浅野健一さん、あけび書房刊/辻井彩子著『石ころの慟哭』こそ、みずからの原稿を「盗用」していると主張! 「いま、チームを組んで、辻井氏本の盗用・無断引用・無断転載を総点検中」で、「出版してはならない本」と決めつけ「絶版」と「回収」を要求!

この問題の結果次第で浅野さんのジャーナリズム生命に関わることなので、一片の虚偽もなく「総点検」の内容を公開してください!

問題の発火点となった出版禁止仮処分申請を即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野さんは4月24日、長い文章をみずからのフェイスブック(以下FBと記します)に掲載され、相変わらず自著『石ころから石礫へ』(三一書房刊)の自画自賛と、あけび書房本『石ころの慟哭』を「出版してはいけない本」と非難し「直ちに本を絶版にし、回収すべき」と述べられています。

一方の辻井さんは、浅野さんが「盗用」している箇所をマーキングする作業をされているようです。仮処分の呼び出しが来て審尋(しんじん。非公開の審理)までには3部(裁判所、相手方、債務者側各々1部)も提出しないといけませんので大変です。どうせやらないといけない作業ではありますが、仮処分申請や提訴されなければ、やらなくてもいい作業ですから難儀な話です。ようやく本が出来上がり書店販売も始まったというのに面倒なことです。

私が22日夜に浅野さんのFBに書き込んでから、この件については返答ありませんでしたが(だから24日朝から原稿書き始め、夕方に私のFB、25日午前零時に「デジタル鹿砦社通信」に投稿し批判したのです)、行き違いで24日に、あけび書房本こそ「盗用」していると主張されています。浅野さんにブロックされていますので、すぐには読めません。あとになってから、知人らがこの部分を送ってくれましたが、かなり時間差がありました。

また、浅野さんは23日のFBの文章では、盗用問題には触れられず、ほとんど私への非難に費やされました。1日空けて24日になって触れられましたが、この間に「総点検」の「チーム」を組まれたり、善後策を考えられたのでしょうか。

どちらの言っていることが真実なのでしょうか? どちらの言っていることが真実なのかによって、特に辻井さんの言っていることが真実で、浅野さんが意図的に辻井さんのほうが盗用していると強弁しているのなら、浅野さんのジャーナリスト生命はなくなります。

逆に辻井さんが盗用していたら、辻井さんは嘘つき女として今後出版などできなくなるでしょう。

こうした意味で極めて重要な問題ですので、拙速に判断せず、浅野さんの「総点検」と辻井さんのマーキングの結果が公表されることを俟ちたいと思います。

今のところ浅野本は、アマゾンに注文していますがまだ届かないので読めません(浅野さんが100%浅野さんの側に立っていると勝手に自慢する『紙の爆弾』編集長・中川には献本送付され届いていますが。苦笑)。辻井本は、サブタイトルに「私記」とあるように、地元で起きた事件で、宗教三世としてのみずからの生きて来た道のりと重ね合わせ書き綴ったもので、一市民の立場から率直な想いを述べていて、好感が持てる文章です。浅野さんは、辻井さんの職業がメディアに関わる者でないことをなにかしら差別されているようで、このことはいただけません。

浅野さんは、わが国を代表する通信社で20年、同志社の新聞学専攻(現・メディア学科)で20年、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられましたので、元々位相が異なりますが、浅野さんの文章は雑で難儀するとは浅野さんの文章を編集したことのある人が異口同音に仰います。若くして『犯罪報道の犯罪』で一躍論壇に登場しエリートコースを歩んで来られたので、書き殴った文章を担当編集者に振り、ある意味致し方のないことかもしれませんが。

原稿や校正紙を見れば、私にでも、ある程度、その方の人となりや人間性がわかります。

ちなみに、昨年、私たちが11年余り発行している反原発情報誌『季節』に、われわれの世代にとってはカリスマの山本義隆さんの長大な講演録を掲載しましたが、編集長は、その論理展開や校正にほれぼれし校正紙を「家宝にします」と言っていました。むべなるかなと思った次第です。

◆あけび書房・岡林社長は「素人の」辻井さんを「騙して、実際は岡林氏」が「原稿の大部分を書いた」のか?

浅野さんは、よほど岡林社長が憎いのか、辻井さんを岡林社長に「騙され」「著者に祭り上げられた被害者」とも言い、「辻井氏の本の大部分を書いたのは岡林社長だ、と私は推測しています」とまで述べています。

ここまで言いますかね。まだ外国に行くことが難しい頃の少年時代から海外留学し超難関校・慶應義塾大学を卒業後は共同通信を経て同志社大学新聞学教授と、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられた浅野さんの頭の中の小宇宙は、常人には計りしれません。

さらには、「私は岡林氏から嫌がらせを受けたが、私が彼に嫌がらせをしたことはありません」とはいかに? 出版禁止の仮処分が決定どころか裁判所から呼び出しも来ていないのに、大手書籍取次会社・トーハンや日販に配本するなと申し入れることは「嫌がらせ」ではないのか? 浅野支持者に、あけび書房に直接訪問することをそそのかしているのは「嫌がらせ」ではないのか? 実際に複数人が行き写真までアップしています。ひっそりと営業している「一人出版社」にそこまでやるのか?

ちなみに、本件について、浅野さんの著書『石ころを石礫に』の出版を引き受けられた老舗出版社「三一書房」にも、お互いに「盗用」していると言い争っていますので、版元として責任をもって「盗用」しているのかどうかの「総点検」にあたられることを願います。

また、出版禁止仮処分という、出版やメディアに関わる者にとって重大問題を浅野さんが企てられたことについて、三一書房の方々は傍観されていることに苦言を呈します。出版禁止は、こと浅野VSあけび書房の間の問題ではありませんので。

「三一書房」といえば、われわれの世代にとっては伝説的な出版社で、今でも私はかなりの数の書籍を持っています。一時は労働争議で出版活動の停止を余儀なくされましたが、頑張っていただきたいものです。この意味からも、本件については責任ある態度で臨んでいただき、今後に禍根を残さないようにお願いいたします。

◆何度も繰り返します、出版禁止仮処分を即刻取り下げ、訴権の濫用をやめよ!

元々、私が本件に異を唱えたのは、浅野VSあけび書房間のトラブルに介入するとか、浅野さんを排斥するとかいった問題ではなく、浅野さんがあけび書房本に対して出版禁止の仮処分を申請するということに、これは明らかに憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に抵触するもので、一老いた出版人として危惧を抱き、こんな危険なことはやめるべきだと警告する目的からでした。

そうしたら浅野さんは、私、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さんにも「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと、まさに訴権の濫用を行使すると恫喝されています。

何度も申し上げますが、出版禁止仮処分、別途諸法的措置など訴権の濫用は、出版界にとって悪弊と禍根を残すのみならず、将来にわたり黒歴史となるでしょう。

(2026年4月26日記)

浅野健一さんの著書に、著作権侵害等で出版禁止仮処分を求めているあけび書房刊行書籍の著者の原稿を盗用した疑惑発生! 浅野さんはこれに答えるべきです!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんは、彼のFacebookから松岡らをブロック!
浅野さんともあろう方が姑息な策を弄すべきではない!

去る4月22日夜半、私は浅野健一さんのFacebookに次のような投稿を行いました。

「浅野さん、浅野さんに『法的、道義的責任』を問われている松岡利康です。浅野さんのフォロワーの皆様にもお読みいただきたいので、浅野さんのフェイスブックに投稿させていただきます。
 御著、浅野さんが出版禁止の仮処分等を申し立てておられる本の著者・辻井彩子さんにも献本送付されたとのこと、ご立派です。
 辻井さんはすぐに紐解かれ、浅野さんの著書に辻井さんの文章がそのまま使われている(つまり盗用されている)ことに驚き、三一書房に辻井さんの著書を添えて手紙を出されたそうです。また、私にもその旨、メールにてご連絡いただきました。
 浅野さんの著書はアマゾンに注文していますが、まだ届いていないので、辻井さんのおっしゃることが事実かどうかわかりません。もし辻井さんの仰ることが事実であれば、すべての前提が壊れます。このかん自信満々に辻井さんを罵倒するかのように強く非難されておられるので、まさかとは思いますが、辻井さんの仰っているのは事実でしょうか? それとも、デマでしょうか? 重要なことですので、明らかにしていただけないでしょうか。切によろしくお願いいたします。」

そうしたら、翌日(4月23日)朝一番、盗用疑惑についての釈明ではなく、浅野さんのFacebookから私をブロックすることなどの内容がアップされました。どなたかがそのスクショを送ってくださいました。以下にアップしておきます。

ざっと読ませていただくと、浅野さんもかなり苛立っておられるようで、盗用しているしていないの回答ではなく、私のブロックを宣言されました。

著作権侵害を訴えておきながら、みずからが盗用していたんでは冗談にもなりません。なにしろ出版やメディアの世界で最も重大な出版禁止(出版差し止め。浅野さんが仮処分の表題にされた言葉が「出版禁止」ですので、今後は出版禁止という言葉を主に使います)、つまり「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障した憲法21条に係る問題ですので、まずは、問いかけているこの件について回答いただきたいものです。

もし辻井さんが仰ることが事実ならば、出版禁止仮処分の前提が壊れます。人は問題の核心を衝かれたら話題を逸らすといわれますが、なにかそんな気がします。そうでないと言うのであれば、浅野さんはみずからの著書に辻井さんの原稿を使ったのか使わなかったのか、明言されるべきではないでしょうか?

◆浅野さんのFacebookでの発言について

浅野さんは冒頭から『紙の爆弾』編集長・中川が、あたかも100%浅野さんの側に立っているかのように書かれています。本当であれば、それは結構なことです。

浅野さんによれば、このかんの私の「諫め」の文が「あまりに『エキセントリック』」だと中川が言っているとされていますが、中川はこういう言葉は使ってなく、またこの件で浅野さんに連絡(返信)などしていないということでした。

昨年4月発売の『紙の爆弾』5月号に掲載の浅野さんが書かれた記事に対して抗議があり、私や中川は相手方の弁護士に真摯に対応し次号に反論を掲載するということで一応の妥結をしました。この際、浅野さんは私たちの対応に不満だったようで、問題の解決から逃げた恰好で相手になんら対応されませんでした。今も放置されているようです。

『紙の爆弾』に書けなくなったのは、私が「業務命令で、浅野に書かせるなと命じています。」とされています。しかし、私は浅野さんの頑なな態度に業を煮やし、「こんなことでは、しばらく浅野さんの寄稿は掲載できないな」と中川に申し述べました。「業務命令」で書かせなかったわけではありません。そうではないですか、問題が起きた際に相手方に真摯に対応しなかった人の原稿を載せれますか? 浅野さんが仰るように、中川が「業務命令で、浅野に書かせるな」と認識したのであれば、私の言葉足らずでした。すみませんねぇ。

浅野さんほどの経験と学識があれば、『紙の爆弾』のような毀誉褒貶の激しい雑誌でなくても、もっとグレードの高い雑誌への寄稿を求められたほうがいいのではないでしょうか。

亡くなった方をこんな問題に引き合いに出したくはありませんが、これまでの浅野さんによる山口正紀さんに対する酷い中傷がありながらも中川が浅野さんの寄稿を掲載してきたのは、あまり愉快ではありませんでしたが、中川にも考えがあってのことだと思い受容してきました。本当は、山口さんへの浅野さんの酷い態度はいろんな人からさんざん聞いていましたので、以前から「業務命令で、浅野に書かせるなと命じ」たかったのですが、あえてそうしませんでした。

AさんやBさんはじめ少なからずの方々から「浅野を外せ」と再三言われても「中川にも考えがあってのことでしょうから、しばらく様子を見てやってください」と言ってきたんですよ。しかし、昨年5月号の『紙の爆弾』の浅野さんの記事についての浅野さんの対応には不愉快でした。

中川が果たして「100%私(注:浅野さん)の側に立っていました」のであれば、浅野さんは中川と共に新規に出版社を立ち上げられたらいいでしょう。おそらく、浅野さんの唯我独尊とパワハラ体質、スタ官(スターリニスト官僚)体質ですぐにおじゃんになるでしょうが。

また、どなたかに「仲介を頼みました」とありますが、誰一人、「仲介」を申し出た人はいませんでした。なので、私が「協議を拒否」できるわけがありません。「仲介」の申し出自体がなかったわけですから。いい加減なことを言わないでいただきたいです。

さらに浅野さんは、私がこの間、「名誉毀損・侮辱・出版妨害」をやったことで「本訴を準備」していると記されています。私の文のどこが「名誉毀損・侮辱・出版妨害」になるのかご指摘していただきたいですが、おそらく浅野さんは自らの意に沿わない文はすべて「名誉毀損・侮辱・出版妨害」にあたると仰るのでしょう。

「最後に再度呼び掛けます。」として浅野さんは手前勝手に、近畿に来て「説明させてください」ということですが、山口正紀さんの件で長らく我慢してきて、昨年4月の件、そして今回の件で、もう無理だと思います。過日の母親の急逝から気持ちが重くなったことも重なり、浅野さんとの関係修復に尽力するエネルギーがありません。今はAさんやBさんらの進言に従い、あえて浅野さんと義絶させていただきます。訴訟をちらつかせて恫喝するような人とまともな「協議」などできるわけがありません。

もう一つ。私が浅野さんによる出版禁止仮処分申し立てや訴権の濫用に対して、その危険性を強く申し述べ批判したからと言って、「メンタルのこと」を持ち出して被害者意識丸出しに私をブロックされるということですが、あけび書房や辻井さんに、人格批判や罵詈雑言の限りを尽くしながら、みずからがちょっと強く批判されたからと言って「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと高らかに宣言しつつも、自分が不利になると、「私に説明させてください」「私の言い分を聞いてください」と泣き落としに出る……やめていただきたいものです。

さらには、「一人出版社」の零細出版社であるあけび書房を尋ねるように支持者をそそのかし、実際に何人かは尋ねて行き、まるで鬼の首を取ったかのように“成果”をFB画面にアップされていますが、公的機関でも公人でもないあけび書房と代表者にとってはたまったものではありません。浅野さんが、逆の立場だったら、どうでしょうか? それこそ天地がひっくり返るほどの大騒ぎをされるでしょう。こんなこともやめるべきです。

◆浅野さんに求めること

① 辻井さんが仰る、辻井さんの文章を掲載しないと言いながら掲載(盗用)したのかどうか、明らかにしてください。ここは重要なところです。辻井さんはすでに三一書房にも、みずからの文が掲載(盗用)されている旨知らせたということですが、この件は三一書房にも説明責任があります。もし浅野さんの著書の文に辻井さんの文が使われていなかったら(すなわち浅野さんのオリジナルな文であれば)、それこそデマであり、辻井さんは嘘つき女となります。

② 辻井さんの著書『石ころの慟哭』出版禁止仮処分を取り下げてください。憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に違反しますので。浅野さんが堂々と出版禁止仮処分を申し立てるということなので私は警告したのですが、これがなかったら、よく見聞きする版元と著者との紛争として“高見の見物”をしていたでしょう。あけび書房のような「一人出版社」であれ、『週刊文春』(2004年に大騒ぎになりました)のような大手出版社であれ、出版禁止を宣告された場合の諸問題は、5度の出版禁止を受けた私だからこそ言えることもあるので、あえて警告した次第ですが、浅野さんには私の真意をご理解いただけず、逆に「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と認識されたようです。

◆繰り返し警告します!「バカなことをやめろ!」と。

10日ほど前に母親が亡くなり、本来なら喪に服し大人しくしていなければならないところ、重要な問題ですので、みずからに鞭打ち、拙稿を書いてきました。

浅野さんは私の文を「読みたくない」ということですので、お読みにならなくても構いませんが、出版差し止め=出版禁止、あるいは訴権の濫用という問題は、出版社やメディアにとって極めて重大問題ですので、誰に何を言われようと、また浅野さんに「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と詰られ「法的措置」をとられ「法的、道義的責任」を問われようと強く警告しておきます。

この私の警告文をお読みの皆様方! 浅野さんが企てておられる出版差し止め=出版禁止仮処分の重大性、危険性を認識され、浅野さんに「バカなことをやめろ!」と叱責してやってください。私の言っていることは間違っていますか?

以上

浅野健一さん、遂にルビコンを渡る! みたび出版差し止め(出版禁止)仮処分について警告します!

鹿砦社代表 松岡利康

「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール) 

いやしくもジャーナリストが、みずからの意に沿わない書籍を司法(~権力)の力を借りて出版差し止め=出版禁止を申し立てるなど前代未聞であり自殺行為です!
このことにより、今後、浅野さんが「言論・出版の自由」や「表現の自由」を語ることはできなくなり、憲法21条の破壊者になりました!
浅野さんは即刻出版禁止仮処分申請を取り下げよ!
浅野さんの言う「共犯者」(=鈴木エイトさん)や「甲子園の方」(=松岡)への訴訟をちらつかせた恫喝をやめよ! 浅野さんは、訴権の濫用をやめ、〈言論には言論で〉勝負せよ!

遂に浅野健一さんは、先週(4月16日と見られる)、あけび書房刊、辻井彩子・著『石ころの慟哭──山上徹也・奈良地裁裁判の私記』に対して出版差し止め(出版禁止)仮処分を申請しました。このかん申し述べていますように、司法に出版差し止め(出版禁止)を申し立てることは、最も言論・出版の自由、表現の自由を遵守すべきジャーナリストとして自殺行為であり前代未聞のことで、出版やメディアに関わる者としては重大問題です。

◆出版差し止め=出版禁止ということの深刻な意味を考えていただきたい。本当にこれでいいのでしょうか?

実は先週、私事になりますが、同居する高齢の母親が突然危篤状態になり急死し、怒涛の1週間で、この件に追われましたが、18日に葬儀も済ませ一段落しましたので、浅野さんのFacebookを見ると、上記書に対し「出版禁止」の仮処分の申し立てを済ませたとありました。浅野さんは遂に“ルビコン”を渡られました。本当にこれでいいのでしょうか? 

出版差し止め=出版禁止を申し立てることは、一般の民事訴訟とは根本的に異なります。このことを浅野さんや代理人の山下幸夫弁護士が解っておられないはずがありません。

「釈迦に説法」でしょうが、日本国憲法21条は「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障すると謳っており、出版を差し止める=禁止することが、これに反するということは、浅学菲才の私でも解ることです。バカはバカなりに、このことを信じて私は40年余り出版活動を続けてきました。日本を代表する通信社で20年、私の母校で鶴見俊輔先生や故・藤本敏夫さんがいた新聞学専攻(のちにメディア学科)で20年、こうした問題を追究されてきたはずの浅野さんに説教するつもりは毛頭もありませんが、浅野さんはいつ宗旨替えをされたのでしょうか? 司法(~権力)の力を借りてみずからの意に沿わない出版物の発行・発売を差し止める=禁止するのではなく、〈言論には言論で〉の原則に立ち返るべきではないですか? この文章をお読みの皆様! 浅野さんに与し囃し立てている皆様! 私の言っていることは間違っていますか? 間違っているというのであれば、その理由を説明してください。

◆私が「出版差し止め」=「出版禁止」を懸念する理由

なぜ私が「出版差し止め」=「出版禁止」についてこだわるのかと言えば、これを5度も食らったからです。差し止め=出版禁止を食らった本は、流通しないわけですから、関心を持って検討しようとしても入手できず検討さえできないわけです。差し止め=出版禁止を食らった本を、私が2年間、関西大学の非常勤講師を務めた際に全員に配布し意見を求めたところ学生のほぼ全員が「なぜ差し止めになったのか理解できない」という意見でした。出版差し止めを申請した大企業、検察、裁判所の神経と、一般学生の感覚の違いがわかります。5件のうちの別の1件は事前差し止めで編集途上のことでした。のちにある研究者の論文に「電話番号も記載していた」と書いてあるのを見たことがありますが、これは間違いで、実際に本が出版されませんでしたので、こういう誤認もあるわけです。読者としては、浅野さんの著書もあけび書房の本も、どちらも平等に出版され、そこで読者の判断を俟つべきではないでしょうか? 出版禁止にするなどもってのほかで、これを、いやしくも長年メディアや出版に携わってきた人が意固地になってやることではなく、今からでも取り下げるべきです。勇気ある撤退は決して恥ずべきことではありません。

◆『救援』関係者も本件の意味を考えてください!

ところで、浅野さんも山下幸夫弁護士も、『救援』という新聞に毎月連載されています。『救援』は、学生運動やベトナム反戦運動華やかりし1969年に設立された「救援連絡センター」の機関紙として創刊されました。似たような団体に「国民救援会」という組織がありますが、これは共産党系ということで、逮捕された新左翼系の学生・労働者らの救援を拒否したことで救援連絡センターが設立されたのです。現在では、当時と比べ、逮捕される新左翼系の学生・労働者も激減し、代わって拘置所・刑務所内の処遇問題、死刑廃止問題など主に人権問題に取り組んでいます。

私も以前から交流があり、一時期は大きめの広告を毎号出広していたこともありました。

山下弁護士も、単に依頼されたから受任したというのではなく、もっと出版差し止め=出版禁止の意味を考えていただき、浅野さんをたしなめていただきたかったところです。山下弁護士だけでなく、『紙の爆弾』に毎号寄稿されている救援連絡センター代表の足立昌勝先生(関東学院大学名誉教授)らセンターの方々にも、この問題について真剣にお考えいただきたく願います。

◆「甲子園の方にも、法的措置をとります。」

実は先々週の末、鹿砦社のスタッフに浅野さんから私松岡を提訴するとの1行メールがあり、取り急ぎ過去2回の浅野さんへの警告文を添付し、私と浅野氏を共通して知る方々を中心に、その旨お知らせいたしました。

しかし、この時点ではまだ、提訴されることは表に出ていませんでしたので、私もFBや「デジタル鹿砦社通信」などで表に出さず、水面下で一部の方にメールするにとどめました。こののち、母親の危篤─急死があり、この問題には頭が回りませんでした。

ところが、ここに来て浅野さんのFacebook上に「甲子園の方」、つまり私松岡にも「法的措置をとります」と表に出されましたので、ここで私のスタンスを申し述べておきます。

浅野さんは、すでにあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんを「共犯者」呼ばわりし訴訟を臭わせて恫喝しています。

挙句、出版差し止めの危険性を危惧し警告した私に対しても「法的措置」をとるとのこと、あけび書房に対する差し止め仮処分のみならず、「共犯者」鈴木エイトさん、そして「甲子園の方」(=松岡)に対しても提訴するとなれば、まさに訴権の濫用以外の何物でもありません。訴訟を起こすにはお金が要ります。仮処分が決定となれば担保金まで積まないといけません。これまで浅野さんはかなりの数の訴訟を起こし、かなりのお金を遣われています。私もこれまで1億円以上の訴訟費用、賠償金を支払いましたが、これ以上となるでしょう。よほど裕福なようです。ただ、私はほとんど訴訟を起こされての応訴のお金で、浅野さんはほとんど訴訟を起こしてのお金で勝率はいかがでしょうか。

過ぐる1980年代前半、『犯罪報道の犯罪』という名著で名を馳せ、当時出版の真似事を始めた私にとって、この書は衝撃的でした。そして、地元西宮で起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件について論究した『テロリズムとメディアの危機』を出版する際に、高野孟さんと対談していただきました。これは感動的な対談でした。

しかし今、浅野さんは、司法(~権力)の力を借りて、みずからの意に沿わない書籍に対して出版差し止め=出版禁止仮処分を起こし、これまで出版やメディアに関わる人たちが血と汗を流して守ってきた憲法21条に高らかに謳われた「言論・出版の自由」「表現の自由」の大原則をかなぐり捨てようとしています。これは絶対に間違っています。そう警告した私に対してまでも「法的措置」をとろうということですから、これに対しては、断固闘わざるをえません。自己防衛のためにも、いわば“武士の情け”でこれまで抑えてきたことも、この際バクロしてでも対抗します。泥仕合になれば浅野さんにとっては致命傷になるでしょう。私は冗談を言わない人間だということは浅野さんもご存知のはず、舐めてもらっては困ります。浅野さんは、『犯罪報道の犯罪』の頃に立ち帰っていただきたいと切に願います。

このかんの浅野さんの言動は異常です。

まだ出版差し止め=出版禁止仮処分の決定がなされないのに大手取次トーハン、日販に配本しないように求めたり(明らかに出版妨害です。これが通用すれば、どんな本も販売がストップできます)、浅野支持者にあけび書房の所在地を訪問するようにけしかけ、あけび書房の事務所がバーチャルなのでISBNコードが無効だと声高に主張し挙句日本図書コード管理センターに緊急に調査するよう要請したり……。相手(この場合あけび書房)が気に食わなくなったからといって、人間、やっていいことと、道義的常識的にやっていけないことがあります。こういうことを弁えないから人が離れていくのではないでしょうか。かつては共著もあり一心同体だった故・山口正紀さんはじめ浅野氏から離れて行った人たちを数多く見てきました。こうした人たちの話や証言だけで何冊も本が出来るほどです。一人っ子の性(さが)でしょうか、唯我独尊の方です。

何度も言いますが、5度の出版差し止めを経験した者として、出版差し止め=出版禁止は、いやしくもジャーナリストであれば自殺行為なので即刻取り下げるべきです。出版やメディアに関わる方々は、出版差し止め=出版禁止の危険性を認識し、浅野さんを強く諫めていただくことを願います。浅野さんは私の文章を読んでいないということですので。

浅野さんには、冒頭に挙げたヴォルテールの有名な言葉を想起していただくことを心より願いたい。浅野さんが私の警告を無視したり蔑ろにされないことも願うものです。

【追記】

以上を書き上げたところで、本日(4月20日)朝の浅野さんのFBにて、「これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也各氏らの法的、道義的責任も問います。」と書かれていました。

これが「出版差し止め」でなければ、私はコメントするつもりはありませんでした。時々見聞きする版元と著者とのトラブルとして高見の見物をさせてもらうつもりでした。本件については、浅野さんにもあけび書房にも公平に取材しておらず、特段あけび書房の側に立つつもりもなく、出版差し止め=出版禁止が、出版やメディアに関わる者にとって重大事であるからこそ警告したのですが、これを「非難」としてしか受け止めれないとは……。

あけび書房・岡林信一代表は、西宮ゼミに参加された頃から知っていますが、80年代から知り『紙の爆弾』に毎号のように寄稿されてきた浅野さんほど深い付き合いでもありません。あけび書房を引き継がれた頃、一度電話で短い話をしたぐらいで、西宮ゼミが終わって以来会ったこともありません。辻井さんには会ったことも話したこともありません。

また、本日の浅野さんのFBでは、「甲子園の方」ではなく、ハッキリと「松岡利康」と明記されました。もし提訴されるのであれば、私は故・山口正紀さんの弔い合戦として、浅野さんに裏切られた山口さんの悔しさを共有し、たとえ泥仕合になろうとも徹底的に闘う覚悟です。

なお、「黒藪哲也」→「黒薮哲哉」の誤記です。

※下の画像は、遂に発売になる2つの山上徹也裁判記録本。2つの本共に購読し、双方読み比べ、読者の判断を俟つのが本来の姿だと思います。「買ってはいけない本」(浅野さん)などありません。早速私もAmazonに両書を注文しました。

※浅野さんによる仮処分のタイトルが「出版禁止」ということですから、これも今後は主に「出版禁止」と記載することにいたします。

「成年後見制度」について皆様の体験、ご意見などを求めます!

鹿砦社代表 松岡利康

4月4日の朝日新聞朝刊は、1面、2面を使い「成年後見制度」の問題について大きく採り上げ、さらに4月7日の社説でも改善を求めています。恥ずかしながら私たちもさほど知りませんでしたが、各地各所でいろいろトラブルが起きていることを知りました。

2026年4月4日朝日新聞

それは、これにより被害を被り、ご本人の願望に反し認知症の奥様に会えない方がご相談され問題の深刻度を認識し、私たちも遅ればせながら、この問題に本格的に取り組むことにいたしました。すでに『紙の爆弾』でも2度ほど被害者の方が寄稿され、これから断続的に採り上げていく予定です。一冊にまとめる企画も進行中です。

月刊『紙の爆弾』5月号(最新号。発売中)の誌面の一部

つきましては、「成年後見制度」についての体験やご意見などを広く求めることにしました。

どしどし下記の所にお寄せください。

専用メールアドレス: mt.rokusaisha@gmail.com
ファックス: 0798-49-5309
郵送: 〒663-8178 兵庫県西宮市甲子園八番町2-1-301

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0GVDQJ364/

再び浅野健一さんによる出版差し止め(=発禁)仮処分問題について

鹿砦社代表 松岡利康

先日、四半世紀にわたる知人に会いに奈良・大和西大寺に行ってきました。行き交う人の多い駅でしたが、地方都市らしい雰囲気のする、どこか牧歌的に感じられました。

「ここで山上徹也が安倍晋三を銃撃したのか」──このあたりの牧歌的な空気とは相いれないものを感じました。

さて、先の私の文章は、5度の出版差し止め(発禁)をされた私なりに危機感を持って書いたつもりですが、あまり反響がなかったようです。ふ~む、出版差し止め(発禁)ということに対する、浅野さんはじめフォロワーのみなさん方、私の文章を目にされたみなさん方の危機意識のなさに危機感を持ちました。

浅野さんは、今度はあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんと大喧嘩をされています。帯を書くにあたってゲラを読むわけですが、だからと言って「共犯者」呼ばわりされたら誰だって怒るでしょう。

仮に理が浅野さんにあったにしても出版差し止め(発禁)はやめるべきです。出版差し止めということは、権力(~者)や大企業が、みずからの不祥事や知られたくないことを隠蔽するために行うものです。いやしくもジャーナリストが出版社やその著者に対して出版差し止めを行おうとしたことなど聞いたことがありません。浅野さんの本の出版を引き受けた三一書房も代理人の山下幸夫弁護士も、表現の自由や言論・出版の自由を殊更大事にする出版社であり法曹人だと思うので、今からでも浅野さんをたしなめるべきです。

私のFBや「デジタル鹿砦社通信」にも浅野さんのFBや著書などと共通の読者がおられますが、なぜ浅野さんをたしなめないのか不思議です。本当にそれでいいんですか? 

先の私の文章で、浅野さんとの古い付き合いについて述べましたが、今回はあけび書房の経営を受け継いだ岡林信一さんとの付き合いについても簡単に述べておきます。

私は、「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で会社も私個人も壊滅的打撃を受け、その後、多くの皆様方のご支援にて再興することができ、2010年から地元西宮で市民向けのゼミを企画し開催いたしました。隔月で3人の方を中心に5期5年間やりました。故・鈴木邦男さん3年、浅野さん1年、前田日明さん1年の5年です。計30回で、前田さんの分を除いて記録として残しています。

ここに、当時神戸の社会保険協会に勤めながら「市民社会フォーラム」という自由に意見を述べ合うネット上の場や講演会などをやっておられた岡林さんが、自らの集まりの宣伝兼ねて、ほぼ全回来られました。これで知り合ったのですが、彼はその後、旅行会社を経てあけび書房の経営を引き受けられ現在に至っています。岡林さんがあけび書房の代表に就かれた時に、ささやかながら置時計をプレゼントし、この出版事業が厳しい時代に、あえて出版社の経営を引き受ける蛮勇に対する私なりのエールでした。彼が本格的に出版の仕事を開始するや、一人で毎月複数点数の新刊を出して来たのは驚きでした。「岡林という人は本当に本が好きだったんだな」と思った次第です。思想・信条や出版についての考え方、取り組みなどは異なるところは少なからずありますが、多種、多様に自由に本を出せるのが、出版という世界のいいところだし、頑張れるだけ頑張ってほしいと思っています。

ところで浅野さんはブログで「私(注:浅野さん)は、2025年4月、『紙の爆弾』からも排除され~」と述べられていますが、これは違います。先の文章でも触れましたが、同誌昨年5月号(2025年4月7日発売)に掲載の浅野さんの記事についての抗議に対して真摯な態度を取られず、自説を固持し、対応を鹿砦社に押し付け逃げられたというのが事実です。それまで、懇意にしていた故・山口正紀さんに対する浅野さんの度を過ぎた誹謗中傷があっても、『紙の爆弾』には浅野さんの寄稿を受け入れてきましたが、これも私が逮捕された際に真っ先に駆け付けてくれたことのお礼の一つでした。恩着せがましく言うつもりはありませんが、私たちからの特段の配慮でした。

今、浅野さんが書ける場は、『救援』や社民党や新社会党の機関誌など、いわば特殊で限定的なものだけになっていますが、ものごと何につけても原因と結果があるもので、度を過ぎて唯我独尊的な態度があったのではないかと察します。

どうやら浅野さんは、浅野さんのfacebook、ブログなどを見る限り、本気で出版差し止め仮処分を申し立てられるようです。振り上げた手を下すのは恥でも何でもありません。今からでも“勇気ある撤退”をされるべきです。前回も述べましたように、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

極めて深刻で重要な問題ですので、他にやる仕事が山積していますが、あえて時間を割いて上記文章を書き連投します。皆様方にありましては、出版差し止め(発禁)という行為に対する、私の危機感をご理解いただきたいと思います。

画像は、左・浅野本(三一書房)と右・あけび書房本

浅野健一さんによる出版差し止め仮処分申請を諫めます!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんが、安倍晋三元首相銃撃事件山上徹也裁判記録本について、当初浅野さんと共に出版を目指していた地元の女性と版元(あけび書房)に対して出版差し止め仮処分を申請すると、みずからのfacebookで述べられています。

これは、結論から言えば、ジャーナリストとして自殺行為です。いやしくもジャーナリストなり物書きならば、〈言論には言論で〉勝負すべきです。

このことを誰も諫めないのが不思議です。特に私よりも遙かに多い浅野さんのフォロワーの皆さん方は、それでいいとお考えなのでしょうか?

ご承知の方もおられると思いますが、私たちの出版社・鹿砦社は、過去に5度(ジャニーズ3件、宝塚歌劇1件、アルゼ1件)も出版差し止め仮処分を起こされ、5度とも差し止めが決定されています。「差し止め」と言えば、言い回しは柔らかいですが、現実には〈発禁〉(発行禁止、発売禁止)です。5度も差し止め=発禁された出版社は他にないと思いますが、異常です。仮処分が決定されたら、次には本案訴訟に移行するわけですが、裁判闘争は、経済的にはもちろん、精神的にも体力的にも楽ではありません。差し止められた側は、せっかく作った本がお釈迦になるわけですから、損害は甚大で、差し止め仮処分をすると言われただけでも、威嚇効果、萎縮効果も大きいです。思い出すだに、出版を差し止めされた時の、なんともいえない気持ちは、差し止められた者にしかわかりません。だからこそ、私は忠告しているのです。

◆浅野さんへの恩義

また、日本を代表するパチスロメーカー・アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)からの差し止めは、差し止め決定後本訴(民事)では3億円もの巨額損害賠償請求訴訟(約600万円で確定)を起こされ、さらも刑事事件としても立件され逮捕→192日間の勾留(いわゆる人質司法)→有罪判決(懲役1年2月、執行猶予4年)を強いられました。実刑にならなかっただけ不幸中の幸いでした。

逮捕された時、浅野さんはすぐに動いてくれ、友人のK君と共に記者会見も仕切っていただきました。教え子の大学院生と、ひよどり台という辺鄙な場所(兵庫県神戸市北区。六甲山の山頂)に在る神戸拘置所まで面会にも来てくれました。このことで、浅野さんは、出版差し止めが、やろうとすれば時に逮捕‐勾留にまで発展することもあるのをわかっていながら、今回、差し止め仮処分を申請されるということです。そして、浅野さんのフォロワーの誰もこれを止めないのはいかがなものでしょうか? 実際は眉をひそめている方がいるのかもしれませんが、表立って言わないのかもしれません。

しかし、出版差し止めというのは、表現の自由、言論・出版の自由に係ることですので、私たち出版や報道に携わる者は、慎重に事にあたらなければならないことは言うまでもありません。浅野さんともあろう方が、このことを(おそらく)わかっていながら、それでも差し止め申請を強行するともなれば、冒頭に述べたように自殺行為です。

仮処分には、高度の違法性と強度の緊急性が必須となりますが、強度の緊急性はあるとしても、高度の違法性という点では、内容がわからないので判断のしようがありません。この点からも、2冊とも出版され読者の判断を仰ぐべきでしょう。私の言っていることはおかしいでしょうか?

◆浅野さんとの付き合い

浅野さんとの付き合いは長いです。1987年5月3日、当社と同市内にある朝日新聞阪神支局が赤報隊に銃撃され、地元出版社としては、これについての本『テロリズムとメディアの危機──朝日新聞阪神支局襲撃事件の真実』を緊急出版した際に、高野孟氏と対談いただいて以来です。この本は、現在反原発情報誌『季節』の編集長・小島卓君が一冊にまとめてくれ、全国学校図書館協議会、日本図書館協会の選定図書にも選ばれています。その後、浅野さんは海外勤務になり、しばらく交流も途絶えていましたが、再会したのは彼が私の母校でもある同志社大学教授になってからで、ちょうど『紙の爆弾』を創刊した直後でした。その後、くだんの「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件が起きたのです。

こうした恩義もあって、多くの雑誌・媒体が浅野さんを敬遠する中でも、つい1年前までは浅野さんの寄稿を容認してきました。かつて浅野さんと近かった少なからずの方々から、「松岡さんはとっくに恩義は返した。浅野さんの寄稿はもうやめたほうがいい」とのアドバイスもありましたが、一つぐらいは浅野さんの寄稿する雑誌があってもいいだろうとの仏心からです。逆にこのことで『紙爆』から距離を置かれた方もおられますが……。

しかし、昨年の『紙爆』5月号の浅野さんの記事に対し強い抗議が寄越され、これに対し浅野さんは責任ある対応はされず自説を頑なに固持され、対応を鹿砦社に押し付け逃げられました。鹿砦社としては原則的に対応し相手方の弁護士と協議し反論を掲載することでひとまず解決を図った次第です。私たちとしては〈言論には言論で〉の原則で対応しましたが、これについて、浅野さんはいまだに相手方にきちんと対応や話し合いなどなされていません。以来1年余り私たちと義絶しています。これで現在浅野さんの記事を掲載する雑誌・媒体は、『救援』とか特殊なものしかありません。浅野さんも、自説を固持するのはいいとしても唯我独尊の姿勢は改められるべきではないでしょうか。

◆故・山口正紀さんとの関係について

ついでながら、もう一つ言わせていただきたい。それは長年「人権と報道・連絡会」(人報連)世話人として浅野さんらと一緒に活動された山口正紀(故人)さんのことです。山口さんは元読売新聞記者ですが、大新聞社出身ながらも会報編集・制作など地道な事務作業を一手に引き受けられたと聞いています。私が勾留中に浅野さんのセクハラ報道(週刊文春)が起きたのですが、これには浅野さんもかなりショックだったらしく、山口さんは親身に浅野さんに寄り添われました。浅野さんを慰めたり叱咤激励されたと複数の方から聞きましたが、その後浅野さんは、どのような意見の対立があったのかわかりませんが、ことあるごとに度を過ぎて山口さんを非難されるようになり、ついに温厚な山口さんは人報連を去られ浅野さんとも決別されました。

また、山口さんは、上記した逮捕事件の公判を毎回自費で来阪され、その都度的確なレポートを書いてくださいました(『週刊金曜日』に連載)。また、私たちがこの10年ほど関わってきた大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)についても、精力的にご支援いただき、裁判所に意見書(『暴力・暴言型社会運動の終焉』所収)を提出してくれたり、末期がんをおして準備書面作成を手伝っていただきました。一方で浅野さんは、いまだに死者に鞭打つようなことをやっておられます。最近では人報連事務局長の山際永三さんの追悼文という厳かであるべき文章で、関係のない山口さんバッシングをやっておられます。場を弁えていただきたいと思います。さらには、昨年の選挙で、大学院生リンチ事件加害者側に与した者の応援演説まで買って出ています。被害者を支援した者としては気分のいいものではありません。

浅野さんには、本気で出版差し止め仮処分を準備しておられるのであれば、今すぐ取りやめられるべきだと忠告いたします。冒頭に述べたように、ジャーナリストとして自殺行為ですから。

《4月のことば》花 雨ニモマケズ 風ニモマケズ

鹿砦社代表 松岡利康

《4月のことば》花 雨ニモマケズ 風ニモマケズ(鹿砦社カレンダー2026より。龍一郎揮毫)

4月、新年度になりました。

2026年も早3カ月が経ちました。つい先日正月を迎えたようで、やはり「1月は去(い)ぬ、2月は逃げる、3月は去る」でした。

ここ甲子園では、春の到来を告げるセンバツ高校野球も終わり、春本番です。新年度となり、心機一転、長引く苦境打破に向け気持ちを引き締め邁進しなければなりません。

まだ花は咲いてはいませんが、冬の時代を耐え抜きましたので、必ず花は咲くと信じています。私たちはまだ諦めてはいません。生半端な気持ちで、この世界に入ってはいませんし、「名誉毀損」に名を借りた出版弾圧で逮捕‐勾留を強いられ解体的情況に打ちのめされても生き延びることができましたので、〈原点〉に立ち返り、さらに奮闘します。

私たちの〈原点〉とは何か? 振り返れば、1980年代半ば、10年間のサラリーマン生活を思い切って辞め、徒手空拳で出版の世界に飛び込んだ時に、編集スキルの面では鬼才・府川充男さんに教えられ、また歴史家の小山弘健先生に次の言葉を教えていただいたことは、すでに昨年来申し述べていますが、あらためてこの言葉を噛みしめたいと思います。

「われわれの出版の目的は、一、二年で忘れ去られることのない本を作ることである」(クラウゼヴィッツ)

残り少なくなった私の出版人生、まだまだ私(たち)は、「一、二年で忘れ去られることのない本」を作っていかなければなりません。もうひと花、咲かせたいです。今しばらく皆様のお力をお貸しください。

資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈3〉村八分、セカンド・リンチ、支援者への恫喝・誹謗中傷

鹿砦社代表 松岡利康

この大学院生リンチ事件の推移を見てくると、いろいろなことが感じられます。社会運動とか反差別運動といわれる運動の内部における暴力の問題は、かつて内ゲバとか内部粛清で多数の死者をも出し、運動は解体状態に陥り、私たちは痛苦な反省をしたはずでした。よって、運動内部の暴力は、ほとんどなくなっていたと思い込んでいましたが、とんだ思い違いでした。このリンチ事件を知った時、水面下では「まだこんなことをやっているのか」と時代が逆戻りしたと思いました。

これに対して、「反差別」や「人権」など耳障りのいい言葉を遣い、マスコミも持て囃し、その裏ではこんな凄惨な集団リンチなどやっているとは……。それも、著名な作家やジャーナリストらは知っていて隠蔽に加担していました。この中には、私たちが講演に呼んだ安田浩一、池田香代子らもいました。

これは「知らなかった」ではすまされないと思いました。すぐに被害者支援、真相究明にあたることにしました。それが、加害者につながる者らが言うように「デマ」だったら、すぐに自己批判、謝罪し撤退するつもりでした。

しかし、リンチは事実でした。そして、こぞって被害者M君に対する村八分(排除)とセカンド・リンチを浴びせていました。私たちの元に被害者が駆け込んでくるまで1年余り、彼は心ある少数の支援者と共に激しい攻撃を浴び続け孤立していました。趙博や阿久沢悦子(当時、大阪朝日社会部記者)ら裏切者も現れ、精神的にもかなりきつかったと推認できました。おそらく、僭越ながら私たちが支援‐反撃しなければ、この事件は「十三ベース事件」などという都市伝説として語られるにとどまり世間に明るみに出なかったでしょう。

私たちがこの件に関わり始めてちょうど10年、最後の訴訟(対リンチの主要実行犯エル金こと金良平との訴訟上告審)が最終局面にある現在、この事件を整理─総括する作業の一環として、この連載を始めましたが、振り返れば振り返るほど酷い話です。

この事件に対し、私たちは複数回、多くの「知識人」といわれる作家、メディア人、ジャーナリスト、弁護士らに質問書を送りましたが、それなりに回答してきた者はわずかで、ほとんどが〈見ざる、言わざる、聞かざる〉の態度に終始しました。いつも言っている「暴力反対」とは何ですか? 私たちが地を這うような調査・取材を元に編集・発行した6冊のムック本、さらに一時は私たちと共同歩調を取りながらも義絶した田中宏和の2冊の著書(『SEALsの真実──SEALDsとしばき隊の分析と解剖』『しばき隊の真実──左翼の劣化と暴力化』。両書共絶版)、その都度その都度私たちの意見や主張を申し述べて来た「デジタル鹿砦社通信」などで可能な限り発信してきました。こうしたことによって、それまで闇の中にあったリンチ事件の真実への針の一穴、二穴が開けてきたと認識しています。僭越ながら、このような私たちの言論・出版活動によって、少なくとも我が国の社会運動、反差別運動の最大の汚点となった大学院生リンチ事件が、隠蔽から解き放たれたと考えています。リンチの最中の音声データや直後の被害者の変形した顔写真、この連載でも掲載しているような数々の資料などによって、いまだに「デマ」だと言うしか能がない者らの、人間としての良心を疑わざるを得ません。

私たちが当初から何度も言っているように、事実は事実と認め、きちんと社会的に謝罪し、被害者への最低限の保障をすべきで、そうであれば、将来への糧になると考えてきました。特に在日コリアンの連絡組織「コリアNGOセンター」が絡み、本来ならこれがヘゲモニーを持って責任ある対処をすべきなのに、この体たらく、こうした非常事態に何の役に立たないことが証明されました。

前置きが長くなりましたが、このまで2回の連載で、リンチ発生からの混乱、「謝罪」、活動自粛を経て、被害者を無視しての突然の「活動再開」後、加害者と、これに繋がる者らは、被害者側の支援者の力が弱く、マスメディアも抑え込んだ自信からか、被害者への村八分(村八分は差別です!)、セカンド・リンチ、支援者(鹿砦社含む)への恫喝や誹謗中傷を、四方八方から行います。これを見てM君に同情的だった人たちも沈黙を強いられ、表だって加害者らに心ある忠告も批判も抑え込まれます。

表立って、名を出して異議を申し立てた人は、山口正紀(元読売社会部記者。故人)、黒薮哲哉(ジャーナリスト)、寺澤有(ジャーナリスト)、尾﨑美代子(西成で居酒屋経営の傍ら冤罪問題に取り組む)、森奈津子(作家)、合田夏樹(会社経営者)ら少数でした。特に合田に対する攻撃は激しく、会社経営と障害児を持つという弱みを衝いて会社や自宅への直接的攻撃の的となりました。それも現職の国会議員の車を使ってです。

以下、代表的なものとして挙げておきます。  (敬称略)

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

【18】「エル金は友達」祭り

【18】「エル金は友達」祭り-1
【18】「エル金は友達」祭り-2
【18】「エル金は友達」祭り-3

まず村八分として挙げられるもので、M君もこれには精神的にかなり参ったと言っていました。開始の音頭を執ったのは、当時「カウンター」「しばき隊」のたむろ場所になっていた「あらい商店」(その後閉店。現ピンナ食堂)の朴敏用です。まさに寄ってたかってМ君を排除し村八分にするという作戦です。ここに名が出ている者らに対しては、今でもこのリンチ事件について問い質していきたいぐらいです。

【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ

【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-1
【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-2
【19】リンチ被害者M君へのセカンド・リンチ-3

幾つか挙げておきます。いちいち解説は不要でしょう。
なお、金明秀は関西学院大学教授で、他にも暴力事件を起こしています(和解)。このツイートもあって、M君の彼女は去っていきました。

【20】加害者・李信恵、金良平によるM君に同情的な者や支援者に対する攻撃

【20】加害者・李信恵、金良平によるM君に同情的な者や支援者に対する攻撃

凄いの一言です。これも解説不要。

【21】リンチの場に連座した伊藤大介によるM君支援者・合田夏樹への攻撃

【21】リンチの場に連座した伊藤大介によるM君支援者・合田夏樹への攻撃

これも解説不要でしょうが、重要なのは、現職の国会議員(有田芳生)の車を使って攻撃を行ったということでしょう。リンチ本第2弾『反差別と暴力の正体』に寺澤有が詳しくレポートしていますので、ぜひご一読ください。

【22】同じく伊藤大介による鹿砦社への恫喝、誹謗中傷

【22】同じく伊藤大介による鹿砦社への恫喝、誹謗中傷

私(松岡)が「諸悪の根源」だって! 伊藤はその後、深夜右翼活動家を呼び出し襲撃し、傷害事件を起こし有罪判決が確定しますが、M君リンチ事件と併せ、この男こそ、反差別運動、社会運動にとって「諸悪の根源」でしょう。

【23】呉光現による鹿砦社への誹謗

【23】呉光現による鹿砦社への誹謗

当時、鹿砦社は創業50周年を前にしていましたが、それなりの歴史を持つ出版社に対する許しがたい発言です。「文句あったら言ってこいやあ」なんて言うから、当然、私たちは直接本人を問い質し、しどろもどろし、根性なしの彼はすぐ撤回、おそらく我が身が可愛かったということでしょう。撤回しなければ、次は彼が所属する聖公会に取材に行こうと思ったほどです。

呉光現という人物は、「在日本済州四・三犠牲者遺族会会長」「聖公会生野センター総主事」の肩書を持ち、韓国政府から勲章までもらっています。在日コリアンの中でも、それなりの位置に在る人物です。

また、彼はキリスト教徒ということですが、ならば、人ひとりが傷つき苦しんでいるわけですから、もっと人間らしい対応ができなかったのでしょうか。

【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷

【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-1
【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-2
【24】lenyこと鈴木伸哉による日々膨大な誹謗中傷-3

鈴木は、ビアンコジャパン(本社・京都)という優良企業に所属し役員でもありましたが、加害者らと昵懇の関係ということからか、被害者や支援者らに口汚い誹謗中傷を浴びせています。ここではリンチ本第5弾『真実と暴力の隠蔽』に掲載されたものを転載させていただきます。

あまりにも取材対象者が膨大だったこともあって、鈴木への取材が後回しになっていましたが、ようやく2022年になって取材の機会を得ました。これは「デジタル鹿砦社通信」2022年6月7日号6月9日号6月14日号をご参照ください。

鈴木によれば鹿砦社は「極左崩れの企業ゴロ」「反社出版社」ということらしいですが、現代社会において、はっきりした証拠もなしに「反社」を規定するのは明確な名誉毀損です。「反社」という言葉の持つ意味を考えろ!

今鈴木は、あれだけ頻繁に行っていたSNSでの発信がここ1年以上休止し、またビアンコジャパンの役員欄からも名が消えました。同社のHPを見ると立派な会社です。彼は、誰憚ることなく堂々と日々名誉毀損、人格破壊のSNSを発信していましたので、経営陣からすれば、会社が立派であればあるほど、目障りだったはずです。おそらく解任されたのではないでしょうか。どなたか鈴木の消息をご存知の方はお知らせください。

◇    ◇     ◇     ◇     ◇

今回挙げた資料(村八分、セカンド・リンチ、恫喝・誹謗中傷)は、ほんの一部ですが、採り上げた人物の言動は、どこか倒錯していると思います。人としていかがでしょうか? みなさんはどう思われますか? 本来なら、人間的に優れた人物がヘゲモニーを持って事態の収拾、解決にあたるべきところ、そうした人物がいなかったことは悲劇でした。

この意味で、特にコリアNGOセンターの当時の事務局長・金光敏や、「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長の岸政彦(当時龍谷大学教授。その後、立命館大学教授を経て現京都大学教授。岸は、加害者・李信恵、金良平、凡に対するコリアNGOセンターの事情聴取に立ち会っているが、私たちの直撃取材後同会事務局長を辞し、うまく立ち振る舞い現在の地位を獲得、一方のМ君はいまだPTSDに苦しみ研究活動を再開できずにいることに反省はないのか!?)、野間易通(しばき隊ボス)、中沢けい(作家)、辛淑玉(コンサルタント)、上瀧浩子(弁護士)、師岡康子(同)らの責任は極めて重いと言わざるをえません。彼らが、事件の隠蔽や被害者、支援者らに対するセカンド・リンチ、恫喝、誹謗中傷を行ったエネルギーを、人間の心を持って被害者を慮り、事件の本質的解決に向けておれば、もっと良い方向に進んだのではないかと思いますし、彼らの社会的評価も格段にアップしたでしょう。事件直後の対応に、どこかで“ボタンの掛け違え”があったのではないですか? その“ボタンの掛け違え”によって、在日コリアンに対する見方が悪化したのではないですか? 

思うに、人間、ここぞという時に、どういう態度をとるのかに、その人の人間性が現れます。このリンチ事件では、普段立派なことを口にする者が、集団リンチという場面に直面し、これを知っておきながら、日和見的な態度をとり逃げたり沈黙に終始したりしました。呆れ果てます。M君の無念を顧みると満腔の怒りを禁じえません。

今回、資料を整理していく過程で、ますます怒りが込み上げてきましたので、今回はこれでひとまずお終いにいたします。(了)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』

《しばき隊リンチ事件》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=62

野田正彰著『過ぎし日の映え』、注文殺到! やはり腐っても朝日、影響力は大きいことを、あらためて実感!

鹿砦社代表 松岡利康

野田正彰著『過ぎし日の映え』が2月22日付けの朝日新聞の野田先生インタビュー記事の冒頭で引用され、この5日間(2・24~3・2の営業日)で200冊超の注文が殺到しています! 

本書は、著者の出身地の高知新聞に連載されたものを単行本化したものですが、地方紙のせいか、知られざる事実も多いです。特に、『夜と霧』の著者として有名なフランクルに会い、インタビューした記事内容は衝撃的でした。著者自身が驚いたそうです。「この本(『夜と霧』)では、すべてがアウシュヴィッツでの体験のように読める。ところが、私が移送の行程を順々に聞いていったとき、フランクルは、アウシュヴィッツにいたのは『3日2晩』と答えた。私は驚いて問い直したが、彼は続けて話した。」

あとは本書を読んでいただきたいが、驚いたのは野田先生だけではありません。”通説”とはまったく異なると感じました。2日間に及んだ、この「フランクルとの対話」だけでも本書の価値があります。池田香代子(新版『夜と霧』を翻訳。大学院生リンチ事件では「見ざる、言わざる、聞かざる」の姿勢を貫いた)、聞いとるか!?

もうひとつ付言しておきます。本書を読んで強い感銘を受けた、ある方は、なんと100冊お買い上げになり、友人、知人にプレゼントされました。有り難い話ですが、これほどまでに人を感銘させる本だということでしょう。

掛け値なしに一人でも多くの方に読んでいただきたい一冊です。

鹿砦社 https://www.rokusaisha.com/kikan.php?bookid=000782

amazon https://www.amazon.co.jp/dp/4846315959/

「因果応報」 鹿砦社弾圧の張本人=アルゼ(現ユニバーサルエンタテインメント)創業者・岡田和生の悲惨なその後がYouTubeで公開されていた!

鹿砦社代表 松岡利康

20年余り前の2005年7月12日、月刊『紙の爆弾』を創刊して3カ月ほど経った日の早朝、神戸地検特別刑事部の一群が、兵庫県西宮市甲子園球場のすぐ傍にある私の自宅を襲いました。何度もこの欄で記述しているので、みなさんご存知のことと思います。私たちが言う「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件です。

首謀者は、パチンコ業界の雄・岡田和生(アルゼ[現ユニバーサルエンタテインメント]創業者)、神戸地検特別刑事部長・大坪弘道、同主任検事・宮本健志らです。

この事件によって鹿砦社は一時壊滅的打撃を被りましたが、出版業界で奇跡の復活といわれるように再起し現在に至っています。

この後、首謀者らの人生は大きく狂います。「鹿砦社の祟り、松岡の呪い」といわれる所以です。

大坪は、東京地検特捜部長に栄転し、しかし厚労省郵便不正事件で証拠隠滅に手を染め逮捕、有罪判決を受け失脚します。宮本は、徳島地検次席検事に栄転し、ある日の深夜、泥酔し暴れ、市民の車を傷つけ検挙、平検事に降格の懲戒処分を受けます。本来なら逮捕・有罪案件のところ必死に和解工作に努め和解が成立、なんとか首の皮一枚、生き残ります。しかし、実弟がストーカー殺人事件を犯し実刑20年の判決を受けています。文春オンラインなどで報じられていますが、実兄との関係は伏せられています。今、宮本健志は関西のある地でひっそりと公証人をやっています。宮本健志にとっては、泥酔事件よりも遙かにショックな事件でしょう。

そうして岡田和生です。彼はその後、フィリピンでのカジノホテル建設に精を出し、東京の本社を子飼いの社員らに任せ、先方に居ついて活動し、時折政府高官に賄賂を贈った記事が報じられていました。その間に、子飼いの社員や息子、娘、後妻らによるクーデターが進捗し、岡田和生は追放されます。

こうしたことを詳しく報じるYouTubeチャンネルを発見しました。ほぼ正確だと思われます。

ぜひともご覧いただきたいと思います。「因果応報」、人を嵌めた者は、みずからも嵌められるということです。

【衝撃】息子に全てを奪われた…長者番付1位から無一文への転落|パチンコ王狂気の人生|岡田和生―