勝次vsマニーデーン。勝次の“真空飛びヒザ蹴り”が軽く炸裂

キックボクシング伝説の東洋ライト級チャンピオン、沢村忠の大技、“真空飛びヒザ蹴り”の継承者と名乗る勝次(=高橋勝次)が毎度の試合で飛ぶ姿を見せること多く、新たなキャッチフレーズが付いて存在感アップした印象。

この日はマニーデーンを左フックで完全なノックダウンを奪い、その後連打で追い回し、3度の飛びヒザ蹴りも見せ、2度レフェリーが止めに入る形のスタンディングダウンの末に終了。

渡辺健司は攻め難さを持つ技巧派で曽根修平を迎え撃ち、以前よりパンチのコンビネーションブローが増して、ヒジ打ちで顔面カットにも成功。好戦的に勝利を掴みました。

ムエタイ・ラジャダムナンスタジアム王座へ向けて“前哨戦”を勝ち続ける江幡ツインズの、今回は兄・睦が、毎度のテクニシャン相手に攻め崩すことの難しい展開を乗り越え、活路を見い出し、パンチ連打でノックアウトに結び付けました。アヌチットは元タイ南部ライトフライ級チャンピオン。元・地方のチャンピオンとか、軽量級と言っても油断ならないテクニシャンが続き、ラジャダムナンチャンピオンにどんな戦略でも負けない経験値を積む試練となっています。

マニーデーンvs勝次。さらに連打で圧倒、2度目のダウンへ繋げる勝次

◎TITANS NEOS 21 / 4月16日(日)後楽園ホール17:00~
主催:TITANS事務局 / 認定:新日本キックボクシング協会

アヌチットvs江幡睦。隙を見つけてパンチを打ち込む江幡睦

アヌチットvs江幡睦。蹴り負けないアグレッシブな江幡睦

アヌチットvs江幡睦。最後はパンチ連打で倒す江幡睦

渡辺健司vs曽根修平。好戦的な曽我に対し、迎え撃つ渡辺のローキック

勝次vsマニーデーン。勝次が最初のダウンを奪った左フックのシーン

◆54.0kg契約 5回戦

WKBA世界バンタム級チャンピオン.江幡睦(伊原/54.0kg)
VS
アヌチット・タムスアムエタイジム(元・タイ南部LF級C/タイ/53.0kg)
勝者:江幡睦 / KO 3R 1:24 / カウント中のタオル投入

◆68.0㎏契約3回戦

日本ウェルター級チャンピオン.渡辺健司(伊原稲城/67.75kg)
VS
曽根修平(武湧会/67.85kg)
勝者:渡辺健司 / 3-0 (30-27. 30-28. 30-27)

◆63.0kg契約3回戦

日本ライト級チャンピオン.勝次(=高橋勝次/藤本/62.65kg)
VS
マニーデーン・ギャットプラパット(タイ/62.5kg)
勝者:勝次 / KO 2R 2:12 / 3ノックダウン

◆55.57㎏契約3回戦

MA日本スーパーバンタム級チャンピオン.竹内将生(エイワS/55.4kg)
VS
日本バンタム級5位.古岡大八(藤本/55.57kg)
勝者:竹内将生 / 3-0 (30-28. 30-29. 30-29)

◆フェザー級3回戦

日本フェザー級2位.高橋亨汰(伊原/57.15kg)
VS
日本フェザー級7位.皆川裕哉(藤本/56.95kg)
勝者:高橋亨汰 / 2-0 (29-29. 30-29. 30-29)

◆ヘビー級3回戦

日本ヘビー級2位.マウロ・エレーラ(伊原/アルゼンチン/97.2kg)
VS
酒井リョウ(パラエストラ松戸/108.0kg)
勝者:マウロ・エレーラ / 3-0 (30-26. 29-26. 29-26)

◆78.0㎏契約3回戦

古居良一(伊原/77.5kg)vs中川達彦(花鳥風月/77.8kg)
勝者:古居良一 / 3-0 (30-27. 30-28. 30-28)

◆ライト級3回戦

日本ライト級6位.和己(伊原/60.9kg)vs清水隆誠(列挙會/61.1kg)
勝者:清水隆誠 / TKO 1R終了 / 公式発表は2R 0:01
インターバル中に和己の左肩脱臼の疑い発覚、ドクターの勧告を受入れレフェリーストップ。

◆62.5kg契約3回戦

日本ライト級8位.熊井亮介(伊原)vs長谷川健(RIKIX)
熊井亮介の負傷欠場により中止

他、4試合は割愛します。

《取材戦記》

前日に日本キックボクシング連盟興行があり、この日TITANS興行があり、2日続けて1試合ずつ負傷欠場した選手が居た為、起きた事態が“不戦勝”でした。このテーマで書いたばかりで、今更ここで何も語ることはありませんが。

現在の勝次路線は、出場が決まっている「KNOCK OUTトーナメント」で優勝出来るか。日本タイトルを3度防衛し、飛びヒザ蹴りを連発し、存在感がグッとアップした今、勝ち進めば12月まで出向という形になりますが、“真空飛びヒザ蹴りの継承者”として、どこへ行っても老舗・目黒の存在感を示して欲しいところ。

この技で倒すには相当難しい戦略が必要になり、相手が咄嗟に前進するところや、相当ダメージがあって棒立ちになるところなどでなければ決まるものではありませんが、これで豪快なノックアウトが続けば、更に各メディアからも注目を浴びる存在となるでしょう。

現在の江幡ツインズは、毎度のいろいろなタイプのムエタイテクニシャン相手に経験値を高めつつある中、今後、実現するであろうラジャダムナン王座挑戦を控え、チャンピオンと対峙した時は過去の前哨戦とは違う、どんな展開に転ぶかはまた難しい壁が立ちはだかりますが、ファンにとっても待たされつつある中、今年は行なわれるであろう睦にとっては4度目の挑戦、塁にとって2度目の挑戦。どういう結果になろうとも早く見たいものです。負ければもう再浮上の難しいどん底。獲ればまた次の壁が立ちはだかるでしょう。どこまで上へ進めるか、どれだけ価値ある結果を残せるかファンは成り行きを見ています。

勝次は今や絶好調。KNOCK OUTへ出陣

◆新日本キックボクシング協会の次回興行「WINNERS 2017.2nd」は5月14日!

新日本キックボクシング協会の次回興行は、5月14日(日)後楽園ホールに於いて、「WINNERS 2017.2nd」が開催され、志朗のISKAムエタイ世界バンタム級(55kg級)王座初防衛戦と、麗也が挑むISKAオリエンタル・インターコンチネンタル・フライ級(53.5kg級)王座決定戦が行なわれます。

ISKAムエタイ世界バンタム級(55kg級)タイトルマッチ 5回戦
チャンピオン.志朗(治政館)vs挑戦者・アドリアン・ロペス(スペイン)

ISKAオリエンタル・インターコンチネンタルフライ級(53.5kg)王座決定戦 5回戦(首相撲、膝蹴り有効、肘打ち禁止)

ISKA 世界フライ級6位.麗也(治政館)vs ISKA 世界フライ級4位.タイ・バーロー(イギリス)
(※名前の“タイ”は父親がムエタイ好きのために付けたようです)

1月の賞金マッチで、パカイテットを最終ラウンド終了間際の劇的KO勝利を収めた志朗の出場と、志朗を追う後輩の麗也の存在は、江幡ツインズや勝次とまた違った戦術を持つ好戦的テクニシャンです。志朗と麗也はタイでも頻繁に試合出場があるため、日本での出場が少ないですが、劇的KOが続けば、また更に日本とタイで注目を浴びる存在となるでしょう。

江幡睦vsアヌチット。どんなタイプも攻略できる力を付けた江幡睦

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

私たちは多かれ少なかれ「時間」に支配されている。学校の登校時間、会社の始業時間、始発電車の出発時間、それらは「時刻」として提示され、生活のなかでは、社会を規定するある種の「絶対軸」だ。

「時刻」が絶対軸であるというのは、地球上のどの地点に立つかで、若干意味合いが異なる。暦の上で1年は365日(うるう年を除く)、1日は24時間と古(いにしえ)の天文学は解き明かしているけれども、地球上の経度に伴い生じる「時差」には人為的な操作が見てとれる。この島国の場合は国土が南北に長く、東西にはさほどの幅を持っていないので、国内での「時差」はない。同様に、国土が東西に広がっていない多くの国は国内の「時差」をもたない。逆にロシアや米国、カナダや豪州などでは国内でも「時差」があり、米国は西と東で4時間もの「時差」がある。

◆「時間の支配」と「国家の支配」

国境がなければ「時差」は経度により、世界地図上に真っ直ぐ引かれるはずだ。だが、「時間の支配」は最も根源的な国家支配の一要因であるからそうはいかない。国境線にそって、「時差」の境界を現す線も直線を描くことはできない。

極端な例は中国だ。中国は東の北京や上海と、西の新疆ウイグル自治区までが全て「時差」なく同一時間を使用している。人為的に設定される他国の「時差」と比較すれば、ロシアはほぼ同一の経度で4時間の「時差」を設定している。慣れてしまえばどうということはないが、実質4時間相当の時差を無きものにしてしまうと、「夕方」や「早朝」、「暮れなずむ時刻」といった言葉の意味が相当に変化をしてくる。中国を沿岸部からトルファンあたりに向けて電車旅行をしたことがある人であれば、あの実時間の変化と、「時差」がないことによる時刻と風景の不調和を経験されたことだろう。

世界の主な暦(がんこ老人のよまいごと41-西暦はキリスト教の元号より)

福沢諭吉『改暦弁』初版(wikipediaグレゴリオ暦の項より)

◆天皇制の「元号」が嫌なら、キリスト教の「西暦」で良いのか?

さて、今日は「昭和の日」、昭和天皇ヒロヒトの誕生日だ。この国の時間尺に「元号」がある。これは天皇の代替わりにあわせて、ちまちまと変更されるこの国独自の時間尺度だが、いまの天皇が「退位したい」と言い出したので、また2年後あたりには変更されるのであろう。私は天皇制と元号を認めない人間なので日常の生活で、強制されない限り元号を使うことはない。昭和と平成の代替わりを経験している者としては、思想信条以上に換算が面倒くさいし、役所の書類などでも近年は西暦表記を認める動きが広がっている。

その様な生活を続けているとどうなるかといえば、いまが平成何年かという極初歩的な見当識を失うことになるのだ。意外と思われるかもしれないが、私はかなり徹底して元号使用を排しているので、ことしが平成何年なのかは新聞で確認するか、私のようにボケていない人に聞くしかない。昭和から平成への代替わり以降徹底してそのように生活してきたら、体からこの島国支配の一要因がかなり解毒されてきた感がある。

では、年号表記をどうするか、となるのだが緊急避難的(もうずいぶん長い緊急避難になるが)に西暦を用いることになる。この場合の西暦使用は(自覚的には)、元号が包含する天皇制に対しての拒否の意の表示である。しかし、西暦使用の意味も、この際吟味していようと思う。

明治以降の元号(wikipedia元号一覧の項より)

八木谷涼子『キリスト教歳時記』(平凡社2003年)より

西暦とはかなり大雑把な言葉だが、つまるところ「キリスト暦」だ。キリスト暦とは2000年近く世界のかなりを支配してきたキリスト教文明のために用いられる暦で、キリスト教文明はアフリカに、南、中、北米大陸に、そしてアジアに支配を広げていった覇権とともにある宗教だ。

今日英語(米語)が世界で幅を利かしているように、支配と侵略を伴って世界を包含したのがキリスト教文明であり、グレゴリオ暦(西暦)である。であるならば、私は片方で天皇制を受け入れないとしながら、それ以上の災禍を世界に振りまいたキリスト教文明(という支配)には賛同するのか、との問いを突き詰められることになる。冗談じゃない。この島国では信者は少ないが、中南米の植民地化の先兵だったカソリックの役割を考えれば、とてもキリスト教文明を賛美などできないし、元号に象徴されるこの国の支配形態に反対をするのであれば、キリスト教文明の世界支配にも異議を唱えなければ、抵抗の視野はわずかなものになる。

◆「時間の支配」に抗うことは無駄ではない

では、それに対して対案を提起できるのか、と問われれば、私の凡庸な頭脳では今のところこの問題への回答は導き出せない。私が暦を創造したって何の意味もない。近年はキリスト教文明に対抗する意思を持つ若い人の、イスラム教への入信が相次いでいるが、それが回答であるとも思えない。

しょせん個人で国家なり歴史なりが提起し強要する「時間の支配」に抵抗するなど、ばかげた話なのであろうが、これほどまでに世界を覆いつくした作用(力=強国の横暴)に対する反作用(抵抗=国を問わず弱者からの抵抗)を思考するとき、ゆきつ戻りつの問答に陥るとはいえ、「時間の支配」が気にかかる。このような一見なんの役にも立たないことをあれこれ考えあぐねることは、案外無駄ではないのではないかとも思う。奴らは簡単に二者選択でモノを決めたがる「正義」か「不正義」か、「平和」か「戦争」かと。世界はそれほど単純でないことを個がひたひたと実践してゆく、その中に答えがあるかもしれない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

 

 

  
「M君リンチ事件」の情報が鹿砦社にもたらされたのは、2016年2月のことだった。ことの重大さに驚いた鹿砦社は特別取材班を結成し、取材に乗り出して1年余、M君リンチ事件の全容解決にまでは未だいたらないものの、その一定の成果は『ヘイトと暴力の連鎖』『反差別と暴力の正体』の2冊として 世に出すことができた。M君の裁判も今なお継続中であるが、真相解明とM君の権利回復の一助にはなれたのではないかと、取材班も自負している。

ところで、きょう4月28日は、取材班にとっては忘れえない日である。1年前の2016年4月28日、M君リンチ事件が1年以上にわたる隠蔽工作を打破して明るみに出される先鞭をつけた『週刊実話』による報道があった日であったのだ。奇しくも今日はM君の裁判の弁論準備手続の期日でもあり、取材班としても運命的な巡り合わせを感る。そこで最近行われた、しばき隊関連の行事を、4回シリーズでご紹介する。

◆しばき隊が深く関与する「未来のための歴史パネル展」(「みれぱ」)

「未来のための歴史パネル展」というパネル展活動を行う団体がある。「みれぱ」と略称されているこの団体は、「日本における歴史修正主義と闘う」といったようなことを目的に、2014年に準備が始まり、2016年1月から本格的に活動している。これまで関西を中心に10回以上のパネル展示を展開している。パネル製作等の費用は、寄付により充当されているようで、「李信恵さんの裁判を支援する会」とは違って、実行委員会によりインターネット上で会計報告も公表されている。過去の活動等の詳細については、彼らのホームページやフェイスブックページを参照されたい。

◎「未来のための歴史パネル展」ホームページ 
◎「未来のための歴史パネル展」フェイスブック 

つい先日、4月22日と23日にも、神戸でパネル展示をやっており、これについては4月20日に「日本と朝鮮 パネル展」という見出しで毎日新聞の地方版において報道された[写真1]。

[写真1]毎日新聞兵庫版2017年4月20日朝刊

 

 

 
なぜ取材班がこのパネル展に注目するのか。それはこの「未来のための歴史パネル展」は「しばき隊」「カウンター」の関連事業であり、なおかつM君リンチ事件とも無関係ではないからだ。そして、取材班は「未来のための歴史パネル展」においてもまた「しばき隊」「カウンター」およびこれに連なる運動、人物らに共通する、筆舌に尽くしがたい腐敗の事実を突き止めたのである。

◆「みれぱ」実行委員会役員と「しばき隊」「カウンター」人脈

おそらく当人らは否定するであろうが、「未来のための歴史パネル展」(みれぱ)は明白に「しばき隊」「カウンター」とは密接な関係がある。百聞は一見に如かずという。これをご覧いただこう。

◎「未来のための歴史パネル展」実行委員会の役員一覧

「未来のための歴史パネル展」実行委員会の役員一覧

これは、2015年6月29日付で公表された、「未来のための歴史パネル展」実行委員会の役員の一覧である。これ以降現在にいたるまで役員の変更があった旨は公表されていないので、現在も役員の体制はこのままだということであろう。まずは「顧問」の面々にご注目いただきたい。

筆頭に名前が挙がっているのは、関西学院大学社会学部教授の金明秀だ。金は社会学者としてよりも、M君リンチ事件の最も悪質な「セカンドリンチ」を行った二次加害者の一人としての悪名の方がはるかに高いのではないだろうか。2016年5月18日にM君への恫喝書き込みを行ったことを筆頭に[写真2]、リンチ事件に関する金の所業の詳細は『反差別と暴力の正体』第4項において触れたので割愛するが、M君が弁護士とともに関西学院大学社会学部まで出向いて抗議したにもかかわらず、現在に至るまでこの件について金明秀本人からも、関西学院大学当局からも、M君に対して一切の謝罪がないことは改めて強調したい。金はこの他にも複数の暴力事件を引き起こしており、このような人物に教授職を与えている関西学院大学の良識も疑われるところだ。

[写真2]金明秀=関西学院大学社会学部教授のツイッター書き込み

弁護士の林範夫(イム・ボンブ)。ここでの肩書は弁護士だが、林は(特非)コリアNGOセンターの代表理事という顔も持つ。コリアNGOセンターは「反ヘイトスピーチ裁判」と称する李信恵が在特会らを訴えた裁判の事務局を担当しており、M君リンチ事件の隠蔽工作と二次加害に最も深く関与した組織である。

これだけ見ても、「未来のための歴史パネル展」実行委員会と「しばき隊」「カウンター」の繋がり、さらにはM君リンチ事件とは無関係とはいえないものだが、今回取り上げるのは金や林ではない。共同代表の一人であり、毎日新聞の取材も受けた岡本朝也(弘二、交人というような変名を使っていることもある)、この人物が、今回の特集の「主人公」である。

岡本の人となりについては続編で報告する。

(鹿砦社特別取材班)

重版出来!『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』

AmazonでKindle版販売開始!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

先日、本コラムで高等教育における、現状について私論をご紹介したが、違う角度から下記のニュースがあった。

 

 

アメリカ・ニューヨーク州知事のAndrew M. Cuomo(アンドリュー・マーク・クオモ)氏は4月8日(現地時間)、全米で初めてニューヨーク州内の公立大学授業料を免除すると発表した。9日には予算案が可決し、政策が実現する見通し。ニューヨーク州Webサイトが公式声明を発表したほか、New York Times、NEWS10、CBS New Yorkなどが報じている。

可決された制度「The Excelsior Scholarship(エクセルシオール・スカラーシップ)」は、4年制および2年制のニューヨーク州立大学(SUNY)とニューヨーク市立大学(CUNY)の授業料を無料にする制度。たとえば、SUNY公式Webサイトによると、SUNYの場合は4年制大学なら6,470ドル、2年制大学(コミュニティカレッジ)なら4,366ドルが免除される見込み。なお、エクセルシオール・スカラーシップの免除対象は授業料のみのため、入学費や教科書代、交通費、学生寮費などは含まれない。

◎全米初、NY州の公立大学授業料を無償化…対象世帯は州内75.7%

◆公立大学生90万人以上の授業料が基本的に無償化へ

ニューヨーク州は公立大学の授業料を実質無償化するわけである。ニューヨーク州立大学と聞くと、それほど大規模ではない大学をイメージされるかもしれないが、同大学は4つの大きなキャンパスを持ち、在籍学生数は40万人を超えるマンモス大学である。またニューヨーク市立大学も10を超えるキャンパスを擁し、カレッジ(日本では短期大学に相当)なども含めれば50万人以上の学生が在籍している。大雑把に言えば今後90万人以上の公立大学生の授業料が基本的に無償化される訳だ。

健康保険や義務教育以降の教育費に対する財政的支援が、ことのほか薄い米国にあって、この公立大学無償化は極めて注目すべきニュースといえる。大規模企業の経営者ででもなければ、米国に学ぶことなどほとんどなくなった今日、久しぶりにこの島国の為政者が注目すべき施策だ。

◎[参考動画]Governor Cuomo Signs Legislation Enacting First-in-the-Nation Excelsior Scholarship Program ( NYGovCuomo2017/04/12 に公開)

◆山本太郎議員が国会した紹介した日本財団レポート

「高等教育に対する国家の投資は将来の税収増という形で還流する」これは日本財団(!)が纏めたレポートの一部を昨年11月10日、参議院内閣委員会で山本太郎議員が紹介したものだ。山本議員はこの日、生活保護受給世帯の生徒が大学進学を志すと、生活保護の枠から外されてしまう(生活保護費を大学の学費には使えない)問題を追及した。

生活保護受給世帯の対応については、山本議員を先頭に共産党や一部公明党の理解もあり、この3年で若干の前進が見られたようだが、委員会終了後私の質問に、「まだまだですよ。少しずつは動いて来ていますけど」と粘り強い努力が必要なことを解説してくれた。委員会終了後、私が通路で山本議員に話を聞いていると「今日はいい質問だったぞ」、と自民党所属の委員長が声をかけて歩いて行った。そう思うなら与党のお前達が実行しないか!と言いたくなるのを抑えて山本議員の話を聞き続けたが、生活保護世帯からの大学進学が極めて困難なこの島国と、ニューヨーク州の大学無償化は、よこに並べて慎重に吟味する価値はあるだろう。

◆大学に「経営」の理念を持ち込んだ間違い

そもそも大学に「経営」の理念を持ち込んだのが間違いなのだ。最近では義務教育の小学校や中学校でも「学校運営」ではなく「学校経営」なる言葉を平然と使う向きもある。義務教育は商売じゃないだろう。中・高等教育にしても少なくとも公立(あるいは大学法人)の学校は営利目的では困るじゃないか。

現代社会で人間が成人に達するのは、おおむね15~20年を要するとされている。教育は人間の生育段階で知識を身に着け、社会活動を行うための準備期間として、近代の歴史が到達した産物だ。個々の社会活動(労働・知的行動・教育・芸術・再生産など)が豊かになれば、その次の世代はさらに創造性に磨きがかかり、社会的総資産も増加する(税収だけでなく文化全体を指す)。教育が貧弱であれば即、次の世代は知的行動や生産性の低い世代層に陥りかねない。

◆大学無償化はこの島国でも夢物語ではない

社会的貧困が深刻な国では、まず食べることと医療に援助が向けられるが、その次の優先順位は教育だ。識字率の向上や教養が、貧困から脱するための基礎的条件であることに議論はあるまい。

いま、この島国で進行する貧困と格差の一要因は、あまりにも高額な高等教育機関の学費にある。仮に入学できても半数を超える学生は返済義務のある奨学金を借りることなしに、大学の卒業証明書を手に入れることは出来ない。自民党内でも「教育国債」の発行や「こども保険」(訳が分からない議論ではあるが)が話題になりはじめた。

改憲と戦争準備のために、理屈をこねて南スーダンに自衛隊を派兵し、急転直下帰国させような無意味な金の使い方を少し改めれば、大学無償化はこの島国でも夢物語ではない。そろそろ目の前の苦しい日常だけでなく、少し先を見据えた思考に、私たちも頭の中を転換すべき時期ではないだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

ノーベル賞の「功罪」を総体で評価すれば、政治から離れることができず「罪」が「功」を上回るのではないかと思う。原発推進の世界組織、IAEA(国際原子力機関)が「ノーベル平和賞」を受賞していることを見てもそれは明らかだ。でも、時に「これは!」と唸る受賞者を選出するので、ノーベル賞の価値を全否定することができない。

◆『チェルノブイリの祈り 未来の物語』──文学のような読後感を抱かされるルポルタージュの秀作

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(1998年12月18日岩波書店単行本)

2015年にノーベル文学賞を受賞した、スベトラーナ・アレクシエービッチ『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(岩波書店 翻訳=松本妙子)は世界中の人に読まれる価値のある作品だ。『チェルノブイリの祈り』は徹底した取材に基づくルポルタージュ作品なのだが、文学のような読後感を抱かされる、濃密かつすぐれた作品だ。
同書の著者、スベトラーナ・アレクシエービッチさんが昨年来日し、「福島現地を訪れたドキュメンタリーがNHKで放送されたよ」と同番組を録画していた友人がDVDを貸してくれた。前後編2本に分かれていて、前編は「チェルノブイリの祈り」、後編「フクシマ 未来の物語」だ。チェルノブイリと福島を訪れたスベトラーナ・アレクシエービッチさんは、通訳を介してながら、普通のインタビュアーでは、聞きづらそうな内容を、現地の人々にズバズバ聞いてゆく。相当な修羅場をくぐってきた人だということが、その問答から分かる。

「ベラルーシでは情報が統制されている」、「事故が起こればどこの国でも同じ」、「国家はその責任を取ろうとしない」などとNHKがよく放送させるな、と思われるセリフを次々と語る(本当のことを語っているだけなのだから、こんな感想を持たざるを得ないことが不幸なのであるが)。

◆「絶望」を示唆する言葉のかけら

『チェルノブイリの祈り 未来の物語』(2011年6月16日岩波現代文庫)

「チェルノブイリの祈り」日本語版の解説を書いたフォトジャーナリストの広河隆一さんにインタビューした時、「ソ連では医師や警察、地元の代表と軍も混じり避難すべきかどうかが事故直後に話し合われたが、避難を妨げたのは医師で、軍は避難に積極的だった」という主旨のお話を伺って、驚いた経験がある。

軍隊、とくに旧ソ連の軍隊には何の根拠もないが「冷徹」なイメージがあり、彼らが原発事故被災者の避難に、医師よりも積極的であった理由がわからなかった。が、広河氏から理由を聞いて、ああなるほどと納得した。「当時は核戦争の危機が迫っていた時代ですから、軍には『核』の危険性の知識があった、だから住民の避難は『核戦争』が発生した時の前提で軍は考えたのです」

恐ろしい理由ではあるが、結果として事故後の近隣住民避難体制は、福島よりもチェルノブイリの方が、はるかに手際が良かったとの評価は現場を取材した人々から異口同音に聞いた。しかし、避難はチェルノブイリの方が敏速であったとしても、事故後の対応は基本的には変わらない。スベトラーナ・アレクシエービッチさんはベラルーシの情報統制ぶりを何の躊躇もなく批判していたし、「フクシマ」の将来についても、楽観的ではない予想を語った。至極当然な冷厳たる現実を彼女が語ると言葉が文学的であり、それゆえ、より重い迫力で画面の向こう側から「警鐘」と「冷厳な分析」が伝わってきた。そしてこれは私だけの感想かもしれないが、あえて言えば「絶望」を示唆する言葉のかけらもあった。

◆「4・26があったから3・11はあの程度で済んだ」という発言を耳にしたことはない

きょう4月26日は旧ソ連でチェルノブイリ原発が爆発事故を起こして31年目にあたる。ゴールデンウイーク直前のこの時期、福島第一原発事故が起こる前、原発の危険を懸念する人びとの間では、決して忘れることのできない、悪夢の記念日だった。そこに3・11が加わってしまい4・26はこの国では少し色あせた感はあるけれども、実は事故後6年経った現在、チェルノブイリ事故で残された記録や情報の数々は、悲しいことではあるが、フクシマで被害拡大を阻止しようと尽力する人びとに援用されている。

国家もまた「いかに被害を隠すか」の先例として、旧ソ連、ウクライナの手法を参考にしているようだ。だが一党支配の「共産主義国」だった旧ソ連よりも、自由に発言ができて、国際的にも医療や技術の援助を求めやすいはずの、この国におけるフクシマ事故の処理は場当たり的で、稚拙に思える局面が多すぎる。

「4・26があったから3・11はあの程度で済んだ」という関係者の発言を耳にしたことがない。学ぶ姿勢がないのか、学んでいないのか。ウクライナは電力が圧倒的に不足しているので今でも原発が動いている(この事実には驚かされるが)。一方この国では電気は有り余っているのに、電力会社の利益のためにのみ、原発の再稼働が次々と目論まれている。高浜原発3、4号機の運転停止を言い渡した大津地裁の判断は、ごく自然な危険に対する姿勢を示したが、大阪高裁ではその判断が翻った。佐賀県知事も玄海原発再稼働の同意を出した。関西電力、九州電力をはじめ、司法や知事「原発再稼働」グループを罵(ののし)る言葉を探しているが見当たらない。

近しい年配の親せきが「どうして原爆を落とされて、痛い目を経験しているのに。福島ではあんな事故が起きて、ひどい目にあっている人がいるのに、再稼働なんて『馬鹿』としかいえない。私は年寄りだけど電力会社や再稼働を認める役人が目の前にいたら堂々と『あなたは馬鹿だ』と言ってやりますよ」と語った。私もそれ以上適切な表現が思い浮かばない。


◎[参考動画]2016年11月28日、東京外国語大学で行われたスベトラーナ・アレクシェービッチさん名誉博士号授与記念講演「とあるユートピアの物語」(OPTVstaff 2017年1月12日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

〈原発なき社会〉を求める声は多数派だ!『NO NUKES voice』11号!

多くの人たちと共に〈原発なき社会〉を求めて『NO NUKES voice』

◆教育に対する国家の態度──欧州諸国と米国は雲泥の差

「欧米」、と容易に西洋諸国をくくってしまうことがあるが、こと社会保障・福祉にかんして、欧州の多くの国と米国には雲泥の差がある。当然欧州の中でもEUに所属していようが、いまいが国ごとにその差があることは言うまでもない。その中でわかりやすい違いは教育への国家の態度だ。教育とりわけ、高等教育に関して英国と米国は比較的政策が近い。そして、この両国を真似ているのが日本であり、韓国であり、台湾、つまり東南アジア諸国である(近年はその中に中国も含まれるようになってきた)。

国立大学法人運営費交付金の推移(2004-2014年度)(wikipedia「国立大学法人」の項より)

なにが似通っているかと言えば、米国、英国やこの島国を含めた東南アジア諸国では、高等教育にかかる授業料が個人負担であり、それもかなりの高額であるという点である。それに対してフランスやドイツなどで、欧州でも一定程度以上の社会福祉が築かれている国々では「義務教育から大学院まで学費は無料」が常識だ。学費が無料の国ほど「金も出すから口も出す」と、教育内容に国家の介入が強いかと思いきや、どうやらかならずしもそういった構図は成立しないようで、むしろ「金は出さないが口は出す」という図々しい態度のほうが、国家を超えて教育行政には蔓延している。それはこの島国と韓国でまことに顕著だ。台湾も追従傾向がある。

文部科学省「国立大学の法人化をめぐる10の疑問にお答えします!」(文部科学省HPより)

◆国立大学が「国立大学法人化」されて

たとえばかつて、「国立大学」と呼ばれた大学は、正確に言えばもう既にこの島国には存在しない。すべての国立大学は「国立大学法人」化されている。だから東京大学でも、東北大学でも名古屋大学でも正式名称には「国立大学法人」が頭につく。この「独立法人化」により、大学の運営の理事会に外部の人間が入るようになり、各地の経済界の人間が大学の間接支配に手を染めることが容易になった。そして今話題の文科省官僚の理事会入りは日常茶飯事である。「国立大学法人」としては理事会に文科省の人間を置いておけば、なにかと便宜も図ってもらえ、情報の入手も容易になるであろうと、スケベ根性を出し大学運営(あえて経営ということばは使わない)の座に文科省の人間を据えているのだ。

それでなにか得策があるのか、といえば「皆無」である。交付の根拠が定められている文科省からの補助金は、融通を利かすことが出来はしないし、時々のトレンドに合わせ、「時限立法的」に設けられる補助金の獲得は、「どれだけ国策に従順か」の競争である。億単位の補助金は、大学にとって魅力的でないはずはないから「パン食い競争」のように、補助金を得ようと大学は必死になり、中身の空疎なプログラム作成や、カリキュラム新設に汗を流す。

情けないことこの上ないありさまだが、国立大学法人においては年々補助金が減額され、首根っこを押さえられている状態では、研究費を得る為にはなりふり構っていられないという事情もある。だから本論からは逸れるけれども、防衛省が研究費を支給(実質的な軍事研究に加担)する、とアナウンスすると、これ幸いと多数の大学が手を挙げたのだ。金の前には「科学の果たすべき目的」や「大学の役割」といった、根源的な問題は全く考慮されることがなかった、と言っていいだろう(多少の内面的逡巡はあったのかもしれないが、そんなものは言い訳にならない)。

文部科学省「国立大学の法人化をめぐる10の疑問にお答えします!」(文部科学省HPより)

◆「独立法人化」で国からの干渉が強まる矛盾

「独立法人化」したということは、「国立大学」時代に比して、国からの干渉が減らなければおかしいが、事態は逆を向いている。これは私立大学においても同様だ。文科省が突きつける、「要らぬお世話」は年々増すばかりで、私立大学の教職員は講義や研究という本務と無関係なところで、雑務の激増を強いられている。

しかも「大学の自治」や「国家からの大学の自由」などということばは、哲学書の中にでも封じ込められた状態だから、大学側から文科省への異議申し立てや抵抗はなきに等しい。ろくな餌ももらっていないのに、なぜそこまで卑屈にならなければいけないか。

日常業務多忙の中で私立大学内部において「大学の自治」や「国家からの大学の自由」が、本気で語られることはない。テレビに出てしおらしく「リベラル面」をしている田中優子が学長の座にある法政大学などは、その悪例中の悪例だろう。学生の自治活動を年中弾圧し、常時学内に多数の警備員を学生の自治活動排除の為に配備し、公安警察の学内徘徊も歓迎する。こんな大学はもはや大学を名乗る資格はない。

「独立大学法人」化した国立大学、私立大学の内実は惨憺たるものである。終焉を迎えることが確実な「資本主義」の競争原理を、教育・研究の場に導入すれば成果が上がる、と考えるのはカネの勘定しかしたことの無い、商人(あきんど)の発想で、学問とは相いれない。すでに各種の国際的大学のランキングで東大や京大の凋落が明示されている。現在の延長線上に高等教育機関を位置づけ続けるのであれば、その傾向にはますます拍車がかかるであろう。

もはや、この島国の大学には「大学生」と呼ぶにふさわしくない学徒が半数近くを占めている。その深刻さこそ直視されるべきだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『紙の爆弾』タブーなし!の愚直なスキャンダルマガジン

東京電力福島第一原発事故の自主避難者に対する発言で批判を浴びた今村雅弘復興相が4月21日の閣議後記者会見で、フリーランスの記者からの質問を「もういいよ」と遮る一幕があった。

記者は「自主避難者への住宅支援が打ち切られ、行き場のない人もいる。国が調査しないと、実態が分からないのでは」と質問。今村復興相は「いろんな方がいらっしゃる。よく聞いてから対応したい」と答えた。同じ記者が「把握できるのか」と再質問しようとしたところ、いらだった様子で「もういいよ。他の人どうぞ」と質問を打ち切った。会見の最後にも質問されたが、答えずに退席した。

今村復興相は4月4日の会見で、同じ記者とのやり取り中に激高し、自主避難者が帰還できないのは「本人の責任」と発言。その後、謝罪して撤回し、「感情的になりおわびする。今後は冷静に対処したい」と釈明していた。

◎<今村復興相>また質問打ち切り(2017年4月21日付毎日新聞)

 

◆今村は正直だ

今村は正直だ。各官庁に設けられた記者クラブ所属の記者から、本質を突く質問が発せられることは、まずない。定例で行われる首相官邸での記者会見の様子をご覧になればわかる。幹事社が質問者に挙手をさせ、指名された記者が「○○新聞の○○ですが」と名乗り、机の上に薄く積もったホコリふき取るような、上っ面の質問しかしない。会見に参加している他の多くの記者は、その質疑を聞きながら「タイピング専門家」と化してひたすらパソコンのキーを叩いている。それはジャーナリストの姿ではなく、いかに早く発言を入力できるかを勝手に自らに課した、技術職の競い合いだ。あんな弛緩した記者会見に意味はないし、あの場所で何かが暴かれることも金輪際ありはしない。

それでも「失言」という名の「暴言」を吐いてしまう不注意者が時に現れるが、あれは「今日は無礼講だから」という宴会で「いやここだけの話、うちの会社ブスが多いね」と発言する社長のようなものだ。人間として最低限の資質さえない大間抜けしか今の記者クラブでは、「不都合な事実」を暴かれることはないのだ。

 

◆記者クラブという「村社会」

そもそも記者クラブという、一部大手マスコミにだけ振り当てられる「特権部屋」で行われる会見では、なれ合いが常態化し、鋭い質問など許されない「村社会」が形成される。近年、マスメディアの見事なまでの凋落急速の根源にはいくつかもの要因があるが、記者クラブの弊害はその主たるものである。

復興省は、東日本大震災を受けて発足した時限付きの例外的省なので、ここには記者クラブがなく、フリーの記者も入ることができる。だから、フリージャーナリストの西中誠一郎氏が今村復興相に質問することが可能であり、彼はジャーナリストとしてごく自然な質問をぶつけただけの話である。

 

◆今村の激高が示すもの

4月4日の会見で、
西中氏 「福島県だけではありません。栃木からも群馬からも避難されています」
今村大臣「だから、それ……」
西中氏 「千葉からも避難されています」
今村大臣「いや、だから……」
西中氏 「それについては、どう考えていらっしゃるのか」

この質問の後に今村復興相は「うるさい!」と激高した。何がうるさいものか。取材者としては至極基本的な質問ではないか。今村の激高はこの程度の質問も日常の会見では、ほとんど受けていないことを示す結果となった。

◆「森友問題は終わり。政治にこれ以上追及が及ぶことはなくなりました」

 

知人の全国紙記者が先日「森友問題は終わり。政治にこれ以上追及が及ぶことはなくなりました」と連絡してきた。「なにを寝ぼけたことを言っているんだ。やる気が全然ないのか君たちは?」と毎度のことながら呆れかえった。総理大臣夫人が「公人」か「私人」などという議論は、小学生1年生が交通安全のルールを教わったあと、確認のテストをしているレベルの話で、議論すること自体を恥じ入らなければならない。国の最高権力者の夫人は現行法を基準にすれば「公人」に決まっている。だから安倍自身が「私もしくは私の妻が関与していたら、総理だけではなく議員も辞職する」と大見得を切ったではないか。

これほど明白なスキャンダルを目前にして、それを「狩る」生理がなければ、報道関係者はその職を辞すべきだ。「政治にこれ以上追及が及ぶことはなくなりました」と伝えてくれた大手紙記者の発言は「もうこれ以上追及する気はありません」と正確にその意味が翻訳されなければならない。そうであるならば、君たちはいったい何のために大手メディアに勤務しているのだ。何が起ころうが、起こるまいが交通事故と戦争の危機を等価に報道するような「職業道義的犯罪」のルーティンに乗っかっていれば、高額の禄が保証されている。その生活を維持したいだけなのか。それならば一般企業の会社員と同じだろう。

 

◆マスメディアは「権力」である

今日、マスメディアは言うまでもなく「権力」である。そのマスメディア「権力」が「政治権力」と対峙する中で、本来のバランスが維持されるはずだ。しかしこの国の報道の歴史を紐解けば、江戸時代にさかのぼっても、本質的に「政治権力」に長期間にわたり腰を据えて立ち向かった「反権力」報道機関が存在した痕跡はない。もちろん、明治以降はそうであるし、大正、昭和、さらには戦後の含め「反権力」ジャーナリズムの歴史は極めて希薄である。時にみられるのは「ゲリラ的」ジャーナリストの活躍だけだ。

今回今村を激怒させた、西中誠一郎氏はヒーローでもなんでもない。当たり前の質問を当たり前にぶつけただけのことだ。それがあたかも奇異な事件のように扱われるのは時代が歪であるからだ。歪曲されているのは今日的社会であって、個ではない。


◎[参考動画]「もういいよ」〜復興相が再び質問打ち切り(OPTVstaff2017年4月21日公開)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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2012年後半のNHKの朝ドラマ「純と愛」で、夏菜が演じる純が再生を試みた沖縄・伊良部島のモデルとなったホテルが「経営者再生」のパワースポットとしてじわじわと注目を集めている。

ドラマでは、祖父が建て、父親(武田鉄也)がつぶそうとしたが再生を試みたのが主人公の純(夏菜)。沖縄・伊良部島にある同ホテルが実は「経営者のパワースポット」として実業家の間でひそかに広がりつつあったのは、実はドラマファンが集まるSNSからだが、現在はドラマ終了から時間がたち、ほぼ閉鎖されているようだ。

「純と愛」は、ニックネームが“社長”でなんでもかんでも他人に尽くすのが身上の純(夏菜)が、人の心が読める特殊能力をもつ愛(いとし・ 風間俊介)とともにつぎからつぎへと押し寄せる不運を乗り越えていくドラマ。

「このドラマで重要な役割を果たす宮古島のホテルのモデルとなった『伊良部島ホテルサウスアイランド』は、『純と愛』のストーリー上、とても大切な『絆』と『人の再生』がストーリー上、織り込まれています。武田鉄也演じるホテルのオーナーは祖父からホテルを引き継ぎますが、経営難でホテルを手放すことに。だが祖父との大切な思い出があり、『誰がも幸せになる魔法の国』としてホテルを大切に思う純(夏菜)が、父親の決定に逆らい、ホテルを破壊にやってきた建設用トラックや重機に身体を張って立ち向かうのです」(テレビ雑誌ライター)

つまり、このホテルは「あきらめない実業家」の魂が否定のしようもなく詰まっているから「訪れて寝ていると落ち着く」(40代経営者)や「実は経営的に苦しくなるとここに来て美しい海を眺めつつ頑張ろうと決意しなおす」(50代経営者)との声もある。

同ホテルの儀間氏は「いまだに『純と愛』を見てきたというかたが数組、いらっしゃいます。もちろん常連で社長のかたもいらっしゃいますよ」と語る。

ホテル側でお客の職業まで聞かないので具体的に何人の経営者が来ているかは不明だが、「元気が出るスポット」としていまだに人気を集めているのはまちがない。
ちなみに「カップルには、はぐれても再び出会えた宮古島・砂山ビーチに寄っていくのをお勧めしますよ」(沖縄県在住ライター)との声も。

経営にいきずまったむきは、夫婦で訪れるのもいいかもしれない。

▼ハイセーヤスダ(編集者&ライター/NEWSIDER Tokyo)
テレビ製作会社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、現在に至る。週刊誌のデータマン、コンテンツ制作、書籍企画立案&編集&執筆、著述業、漫画原作、官能小説、AV寸評、広告製作(コピーライティング含む)とマルチに活躍。座右の銘は「思いたったが吉日」。

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“チャンピオン”を日本語に訳すと何と呼ぶでしょうか?

高橋聖人vs村田裕俊。高橋の右ハイキックが村田のリズムを狂わせた

高橋聖人の左ハイキックでタイミング失う村田

現・第13代選手権者.安田一平に6年前の第8代選手権者.岡田拳が挑んだ試合。
パンチの距離なら安田の強打が活きるが、それをさせない岡田のフットワークとローキックが安田の勢いを止める。ローキックが連打されても安田は崩れることはなかったが、結構戦力が鈍る様子は伺えた。岡田も攻めつつも安田の強打を被弾し、圧倒することは出来ないが主導権は岡田が握った展開。ローキックでダウン奪いたかったところ安田は強打と蹴り返して耐え切った。

岡田(=旧・岡田清治)は2009年12月26日に武笠則康(渡辺)から判定勝利で王座奪取、2010年4月24日に高橋賢哉(渡辺)に判定勝利で初防衛、2011年2月11日に栄基(M-TOONG)に判定負けで王座陥落しています。肩の怪我から昨年復帰し2連勝。今日で6年ぶりの王座奪回に成功、第14代選手権者となる。

経験値で優る村田の逆襲

村田のリズムを狂わし続けた高橋聖人右ローキック

村田裕俊は昨年(2016年)初頭にタイへ修行に向かい、過去2度KOで敗れている高橋一眞に、同年4月のNKBフェザー級王座決定戦で、判定で雪辱し王座奪取。12月には過去1勝1敗1分の優介(真門)をTKOに下し初防衛。ムエタイ修行の成果がはっきり現れる成長を見せ、今年2月にはトップクラスが集められたビッグイベントKNOCK OUT興行に出場。実績ある全日本スーパーフェザー級選手権者.森井洋介(ゴールデングローブ)と善戦の引分け、トップクラスに通用する実力を見せました。

今回の対戦も、村田の更なる台頭と高橋一家の逆襲がテーマとなって、6月25日に予定される村田裕俊vs高橋一眞(=長男)のNKBライト級王座決定戦に繋がる前哨戦として期待のカードでした。

1ラウンドから高橋聖人(=三男)は極力距離を詰め接近戦でも先手を打つ展開。2ラウンドに青コーナー側で足を払って崩してパンチを連打。この一年半での進化した村田の劣勢は意外な光景。3ラウンドにはようやく調子を上げていく村田、圧力掛け本領発揮かと思われた後半、聖人が左ハイキックをクリーンヒットさせ、またもコーナー付近に詰めてラッシュ。完全に主導権を掴んだ聖人。

ここまで来ると聖人は油断しない限り、多少被弾しても大きく崩れることはなくなる。4ラウンド以降、スタミナの消耗で両者のスピードが鈍るも聖人の優勢は維持。村田の経験値で優る隙を突いたパンチと蹴り技も鋭いが、大胆不敵な聖人もヒットを返していく中終了。予想を覆す高橋聖人の勝利に沸いた会場とその応援団でした。

NKBライト級王座は、大和知也(SQUARE-UP)が昨年負った怪我の復調の遅れで返上が決定。そこで村田裕俊vs高橋一眞の4度目の対戦となる、ライト級に移しての王座決定戦が決定しています。

前座の話題ながら、3試合連続同一相手となった、9戦1勝(1KO)7敗1分の岩田行央と2戦1敗1分の藤田洋道戦は第2ラウンドにパンチによる両者一度ずつのダウン(先に藤田がダウンを奪い、岩田が逆転のダウンを奪う)。第3ラウンドも打ち合いの中、岩田が2度ダウンを奪い大差を付ける。スリリングな内容ながらどちらもガードがあまく、技術で制した試合とは言えないが、前座3回戦の中で、こんな7連敗から注目の勝利者となった選手の話題を盛り上げてきた竹村哲氏の見所PICK UPも見事でした。

◎神風シリーズvol.2 / 4月15日(土)後楽園ホール17:30~
主催:日本キックボクシング連盟 / 認定:NKB実行委員会

高橋聖人vs村田裕俊。高橋がラッシュし、右ストレートを浴び、仰け 反る村田

岡田拳vs安田一平。安田の強打を殺した岡田のローキック

岡田拳の6年ぶりのチャンピオンベルト

《後半6試合》

◆NKBウェルター級選手権試合 5回戦

選手権者.安田一平(SQUARE-UP/37歳/66.5kg)
VS
挑戦者同級1位.岡田拳(大塚/31歳/66.5kg)
勝者:岡田拳 / 0-2 / 主審:鈴木義和
副審:川上49-49. 亀川48-50. 馳48-49

◆59.0kg契約 5回戦

NKBフェザー級選手権者.村田裕俊(八王子FSG/27歳/58.8kg)
VS
同級3位.高橋聖人(真門/19歳/58.8kg)
勝者:高橋聖人 / 0-3 / 主審:前田仁
副審:鈴木49-50. 佐藤友章47-50. 亀川47-50

◆70.0kg契約3回戦

NKBウェルター級8位.上温湯航(渡辺/25歳/69.6kg)
VS
釼田昌弘(テツ/27歳/70.0kg)
勝者:釼田昌弘 / 0-2 / 主審:川上伸
副審:前田30-30. 亀川28-30. 馳29-30

◆女子50.0kg契約3回戦

喜多村美紀(テツ/30歳/49.75kg)vs後藤まき(RIKIX/49.65kg)
引分け / 0-1 / 主審:鈴木義和
副審:前田30-30. 馳30-30. 川上29-30

◆ウェルター級3回戦

チャン・シー(SQUARE-UP/33歳/66.4kg)
VS
ちさとkiss Me(安曇野キックの会/34歳/66.5kg)
勝者:チャン・シー / 2-0 / 主審:佐藤彰彦
副審:馳30-29. 前田30-29. 佐藤友章29-29

◆フェザー級3回戦

岩田行央(大塚/37歳/57.1 kg)
VS
藤田洋道(ケーアクティブ/36歳/57.0kg)
勝者:岩田行央 / 3-0 / 主審:亀川明史
副審:馳30-27. 佐藤彰彦29-27. 川上30-27

他、5試合は割愛します。

岡田拳vs安田一平。安田の強打をかい潜り、岡田もパンチで勝負

岩田行央と二人の子供。岩田行央、話題になる存在となったが、もっとランクを上げて、またこんな姿が見られたらいい

◆取材戦記

最近のこと、ある捜し物をしていて1996年当時の私(堀田)が関わったレジャー紙のキックボクシング記事を見ると「WKBA世界スーパーライト級選手権試合」と書かれていた記事を見つけました。特に注目する問題ではありませんが、この頃の世間はまだ“選手権”が使われていたようです。

古い時代のファイティング原田さんらのプロボクシング世界タイトルマッチポスターも「選手権試合」と書かれていたものでした。輪島功一さんがチャンピオンの頃もそんな表記があったと思います。プロレスでも使われていました。

最近の人はほとんどがタイトルマッチはそのままですが、チャンピオンのことを“王者”と答えるのではないでしょうか。決して間違いではありませんが、やたらタイトルが多くて、選手紹介で過去保持したすべてのタイトルをリングアナウンサーが紹介する度に「元…王者、前…王者、現…王者」と“王者”が連発されることに何か違和感を感じることがあります。偏屈な意見ですが、ボクシングシステムを用いる競技的には“選手権者”が優先されるべきかと思います。王座を獲得した者を正確には“選手権保持者”となります。

高橋三兄弟はそれぞれが課題を抱えつつ成長を見せています。三男・聖人が村田裕俊に勝つとはちょっと驚きでしたが、そんなチャンピオンクラスに、早くに打ち勝つ素質は元からあったのかもしれません。今後はビッグイベントの「KNOCK OUT」から声が掛かることも予想されます。

[撮影・文]堀田春樹

▼堀田春樹(ほった・はるき)
フリーランスとしてキックボクシングの取材歴32年。「ナイタイ」「夕刊フジ」「実話ナックルズ」などにキックのレポートを展開。ムエタイにのめり込むあまりタイ仏門に出家。座右の銘は「頑張るけど無理しない」

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世の中には不思議な事件が色々あるが、2015年4月にJR東京駅で起きたコインロッカー老女死体遺棄事件もその1つだ。発生からまもなく2年になるが、事件は今も未解決。現場のコインロッカーのかたわらには、老女の似顔絵が描かれた警察の情報募集のポスターが貼り出されたままだ。現場を訪ね、事件の真相に思いをめぐらせた。

現場を行き交う人々は誰も情報募集のポスターを一瞥もしない

◆身元特定の手がかりは揃っている印象だが……

事件が発覚したのは2015年5月31日。JR東京駅構内でコインロッカーに無施錠で放置されていた黄色いキャリーバッグの保管期限が過ぎたため、駅職員が中身を確認したところ、中から老女の死体が出てきたという。

警視庁によると、このキャリーバッグがロッカー内に放置されたのは同4月26日。死体の年齢は70歳以上で、身長は140センチくらい。体型はやせ型で、ベージュのカーディガンなどを着ていた。額に5ミリ大の「骨腫」のような隆起があり、歯は抜けているか、または入れ歯だったという。

老女の死体はこのような特徴的な容姿をしていたうえ、埼玉県西部のパチンコ店で配られたタオルも一緒にキャリーバッグに入れられていたとの報道もあった。これほど手がかりがあれば、すぐに死体の身元は判明しそうなものだが、そうはならなかった。警視庁は老女の似顔絵やキャリーバッグの写真も公開して情報を求めているが、有力な情報が集まらないまま時間ばかりが過ぎているようだ。

◆犯人の目的は一体何だったのか?

現場を訪ねてみたところ、問題のコインロッカーは丸の内南口の改札を入ってすぐの場所にあった。通勤時間帯ということもあり、実に多くの人が行きかっていた。しかし、コインロッカーのかたわらの壁に貼られた老女の似顔絵が印象的な情報募集のポスターに、行き交う人々は一瞥もせずに通り過ぎていく。こうした状況を見ると、都会の人たちの自分以外の人間への無関心さが警察に有力情報が集まらない原因の一つではないかとも思わされた。

それにしても、と気になったことがある。犯人がここに老女の死体を遺棄した目的だ。

というのも、死体には事件性を疑わせる痕跡はなかったとされるが、老女の死の原因が何であれ、東京駅のコインロッカーに人間の死体など入れていたら、いずれ発見されることは犯人も当然わかったはずだ。それにも関わらず、犯人が老女の身元特定を困難にするために何らかの工夫をした形跡はまったく見受けられない。犯人はおそらく死体が見つかっても構わないと思っていたのだろうが、それならばここに死体を遺棄した目的は何だったのか……。

ただ一つ確実だと思えるのは、老女は社会との接点が乏しく、孤独な人だったのだろうということだ。老女が普通に社会生活を営み、家族と仲良く暮らしているような人ならば、さすがに2年も身元不明のまま放置されることはないはずだからだ。

現場のコインロッカー周辺を足早に行き交う人々の流れを見ながら、ふと切ない思いにさせられた。

現場のコインロッカーのかたわらに貼られた情報募集のポスターは独特の雰囲気

▼片岡健(かたおか けん)
1971年生まれ、広島市在住。全国各地で新旧様々な事件を取材している。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

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