「香害」と電磁波 ── 科学的根拠と疑似科学の境界線

黒薮哲哉

「香害」に科学的な根拠はあるのか、それとも疑似科学なのか? この問いと並行して語られるテーマに、電磁波による人体への影響をめぐる議論がある。電磁波による人体への影響に科学的根拠があるのか、それとも疑似科学なのかという問いは、「香害」と同様に重要なテーマである。

2005年から、わたしは電磁波問題を取材してきた。そもそもの動機は、自宅がある集合住宅の屋上に携帯電話の基地局を設置したいという打診がNTTドコモとKDDIからあり、マンションの管理組合で話し合うことになったことである。しかも、基地局は、わたしの書斎の天井を隔てた真上に設置する計画だった。幸い、管理組合が「NO」の判断をし、計画は中止になった。

携帯電話の基地局からは、マイクロ波(電子レンジにも使われている電磁波)が放出される。わたしは電磁波関連の書籍や記事を参考にして、人体に有害であるという結論に達した。わたしが参照した資料によると、基地局の周辺で、目まい、吐き気、耳鳴り、食欲不振、不眠、精神不安などが多発しているという。アンケートなどを根拠に、電磁波は「有害」という結論を出している論考が目立った。

さらに、基地局周辺では、癌の発症率が高いとするデータも紹介されていた。

わたしはこれら情報を信頼していた。事実、電磁波の取材を始めたころに執筆した二冊の書籍、『あぶない!あなたのそばの携帯基地局』(花伝社)、『電磁波で苦しむ人々』(花伝社)には、市民運動体が実施したアンケートを根拠に、携帯電話基地局の周辺で健康被害が多発していると記した。

しかし、その後、検証を重ねるにつれて、奇妙なことに気付いた。日本全国には数え切れないほどの基地局が設置されているが、その99%からは健康被害の報告がないという事実である。一方、市民運動団体が撤去を求めている基地局に限って、健康被害の存在が主張されている。しかも、その「事実」の裏付けとなっているのは、おもに市民運動団体が住民を対象に実施したアンケートである。

アンケートの結果は、実施者の設問や説明の仕方によって大きく左右される可能性がある。アンケートを実施する前に、「基地局の周辺で健康被害が相次いでいますが、あなたは何か体調の異変を感じませんか?」というような説明をされると、回答が誘導される可能性が高い。というのも、目まい、吐き気、耳鳴り、食欲不振、不眠、精神不安といった症状は、電磁波の有無とは無関係に生じることがあるからだ。設問の立て方によっては、体調不良をすべて電磁波に結び付けることになりかねない。

こうした検証結果から、わたしは電磁波についての見解を変えた。残念なら、『あぶない!あなたのそばの携帯基地局』と『電磁波で苦しむ人々』の内容は解釈の一部に誤りがある。

◆「携帯電話基地局の周辺で癌が多発」は事実

しかし、それが「電磁波は安全である」という結論を導くものではない。というのも、携帯電話基地局の周辺で癌が多発していることを示唆する科学的、かつ客観的な疫学調査が複数存在するからだ。

たとえば、ブラジルの大学が実施した調査では、癌で死亡した人の自宅と、最も近い基地局との距離を測定した。この方法で7000件余りのケースを調査したところ、発癌と基地局との関係が示された。ドイツやイスラエルの調査でも、類似した方法論で導かれたデータが報告されている。

となれば、やはり基地局を無制限に設置することには問題がある。

【参考記事】地局の周辺ほど癌が多いことを示すブラジルの疫学調査、癌による死亡7191例と基地局の距離の関係を検証 疫学調査①

わたしも含め、情報は十分な検証を経て拡散すべきだろう。あくまで科学的な根拠に基づいたデータが必要だ。もちろん、予防原則を重視し、少しでも健康被害の可能性があれば対策を取る必要はある。しかし、「香害」と同様、少なくとも主観で左右されるアンケートのデータを過信することには問題がある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年9月2日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ロシアのアジア問題第一人者、プーチン大統領の択捉島訪問を建設的に批判

アンドリュー・コリブコ

プーチン大統領の択捉島訪問をめぐり、ロシアのアジア専門家トロラヤ氏は、日米との緊張を高め、ロシアの外交的選択肢を狭める可能性を指摘した。背景には、米英豪の安全保障枠組みAUKUSと日本などの協力拡大があり、米日韓と露中朝という二つの陣営への分断が進む可能性がある。

ロシアのアジア専門家トロラヤ氏
ロシアのアジア専門家ゲオルギー・トロラヤ氏

※   ※   ※   ※

ロシア国内で、ロシアの外交政策に対する建設的な批判が表に出ることは極めて珍しい。ましてや、その分野の第一人者であるトロラヤ氏のような専門家から批判が出ることは、なおさらである。

ゲオルギー・トロラヤ氏を「ロシアを代表するアジア問題の専門家」と呼んでも、決して大げさではない。同氏は数々の肩書や実績を持ち、その一つが、ロシア科学アカデミー経済研究所の「アジアにおけるロシア戦略センター」所長である。

だからこそ、ロシアの有力シンクタンク「ヴァルダイ・クラブ」に寄稿した最新の分析で、トロラヤ氏が最近の日露間の緊張について建設的な批判を行ったことには、大きな意味がある。

この緊張は、プーチン大統領が前例のない択捉島訪問を行った後に高まった。択捉島は、日本政府が自国領であると主張する北方四島の一つである。トロラヤ氏はまず、かなり大胆な予測を示した。

「将来の歴史家が、アジアにおける新たな地政学的構図の出現を、この出来事から始まったと位置づける可能性は十分にある」

そして、次のように説明している。

「もしワシントンが、ロシアの対日姿勢の変化を単発的な出来事としてではなく、モスクワが『太平洋の大国』としての地位を確立しようとしている証拠だと受け止めるなら、米国はまさにその次元で、この挑戦に対抗する可能性がある」

その場合、地域の安全保障環境を大きく変えるような、段階的なエスカレーションが起こる可能性があるという。トロラヤ氏は、その流れを次のように説明している。

  1. 外交的な抗議
  2. 新たな制裁
  3. 千島列島周辺での偵察活動の強化
  4. 北海道での日本の軍事演習
  5. 日米共同軍事演習
  6. 米海軍のプレゼンス拡大
  7. 日本による新たな長距離ミサイルの配備
  8. 米国の攻撃システムの一時的な配備
  9. 米国のミサイルの恒久的な配備

原文ではこの後の記述がやや不明瞭になっているが、最後の段階として、日本が核武装へ向かう可能性を示唆している。まさに「アジアにおけるロシア戦略」を専門とするトロラヤ氏は、さらに次のように結論づけている。

「ロシアのアジア太平洋政策全体という観点から見ると、従来の『多極型』モデルは、今や決定的に崩壊した。このモデルでは、ロシアは日本や韓国など、他の有力国との関係を利用することで、中国への依存を『バランスさせる』という選択肢を持っていた」

つまり、これまでのロシアには、中国との関係を深めながらも、日本や韓国とも関係を維持し、中国への過度な依存を避ける余地があった。しかし今回の展開によって、その外交的な選択肢が失われたという見方である。トロラヤ氏はさらに、この動きによって、「米国・日本・韓国」と「ロシア・中国・北朝鮮」という二つの陣営の形成が加速する可能性があると予測している。最後にトロラヤ氏は、次のように述べた。

「ロシアはアジア太平洋地域で戦略的な存在感を高める一方、外交的に動ける余地を失う可能性がある。現在の世界的対立の段階では、このような『交換条件』は正当化できるように見えるかもしれない。しかし、アジア外交ははるかに長い時間軸で物事を考えることに慣れている。
 ロシアの選択肢が狭まっているという印象を与えないことが重要であり、長期的に信頼でき、予測可能なパートナーであるというロシアの評価を維持し続ける必要がある」

ロシア国内では、ロシアの外交政策に対する建設的な批判が公に示されることは極めて珍しい。特にトロラヤ氏のような、その分野を代表する専門家の場合はなおさらだ。

そのため、この分析の行間を読むならば、トロラヤ氏は、プーチン大統領の択捉島訪問が長期的かつ重大な戦略的影響をもたらすと考え、その訪問を残念に思っている、と解釈することもできる。ただし、トロラヤ氏の業績に敬意を表しつつも、彼の分析では一つの可能性が十分に考慮されていない。

それは、プーチン大統領自身が、こうした一連の動きはいずれにせよ避けられないと考えている可能性である。米国がアジアで進めている計画を考えれば、そのような判断にも一定の合理性がある。

その米国の計画は、簡単に言えば、NATOに似た軍事ネットワークをアジアに構築することだと説明できる。この記事では、それを「AUKUS+」と呼んでいる。詳しくは原文でリンクされている別の記事で説明されている。

【黒薮注】AUKUS+:「AUKUS+」とは、米英豪3カ国の安全保障枠組みとして、それを日本、韓国、カナダ、ニュージーランドなど他の同盟・友好国との協力へ広げていく構想。インド太平洋における、より広い軍事・技術協力ネットワークの構想。日本政府にとって、憲法9条がこの構想の障害になっている可能性が高い。

また、この構想は、米国のエルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)が、プーチン大統領の訪問に先立つ8月初めに語った内容ともつながっている。したがって、プーチン大統領がロシア極東への訪問予定の一環として択捉島を訪れたのは、

「米国がアジアで何を計画しているのか、ロシア側は把握している。そして、それに先手を打って対応する」

というメッセージを送るためだった可能性もある。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年9月7日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/russias-top-expert-on-asia-constructively?utm_campaign=post&utm_medium=web

ライプツィヒ事件には「偽旗作戦」の特徴がそろっている

アンドリュー・コリブコ

ドイツ・ライプツィヒで、ウクライナの貨物機付近から爆発物を積んだドローンなどが相次いで発見され、ドイツ側はロシアの関与を指摘した。しかしプーチン大統領はこれを「偽旗作戦」だと反論している。本稿では、事件をめぐる不自然な点や過去の類似事例、ドイツの急速な再軍備という背景を踏まえ、この事件が戦時体制への移行や今後の対ロシア政策のエスカレーションを正当化するために利用されている可能性を考察する。

※   ※   ※   ※

この事件は、ドイツ経済を戦時体制へ移行させることを正当化し、それによって生じる問題から国民の目をそらし、さらに将来ロシアに対して大規模なエスカレーション(対立の激化)に踏み切ることを正当化するために行われたものだ、というのが私の見方である。

ドイツは、先月ライプツィヒで起きた事件についてロシアを非難した。この事件では、爆発物を積んだドローン1機が、ウクライナの貨物機の近くにある滑走路上で発見された。また別のドローンは、着陸しようとしていた別の貨物機に衝突したものの、爆発しなかったと報じられている。さらにその後、3機目のドローンが空港施設の近くで発見された。

プーチンは、ロシアの仕業だとするドイツ側の主張を非難した。そして、証拠が意図的に仕込まれていることから、自分はこれを「偽旗作戦」だと考えていると述べた。また、その目的について、ロシアへの恐怖をあおることでドイツ国内の問題から国民の目をそらすことではないかと推測した。

こうした見方に懐疑的な人は、ばかばかしいと思うかもしれない。しかし私が見る限り、ライプツィヒ事件には偽旗作戦を疑わせる特徴がそろっている。

まず、ドイツ側の説明に従えば、ロシアはまるで漫画に出てくるような、とんでもない失態を犯したことになる。世界でも屈指の技術を持つとされるロシアのドローン操縦部隊が、もし本当にNATOに対する史上最も衝撃的な「ハイブリッド戦争」の攻撃を命じられていたのだとすれば、ドローン1機を滑走路に放置し、もう1機は着陸中の貨物機に衝突したのに運悪く爆発せず、さらに別の1機まで近くに残していったことになる。これは信じがたい話である。

【黒薮注】ハイブリッド戦争:ハイブリッド戦争(Hybrid Warfare)とは、通常の軍事攻撃だけでなく、サイバー攻撃、情報操作、経済的圧力、破壊工作など、さまざまな手段を組み合わせて相手国を弱体化させる戦い方のこと。

プーチンの「偽旗作戦」説を支持する2つ目の理由として挙げたいのが、昨年秋に起きた似たような出来事だ。当時、正体不明のドローンによって、スカンジナビアの主要空港が一時的に全便の運航を停止する事態となった。

ゼレンスキーは、予想どおりロシアを非難し、ロシア船舶に対してデンマーク海峡を封鎖するよう求めた。ライプツィヒ事件と同じく、その主張を裏付ける証拠は公表されなかった。しかし私は、この出来事によって、ヨーロッパで正体不明のドローン事件が起きた際にロシアの責任だとし、それを根拠に対ロシア政策をさらにエスカレートさせる、という前例が作られたと考えている。

そして3つ目の点として、ゼレンスキーが当時提案した対ロシア措置は結局実現しなかったものの(おそらくNATOとロシアの直接戦争を避けるためだったのだろう)、今回のライプツィヒ事件をきっかけに、何らかのエスカレーションが起こる可能性がある。

私は8月下旬の記事で、ロシアとの対立を大幅に激化させた場合、ロシア側よりもNATO側のほうが得るものが多いだろうと論じた。その具体的な形として考えられるのが、この夏に失敗した対ロシア・ドローン攻撃を大規模かつ長期的に再開し、ロシアの「脱工業化」と「非軍事化」を狙うというものだ。これが来年試みられる可能性もある。

ここで忘れてはならないのは、現在ドイツが、アメリカに次いでウクライナにとって2番目に重要な軍事支援国となっていることだ。ドイツは今年春、ウクライナの長距離攻撃能力を発展させることで合意している。

またドイツは急速に再軍備を進めており、その経済も戦時体制へと移行しつつある。その背景には、2030年ごろにロシアとの戦争が起こる可能性があるというEUの予測を踏まえ、それまでにヨーロッパ最大の陸軍を持つというドイツの目標がある。

しかし、こうした政策は有権者の間で不人気となっている。そのため私は、ライプツィヒ事件を利用して、この政策を正当化する必要があるのだと考えている。

ここまで述べてきたプーチンの「偽旗作戦」説に関する私の見方をまとめると、次のようになる。

昨年秋、スカンジナビアで「ロシアのドローン」に対する恐怖が広がったことで、その後ヨーロッパで同様の事件が起きた際、証拠がなくてもロシア政府の責任だと非難するための下地が作られた。そして今回、ドイツはライプツィヒ事件について実際にそれを行った、というわけだ。

一方で、ロシアのドローン操縦部隊がこれほど無能だったという説明は信じがたい。それにもかかわらず、その説明が広められているのは、ドイツ経済の戦時体制への移行を正当化し、それに伴って生じる国内問題から人々の目をそらし、さらに将来ロシアに対して大規模なエスカレーションを行うことを正当化するためだ、というのが私の見方である。

先ほど述べたように、そのエスカレーションとは、この夏に失敗した対ロシア・ドローン攻撃を大規模かつ長期的に再開し、ロシアの「脱工業化」と「非軍事化」を狙うという形になる可能性がある。

しかし、それを実行すれば、改定されたロシアの核ドクトリンに照らして、ロシアが核兵器使用を検討する一線、いわゆる「核の敷居」を越えてしまう危険性がある。

少なくともプーチンは、ウクライナに対して再び限定的な形で「事態を沈静化させるために、あえてエスカレートさせる(escalate to de-escalate)」という対応を取るだろう。しかし、そこから事態が制御不能に陥る可能性も常に存在する。

したがって私は、最終的にスカンジナビア諸国がそうしたように、ドイツも対立をさらに激化させることは避けるべきだと考えている。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年9月3日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source: https://korybko.substack.com/p/the-leipzig-incident-has-all-the

シコルスキ氏の「欧州軍団」構想は、ポーランドがウクライナに「平和維持部隊」を派遣するための手段なのか

アンドリュー・コリブコ

アジア版NATO構想と並行して、欧州では「欧州軍団」構想がある。これは、NATOに代わる新たな軍事同盟をつくるものではなく、欧州が自らの防衛をより多く担うことで、NATOの「欧州の柱」を強化しようとする動きと位置づけられる。執筆者のコリブコは、この枠組みが将来的にポーランド軍のウクライナ派遣に利用される可能性を指摘する。

ポーランドのラデク・シコルスキ外相

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保守派のカロル・ナヴロツキ大統領は、ポーランド軍の最高司令官であり、軍をめぐる大きな権限を持つ。ところが、与党のリベラル連立政権が「欧州軍団」の枠組みを使って一部のポーランド軍の部隊をEUの指揮下に移した場合、話は別だ。そうなれば、その部隊のウクライナ派遣をナヴロツキ大統領が阻止できるのかどうかは、はっきりしない。

ポーランドのラデク・シコルスキ外相は最近、ギリシャのメディアとのインタビューで「欧州軍団(European Legion)」の創設を提唱した。シコルスキ氏は次のように述べている。

「私は『欧州軍団』の創設を強く支持している。これは常設の専門部隊であり、より広い欧州の枠組みから経験豊富な職業軍人を募ることができる。戦争終結後には、実戦経験を積んだウクライナの退役軍人もその対象になり得る。要するに、欧州は自らの安全保障に自ら責任を持たなければならないということだ」

さらに、こう付け加えた。

「われわれの裏庭で火事が起きるたびに、ワシントンに電話をかけるわけにはいかない。それが通常の軍事的脅威であれ、モスクワがアフリカや中東からの移民流入をEUに対する武器として利用する事態であれ、同じことだ。ただし、ここは明確にしておきたい。これはNATOに代わる別の組織をつくったり、既存の仕組みを二重化したりする話ではない。必要なのは、より強力なNATOの中に、より強力な『欧州の柱』を築くことだ。われわれの利益は互いに補完し合うものであって、相反するものではない」

この発言に驚いた向きもあった。というのも、シコルスキ氏は1年半前、ゼレンスキー大統領が提唱した「欧州軍(Army of Europe)」構想を退けていたからだ。当時、ポーランド外交のトップである同氏はこう述べていた。

「この言葉の使い方には慎重であるべきだと思う。人によって意味するところが違うからだ。もしそれが各国軍を一つに統合するという意味なら、そのようなことは起こらない」

ここに両構想の最大の違いがある。「欧州軍」は各国軍を統合する構想であり、現実味に乏しい。一方、「欧州軍団」は志願制の部隊として想定されている。

後者についてもう少し詳しく見てみると、シコルスキ氏が念頭に置いているのは、EU加盟国とウクライナの兵士から構成される即応部隊で、何らかのEU機関の指揮下に置かれるものとみられる。その目的は、危機が発生した際に迅速に対応することにある。そして、紛争地域に各国の兵士が実際に配置されることで、NATO全体、あるいはEU内の「有志連合」をその紛争に関与させる「トリップワイヤー(引き金)」として機能することになると考えられる。

シコルスキ氏がこの構想を打ち出したのは、英国、フランス、ドイツの3カ国――いわゆる「E3」であり、先行きが不透明とも報じられている「有志連合」の中心国――が、停戦成立後にウクライナへ部隊を派遣する計画を確認してから2カ月後のことだ。

一方、シコルスキ氏が属するリベラル連立政権と激しく対立している保守派のカロル・ナヴロツキ大統領は、2025年5月、大統領選挙の決選投票を前に、ポーランド軍のウクライナ派遣は認めないと書面で誓約している。

ナヴロツキ氏は軍の最高司令官ではある。しかし、リベラル派の国防相が「欧州軍団」を通じて一部のポーランド軍部隊をEUの指揮下に置いた場合、「有志連合」の計画の一環としてそれらの部隊がウクライナへ派遣されるのを、ナヴロツキ氏が阻止できるのかどうかは不透明だ。

ここ数カ月、ポーランド国内ではウクライナに対する世論が悪化している。ゼレンスキー大統領が、ヴォルィーニ虐殺に関与したOUN-UPA(ウクライナ民族主義者組織・ウクライナ蜂起軍)の関係者を称揚したことがその背景にある。そのため、与党リベラル派がこのような措置に踏み切れば、2027年秋に予定される次回の下院(セイム)選挙を前に、再選への望みを損なう可能性がある。

【黒薮注】ヴォルィーニ虐殺(Volhynia massacres):第二次世界大戦中の1943~1944年ごろ、現在のウクライナ西部を中心に、ポーランド系住民が大規模に殺害された事件を指す。中心的な実行主体とされるのが、ウクライナ民族主義者組織(OUN)の一派と、その武装組織であるウクライナ蜂起軍(UPA)。彼らは、将来の独立ウクライナ国家の領域からポーランド系住民を排除することなどを目的として、ヴォルィーニ(ヴォルヒニア)地方や東ガリツィアでポーランド人の村々を襲撃した。数万人規模のポーランド人民間人が殺害された。

それでも、「最近締結されたポーランド・ドイツ防衛協定は、ワルシャワの利益よりもベルリンの利益を優先していることに疑いの余地はない」とされている。また、ドナルド・トゥスク首相はドイツと非常に緊密な関係にあり、保守派野党の「影の実力者」からかつて「ドイツの工作員」と非難されたことさえある。

したがって、もしドイツが「欧州軍団」を通じたポーランド軍のウクライナ派遣を要求した場合、トゥスク首相が来年、政権維持を危うくするリスクを冒してでもそれに応じる可能性は排除できない。

ただし、そのような軍事派遣をロシアが容認するかどうかは、また別の問題である。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月26日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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文化放送「香害」番組削除をめぐり波紋 市民団体が抗議、横浜副流煙事件の被告家族は文化放送を擁護

黒薮哲哉

「香害」や化学物質過敏症の危険性を訴え、「被害者」への配慮を社会に求めている市民団体「カナリア・ネットワーク全国」(共同代表・青山和子、深谷桂子)が、文化放送が8月5日に放送したYouTubeラジオ番組に抗議し、その後、番組が削除された問題で、新たな事実が判明した。

カナリア・ネットワーク全国は、BPO(放送倫理・番組向上機構)に対しても申立書を送付した。さらに、同団体だけではなく、日本消費者連盟なども8月10日に文化放送に抗議していたことが分かった。

文化放送が8月5日に放送した「香害」に関するラジオ番組は、YouTubeでも視聴できるようになっていたが、現在はアクセスできなくなっている。カナリア・ネットワーク全国は、番組で「香害」について話した村中璃子医師の見解に誤りがあり、海外における「香害」の実態などが過小評価され、事実に反する内容が放送されたと主張している。

結果として、市民団体からの抗議の後に、一つのラジオ番組が削除されたことになる。

こうした動きを受け、横浜副流煙事件の被告の家族である藤井敦子さんが、文化放送に申し入れを行った。

申入書全文1頁
申入書全文2頁
申入書全文3頁(全3頁)

■申入書全文(PDF)

申入書では、「香害」をめぐる主張には疑似科学的な側面があるとの見解を示し、その根拠として、藤井さんの夫が副流煙の発生源であるとして提訴された事件(請求額4518万円、藤井さん側が勝訴)で明らかになった具体的な事実を紹介している。

例えば、被告である夫が不在だったときにも、同じマンションに住む原告家族3人が煙の臭いを訴えていたという事実である。これは原告側の日誌から、時系列的にも確認されている。

また、この裁判では、日本禁煙学会の作田学医師が、「受動喫煙症」を訴えていた原告について、本人を診察することなく「受動喫煙症」とする診断書を交付していたことも明らかになった。さらに、原告の一人には長い喫煙歴があったことも判明している。

こうした診断基準について、横浜地裁は次のように認定している。

「その基準(日本禁煙学会の『受動喫煙の分類と診断基準』)が受動喫煙自体についての客観的証拠がなくとも、患者の申告だけで受動喫煙症と診断してかまわないとしているのは、早期治療に着手するためとか、法的手段をとるための布石とするといった一種の政策目的によるものと認められる。(認定事実(4)ア)」

こうした複数の事実に基づき、藤井さんは、「香害」をめぐる主張には疑似科学的な側面があると主張している。

◆「香害」をめぐるアンケートの非科学的側面

なお、この問題に関して、やはり「香害」を訴えている日本消費者連盟のウェブサイトには、次のような記述がある。

私共は、「香害」問題に取り組んでいる市民団体です。2017年夏に、市民から香害被害の声を募る「香害110番」を行って以来、香害の解決を求めて、省庁との交渉を続けております。2020年には、9000人以上からの回答を得た香害アンケート結果を発表。香害被害者の約20%が、通学や通勤・就労に支障を来たしているという深刻な現状を明らかにしました。2022年には、香りを長持ちさせるマイクロカプセル等の徐放技術を日用品に使用しないことをメーカー等に求める署名活動を行うなど、香害をなくすために様々な活動を行ってまいりました。( 出典 https://nishoren.net/cuj-25274

このアンケートの具体的な調査方法が不明なため断言はできないが、「香害」の被害を把握するために実施されたアンケートの中には、調査方法の妥当性について検討を要するものもかなりある。

例えば、ある市民団体が実施したアンケートでは、「香害」に取り組むネットワークにも調査票を送り、その活動の参加者も回答する形式になっていた。その結果、極めて高い「有症率」が示された。

吐き気や頭痛などの症状や不快感は、「香害」以外のさまざまな要因によっても日常的に生じ得る。そのため、自己申告によるアンケート結果から、「香害」と症状との因果関係までを判断する際には慎重さが求められる。

[参考記事]禁煙ファシズムに審判、横浜・副流煙裁判で被告の藤井さんが完全勝訴、日本禁煙学会理事長・作田学医師の医師法20条違反(無診察で診断書を作成する行為の禁止)を認定

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年9月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。
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▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「松竹裁判」の危険な兆候、司法権力による政党への介入

黒薮哲哉

松竹伸幸氏が日本共産党に対し、除名処分は不当だとして提訴している裁判が注目を集めている。先日、東京地裁で行われた尋問には多数の傍聴希望者が詰めかけ、抽選が行われたそうだ。

わたしは双方を取材していないので、原告・被告のどちらの主張に理があるのかを評価する立場にはない。しかし、それ以前の問題として指摘しておきたいことがひとつある。それは、政党をめぐる問題に裁判所が介入することが、今後どのような影響を及ぼすのかという点である。

改めて言うまでもなく、政党は任意団体である。共産党の場合は、科学的社会主義の思想のもと、社会主義をめざそうという人々の集まりである。一般企業や教育機関など、一定の公共性を有する組織とは、その性質が異なる。共産党以外の政党についても、それぞれの理念に基づいて政治活動を展開している。

松竹氏をめぐる裁判では、共産党の方針や、それに基づく党員への処分の当否について、裁判所という国家機関が司法判断を下すことになる。ここには慎重に考えるべき問題がある。司法が政党内部の意思決定にどこまで関与できるのか。その範囲が際限なく広がれば、国家権力が政党の自律性を脅かすことにもなりかねない。

わたしは、この裁判が、政党の自律と司法の関係をめぐる極めて重要かつ慎重に扱うべき問題を含んでいると考えている。判決内容によっては、日本を専制国家に暴走させる危険性を孕んでいる。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月29日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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「倒産31件」では見えない新聞販売店の経営危機 ――『しんぶん赤旗』記事が見落とした「押し紙」問題

黒薮哲哉

8月22日付の『しんぶん赤旗』に掲載された記事には、重大な事実誤認がある。見出しは「新聞販売店倒産 年間50件超えか」「購読者離れに歯止めかからず」である。

この記事は、東京商工リサーチの調査によると、2026年1~7月の新聞販売店の倒産が31件に上り、このままのペースで推移すれば年間50件を超えるおそれがあるとしたうえで、新聞の休刊や廃刊が進む背景として、購読者の新聞離れや広告収入の減少を挙げている。

しかし、この数字だけでは新聞販売店が置かれている実態を十分に捉えることはできない。販売店の経営が行き詰まった結果、店舗や販売区域を残したまま経営者が交代したケースや、倒産という形を取らず自主的に廃業したケースは、「倒産31件」という数字には含まれていないからである。

仮に倒産によって消滅した販売店が31件だったとしても、それとは別に店主の交代は各地で行われている。新聞業界紙を見ても、店主交代の記事が継続的に掲載されている。

では、なぜ店主交代が行われるのか。その背景の一つとして指摘しなければならないのが、「押し紙」の問題である。実際の購読者数を上回る新聞の仕入れを余儀なくされれば、その代金が販売店の経営を圧迫する。資金繰りが悪化し、借入金の返済や金融機関との取引に支障を来すこともあり得る。

その結果、新聞代金の支払いが困難になり、開業時などに新聞社へ差し入れた保証金等との精算を経て、店主が販売店経営から退くケースもある。

現在、大阪地裁で係争中の毎日新聞社を被告とする「押し紙」をめぐる訴訟でも、販売店の経営と新聞の供給部数との関係が争点となっている。

【参考記事】「押し紙」を隠す経理マジック――毎日新聞裁判で判明した日本の新聞社のビジネスモデルに、ジャーナリズムが機能しない客観的な理由

『しんぶん赤旗』が指摘するように、「購読者の新聞離れと広告収入の減少」が新聞販売店の経営を圧迫していることは間違いない。しかし、販売店経営の実態を論じるのであれば、それだけでは不十分である。新聞社から販売店に供給される新聞の部数と、実際に読者へ販売される部数との乖離、すなわち「押し紙」として問題にされてきた過剰な新聞供給が販売店経営に与える負担についても検証する必要がある。

「倒産31件」という数字だけでは、新聞販売店が直面している経営問題の全体像は見えてこないのである。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月24日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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米国は「AUKUS+」を通じて、アジアで「NATO 3.0」構想を実行しつつある

アンドリュー・コリブコ

米国は、中国への抑止力を強化するため、日本やフィリピンなどの同盟国に、これまで以上に大きな防衛上の役割を担わせようとしている。この記事では、米国が欧州でロシアに対して構築してきた安全保障の仕組みをアジアにも応用し、AUKUSや既存の同盟関係を結びつけた「AUKUS+」とも呼べるネットワークを形成しつつあると分析する。日本で浮上している改憲の動きの背景にある事情も、行間から読み取れる。

※   ※   ※   ※

米国は、ロシアに対して用いてきた地域的な封じ込めモデルを、中国に対しても再現しようとしている。

米国のエルブリッジ・コルビー国防次官(政策担当)は8月上旬、東南アジア歴訪の最初の訪問地であるマニラで、重要な演説を行った。この演説は、米国が「NATO 3.0」という考え方をアジア地域に持ち込むことを事実上表明したものだといえる。

【黒薮注】NATO 3.0:ここではNATOの変遷を意味して、NATO 1.0は冷戦期、NATO 2.0は冷戦後、そしてNATO 3.0は、米国だけに負担を集中させず、ポーランド、日本、フィリピンなどの「前線国家」により大きな防衛負担を担わせ、米軍と一体化した地域的な抑止網をつくる段階。

第2次トランプ政権の軍事・戦略政策を設計する中心人物であるコルビーの説明によれば、米国は、現在の地域秩序を維持する責任を、同じ利益を共有する同盟国やパートナー国に、これまで以上に負担させようとしている。この場合、各国が共有する利益とは、コルビーの言葉でいう「特定の国による覇権に支配されないアジア」である。明言こそしていないものの、その狙いは中国を封じ込めることにある、と筆者は見ている。

コルビーは、第2次トランプ政権の政策を正当化する根拠として、「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」、そしてピート・ヘグセス国防長官が5月下旬のシャングリラ・ダイアローグで行った演説を挙げた。その政策とは、日本からボルネオ島まで続く「第一列島線に沿って、敵の攻撃を拒否できる態勢を整え、それによって抑止力を維持する」というものだ。

フィリピンは第一列島線のほぼ中央に位置している。そのため、別のところで「AUKUS+」と呼ばれている安全保障ネットワークを構築するうえで、フィリピンは代わりの利かない重要な国となる。

【黒薮注】AUKUS+:米・英・豪の3か国が、潜水艦や最先端軍事技術を共同で開発・運用し、軍事的な連携を深める枠組み。

この構想では、米国の支援を受けた日本とフィリピン(そして場合によってはインドネシア)が中核を担うと考えられている。コルビーは次のように述べた。

「われわれは、『力による平和』という考え方を支え、アジアにおいて長期的に望ましい勢力均衡を維持するため、敵の攻撃を阻止・拒否できる強力な防衛体制を積極的に構築している。

われわれは前方展開態勢を組織的に強化し、拠点の防御力を高めるとともに、相応の負担を引き受ける意思のある重要な国々との軍事的な相互運用性を大幅に高めている。

これは、カメラの前で見せるための象徴的な軍事演習を行うだけの話ではない。現実に起こり得る軍事侵攻を打ち破ることのできる、実戦能力を備えた戦力を配備するということだ。」

この発言からは、米国の意図が明確に読み取れる、と筆者は見ている。つまり米国は、アジア太平洋地域で自らがすべてを直接担うのではなく、同盟国を前面に立たせて支援する「後方からの指導(Leading From Behind)」という形で中国を封じ込めようとしている、ということだ。そのための仕組みが、アジアに「NATO 3.0」型の体制を導入し、「AUKUS+」のネットワークを急速に構築することだと筆者は見ている。

ここで特に重要なのは、コルビーがフィリピンを「模範的な同盟国(model ally)」と呼んだことだ。これは、ヘグセス国防長官が2025年初頭の欧州歴訪でポーランドを訪れた際、同国について使った表現と同じである。そのため筆者は、米国がアジアにおいてフィリピンに、欧州におけるポーランドと似た役割を担わせようとしていると推測している。

したがって今後、フィリピンは米国にとってアジアにおける重要な軍事拠点となり、その地政学的な位置を利用して、中国を封じ込めるうえで中心的な役割を担うようになると考えられる。これは、ポーランドがロシアに対して担っている役割とよく似ている。ポーランドのカロル・ナヴロツキ大統領も最近、この役割を改めて確認しており、いずれの場合も米国との緊密な連携のもとで進められる。

もちろん、フィリピンだけで中国を封じ込めることはできない。それは、ポーランドだけでロシアを封じ込めることができないのと同じである。むしろ両国に期待されている主な役割は、米軍のための兵站・補給拠点となり、必要な場合には米軍が作戦を開始・展開するための足場となることなのである。

実際のところ、筆者によれば、最終的な狙いはフィリピンとポーランドに十分な軍需物資、米軍部隊、ミサイルなどを配備しておき、それによって中国やロシアの軍事行動を抑止することにある。具体的には、中国が台湾に対して軍事行動を起こすことを抑止すると同時に、現在の戦闘が最終的に終結した後、ロシアが再びウクライナに対して同様の軍事行動を取ることを防ぐ、という構想である。それでも中国やロシアが軍事行動に踏み切った場合には、それぞれフィリピンやポーランドが介入し、その後を追う形で米国も介入するという仕組みが想定されている、と筆者は見ている。

日本についても、フィリピンと同じような役割を担えるよう準備が進められている。ただし実際に戦争が起きた場合、日本は最初から直接参戦しない可能性がある。その理由として筆者が挙げているのは、紛争のエスカレーションを抑える必要があることと、もし日本が参戦して中国から直接報復を受ければ、世界経済に大きな衝撃を与える恐れがあることだ。日本経済は、ポーランドはもちろん、フィリピンと比べても世界経済にとってはるかに重要な存在である。

一方、日本、ポーランド、フィリピンの3か国はいずれも米国と相互防衛の関係にある。そのため、想定される紛争において、中国やロシアが台湾やウクライナで活動する日本・フィリピン軍、あるいはポーランド軍だけを攻撃するのではなく、日本、フィリピン、ポーランド本国を直接攻撃した場合、米国の軍事的対応を招くことになると筆者は考えている。

コルビーの演説から読み取れるのは、筆者によれば、米国がロシアに対して構築してきた地域的な「封じ込め」の仕組みを、中国に対しても再現しようとしているということである。つまり欧州では、ポーランドなどの同盟国を前線の重要拠点としてロシアを抑止・封じ込める。一方アジアでは、フィリピンや日本などを重要拠点として、中国に対して同様の体制を構築しようとしている、というのが筆者の見方である。

筆者は、こうした動きが世界の安定に極めて大きな影響を及ぼし、米中・米露の直接衝突、ひいては第三次世界大戦に発展する危険性を高めると警告している。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月16日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

Source:https://korybko.substack.com/p/the-us-is-implementing-the-nato-30

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

プーチン大統領、悪化する日露関係を嘆く

アンドリュー・コリブコ

ロシアのプーチン大統領は8月中旬、太平洋艦隊の司令官らとの会合で、近年の日露関係の悪化に懸念を示した。記事は、日本が米国などとの安全保障協力や軍備強化を進め、北東アジアにおける対ロシア包囲網の中心的役割を担いつつあると分析。これに対しロシアも太平洋方面の戦力を増強し、中国や北朝鮮との連携を深める可能性があると指摘している。

※   ※   ※   ※

米国がこの1年間にロシアの周囲に築いてきた「封じ込めの包囲網(cordon sanitaire)」の北東アジア方面を日本が主導するようになるにつれ、日露間の緊張がさらに高まることは避けられないかも知れない。

プーチン大統領は8月中旬、ロシア太平洋艦隊の司令官らとの会合で、日露関係について語った。プーチン氏は、ここ数年で両国関係が悪化したことを嘆き、その原因となるような行動をロシア側はまったく取っていないと主張した。そして、現在では「日本が最新の防衛関連文書で、初めてロシアを主要な脅威の一つに位置づけるまでになった」と述べた。

その後、プーチン氏はクリル諸島(日本でいう北方領土を含む)をめぐる問題について簡単に振り返り、日本の対ロシア政策が、貿易や対話を重視する姿勢から、制裁と対立を重視する方向へ転換したことに不満を示した。

ロシア太平洋艦隊のヴィクトル・リーナ司令官は、日本が地域で形成されつつある新たな政治・軍事的枠組みに加わっており、それらはNATOの一部のような役割を果たしているとの見方を示した。具体的には、次の枠組みを挙げた。

〇日本・韓国・米国の3か国協力
〇日本・フィリピン・米国による「JAPHUS」
〇日本・オーストラリア・インド・米国による「Quad(クアッド)」
〇オーストラリア・日本・米国による「AJUS」

リーナ司令官はさらに、「これらの国々は共同で作戦・戦闘訓練を行っており、その頻度も規模も一貫して拡大している」と述べた。

そして、北東アジアにおけるこうした不安定化の動きの中で、日本が中心的な役割を担っていると指摘した。その理由として、日本が急速に軍事力を強化していること、さらに「非核三原則」を廃止する案が出ていることを挙げた。非核三原則が廃止されれば、将来的に日本が核兵器を保有・製造したり、外国の核兵器を国内に配備させたりする可能性が生じる、と原文は論じている。

こうした動きは、7月下旬の記事「ロシアの政府高官が、自国に対する日本の脅威の高まりに言及した」で論じられた内容を、さらに裏付けるものでもある。

また、8月初旬、エルブリッジ・コルビー米国防次官(政策担当)が東南アジア歴訪の最初の訪問先で重要な演説を行った後に論じられた、「米国はAUKUS+を通じてアジアで『NATO 3.0』構想を実行している」という見方とも一致している。

【黒薮注】AUKUS+:米・英・豪の3か国が、潜水艦や最先端軍事技術を共同で開発・運用し、軍事的な連携を深める枠組み。

【黒薮注】NATO 3.0:ここではNATOの変遷を意味して、NATO 1.0は冷戦期、NATO 2.0は冷戦後、そしてNATO 3.0は、米国だけに負担を集中させず、ポーランド、日本、フィリピンなどの「前線国家」により大きな防衛負担を担わせ、米軍と一体化した地域的な抑止網をつくる段階。

もっとも、リーナ司令官がQuadをNATOの一部のように表現した点については議論の余地がある。インドは独立した外交路線を強く維持しており、現在もロシアにとって重要なパートナーだからだ。しかし、それ以外のリーナ司令官の発言については、先ほど述べた見方とおおむね一致している。

【黒薮注】Quad:日本・アメリカ・オーストラリア・インドの4か国による協力枠組み。

今回の会合で重要なのは、プーチン大統領が日露関係の悪化を嘆き、同時に太平洋艦隊の司令官が「日本によるロシアへの脅威が高まっている」と評価したことである。これは、ロシアが北東アジアの安全保障環境の変化を認識していることを示している。

今年の夏にも述べたように、この1年間でロシアの周辺には一種の「封じ込めの包囲網」が形成され始めている。筆者はその背景に、第2次トランプ政権の「新レーガン・ドクトリン」があり、それによって世界各地でロシアの影響力を後退させようとしているとみている。

その中で日本には、北東アジア方面を主導する役割が与えられているという。それは今後、米軍ミサイルの日本への定期的な配備、海上での挑発的な行動とその頻度の増加、さらには日本の急速な軍備拡大と並行した核武装の可能性という形で現れると考えられる。

ロシア側も、こうした事態に備えつつある。プーチン大統領と太平洋艦隊司令官らとの会合内容は、そのことを示していると筆者はみている。その結果、今後ロシア太平洋艦隊の戦力が増強され、中国や北朝鮮との協力もさらに強化される可能性が高い。

読者が忘れてはならないのは、ロシアは日本を一度も脅したことがなく、むしろ米国との連帯を優先した日本の側が、これまで述べてきた手段によってロシアを脅す道を選んだのだ、という点である――これが筆者の主張である。

この政策は日本自身の経済的利益も損なっていると筆者は考えている。資源に乏しい島国である日本が、地理的に近いロシアのエネルギー資源や鉱物資源を利用する機会を、自らあらかじめ排除してしまっているからだ。ただし、制裁の適用除外となっている大型エネルギー事業「サハリン2」は例外である。

【黒薮注】サハリン2:ロシア極東のサハリン島周辺で天然ガスと石油を開発し、主にアジアへ輸出する大型エネルギー事業。三井物産と三菱商事もこのプロジェクトに出資してきた。

したがって日本には、現在の反ロシア的な政策を見直す経済的な動機もある、というのが筆者の結論である。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:
https://korybko.substack.com/p/putin-lamented-the-worsening-of-russian?utm_campaign=post&utm_medium=web

サラ金・商工ローンの比ではない「押し紙」商法 毎日新聞元販売店主が保証金など約1600万円を没収された経緯を証言

黒薮哲哉

兵庫県の阪神地区にある毎日新聞の元販売店主が起こした「押し紙」裁判で、原告代理人の江上武幸弁護士は、原告の「陳述録取書」を提出した。元販売店主は、「押し紙」によって損害を受けたとして、毎日新聞社に約1億6000万円の損害賠償を求めている。「陳述録取書」の全文は次の通りである。

◎「陳述録取書」https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2026/08/2608112a_0001.pdf

◆サラ金・商工ローンの比ではない「押し紙」商法

かつて、サラ金や商工ローンによる厳しい借金の取り立てが社会問題になった。幸い、マスコミの追及などを通じて問題にメスが入り、被害者を救済する道が開かれた。コンビニエンスストアの店主に対する親会社の優越的地位の濫用も社会問題となり、これについてもメスが入った。

これらに対して、半世紀にわたって水面下で問題となってきたのが、新聞販売における「押し紙」である。

今回提出された元販売店主の「陳述録取書」には、販売店を開業する際に毎日新聞社に預けた保証金と販売店譲渡代金、合わせて約1600万円が没収された経緯が記されている。これらの預け金は、不動産取引でいう敷金のようなもので、廃業時に返還されるのが原則である。

しかし、元販売店主の場合、「押し紙」によって発生した新聞仕入れ代金の未払いを理由に、これらの預け金が没収された。

サラ金・商工ローンやコンビニをめぐる問題にはメスが入った。それでは、なぜ新聞社の「押し紙」は容認されているのだろうか。それは新聞社が日本の権力構造の「広報部」として組み込まれているからにほかならない。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月12日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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