麻布十番駅と三田駅に挟まれた一角。中之橋の南側。国際福祉大学三田病院、三田国際ビル、イタリア大使館といった重量系の建物が揃うこの地区で、一風変わった風貌の神社を見つけた。今回は、そんな元神明宮天祖神社(もとしんめいぐうてんそじんじゃ)を紹介しよう。

 

◆“都心に鎮座する最も近代的な神社”

打放しコンクリートで仕上げられた近代建築の隅に“元神明宮”という文字を見つけたときは、はてなと思った。時間経過を伝える石垣。残された木々の緑。道の傾斜と方角を無視しない造りは、土地や歴史との調和を図ろうという心遣いの表れだろう。立派な建築ではあるがまさか神社ではあるまいと思いながら南側へ廻ると、確かに鳥居が建てられており、また石碑には“天祖神社”とある。インターネットを使って調べてみると、ここは元神明宮天祖神社という神社であり、寛弘2年(1005年)に一条天皇の勅令によって創建されたということが分かった。この風貌は平成6年に行われた全面改築の結果だという。同社ホームページにも“都心に鎮座する最も近代的な神社”とあり、なるほど自覚的だ。

この元神明宮を知るため、そこに祀られた神について調べてみた。建築というテーマから外れることになるが、せっかく調べたので書いておこうと思う。名称を多用するため読みづらいかもしれないが、どうかお付き合いいただきたい。

普通、神社では複数の神を祀っており、主として祀られる神を主祭神(しゅさいじん)または主神(しゅしん)、それ以外の神を相殿神(あいどのしん)や配神(はいしん)などと呼ぶ。元神明宮の主祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)、相殿神は水天宮(すいてんぐう)だ。

◆元神明宮──その名に潜む自嘲性

港区の芝に鎮座する芝大神宮をご存知だろうか。主祭神は天照大神と豊受大神(とようけのおおみかみ)の二柱で、これが神社界のトップである伊勢神宮と同じであることから“関東のお伊勢様”として親しまれている神社だ。この芝大神宮は元神明宮と同じ寛弘2年に建てられたもので、また芝大神宮は増上寺の東側、元神明宮は増上寺の西側に位置しており両者はご近所さんでもある。現在はそれぞれ芝大神宮、元神明宮と呼ばれているが、当初はどちらも単に“神明宮”と呼ばれていたという(天照大神を主祭神とする神社は一般に“神明宮”や“天祖神社”などと呼ばれる)。

時が流れて江戸時代。徳川幕府は、増上寺付近に鎮座するこのふたつの神明宮をひとつにまとめようとした。要するに“三田の神明宮”を消して“芝の神明宮”を残そうということになったのだが、それに納得できない三田陣営は御神体を隠してそれを警備し、断固として芝陣営へ渡さなかったという。こうしたドラマを経て“三田の神明宮”はいつしか“元神明宮”を名乗ることになったのだ。歴史を知ってみると、当初違和感のあった“元神明宮”というネーミングに自嘲的な感じが加わって面白い。現在の堅固なコンクリート造りは、あるいはこうした歴史を踏まえたものなのだろうか。

◆水天宮と久留米藩

元神明宮の相殿神である“水天宮”の総本社は現在の福岡県久留米市に鎮座しているのだが、この水天宮を巡ってはこんな話がある。江戸時代初期、元神明宮に隣接して大名屋敷が置かれることになった。それは江戸時代初期から明治維新までの約250年間にわたり久留米藩を治めた有馬家の上屋敷で、敷地面積は25,000坪(東京ドーム2個分)と広大だ。現在、その跡地には国際福祉大学三田病院や三田国際ビルが建っている。明治初年、その有馬家が青山へ移転する際に元神明宮へ祀られたのが水天宮なのだ。その時代、江戸に文化が流入してきたことが分かるハッキリとした表れだ。

◆神に寄り添う社殿直結賃貸ビル

それにしてもこの神社、建物の円柱部分を社殿直結の賃貸ビルとして経営しているというからこれまた面白い。もし家を建てるなら、とイメージを膨らませるとき、インテリア好きの筆者はその内側にばかり集中するのだが、とりあえず外壁は打放しコンクリートであるものとして妄想を深めていくことが多い。そんな好みだから、大成を願いながら神に寄り添ってここに暮らすのも悪くないと思うが、さてどうだろう。

 

[撮影・文]大宮浩平

▼大宮 浩平(おおみや・こうへい)
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
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愚直に直球、タブーなし!『紙の爆弾』

 

東京タワーを右手に桜田通りを北上し、飯倉交差点、つまりは右折すれば東京タワーにたどり着くその交差点を過ぎるとき、左手奥に見える異様な建造物。都心のタクシードライバーは、これに関する知識をきっと用意している。好奇心旺盛な乗客がそれを目にすれば「あれはなんだ!」と質問するに違いないからだ。

霊友会釈迦殿(れいゆうかいしゃかでん)は、その名の通り宗教法人霊友会の本部施設であり、同会ホームページによれば「釈尊との心の会話を交わす場として建立」され、そこでは「在家のつどい、妙一会お花まつり、節分会など、さまざまな行事が行われている」とのことだ。「特徴ある釈迦殿の外観は“合掌”をイメージしています」とも記されている。

竣工は1975年(昭和50年)。延床面積は25,720㎡。地下6階、地上3階の鉄筋コンクリート造。設計施工は竹中工務店。同社設計部の岩崎堅一と絹川正が設計を担当した。岩崎堅一は、有楽町センタービルディング(通称“有楽町マリオン”)や横浜市大倉山記念館といった大規模な設計に携わる建築家であり、受賞歴も多い。また、武蔵工業大学(現東京都市大学)工学部建築学科教授を経て現在は名誉教授を務めるなど、若手育成にも関係する人物だ。

この建造物の特徴として、まずはその“巨大”さを挙げるべきだろう。「ピラミッドの巨大さは、ただ体積が大きいのみならず、それがほとんど実用性を感じ得ない“モニュメント”であることによってより強く感じられるのだ」という話を聞いたことがあるが、釈迦殿についても同じことが言えるのではないか。私がこれを指して“建造物”と呼ばざるを得ないあたりからもその巨大さを感じ取ってもらうこともできるかもしれない。

 

造りとしては、大屋根を支持する28本の柱が目を引く。それらは道を形づくっており、したがって参道の役割を果たしている。柱や床材には御影石(花崗岩)が用いられており、ピカピカに磨かれた石の重みがダイナミックで荘厳な空間を支えている。御影石もその種類によってずいぶん趣が違うものだが、ここに用いられているのは中国の山東省を産地とする“中国マホガニー”もしくは米国サウスダコタ州の“ダコタマホガニー”ではないだろうか。いずれも安価なものではない。参道空間の天井は低く、また装飾はシンプルに統一されており、どこかミニマルな思想を感じさせる。これは、重い扉を押し開けた先にあるメインホールとのコントラストを生むための構造であり、法悦への導入だろう。

実は10年ほど前にもここを訪れたことがあるのだが、そのときの道連れ、自称“B級映画ハンター”によれば「宗教団体はとにかく信者を集めなきゃいけないから、まずはヴィジュアルで攻めてくる」のだという。なるほどそんなものなのか知らん。

 

▼[撮影・文]大宮 浩平(おおみや・こうへい)
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『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

 

東京大学のすぐ近くに本郷館という建物があった。日本最古の木造三階建てとして知られたその建物は、かつて下宿として活躍し、その最後まで学者や物書きに愛され続けた名建築だ。風呂なしキッチンなしトイレ共同。わずか3畳のスペースに、オットマン付きのイームズ・ラウンジチェアとB&Oの大型スピーカーを置いて生活していた摩訶不思議な友人を訪ねたことを思い出す。2011年に本郷館が取り壊された時、非常な喪失感とともに私は涙を流した。

二度とこの気持ちを味わうことはしたくない。いつか取り壊されてしまうその前に写真に収めれば、己の精神衛生管理に役立つはずだ。そんな思いでちまちまと古建築を撮影しているのだが、ここではその“古建築アーカイブ”活動の一部を紹介する。第1回は『JR原宿駅木造駅舎』としよう。

◆関東大震災の翌年1924年に竣工

原宿駅が日本鉄道の駅として開業したのは1906年(明治39年)。当時の駅舎は現在のものよりも代々木駅寄りに建てられており、貨物列車の営業も行っていたという。1920年(大正9年)の明治神宮完成、1923年(大正12年)の関東大震災を経て、1924年(大正13年)に改めて建設されたのが現在の駅舎だ。東京都内に現存する木造駅舎としては最も古いものであり、その特徴的な外観は初めて訪れた者の注目を集めること必至である。

ファサード(建物の正面)を含む外壁に用いられているのは、“ハーフティンバー様式”という建築技法で、壁(白色であることが多い)から覗く材木のラインが特徴的だ。イギリスやドイツ、フランスの木造建築に見られる様式だが、特に15世紀から17世紀に建てられたイギリスの住宅に用いられていることが多い。このハーフティンバー様式と、屋根に載った尖塔や時計の装飾とが相まって、原宿駅木造駅舎は“ヨーロッパの田舎町”風の趣を醸している。小ぶりで可愛らしいデザインの建物がものすごい数の乗降者を迎え送り出しているその姿を眺めていると、健気で微笑ましい感じがして面白い。設計したのは鉄道省公務局建築課の長谷川馨。同氏の作品である2代目横浜駅舎にも原宿駅同様の尖塔が付いていたというが、残念ながら取り壊されている(現在の横浜駅は3代目)。

◆この駅舎は残してほしい

2017年6月8日、東京オリンピックが開催される2020年までに原宿駅を改良し、新駅舎を建設するという計画が発表された。降者数に比し原宿駅舎は小さすぎるのだろう。他にも事情があるのかもしれない。しかし改良が進められるにしても取り壊しは避け、なんとか現在の駅舎を残してほしいというのが筆者の願いだ。連続したデザインで新駅舎と接続し、駅としての機能を新駅舎に移すということでも構わない。建築を含む都市の景観はそこに暮らす人々の感性に直接影響するものなのだから、都市計画に従事する人間や建築家はそのことをよく理解し、より真剣に扱ってほしいと思う。

 

 

[撮影・文]大宮浩平

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7日発売『紙の爆弾』6月号!森友、都教委、防衛省、ケイダッシュ等今月も愚直にタブーなし!

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

「ふるさと納税」制度がスタートしてから9年弱。2017年2月24日に開かれた記者会見で、菅義偉官房長官は「ふるさと納税で多くの地域が活性化した」と述べ、また「2016年度のふるさと納税の寄付額が前年度の2倍になる」との見通しを明らかにした。2015年度の寄付総額は約1653億円であるから、今年度の寄付総額は3000億円を超えるだろうということだ。

2008年4月30日に交付された「地方税法等の一部を改正する法律」により、個人住民税の制度の一つとして同年5月よりスタートした「ふるさと納税」。制度が始まった2008年度の寄付総額は約81億円だったが、各自治体が高級肉や家電などの返礼品を用意したことが話題になり、利用が拡大。2014年度は約389億円。2015年度はその約4倍と寄付額は急増していた。

2016年度上半期の町別寄付額ランキングで1位になった佐賀県上峰町。人気の的となっている「佐賀牛」を中心に、野菜や果物といった自慢の農産物を多くの人に知ってもらおうというイベントが品川の「QUEEN’S ISETAN」にて催されていたので立ち寄ってみた。

しっかりとデザインされたチラシとイベント用に用意したと思われるポップやユニフォーム。会場内に5箇所あるコーナーで試食をすると、チラシにシールを貼ってくれる。シールを3枚集めれば抽選会に参加でき、特産品の「天衝米」などが当たる。こんなスタンプラリーも行われていた。

都道府県別寄付額第1位である北海道をはじめ、多くの自治体でその制度が評価されている「ふるさと納税」だが、自治体間の競争が過熱し、返礼品にかかる費用の負担が重くなるなどの弊害も出ている。自治体の税収に関わることなのだから、こういった議論は絶えないだろう。絶やす必要もない。しかし、寄付額ランキングで上位であることを看板に掲げて「QUEEN’S ISETAN」などというプチブルスーパーマケットでキャンペーンを展開できるのだから、税制としては異例にポップである。その点を僕は面白いと思うし、法や制度というものが極めて身近なものだということを知るきっかけとしても有効なのでは、なんてことも考えてしまう。

余談だが、帰宅して佐賀県上峰町の寄付額を調べてみると2016年度上半期の市町村別ランキングでは7位となっている。あら、と思ったが、よく見ると上峰町が1位と謳っているのは“市町村”別ではなく“町”別ランキングなのであった。市や村は除き、日本の町の中で1番です、と言っているのだ。なるほど、“過去最高”や“歴代新記録”が量産されるように、1位を獲得する方法も様々である。

[撮影・文]大宮浩平

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脱原発は多数派だ!『NO NUKES voice』11号

東京電力が引き起こした原発事故から6年。2017年3月11日には東京電力ホールディングス本店前で抗議行動が行われた。前回に続き、現場の様子と参加者の声を紹介する。まずは、ルポライター・鎌田慧さんのスピーチだ。

鎌田慧さん

◆早く帰れという政府に対して、少しでも文句を言いなさい
 ルポライター・鎌田慧さんのスピーチ

あれから6年が経ち、福島の人たちの生活はますます苦しくなっています。そして、みなさんご存知のように、3月いっぱいで自主避難者の住宅補助を削るということになっています。こういう非人道的なことが許されるのか。20mSv以内であればとにかく帰れという、こんな無情な国家、非情な国家があるかということです。

今の内閣には、人の悲しみとか苦しみとか主権とか未来とかそういう考えが全く無い。彼らには全く考える力がない。3月いっぱいで終わるという自主避難者に対する住宅援助の打ち切りをやめさせるために、私たちはあらゆる力を尽くしていかなくちゃいけない。

また、東電はあれだけの大災害を発生させておいて、一言も反省しないで原発を再稼動しようとしている。事故を起こしておきながら、被害者に責任を押し付けている。東電はここへ出てきて謝れ。被災者に謝れ。6年間も故郷を追われた人たちに謝れ。そして、早く帰れという政府に対して、少しでも文句を言いなさい。全く君たちはのほほんとしている。

それから、核兵器につながる道を確保していこう、というのが政府の指針としてあります。私たちの原発を潰す運動は、日本が核武装しないという運動に直接繋がっている訳です。そういう意味でも、私たちは自分たちの運動に自信を持って断固として戦っていく。再処理工場は認めない。原発の再稼動を認めない。決して挫けてはいけない。決して諦めてはいけない。みなさん寒い中大変ですが、今日も1日頑張りましょう。

◆抗議行動中、俄かに騒がしくなる

抗議行動中、俄かに騒がしくなる場面があった。“天皇制反対”を唱えるグループがデモ行進で側を通りかかったことによるものだ。周りを取り囲む警察官の数も多く、また、それに続く右翼の街宣車などもあった。主題とは関連が薄いが、いくつかの写真を掲載しておく。

 

 

 

◆最後に見た景色はカモメの群れか、原発建屋の破片か
 講談師・神田香織さんのスピーチ

もう一人、講談師の神田香織さんを紹介しよう。聞き取りやすい声と力強い言葉選びはさすがといったところだろうか。

忠臣蔵という有名なお話があります。責任を取って全員切腹をするんです。それがどうですか。この原発事故で最も責任の重い会社では誰一人責任をとってないし腹も切ってないじゃないですか。こんなことじゃ亡くなった方は報われませんよ。新しい仕事っていうのは、必ず責任の所在をはっきりにして、それからじゃなきゃ始まらないんです。

私たちはもう6年間も待ってるんですよねえ。もう限界だと思いませんか。避難者の皆様への住宅支援を打ち切るという暴挙にすら出ようとしております。苦しめられて苦しめられて、そしてまた住まいを奪うというような、こんなイジメってないじゃないですか。まず責任を取るべき自分たちがそこに移り住むべきなんですよ。

この間飯舘村に行ってきました。なんと、あの美しかった村のほとんどのところにフレコンバッグの山ですよ。そこへ戻れ戻れって、いったいどういう神経でそういうことが言えるのかと思いますよ。

責任を取るべき人たちが全く責任を取らないがために、このようにおかしなことが起きてるんですよねえ。国民の税金の使い方、間違っていると思いませんか。

今からでもいいから早く裁判を初めて、東電の幹部達の責任をはっきりさせること。それを早急に始めてもらって、そして今政府が進めているやり方も撤回してもらう。それからじゃなきゃ話は始まらないと思うんですよ。

みなさん、私、ほんとに悔しいんですよ。6年前の原発事故の後、避難命令が出ために、津波で海岸に打ち上げられた人たちや、車の中でクラクションを鳴らして助けを待っていた人たちを助けることができなかった。全く無傷、傷ひとつない遺体が後でたくさん見つかったそうですよ。ガリガリに痩せて、あばら骨が見えるぐらい痩せて、助けを待って待って待って、亡くなっていったんですよ。消防隊員も警察も、もうみんな悔しい思いをしてるんです。身内を失った家族の悲しみ、苦しみたるや、もう想像がつかないぐらいでございます。本当なら助かったはずの命がたくさんたくさん亡くなってるんですよ。

その人たちが最後に見た景色はなんだったのでしょうか。空に飛ぶカモメの群れでしょうか。それとも爆発で吹き飛んだ原発建屋の破片でしょうか。最後に聴いた音はなんだったのでしょうか。爆発音でしょうか。それとも寄せては返す波の音だったのでしょうか。

原発事故の責任を取ることと再稼動を絶対にやめること。もう一度でも事故が起きたらこの国は破滅ではありませんか。チェルノブイリの苦しみや福島の悲しみを教訓にしないで再稼動するとはなにごとでしょうか。

講談の世界では、悪者はやっつけられることになってるんですよ。勧善懲悪っていって、正しいことをしてる人が助かることになってるのに、今の世の中真逆じゃないですか。なんですか、強きをどんどん助けて弱きをどんどんくじいてゆく。講談師としても、許せません。

日本には抵抗の文化が無い、と言われることがありますが、昔から抵抗はしてきたんです。このように言われるのは、抵抗がまだ文化になっていない、ということなんだと思います。私たちは、抵抗の文化を打ち立てていきましょうよ。

そして、庶民が痛い目にあっていく弱肉強食の世の中が続いていく限り、私たちの抵抗の文化を昇華させていきましょうよ。そのためにもですね、私は講談で訴えていきます。微力ですけれども、理不尽な目にあった人のお話をどんどんどんどん語っていきます。

私たちは決して諦めない。呆れ果てることが雨あられと降ってきても、呆れ果てても諦めないで参りましょう。みなさん一緒に、いいですか。呆れ果てても諦めない。呆れ果てても、諦めないぞ!

神田香織さん

[撮影・文]大宮浩平

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〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』11号

東京電力が引き起こした原発事故。あれから6年を経た今日も、悲惨な状況は続いている。2017年3月11日、東京電力ホールディングス本店前にて東電に対する抗議行動が行われた。蟻の目で記録した現場の様子と参加者の声。ビジュアルと文章でお伝えする。

◆福島返せ! 命を返せ! 情報隠すな! 原発反対!

東電本店が所在する内幸町は、千代田区の南東端に位置し、中央区・港区との区境にあたる。歩くことの好きな筆者は東京の道をそこそこ知っている。すこし離れた東京駅で電車を降り、銀座中央通りを南へ。新橋の手前で右折すれば山手線の下を潜って内幸町へ出ることができる。見つけた。山手線の“内側”に沿って建つ、これが東電本店だ。東電を背に、南を向いて集まっているのが警察と公安。道路を挟んで南側。角地に集まっているのが抗議活動参加者。間の道を走る高級車は、少し速度を緩め、なんとなく様子を眺めて銀座へ向かう。

たんぽぽ舎・柳田真さんの挨拶を経てシュプレヒコールが始まった。
福島返せ! 命を返せ! 情報隠すな! 原発反対!

たんぽぽ舎共同代表の柳田真さん

福島返せ! 命を返せ! 情報隠すな! 原発反対!

◆経産省前テント広場の共同代表、淵上太郎さん

午後2時から始まった抗議活動。シュプレヒコールに続いてマイクを握った淵上太郎さんは、経産省前テント広場の共同代表として活動している方だ。

「今日、あの福島の事故から6年が過ぎました。私たちはこの6年間、原発事故における東電の責任を追及してきました。そして原発政策へ反対するために、40回以上にわたってここ東電本店前で抗議行動を行ってきました。本日は3月11日。改めて東京電力に対して抗議の意思を示したい。そう思うわけです。
 なぜ抗議を続けるのか。それは、反省というものがまるで為されていないからであります。政府や行政は、福島をはじめとする原発事後被災地へ、極めて巧妙なやりかたで被災者を帰還させようと強行しています。4月1日から、避難者に対する住宅補償を打ち切ると言っている。ある福島の女性が『頭の中では帰還したいと思っているけれども、体が許さない』と話していました。帰るにしろ帰らないにしろ、極めて厳しい選択を迫られているわけです。それを迫っているのは、東電であったり日本の政府であったりするわけです。
 聞くところによれば、福島では放射能の“ほ”の字も口に出すことができない。こんな風になっている。そういう社会的な雰囲気が、東京電力や政府によって作られているということを、私たちは暴露しなければならないし、またこれと戦っていかなければいけない。これからも戦い続けるためには、大勢が声を揃え、肩を組んで進んでいくことによって、必ず新しい時代を切り拓くことができるだろう。そういう確信の下で本日の抗議行動も続けていきたいと思います」(淵上太郎さん)

経産省前テント広場の共同代表、淵上太郎さん

◆札幌の大規模集会で活躍した“自転車隊”の皆さんも

参加者のなかには、これまでの取材でお会いしたことのある方もいる。札幌での大規模集会で活躍した“自転車隊”の皆さんもそうだ。

札幌の大規模集会で活躍した“自転車隊”の皆さんも

双葉町からの避難者、亀屋由紀子さん

◆双葉町からの避難者、亀屋由紀子さん

東日本大震災の地震発生時刻が近づき、参加者による黙祷が捧げられた。写真左端に映るのは、福島県双葉郡双葉町から避難してきた亀屋由紀子さん。力ある声だと感じたのでここで紹介する。

「みなさんこんにちは。ふるさと双葉町を離れてもう6年です。この6年間、すごく辛い、耐えられない、なんぼ嫌な思いしたか分かりますか。この東電が無かったら、こんな苦しみは無かったんです私たちは。私は、再稼働に反対です。なぜかというと、自分が3・11で避難してくるときが地獄でしたから。なんにも持たない、テーブルもない、ダンボール拾ってきて新聞敷いて、ほんとうに地獄でした。同じ痛みを味わいさせたくないから、私は再稼働に反対なんです。絶対に再稼働させないでください。一番悔しいのは、双葉町とか浪江町なんですよ。原発から10kmくらいしか離れていないのに、なんで避難解除するんでしょうか。こんな危ないところに帰れない。わたしは絶対許せない。一言でいうと、双葉に帰りたい。今すぐにでも帰りたい。帰られるものなら今すぐにでも。でも帰れない。どんなことがあっても再稼働させないように、みなさん、これからもよろしくお願いします」(亀屋由紀子さん)

次回は集会に参加してスピーチを行った、ルポライターの鎌田慧さんと講談師の神田香織さんを紹介する。

[撮影・文]大宮浩平

▼大宮 浩平(おおみや・こうへい)
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〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!

 

 

2011年3月11日から6年が経過した。あの日がなければ『NO NUKES voice』は発行される必要があっても、実際に世に出ることはなかったであろう。いま私たちは確実に核種が膨大に飛散し汚染された国土で生活をしている。そのことはとりもなおさず、日々人間だけではなく、動植物が「被曝」していることを意味する。原子力=核の問題根源は「被曝」だ。「被曝」が動植物の遺伝子を破壊しその健康状態や生命に悪影響を及ぼすから、「原子力=核」は極めて危険であり、生物が生きることと相いれないのだ(自然放射線はどうなんだ? という愚問は横に置く)。

◆「被曝」への危機感の薄さに苛立つ

「そんなことは知っている」と言われる向きもあろうが、実はなかなか理解されていない。悔しいけれども『NO NUKES voice』の認知度と変わらないほどに一般社会では「被曝」についての危機感が薄い。反・脱原発運動にかかわる人の中にすら、被曝問題を軽視する方もいる。専門家が何千回と警告を発し、原爆をはじめとする核災害の被害者が体を示してその恐ろしさと危険を示しても、まだ、本当の恐怖を理解してもらえない。

そうであれば仕方ない。この際、腕力で「被曝」の恐ろしさを知っていただこう。

腕力ではなかった。格闘技と表現せねば正確ではない。明日15日発売の『NO NUKES voice』には格闘家、前田日明さんが登場し、「被曝」の危険性から、少子化問題をはじめとする現代社会の諸問題、サンフランシスコ講和条約の欺瞞にまで踏み込んで読者にマウントポジションから遠慮のないパンチをぶつける。題して「日本国メルトダウン──原発を止められないこの国を変えるために」だ。

◆前田日明によるタブーなき場外乱闘「原発論」

前田さんは知る人ぞ知る読書家であり、歴史にも造詣が深い。そして独自の世界観を確立されている。前田さんのご意見は本誌編集部の歴史観や政治観と必ずしも多くの部分が重なるわけではない。だからこそ本誌編集部は前田さんが本音を語っていただいたことに深い感謝を感じるのである。われわれは多様な意見を尊重しながら、反原発の立場から脱原発を実現したいと思う。『NO NUKES voice』に前田さんがご登場いただいた意義が大きいのは、言論の多様性をわれわれが実践したいとの思いが伝わったからだと信じたい。われわれは前田さんの主張が批判を含め議論を喚起することを期待する。原発賛成の方にとっても必読のインタビューだ。

◆前田日明は「暗黙の掟」を破って本気の蹴りをさく裂させた

何年前になるだろうか。前田さんが新日本プロレスの若手として台頭していたころの姿を思い出す。新日本プロレスではアントニオ猪木が負けてはならず、全日本プロレスではジャイアント馬場が時に負けてもPWFのベルトだけは手放さない。これが見る側の常識とプロレス界の黙約であった。観客の本音は血を見たいくせに、最後は勝者が決まっている、いわば大掛かりな肉体演劇。タイガージェットシンがサーベルを持ってリングに上がれば、あの鋭い剣先で相手を刺せば良いものを、シンはサーベルの持ち手の部分で相手の顔面を殴ることしかしない。
「なんで刺さないの?」と親に聞いたら、
「本当に刺したら死んじゃうじゃない」
と至極真っ当ながら、子供にすればどこか興ざめな「解説」をしてもらった記憶がある。

ボボ・ブラジル(リングネームからはブラジル出身レスラーのように思えるが実はアメリカ国籍)は花束贈呈役、着物姿の女性から花束をむしり取ると花束を食べだす。なんたる野蛮で怖い人間がいるものか、と本気で恐怖にかられてけれども、あれも「演技」だった。アブドラザ・ブッチャーは白いズボンの中に先の「尖っていない」凶器を潜ませていた。レフェリーは見えているのに見えないふりをする。

子供心に「世の中は、ああそういうものか」と、当時のプロレスはある種の社会教育の役割も果たしてくれていたのだ。

ところが相手レスラーが誰であったかは忘れたが、まだ当時売り出し中の前田さんが「暗黙の掟」を破って本気の蹴りを相手の顔にさく裂させたことがある。格闘技好きにはたまないシーンのはずなのだが、テレビを見ているこちらがヒヤッとした。鍛え抜かれた人間の本気の蹴りと演技くらいは毎週二回プロレス中継をテレビで見ているだけの子供にでもわかる。

◆前田日明の蹴りには「怒り」こそあれ、「演技」は微塵もなかった

前田さんの蹴りには「怒り」こそあれ、「演技」は微塵もなかった。あれは当時のプロレスにあっては絶対にご法度(少なくとも見る側にとっては)の本気の蹴り、いわば「世の中はうそだ!」と言わんばかりの暴露にも近い衝撃を与える事件だった。

その「予定調和」を崩した若き日の前田さんは、のちに総合格闘技に転じるが、「予定調和崩し」の迫力がここに再現される。前田さんの「世界観」を存分にご堪能いただきたい。

[文]伊藤太郎 [写真]大宮浩平

『NO NUKES voice』11号3月15日発売開始!

泊原発周辺のフィールドワークを長年行ってこられた地質学者・小野有五さん

『NO NUKES voice』Vol.10が昨日発売された。講談師・神田香織さんと哲学者・高橋哲哉さんの対談をはじめ、沖縄平和運動センターの山城博治さんや元原発作業員の池田実さんが登場するなどして非常にボリュームある一冊に仕上がっている。筆者も『大宮浩平の現場至上視点』というタイトルで写真と取材記を掲載させていただいているが、取材を通して誌面では書き尽くせなかったことも少なくない。とりわけ今回の北海道取材では、泊原発周辺のフィールドワークを長年行ってこられた地質学者・小野有五さん(表紙写真右)のお話は説得力に溢れていた。誌面では詳しくお伝えできなかった小野有五さんの言葉を筆者が再構成したかたちで以下、要約紹介する。

◆“活断層”とは何か?

3.11以降、原発の新規制基準は“将来活動する可能性のある断層等”の上に重要な施設を設置することを認めていません。ですから、原発施設の敷地内に“将来活動する可能性のある断層等”が存在すると判断された場合は、その原発を稼働させることができないのです。ちなみに、40万年前より後に活動した断層は“活断層”と呼ばれ、それは“将来活動する可能性のある断層等”に含まれています。

 

◆北海道電力の主張

北海道電力は泊原発の敷地内にある断層が“岩内層”という地層を変位させたということを認めていますが、“岩内層”は120万年前に形成されたものであるとしており、それ以降の地層変位が無いため原発敷地内に“将来活動する可能性のある断層等”は存在しないと主張しています。北海道電力が“岩内層”と呼ぶのは、岩内平野に分布する砂・小石からなる層のことです。そうした特徴をもつ地層から取り出した“凝灰岩”(火山灰が固まったもの)を調べ、それが120万年前にできたものであったため、“岩内層”は120万年前の地層だと判断しているのです。

◆泊原発の敷地内に存在する断層は“将来活動する可能性のある断層等”である

しかし、砂でできた層の中にある凝灰岩というのは、他から取り込まれたものだと考えるのが妥当です。したがって、取り出した凝灰岩の形成年代が120万年前のものだでからといって、それが周辺地層の体積年代ということにはなりません。

そもそも、地質が似ているという理由のみで全てをまとめて“岩内層”と呼ぶことに問題があります。北海道電力が“岩内層”と一括してきた地層は、場所によって堆積年代の異なる堆積物であると考えるべきであり、地形を考慮した地質学的な視点によれば、泊原発の敷地内にある断層が変位させた層、すなわち北海道電力が“岩内層”と呼ぶ層は、明らかに40万年前よりも新しい層なのです。

ですから、泊原発の敷地内に存在する断層は“将来活動する可能性のある断層等”であると判断することができ、新規制基準に基づけば、ここに重要な施設を設置することは認められません。

以上が小野有五さんの解説要約だ。実にわかり易く明快な理論だと思う。科学者でない我々が科学と向き合うとき、必要なのは“誰の声を聞くか?”という判断だ。この点で泊で聞いた小野有五さんの声は強く深く私に聞こえた。

[撮影・文]大宮浩平

▼大宮 浩平(おおみや こうへい)
写真家 / ライター / 1986年 東京に生まれる。2002年より撮影を開始。 2016年 新宿眼科画廊にて個展を開催。主な使用機材は Canon EOS 5D markⅡ、RICOH GR、Nikon F2。
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12月15日『NO NUKES voice』第10号発売

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年1月号!

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

2016年5月15日(日)、水道橋のたんぽぽ舎にて〈若狭の原発の特徴と反原発運動〉と題された学習会が催された。講師は〈若狭の原発を考える会〉代表の木原壯林氏。5月10日に琵琶湖一周デモを終えたばかりということで、しっかりと日焼けした姿で登壇した。タイトルの通り、若狭湾に集まる原子力発電所の特徴と、反原発運動の実践について講演されたのだが、ここでは特に前者について再構成を試みる。

〈若狭の原発を考える会〉代表の木原壯林氏

◆若狭の原子力発電所とプルサーマル運転

福井から京都にかけての日本海沿岸は、日本海岸には珍しい大規模なリアス式海岸となっており、若狭湾と呼ばれている。ここには、〈もんじゅ〉を含む14基の原子力発電所が建てられており、人口密集地である大阪に近いことなどから原発事故時の被害が大きくなるだろうと予想されている。

2016年5月現在、14基のうち運転している発電所は無い。しかし定期点検中のものについては再稼働の可能性があり、また、2017年7月と翌2018年7月に敦賀3号機と敦賀4号機がそれぞれ建設される計画があるため、引き続きその危険性や在り方について考える必要がある。

若狭の原発については、高浜3号機と高浜4号機が〈プルサーマル〉運転を行っていたというのも特徴のひとつだ。〈プルサーマル〉とは、原子力発電所で使い終わった燃料のなかに残っているプルトニウムを取り出して新しい燃料(MOX燃料)を作り、再度原発で使用するというものである。だが、国内に既存の原発はウラン燃料を用いることを前提に設計されており、プルトニウムを燃やすことに対する技術的な課題(ヘリウムの放出が多いため燃料棒内の圧力が高くなる、などといったこと)が多く残されているということに注意したい。

◆高浜原発運転差止め裁判

2016年3月9日、大津地方裁判所(山本善彦裁判長)は、高浜原発3、4号機の運転を差止めする仮処分決定をした。若狭の原発が重大事故を起こした場合に深刻な被害を受ける可能性がある滋賀県民の申し立てを全面的に認めたものだ。司法が稼働中の原発の停止を求めたのは世界でも初めてのこと。福島の原発事故の被害が広範囲に及び、現在も解決していないという現実を踏まえた勇気ある画期的な決定だ。

仮処分決定は、速やかに行動しなければ取り返しがつかない事態が生じかねない案件のみに出されるもので、決定されれば即座に効力を発する。したがって、関西電力は10日の午後8時過ぎに稼働中の3号機を停止した。関西電力による、決定取り消しを求める保全異議や、仮処分の効力を一時的に無効とする執行停止の請求が認められない限り、高浜原発3、4号機の運転差止めの法的効力は継続する。

これに対し、福岡高等裁判所宮崎支部(西川知一郎裁判長)は2016年4月6日、川内原発1、2号機の運転差止めを求める仮処分の申し立てを却下した。この決定は、福岡高等裁判所が再稼働ありきの立場で九州電力と原子力規制委員会の主張に沿って審理して導いた不当な結論だと言える。

◆電力会社の立証責任について

電力会社の立証責任について、両裁判所の見解を見てみよう。大津地裁は「新規制基準に合格したから安全だ」とする関西電力に対して「福島の事故後、どう安全を強化したのか」を立証するよう厳しく求めたが、関西電力は、外部電源の詳細、基準地震動設定の根拠などを証明せず、資料の提出も不十分であった。このため大津地裁は「関西電力による立証は不十分である」とした。対する福岡高裁宮崎支部は、「九州電力は、耐震安全性、火山影響について立証を尽くした」とした。

原発裁判のような高度の専門的知識を要する裁判では、一般人が議論の全てに関する資料や根拠を調べ、提出することは困難だ。したがって、1992年の伊方原発裁判において最高裁判所は「原発稼働を進めるにあたって、被告である政府や電力会社の側が、依拠した具体的審査基準や調査審議および判断の過程等の全てを示し、政府や電力会社の判断に不合理な点のないことを相当の根拠、資料に基づいて主張、立証する必要がある」としている。また「政府や電力会社が主張、立証を尽くさない場合には、彼らの判断に不合理な点があることが事実上認められたとすべきである」とも述べている。

関西電力や九州電力は、伊方原発裁判において最高裁判所が要求するこのような立証責任を果たしていない。よってこの度の裁判においても、主張、立証を尽くしていない行政庁の判断に不合理な点があることが事実上認められたとすべきである。

◆福島事故への反省と新規制基準について

大津地裁は「福島原発事故の原因を徹底的に究明できたとは言えないので、新規制基準はただちに安全性の根拠とはならない」とし、新規制基準は「公共の安寧の基礎にはならない」と断じた。これに対して福岡高裁宮崎支部は「絶対的な安全性を求めることは社会通念になっていない」として、これまでの原発訴訟と同様に、新規制基準に適合しているかどうかを争点とした。新規制基準については「安全性確保の面で高度の合理性を有する」とした。

原発で重大事故が起これば、時間的、空間的に他の事故とは比較にならない惨事となるので、万一にも事故を起こしてはならない。したがって絶対安全性が求められるが、現代科学技術の水準、人為ミスの可能性、人の事故対応能力の限界などを考え合わせると、絶対安全性を確保することは不可能であるから、原発は全廃すべきである。

福岡高裁宮崎支部は、最新の科学的技術的知見を踏まえていることを安全性の根拠としているが、最新の科学的技術的知見は完璧からは程遠いものであり、それだからこそ想定外の事故が多発するのだということを認識すべきである。

◆立ち返るべき地点──シンプルで飛躍のない原発全廃論

ここまで、木原壯林氏の講義のなかで特に重要と思われる点を照らし出してみた。「原発で重大事故が起これば他の事故とは比較にならない惨事となるので、万一にも事故を起こしてはならない。したがって絶対安全性が求められるが、現在の科学技術では絶対安全性を確保することは不可能である。よって原発は全廃すべきである」というシンプルだが飛躍のない論は、極めて重要かつ実際的なものであり、情緒的に反原発を唱え勝ちな状況にあって、今一度立ち返るべき地点ではないだろうか。

柔らかい口調で、短絡なく合理的に論を展開する木原氏の姿勢に惹かれたものだが、ここではそれを伝えることが難しい。添えた写真からその人柄を感じ取り、ここに示した木原氏の論に人の重みを付け加えていただきたい。

[撮影・文]大宮浩平


◎[参考動画]老朽美浜原発3号機の 再稼働を許さず、原発のない町づくりを進めよう /木原壯林・京都工芸繊維大学名誉教授(2016年6月11日福井県美浜町)

▼大宮浩平(写真家)
1986年東京生まれ。
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2016年5月14日土曜日。水道橋に所在する〈たんぽぽ舎〉にて催された講演会「地震列島日本の今・そしてこれからは?」(「地震と原発」連続講座第1回)に参加してきた。地震と原発に関する連続講座の第1回として展開された今回の講演会。ゲストとして招かれたのは、地震学者・地球物理学者・評論家として活躍する島村英紀氏だ。1941年、結核の権威である島村喜久治を父として生まれ、東京大学理学部物理学科を卒業。同大学院地球物理学博士課程修了。北海道大学助教授、北海道大学地震火山研究観測センター長を経て、現在は国立極地研究所所長、武蔵野学院大学特任教授として学問に従事している。

2016年4月14日以降、熊本県や大分県を中心に大きな地震が相次いで発生していることを受け、地震に対する世間の関心はいっそうの高まりをみせている。ここでは、島村英紀氏による2時間の講義の内容をより平易に再構成しようと思う。この知識が皆様の生活の一助となるよう尽力する。

◆海溝型地震と内陸直下型地震
──プレートの動く速さは「爪が伸びるスピードよりも速く、髪の毛のそれよりも遅い」

地震学の泰斗、島村英紀さん

日本で起きる地震には〈海溝型地震〉と〈内陸直下型地震〉の2種類がある。〈海溝型地震〉はプレートとプレートの境で起きるもので、2011年に発生した東日本大震災はこれにあたる。プレートの境というのは海底に存在するため、津波を生むことが多いのも特徴だ。

一方の〈内陸直下型地震〉は、ゆっくりと押し進められてくるプレートによって日本列島が歪んだりねじれたりすることに原因がある。その歪みやねじれが溜まり、岩が我慢できる限界を超えてしまったときに地震が発生する。地震の規模としては一般に〈海溝型地震〉よりも小さいが、人の住む陸地の直下で起きるため、被害が大きくなる。阪神淡路大震災はこちらのタイプであった。

日本列島は、〈ユーラシアプレート〉〈北アメリカプレート〉〈フィリピン海プレート〉〈太平洋プレート〉という4つのプレートが交わる地点であり、その分地震が多発する。プレートが交わる地域は地球上でも限られている。4つものプレートが関係する日本は、それだけでもかなり特異な特徴を有しているといえる。ちなみに、プレートの動く速さは「私たちの爪が伸びるスピードよりも速く、髪の毛のそれよりも遅い」という。

◆中央構造線
──この活断層群が地震を起こし、その被害を実際に“目にした”のは今回がはじめてだった

中央構造線の活断層群が地震を起こし、その被害を実際に“目にした”のは熊本大地震がはじめてだった

今回の熊本地震は典型的な内陸直下型地震だが、もうひとつの特徴がある。それは、日本最長の断層帯である〈中央構造線〉が起こした地震だということだ。〈中央構造線〉は長野県に始まって名古屋の南を通り、紀伊半島を横断し、四国の北部をかすめ、九州、東シナ海へと横断する活断層群で、長さは1000kmを超える。

地質学的な研究から〈中央構造線〉が過去に数百回以上の地震を起こしたことが分かっているが、この活断層群が地震を起こし、その被害を実際に“目にした”のは今回がはじめてだ。日本人がこの列島に住み着いたのは約10000年前、記録を残しているのはせいぜい直近2000年ほどなので、この大断層が地震を繰り返してきた時間の長さに比べて、あまりに短い間でしかないのだ。

◆活断層とはなにか?
──地震が起きてみないと断層を確認できない場合は多い

活断層は一般に枝分かれしていたり、途切れたりしているため、活断層の長さをどのように認定するか、というのは学者によってその方法が異なる。原子力発電所を作る前に“活断層の長さ”を決めてから“その場所で起きる地震の最大震度”を求めているが、“活断層の長さ”は学者による任意性が大きいためこの手法には強い疑問が出されている。

また、活断層はその定義が“地震を起こす断層のうち、地表に見えているもの”であるから、首都圏や大阪、名古屋など、川が土砂を運んできたり、海の近くだったりして堆積層が暑いところでは断層が見えないため、“活断層は存在しない”ということになってしまう。阿蘇山の近くのように厚い火山噴出物をかぶっているところでも、やはり断層は見えない。今回の地震では、事後、初めて活断層が確認された。国内の他所においても、実際に地震が起きてみないと断層を確認することができない場合が多い。

◆地震の連鎖について
──東への連鎖が続けば愛媛県沖、西南への連鎖が広がれば鹿児島へ

熊本での地震によって、その部分の地震エネルギーは解放された。しかし、それは隣の〈地震候補〉との間の留め金が外れたことをも意味するものだ。もし隣の〈地震候補〉が、いまにも地震を起こすだけのエネルギーを蓄えていれば、支えを失って連鎖的に地震が発生する可能性がある。

こうして、熊本に続き阿蘇山の下で、さらに大分でと地震が続いた。東へ連鎖が続けば愛媛県沖の瀬戸内海、西南へ連鎖が広がれば鹿児島に入る。ともに原発が所在する地点だ。この連鎖が連続するかどうかというのは、隣の〈地震候補〉にどのくらいのエネルギーが蓄えられているかによる。しかし、現在の科学ではその量を確認することができない。

◆原子力発電所の安全基準値
──益城町で1580ガル、原発設計基準は最大500~700ガル

益城町で1580ガル、原発設計基準は最大500~700ガル

内陸直下型地震の特徴として、地面の〈加速度〉が大きいことを挙げなければならない。地震が発生した際建物にかかる力は、そのものの重さに〈加速度〉をかけることで算出することができる。加速度が大きいほど、そのものに大きな力がかかり、場合によっては倒壊したり破損したりする。

今回の地震では、益城町で1580ガル(ガルは加速度を表す単位。詳細な説明は割愛する)という加速度を記録した。かつては“980ガルを超える地震動はあり得ない”とされていたが、阪神淡路大震災以後、多くの観測機が設置されたことにより今まで見落とされていた大きな値が記録されるようになった。

各地の原子力発電所は、ここまで大きな加速度を想定していない。いままでの設計基準では、せいぜい500~700ガルを最大として想定しているため、それを超える地震動を受けたときに発電所がどうなるかということは分からない。

※   ※   ※

以上、配布されたレジュメをベースに講義の内容をまとめてみた。生活を支える知識として役立てていただければ幸いだ。論調が個人的情緒に拠ったものであると、趣旨が見失われてしまう。こうした態度を反省させるような島村氏の淡々とした語り口(あまりに淡々としているために聴講者の笑いを誘うこともしばしば)に、非常な説得力を感じたものである。

▼大宮浩平[撮影・文]
1986年東京生まれ。写真家。
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たんぽぽ舎「地震と原発」連続講座第2回目の講師は広瀬隆さん。本日5月26日19時開演です!

スペースたんぽぽ(ダイナミックビル4F)5月末の予定

◎5/26(木)「地震と原発」連続講座(第2回) 広瀬 隆さん 
「熊本大地震と原発…九州電力川内原発大丈夫?」
日時:5月26日(木)18:30開場、19時より21時 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F) 
問い合わせ:たんぽぽ舎 TEL 03-3238-9035  参加費:800円

◎5/28(土)槌田ゼミ第18回原発基本講座 槌田 敦さん
「4/25四国電力との公開ヒアリングの報告と今後の方針」
日時:5月28日(土)14時より16時 会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F) 参加費:800円

◎5/29(日)学習会 浅野健一さん(元共同通信記者)
 「日本でえん罪がなぜ多発するか
日本の司法には正義を実現する構えがない、日本には三権分立がない、裁判官・弁護士・検察官は三位一体」
日時:5月29日(日)14時より16時  会場:「スペースたんぽぽ」(ダイナミックビル4F) 参加費:800円
  
  

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