今日4年制大学の学生が卒業後一般企業への就職を考えているならば、彼らが勉学に集中できる期間は2年あまりしかない。就職先を見つける活動を遅くとも3年次の中盤には(それでも遅いという説もある)始めなければ、「内定」を得ることは難しい。これが短期大学生になれば更に忙しことになり、ろくろく勉学をしている時間などない。

大学側は企業経営者連中に対してもう少し常識を持った「採用活動」を要請すべきだと私は思うのだが、そのような声を耳にすることは少ない(一部国立大学が経団連に要請を行ったことはある)。時期が多少ずれはしたけれども、かつては大学と企業の間に「就職協定」と呼ばれる「約束」が一応結ばれていた。例えば「学生の企業訪問解禁は4年生の10月1日とする」といった具合に、就職活動によって学生の学業への影響が出ないように配慮がされていた。水面下ではそれより早時期にが学生と企業の接触があり「青田買い」も起きてはいたが、それでも一定の節度が建前としてはあった。

◆一民間企業が学生に内定獲得の「苦行」を強いている現実

ところがなし崩し的に「就職協定」は廃止にされ、前述の通り、今の大学生は2年もかけて「就職活動」をしなければならない。しかもその方法も煩雑を極めている。「エントリーシート」なるフォーマットに自身の情報や志望動機を書き、企業へ提出するところから「就職活動」は始まるらしいが、その後も「SPI検査」(正確な名称は「SPI総合検査」)、筆記試験を経てようやく面接にたどり着く。面接は大企業なら最低3回はクリアしなければならず、学生が「内定」を得るのは苦行とも言える。またそれに要する費用も大きな負担となっている。

しかしこのような形態での「採用活動」や「就職活動」は自然発生的に定着してきたわけではない。ここまで私は敢えて使わなかったのだけれども学生の間で「就職活動」が「就活」と呼ばれるようになって久しい。私は日本人が不要と思えるほどに言葉を略して使う傾向があると以前から感じていたが「就職活動」を「就活」と言い換えるのはまさにその典型だ。そして自然発生ではない「就活」方法及び言葉としての「就活」は「リクルート」と言う一企業によって操作され作り出されたものだ。

◆「SPI検査」という「士商法」

大学生には入学直後から就職を意識した「キャリア」指導が行われる。ここで言う「キャリア」も正確な英語の意味から大きく外れているうえに、学生がどうして企業の目を意識して学生生活を送らなければいけないのか頭をかしげてしまう。そして多くの大学で行われている「キャリア」指導は的が外れている。企業就職を目指そうが、学者を志そうが大学時代に経験しておくべきは最低限基礎的な学問であり、自分の興味を持つことに時間を割き打ち込むことだ。大学1年生にとって「企業研究」や経済のにわか勉強など全くと言っていいほど不要である。そんなものにしか興味の持てない学生は結果として希望するような就職はできない。

にしても「リクルート」の罪は大きい。進学情報の根元を握っている同社は元々教育機関をメインの顧客に想定していたが、その対象を学生と企業にも広げ、両者の最も敏感である「採用活動」=「就職活動」を新たな儲けのターゲットとした。学生は「リクルート」を儲けさせているという意識はないのだが、前述の「SPI検査」を実施している母体は実質「リクルート」である。この試験が近年相当な存在感を持ってきたために、採用活動においては企業だけでなく地方公共団体も利用している。書店に行けば分かるが「SPI検査」対策の書籍が膨大に出版されている。

大学でも「SPI対策講座」などが行われる。テキストを販売しているのは「リクルート」だけではないがこれだけ「SPI検査」が社会認知を得ると受験対策テキストからの収入だけでも相当な儲けになろう。

「士(さむらい)商法」と呼ばれる手口がある。通信教育で資格取得を目的に教材を販売する商法だ。資格の多くには「税理士」や「行政書士」のように末尾に「士」が付くので「士商法」と呼ばれている。過去幾度も社会問題化しているこの商法、適当なテキストだけ作って売っておけば儲かる仕組みだ。

試験の実施母体がこの「士商法」を利用すればどうなるだろうか。試験を実施する企業や地方公共団体からは「試験問題」料金を徴収できるし、それを受験する学生は準備のためにテキストを購入する。テキストだけでなく「SPI検査トレーニング」を謳うセミナ―なども開かれており、中には参加費が20万円以上するものもある。

加えて「エントリーシート」はインターネット上で行われるのだが、そのフォーマット自体を特定サイトからしか記入できない仕組みを採用している企業が多い。そのサイト名は「リクナビ」、これまた「リクルート」である。企業も大学も学生も「就職活動」に関わる行程を「リクルート」に支配され、加えてリクルートはその過程ごとに儲かる仕組みになっている。

◆リクルート商法と巨大利権の闇

リクルートは江副元社長が贈賄で逮捕された過去を持つ会社だが、「就職活動」に関わる「リクルート」過剰ともいえる支配と商法は明らかにあくどい。単に露骨な金もうけに走っているだけではなく、学生生活の貴重な時間を奪い不要に長い「就職活動」を強制していることも許しがたい。

一民間企業の過剰支配にどうして厚生労働省や文部科学省は勧告や指導をしないのであろうか。また大学側もなぜ声を上げないのだろう。

巨大利権の裏に常に横たわる「政治」がここでも暗躍しているのではないかと疑われても仕方が無かろう。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ

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