山田正彦(紙の爆弾2026年9月号掲載)

ここ数年で「食料安全保障」という言葉が広まったように、「農と食」への注目度は、確実に高まっている。しかし肝心の農政において、先の国会で種苗法が再び改悪。国民的関心も高いとは言いがたい。それでも、「希望はある」と語る人がいる。民主党政権で農水大臣を務め、映画『タネは誰のもの』(2020年)や『食の安全を守る人々』(2022年)をプロデュース、数々の著作を持つ山田正彦氏に話を聞いた。(本誌編集部)
◆証明された残留農薬デトックス
―― 2024年~2025年の「令和の米騒動」は、食の量的確保がクローズアップされた一方で、「食の安全」という質的問題が抜けていたように感じます。
山田 最近、衝撃的な話を耳にしました。全国的に少子化が進んでいるにもかかわらず、一部の小学校で教室が足りなくなっているというのです。原因は発達障害が認められる子どもの増加で、別室で授業する通級指導が必要な児童が増えているという。問題は、そのような子どもの増加が、ネオニコチノイド系農薬(殺虫剤)やグリホサート系農薬(除草剤)の全国出荷量と相関していることです。それらは1990年代に登場し、特にここ20年で使用量が増加しました。
―― 2024年の「食料・農業・農村基本法」改正の議論で政府の食料自給率向上への関心の低さが批判されたように、食の供給に不安がつきまとう中で、農薬や化学物質の摂取はある程度仕方ない、という諦めの声も聞かれます。
山田 人体への農薬の影響は、決して軽視できません。世界的な研究で、食べた本人だけでなく、女性の卵巣疾患やホルモン異常、男性の精子数の減少、出生異常も報告されています。
しかし、知っておいてほしいのは、有害物質を摂取しても、排出(デトックス)は可能だということです。2019年、NPO法人「福島県有機農業ネットワーク」の調査で、被験者がまず一般の食材(慣行食材)を食べて尿中のネオニコチノイド農薬等の残留量を測定し、その後、オーガニック(有機)食材だけを摂る生活をしたところ、最初の測定で5ppbだった残留量が5日間で2.3ppbに半減、4週間で0.3ppbと90%以上も低下しました。
―― 「有害物質を摂るのをやめる」ことが重要だということですね。一時期または一部の食事を有機にするだけでも意味がありそうです。
山田 食品の残留農薬の問題は、『食の安全~』でも詳細に取り上げています。私は国会議員になる前から、弁護士業のかたわら農業に携わってきました。有機栽培にも50年前から関わり、地元・長崎でお母さん方とともに、弁護士事務所を拠点として「土と文化の会」を設立してもいます。農家を回って有機野菜を集め、当時始まったばかりの「赤帽」で配送する仕組みを作りました。同会は現在も続いています。
◆「学校給食」の重要性
―― 持続的な有機農業を考えた時、確かに流通の問題は重要です。
山田 そこでポイントとなるのが「学校給食」です。千葉県いすみ市では、2015年から給食に有機米の導入を始め、2017年には全小中学校で100%有機米を達成しました。また、東京都武蔵野市も早くから、母親たちの活動をきっかけに「安全給食」に取り組んでいます。「オーガニック給食」が今、急速に広がりをみせ、2020年には123、2024年には328の市区町村で、何らかの形で導入されています。
今年4月から全国の公立小学校で給食費無償化が始まりましたが、予算面でも負担は大きくありません。2023年には宮崎県綾町でオーガニック学校給食の推進を「町の責務」「学校の責務」と定める日本初の「オーガニック給食条例」が制定されました。
―― 親たちが以前から食への不安を抱えていたことがわかります。
山田 学校側も、子どもたちに表れる変化に、対応の必要性を感じた事情もあるのではないでしょうか。
―― 『食の安全~』ではアメリカの事例が紹介されていました。
山田 映画では、市民団体マムズ・アクロス・アメリカを立ち上げたカリフォルニア州在住の主婦ゼン・ハニーカットさんにインタビューしました。彼女は3人の子どもが特定の食べ物にアレルギーをもっていたことをきっかけに、家庭で食べていたものを調査。するとアメリカで流通する加工食品の85%に遺伝子組み換え食品が含まれていたことが判明しました。
それらを食卓から取り除くと、子どものアレルギー症状が短期間で改善したのです。その事実を他の母親と共有するために、彼女は市民団体を設立。彼女のような活動を契機に、今ではアメリカの多くのスーパーにオーガニック食品が置かれ、日常化しています。
また、韓国では、すでにほとんどの小・中・高校の学校給食が無償かつ有機食材使用です。有機農業が広がり、学校給食に供給されている。ここが重要で、学校給食が子どもたちの健康を支えるとともに、学校給食としての確実な需要が有機農業を支えるという構図があります。
◆「国産」「有機」は需要がある
―― ゼンさんのエピソードは、山田さんの『歪められる食の安全』(角川新書)でも紹介されています。同書は食品表示の問題に焦点を当てた本です。
山田 2013年に成立した食品表示法は、私が農水大臣を務めた頃に議論を始めたもので、国内で製造・加工されたすべての加工食品に原料原産地の表示を義務付けました。ところが2017年に表示基準が改悪され、原材料の産地がどこであろうと、国内で作られた食品は「国内製造」と表示可能となりました。消費者は「国産」と誤解します。
内閣府が実施したアンケート調査によると、「国産」の表示があれば、89%が国産を選ぶと答えました。できれば国産の食べ物を選びたい、というのが当たり前の市民の要求です。すると消費者庁が、国会での議論なしに「国内製造」という表示をつくってしまったのです。大手食品企業の意向を汲んだのでしょう。
―― 有機食材の流通が確保されれば、市場拡大が期待されます。
山田 イオングループに、オーガニック商品の取り扱いを勧めたこともありました。それでも、ネックはやはり有機食品の流通網が確立していないことで、農家が宅配便等で出荷せざるをえず、余計なコストがかかってしまう、といった問題があります。JAは、他方で農薬を扱っていることもあり、非有機の慣行農業に配慮せざるをえません。現場でも、慣行農業で散布される農薬が有機の田畑に飛散したら意味がないし、有機栽培で発生した虫を、慣行農業側は嫌がります。
しかし、状況は変化しています。後述するように、たとえばJA島根は有機栽培の流通を進めるとともに、有機栽培農家と慣行農家が共存できるルールづくりを始めました。
―― 有機栽培農家には、組織体のようなものはあるのでしょうか。
山田 ほとんどが個人経営ですが、自ら通信販売するなどの経営努力が成功を収めるケースが増えています。
◆世界で急速に進むオーガニック
―― 「国産」の需要があるということは、裏返せば、「食の安全」には確実に需要があるということです。
山田 それは世界が証明しています。有機栽培の農地面積が1位のオーストラリアは2021~2022年の1年間で49%も増加。2022年のデータで、インド・アルゼンチン・中国・フランスが続いています。同時期の日本は0.1%増(農地面積全体の1%弱)でした。世界的にオーガニック市場の急拡大が注目を集めています。
アメリカも年10%の割合で伸長。一方で遺伝子組み換え農作物は2016年から頭打ちです。ロシアは2014年から本格的に有機栽培に取り組み、2016年に制定された法律で、遺伝子組み換え作物の栽培と輸入を禁止しました。中国も2017年に同様の法律をつくり、米中貿易摩擦の過程で試料用の輸入を解禁したものの、有機栽培の作付面積はアメリカを追い抜きました。
―― 日本だけが遅れているように見えます。
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