新聞のCMに使われる場面のひとつに、新聞を満載したバイクが明け方の街へ繰り出すイメージがある。透明な空気。笑顔。闇がとけると、動き始めた街が浮かび上がってくる。しかし、記者の視点を持って現場に足を運ぶと、新聞販売店に積み上げられた「押し紙」が、日本の権力構造の闇として輪郭を現わしてくる。だれが注意しても、疑問を呈しても、新聞社はそれを黙殺し、「知らむ、ぞんぜぬ」で押し通してきた。時には司法の土俵を使って口封じを断行し、同じ夜と昼を延々と繰り返してきたのである。

が、今この社会問題を照らすための新しい視点が生まれ始めている。その先駆けとなったのは、2020年5月に佐賀地裁が下した判決である。この判決は、佐賀新聞社による「押し紙」を不法行為として断罪しただけではく、独禁法違反を認定したのである。その後、全国各地で元販売店主らが次々と「押し紙」裁判を起こすようになっている。

現在、わたしは3件の「押し紙」裁判を取材している。広島県の元読売新聞の店主が起こした裁判(大阪地裁)、長崎県の読売新聞の元店主が起こした裁判(福岡地裁)、それに長崎県の西日本新聞の元店主が起こした裁判である。取材はしていないが、埼玉県の元読売新聞の店主も裁判(東京地裁)を起こしている。

これらの裁判で浮上している2つの着目点を紹介しよう。それは、「押し紙」の定義の進化と、「定数主義」を柱とした新聞社の販売政策の暴露である。

◆「押し紙」の定義に変化

従来の「押し紙」の定義は、新聞社が販売店に「押し売り」した新聞というものだった。たとえば新聞購読者が1000人の販売店に対して、新聞社が1500部の新聞を搬入した場合、500部が残紙となる。この500部から若干の予備紙を引いた部数を「押し紙」と定義するのが一般的だった。

しかし、この定義を根拠に「押し紙」裁判を起こした場合、販売店は残紙が押し売りの産物であることを立証しなければならない。それは実は至難の技である。と、いうのも帳簿上は販売店が新聞の注文部数を決めたことになっているからだ。新聞社が高圧的な押し売りを行った証拠を示さない限り、注文部数は販売店が自主的に決めたものと見なされ、損害賠償は認められない。

佐賀地裁で販売店が勝訴した勝因のひとつに、原告側が進化した「押し紙」の定義を示したことである。とはいえ、それは我田引水にでっちあげた定義ではない。公正取引委員会がこれまで交付してきた新聞関連の公文書を過去に遡って調査し、独禁法の新聞特殊指定に基づいた忠実な定義を示したのである。

その定義は端的に言えば、「新聞購読者数に予備紙を加えた部数」を超える残紙は、理由のいかんを問わずに「押し紙」とするものである。「押し売り」があったかどうかが一次的な問題ではなく、「新聞購読者数に予備紙を加えた部数」を超えてるかどうかが、最大の着目点になる。

新聞特殊指定でいう新聞の注文部数とは、店主が「発注書」に記入した部数のことではない。1964年に公正取引委員会が交付した特殊指定の運用細目は、新聞の注文部数を次のように定義している。

【引用】「注文部数」とは、新聞販売業者が新聞社に注文する部数であって新聞購読部数(有代)に地区新聞公正取引協議会で定めた予備紙等(有代)を加えたものをいう。

※地区新聞公正取引協議会は、実質的に日本新聞協会の下部組織である。

公正取引委員会がこうした運用規則を定めたのは、「押し紙」を取り締まることが目的だと思われる。「注文部数」の特殊な定義を示すことで、一般の商取引でいう「注文数」から区別したのである。この発見が、「押し紙」裁判を変え始めている。

ただ、どの程度の予備紙部数が適正なのかという議論は依然としてある。新聞社は、残紙はすべて予備紙であるという主張を繰り返してきたが、大量の残紙が古紙業者により回収されている事実があり、予備紙としての実態はほとんどない。(下記動画を参照)


◎[参考動画]Collection of unopened bales of newspapers – possible oshigami

◆5年間に渡り注文部数を3132部で定数化

最近の「押し紙」裁判のもうひとつの特徴として、新聞社が「定数主義」を柱とした販売政策を採用していることが、データにより暴露されたことである。ここでいう「定数主義」とは、「押し紙」裁判の原告弁護団が仮に命名した呼び方である。

次に示すのは、長崎県の読売新聞の元店主が起こした裁判で明らかになっている注文部数の変遷である。5年2カ月に渡って注文部数3132部で定数化(ロック)されていた。定数主義を柱とした販売政策の結果にほかならない。

2011年03月:3132部
2011年04月:3132部
2011年05月:3132部
2011年06月:3132部
2011年07月:3132部
2011年08月:3132部
2011年09月:3132部
2011年10月:3132部
2011年11月:3132部
2011年12月:3132部

2012年01月:3132部
2012年02月:3132部
2012年03月:3132部
2012年04月:3132部
2012年05月:3132部
2012年06月:3132部
2012年07月:3132部
2012年08月:3132部
2012年10月:3132部
2012年11月:3132部
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2013年01月:3132部
2013年02月:3132部
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2013年06月:3132部
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2013年09月:3132部
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2014年01月:3132部
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2015年01月:3132部
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2015年03月:3132部
2015年04月:3132部
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2015年07月:3132部
2015年08月:3132部
2015年10月:3132部
2015年11月:3132部
2015年12月:3132部

2016年11月:3132部
2016年12月:3132部

読売新聞社は、実に5年間に渡って注文部数を3132部でロックしていた。新聞の購読者数が減っても、「注文部数」は変化しない。定まっている。それにより全国のABC部数の減部数を最小限に留めていた可能性が高い。

◆新聞社は地域単位で注文部数をロックしているのではないか?

しかし、注文部数のロックは読売新聞だけに見られる販売政策ではない。わたしは同じようなケースを他の新聞社系統の販売店でも多数確認している。この点にヒントを得てわたしは、新聞社は地域単位で注文部数をロックしているのではないかという仮説を立てた。

この点を確認するために、わたしは兵庫県全域をモデルとした調査を実施した。兵庫県全域をモデル地区として選んだのは、同県は多様な形態の自治体から構成されているからだ。神戸市などの大都市から、日本海沿岸の漁村まである。また、中央紙から地方紙までが、一定の勢力を維持している地域でもある。

調査で明らかにする点は、各自治体における中央紙5紙(朝日、読売、毎日、産経、日程)と地方紙(神戸)の部数の変遷である。それを確認することによって複数月にわたり、あるいは複数年にわたり部数が定数化されていないかを確認できる。

調査の結果、凄まじい実態が浮かび上がった。次に示すのは、読売新聞の部数ロックの詳細である。マーカーで示した部分が定数化された部数と期間である。

読売新聞の部数ロックの詳細

調査全体のまとめは、わたしのウエブサイトで紹介している。

【参考記事】新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑 http://www.kokusyo.jp/oshigami/16859/

◆戦前からあった「押し紙」

『新聞販売百年史』(日本新聞販売協会)に、「押し紙」について次のような記述がある。「昭和4年」から「昭和5年」にかけての「押し紙」の実態を記述したものである。

【引用】「増紙競争の結果による乱売や弊害は昭和四年、五年にかけて最も激しかった。この残紙、抱紙のために乱売が行われるだけでなく、それは従業員を苦しめ、主任を泣かす場合が多い。たとえば某直営出張所主任に向かって、増紙の責任部数三百を負わせたとすると、その店が十区域に分かれていれば、主任は十人の配達にこれを分担させる。配達一人に責任数三十部が課され、これを悉く勧誘して売れ口を求めれば問題は起こらぬが、仮に二十五部しか勧誘出来ぬとなれば、五部に対する代金の支払いは配達が負担する。そして給料から引かれるのである。」

「押し紙」問題は戦前からあった。それが極端にエスカレートしたのは、1998年から後である。それまで新聞業界は内部ルールで、予備紙の割合を搬入部数の2%と定めていた。しかし、この内部ルールを撤廃して、残紙はすべて予備紙ということにしてしまった。「押し紙」の概念そのものを書面から削除したのだ。その結果、販売店に残紙が溢れるようになったのである。新聞社が販売店に搬入する新聞の4割から5割が残紙という例も少なくない。

※だたし熊本日日新聞は、現在でも予備紙の割合を搬入部数の1.5%と定めている。

しかし、「残紙=予備紙」の詭弁も通用しなくなってきている。予備紙としての実態がほとんどないからだ。

新聞産業が戦前から今日まで「繁栄」してきたのは、公権力に保護されてきたからにほかならない。日本の権力構造を維持するための広報部として、世論誘導の役割を担ってきたから、一大産業として成立してきたのだ。

戦後、公権力は「押し紙」問題を不問に付してきた。その一方で、新聞人との癒着を強めた。新聞人と首相の会食が当たり前になった。このような構図こそが、紙面に有形無形の影響を及ぼしてきたのである。新聞ジャーナリズムの衰退は、記者個人の職能に原因があるのではなく、新聞のビジネスモデルの中に客観的な原因があるのだ。

「押し紙」は、ジャーナリズムの根源にかかわる問題なのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

産経新聞社が新聞販売店に搬入する産経新聞の部数が、今年3月に100万部を下回った。1990年代には、約200万部を誇っていたから、当時と比較すると半減したことになる。かつて「読売1000万部」、朝日「800万部」、毎日「400万部」、産経「200万部」などと言われたが、各紙とも大幅に部数を減らしている。新聞の凋落傾向に歯止めはかかっていない。

コンビニなどで販売される即売紙を含む新聞の総発行部数は、3月の時点で次のようになっている。()内は、前年同月差である。

朝日新聞:4,315,001(-440,805)
毎日新聞:1,950,836(-58,720)
読売新聞:6,873,837(-281,146)
日経新聞:1,731,974(-148,367)
産経新聞:1,038,717(-177,871)

旧ソ連のプラウダが消えて後、新聞の世界ランキングの1位と2位は、読売新聞と朝日新聞が占めてきた。しかし、現在の世界ラングを見ると、USAツデーやニューヨークタイムスがトップ争いを演じている。これはひとつにはコロナウィルスの感染拡大を背景に、電子版が台頭したことに加え、国際語としての英語の優位性が、それに拍車をかけた結果にほかならない。英語の電子媒体は、すでに地球規模の市場を獲得している。

その結果、「紙」と「部数」の呪縛を排除できない新聞社は没落の一途を辿っている。公表部数そのものが全くのデタラメではないかという評価が広がっている。

◆新聞セールス団が新聞購読料を負担

日本ABC協会が定期的に発表しているABC部数は、新聞の発行部数を示す公式データである。このABC部数の中に大量の残紙(配達されずに廃棄される「押し紙」や「積み紙」)が含まれていることが、周知の事実になり始めている。ABC部数と実配(売)部数の間にある大きな乖離が、社会問題としての様相を帯びてきた。

最近、ABC部数をかさ上げする新たな手口が明らかになった。それはニセの新聞購読契約書を作成して、それに整合させるかたちで、販売店の帳簿類の処理をして、「新しい読者」をABC部数に計上する手口である。

今年4月、わたしは元新聞セールス団の幹部から、ニセの新聞購読契約書を作成する手口が読み取れる内部資料を入手した。このセールス団は、2012年ごろから岡山県倉敷市にある朝日新聞倉敷販売(株)で新聞拡販活動を展開した。しかし、報酬の支払い額やニセの購読契約書などをめぐって朝日新聞倉敷販売と係争になった。

わたしが入手したのは、この事件の裁判資料である。

裁判そのものはセールス団幹部の敗訴だったが、裁判の中で、図らずもABC部数にグレーゾーンが生じるひとつの原因が露呈した。それはニセの新聞購読契約を作成して新規読者として計上する方法だった。しかも、帳簿上の整合性を保つために、ニセの読者の購読料をセールス団の側が負担していた。

実際、判決は次のようにこの手口を認定している。

「両者の間で協議がされた結果、原告(注:セールス団)と被告(注:朝日新聞倉敷販売)は、原告が偽造された契約書に関する新聞購読料を負担し、被告に対し、これを分割して支払う旨の合意をした」

実際、朝日新聞倉敷販売(株)は、セールス団の支払い負担を軽減するために、入店料(新聞拡販の成功報酬)を先払いしていた。金の流れは、「朝日新聞倉敷販売→セールス団→朝日新聞倉敷販売」となり、法的な汚点を排除した上で、新聞の公称部数を増やしていた。

 

倉敷市における朝日新聞のABC部数の変化

◆倉敷市の朝日新聞のABC部数

ニセの購読契約書の枚数について元幹部は、

「朝日は、515枚あったことを認めている」

と、話している。現在、わたしは偽造枚数について調査中である。現時点では枚数を確定できないが、ABC部数に疑惑があることは、次のデータを見れば明らかになる。

倉敷市における朝日新聞のABC部数の変化を示すデータである。期間は2011年10月から2021年10月の約10年。

半年で1000部から3000部ぐらいの変動が観察できる箇所が複数ある。常識的に考えて、倉敷市の朝日新聞の読者が半年で、1000人単位、あるいは3000人単位で変動することなどあり得ない。これは、ABC部数そのものが信用できないデータであることを示している。

筆者は、同じような手口を、他系統の新聞社の元セールス団員からも聞いたことがある。次のような手口である。

戸別訪問で、「タダでいいので新聞を配達させてください」と、話を持ち掛ける。承諾を得ると、実際に新聞を届ける。購読料は、セールス団が負担する。無料で新聞を配達し続けていると、数カ月後に公式に新聞購読契約を結んでくれることが多い。その際に成功報酬が手に入る。このケースでもABC部数は増えていることになる。

以上、紹介したように新聞社と販売店の間だけではなく、販売店と新聞セースル団の間でも、ABC部数をかさ上げするための裏工作が行われているケースがあるのだ。販売店がセールス団に対して「押し紙」をする構図がある。

◆巨大のメディアの汚点とメディアコントロール

海外では、出版物の水増し表示に対しては厳正な措置が下される。たとえば米国テキサス州の『ダラス・モーニングニュース』は、1980年代の半ばに、ライバル紙から発行部数の水増しを告発されたことがある。2004年になって同社は、事実関係を認めた。日曜版を11.9%、日刊紙を5.1%水増ししていたことを確認した上で、広告主に2300万ドルを払い戻したのである。

しかし、日本ではABC部数の水増しが、堂々と横行している。裁判所や警察もこの件に関しては黙認してきた。巨大メディアの汚点を握ることで、メディアコントロールが可能になるからではないだろうか。大半の新聞研究者もABC部数の闇にはタッチしない。

USAツデーやニューヨークタイムスの躍進に象徴される電子メディアへの移行の中で、日本の新聞社は、近い将来に行き場を失う可能性が高い。地球規模で日本の新聞社を見ると、「ならず者」の集まりにしか映らないのである。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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おかげさまで創刊200号! タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年6月号

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

「押し紙」は、新聞業界が半世紀にわたって隠し続けてきた汚点である。しかし、すべての新聞社が「押し紙」政策を経営の柱に据えてきたわけではない。例外もある。この点を把握しなければ、日本の新聞業界の実態を客観的に把握したことにはならない。

かねてからわたしは、熊本日日新聞は「押し紙」政策を採用していないと聞いてきた。1972年代に「押し紙」政策を廃止して、「自由増減」制度を導入した。「自由増減」とは、新聞販売店が自由に新聞の注文部数を増減することを認める制度である。

社会通念からすれば、これは当たり前の制度だが、大半の新聞社は販売店に対して現在も「自由増減」を認めていない。新聞社が注文部数の増減管理をしている。「メーカー」が「小売店」の注文数量を決めることは、常識ではあり得ないが、新聞業界ではそれがまかり通って来たのである。

熊本日日新聞社が「押し紙」制度を導入していないという話は真実なのか? わたしはそれを検証することにした。

◆マーカーが示す熊日と読売の著しいコントラスト

次に示す表は、熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に熊本日日新聞社が搬入した新聞の部数の変化を、時系列に入力したものである。出典は、日本ABC協会が年2回(4月と10月)に発行する『新聞発行社レポート』に掲載する区・市・郡別のABC部数である。新聞社ごとのABC部数が表示されている。

熊本日日新聞社が熊本市の各自治体(厳密には自治体にある新聞販売店)に搬入した新聞部数の推移

この表から、ABC部数が微妙に変化していることが確認できる。新聞販売店が毎月、注文部数を自由に増減していることが読み取れる。部数の「ロック」は一か所も確認できない。

これに対して、たとえば次の表はどうだろう。兵庫県を対象にした読売新聞のケースである。

兵庫県を対象にした読売新聞のABC部数

熊本日日新聞の表には、マーカーがなく真っ白なのに対して、読売新聞の表はいたるところにマーカーが表示されている。同じ数量の部数が年度をまたいでロックされている箇所が多数確認できる。地域単位で部数増減がコントロールされているのである。たとえば神戸市灘区における読売新聞のABC部数は、次のようになっている。

2017年04月 : 11,368
2017年10月 : 11,368
2018年04月 : 11,368
2018年10月 : 11,368
2019年04月 : 11,368

神戸市灘区に住む読売新聞の購読者が2年半に渡って1人の増減もないのは不自然だ。普通は月単位で変化する。つまり購読者数の増減とは無関係に、部数をロックしているのである。その原因が新聞社にあるのか、販売店にあるのかはここでは言及しないが、いずれにしても正常な商取引ではない。購読者が減少すれば、それに相応する部数が残紙になっていることを意味する。

本稿で示した熊本日日新聞と読売新聞の表を、「腫瘍マーカー」にたとえると、熊本日日新聞は、「健康体」と診断できるが、読売新聞は公正取引委員会や裁判所による緊急の「精密検査」を要する。科学的に「病因」を探る必要がある。他の中央紙についても、読売と同じことがいえる。何者かが地域単位で部数増減をコントロールすることが制度として定着している可能性が高い。

【参考記事】新しい方法論で「押し紙」問題を解析、兵庫県をモデルとしたABC部数の解析、朝日・読売など全6紙、地区単位の部数増減管理が多地区で、独禁法違反の疑惑 http://www.kokusyo.jp/oshigami/16859/

◆「押し紙」廃止で業績が向上

熊本日日新聞が「押し紙」政策を廃止したのは、『熊日50年史』によると、1972年10月である。今からちょうど50年前である。当時の森茂販売部長が信濃毎日新聞の販売政策に触発されて、「押し紙」、あるいは「積み紙」の廃止を宣言した。社内には反対の意見も強かったそうだが、森販売部長は改革を進めた。その結果、店主の士気があがり、熊本日日新聞の部数は急増した。

「予備紙」として販売店が確保する残紙の部数も、搬入部数の1.5%とした。このルースは現在でも遵守されている。それが前出の表で確認できる。

熊本日日新聞社の販売改革は高い評価を受け、同社は1983年に新聞協会賞(経営・営業部門)を受けている。受賞理由は、「新聞販売店経営の近大化-新しい流通システムへの挑戦」である。

◆独禁法の新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは?

ところで残紙(「押し紙」、「積み紙」)が独禁法の新聞特殊指定に抵触する可能性はないのだろうか。この点について考える場合、まず最初に新聞特殊指定が定義する「押し紙」とは、何かを正確に把握する必要がある。

幸いにして、江上武幸弁護士ら「押し紙弁護団」が、新聞特殊指定でいう「押し紙」の3類型を整理し、提示している。次の3つである。

1,販売業者が注文した部数を超えて供給する行為(注文部数超過行為)

2,販売業者からの減紙の申し出に応じない行為(減紙拒否行為)

3,販売業者に自己の指示する部数を注文させる行為(注文部数指示行為)

「1」から「3」の行為は、いずれも「注文部数」の増減コントロールに連動している。従って新聞特殊指定でいう「注文部数」とは何かを定義する必要がある。これに関して、江上弁護士らは、新聞特殊指定(1955年告示・1964年告示・1999年告示)に次の定義が記されていることを明らかにしている。

「新聞販売業者が実際に販売している部数に正常な商慣習に照らして適当と認められる予備紙等を加えた部数」

つまり実配部数に若干の予備紙を加えた部数を超える残紙は、すべて「押し紙」ということになる。「押し売り」の事実があったか否かは枝葉末節の問題なのである。健全な販売店経営に不要な部数は、理由のいかんを問わず原則的に「押し紙」なのである。

かつて新聞業界は業界の内部ルールで予備紙の割合を2%と定めていた。しかし、この内部ルールを1999年ごろに撤廃して、残紙はすべて「予備紙」に該当するという詭弁を公言するようになった。たとえば搬入部数の50%が残紙になっていても、この50%は販売店が注文した「予備紙」だと主張してきたのである。

しかし、「予備紙」の大半は古紙回収業者の手で回収されており、「予備紙」としての実態はない。

従来、「押し紙」とは、新聞社が販売店に対して「押し売り」した新聞であると定義されていた。わたしもそのような説明をしてきた。しかし、この説明は新聞特殊指定に即して厳密な意味で言えば間違っているのである。実配部数に「予備紙」加えた残紙は、すべて「押し紙」なのである。

地区単位の部数増減コントロールは独禁法違反ではないか? 公正取引委員会は中央紙に対して調査すべきではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

やはり「司法取引」はあったようだ。

2019年の参院選をめぐる大型買収事件で今月2日、懲役3年の実刑が確定した元法務大臣の河井克行氏から金を受け取っていた広島市議5人が同市内で代理人の久保豊年弁護士と共に会見を開き、うち4人が検察官との間で事実上の「司法取引」があったことを明かした。

この事件では、河井氏から金を受け取った地方議員ら100人全員が不起訴に。そのため、議員らと検察との間に「司法取引」があった疑いが指摘され、うち35人が先日、検察審査会で「起訴相当」と議決された。会見を開いた5人も全員、「起訴相当」と議決されており、当事者が公の場で検察との司法取引があったことを明かす形となった。

しかし、会見は新聞社、通信社、テレビ局の取材陣が多数来ていたにもかかわらず、この事実はほとんど報道されていない。そこで、この場で報告しておきたい。

会見した議員ら。左から三宅議員、木山議員、谷口議員、久保弁護士、藤田議員、伊藤議員

◆検察官はあからさまに司法取引にあたる言葉を言わなかったようだが…

会見した広島市議は三宅正明議員、木山徳和議員、谷口修議員、藤田博之議員、伊藤昭善議員。5人は河井氏から現金を受け取っており、河井氏の裁判が行われていた頃は誰もが「買収された認識があった」と認めていた。

しかし、2日の会見では、5人は河井氏から受け取った金について、「お中元やお歳暮のようなもので普通のことだった。買収された認識はなかった」と主張を一変。これまで買収された認識があったことを認めていたことについては、事情聴取が長期間に及ぶなどして疲弊したり、検察官から家宅捜索に入ることをほのめかされたりしたためだと説明した。

特筆すべきは5人のうち、藤田議員以外の4人が検察官から「検察の主張に沿う供述をすれば、起訴しない」と持ちかけられる司法取引が事実上存在したのを認めたことだ。

まず、三宅氏は「検察官はプロだから、司法取引にあたる『起訴しないから、(検察の主張に沿うことを)言って頂けませんか』という言葉は使わなかった」としたうえで、検察官から「正直者がバカを見てはいけません」「議員を続けてください」などと言われたことを明かした。木山議員も検察官から「おそらく証人として呼ばれることはないでしょう。協力できることは協力して欲しい」と依頼されたという。

また、谷口議員は「具体的には言われていないが、その趣旨の話は言われました」とコメント。伊藤議員もベテラン検事から「『協力してくれた人には、起訴しない方向で便宜を図る』という約束はできないが、そういう事件の解決の仕方もある立場だということを理解して欲しい」と言われたという。

この4人の説明が事実なら、検察は河井氏から金を受け取った地方議員らに対し、言葉巧みに事実上の司法取引をして河井氏を有罪に追い込んだことになる。

4人が会見で検察官との間で事実上の司法取引があったことを明かしたのは、「起訴相当」の議決をうけたため、自分たちが本当は罪を犯していないことを主張する意図からだとみられる。しかし、選挙違反事件が司法取引制度の対象外であることに照らせば、4人は検察の不正を告発したに等しい。

◆議員らの「司法取引」の告白を明瞭に伝えないメディア

しかし、この会見に関する新聞社、通信社、テレビ局の報道では、議員らが会見で事実上の司法取引があったことを明かしたことが明瞭に伝えられていない。

たとえば、この事件で河井氏と妻の案里氏のみならず、金を受け取っていた地方議員らを強く批判していた地元紙・中国新聞や、当時の安倍政権の責任も厳しく追及していた朝日新聞、毎日新聞は次のような報じ方だった。

◎河井元法相から現金受領「みじんの罪悪感もなかった」 「起訴相当」の広島市議5人(中国新聞)

「罪の意識みじんもない」 起訴相当の広島市議5人が反論会見(朝日新聞)

「罪悪感ない」…「起訴相当」の広島市議5人、会見で捜査批判(毎日新聞)

このような見出しでは、会見した市議5人が河井氏から違法に金を受け取ったことを反省せず、開き直っていただけであるような印象だ。どの記事も本文を見ても、市議らが事実上の司法取引があったことを明かしたことを明瞭に伝える記述は見当たらない。

事実上の司法取引があったという市議らの告白が事実であれば、河井氏は本来、裁判で無罪とされるべきだったという見方もできる。河井氏と共に起訴され、執行猶予付きの有罪判決を受けた妻で元参議院議員の案里氏も同様だ。その点に照らせば、河井夫妻や金を受け取った議員らを散々批判してきたメディアが今回の市議らの事実上の司法取引の告白を明瞭に報道しないのは、ずるい印象が否めない。

検察審査会で「起訴相当」の議決を受けた地方議員らが今後、裁判を受けることになれば、この問題はまた再燃する可能性がある。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。編著に電子書籍版『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(鹿砦社)。

『紙の爆弾』と『季節』──今こそ鹿砦社の雑誌を定期購読で!

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ[改訂版]―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

今回の記事は、兵庫県全域を対象として新聞のABC部数の欺瞞(ぎまん)を考えるシリーズの3回目である。ABC部数の中に残紙(広義の「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれているために、新聞研究者が新聞業界の実態を分析したり、広告主がPR戦略を練る上で、客観的なデーターとしての使用価値がまったくないことなどを紹介してきた。連載の1回目では朝日新聞と読売新聞を、2回目では毎日新聞と産経新聞を対象に、こうした側面を検証した。

今回は、日経新聞と神戸新聞を対象にABC部数を検証する。テーマは、経済紙や地方紙のABC部数にも残紙は含まれているのだろうかという点である。それを確認した上で新聞部数のロック現象の本質を考える。結論を先に言えば、それは新聞社の販売政策なのである。あるいは新聞のビジネスモデル。

日経新聞と神戸新聞のABC部数変化を示す表を紹介する前に、筆者は読者に対して、必ず次の「注意」に目を通すようにお願いしたい。表の見方を正しく理解することがその目的だ。

【注意】この連載で紹介してきた表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に移したものではない。『新聞発行社レポート』の表をエクセルにしたものではない。数字を並べる順序を変えたのが大きな特徴だ。これは筆者が考えたABC部数の新しい解析方法にほかならない。

『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表する。しかし、これでは時系列の部数変化をひとつの表で確認することができない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否か、ロックされているとすれば、その具体的な中身はどうなっているのかを確認できる。同一の新聞社におけるABC部数の変化を長期に渡って追跡したのが表の特徴だ。

◆日経新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における日本経済新聞のABC部数

部数のロックは経済紙の日経新聞でも確認できる。たとえば神戸市兵庫区では、2018年4月から2020年4月までの2年半の間、部数の増減は1部も確認できない。2年半にわたり部数がロックされていた。兵庫区の日経新聞の購読者数が2年半のあいだ1部たりとも増減しないことなどは、正常な商取引の下ではまずありえない。新聞社サイドが販売店に対して「注文部数」を指示していた可能性が極めて高い。

◆神戸新聞のABC部数変化(2017年~2021年)

2017年4月から2021年10月までの期間における神戸新聞のABC部数

表が示すように、地方紙である神戸新聞でもロック現象が確認できる。たとえば赤穂市では、2017年から2020年までの3年半に渡りABC部数が6222部でロックされている。赤穂市における日経新聞の読者数に1部の増減も生じないことなどまずあり得ない。新聞社が販売店に対して新聞部数のノルマを課している可能性が極めて高いのである。

ただ、ロックの規模は読売新聞や朝日新聞ほど極端ではない。これら2紙の部数表では、いたるところにロックを表示するマーカーが付いたが、神戸新聞の場合は、マーカーが付いていない自治体のほうが多い。これは他の地方紙でも観察できる傾向である。地方紙にも残紙はあるが、中央紙に比べるとその規模は小さい。

たとえば販売店が勝訴した佐賀新聞の「押し紙」裁判(2020年5月判決)では、おおむね10%から20%が「押し紙」だった。この数字は、中央紙に比べるとはるかに少ない。

◎判決文の全文 http://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2020/05/saga_oshigami_sumi.pdf

◆新聞業界ぐるみの大問題

兵庫県全域を対象とした新聞のABC部数調査(朝日・読売・毎日・産経・日経・神戸)を通じて、新聞部数をロックする販売政策が新聞業界全体で行われていることが明白になった。もちろん熊本日日新聞のように注文部数を店主が自由に増減する制度を採用している社もあるが、それは例外である。部数をロックして、新聞を定数化(ノルマ化)する商慣行が構築されていると言っても過言ではない。その結果、大量の残紙が日本中の販売店に溢れているのである。

ちなみに、部数のロック行為は独禁法の新聞特殊指定に抵触する。新聞特殊指定の下では、「新聞の実配部数+予備紙」(「必要部数」)を超える部数は、理由のいかんを問わず原則として、すべて「押し紙」と定義されている。部数のロックにより、「必要部数」を超えた新聞が販売店に搬入されることになるわけだから、新聞特殊指定に抵触する。新聞社による「押し売り」の証拠があるかどうかは、枝葉末節なのである。

改めて言うまでもなく、残紙には予備紙としての実態がほとんどない。その大半が予備紙として使われないままトラックで回収されている。

残紙問題は新聞人の足元で展開している問題である。しかも、それが少なくとも半世紀は持続している。新聞人にその尋常ではない実態が見えないとすれば、知力とは何かというまた別の問題も浮上してくるのである。

◎黒薮哲哉 新聞衰退論を考える
公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉
新聞社が新聞の「注文部数」を決めている可能性、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈2〉
新聞人の知的能力に疑問、新聞社のビジネスモデルの闇、ABC部数検証・兵庫県〈3〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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黒薮哲哉の最新刊『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

本稿は、兵庫県をモデルとした新聞のABC部数の実態を検証するシリーズの2回目である。1回目では、朝日新聞と読売新聞を取り上げた。これらの新聞のABC部数が、多くの自治体で複数年に渡って「増減ゼロ」になっている実態を紹介した。いわゆるABC部数のロック現象である。

※1回目の記事、朝日と読売のケース http://www.rokusaisha.com/wp/?p=41812

今回は、毎日新聞と産経新聞を取り上げる。朝日新聞や読売新聞で確認できた同じロック現象が、毎日新聞と産経新聞でも確認できるか否かを調査した。

【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を掲載している『新聞発行社レポート』の数字を、そのまま表に入力したものではない。『新聞発行社レポート』は、年に2回、4月と10月に区市郡別のABC部数を、新聞社別に公表するのだが、時系列の部数変化をひとつの表で確認することはできない。時系列の部数増減を確認するためには、『新聞発行社レポート』の号をまたいでデータを時系列に並べ変える必要がある。それにより特定の自治体における、新聞各社のABC部数がロックされているか否かを確認できる。

次に示すのが、2017年4月から2021年10月までの期間における毎日新聞と産経新聞のABC部数である。着色した部分が、ロック現象である。ABC部数に1部の増減も確認できない自治体、そのABC部数、ロックの持続期間が確認できる。ロック現象は、「押し紙」(あるいは「積み紙」)の反映である可能性が高い。新聞の読者数が、長期間にわたりまったく変わらないことは、通常はあり得ないからだ。

2017年4月から2021年10月までの期間における毎日新聞のABC部数

2017年4月から2021年10月までの期間における産経新聞のABC部数

前回の連載で紹介した読売新聞ほど極端ではないにしろ、毎日新聞も産経新聞もABC部数がロックされた状態が頻繁に確認できる。ロックしたのが、新聞社なのか、それとも販売店なのかは議論の余地があるが、少なくともABC部数が新聞の実配部数(販売店が実際に配達している部数)を反映していない可能性が高い。従って広告主のPR戦略の指標にはなり得ない。

◆新聞のビジネスモデルは崩壊

新聞のビジネスモデルは、新聞の部数を水増しすることを核としている。それにより新聞社は、2つのメリットを得る。

まず、第1に新聞の販売収入を増やすことである。ABC部数は新聞社が販売店へ販売した部数であるから、搬入部数が多ければ多いほど、新聞社の販売収入も増える。逆説的に言えば、販売収入の減少を抑えるためには、販売店に搬入する新聞の部数をロックするだけでよい。

新聞社は最初に全体の発行部数を決め、それを基に予算編成することもできる。

第2のメリットは、ABC部数が増えれば、紙面広告の媒体価値が相対的に高くなることである。それゆえにABC部数をロックすることで、媒体価値の低下を抑えることができる。もっとも最近は、この原則が崩壊したとも言われているが、元々は紙面広告の媒体価値とABC部数を連動させる基本原則があった。

一方、ABC部数を維持することで販売店が得るメリットは、折込広告の収入が増えることである。販売店へ搬入される折込広告の枚数は、搬入部数(ABC部数)に連動させる基本原則があるので、たとえ搬入部数に残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)が含まれていても、それとセットになった折込広告の収入を得ることができる。客観的にみれば、この収入は水増し収入ということになるが、販売店にとっては、残紙の負担を相殺するための貴重な収入になる。

もっとも最近は広告主が、折込広告の水増しを知っていて、自主的に折込広告の発注枚数をABC部数以下に設定する商慣行ができている。そのために従来の新聞のビジネスモデルは、崩壊している。残紙による損害を、折込広告の水増しで相殺できなくなっているのである。

◆コンビニの商取引と新聞販売店の商取引の違い

最近の「押し紙」裁判では、だれが新聞の「注文部数」を決めているのかが争点になっている。コンビニなど普通の商店では、商店主が商品の「注文部数」を決めるが、新聞の商取引では、新聞社が「注文部数」を決めていることが指摘されている。その結果、ABC部数のロック現象が顕著化しているとも言える。

これまで兵庫県をモデルケースとして朝日、読売、毎日、産経のABC部数検証を行った。その結果、部数のロックという共通点が明らかになった。

次回の3回目の連載では、日経新聞と神戸新聞に焦点を当ててみよう。経済紙や地方紙にも、ABC部数の「ロック」を柱とした販売政策が敷かれているのかどうかを検証したい。(つづく)

◎黒薮哲哉-新聞衰退論を考える ── 公称部数の表示方向を変えるだけでビジネスモデルの裏面が見えてくる ABC部数検証・兵庫県〈1〉

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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広告を挟めば無料から楽しめる『YouTube』、テレビ的に観ることが可能な『AbemaTV』など、インターネット上で鑑賞できる動画には多種存在する。筆者もTV自体はかなり昔に処分して以来、持っていないが、映画、報道、K-POPや韓流ドラマ、DIYを扱ったものなど、さまざまに楽しんでいる。

そのようななか、断続的に利用しているのが『Netflix(ネットフリックス)』だ。今回、最近、話題の2作品について触れてみたい。

◆貧困の問題にまっすぐに向き合ったヒリヒリするような人間ドラマ『イカゲーム』

まず、2021年9月より配信されている、韓国発「サバイバルドラマ」が『イカゲーム(오징어 게임)』。多重債務者や貧困にあえぐ456人が人生を逆転するため、命がけでだるまさんが転んだや型抜き、綱引きや綱渡り、ビー玉や飛び石といった子どもの遊びがモチーフとなっているゲームに参加する。最後まで勝ち残った1人には456億ウォンの賞金が支払われるが、1つひとつのゲームに負ければその場で死ぬことになるのだ。


◎[参考動画]『イカゲーム』予告編 – Netflix

監督・演出・脚本はファン・ドンヒョク。出演はイ・ジョンジェ、パク・ヘス、ウィ・ハジュン、カン・セビョクほか。複数の媒体で監督は背景を説明しているようだが、エンタメ業界紙『The Hollywood Reporter(THR)』の記事(https://hollywoodreporter.jp/interviews/1234/)を引用しておく。「脚本を手に資金集めをしていた時に、全く上手くいかず、漫画喫茶でひたすら過ごしている時期がありあました。そこで、『LIAR GAME』『賭博黙示録カイジ』『バトル・ロワイアル』などのサバイバル系のものや、自分自身も経済的に困窮していた為、借金を抱える主人公が生死を賭けた戦いに挑む様な作品に夢中になりました。本当にそんなゲームがあれば絶対参加して、今の状況から抜け出して大金を手にしたいと考えて没頭していたんです。そんな時にふと思ったんです。『監督なんだからそんな映画を作ってしまえばいいんじゃないか』と」。本作が全世界で公開されると、11月、94か国でランキング1位を獲得。シーズン2の制作も明らかになっている。

わたしが感じたことは、貧困の問題に対し、ある種まっすぐに向き合っているということだ。国内でもおそらく韓国でも、差別的な視線やバッシングはあるだろう。しかし本作では、きれいごとではすまされない現状と、そのいっぽうで人間性や1人ひとりの人間ドラマが描かれている。グロ映像が苦手な人には向かないが、10?20年前くらいには国内でもこのようなヒリヒリするドラマ映画が多数あり、個人的によく観ていた。このような作品が世界で鑑賞されたのは、やはり格差が拡大し、正直者がバカをみるような世界となり、資本主義の限界が露呈し始めたからではないかと考えている。ちなみに、脱北者の女性も登場し、ゲームのなかで特殊な友情を育む。思い入れが強くなった登場人物がゲームに負けたりして命を落とすシーンでは、涙も流してしまうだろう。

◆意味が深い作品だからこそ真摯に対応して手本を示してほしい『新聞記者』の問題

次に注目されたのが、『新聞記者』。19年公開の映画も話題になったが、東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者による同名の著作(角川書店)を原案に、財務省の公文書改ざん事件をモチーフにした社会派ドラマだ。Netflixでシリーズ化され、映画と同様に藤井道人(なおひと)監督が手がけ、やはり全世界で配信された。キャスティングがなかなか絶妙で、米倉涼子さん、綾野剛さん、吉岡秀隆さん、寺島しのぶさん、吹越満さん、田口トモロヲさん、大倉孝二さん、萩原聖人さん、ユースケ・サンタマリアさん、佐野史郎さんなどが名を連ねる。


◎[参考動画]『新聞記者』 予告編 – Netflix

1月18日に『日刊ゲンダイ』(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/300079)は、「Netflix『新聞記者』海外でも高評価 現実と同じ不祥事描写に安倍夫妻“真っ青”』と題し、「海外でも上位に食い込み、香港と台湾の『今日の~』で9位にランクイン(17日時点)。英紙ガーディアンはレビューに星5つ中3つを付け、〈日本が国民の無関心によって不正の沼にはまろうとしつつある国だと示している〉と評価した」と記す。実際に、安倍夫妻が真っ青になったという事実をつかんだという話ではないようだが。

しかし、1月26日付の『文春オンライン』(https://bunshun.jp/articles/-/51663)によれば、プロデューサーの河村光庸氏が2021年末、森友事件の遺族に謝罪していたことが『週刊文春』の記事によって判明。「公文書改ざんを強いられた末に自殺した近畿財務局職員・赤木俊夫さんの妻、赤木雅子さんと面会し、謝罪していた」という。また、「赤木俊夫さんを診ていた精神科医に責任があるかのような河村氏の物言いなど、いくつかの点に不信感を抱いた赤木さんは“財務省に散々真実を歪められてきたのに、また真実を歪められかねない”と協力を拒否」とのことだ。さらに、「2020年8月以降、一方的に話し合いを打ち切り、翌年の配信直前になって急に連絡してきた河村氏に、赤木さんは不信感を強め、こう語ったという。『夫と私は大きな組織に人生を滅茶苦茶にされたけれど、今、あの時と同じ気持ちです。ドラマ版のあらすじを見たら私たちの現実そのままじゃないですか。だいたい最初は望月さんの紹介でお会いしたのだから、すべてのきっかけは彼女です。なぜ彼女はこの場に来ないのですか』 河村氏はこう返すのが精一杯だった。『望月さんには何度も同席するよう頼んだんですが、「会社の上層部に、もう一切かかわるなと止められている」と』」とも記されている。

そのうえ、遺族から借りた遺書を含む資料を返していないという疑惑も持ち上がった。このような状況に対し、『はてなブックマーク』には、「メディアにとって仮パクは当然のことよ。得ダネ関係は他所に資料が渡らないように積極的に仮パクするよ。俺も業界関係の取材受けたとき渡した資料未だに戻ってこないから 探してると返答あってからもう6年経つ」というような反応も寄せられた。

2月8日、望月衣塑子記者はTwitterで、「週刊誌報道について取材でお借りした資料は全て返却しており、週刊誌にも会社からその旨回答しています。遺書は元々お借りしていません。1年半前の週刊誌報道後、本件は会社対応となり、取材は別の記者が担当しています。ドラマの内容には関与していません。」とつぶやいた。しかし、これに対しても、「文春報道から2週間かけてこの回答。借用書がなかったのなら「返したことにするしかない」と決めたとしか思えないね。あれだけ森友に粘着してて、それで押し切るんだな。東京新聞も含め。」というようなコメントが人気を集めていた。

私は取材・執筆をする側が、勇気をふるって行動する被害者を応援しないどころか邪魔をするようなことをおこなうことは誤りだと考えている。新聞などの報道の現場に携わるわけでもないため、批判でなく支援になればとの思いがある場合、原稿内容が妨げとならないか、力となるかを確認してもらっている。そのうえで、問題提起として強い個所が削除になったり、わかりづらい内容になったとしても、当事者の思いを優先するよう心がけているつもりだ。

個人的には、望月記者を信じたい気持ちもある。また、ドラマだからこそ、わかりやすく、広く問題が伝わるという面ももちろんあるだろう。エンターテインメントの力というものも信じている。だが、本作はフィクションであるとうたってはいても、明らかに事実をとりあげているのだ。そして、会社の意向、ドラマ化に携わる側の意向、金のからみなどによって、真実がゆがめられることはよくある。私自身も取材を受け、意をくみ取ってくれて感心したこともあったが、おもしろおかしくされて怒りに震え、びっしりと赤字を入れて原稿を戻したこともある。

いずれにせよ、事実を正直に公開し、関係者は遺族に対して心からの謝罪をしたうえで今後の対応に関する希望を聞き、疑惑を残さずに、この問題を解決してほしい。東京新聞のことも監督のことも信じたい。問題を追及する側だからこそ、真摯に対応し、手本を示してほしいのだ。

▼小林 蓮実(こばやし・はすみ)
1972年生まれ。フリーライター、編集者。労働・女性・オルタナティブ・環境 アクティビスト。月刊誌『紙の爆弾』202年2月号に「北海道新幹線延伸に伴う掘削土 生活も水も汚染する有害重金属」、3月号に「北海道新幹線トンネル有害残土問題 汚染される北斗の自然・水・生活」寄稿。読者のリクエストに応じ、札幌まで足を伸ばしたものなので、ご一読いただけたらうれしい。全国の環境破壊や地域搾取について調べ続けていると、共通の仕組がわかってくる。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年3月号!

新聞販売店に放置された残紙(「押し紙」、あるいは「積み紙」)の写真がインターネットで拡散されるケースが増えてきた。店舗の内部や路上に、その日の残紙を積み上げた光景は、今や身近なものになってきた。「押し紙」で画像を検索すると、凄まじい残紙の写真が次から次へ画面に現れる。動画もアップされている。(文尾の動画参照)

が、新聞衰退を論じる学者やジャーナリストの多くは依然として、残紙問題を直視しない。なぜ、それが間違いなのだろうか? 本稿で考えてみたい。

 

ビニール包装されているのが残紙。新聞で包装されているのが折込広告

◆ABC部数には残紙が含まれている

新聞衰退論を語る論者が、その根拠として持ち出す根拠のひとつに新聞のABC部数の激減がある。ABC部数とは、日本ABC協会が定期的に公表している新聞の発行部数である。厳密に言えば、新聞社が販売店に対して販売した部数である。それが「押し売り」であるか否かは別にして、卸代金の徴収対象になる新聞部数のことである。

そのABC部数が減っていることを根拠として、新聞社が衰退のスパイラルに陥っているとする論考が後を絶たない。具体例をあげる必要がないほど、新聞産業の衰退を語るときには、この点が強調される。

しかし、このような論考には根本的な誤りがある。妄言とはまではいえないが、本質に切り込むものではない。客観的な事実認識を誤っているからだ。

ABC部数は、新聞社が販売店に販売した新聞部数を表している。しかし、必ずしもそれが新聞購読者数とは限らないからだ。たとえば新聞社が、販売店に対して3000部の新聞を販売していると仮定する。だが、販売店と新聞購読契約を結んでいる読者が2000人しかいない場合、ABC部数との間に1000部の差異が生じる。実際には2000人しか新聞購読者がいないのに、3000人の読者がいるという間違った認識が生まれてしまう。

それを前提として新聞の部数減を論じても、それは正確な事実に基づいたものではない。ABC部数に残紙が含まれていることに言及しなければ、読者をミスリードしてしまう。しかも、残紙でABC部数をかさ上げしている数量は、膨大になっていると推測できる。

本稿では、兵庫県における朝日新聞と読売新聞を例にして、ABC部数のグレーゾーンを検証しよう。

◆データを並べ変えると新聞のビジネスモデルのからくりが見えてくる

次に示すのは、兵庫県全域における読売新聞のABC部数である。期間は2017年4月から2021年10月である。カラーのマーカーをつけた部分が、部数がロックされている箇所と、その持続期間である。言葉を変えると、読売新聞が販売店に対して販売した部数のロック実態である。

【注意】なお、下記の2つの表は、ABC部数を公表している『新聞発行社レポート』の数字を、そのままエクセル表に移したものではない。『新聞発行社レポート』は、4月と10月に区市郡別のABC部数が、新聞社ごとに表示されるのだが、時系列の部数変化を確認・検証するためには、号をまたいで時系列に『新聞発行社レポート』のデータを並べてみる必要がある。それにより特定の自治体における、特定の新聞のABC部数が時系列でどう変化しいたかを確認できる。
 
いわばABC部数の表示方法を工夫するだけで、新聞業界のでたらめなビジネスモデルの実態が浮かび上がってくるのである。

2017年4月から2021年10月の『新聞発行社レポート』(年に2回発行)を基に筆者が作成した兵庫県における読売新聞のABC部数の変化表である。日本ABC協会が作成したものではない

たとえば神戸市北区におけるABC部数の変化に注視してほしい。3年半に渡って、17,034部でロックされている。つまり読売は北区にあるYCに対し、3年半に渡って同じ部数を販売したことになる。しかし、新聞の購読者数が3年半に渡って1部の増減も生じない事態はまずありえない。あまりにも不自然だ。なぜ、このような実態になったのだろうか。

それは読売が販売店に対して新聞仕入れ部数のノルマを課しているか、さもなければ販売店が自主的に一定の部数を買い取っているかのどちらかである。わたしは、これまでの取材経験から前者の可能性が高いと考えている。

他の地域についてもロック現象が頻繁に観察できる。南あわじ市のABC部数にいたっては5年間にわたり1部の増減も観察できない。

このようなデータを鵜呑みにして論じた新聞衰退論には、正確な裏付けがない。

朝日新聞のABC部数の変化も紹介しよう。読売新聞と同様に、部数がロックされている実態が各地で確認できる。

2017年4月から2021年10月の『新聞発行社レポート』(年に2回発行)を基に筆者が作成した兵庫県における朝日新聞のABC部数の変化表である。日本ABC協会が作成したものではない

◆「押し紙」裁判の資料は裁判所で公開されている

上記の2件の調査から、ABC部数と新聞の購読者数の間にかなりの乖離があることが推測できる。それでは新聞の衰退を部数減という面から論じるとき、なにが必要なのだろうか?

まず、第一にそれは全国で多発している「押し紙」裁判を通じて、残紙の実態を把握することである。現在、読売の「押し紙」裁判だけでも、全国で少なくとも3件起きている。

(東京本社が1件、大阪本社が1件、西部本社が1件)裁判資料は原則として、裁判所で閲覧できるので、裁判の当事者が閲覧制限でもしていない限り、残紙の実態は簡単に把握できる。そのうえで、ABC部数の性質を把握する必要がある。

第2に、新聞社の残紙を柱とした新聞のビジネスモデルを分析することである。熊本日日新聞などは例外として、大半の新聞社は、残紙でABC部数をかさあげすることで、販売収入と広告収入を増やしている。一方、販売店は残紙で生じた損害を、折込広告の水増しや補助金で相殺することで、経営を成り立たせる。この従来のビジネスモデルが成り立たなくなってきたのである。実は、この点が新聞衰退の本質的な原因なのである。ABC部数の増減は枝葉末節にすぎない。

2008年ごろに週刊誌や月刊誌がさかんに「新聞衰退」の特集を組んだことがある。これらの特集は、数年のうちに新聞社が崩壊しかねないかのような論調だった。が、そうはならなかった。その要因は、残紙の損害を折込広告で相殺するビジネスモデルがあったからにほかならない。従ってそれがどのようなものであるかを解明しない限り、新聞衰退の実態を正しく把握することはできない。ABC部数の増減だけが問題ではないのだ。むしろこれは世論をあざむくトリックなのである。

◆データとしての価値に疑問

なお、余談になるが公表されている新聞の発行部数が正確な購読者数を反映していなければ、広告主にとっては使用価値がない。少なともABC部数と読者数の間にほとんど差異がないことが、データとしての価値を保証する条件なのである。

この点に関して、日本ABC協会は次のようにコメントしている。

【日本ABC協会のコメント】

お世話になっております。以前にも同様のお問い合わせをいただいておりますが、
ABCの新聞部数は、発行社が規定に則り、それぞれのルートを通じて販売した部数報告を公開するものです。

この部数については、2年に1度新聞発行社を訪問し、間違いがないかを確認しています。

広告主を含むABC協会の会員社に対しては、ABCの新聞部数はあくまで販売部数であり、実配部数ではないことを説明しています。

販売店調査では、実配部数も確認していますが、サンプルで選んだ販売店のみの調査となります。

個々の販売店調査の結果は、公査終了後、各社の販売責任者に報告していますが、公査の内容に関しましては、守秘義務があり、当事者以外の方には公表していません。

また、部数がロックされているということに関しては、新聞社と販売店の取引における現象であり、当協会はあくまで報告された部数の確認・認証が主な業務のため、お答えする立場ではございません。

どうぞよろしくお願いいたします。


◎[参考動画]残紙の回収場面(18 Mar 2013)Oshigami Research

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ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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公明党が自民党と連立して政権党に変身したのは、1999年、小渕恵三内閣の時代である。自民党単独では、安定した政権運営にかげりが兆し、公明党が自民党の補完勢力として、その存在感を発揮するようになったのである。

しかし、公明党と新聞業界の関係が、派手に報じられることはない。かつて問題になった安倍晋三と渡邉恒雄らマスコミ幹部の会食に象徴される両者の「情交関係」などは、公明党には無縁のような印象がある。

筆者はこのほど公明党の政治資金収支報告書(2020年度分)を出典として、公明党の機関紙『公明新聞』を印刷している新聞社系の印刷会社をリストアップした。その結果、複数に渡る新聞社系列の印刷会社が、『公明新聞』を印刷していることを確認した。公明党から総額で月額1億2000万円程度(2020年度6月度の実績)の印刷収入を得ている。

次に示す表が、その内訳である。

『公明新聞』を印刷している新聞社系の印刷会社(出典=公明党の2020年度政治資金収支報告書)

なお、(株)池宮商会は新聞社系の印刷会社ではない。

(株)かなしんオフセットというのは神奈川新聞社系の印刷会社である。

東日印刷、日東オフセット、高速オフセットは、毎日新聞グループの持株会社である毎日新聞グループホールディング傘下の会社である。取引額がずば抜けて多い。

ちなにみ高速オフセットは、公明新聞だけではなく、大阪府の広報紙『府政だより』の印刷も請け負っている。(2021年度時点での調査)。

読売プリントメディアは、読売新聞グループの印刷会社である。余談になるが、この会社は公明新聞のほかに次の媒体を印刷している。同社のウエブサイトの記述を引用しておこう。

 

神奈川県の広報紙「県のたより」

【主な自治体広報・選挙公報の実績】

■自治体広報
県のたより(神奈川県)、ちば市政だより(千葉県・千葉市)、広報ふじさわ(神奈川県・藤沢市)、広報ところざわ(埼玉県・所沢市)、広報東京都(東京都)、都議会だより(東京都)など。

■選挙公報
・衆議院選公報(東京都比例代表)および最高裁裁判官国民審査公報
・参議院選公報(東京都比例代表)

このように政党機関紙、広報紙、選挙公報などの印刷を請け負うことにより、取引の当事者間に特別な関係が構築されているのである。公権力や政党と行政機関の癒着は、大阪府と読売新聞の包括提携協定にみる事例だけではない。それは氷山の一角に過ぎない。

◆2010年の調査、印刷事業から撤退した朝日新聞社系

新聞社系の印刷会社が、『公明新聞』を印刷していることは、かなり以前から指摘されてきた。筆者がこの調査を最初に行ったのは、2010年である。出典としたのは、2009年の政治資金収支報告書である。

調査結果は「マイニュースジャパン」に掲載した。

事業規模そのものは、今回の調査で明らかになった結果と大きな差はないが、事業に参加している新聞社系の印刷所の数が若干増えている。前回の調査では、朝日新聞系の日刊オフセットも公明新聞の印刷事業を請け負っていたが、今回の調査では確認できなかった。両者が取引を終了した理由は分からない。

 

公明党・山口那津男代表(出典:wikipedia)

次に示すのが前回の調査で明らかになった印刷会社である。

岩手日日新聞社
かなしんオフセット(神奈川新聞)
神戸新聞総合印刷(神戸新聞)
四国新聞社
静岡新聞社
中国印刷(中国新聞)
中国新聞福山制作センター(中国新聞)
中日高速オフセット印刷(中日新聞)
山陰中央新報社
道新旭川印刷(北海道新聞)
長崎新聞社
西日本新聞印刷(西日本新聞
日刊オフセット(朝日新聞)
新潟新報社
福島民報社
毎日新聞北海道センター(毎日新聞社)
東日印刷(毎日新聞社)
東日オフセット(毎日新聞社)
エステート・トーニチ(スポニチ新聞社・注:縮刷版)
ショセキ(北國新聞社)
南日本新聞オフセット輪転

◆新聞批判、視点の問題点

「なぜ新聞ジャーナリズムは衰退したのか?」という例題は、昔から延々と論じられてきた。読者は、次の引用文がいつの時代のものかを推測できるだろうか。

「【引用】たとえば、新聞記者が特ダネを求めて“夜討ち朝駆け”と繰り返せば、いやおうなしに家庭が犠牲になる。だが、むかしの新聞記者は、記者としての使命感に燃えて、その犠牲をかえりみなかった。いまの若い世代は、新聞記者であると同時に、よき社会人であり、よき家庭人であることを希望する。」

この記述は、1967年、日本新聞協会が発行する『新聞研究』に掲載された「記者と取材」と題する記事から引用したものである。1997年には新聞労連が、「新聞人の良心宣言」なるものを発表した。「はじめ」の部分で、次のように述べている。

「【引用】新聞が本来の役割を果たし、再び市民の信頼を回復するためには、新聞が常に市民の側に立ち、間違ったことは間違ったと反省し、自浄できる能力を具えなくてはならない。このため、私たちは、自らの行動指針となる倫理綱領を作成した。他を監視し批判することが職業の新聞人の倫理は、社会の最高水準でなければならない。」

ここでも精神論が柱になっている。同じような傾向が現在も続いている。全員が本田勝一氏や望月衣塑子氏のような記者になれば、新聞はよくなるという幻想である。もちろんこうした考えが、全くの誤りだとまではいえないが、思考の方向性としては間違っている。

それは木を見て森を見ない論理である。新聞社が企業として成り立つ基盤に公権力が経済上の優遇措置を施すことで食い込んでいる状況下では、いくら新聞記者に精神論を唱えても新聞ジャーナリズムには限界がある。基本的には何も変わらない。

わたしは、新聞ジャーナリズムを衰退させた物質的・経済的事実を徹底的に探る必要性を感じている。たとえば、記者クラブ制度である。新聞社と広告主との関係である。新聞に対する優遇措置、たとえば軽減税率の適用や再販制度の維持政策である。「押し紙」政策に対する公権力の不介入方針である。学校教育現での新聞の使用を提唱した学習指導要領の実施方針である。そして本稿で取り上げた政党機関紙の印刷を通じた「情交関係」である。

筆者が取材してきた「押し紙」問題は、単に商取引の問題ではなく、新聞ジャーナリズムの問題である。新聞ジャーナリズムが機能しない最も大きな原因にほかならない。「押し紙」により新聞社が得る経済的メリットが尋常ではないからだ。

※今月発売の『紙の爆弾』に、浅野健一氏らによるメディア(新聞やSNS)について考えさせる優れた記事が複数掲載されている。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

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昨年(2021年)の12月27日、読売新聞社と大阪府は記者会見を開いて、両者が包括連携協定に締結したことを発表した。大阪府の発表によると、次の8分野について、大阪府と読売が連携して活動する計画だという。特定のメディアが自治体と一体化して、「情交関係」を結ぶことに対して、記者会見の直後から、批判があがっている。

連携協定の対象になっている活動分野は次の8項目である。

(1)教育・人材育成に関すること
(2)情報発信に関すること
(3)安全・安心に関すること
(4)子ども・福祉に関すること
(5)地域活性化に関すること
(6)産業振興・雇用に関すること
(7)健康に関すること
(8)環境に関すること

(1)から(8)に関して、筆者はそれぞれ問題を孕んでいると考えている。その細目に言及するには、かなり多くの文字数を要するので、ここでは控える。

◆読売が抱える3件の「押し紙」裁判

多くの人々が懸念しているのは、大阪府と読売が一体化した場合、ジャーナリズムの中立性が担保できるのかとう問題である。もちろん、筆者も同じ懸念を抱いている。

しかし、筆者は別の観点からも、この協同事業には問題があると考えている。それは読売グループの企業コンプライアンスである。大阪府は、同グループによる新聞の商取引の実態を調査する必要がある。

結論を先に言えば、新聞販売店に搬入されている新聞の部数に不自然な点があるのだ。俗にいう「押し紙」問題である。現在、読売新聞社を被告とする「押し紙」裁判が3件起きている。しかも、東京本社、大阪本社、西部本社のそれぞれが裁判の被告になっている。いずれも販売店の元店主が、「押し紙」による損害賠償を求めている。

「押し紙」とは、簡単に言えば、新聞社が販売店に対して買い取りを強要する新聞のことである。しかし、読売本社は一貫して、「押し紙」をしたことは一度もないと主張してきた。読売の代理人を務めてきた喜田村洋一弁護士(自由人権協会代表理事)も、一貫してそのような考え方を表明してきた。

新聞販売店で過剰になっている新聞(残紙)は、新聞販売店が折込広告の受注枚数を増やしたり、本社から支給される補助金の額を増やすことなどを目論んで、自主的に注文してきた部数であるとする立場を貫いてきた。そのために残紙を指して、「押し紙」とは言わない。「積み紙」と言う。用語にもこだわりを持っているのだ。

残紙の回収風景(本文とは関係ありません)

◆ABC部数と実配部数が乖離している可能性

大阪府が調査しなければならないのは、読売新聞社と新聞販売店のどちらに残紙問題の責任があるのかという点ではない。それは裁判所の役割であって、大阪府は関知できない。

問題は、読売側に非があるにしろ、販売店側に非があるにしろ、公表されている新聞の部数(ABC部数)に疑義がある点なのである。実配部数(実際に配達している部数)を反映していないのではないかという疑惑があるのだ。

残紙を抱え込むことで、事業規模を実際よりも大きく見せていれば、広告主(折込広告、紙面広告)が経営判断を誤ることになりかねない。

調査の焦点は、読売グループの残紙である。残紙が確認できる読売の販売店が複数存在することは紛れない事実である。たとえば現在進行中の3件の「押し紙」裁判の資料を、裁判所の記録係で閲覧すれば、それは簡単に明らかになる。(誰でも閲覧可能)。

またABC部数を解析することで、ABC部数と実配部数に乖離があるかないかを推測することもできる。

次に示すのは、大阪府の大阪市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)である。着色した箇所は、部数がロック(固定)されている期間を示している。

読売新聞 大阪市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)

通常、新聞購読者の数は日々変化する。しかも、「紙新聞」離れが進んでいるので読者数は極端な減少傾向にある。ところが上の表に見られるように、大阪市における読売新聞の場合、当たり前に部数がロックされている。読売本社が販売店に販売している部数が、1年から数年にわたり固定されているケースが頻繁に観察できる。
 
たとえば生野区の場合、2016年10月から2020年10月までの4年半にわたって、ABC部数が6083部にロックされている。1部の増減もない。その原因が読売本社にあるにしろ、販売店にあるにしろ、広告主(折込広告、紙面広告)は不信感を抱くだろう。PR戦略に不安を感じかねない。常識的にはあり得ない現象であるからだ。

参考までに堺市のデータも紹介しておこう。

読売新聞 堺市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)

広告主は、ABC部数などのデータを参考にして、紙面広告の媒体を選んだり、折込広告の印刷部数や折込枚数を決めるわけだから、新聞の実配部数(実際に配達している新聞)を把握しておかなければ、経営判断を誤る。大阪府自身も広報紙『府政だより』の広告主(新聞折り込みで配布)になっており、正確な実配部数を把握する必要がある。

ちなみに次に示す熊本日日新聞の熊本市におけるABC部数は、新聞の商取引が正常であることを示している。わたしが知る限り、同紙は自由増減制度(販売店が、自分の判断で注文部数を決める制度と権利)を保証しているから、部数のロックが1部も観察できない。表の上で、着色対象になる期間がまったくない。

熊本日日新聞 熊本市におけるABC部数の変化(2016年4月から2020年10月の5年間)

「押し紙」裁判は、読売本社と販売店の係争(業界内の問題)であり、両者で決着すべき問題だが、残紙問題に折込広告や紙面広告がからんでくると、業界の壁を超えた大問題になる。残紙が広告主のPR戦略と経営判断に影響するからだ。かりに読売グループにコンプライアンス問題があれば、読売関係者が児童や生徒に読み書きや作文を指導するのはふさわしくない。彼らが「道徳」を語るべきではない。

大阪府の吉村洋文知事は、この点を踏まえて新聞の商取引の実態を調査すべきではないか。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、他。
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