11・1 同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会、いよいよ明日開催! 多くの皆様方のご参集をお願いいたします!

松岡利康

たびたびお知らせしておりますが、私も関係している同志社大学学友会倶楽部が10数年にわたり行っている、大学が創立記念日にちなみ毎年この頃に行っているホームカミングデー(同大OBらにキャンパスを公開し、同窓会やイベントを行う場を提供するという趣旨で始められた)での講演会も本年が第12回となります。

今回は、研究者としても反核活動家としても国際的に活躍されている高橋博子さん講演会を、母校同志社大学京田辺キャンパスにて明日午後1時から開催いたします。

ウクライナ、ガザ、イランと戦火が続く中、まさに時機に合った講演会です。一人でも多くの皆様のご参加を切望しています!

高橋さんは母校での講演に際し、張り切って10ページにわたる詳細なレジメを準備、万全の構えで明日の講演に臨まれます。

また、先着30名の方には、高橋さんの論考が掲載された反原発情報誌『季節』夏号を贈呈いたします!

講演会の概要は次の通り。詳細は添付ファイルのチラシをご覧ください。

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  • 日時: 2026年11月1日 日曜日 13:00〜16:00 (開場12:30)
  • 場所: 同志社大学 京田辺キャンパス 知真館3号館(TC3)202教室
  • 講師: 高橋博子(同志社大学卒業生、奈良大学教授)
  • テーマ: 日米両政府の核兵器観:広島・長崎・核実験・原発事故
  • オープニングライブ(カオリンズ)
  • 参加費: 無料(一般の方も参加自由)
  • 主催:同志社大学学友会倶楽部 ホームカミングデー講演会実行委員会
  • 同志社大学京田辺キャンパスアクセス↓
    https://www.doshisha.ac.jp/information/access/index.html
    新田辺駅からバスが便利かも↓
    https://www.youtube.com/watch?v=9NjSvzuwky4
    明日は臨時バスも増便されます。 よろしくお願いいたします!

■臨時バス運行のお知らせ■

皆様にできるだけスムーズにご来場いただけるよう、近鉄電車「新田辺駅」「三山木駅」、JR「京田辺駅」から京田辺キャンパスまでの臨時バスを運行いたします。
当日は周辺道路の混雑が予想されますので、ご来場の際は、公共交通機関および臨時バスをご利用ください。各駅からの臨時バスの運行時刻は、以下よりご確認いただけます。

【往路】
新田辺駅(近鉄) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約15分 運賃:300円
京田辺駅(JR) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約14分 運賃:270円
三山木駅(近鉄) 発→同志社大学正門 着 所要時間:約6分 運賃:220円
【復路】
同志社大学正門 発 降車駅により運賃が異なります。

11・1同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会 矢谷暢一郎(ニューヨーク州立大学心理学名誉教授)さんから熱い連帯のメッセージが届きました!

松岡利康

11・1同志社大学ホームカミングデー高橋博子さん講演会に、激動の1960年代後半、ヴェトナム反戦運動が世界的に盛り上がる中、「伝説の学友会委員長」といわれ先頭で闘った、アメリカ在住の先輩・矢谷暢一郎(ニューヨーク州立大学心理学名誉教授)さんから熱い連帯のメッセージが届きました!

全関西の労働者、学生、市民のみなさん! 11・1には同大京田辺キャンパスに圧倒的に結集し、今こそ反戦、反核、反原発の声を拡げていこうではありませんか! 同志社大学キャンパス内での講演会ですが、同志社OB・関係者でなくても、他大学OBでもどなたでも自由に参加できます。

以下、矢谷さんからのメッセージを掲載いたします。(松岡)

◇     ◇     ◇     ◇

60年前同志社大学学友会の反戦・反核運動と今日の挑戦

矢谷暢一郎
Professor Emeritus of Psychology at Alfred State College

奈良大学・高橋博子先生を招いて行われる2026.11.1 同志社大学ホームカミングデー講演会に、ニューヨークの片田舎アルフレッドより連帯のメッセージを送ります。

高橋教授(文化史学博士)は1969年生まれ、同志社大学文学部卒業とあります。それよりも23年前1946年生まれの私は、1965年に同志社の英文科に入学しました。第二次世界大戦・太平洋戦争直後に生れた日本人はアメリカ民主主義の第一世代と言われます。1945年の夏、広島・長崎に落とされた世界で初めての原子爆弾で、21万人以上の(1945年12月末までに)犠牲者たちの死の上にもたらせた民主主義と平和憲法でした。自治と民主主義、平和は日本だけではなく世界共通の国際主義が要求されるとは、アメリカ民主主義第一世代が突き付けられた1960年代の教訓でもありました。

大戦中、浜松航空隊の「特攻隊候補生」だった父親は7月幸いにも(!?)大病に見舞われて、死の突撃の前に矢谷家の跡取りを産むために日本海の漁村の田舎に一時帰省が許され、娶った母親に私を産ませて浜松航空隊に戻る直前に民主主義国家アメリカの原子爆弾で「生き長られる羽目になりました」。(10年ほど前、生前の母親に、「原爆が落とされず、浜松に戻った親父が太平洋でゼロ戦で爆死して後、ボクを妊娠していなかったとわかったら、お母さんどうなっていた?」と訊いたら、そげなこと誰にもわからへんかった。同じような境遇の女の人は私ひとりじゃなかったんだよ…」と応えた。)

1965年に隠岐の島出身の私が入学した京都の同志社は、ヴェトナム反戦運動が盛り上がり、あっちこっちに、学術団、文連、新聞局、学生放送局、各自治会などを総括する全学自治組織「学友会」の反戦の看板が立ち並び、先生方、生協の組合員たちも一緒になって、同志社は全体としてアメリカのヴェトナム戦争反対、「非核三原則」を支持し、戦争放棄した日本国憲法を守る運動、「護憲運動」を繰り広げていました。1968年1月17日~21日、原子空母エンタープライズがヴェトナム北爆に参加した戦闘機を搭載していたことから、この空母が日本初の佐世保寄港をすることがわかり、日本がヴェトナム戦争の出撃基地になることへの不安、反発、そしてエンタープライズの寄港が日本への核兵器の持ち込みと放射能汚染の懸念が広まり、日本全国から原子力空母寄港反対派の労働組合員や新左翼系の学生たち(三派全学連など)が佐世保に結集し、「エンプラ反対」の激しい運動を繰り広げました(当時の詳細や映像はNHKアーカイブスや佐世保エンタープライズ寄港阻止闘争 – Wikipedia参照)

同志社英文科の新入生となった私は、1967年の2回生で文学部英文科自治委員3人の1人に選出され、1月の「エンプラ反対」に他の自治会委員・学友会執行部委員たちと京都から鉄道深夜便で佐世保に入り、エンプラ寄港反対運動に参加しました。全国から集まった若い労働組合員たち、そしてたくさんの佐世保市民たちと4日間にわたる、あのような大きい反戦・反核・護憲運動を体験したことはありません。

1968年、2万人を擁する同志社の学友会中央委員長に選ばれた私は、10月21日の国際反戦闘争に全学ストライキで参加しました。フランスでは5月革命・5月危機と言われたパリのカルチェ・ラタン闘争に続き、アメリカ、ドイツとヨーロッパ各地で起こったヴェトナム反戦の学生運動は文字通りのinternational anti-war dayと世界的な規模となりました。

この年の2年前、英文科助教授として就任したばかりの矢内原伊作の招待で同志社にやって来たジャン=ポール・サルトルとシモーヌ・ド・ボ―ヴォワールが、実存主義をベースに「人間は社会に対してどのように主体的に関わるべきか(政治参加すべきか)」を強く説いた講演をしましたが、後の日本の学生運動や大学闘争の思想的背景に大きな刺激を与えた実例としても語られるべき60年代の同志社の社会政治的態度、行動の表明でした。

一国の良心として育成される同志社の教育精神は受け継いだものの、私は同志社を卒業していません。60年代の反戦学生運動が三派全学連内の「日本革命運動を巡る党派・党内闘争」の結果に責任が負えず、同志社を中退、2、3年のサラリーマン生活にも満足できず、1977年アメリカに渡りました。

ユタ州の大学で学士、オレゴン州の大学院で修士、そしてニューヨーク州のストニー・ブルック大学院で心理学の博士号を取りつつあった1986年、オランダであった国際政治心理学会での論文発表後、帰国したニューヨークのジョン・F・ケネデイー空港で逮捕され、アメリカ連邦拘置所に44日間拘留。学生ヴィサも取り消され、国外追放の危機に見舞われました。

拘留・追放の容疑・罪状は「日本でのアメリカのヴェトナム反戦活動、共産主義団体のメンバーもしくはそれに関係ある組織の反米活動に従事、アメリカ人とアメリカ国家に不利益な、undesirable alienとしてMcCarran-Walter Act(1952)のブラック・リストに載せられ、国外追放の処罰」。国際学会の研究発表は、アメリカの「反核態度と反核運動の不一致:不一致を正当化する心理的詭弁としてのアメリカ国家主義と個人主義」。国外追放の直前、私を「救出」したのは、日本のパスポートを発給した日本政府ではなく、アメリカの大学・法曹界・人権団体・新聞テレビラジオのマス・メディア、ワシントンDCの議員たちのアメリカ政府批判などで、名もしれぬ多くのアメリカ人の抗議によって、レーガン・アメリカ政府は国外追放を諦め、私は妻とアメリカ生まれの二人の息子たちのアメリカの土地に戻されました。

家に帰った後博士号学位を取りましたが、アメリカ政府のブラックリストに載せられた私のアメリカでの就職探しはなかなか大変でした。それでもニューヨークの片田舎で、30年間ニューヨーク州立大学のアルフレッド工科大学で教授職に携わり、現在心理学名誉教授としてアルフレッドで田舎暮らしをしています。

来年6月,University of Split in Croatiaの“Archipelagos of Meaning”をテーマとした人文科学国際学会で、“Living in the Kafkaesque:An Undesirable Alien in America”と題して、「ヤタニ・ケース」の発表を行う予定です。

アメリカ帰りの新島譲は同志社の創設精神として、一国の良心たらんと若い学生たちを鼓舞しました。今年80歳になった私はアメリカに在って、夢を託した未来を「明日があるさ」と期待しましたが、「明日」は早く来すぎてしまい「明日の明日」を期待しなければならないスーパーパワーの混乱を見る今日です。

米国政府もロシア政府も、外国人排斥政策と不必要な戦争で自らの失策を覆い隠そうと躍起です。グローバル化した世界にあって、日本政府も外国人排斥に戦争と繁栄の道を求めていませんか?

熊本地震に圧倒的な義援金をお寄せください!

鹿砦社代表 松岡利康

拝啓 今夏は猛暑より格段上の酷暑といわれますが、この暑さのさなか、私たちのふるさと熊本を再び大地震が襲いました。先の地震(2016年。第一次)からちょうど10年、ようやく復旧が一段落し次の段階へと進まんとする矢先、今回の大地震(第二次)が起きました。

私たちは、熊本市内に在る熊本学園大学(旧・熊本商科大学)付属高校同窓会=紫紺(しこん)会関西支部です。紫紺会関西支部は、熊本の本部公認支部で、また関西熊本県人会連絡協議会の一員でもあります。同連絡協議会は、関西在住の熊本県出身の主に高校などの同窓会46団体と個人で組織されており連携しています。今回のような災害への支援、あるいは、例えば先の甲子園の高校野球で全国に感動を与えた有明高校の活躍などを後押しするスポーツ大会応援といった、熊本出身者の親睦を図ると共に多彩な活動を行っています。

直近に起きた第二次熊本地震について、関西熊本県人会協議会・明珍(めいちん)会長からの義援金要請に私たち紫紺会関西支部も応じ、できうる限り義援金を募りたく、ここに皆様方に平にお願い申し上げる次第です。

二度も大地震に襲われた私たちのふるさと熊本、前回も義援金要請がありましたが、個人の裁量に委ね‟お茶を濁す”程度でしたが、イオンモールのように目の前で血の通った人たちが阿鼻叫喚の苦しみの中で亡くなられ、その苦しみをみずからの苦しみと捉え、最大限義援金を募ることにいたしました。

二度も大地震に襲われた私たちのふるさと熊本に、この炎天下のさなか片付けや復旧作業に追われるふるさとのみなさん、全国から駆け付けているボランティアのみなさんらの活動に少しでも連携し、義援金を募ります。お一人おひとりの浄財をお寄せください。集まった義援金は県人会本部に振り込み、本部で集約し熊本県に届けられます(総計金額は追って公表)。

振込先:肥後銀行 大阪支店 普通口座 1130757
口座名=紫紺会関西支部
締め切り:2026年10月9日(金)
連絡先:宮﨑(事務局長/義援金管理担当者)
toshirou_m212@yahoo.co.jp
松岡(支部長) 
matsuoka@rokusaisha.com TEL 0798-49-5302

紫紺会(熊本学園大学付属高校同窓会)関西支部
支部長 松岡利康  事務局長 宮﨑敏郎

敬具

写真は宮﨑撮影

梓加依・著『広島の追憶』が広島市読書感想文コンクールの課題図書に選定!

鹿砦社代表 松岡利康

著者の梓さんとは古くから細く長い付き合いになります。娘さんが一時当社で働いたこともあります。

かつて長崎青海の名で『豊かさの扉の向う側』という本を初めて出版、1992年のことです。30年以上も前になります。それが偶然に書店で教育委員会の方の目に留まり、それで講演会に招かれ、その後、ある国立大学の講師の職に就くまでになりました。

長崎生まれ、広島育ち、戦後の被爆地の様子を見て育ち、その体験から何冊か本を出されています。本書『広島の追憶』もそうです。

もともとは高卒で大阪に就職で出てきて結婚、図書館でアルバイトをしながら平凡な生活を送っていました。

もう30年年以上も前、兵庫県川西市が汚職で問題になり、主婦の方々が立ち上がり「あしたを開く女性の会」を結成、2人が選挙に出馬、2人とも見事当選、それを記録しようと知り合いました。現在、『季節』編集長の小島卓君が丸ごと編集し『主婦の手づくり選挙入門』を出版しました。いい本で、今でも役立つと思いますが、残念ながら絶版です。会も分裂し、今はないと思います。議員のうちお一人の方が交通事故に遭ったとのニュースに接したことを思い出します。

その後、向学心に富む梓さんは、某大学で通信教育を受け学位を取得、それから神戸大学大学院に進み修士課程を修了されています。

これを機会に、一人でも多くの子ども、いや大人にも読まれることを望みます。

【著者略歴】梓 加依(あずさ・かえ)。児童文学・子どもの生活文化研究家。1944年長崎生まれ、小学校から高校まで広島市内に在住。公共図書館司書、大学非常勤講師、家庭裁判所調停委員などの仕事を経て、現在は物語を書く会「梓の木の会」主宰。
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315258/

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梓加依・著『広島の追憶』(鹿砦社 2023年)

図書紹介 〈広島の追憶 原爆投下後、子どもたちのそれぞれの物語〉
広島瀬戸内新聞ニュース 2024年12月21日

2023年鹿砦社から刊行
被団協ノーベル平和賞受賞、
被爆80周年になろうとしているいまこそ。
https://www.amazon.co.jp/d/4846315258/
https://www.rokusaisha.com/wp/?p=48020

1944年にナガサキに生まれ、小学校から高校までヒロシマで過ごした著者による「明日へと生きる若い人たち」への物語です。著者は「長崎青海」というペンネームで鹿砦社から松岡社長の編集で「豊かさの扉の向こう側」という本というより小冊子を著したことを契機に、大学非常勤講師や家裁の調停委員なども務めることになり、一念発起。図書館のアルバイト職員から大学に入学して司書資格を取得、修士課程も修了したという努力家でもあります。今回、30年ぶりに松岡社長の編集でまた本書を出されることになったそうです。

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本書は、『はだしのゲン』など従来の本と比べれば具体的な被爆シーンなどはなく、ソフトな描き方ではありますが、人が次々と亡くなっていくという恐怖、そして、それが自分自身もそうなるかもしれないとずっと背負い続ける恐怖。これらをリアルに描き出すことに成功しています。はだしのゲンなど従来の本は大事にしつつ、本書も広げていきたい。

被爆から78年たった今となっては、大人も広島でこういうことがあったことを、頭では勉強していても、きちんと認識している人は少ないと思われるからです。

それも広島においてさえも、です。和也君や裕君の家だったと思われる場所周辺(下写真=広島市南区的場町)。でも原爆からの復興で建てられた建物はもちろん、その後建て替えられたモダンなビルもまた壊され、ポストモダンな高層建築物がニョキニョキとそびえています。ついつい忘れてしまうことがある。だけど、忘れてはいけないことがある。筆者自身には子どもはいませんが、その分、周りの大人に伝えていきたいと思います。

同志社大学此春寮歌音源の完成に協力いただいたグリークラブへの募金について 此春寮OB会発起人(馬場徹、小西桂、川島繁)

鹿砦社代表 松岡利康

久しぶりに爽やかな話題を紹介します。過日の同志社大学此春寮(ししゅんりょう)の先輩・前田良典さんの著書『野の人』の刊行を予告する記事で、関連して少し同寮のことを書き記しましたが、さらもこれに関連する記事です。ぜひご一読、できればご協力お願いいたします。(松岡利康)

寮歌揮毫は書家・龍一郎

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物語は昨年12月に小生(川島)の拙いHPを見た同志社大学グリークラブ員からの問い合わせのメールから始まる。「同志社にまつわる歌の楽譜を調べており此春寮の楽譜はありませんか」と言うものだった。作詞・作曲者は分かっているものの楽譜は誰もその所在を知らない。1977年寮史編纂の時も同窓一同に問い合わせを試みたようだが譜面に行き当たることはできなかった。又、現在寮歌は現役の此春寮生の間でもど歌い継がれていないという。

この寮歌はかつての寮母砂野文枝さん(2010年1月死去)の追悼歌でもある。今でも決まって毎年1月には彼女が眠る深草の共同墓地にOBが集まり彼女を偲び寮歌を歌っているのだ。このままでは此春寮から同志社から寮歌が消える。こんな恐れが頭をよぎる、そんな時に一通の電子メールが寄せられた。これは何かの啓示ではないかと考えた。同窓でも55才 あまりも離れた現役生からメールをもらうことなどまず考えられないこと、しかし伝統の系譜なのか Doshisya college songには、和訳すればこんな一節がある。

「親愛なる母校よ、同志社の学徒はぶどうの枝のごとくつながりゆくことだろう」
つまりこれは寮歌を復元せよということなのだと解釈する。

この思いが伝わり小西桂君が家族の協力も得て譜面を起こしてくれた。そしてこれがグリークラブの皆さんに伝わり、19名のクラブ員が此春寮のために、手弁当で力強く量感あふれる若い声で寮歌の音源を完成してくれました。“人生意気に感ず”とはこのことだろうか! 今まで誰もなしえなかったことです。私たちOBも後輩達のこのボランティア精神溢れる行為に何らかの返答をしなければならないだろう。これは通り一遍のお礼文書でことを済ますことは出来ない。

同志社グリークラブは本年創立120周年である。コロナ禍の活動自粛により19年より合唱コンクールの全国大会から遠ざかり23年春では4年生団員はゼロと危機的な状況を迎えていた。

しかし24年には見事に復活し、大学ユースの部で関西では関学を押さえて一位金賞、更に全国大会では三位金賞に輝いた。東西大学合唱演奏会、全同志社合唱祭など自身の創立120周年記念演奏会を含め多忙な活動を行っている。全国にまたがる活動がために相当な活動資金が入ることは明らかだ。

そこで此春寮OBとして、音源完成への感謝の意を込め、部活動を支える応援を下記のように提案し、皆さんの協力をお願いしたい。

文中の受賞記事の様子(同志社大学グリークラブHPより)

記

  1. 全国各地で行われるグリークラブの演奏会を機会があれば鑑賞する
  2. 今回の音源作成に協力いただいたグリークラブの活動を支えるため、募金を募り集まった資金は大学募金課を通じてグリークラブへ寄進

・一口以上 5,000円
・募金目標 100,000円
・募金方法郵貯銀行からの振込(6月30日締切り)
(受取人)川島繁(カワシマシゲル)
(記号)14370
(番号)94558181
(備考)此春寮
※振込手数料(5万円未満)は、窓口 203円 ATM 152円

同志社大学グリークラブHP
http://www.gleeclub.jp/index.html

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此春寮 寮歌
金田義国 作詞
西田晃 作曲

1)遍く地より 集い来て
神を見上ぐる 若人の
その意気高く 谺せん
ああ 我が同志社 此春寮

2)互いに努め いそしみて
友と交わり 喜びの
心に満ちて 進みゆかん
ああ 我が同志社 此春寮

3)憂い苦しみ 分かち合い
共にいたわり 祈りつく
正しく強く 生き抜かん
ああ 我が同志社 此春寮

告発状受理で「被疑者」になった平川理恵教育長!「広島の教育を前に進めた」と豪語の「劣化ウラン面皮」と「万辞に値する」湯崎知事の「任命責任」 さとうしゅういち

◆告発状受理、正式に被疑者に!

広島地検は3月11日までに広島県内の住民が平川理恵・教育長を官製談合防止法違反などの疑いで告発していた告発状を正式に受理しました。これにより、平川氏は広島地検の捜査対象と言う意味で正式に「被疑者」となります。

もちろん、被疑者・被告人は推定無罪です。しかしながら、すでに、平川氏は自らが依頼した外部の弁護士による調査により、京都のご自身のご親友のNPO法人「パンゲア」への業務委託などで、「官製談合防止法違反」「地方自治法違反」があった、と指摘されています。

一方、平川氏は2023年8月に始まった住民裁判で、官製談合による県費の無駄遣い及び、高額なタクシー代、そして高額な弁護士への費用を返還するよう訴えられています。

広島瀬戸内新聞2023年9月号外

法律的に言えば、平川氏は何の処分も受けていません。特別職公務員にはそもそも懲戒という仕組みがない。2023年2月に平川氏が給与の自主返納をしただけです。あとは、知事による罷免しかない。

こうした状況で、任期満了まで教育長を続けられる平川氏には呆れてしまいます。まさに鉄面皮を超えて劣化ウラン※面皮と言う状況です。

(※ウラン鉱石から核燃料を取り出した後に残った劣化ウランは非常に硬い性質を持っている。1991年の湾岸戦争において鉄より硬く、劣化ウランを使用した米軍の戦車が鉄でできていたイラク軍のT72戦車を撃破したことで有名。しかし、飛び散った劣化ウランの粉塵が、周辺の住民や米軍兵士の健康にも悪影響を与えているとされている。)

◆広島・日本の教育を前に進めたのではないか、と自負している?

こうした中、3月22日、平川氏は県民をさらに呆れさせました。平川氏は退任前最後の記者会見で「広島・日本の教育を前に進めたのではないか、と自負している」と言い切ったのです。一方で、告発状受理については「お答えできない」と逃げました。

「この中で平川氏は、2期6年の任期中に取り組んだ公立高校の入試改革や不登校対策、それに探求的な学習の導入について「365日24時間、どうやったら広島の教育が良くなるかを考え続けてきた。広島県、あるいは日本の教育を前に進められたのではないかと自負している」と振り返りました。」

平川氏は一生懸命だったのは事実でしょう。しかし、教育を前に進めたというより、脱線させた、というのが事実ではないでしょうか。脱線したまま、あさっての方向に進んでいるというべきでしょう。

◆アメリカン・ポストモダンな腐敗と日本の古臭さの悪いハイブリッド

平川氏は、ただただ、アメリカン・ポストモダニズム的なものに飛びついて、それを取り入れることが進歩だと思い込んでいる。1990年代後半あたりの日本企業の経営者、新自由主義政治家によくあるパターンです。実は、それこそが時代遅れなのではないでしょうか?

そして、正直、平川氏が「私自身が任期中の評価をするのは難しいが、教育というのは今成果が出るものではなく、何十年後かに子どもたちが答えを出してくれるものだと思っている」というのも責任逃れにも見えてしまいます。

例えば、高校入試。2023年の入試から改革が行われました。今までは一般入試と推薦入試で行っていたのですが、推薦入試を廃止。そしてアメリカンな「自己表現」を導入したのです。これまで学力重視の一般入試と、部活などで実績がある生徒向けの推薦入試でバランスを取っていたのが崩れ、生徒や保護者、中学校の先生らにも不評です。そして、「自己表現」とはどうすればいいのか? どう採点すればいいのか? 生徒も保護者も、高校の先生も苦慮したのです。

そもそも、日本の文化とアメリカの文化は違う。その中で、いきなりアメリカンな自己表現とやらを導入するのは無理がある。その上で、アメリカの教育が良いかと言えばまったくそんなことはない。日本の政治の腐敗ぶりは大概ですが、アメリカのポストモダンの政治だって、バイデンVSトランプと言うどうしようもない不毛な大統領選挙ではないですか?アメリカの教育を受けたアメリカの有権者がそういう構図にしたのではないですか?

平川氏の行政手法である、お仲間優遇というのは実は、アメリカ直輸入なのです。平川氏ご親友のNPOや企業とか、赤木かん子さんら平川氏の「意識高い系」のお仲間で物事を決めていく。これはアメリカでは普通のことです。

かつての日本の疑獄事件みたいに賄賂をやり取りするよりも、高級官僚と企業の幹部がいわば回転ドアのように行き来して利益誘導する。従来の日本の天下りどころではありません。そうした中で、戦争国家と言われるアメリカができています。

平川的なことを進めて行けば、アメリカンな腐敗と日本・広島の権威主義をハイブリッドした無茶苦茶なことになりかねません。というか、もうなっています。国土が広く、資源が豊富なアメリカだからまだ政治が腐っていても持ちこたえていますが、日本はそうはいきません。

◆新教育長は「フロント」に徹せよ!

さて、新年度からの教育長には、文部科学省課長の篠田智志さんが県議会に人事案が提案され、2月26日に議会で全会一を以って可決されました。篠田新教育長には以下のことを申し上げたい。

戦前の臣民を育てる教育を止め、戦後は、日本国憲法の下で市民が市民を教育する制度に変わりました。すなわち、アメリカに倣った教育委員会制度が導入されました。当初は、教育委員会は公選制がとられたものの、イデオロギー対立などで混乱したということもあり、任命制に変わりました。その後、安倍政権の下では、事務方のトップである教育長が教育委員会の委員長も兼ねること制度改正。教育長の権限は強大になりました。しかし、あるべき公教育の基本は変わりません。

プロ野球に例えれば市民、県民がオーナーで、生徒が選手、先生がコーチ、校長が監督、そして教育委員会は球団フロントのようなものです。教育長の権限が以前より強大化したとはいえ、所詮は球団社長の立ち位置であり、オーナーでもなければ主役でもない。選手の個々のプレイに口を出したり、監督の采配に口を出したりするのがおかしいのです。カープの新井監督のお名前は広島県民ならだれもが存じています。しかし、球団社長のお名前はすぐには出てきません。それでいいのです。フロント=教育長は現場がやりやすいように支援する黒子で良いのです。

例えば、県内では県教委管轄だけで1000人以上、非正規の先生がおられます。非正規の先生も大変だし、正規の先生も疲弊する。非正規を正規の先生に変えていくことでそういう状況を変えていく。平川教育長は「予算がない」と言っておられたのですが、何十億もかけてグローバルエリート中高「叡智学園」をつくったのだから、お金がないわけがない。使い方の問題です。

◆「万辞に値する」湯崎英彦知事の「任命責任」

さて、安倍政権の制度「改革」自体に問題があるが、それを「悪用」した平川「被疑者」教育長、何より任命した湯崎知事には大きな責任があります。とりわけ、湯崎知事は、2月に平川教育長の続投がないことを決めた際、「法令違反は改革の副作用」と言って、平川教育長を庇ったのです。

そもそも、県は平川教育長にお金を無駄遣いされた「被害者」のはずです。平川教育長を警察・検察に告発したり、平川教育長に無駄遣いしたお金の返金を命じたりするのは知事の仕事ではないでしょうか?

住民が平川「被疑者」教育長を刑事告発したり、返金を求める裁判を起こしたりしなければいけないのが本来おかしいのです。知事が動かないから、住民が自腹を切って動かないといけなくなる。それどころか、県は、平川「被疑者」教育長を庇う立場で住民訴訟に参加しているわけです。

湯崎英彦知事は、ある意味、類は友を呼ぶということで、平川氏を、2018年度に神奈川県の民間校長から一本釣りしたのでしょう。いずれにせよ、湯崎知事の任命責任は、その後に平川氏を罷免するなどしなかったことも含め、「万辞に値する」と言わざるを得ません。

もちろん、今まで、湯崎県政を十分チェックできなかった県議会、そして湯崎知事と平川教育長を持ち上げてきたマスコミの責任も重いと言わざるを得ません。
筆者も平川教育長の逃げ切りを許さない。そして腐敗しきった湯崎知事から広島を取り戻す。その動きを強めていく決意です。

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▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年4月号

リクルート出身で「不祥事のデパート」だった平川理恵教育長は「再任なし」! これで幕引きは許されない 違法に使った県費は返せ! さとうしゅういち

広島県内の公立学校の先生が盗撮などの不祥事を起こすと、「不祥事のデパート」教育長の名前で懲戒免職される……。そんな「締まらない」状態も、2023年度いっぱいで終止符が打たれます。

広島県の湯崎英彦知事は2月1日、報道各社の取材に応える形で、2024年3月末で二期目の任期が切れる平川理恵・教育長の再任をしない方針を明らかにしました。

◆任期切れでお役御免! 知事の狡猾な責任逃れ 

「もともと2期6年のつもりだった」と湯崎知事は強弁しておられます。しかし、そんなことは、後付けでいくらでも言えます。人間、そう簡単に権力の座は手放したくないものです。再任しない、ということになればご本人も抵抗する可能性も高い。

平川教育長ご自身も一連の不祥事さえなければ、当然、次もやる気満々だったのではないでしょうか? 下手をすれば湯崎知事の後継の知事候補、ということも考えられます。しかし、県民の批判の前に、さすがの知事も庇いきれなかった。罷免はしなかったが、任期切れでお役御免、という形にした、というのが見え見えです。

通常、教育長というのは、その自治体によって違いますが、現場の教員上がりか、当該自治体出身の文部科学省の官僚かというのが「相場」です。それを敢えて打ち破り、リクルートご出身で横浜市の民間登用校長をされていたという平川氏を湯崎知事が一本釣りしてきた、という経過があります。

したがって、知事としては、任期途中で罷免すれば、自分の任命責任が余計問われます。任期切れでお役御免。知事としてはもっとも狡猾な「逃げ方」です。

◆「改革」という名の「身びいき」だった!

確かに広島県の社会は閉鎖的な面が強い、という声は特に広島県から他県や進学・就職された30代くらいの方からよく伺います。そうした、閉鎖性を平川教育長が打破してくれるのでは?2018年の就任当初、そのように、期待した県民も多いし、マスコミも平川教育長を天まで持ち上げました。

しかし、2期目の途中の2022年夏。事態は暗転します。「文春砲」で一連の不祥事が発覚します。

平川教育長ご出身の地・京都のNPO法人「パンゲア」にわざわざ仕事を県費でつくってあげたと解釈されても仕方のない官製談合問題。外部の弁護士の調査で、地方自治法違反、官製談合防止法違反が指摘されました。

ところが、その弁護士への費用も異様に高額なものでした。しかも県費からの支出です。さらに、県教委と取引のある大阪の企業の女性経営者を平川教育長が自宅に泊めていたということも発覚しました。

これとは別に学校図書館のリニューアル事業と称して、赤木かん子さんを顧問に招聘。赤木さんの著書が大量に学校図書館に送り込まれました。

平川氏は常々、「子どもたちのために」とおっしゃいます。しかし、やっていることは、どうみても、完全な身びいきです。官僚や教員上がりと言った既存タイプの人材よりも酷い腐敗を平川氏は招いてしまいました。

◆木に竹を接ぐ「高校入試」改革

また、平川氏は2023年の高校入試から「自己表現」を導入する改革を強行しました。そもそも、広島県の社会(広い意味での政治)は非常に権威主義的です。それなのに、中学生に「自己を表現しなさい」などと言っても、中学生も親も先生も混乱するだけですし、実際に混乱が見受けられました。

結局、この手の入試改革は、そういうことの対策にお金がかけられるお金持ちの家庭の子に有利になるだけです。以前の、学力テスト+部活も含めた内申点で決めるやり方の方が、お金持ちでない家庭の子にもチャンスがあったのではないでしょうか?

権威主義の広島の社会で、中学生にアメリカンな自己表現を課す。木に竹を接ぐとはこのことです。

◆叡智学園には巨費、非正規教師の正規化には後ろ向き

平川氏は、2019年、瀬戸内海に浮かぶ大崎上島にグローバルエリート養成を目的とした中高一貫校「叡智学園」を開学しました。しかし、この学園開学早々いじめ問題が発生。なんと被害者が退学を余儀なくされるという「日本的」な結果に終わりました。

そんな叡智学園には巨額の県費をつぎ込む平川氏。しかし、既存の公立学校では1000人以上も非正規の先生がおられます。その先生方を正規化するよう、保守系の県議が議会で要望すると、「予算がない」と切り捨てたのです。

また、図書館の問題にしても、図書館司書が確保できていないことが問題なのに、図書館司書の確保はせずに、赤木かん子さんの著書を大量に入れて赤木さんを儲けさせただけでした。

◆これで幕引きは許されない

しかし、これで幕引きは許されません。平川氏は、違法に使った県費は返していただきたい。現在、平川氏を相手取って、違法に使用した県費の返還を求める住民訴訟が広島地裁に提起されています。結果が注目されます。

そして、平川氏を一本釣りしてきた湯崎英彦知事の任命責任も重大です。

県議会も県議会です。なぜ、ここまで、平川氏への辞職勧告決議案は出せなかったのか?

他の自治体では辞職勧告決議案を準備した結果、教育長は辞任、というケースも起きています。議会がやる気になればいつでも平川教育長は打倒できたのにしなかったのです。

◆じり貧を恐れて平川任命、ドカ貧を招いた湯崎知事、万辞に値する

たしかに、広島県は3年連続人口流出ワーストワンです。まさに、じり貧の状態にあります。そこで、真新しいことをやろうという知事の気持ちはわからないではありません。平川教育長を関東から一本釣りして教育長に任命したのもその現れかもしれません。

しかし、実際に平川氏が行ったのはさらに事態を悪化させるというドカ貧」を招いた独裁でした。湯崎知事は「万死」ならぬ「万辞に値する」と言わざるを得ません。湯崎知事から広島の政治・行政を県民の手に取りもどす「ヒロシマ庶民革命」。その必要性はいよいよ明らかです。

広島瀬戸内新聞と筆者は「あなたの手に広島を取り戻し広島とあなたを守るヒロシマ庶民革命」を呼び掛けています。「我こそは庶民派の政治家に!」(首長、地方議員、国会議員)、また庶民派の政治家とともに広島を取り戻したいというあなたからのご連絡をお待ちしております。

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▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年2月号

《直撃電話インタビュー》職員研修に「教育勅語」を使い続ける松井一実広島市長 ── その理由を広島市に問うてみた 鹿野健一

「広島市長、教育勅語引用の抗議に反論 『使い方とかけ離れた議論』」と1月19日付の朝日新聞の記事を目にした。

見出しだけではさっぱり意味が分からない。まさか「平和都市」を標榜する原爆被爆地の市長が、21世紀に「教育勅語」を真顔で持ち出すことなどはあるまい、とは思ったが時代が時代であるので、真相がわからない。広島市役所に電話をしてことの次第を聞いた。

◆広島市長は「温故知新」の解説例として「教育勅語」を利用した?

広島市の代表番号に電話をかけ、問い合わせ内容を伝えたら、教育委センターに繋がれた。

── お待たせしました。広島市研修センターのキョウゴクと申します。

鹿野 お邪魔します。市長が職員の研修に「教育勅語」を使っていると報道で知りました。事実でしょうか。

── はい。

鹿野 どのように「教育勅語」を使っているか、教えて頂けますか。

── 研修の中でということですかね。

鹿野 はい。

── 市長としましては職員研修の中で、市長が大事にされている考えがありまして、それが「温故知新」という考え方なんですけど。それでまあ、先輩が作り上げたものや良いものはしっかりと受け止めて、後輩に繋ぐことが重要であるということともに、一つの事象の中に「良い点と悪い点」が混在していることもあるので、全体を捉えて「良い」とか「悪い」を判断するのではなく、中身をよく見てから、多面的に物事を捉えることが重要です、ということを説明する中で、その中で、教育に関する一例として「教育勅語」を紹介している、と伺っております。

鹿野 ということは「温故知新」を解説される例として「教育勅語」を利用されているということでしょうか。

── ええ。

鹿野 引用されている「教育勅語」を市長はどのように解釈なされているのでしょうか。

── 解釈をしているというのは……。市長としましては、まず「教育勅語」そのものを評価する、ということではないんですけども。また研修の中ではですね、「教育勅語」自体は国会において排除などが決議されたもの、とは紹介はしているのですが、そういったものであったとしても自ら検証をすること、考えてみることを通じて「温故知新」を極めることに繋がるのではないか、と考えているのが市長の思いの一つではあるんですよ(注:太字は筆者)。

鹿野 「教育勅語」はそれほど長い文章ではありませんが、どの部分を「温故知新」と関係あると考えて引用なさっているのでしょうか。

── どの部分をということですかね? 新人研修で引用している部分ですけども、

「爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ
恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ
以テ智能ヲ啓發シ德器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ……」

この部分を載せているという状況です。

鹿野 それは「温故知新」とは関係ない部分です。

── あ、あ、あ、貴重なご意見ありがとうございます。

鹿野 「爾臣民父母」からの部分は、父母に敬意をもって、兄弟仲良くして、という文章です。

── ええ。

鹿野 当該部分の言葉はそれ以外の解釈は出来ません。

── あ、ああ。貴重なご意見ありがとうございます。

鹿野 意見ではありません。日本語ですから。文字通りに理解すれば「温故知新」とはまったく関係がありません。

──  あの「教育勅語」自体を一例として取り上げるために、一部を抜粋してここに載せている、ということだと思うのですけども。

◆「良いものです」とか「悪いものです」と画一的にとらえて判断することではなくて……

鹿野 市長は「温故知新」を大切にしているので、それを説明する資料として「教育勅語」の一部を使っている。

──  いや、あのー、こちらがお伝えしたいのは「温故知新」の考え方が市長にとっては大切だということですけど、その中で一つの事象があった時に、その事象を、たとえば「良いものです」とか「悪いものです」と画一的にとらえて判断することではなくて、中身を自分の目で検証する行為。で、多面的に物事を考えることが重要だということを説明するということで、そういったことを受講者に伝えたいということで、例としてですね、一部抜粋という形ですが、全文を載せるということではなく抜粋して、「教育に関する勅語」を一例として紹介しているということです。

鹿野 市長は正しいかそうでないか「自分で検証しなさい」と研修対象者の方に語っている。

── ええ、そうですね。

鹿野 わたしは市長が語っていること(自分で検証する)を今しているのです。そもそも「温故知新」をどのように理解なさっていますか。

── 以前学んだことですとか過去、昔の事柄をもう一度調べ直したり、考え直すことによって、新しい道理とかそういった知識を深堀したり、とかですね、そういったことかなと思ううんですが。間違ってますでしょうか。

鹿野 「温故知新」四文字です。理解の幅はあるかもしれませんが、文字通り解釈をすれば、「故きを温ねて新しきを知る」との故事と解釈いたします。

── 文字通りの意味ということですね。

鹿野 「温故知新」を大切にしている市長が、先ほど聞いた部分を引用されたうえで、研修をなさっている。

── そうですね。講義をしているということです。

◆「教育勅語」は世界的に民主主義が勃興していている状況を、日本語にして民主主義を謳ったもの?

鹿野 引用された「教育勅語」が「温故知新」とどのように関連するのですか。

── どの部分が、ということですかね。

鹿野 引用されている箇所は「爾臣民父母ニ孝ニ兄弟……」ですね。

── ええ、ええ。

鹿野 この部分のどこにも「故きを温ねて新しきを知る」部分は見当たらないのではないですか。

── あ、ああ、そういうご理解をされているということですね。

鹿野 いえ、理解ではなく文言だけを読んでです。この部分をどう理解すれば「故きを温ねて新しきを知る」を見いだせるのか分からない。

── 「教育勅語」は戦争が終わった後に、日本人を戦争に持ち込んでいく、という表現が正しいかどうか、あれなんですけども。そういった中で「教育に対する勅語」が戦争が終わった後に、国会において排除等が決議された過去のものということ、を伝えてはいるんですけども。その中で「教育勅語」の言葉の一部を引用しているんですが、抜粋してあるものと、その上に英訳も書いてあるんですよ。実際の資料の中には。市長としましては英訳文とですね、幕末から明治期にかけて世界的に民主主義が勃興していく時代にかけて、「教育勅語」を日本語に訳して漢文調にしたと、説明をしているのですが。(注:太字は筆者)

鹿野 ということは、「教育勅語」は世界的に民主主義が勃興していている状況を日本語にして、民主主義を謳ったものだと、取りあげられていらっしゃるのですか。

── うーん、そういう……どういったらいいでしょうか。

鹿野 あなたのおっしゃったことを復唱しているだけです。

── あの……お伺いしたいいですけれども、よろしいですか?

鹿野 はい。

── あなた様の希望としましては現在「教育に関する勅語」を広島市において新規職員採用研修で一部を引用している、という状況があるのですが、その引用を止めてほしいということですか?

鹿野 いいえ。先ほど来申し上げている通り、お尋ねをしたくて電話しています。まったく意味が理解できない。だからわたしの疑問点をお尋ねしているだけです。

── 疑問を感じているということですか。

鹿野 わたしは、わからないのです。

── は、はあ。それは「教育に関する勅語」を一部引用している箇所が、「温故知新」に合う考え方ではないからわからないと。

鹿野 いいえ。「温故知新」を市長が大切にしていることも電話するまで知りませんでした。

── あ、あ、はい。繰り返しで申し訳ありませんが、あなた様がわからないと言われているのは、「教育勅語」を引用している部分について、なぜこの部分を引用していることが分からない、ということですか。

鹿野 先ほど仰った「教育勅語」は一度国会で排斥された歴史があること、及びわたしは「教育勅語」全文を暗記しております。その経緯を鑑みて「教育勅語」を、どのような意図で引用されどのような目的で研修でお使いになったか、それが知りたいのでお尋ねしています。

── 研修資料にそのように使っているとお伝えしました。

鹿野 はい。ただ市長が「温故知新」を大切にされているから、その資料にだと。

── はは、そこで「教育勅語」とどう繋がっているかが分からい、ということですか。

鹿野 そうです。

── (しばらく無言)

鹿野 いかがでしょうか。

(中略)

── この文(「教育勅語」)からは「温故知新」が読み取れないということですね。

鹿野 引用箇所として教えて頂いた部分に、日本語の解釈上「温故知新」に関わる文言はありません。

── こちらが引用している部分について「温故知新」に関わる部分はない?

鹿野 「こちら」ではなく、市長が引用しているのではないですか。

── ええ、そうです。(無言)

◆「教育勅語」の文章の全ての主語は「朕」ですから

鹿野 再度伺いますが「教育勅語」から引用している箇所に、「温故知新」と結びつく部分はありますか。

── 引用している部分が直接「温故知新」のものかどうかは解釈が、感じ方や捉え方はあると思うんですけど。「教育勅語」自体が過去に国会で排除等の決議がされたものであったとしても、それ自体をも自ら検証して考えるという行為が「温故知新」を極めてゆくことに繋がるんじゃないか、という思いを込めて説明をしていたんですけども(注:太字は筆者)。

ただ、引用箇所についてのご意見を今頂きましたので、それはこちらの職場の中でもでも共有はさせていただきたいと思います。

鹿野 はじめのお答えと違いますね。一度国会で排斥されたものであって、もう一度検証することによって「教育勅語」の正当性があると市長は考えていると。

── 自ら考えてみることが「温故知新」を極めることに繋がっているということで……・

鹿野 天皇の命令により人々を従わせた文言が、敗戦により国会で排斥された。「教育勅語」がです。その中にもう一度価値を見出せ、ということですね。

── いいえ「朕は」という部分は除いた部分で……(注:太字は筆者)。

鹿野 そのような解釈は無理です。この文章の全ての主語は「朕」ですから。

── ご意見ありがとうございます。

鹿野 意見ではありません。もう結構です。

※   ※   ※   ※

勅語(文部省より全国の諸学校に交付されたる教育に関する勅語)

まったく話にならない。「主語」の意味すら理解していない広島市役所の職員は、市長の行為にもかかわらず「教育勅語」を研修で用いることの正当性を、職務上の義務であるかのように、支離滅裂な回答を続けた。

まさか、とは思ったが広島市長は新人職員研修に、なんの躊躇もなく「教育勅語」を利用している。しかも調べてみると松井一実は広島市長に就任した翌年の2012年から昨年まで10年以上「教育勅語」を使い続けている。

わたしの問いに応じた教育センターの「キョウゴク」氏の言葉は、あたかも「教育勅語」の不当性を指摘することが不当であるかのように、不思議。不満気であった。キョウゴク氏の応対は新人職員研修が論理破綻した人間を創り上げることの証左と見るべきか。

「教育勅語」には評価すべき点などまったくない。なぜならば、本文でいくら美談が述べられようとも、この文章全体の主語が「朕(天皇)」だからである。天皇は私人や一般の公人、貴族とも違い、明治憲法上「不可侵」であり「神」扱いされていた存在だから(こんな基礎的な事実は繰り返す必要もないだろうが)天皇の発語は批判を許さない、絶対語だったのだ。

時代錯誤も甚だしい、皇国史観の片鱗(教育勅語)を平然と原爆を落とされた広島市長が使い続けるている。第二次世界大戦敗戦による「戦後」は、広島市においても広島市民みずからのの手(市長選挙)で蹂躙され、時代は既に「戦中」である。呆れてしまうが、呆れている場合か。

広島市長、松井一実が「教育勅語」を10年以上にわたり職員研修に利用している事実は、まず広島市民によって、最大級に指弾されなければならない。

◎[関連記事]これで「平和都市広島」を名乗れるのか? 新人研修に「教育勅語」を11年以上使用してきた松井一實市長にびっくり仰天!(さとうしゅういち)

▼鹿野健一 (しかの・けんいち)
1965年兵庫県西宮市生まれ。複数の企業と大学に勤務の後、現在はフリーライター。国際情勢・政治・教育・冤罪・原発などに関心を持つ。反原発季刊誌『季節』副編集長。単著『大暗黒時代の大学』(鹿砦社)。共著『オイこら!学校』(教育資料出版会)、『1970年端境期の時代』、『抵抗と絶望の狭間/1971年から連合赤軍へ』(鹿砦社)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2024年2月号

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2023年冬号

官製談合疑惑、身内優遇で不祥事だらけの平川理恵・広島県教育長、それでも居直りのまま、また年越しか? さとうしゅういち

◆不祥事でボロボロも教育長に居座る劣化ウラン面皮

平川理恵・広島県教育長は、数々の不祥事にもかかわらず、教育長に居座ったまま年を越しそうです。

2022年夏に県教委が平川教育長のご親友のNPO法人パンゲアに発注した事業(合計金額2600万円)を巡る官製談合疑惑が『文春砲』で暴かれました。弁護士による外部調査でも地方自治法違反、官製談合防止法違反が指摘されました。さらに、その弁護士への依頼費用約3000万円は全て県民のお金で賄われています。また、2021年度には100万円、2018年度からの4年では700万円のタクシー代を使っていたことが明らかになりました。

これとは別に、大阪の企業で、平川教育長の別のご親友が社長の『キャリアリンク』との取引は『教育長案件』と職員に認識されていたことが、中国新聞の情報公開で明らかになりました。平川教育長自身は、キャリアリンクに発注したのは『自分の指示ではない』と否定していますが、そんな弁解は誰も信用していないような状況です。

また、平川教育長はさらに別のご親友の児童文学評論家の赤木かん子さんに学校図書館のリニューアルを委託し、旅費など646万円を支払いました。おまけに、図書を入れ替える際に、大量に赤木さんの著書を購入させていました。内部調査では法令違反ではないとされました。しかし、頭ごなしのリニューアルは、図書館の自由に関する宣言に反するものです。

2023年2月21日、平川教育長は一連の『事件』当時課長級だった職員一人を戒告処分としたうえで、自分自身は給料の自主返納という「処分にもならない」幕引きを図ろうとしました。

そして、横浜で民間出身校長だった当時の平川教育長を「一本釣り」してきた湯崎知事も教育長を罷免しようとはしていません。

最近では、赤木かん子さんが図書館のリニューアルから外されるなど、平川教育長の権力低下は著しいものがあるそうです。とはいえ、依然として県教育のトップに居座っておられるのは事実です。

鉄面皮、いや、劣化ウラン面皮とでもいうべき平川教育長に、怒りを通り越して、うっかり尊敬の念さえ抱いてしまいそうになるほどです。劣化ウランは鉄よりも硬いので戦車の装甲や砲弾に使われていますが、平川教育長は、その劣化ウラン並みに打たれ強いと言えます。

◆議会の追及は口先だけ⁈

一方、県議会でも追及は続いています。11月24日の広島県議会決算特別委員会では、日本共産党や保守系で湯崎知事に批判的な会派の議員だけでなく、湯崎知事に近い自民党会派出身の議員からも『中途半端な調査報告のために反省もない対応を、議会として認めることはあってはならないと考えています』との批判が噴出する有様です。

他方で、この決算特別委員会では結局、昨年度の県の決算を賛成多数で認定してしまっています。決算というのは認定されなくても実際には混乱は生じないのですから、平川教育長に対してノーを突き付ける意味で、決算認定をしないという手もあったはずです。しかし、それを県議会の多くの議員が選択しなかったということは、やはり、口先だけと言われても仕方がありません。

他の自治体では教育長に対する辞職勧告決議案も出ています。兵庫県太子町では2022年にセクハラ疑惑を起こした教育長に対して辞職勧告決議を町議会が検討。町議会が始まる1週間前の8月22日にこの教育長は辞任を表明しました。議会がその気になれば教育長を打倒することはたやすいことです。
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/202208/0015576441.shtml

◆不祥事で懲戒免職の教員も「平川教育長名」で処分の笑止

さて県内では一連の『事件』発覚後も、教員による不祥事が相次いでいます。広島市を除き、公立学校の教員の処分は県教委、すなわち平川教育長の名前で行われることになります。

2022年12月21日、県立高校の教諭二人が18歳未満の女性にわいせつな行為をしたとして懲戒免職になりました。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/513384.pdf

当時の広島県教育委員会の松下大海教職員課長は「教育の信頼を損なう事態が発生したことについておわび申し上げます。再発防止に取り組んでいきたい」と話したそうですが、「あなたの上司である教育長が一番教育への信頼を損なっているのでは?」とニュースを報じるテレビ画面に突っ込みを入れてしまったのを覚えています。

2023年3月24日には、コロナ休暇を不正に取得したとして県立学校の主事が停職2か月となりました。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/524711.pdf

直近では10月13日、18歳未満の女性への買春などの被疑事実で逮捕され、70万円の罰金が確定した廿日市市市立中学校教諭の宮本竜太被疑者(当時35)が懲戒免職になっています。

「教育公務員としての職の信用を著しく損なう重大な非違行為であり、信用失墜行為の禁止を定めた地方公務員法第 33 条の規定に違反する。」というのが処分理由です。
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/552231.pdf

未成年者とのわいせつ行為や買春はとんでもないことです。それはそれとしても、これらの処分を受けた先生方も平川教育長の名前で処分されたくはないでしょう。平川教育長が居座れば居座るほど、教職員のモラルは崩壊していくのは間違いありません。

◆県外のお友達優遇止め、県内にお金を回すべき

平川教育長は県外のご親友ばかりを優遇してきました。そもそも教員の研修など、県教委に指導主事がいるわけです。その人たちを差し置いて県外に発注するのは、県費の無駄遣いではないでしょうか?

それよりも、例えば、『ホーユー事件』で明らかになったような低すぎる給食の単価を引き上げる。そのために入札制度を改革する。非正規の先生だらけの状況を正規への登用で是正していく。

そうしたことが今、必要なことではないでしょうか?

大阪の企業を振興したいなら、それこそ、広島県教育長などさっさとお辞めになって、今春の大阪府知事選挙にでも立候補されれば良かったのです。

◆地方衰退への危機感の勢い余って食い荒らす自称『新しい血』……平川問題の教訓

平川教育長については、マスコミが天まで持ち上げていたことは忘れてはなりません。もともと、広島は保守的な土地柄で、『年配男性中心』の意思決定が根強くありました。そうした中で、全国と比べても様々な面での遅れが目立っていたのは事実で、広島県庁在職中の筆者もそのことは痛感していました。

そうした中で、文科省官僚や教員上がりといった『既存型人材』、あるいは年配男性を中心とした地元の旧来型政治家への不信感、不安感も広がった。そこに、平川教育長は巧妙につけ込んだとも言えます。

そして『旧来型政治家』が多数を占める議会も、結局、平川教育長へのチェック機能は十分に果たしていません。

今後も、衰退する地方ほど、これまでの古臭さへの「焦り」から『女性』とか『若い』というだけで、平川教育長のような人に権力を与えてしまい、却ってドカ貧を招く、という恐れは十分にあります。
 
「年配男性」「天下り官僚」「地元旧来型政治家」といった『旧来型権力者』に対してだけでなく、平川教育長的な「外部の新しい血」を標榜する権力者に対しても、市民・県民が舐められないよう、きちんとチェックしていくべき。このことは大きな教訓です。

筆者と広島瀬戸内新聞では『湯崎知事や平川教育長らから広島を取り戻し、広島とあなたを守るヒロシマ庶民革命』『総理や知事や教育長になめられない広島県民をつくるヒロシマ庶民革命』を呼び掛けています。

2025年11月の広島県知事選挙へ向け、湯崎英彦現知事の打倒と庶民派知事・庶民派県議の誕生を目指しています。

◆住民訴訟、本格化

こうした中、平川教育長による疑惑幕引きを是としない頼もしい県民がおられます。8月29日、平川教育長に対して、県にパンゲアとの取引で生じた2645万円、弁護士費用3000万円、2021年度分のタクシー代100万円の計5745万円を返すようもとめる住民訴訟が広島地裁に提起されました。

第二回口頭弁論は以下の予定です。

県教委「官製談合」をただす住民訴訟
第2回口頭弁論は12月5日(火)13:30~
弁護団は県教委の「答弁書」に反論、詳述する書面を提出予定

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年12月号

《新刊案内》矢谷暢一郎著『ヤタニ・ケース アメリカに渡ったヴェトナム反戦活動家』をお届けするにあたって 鹿砦社代表 松岡利康

このたび小社では矢谷暢一郎・著『ヤタニ・ケース アメリカに渡ったヴェトナム反戦活動家』を上梓いたしました。

矢谷さんは、尊敬する大学の先輩ですが、学生運動華やかりし時代のリーダーでした。その後、仲間の死、運動の解体、闘病を経、再起を期して夫婦で渡米 ── 70年代も終わりに近づいていました。

しかし、ある日突然に、オランダでの学会からの帰途、ケネディ空港で突然逮捕されます。事件から40年近く経ち、その顛末と総括とは?

矢谷さんは、1年がかりで執筆に取り掛かられました。気持ち溢れ過ぎ、この勢いが筆致に表れています。

ぜひともご一読いただき、忌憚のないご批評、ご意見などお寄せいただければ幸いです。

(松岡利康)

▼著者紹介 矢谷暢一郎(やたに・ちょういちろう)1946年生まれ。島根県隠岐の島出身。1960年代後半、同志社大学在学中、同大学友会委員長、京都府学連委員長としてヴェトナム反戦運動を指揮。1年半の病気療養などのため同大中退。77年渡米、ユタ州立大学で学士号、オレゴン州立大学で修士号、ニューヨーク州立大学で博士号を取得。85年以降、ニューヨーク州立大学等で教鞭を執る。86年、オランダでの学会の帰途、ケネディ空港で突然逮捕、44日間拘留、「ブラック・リスト抹消訴訟」として米国を訴え、いわゆる「ヤタニ・ケース」として全米を人権・反差別の嵐に巻き込んだ。

11月20日発売

◎鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000736
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315312/