材を続けていただいている。黒藪哲哉さんにも協力をお願いしたところ御快諾頂き、きめ細やかな取材の結晶として、緑風出版社から『名医の追放』を出版していただいた。わたしがお願いしたわけではないが、MBS(毎日放送)は1時間にも及ぶドキュメンタリー『閉じた病棟』を放送していただいた。

患者会のメンバー、弁護団、取材にかかわる組織メディアのメンバーや、われわれフリーのライター。滋賀医大問題で顔をあわせるひとびとはみな個性豊かだ。この多様性が、大きな相手に対する闘いを可能にせしめたのだろう。

来年も遅れることなく取材を続けたい。「革命」の萌芽を取材し、可能であれば私も参加したい。

本年もデジタル鹿砦社通信を、ご愛読いただきまして誠にありがとうございました。皆様にとって来る年が幸多き1年となりますよう祈念いたします。そして来年も鹿砦社ならびにデジタル鹿砦社通信をよろしくお願いいたします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

《2019年回顧・冤罪》冤罪を疑う声が多い「あの事件」の上告審が異例の長期化

筆者が当欄で取材結果を報告してきた様々な冤罪事件のうち、いくつかの事件で今年は大きな出来事があった。一年の最後に、それをここに回顧する。

◆湖東記念病院事件で事実上、再審無罪が確定

西山さんの再審が行われる大津地裁

当欄で繰り返し取り上げてきた湖東記念病院事件では、懲役12年の判決が確定し、服役した元看護助手・西山美香さんの再審開始が3月に最高裁で確定、さらに10月、検察が再審で有罪を立証しないことを弁護側に書面で通告した。これにより、無実を訴えていた西山さんが再審で無罪を受けることが確定的となった。

この事件について、当欄で初めて記事を書いたのはいつだったかと思い、検索してみたら、2012年10月8日に「刑事への好意につけこまれた女性冤罪被害者が2度目の再審請求」という記事を書いたのが最初だった。感覚的にはそんなに昔のことだと思っていなかったので、あれからもう7年になるのかと軽く驚いた。西山さんや家族、弁護団、支援者ら関係者の方々にとっては長い戦いだったはずで、苦労が報われて本当に良かったと思う。

事件の詳細については、もう何度も書いていることなので、改めて振り返らないが、1つ指摘しておかないといけないことがある。西山さんを虚偽自白に追い込み、この冤罪を作った最大の加害者である滋賀県警の山本誠刑事が現在、長浜署の刑事課長(階級は警部)にまで出世していることだ。これほど酷い冤罪を作った人物が何の責任もとらずに済むのでは、滋賀県警は県民から「冤罪を軽く考えている」と思われても仕方ないだろう。

◆無罪判決を破棄された米子ラブホテル支配人殺害事件で裁判員裁判がやり直しに

石田さんの差し戻し控訴審が行われた広島高裁

控訴審で逆転無罪判決を受けた石田美実さんが最高裁で無罪判決を破棄され、控訴審に差し戻しになった米子ラブホテル支配人殺害事件では、今年1月、広島高裁の差し戻し控訴審で一審の有罪判決が破棄され、鳥取地裁で裁判員裁判をやり直すことになるという異例の事態となった。

鳥取地裁で最初に裁判員裁判が行われたのは2016年の6、7月のことだ。それから3年を超す年月が流れ、再びイチから裁判をやることになった石田さんは、現在、鳥取刑務所に勾留されている。一度は無罪判決を受けた男性がこれほど長く被告人という立場に置かれ続け、有罪判決を受けたわけでもないのに獄中で拘束されているのだから、冤罪か否かという話を脇に置いたとしても、理不尽な印象は否めない。

この事件も何度も当欄で取り上げたので、今回は事件の内容については触れないが、関係者の情報によると、裁判員裁判は来年5月に始まることが決まっているそうだ。何か大きな動きがあれば、今後も当欄で報告したい。

◆最高裁で行われている今市事件の上告審が長期化

勝又さんの上告審が行われている最高裁

筆者が取材している様々な冤罪事件のうち、多くの事件は世間の人たちから冤罪だと気づかれていない。そんな中、裁判では一、二審共に有罪判決が出ながら、世間的にも冤罪を疑う声が非常に多いのが今市事件だ。この事件も当欄で何度も取り上げたので、今回は事件の内容には触れないが、実は被告人・勝又拓哉さんの裁判で今後、大きな動きがあるのではないかと筆者はにらんでいる。

その理由は、控訴審判決が昨年8月に出て以来、すでに1年4カ月余りの年月が過ぎているに、まだ最高裁の上告審が続いていることだ。最高裁は審理を書面のみで行い、公判を開かないため、裁判の進行状況がわかりにくい。しかし、現在は裁判が迅速化しており、控訴審で無期懲役判決が出ているような重大事件でも、被告人の上告が半年もしないうちに棄却されるようなケースが多い。つまり、今市事件に関する最高裁の審理は長期化しており、これはすなわち、少なくとも最高裁から簡単には上告を棄却できない事件だと受け止められているということだ。

最高裁の審理が長期化した冤罪事件と言えば、筆者は以前、当欄で次のような記事を書いたことがある。

前回五輪の年から冤罪を訴える広島元放送局アナ 最高裁審理が異例の長期化!

この広島元放送局アナ窃盗冤罪事件では、最終的に被告人の煙石博さんが最高裁で起死回生の逆転無罪判決を受けたということは周知の通りだ。今後、今市事件でも勝又さんに同様の吉報がもたらされるのではないかと筆者は感じ始めている。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著に「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―」(KATAOKA)、原作コミックに「マンガ『獄中面会物語』」(笠倉出版社)。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

半年空いたNKB、ジャパンシフトランド杯59kg級トーナメント開幕!

日本キックボクシング連盟設立35周年、渡辺ジム設立50周年となる今年、台風による試合中止は初めてだったと言う渡辺代表理事。多くの関係者が初めての経験だったかもしれない。

2月28日、準決勝戦で対戦が決まったコッチャサーンvs 高橋亮

その開催中止となった10月12日、PRIMA GOLD杯ミドル級決勝戦は忘れた頃にやって来るほど期間が空いてしまい、来年2月8日(土)に延期となった。

2ヶ月毎の興行で、6月15日が準決勝で清水武と田村聖が勝ち上がり、8月興行が無いから台風の影響で10月興行が消えると今回は半年振りの興行となってしまった。

10月対戦カードの消化の為、その後の興行にズレ込むカードもあるが、12月14日は当初の予定どおりジャパンシフトランド杯59kg級トーナメントが開幕。こういうトーナメントは2ヶ月以内のペースでやらないと熱が冷めてしまうだろう。

もう一つの準決勝は村田裕俊vs遠藤駿平となった

この日の準々決勝となる4試合で高橋亮vs コッチャサーン、村田裕俊vs 遠藤駿平戦が決定。2月8日にこの2試合の準決勝が行なわれる。

このトーナメントを最後に引退を宣言していた村田裕俊とテープジュンは、敗れたテープジュンが簡潔ながら引退セレモニーが行なわれた。

多くの応援者に感謝を述べテンカウントゴングに送られた。生き残った村田裕俊は準決勝戦で終わるか、決勝まで残って有終の美を飾れるか。

◎出陣シリーズFINAL / 12月14日(土)後楽園ホール17:15~21:00
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

◆第13試合 ジャパンシフトランド杯59kg級トーナメント初戦(準々決勝)3回戦

村田裕俊の相打ち気味の右ジャブから次のパンチを狙う

MA日本スーパーフェザー級1位.テープジュン・サイチャーン(ReBORN経堂/58.7kg)
    vs
NKBフェザー級2位.村田裕俊(八王子FSG/59.0kg)
勝者:村田裕俊 / 判定0-3 / 主審:前田仁
副審:仲28-30. 佐藤友章28-30. 亀川27-30.

長身から来る手足の長さ、離れてストレート、前蹴りやハイキック、接近戦でヒジ打ちやヒザ蹴りと距離に応じた技が上手い村田。

テープジュンもパンチやローキック主体に多彩に攻めながらも有効打では村田が優っている中、その差は縮まらず、村田が判定勝利した。

右ジャブから左ストレートを打った村田裕俊
村田裕俊の左ミドルキック、距離の取り方が上手い
村田裕俊の左ストレート、テープジュンは攻め倦む
村田裕俊に敗れたテープジュン、非情にも即引退式となった

◆第12試合 ジャパンシフトランド杯59kg級トーナメント初戦(準々決勝)3回戦

NKBフェザー級チャンピオン.髙橋亮(真門/58.9kg)
     vs
J-NETWORKフェザー級チャンピオン.一仁(真樹AICHI/59.0kg)
勝者:髙橋亮 / 判定3-0 / 主審:鈴木義和
副審:川上30-27. 佐藤友章30-27. 前田30-27.

初回、ローキック主体の蹴り合いから高橋亮の蹴り技の先手を打ったり、素早く蹴り返したり上手さが目立つが、一仁は見劣りしない蹴り返しで出る中、高橋は一仁の前進を迎え打ち、左ストレートでノックダウンを奪う。一仁は巻き返しに前進を強めるが高橋はハイキックのヒットが目立ち、終盤はやや攻め倦んだが、順当に判定勝利を収めた。

高橋亮の迎え撃った左ストレートが一仁にヒット
高橋亮の左ストレートで肩透かしを食ったように倒れ込んだ一仁
高い蹴りでは高橋亮が幾度かヒット、優勢を譲らなかった
高橋亮の右ジャブが一仁にヒット

◆第11試合 ジャパンシフトランド杯59kg級トーナメント初戦(準々決勝)3回戦

遠藤駿平の左ストレートで新人がノックダウンとなった

MA日本ライト級チャンピオン.遠藤駿平(WSR・F三ノ輪/59.0kg)
    vs
WBC・M日本フェザー級1位.新人(=あらと/E.S.G/58.9kg)
勝者:遠藤駿平 / 判定3-0 / 主審:亀川明史
副審:鈴木30-28. 佐藤友章30-27. 前田30-27.

新人の蹴りに合わせてパンチへ繋ぐのが上手い遠藤駿平。第3ラウンドには遠藤の左ストレートで新人がノックダウンを喫する。

より蹴りが少なくなってしまう新人。遠藤が勢いづいたまま判定勝利。

蹴りの勢いが増した遠藤駿平、新人は蹴りが少なくなる
遠藤駿平の右ハイキックが新人の唇をかすめる

◆第10試合 ジャパンシフトランド杯59kg級トーナメント初戦(準々決勝)3回戦

藤野伸哉の後ろ蹴りがコッチャサーンにヒット、大技では優る

WMC日本スーパーフェザー級2位.藤野伸哉(RIKIX/58.7kg)
    vs
コッチャサーン・ワイズディー(元・ルンピニー系SB級7位/Y’ZD/58.45kg)
勝者:コッチャサーン / 引分け三者三様 延長ラウンド1-2 / 主審:仲俊光
副審:鈴木29-28(10-9). 亀川30-30(9-10). 前田28-30(9-10).

我武者羅に出る藤野のパンチやローキックがインパクトを与えるが、コッチャサーンのムエタイ特有の蹴りと試合運びが地味にも光る。藤野は後ろ蹴りもヒットさせるが、コッチャサーンはヒジ打ちで小さいながら藤野の眉間をカット、更に首相撲からヒザ蹴りや、何度も藤野を崩し転ばせた。

派手な藤野のヒットと地味ながらコッチャサーンの重いヒットは三者三様に分かれ、延長ラウンドも差が出難いながらも要所要所でインパクトを与えるコッチャサーンが勝ち得た形。

このジャパンシフトランド杯トーナメントに於いて、引分けの場合は延長戦を含む勝者が決定するものと発表されています。

蹴り技ではコッチャサーンが優る
コッチャサーンのしなりあるハイキック

◆第9試合 66.0kg契約3回戦

北川”ハチマキ”和裕(PHOENIX/65.95kg)vs JKAウェルター級3位.隆政(治政館/65.2kg)
勝者:隆政 / TKO 1R 0:32 / 北川の右足の負傷、カウント中のレフェリーストップ
主審:佐藤友章

開始早々の軽い蹴り合いから北川が足を引き摺り倒れ込んでしまう。蹴り合ったダメージではなく、アクシデント的負傷した様子で立ち上がろうにも足に力が入らずまた倒れ込み、ノックダウンを宣せられ、レフェリーに止められてしまった。

骨折は無く、ふくらはぎに激痛が走ったという。リング上より控室に戻ってからの方が痛さが増したようだった。肉離れか筋が断裂したか。減量によるものか、練習からくる筋肉披露の影響だろうか。

◆第8試合 ライト級3回戦

NKBライト級5位.パントリー杉並(杉並/60.9kg)vs 川畑RYU直輝(NK/60.45kg)
勝者:川畑RYU直輝 / TKO 1R 0:55 / カウント中のレフェリーストップ
主審:川上伸

交流戦で他団体にも出場することも増えたパントリー杉並。このところはKO負けも増えた感があるが、この日も打ち合いから右ストレートで仕留められてしまった。

◆第7試合 ウェルター級3回戦

NKBウェルター級4位.蛇鬼将矢(テツ/66.6kg)vs 宮城寛克(赤雲會/66.68kg)
勝者:蛇鬼将矢 / 判定3-0 / 主審:鈴木義和
副審:亀川29-27. 佐藤友章29-28. 前田29-28.

◆第6試合 68.0kg契約3回戦 

雑賀弘樹(NEXT LEVEL渋谷/68.0kg)
    vs
YASU(NK/67.3kg)
勝者:雑賀弘樹 / TKO 2R 2:35 / カウント中のレフェリーストップ
主審:佐藤彰彦

◆第5試合 58.5kg契約3回戦

山本太一(ケーアクティブ /58.3kg)vs 渉生(アント/58.5kg)
勝者:渉生 / KO 2R 1:47 / 3ノックダウン
主審:亀川明史

◆第4試合 フェザー級3回戦

隼斗(テツ/57.0kg)vs 勇志(真門/56.4kg)
勝者:勇志 / 判定0-3 / 主審:佐藤彰彦
副審:佐藤友章27-30. 前田29-30. 川上28-30.

◆第3試合 バンタム級3回戦

古瀬翔(ケーアクティブ /53.52kg)vs 大崎草志(Struggle/53.4kg)
勝者:古瀬翔 / 判定2-1 / 主審:亀川明史
副審:鈴木30-29. 前田29-30. 佐藤彰彦30-28.

◆第2試合 バンタム級3回戦

裕亮(KSK/53.3kg)vs 剣汰(アウルスポーツ /53.52kg)
勝者:裕亮 / TKO 1R 1:05 / アクシデント的負傷ダウン、カウント中のレフェリーストップ
主審:佐藤友章

◆第1試合 フライ級3回戦

會町Tetsu(テツ/50.5kg)vs 小野拳大(KICK BOX/50.45kg)
勝者:會町Tetsu / 判定3-0 / 主審:前田仁
副審:川上30-28. 佐藤友章30-28. 鈴木30-29.

《取材戦記》

第2試合で、組み合った形で倒れ込んだ両者、剣汰は立ち上がろうにも、パンチを食らって効いたかのようにフラついて、意識があるのに立ち上がれない。首辺りを押さえていたが、倒れた際に首筋を痛めたか、中枢神経に衝撃が起こったか。これをレフェリーはノックダウン裁定でカウントを始め、起き上がれぬ様子を見て試合を終了させた。

もつれて倒れたダメージで立ち上がれない剣汰、カウントされTKO負けとなる

第9試合も北川”ハチマキ”和裕が右足を負傷したようで、何もしないまま倒れ込んでしまった。立ち上がろうにもすぐ崩れ落ち、これもレフェリーがノックダウン裁定でカウントを始めた。いずれも佐藤友章レフェリーが裁いた試合だった。

選手の異常事態を保護せずカウントすることに異議を唱える声もあるようだが、競技としてレフェリーはあらゆる事態を想定して裁かなければならない立場にある。選手が身体の異変を訴えると、レフェリーが「えっ、どうしたの?」と真に受けて聞いてしまうレフェリーが多いことに気付く。それは有効打によるダメージを回復する為に時間稼ぎしていている場合も有り得るので、その事態を読まなければならない。

北川“ハチマキ”和裕もふくらはぎの断裂で立ち上がれなかった

逆に、真剣に異常事態を訴える選手がいるのも事実。まあこの場合がほとんどだが、昔は立嶋篤史がタイ選手の蹴りを受けた際、ノーファールカップの紐が切れて、「これが証拠だ!」と言わんばかりに強引にカップをトランクスから引っ張り出したことがあった。

ただ訴えるだけでは単なる遅延行為と見なされ、そのまま続行せざるを得ない場合もあるからだった。レフェリーは選手の状態を見抜けない場合も多いが、正しく裁いて当たり前、間違えれば非難され、迅速適切に対処しなければならない難しい役割を担っている辛い立場でもあります。

2020年、NKB認定の日本キックボクシング連盟興行は「交戦シリーズ」として2月8日(土)をはじめ、大阪を含む6度の興行が予定されています。

4月11日(土)後楽園ホール
4月26日(日)大阪城東区民センター(NK、テツジム主催)
6月20日(土)後楽園ホール
10月10日(土)後楽園ホール
12月12日(土)後楽園ホール

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

一水会代表 木村三浩 編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』
上條英男『BOSS 一匹狼マネージャー50年の闘い』。「伝説のマネージャー」だけが知る日本の「音楽」と「芸能界」!

前『週刊金曜日』発行人(社長)の北村肇さんがお亡くなりになりました。  心よりご冥福をお祈り申し上げます 鹿砦社代表 松岡利康

私と同期であり昵懇だった北村肇さんがお亡くなりになりました。北村さんには多くの場面で快くご協力いただき名を出していただきました。最近では『NO NUKES voice』の応援団に名を連ねていただきました。

同期(1970年大学入学)ということで、なぜか気が合い、会うたびに社内問題、とりわけ組合がいくつもあり、会社が危機的状況にあるのに、社内が一つにまとまらないことを嘆いておられました。

同期でありながら、私などよりも遙かに能力も実績もある方でした。

メディアの劣化、腐敗、堕落が進む中で、もっと共に頑張っていきたい方でした。

このところ、私と同年代の方の訃報が続いています。その都度、私も後先長くないことを感じざるをえません。

北村さんは、『サンデー毎日』編集長の時、「芸能界のドン」といわれマスコミ・タブーとなっている「バーニング・プロ」代表の周防郁雄追及連載が有名ですが、これをはじめ多くの力作があります。それに比べ、私は大した仕事はしていません。

心より北村肇さんのご冥福をお祈り申し上げます。合掌

2017年8月頃の北村さん。田所敏夫撮影

◇     ◇     ◇     ◇

弊社前代表取締役社長 北村肇氏 の訃報について

2019年12月27日3:24PM 金曜日のサイトより転載 

株式会社金曜日 前代表取締役社長 北村 肇氏はかねて病気療養中のところ、12月23日(月)午後8時5分に埼玉県内の病院で永眠しました。67歳でした。

ここに生前のご厚誼に深謝いたすとともに、謹んでご通知申し上げます。

通夜並びに告別式は亡くなられた本人のご意向により近親者のみで執り行いました。

※ご香典・ご供花・ご供物の儀は固くご辞退申しあげます。

【故人】北村 肇(きたむら・はじめ)

【経歴】
2004年2月 株式会社金曜日 取締役 『週刊金曜日』編集長

2010年9月 株式会社金曜日 代表取締役社長 『週刊金曜日』発行人

2018年9月 退任

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福島「聖火リレー」予定コースを辿ってわかった2020年「復興五輪」の欺瞞 『NO NUKES voice』ルポ〈10〉尾崎美代子

◆復興の「光」ばかりが強調されたリレーコース

浪江町で進む「イノベーション・コースト構想」の工場

東京オリンピック.パラリンピックまで100日となった12月17日、福島県内の聖火リレーの詳細ルートが発表された。3月26日、福島県楢葉町のJヴレッジをスタートし、28日までの3日間で浜通り、中通り、会津地方を回る。

福島県の内堀知事は、聖火リレーで震災と原発事故からの復興の「光と影、両方を発信する」と話していたが、23日の定例記者会見では、記者らから「影」の部分を発信していないのではと疑問の声があがっていた。

確かに、帰還困難区域の多い浜通りコースでは、国主導の「イノベーション.コースト構想」が進む浪江町の「福島ロボットテストフィールド」や「福島水素エネルギー研究フィールド」、大熊町大川原地区の「東電ヒルズ」と呼ばれる豪華な東電社員寮・食堂、そして今春開庁した役場など、4月に現地を訪れた際、「走るならばここだろう」と直感した場所ばかりだ。

「光」ばかりで、「影」などどこにも見当たらない。しかも0.6キロ~1キロの短いコースが多く、細かくぶつ切りした復興の「光」を無理やりつなげたとの感じが否めない。

浪江町で進む「イノベーション・コースト構想」の工場

◆福島復興のために無理やり解除される双葉町

6月に発表されたルートの概要では、原発事故で避難指示が出た11市町村をすべて走る予定になっていた。ただし、全町避難が続く双葉町については、来春までに一部解除が決まればルートに加えるとの方向で検討が進んでいたが、どうしてもコースに入れたい国は、町の一部を来春までに解除させようと動きだした。双葉町は、町の96%が人の住めない「帰還困難区域」で、「避難指示解除準備区域」は太平洋岸の4%のみだが、ここは国道6号線や常磐線に接してないため、聖火リレーコースにはなり得ない。

そんななか、JR常盤線が来年3月、現在不通となっている富岡、双葉間を開通させ、全線復旧させるとしたため、国は、双葉駅周辺の約555ヘクタールを「特定復興再生拠点区域」とし、来春3月、先行して避難指示解除することを決めた。実際に戻って住むのは2年後の2022年の春からだが、聖火リレーを通過させるため、無理やり解除するようなものだ。

大熊町のリレーコースに入る大川原地区の「東電ヒルズ」。夜は綺麗にライトアップされる

◆「心斎橋駅~難波駅」、地下鉄ひと駅走る飯舘村のリレーコース

飯舘村深谷地区に建設された村営住宅

リレーは2日目、事故後、全村避難となり、2017年3月末、避難指示が解除された飯舘村を通過する。飯舘村は、福島第一原発から40~50キロ離れ、事故までは原発と無縁の村だった。「丁寧に」や「真心こめて」を意味する「までい」の思いで、独自の村作りを続け、「日本で最も美しい村」連合にも加盟された。そんな村にまで大量の放射能をふらせた過酷な事実を、国と県、東電はなんとしても消したい。そのため躍起になって進めてきたのが、飯舘村の「復興計画」だった。

震災の翌年から始まった「いいたて までいな復興計画」は、2013年、安倍首相が「汚染水はアンダーコントロールしている」と嘘のプレゼンテーションで五輪招致を勝ち取って以降、内容がかわってきた。

飯舘村の面積は、2万2,300ヘクタールある大阪市とほぼ同じ2万3,010ヘクタールで、そこに20の行政区が入っている。当初の計画案では「既存の(帰還困難区域の長泥地区を除く19の)行政区と、避難でできた新たなコミュニティーの両方を支援する」ことを重点施策の一つとしてきたが、その後、「行政区」の文字が消え、代わりに新たな「復興拠点」を決め、そこを集中的に復興させるにかわってきた。復興拠点には「深谷地区」が決まったが、その際行われた住民説明会で、「何言っているんだ。深谷(街道)は地吹雪が凄いじゃないか」とあきれ顔で怒鳴った村民もいたという。

そんな深谷地区が、なぜ復興拠点に選定されたのか? 村の中央部に位置する深谷地区には、福島県の浜通りと中通りを結ぶ県道原町川俣線が通っている。村を通る唯一の幹線道路であり、復興のための資材や人材の流通に欠かせないという利点もあるが、聖火リレーが走るには幹線道路が必要という面もあるのではないか? 当時そう考えた私だが、一方で、そんな安易な理由で、6,000人村民の「復興」が大きく変えられることなどあるだろうかと思い直したが……。

しかし、今回決まったコースをみると「やっぱり」としか思えない。スタート地点の交流センター「ふれ愛館」、ゴールの道の駅「までい館」は、いずれも復興の重要拠点として、それぞれ約11億円、約14億円をかけられて建設されてきた。「までい館」周辺には、村特産の「花き栽培工場」やメガソーラー施設などのハコモノが乱立し、今年4月訪れた際には、村営住宅も建設.整備されていた。

飯舘村の復興計画に参入した大手コンサルタント会社「三菱総合研究所」が、東京の事務所で描いたイラストを、切り取って張り付けたような住宅は、「インスタ映え」はするだろうが、果たして住民の意見を聞いて作られたのだろうか、疑問に思えてならない。

飯舘村の道の駅「までい館」。昼間も来店者はまばら。昼食を食べに来る作業員が多かった

◆知事に代わり、復興の「影」を語る伊藤延由さん

飯舘村の聖火リレーのゴール地点道の駅近くの空間線量(撮影=伊藤延由)

この「ふれ愛館」から「までい館」までのわずか1.2キロのコース、大阪市でいえば心斎橋駅から難波駅間に乱立するハコモノを見て、果たして飯舘村の復興の何がわかるのだろうか? 

飯舘村に復興の「影」はないのか?

避難指示解除後、村に住み、飯舘村の様々な情報をSNSで発信している伊藤延由さんが、内堀知事の語らない復興の「影」を語ってくれた。

村に事故当時6100人いた村民は、12月1日現在で1,400人弱(実際は半数?)しか戻っていない。

伊藤さんが聖火リレーコース上の線量を測定した結果、スタート、ゴール地点の空間線量率は0.1~0.12マイクロシーベルト/hだが、道路わき2~3mでは0.6~1.2マイクロシーベルト/hと非常に高い場所があることがわかった。

更に伊藤さんが2018年、2019年、村内でふきのとうを採取し、その地点の空間線量率と土壌のデータを計測したデータからは、多くの地点が未除染か手抜き除染であることがよくわかっている。

全て莫大な税金をつぎ込み除染した場所だ。そして事故前の村に戻るには300年かかるのだと。

◆ゴール地点の「までい館」は開業から赤字続き これで「復興」?

飯舘村の聖火リレーのゴール地点道の駅近くの空間線量(撮影=伊藤延由)

飯舘村聖火リレーのゴールとなる道の駅までい館は、オープンから2年連続赤字だが、「復興のシンボル」を維持するためにと、村は今年1月、運営会社に3,500万円を追加出資することを決めた。

そもそも「道の駅」とは、その地元でしか採れない、味わえない特産品を並べるのが特徴であると思うが、飯舘村の道の駅で販売する農産品、加工品は、品数が少ないうえ、放射線量を厳しく計測し販売しているとはいえ、未だ空間線量も土壌汚染も高いと知ったならば、買うことをためらう人も多いのではないだろうか。

これは決して「風評被害」や「差別」ではない。私たちは、愛してやまない故郷が、放射能に汚された事実と真正面から向き合わなければならないのだから。住民に無用な被ばくを強いる放射能をなくさない限り、真の「復興」など望めないのだから。
 
それにしても、福島の復興の「光」ばかり、それも将来村の財政を圧迫するようなハコモノばかりを見せられ、国内外のメディアは本当に福島が「復興」したと思うだろうか? 黒いフレコンバックが山積みの仮置き場、荒れ果てた田畑、住む人もなく朽ち果てていく家屋など、復興の「影」の部分を隠したままの聖火リレーが、今後、福島の真の復興をいっそう妨げになることを危惧するばかりだ。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。月刊『紙の爆弾』2020年1月号には「日本の冤罪 和歌山カレー事件 林眞須美を死刑囚に仕立てたのは誰か?」を、『NO NUKES voice』22号には高浜原発現地レポート「関西電力高浜原発マネー還流事件の本質」を寄稿
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58
◎[参考動画]飯舘村深谷地区の道の駅裏に建設・整備された村営住宅(著者ツイッター)

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 尾崎美代子「日本の冤罪 和歌山カレー事件 林眞須美を死刑囚に仕立てたのは誰か?」他
『NO NUKES voice』22号 尾崎美代子の高浜原発現地レポート「関西電力高浜原発マネー還流事件の本質」他
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《2019年回顧・改元》明治政府が突貫工事で生み出した「神と国体」を隠蔽し続ける「国民統合の象徴」という倒錯

2019年は、この国でのみ通用する時間軸(元号)の変更が行われた年であった。元号はときの天皇に付随して変更されるのはご承知のとおりであり、天皇が死去ではなく、生前にその位を息子に譲る現象を、わたしたちは目にすることとなった。


◎[参考動画]新元号「令和」安倍総理が談話発表(ANNnewsCH 2019/04/01)

◆明治政府は突貫工事で天皇という「神」を誕生させた

天皇が実権者として、社会の全面に登場したのは、江戸幕府が終わってからだ。倒幕により新たな国家体を早急に整える必要に迫られた、当時の実力者は、欧州におけるキリスト教支配に着目し、日本にも「神」を誕生させる突貫工事を行う。2000年近くかけて積み上げられて来た「キリスト教支配」を、明治政府は、大日本帝国憲法において、天皇を「神」と位置付けることにより構成しようと目論んだ。乱暴な支配構造建設は思いのほかの速度と、徹底度をもって国の支配軸を形成していった。

江戸時代の庶民にとって、天皇などは日常生活に、まったく関係のない存在であったのに、「立憲君主制」という危険な国家体創造を目指した勢力は、西欧が千年単位の時間をかけ確立した「キリスト教支配」を数十年で完成させてしまう。「神」は抽象的概念だが、国家神道は天皇を現人神に任命することにより、すべての具体的な疑問を封じ込めることに成功する。

◆「神国」の敗戦

しかし、無理は必ず破綻を招く。

「神」の名のもと、ポルトガルやスペインが世界に植民地を広げていった後塵を拝した「神国」=大日本帝国は、朝鮮半島、中国をてはじめに、アジア各国への侵略を画策する。一時は日本の傀儡である満州国をつくりあげ、中国国内が国民党と共産党の内戦状態であったことを奇貨として、「神国」=大日本帝国は、中国大陸を支配する直前まで侵略をすすめた。だが、国際社会は黙っていなかった。

第一次世界大戦以降「中立」を守っていた米国も、中国大陸での大日本帝国の狼藉には、堪忍袋の緒を切らし、石油の対日輸出をストップする。米国による対日石油禁止こそが、真珠湾攻撃(対米開戦)が決定づけられた理由であることはご存じの通りだ。そのごは坂道を転げ落ちるように「大日本帝国」は敗残を続ける。白人支配に楯突いた、アジア人に対して欧米諸国の返礼は、容赦なかった。「100年早いんじゃ!」と言わんばかりに、全国の主要都市が絨毯爆撃を受け、非戦闘員も100万人以上が犠牲になった。


◎[参考動画]Japanese General Chooses Seppuku Over Surrender(Smithsonian Channel)

◆敗戦をいたずらに引き延ばした昭和天皇ヒロヒトの責任

竹槍での本土決戦を叫ぶ、理性を失った「神国」=大日本帝国の天皇ヒロヒトが「敗戦」を受け入れたのは、広島、長崎に原爆が投下がなされたあとだ。大本営内でも1945年の初期には講和を探る動きがあった。

「もうどう考えても勝てない。条件付き敗戦を認めるべきだ」

最後の理性は、しかしながらヒロヒトによって踏みにじられる。1945年年始に敗戦を受け入れていれば、100万人近い空襲の犠牲者の、大部分は難を逃れることができただろう。

敗戦をいたずらに引き延ばしたのは、昭和天皇ヒロヒトの責任だ。もちろん、アジア諸国への侵略も「御稜威」(みいつ)を盾に行われたのだから、その責任がヒロヒトにあることは言を俟たない。

ヒロヒトは敗戦後、GHQ司令官として日本にやってきたマッカーサーにいち早く媚を売りに行き、自身と天皇制の延命に向けて動き出す。ヒロヒトの工作は成功し、統帥権者であったヒロヒトが戦犯として東京裁判で被告にされることはなかった。あるいは日本国憲法施行後も、日本の国民によってヒロヒトが裁かれることはなかった。


◎[参考動画]Japanese Emperor Hirohito’s World War II surrender(New York Daily News)


◎[参考動画]Macarthur’s Welcome (British Pathe)

唯一具体的なヒロヒトに対する、人民からの「オトシマエ」を付けさせようとの行動は、「東アジア反日武装戦線」により、荒川にかかる鉄橋爆破により保養先から帰途にあるヒロヒトを処刑する計画が立てられ、実行寸前まで計画は準備されたが、最後の準備が整わず、荒川鉄橋上でのヒロヒト爆殺計画(虹作戦)は、断念されることになる。

◆神様は責任を取らない

さて、天皇は日本国憲法の第一条から第八条でその地位や、役割が定められている。「国民統合の象徴」が日本国憲法下天皇の法的位置づけである。「国民統合の象徴?」1億2千万人の個性を誰かひとりの人間が「象徴」することなどできるのか? わたしのような、はずれものから、勤勉な労働者、元気な若者、病に苦しむ患者さん…実に多様な個性を一人の人間が「象徴」する。ずいぶん乱暴すぎる平均値の取り方ではないか。だが苦し紛れに見える「象徴」には深遠な意図と、明確な目標、守るべき「国体」を隠蔽する機能が同時に備えられている。

そのことを今年私たちは目撃したのだ。日本国憲法における「象徴」とは、国家神道に由来する天皇の神格化に他ならない事実を、即位の礼、大嘗祭で見せつけられたではないか。おめでたいテレビのアナウンサーは「平安絵巻さながらの」とあの時代錯誤も甚だしい、あの装束を褒めちぎったが、彼らが神道にのっとった儀式を進めていることを、はっきり解説したコメンテーターはいただろうか。

神様は責任を取らない。日本国憲法は平和憲法といわれているが、それを隠れ蓑にして、国家神道は何度改元を繰り返しても、いまのところ健在だ。「無答責」という言葉は「責任を取らない」ことを意味する。明治憲法で統帥権者、現人神として規定された天皇ヒロヒトは、「神」であるがゆえに戦争の責任を問われることがなかった。その息子アキヒトは、平和主義者を演じるのに熱心ではあったが、ヒロヒトが免罪された(免罪されたからといってなかったわけではない)戦争責任に言及することは、あるはずもなかった。

そしてその息子、ナルヒトも同様に「象徴」として過去の責任からは、まったく無縁に安穏と天皇としての役割を果たしてゆくのだろう。

ちなみにいまこの国のひとびとが、最も嫌悪しているであろう国の1つ、朝鮮民主義人民共和国は、その建国から、大日本帝国をまねた国家体制を打ち立てている。金日成は「絶対」であり、朝鮮民主主義人民共和国では金日成が生まれた年を、元年とした、独自の時間軸が使われている。「古臭いなー」と読者はお感じにならないだろうか。

でも、同様の現象が、もっと自由であるはずの日本で、2019年、堂々と展開されている。この倒錯にこそ日本の根源問題を見る。


◎[参考動画]Japanese Emperor Naruhito’s coronation ceremony at the Imperial Palace | FULL(Global News 2019/10/22)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』
『NO NUKES voice』22号 新年総力特集 2020年〈原発なき社会〉を求めて

《2019年回顧・死刑》死刑運用が慎重になった司法、ますます強気になった政府

数少ない死刑存置国の日本では、2019年も様々な事件の裁判で死刑か否かが争点になった。また、東京五輪が終わるまで死刑の執行は難しいのではないかという大方の見方を覆し、今年も新たに2人の死刑囚が死刑を執行された。そんな1年の死刑に関する重大ニュースTOP5を筆者の独断と偏見で選び、回顧する。

◆【5位】新潟小2女児わいせつ殺害事件の裁判員裁判で死刑回避の判決

2009年に始まった裁判員裁判では、被害者の人数が1人の事件でも死刑判決が出るケースが増えていた。たとえば、松戸女子大生殺害放火事件(2009年)や南青山マンション男性殺害事件(2009年)、神戸小1女児殺害事件(2014年)などがそうだ。

したがって、この新潟の事件でも、検察官は死刑を求刑したのだが、それは当然の流れだった。小林遼被告は、女児に軽乗用車をぶつけて車に乗せ、わいせつ行為をしたうえ、首を絞めて殺害、さらに遺体を線路に放置して電車に轢かせるなど、残虐非道の限りを尽くしていたからだ。

しかし、山崎威裁判長が宣告した判決は無期懲役だった。まれに見る凄惨な事件だと認めつつ、被害者が1人の殺人事件では、わいせつ目的の殺人は無期懲役にとどまる量刑傾向があるとして、公平性の観点から死刑を回避したのだ。

被害者が1人の殺人事件について、裁判員裁判で死刑判決が出ても、控訴審で覆り、無期懲役に減刑されることが繰り返されてきた。上記の松戸女子大生殺害放火事件や南青山マンション男性殺害事件、神戸小1女児殺害事件もそうだった。その傾向を踏まえ、山崎裁判長をはじめとする新潟地裁の裁判官が死刑の適用に慎重になり、裁判員たちもそれに従ったのではないかと私は見ている。

◆【4位】熊谷6人殺害事件控訴審で一審死刑の被告が「心神耗弱」を認定されて無期に

2015年に熊谷市内の住宅に次々侵入し、男女6人を包丁で刺すなどして殺害したペルー人のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告は、裁判員裁判だった一審・さいたま地裁で死刑判決を受けていたが、東京高裁の控訴審で12月5日にあった判決で、犯行時は統合失調症のために心神耗弱だったと認定され、死刑判決が破棄、無期懲役を宣告された。

この被告人は、事件を起こした当初から言動が異常なのは明らかで、心神耗弱と認定されても別におかしくはない。ただ、日本の刑事裁判では、被告人が極めて重篤な精神疾患に陥っていたとしても、死刑に相当するような罪を犯している場合には、裁判官が強引に完全責任能力を認め、死刑を宣告するのが慣例化していた。その慣例がなぜ破られたのかは不明だが、裁判員裁判は死刑適用のハードルが下がっていることに対し、控訴審の裁判官たちが何か思うところがあったのかもしれない。

◆【3位】犯行時に現職の福岡県警警察官だった被告に死刑判決

犯行時に現職警察官だった中田被告に対し、死刑が宣告された福岡地裁

2017年に福岡県警の巡査部長・中田充被告が福岡県小郡市の自宅で妻子3人を殺害したとして殺人罪に問われた事件は、福岡地裁の裁判員裁判で12月13日、中田被告の「冤罪」主張が退けられ、死刑が宣告された。マスコミは「直接証拠がなく、有罪、無罪の判断は難しい事件だった」という論調で報じたが、筆者が取材した限り、有罪の証拠は揃っており、有罪、無罪の見極めは特別難しい事件だったとは思えなかった。

この事件が特筆すべきは、中田被告が犯行時、現職の警察官だったことだ。元警察官が死刑判決を受けた例としては、元警視庁の澤地和夫死刑囚(病死)、元京都府警の広田(現在の姓は神宮)雅晴死刑囚、元岩手県警の岡崎茂男死刑囚(病死)らの例があるが、筆者の知る限り、犯行時に現職だった警察官に死刑判決が宣告された例は無い。あったとしても極めて異例だろう。

中田被告は現在、控訴しているが、このまま死刑が確定する公算は大きく、歴史的な事件と言えるかもしれない。

◆【2位】「死刑執行は難しい」との予想に反し、今年も2人の死刑執行

8月、2人の死刑囚が新たに死刑執行された。1人は、2001年に神奈川県大和市で主婦2人を殺害した庄子幸一死刑囚、もう1人は、2004~2005年に福岡県で女性3人を殺害した鈴木泰徳死刑囚だ。これで、第2次安倍政権下での死刑執行は計38人となった。

このニュースを2位に挙げたのは、今年は死刑執行が難しいのではないかという見方が強かったためだ。元号が令和に変わり、天皇陛下の「即位の礼」などの皇室関連行事があるうえ、来年は東京オリンピックも開催されるためだ。そんな中、死刑を執行したのは、政府が「今後もどんどん死刑を執行する」という考えを表明したとみるのが妥当だ。

今後も安倍政権下では、死刑はこれまでの通りのハイペースで執行されていくだろう。

◆【1位】寝屋川中1男女殺害事件の控訴取り下げが無効に

山田死刑囚が死刑確定直前に綴った手記をまとめた電子書籍「さよならはいいいません」

自ら控訴を取り下げ、一審・大阪地裁の死刑判決を確定させていた大阪府寝屋川市の中1男女殺害事件・山田浩二死刑囚について、大阪高裁は12月17日、控訴の取り下げを無効とし、控訴審を再開する決定をした。山田死刑囚の弁護人が高裁に取り下げ無効を求める申し入れ書を提出していたのを受けてのことだ。

山田死刑囚が控訴を取り下げた原因は、拘置所に借りたボールペンの返却が遅れたことで刑務官と口論になり、自暴自棄になったことだった。大阪高裁はそれを前提に、山田被告が控訴を取り下げたら法的な帰結がどうなるかを忘れていたか、明確に意識していなかった疑いを指摘し、「控訴取り下げの効力に一定の疑念がある」と判断したのだ。

大阪高検は、この決定を不服として最高裁に特別抗告し、大阪高裁にも異議申し立てを行った。そのため、現時点で控訴審が再開されることは確定していないが、このように殺人犯1人の死刑を確定させるか否かについて、裁判官が慎重な判断を下すのは珍しい。というより、このような決定は前代未聞で、筆者にもまったく予想できないことだった。

ただ、この大阪高裁の裁判長の名前を聞き、合点がいった。村山浩昭氏。袴田巌氏に対して再審を開始し、死刑と拘置の執行を停止する画期的決定を出した静岡地裁の裁判長(当時)だ。村山氏はその後、名古屋高裁の裁判長だった時、冤罪を疑う声が非常に多い藤井浩人美濃加茂市長に逆転有罪判決を出すなど、良し悪しは別にして空気をまったく読まない判決を下す裁判長だ。

山田死刑囚の控訴の取り下げは、その経緯からして無効と判断されてもおかしくはないが、世間の空気を読むタイプの裁判官であれば、控訴審を再開する決定はなかなか出せないだろう。それが出せたのは、村山氏の空気を読まない性格があってこそだと思う。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。編著「さよならはいいません ―寝屋川中1男女殺害事件犯人 死刑確定に寄せて―」(KATAOKA)に、原作コミック『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

《2019年回顧・教育》文教行政の破綻を明示した共通テストの記述式採点見送り

◆ベネッセを中心とする「教育産業」と萩生田文科相の関係の闇

文科省が導入を宣言していた、「共通テスト」で英語民間試験に続き、国語・数学の記述式についても延期することを萩生田文科相は2019年12月17日の閣議後記者会見で発表した。 「センター試験」から「共通テスト」への変更で、売り物だった、英語民間試験、国語・数学の記述式が、当面実施されないことが確定した。

何年も前から実施を宣言しておきながら、「記述式では採点の標準化が難しい」との理由で、実施直前になり「共通テスト」の内容は、大幅に変更されることになった。背景にはベネッセを中心とする「教育産業」と萩生田文科相の関係や、文科省内の不協和音などが挙げられている。


◎[参考動画]採点などの課題で「現実的に困難」 記述式見送り(ANNnewsCH2019/12/17)

◆「大学自治」自体が目に見えて崩れていく時代

入学試験は受験生にとっては、大学に入学するための「ハードル」であるが、大学にとっては「どのような学生」を大学が求めるか、を示す機会でもある。だから古くは共通一次試験に私立大学が参加(実質的には文科省のなかば恫喝による参加)がはじまって以来、私は「私立大学の共通一次利用は私立大学存立の原則と相いれない」と批判してきた。

今日、大半の私立大学がセンター試験を、何らかの形で入学試験に採用する時代となったが、この状態はかなりいびつな問題をはらみながら、私立大学がそれを注視することなく、「時勢」に乗ってきた結果である。

私立大学だけではい。国公立大学も法人化により、かつてよりも補助金では冷や飯を食わされる一方、大学運営の独自性が奪われ、学長・理事会の権限が強まる反面、教授会権限が圧倒的に制限された。「大学自治」自体が目に見えて崩れていく時代にあって、横並びの入学試験について、根底的な疑問と議論が交わされないのは、まったく不思議な事態である。

◆共通テスト実施母体の深刻な知的劣化

「記述式では採点の標準化が難しい」程度の頭脳の持ち主が、試験問題の作成や採点に関わろうとしているということは「記述式試験を行う能力がありません」と宣言しているに等しい。私立大学(あるいは、私立高校・中学・小学校)における国語の設問には、文章の大意を述べさせたり、筆者の主張についての分析のを論述式で問う質問は珍しくないが、記述式設問には「特定の箇所が記載されているか」、「鍵となる文言(複数)が回答内にあるか」など、長年蓄積されてきた採点のノウハウがある。短い記述式の採点ができないようでは「小論文」の試験など、到底実施できないではないか。

こういった、程度の低い理由で英語・国語・数学の記述問題が実施できないのは、共通テスト実施母体に「その能力がない」と認めているのと同義だ。実に恥ずかしく、深刻な知的劣化といわねばならないであろう。

◆暴論を真顔で発表する文科省は「朝令暮改無能省」

文科省をわたしは内心「朝令暮改無能省」だと思っている。国公立大学をはじめとして、私立大学も大原則に立ち返り、いっそうのこと「センター試験」や「共通テスト」から離脱して、独自の問題で入学試験を行ってはどうだろうか。文科省はしきりに「個性」という言葉を近年、通達や指導要綱で用いている印象がある。そうであるならば、建学の理念が異なる各大学は、それぞれの大学が獲得を目指す学生像に合わせた入学試験を、自前で準備して実施するのが妥当ではないだろうか。

世界各国に「共通試験」や、「センター試験」のような標準試験は存在している。国を超えての留学の際などには、たしかに利便性がまったくないわけではない。が、それ以上に、今日この国においては文教行政の度重なる政策の過ちにより、高等教育において、大幅なレベルダウンが全体に発生していることを無視してはいられまい。大学のレベル調査や論文引用件数でも、中国や香港シンガポールの大学にかなり水をあけられる状態が年々進行している。

「文系の学科をなくす」などという、暴論を真顔で発表するのが文科省である。

近く、小学校で1人1台パソコンを使わせようと本気であの連中は考えている。幼少期から玩具に液晶を利用したものとの接触が増え、思考力の低下や脳へのダメージ、視力への悪影響が指摘されるなか、小学校での「1人1台パソコン提供」には、裏でメーカーとの薄汚い利益供与関係があるのではないか、と感じるのはわたしだけであろうか。こんな連中の指示に従っていたら、生徒・学生能力は、ますます低下することが確実だろう。

財政とともに、教育の面でも共通テストの破綻が、文教行政の破綻を明示した一年であった。


◎[参考動画]【Nスタ】振り回された受験生は怒り (TBS 2019/12/17)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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ヒットマンは親分だった! 山口組抗争激化 先陣を切る中高年組長たち

ヒットマンは山健組の組長(中田浩司60歳)だった……。これは任侠界を知る者にとって、きわめて衝撃的な事実である。たとえはヘンかもしれないが、トランプ大統領がF35戦闘爆撃機に乗って朝鮮半島上空に侵攻して核ミサイル基地を空爆するとか、安倍総理がみずから作業着を着て災害救助の最前線に立つようなものだ。いや、それだと立派な行為ということになるが……。つまり言いたいことは、山口組抗争の片方の本家(正しくは本家組長の出身母体)の親分がみずから、対立する六代目山口組の本家(正しくは本家組長・若頭の出身母体)の幹部を銃撃したという、前代未聞の事態なのである。

すなわち、8月21日に弘道会傘下の二代目藤島組に所属する加賀谷保組員(51歳)が複数の銃弾を浴びた事件のヒットマンが、中田組長だったことが判明したのだ。それもミニバイクにヘルメットをかぶり、拳銃を撃ち放つという若々しき実行行為である。

考えてもみてほしい。60歳で懲役30年の刑を受けた場合、獄死はほぼ間違いない。かりに懲役20年、80歳で出所できたとしても、もはや引退する歳である。


◎[参考動画]山口組系組員銃撃事件 神戸山口組幹部の男を逮捕(サンテレビ2019年12月4日)

それだけではない。8月の事件に対する報復として、10月10日に山健組本部前で六代目山口組弘道会(竹内照明会長)の丸山俊夫幹部組員(68歳)が、山健組幹部2人を射殺している。このとき、丸山は報道関係者を装ってカメラを持ち、怪しまれずにターゲットに近づいている。しかし本欄でも指摘したとおり、警備陣がそろっている中での犯行であり、もとより帰還を期さない特攻襲撃でもあった。永山則夫(連続射殺犯)規準では、2人以上殺せば死刑である。

さらには11月27日に、元山口組組員(破門中)の朝比奈久徳(52歳)が神戸山口組の古田恵一(二代目古田組)組長をM16自動小銃で射殺している。朝比奈容疑者の銃撃の動機は不明だが、軽機関銃での犯行は重刑になるであろう。


◎[参考動画]山口組系組員銃撃事件 新たに男4人逮捕(サンテレビ 2019年12月9日)

◆高山清司若頭が直参幹部に喝?

10月18日に六代目山口組の高山清司若頭が出所して、幹部たちを集めて「喝を入れた」と報じられ、にわかに抗争激化の様相を呈している。などと実話系週刊誌は見出しを立てているが、幹部たちの直接の証言があるわけではない。山口組は司組長が産経新聞のインタビューに応じた例外を除いて、マスコミや暴力団ライターの取材に応じるのはご法度である。

いまのところ山口組抗争は双方とも抗争は自粛、むしろ水面下の締めつけや復帰工作が進められているのが実情だ。問題なのは、中高年の幹部組員たちがヒットマンになり、絶望的な戦いをくり広げていることであろう。

中田組長にしても、丸山幹部組員にしても、二度と娑婆の空気を吸うことはできない。それを十分に承知のうえで、あえてヒットマンになったのである。

神戸山口組は井上邦雄組長をトップに、当初は3000人近い組員がいたが、六代目山口組の切り崩しにあって、昨年末では2000人ほどに減っていたという。捜査当局の観測によると、六代目山口組高山若頭の出所によって、切り崩し攻勢がさらに拍車がかかっているという。それ自体は30年前の山一抗争を思い出させる構造となっているが、良くも悪しくも六代目山口組の統制力の強さ、弘道会一極支配が高山若頭体制として中央集権化していることだ。神戸山口組から分立した任侠山口組の織田絆誠代表による、六代目復帰と再統合の路線は少なくとも、高山若頭の出所で完全に途絶えた。

ぎゃくにいえば、高山清司若頭が分裂の大きな原因(人事の独占、生活雑貨の強制購入、上納金の高額化)だったのだから、噂される七代目への移行時に大きな組織上の変化が展望される。それは高山若頭が七代目になるのか、あるいは竹内照明若頭補佐(三代目弘道会会長)が襲名するのか。それとも司忍六代目のお気に入りである森健司(司興業会長)が抜擢されるのか。捨て身のヒットマンたちの思いがけない行動が、鼎立する山口組抗争を決定づけるのかもしれない。

【横山茂彦の好評連載】
「反社会勢力」という虚構

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業、雑誌編集者。近著に『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)『男組の時代――番長たちが元気だった季節』(明月堂書店)など。

月刊『紙の爆弾』2020年1月号 はびこる「ベネッセ」「上智大学」人脈 “アベ友政治”の食い物にされる教育行政他
鹿砦社創業50周年記念出版『一九六九年 混沌と狂騒の時代』

目黒ジムを継承する藤本ジム興行、伝道者たちの響宴!

話題多き興行となった伊原代表による藤本ジム興行。藤本ジム会長・藤本勲氏が闘病中ながら久々の御来場で勇退のテンカウントゴング。この日の興行は伊原信一協会代表にとっては目黒ジムに入門した日から指導を受けた、今や唯一の先輩となった藤本勲会長を救う覚悟で臨んだREBELSや他団体との交流戦が多数組まれていました。

緑川創、勝次、薄氷の勝利も藤本会長に捧げた激闘の技。
江幡ツインズによる激闘エキシビジョンマッチ1ラウンド。
伊原会長とのミット蹴り、江幡塁の那須川天心戦を前に意気込みアピール。

新たに交流が始まったシュートボクシング・シーザー武志代表は1983年10月、新日本キックボクシング協会旗揚げ興行で出場した時以来、36年ぶりの同協会のリングに御登壇。元・日本キックボクシング協会の盟友として藤本勲会長の勇退に花を添えました。

2020年の新たな船出の新日本キックボクシング協会は「伝統と革新」。

「WKBA JAPAN」のタイトルを制定。協会加盟ジムをはじめ、友好団体を代表する選手同士による王座決定戦、またはトーナメント方式を採用するという。最初のタイトルマッチは2020年2月2日に開催。WKBA JAPANスーパーフライ級王座決定戦、泰史vs老沼隆斗戦が決定。

緑川創とガムライペットの蹴りの応酬

◎SOUL IN THE RING CLIMAX / 12月8日(日)後楽園ホール17:10~21:10
主催:伊原プロモーション、藤本ジム
認定:新日本キックボクシング協会、WKBA、REBELS

◆第10試合 WKBA世界ウェルター級タイトルマッチ 5回戦

Champ.緑川創(32歳/藤本/69.8kg)
    VS
挑戦者.ガムライペット・アユタヤファイトジム(27歳/タイ/69.6kg)
勝者:緑川創 / 判定2-0 / 主審:桜井一秀
副審:椎名49-48. 仲49-48. 少白竜48-48.

ガムライペットの重いローキックが緑川にヒットし、前進を拒む
大木が圧し掛かるようなガムライペットのハイキック
やや効いてきたか緑川のボディーブロー、下がるガムライペット

頑丈な体格のガムライペット、バランスいい重い蹴りを繰り出してくる。緑川はパンチとローキックで崩しに掛かるが、ローキックは簡単には効きそうに無い。パンチの距離に持ち込んでもガムライペットの重い蹴りに阻まれバッティングも起こりやすく、ヒジ打ちも繰り出すガムライペット。危険で下手に打ち込めない。

ローブロー(股間ファールブロー)を注意されたガムライペットは第5ラウンド早々にも注意を受け、減点1を課せられた。緑川はインターバルをとらねばならないような悶絶するダメージは無く、ちょっと強引な印象も受けたが、緑川も攻めなければ勝てない流れのラストラウンドもちょっと消極的になったガムライペットに攻めていったところで更なるポイントに繋がった僅差の判定勝利となった。

何はともあれ緑川創が辛くも初防衛に成功。

緑川はパンチしかない、ボディーブローで戦力を奪えるか
辛くも防衛、伊原代表より認定証と愛のムチを受ける緑川創

◆第9試合 63.0kg契約3回戦

WKBA世界スーパーライト級チャンピオン.勝次(=高橋勝治/32歳/藤本/63.0kg)
    VS
丹羽圭介(REBELS.63kg級初代C/ 36歳/TEAM KSK/63.0kg)
勝者:勝次 / 判定2-0 / 主審:宮沢誠
副審:桜井29-29. 仲29-28. 少白竜30-29.

初回は先手を打った勝次。しかし丹羽も負けずに打って出て、相打ちもある中、調子付かせてしまう勝次。丹羽に主導権を持っていかれそうな展開に更に攻勢を強め巻き返しに出た勝次。右ストレート連打し、丹羽の左目も腫れ鼻血を流すが、相打ち覚悟に出る丹羽に勝次も打ち合いに応じ、意地でも負けられない勝負に辛うじて判定勝利となった。

距離の近いアグレッシブな展開が続く中、勝次のハイキックが丹羽圭介を襲う
丹羽も目を腫らしながら逆転を狙って打って出る
勝治のローキックが丹羽にヒット、一進一退の攻防

◆エキジビションマッチ1ラウンド

赤コーナー WKBA世界バンタム級チャンピオン.江幡睦(28歳/伊原)
    EX
青コーナー WKBA世界スーパーバンタム級チャンピオン.江幡塁(28歳/伊原)

実戦さながらのエキシビジョンマッチの後、伊原代表が持つミットを蹴る江幡塁、パフォーマンスを絡めたミット蹴り。予定に無かったという髙橋亨汰も準備してミット蹴り、最後に伊原代表の太腿を蹴り込んでしまい痛々しい終了。

大晦日に那須川天心と対戦する江幡塁は、「那須川天心君を倒すのは僕しかいないと思っています!」と宣言。笑いと激しさと那須川戦への期待が高まるアトラクションとなった。

江幡睦と塁のエキシビジョンマッチ、見分けが付かない
江幡睦のミット蹴り、受けるのは伊原代表
教え子の元・日本ヘビー級チャンピオンの松本哉朗から花束を贈られる藤本勲会長

◆藤本勲会長勇退式

藤本ジム藤本勲会長は昨年暮れから体調を崩し、入院生活を繰り返して来られました。病状は間質性肺炎、過去、腎臓摘出や糖尿病もあり、また肝臓癌の疑いもあって検査中という。今年の「SOUL IN THE RING」は興行に携わることが困難で、伊原代表に託された経緯がありました。藤本会長は戦前生まれで高齢でもあり、療養に専念することを第一に考え、ジム経営、協会役員から勇退という形で退くことになりました。今後も体調が良ければ藤本ジムには週2回ほど顔を出されるようです。

キックボクシング創生期、日本で最初のテレビ放映となった試合が1967年(昭和42年)2月26日の全日本ヘビー級王座決定戦の藤本勲vs木下尊義戦(セミファイナルが先の為、メインイベントの沢村忠より先にブラウン管に登場)から52年。現在最も古いキックのレジェンドの藤本勲会長でした。

勇退のテンカウントゴングを聴いた藤本勲会長
HIROYUKIの前蹴りでMASAKINGの前進を阻止

◆第8試合 54.0kg契約3回戦

日本バンタム級チャンピオン.HIROYUKI(=茂木宏幸/24歳/藤本/53.8kg)
    VS
J-NETWORKスーパーバンタム級1位.MASAKING(19歳/岡山/53.6kg)
勝者:HIROYUKI / TKO 2R 2:28 / カウント中のレフェリーストップ
主審:椎名利一

初回、MASAKINGのパンチやローキックにHIROYUKIは慌てずタイミングを見計らってパンチや蹴りを返し、右フックでノックダウンを奪う。
第2ラウンドも余裕を見せるHIROYUKIがニュートラルコーナー付近でパンチ連打から左ハイキックでMASAKINGからノックダウンを奪うと、ダメージ深いと見たレフェリーは試合をストップし、HIROYUKIのTKO勝利となった。

勢い付けば飛びヒザ蹴りで圧力を掛けるHIROYUKI

◆第7試合 REBELS MUAYTHAIスーパーフライ級タイトルマッチ 5回戦

チャンピオン.老沼隆斗(21歳/ストラッグル/51.95kg)
    VS
挑戦者.濱田巧(25歳/teamAKATSUKI/52.0kg)
勝者:老沼隆斗 / 判定3-0 / 主審:少白竜
副審:宮沢50-48. 仲50-48. 桜井50-49.

新日本キックボクシング協会興行のリングでREBELSのタイトルマッチとは時代の流れやここ数ヶ月のプロモーター間の協力体制によって実現に至った。
これが攻防激しい名勝負となった。勝ちに行く姿勢だけでなく、下がらずに出る姿勢、何の為にここに選ばれたか、その役割を理解した者同士の戦い。山口元気氏の意図がしっかり表れている他流試合となった。苦しい5ラウンドを耐え切った二人に観衆の拍手と大歓声。他団体のリングで主役を奪ったような存在感があった。パンチ多彩な蹴りの攻防が延々と続き、手数と的確さが優った老沼隆斗の判定勝利による防衛。

老沼の左ハイキックで濱田の動きを止めにかかる
老沼の右ローキックが濱田にヒット

◆第6試合 58.0kg契約3回戦

日本フェザー級2位.瀬戸口勝也(36歳/横須賀太賀/57.45kg)
    VS
MuayThaiOpenフェザー級チャンピオン.NOWAY(38歳/ネクストレベル渋谷/57.8kg)
勝者:瀬戸口勝也/ 判定3-0 / 主審:椎名利一
副審:宮沢30-28. 少白竜30-27. 桜井30-28.

強打を持つ瀬戸口勝也のパンチ炸裂とはいかぬも、他団体チャンピオンを圧倒する強さを見せた瀬戸口の大差判定勝利。

◆第5試合 46.0kg契約3回戦

ぱんちゃん璃奈(25歳/ストラッグル/45.95kg)
    VS
ペットチョンプー・モー・クルンテープトンブリー(23歳/タイ/43.0kg)
勝者:ぱんちゃん璃奈 / TKO 1R 2:20 / ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ
主審:仲俊光

開始から、ぱんちゃん璃奈が先手を打つローキックとハイキックがヒットし、アゴの下辺りをカットしたペットチョンプーはドクターチェックに入り再開後、ぱんちゃん璃奈がラッシュを掛け、右ストレートでノックダウンを奪うと、ペットチョンプーは出血激しくなった様子で試合続行不可能となり、ぱんちゃん璃奈は今年2月デビュー以来、判定が続いていた中、初のTKO勝利となる6戦全勝となった。

ぱんちゃん璃奈のハイキックで早くも怯んでしまったペットチョンプー

◆第4試合 ライト級3回戦

日本ライト級5位.ジョニー・オリベイラ(42歳/トーエル/61.15kg)
    VS
津橋雅祥(26歳/エス/60.95kg)
勝者:津橋雅祥 / 判定0-3 / 主審:桜井一秀
副審:椎名29-30. 宮沢28-30. 仲28-30.

◆第3試合 64.0kg契約3回戦

バズーカ攻樹(23歳/菅原/63.8kg)
    VS
イ・ボムギュ(24歳/韓国/63.6kg)
勝者:バズーカ攻樹 / 判定2-0 / 主審:少白竜
副審:椎名29-28. 宮沢29-29. 桜井30-29.

◆第2試合 スーパーバンタム級3回戦

炎出丸(J-NETWORK・SB級C/37歳/クロスポイント吉祥寺/55.3kg)
    VS
MITSURU(31歳/WSR・F三ノ輪/55.2kg)
勝者:MITSURU / 判定0-2 / 主審:仲俊光
副審:椎名28-30. 宮沢28-30. 桜井29-29.

◆第1試合 64.0kg契約3回戦

与座優貴(21歳/橋本/64.0kg)
    VS
稲石竜弥(31歳/team OJ/63.95kg)
勝者:与座優貴 / 判定2-0 / 主審:少白竜
副審:仲29-29. 宮沢30-29. 桜井29-28

《取材戦記》

勝次が勝利者アピールで、「藤本会長のアドバイスは“ジャブ、ロー”が多かったですけど、そのタイミングで出すと100パーセント当てることが出来ました!」と語る。

沢村忠の時代から変わらぬアドバイスは「ジャブ、ロー」が多かった藤本会長。北島という選手が出場した時も「ジャブ、ロー、北島!ジャブロー!」それを聞いたセコンドが「今、“北島三郎”って言った?」という、そんな些細な話もあったらしい。

大晦日にRIZINで行なわれる那須川天心vs江幡塁はキックボクシング界の最大級と言える黄金カードだが、“ヒジ打ち無し3回戦”と言う時代の流れに押されたルール。5回戦純粋キックボクシングルールで戦って欲しいものと思う。

今年、分裂騒動に陥った新日本キックボクシング協会。来年は年8回の興行予定があり、一方のジャパンキックボクシング協会も今年の興行を終え、来年のスケジュールも年6回興行が予定されている様子。

「一緒に力を合わせれば14回になるのになあ!」と言う声もあるが、そこはこうなるしかない事情あっての枝分かれ。新日本キックも団体の枠を越えた「WKBA JAPAN」を発足させる等、それぞれがまた新しい展開を見せている中、成り行きを応援しながら見ていきたいものである。

◎2020年新日本キックボクシング協会興行予定
 2/2(日):後楽園ホール
 3/8(日):後楽園ホール
 4/12(日):後楽園ホール
 5/17(日):後楽園ホール
 7/12(日):後楽園ホール
 9/27(日):後楽園ホール
10/25(日):後楽園ホール
12/13(日):後楽園ホール

▼堀田春樹(ほった・はるき)[撮影・文]

フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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