飛田晋秀
◆原子力安全センターからのメールが消えた
2011年3月11日、震災当日の深夜以降は、原子力安全センターから県原子力センターにメールで1時間ごとに送信されたものが届いていました。ところが、県は3月15日朝までそのメールに気づかなかったという。さらに受信メールの計86通中、USBに保管されていたり、印刷され残っていたのは21通のみ。結果、65通のメールが消去されたか行方知れずになった格好でした(月刊『政経東北』2021年5月6日)。
「もっと早く公開されていれば、被ばくを軽減できたのではないか」──。公開当日からこうした声の多かったSPEEDIのデータ。自治体や避難する当事者には公開されなかったものが、「緊急事態に対応してもらう機関=米軍」にはいち早く情報提供されていたことが明らかとなりました(webニュース2012.1.18)。情けなくなる国のありさまです。



◆福島県と新潟県──知事抹殺の真実
『NO NUKES voice』12号(2017年6月11日号)には佐藤栄佐久元福島県知事と泉田裕彦元新潟県知事の対談が掲載されています。(『3・11の彼方から』に再録)
その中に福島第一原発事故直後に泉田元新潟県知事が佐藤雄平福島県知事と電話で話した内容の一部を回想してこう語っています。
〈3月11日に震災事故が起こり、その数日後の16日ぐらいだったと思いますが、私は当時の福島県知事、佐藤雄平さんと電話で話しました。その時の印象は一生忘れません。佐藤雄平知事はものすごく悩んでいました。1分半ぐらい沈黙がありました。私が「子供たちだけは避難させましょうよ」と言った。すると佐藤雄平知事は「泉田さん、でも、もう被ばくしたっちたんだとよね」と言われた。それが結局、子どもたちが避難できなかった一因になっていたのかもしれない。その時の一言は今でもひっかかりを持っています。〉(『3・11の彼方から』P487)
泉田元新潟県知事は『NO NUKES voice』14号(2017年12月11日号)でも福島原発事故の検証の必要性について、こう述べています。(『3・11の彼方から』に再録)
〈福島の原発事故の検証で極めて重要なのは、先ほどもお話ししたように住民に情報が届いたのが一番最後になっていたということです。なぜ最初に住民に情報が届かなかったのか? なぜ住民より先に東電社員の家族が避難できたのか? それと同時にヨウ素剤をどこまで配ったのか? という検証も必要です。例えば、専門家が「あの時はヨウ素剤を配布する必要はなかった」というのであれば、ではなぜ、あの時、福島県立医大の医師とスタッフはヨウ素剤を服用していたのでしょうか? この答えを聞いたことがありますか? なぜ、専門家はヨウ素剤を飲んだのに一般の人は飲まなくてよかったのか? SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)で放射性物質の流れる方向がわかっていたから飯舘村に専門家の調査が入っていたのでしょう。にもかかわらず、飯舘村の住民たちはなぜ一か月半もの間、避難をせずに村に留まったのか? こうした疑問を明らかにするメカニズムがいまだにできていないのが現状です。疑問を検証して原因がわかれば、次のステップを踏める。しかし、そうした事実さえ知らない人たちが多いのではないでしょうか。原子力政策をどうするかについてはまず福島の原発事故でなにが起きたのかという事実を多くの人が知ることが大切です。〉(『3・11の彼方から』P605)


◆ヨウ素不要論をまき散らした山下俊一放射線リスクアドバイザー
東電原発事故後、長崎大学から派遣された山下俊一氏は福島県の放射線リスクアドバイザーとして、ヨウ素剤の投与について「今のレベルならばヨウ素剤の投与不要だ」との見解を示していました。
日本においては、安定ヨウ素の予防服用に関する指標は予想される被ばく量(甲状腺投下線量)100ミリシーベルトと定められています。(WHO基準は10ミリシーベルト)原子力安全委員会も事故後の早い段階で、スクリーニングで1万cpmを基準として除染および安定ヨウ素剤の服用を実施する手順を実施を手順を示しましたが、この指示は対策本部や現地には伝えられませんでした。福島県知事には独自にヨウ素剤服用の指示を出す権限がありましたが、国からの指示を待ち、独自の対応はしなかったとされています。


◆「原子力緊急事態宣言」は解除されずに続いている
汚染が厳しかった双葉町では2022年8月30日に特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。全町避難が続いていた双葉町の一部で移住が可能になっています。しかし、この区域は双葉町の面積の一割に過ぎません。
避難解除になってからは出入りが自由になったために盗難事件も起きています。整備工場にあった車が3台が盗難されました。原発事故から15年経てもなお、被災地に泥棒が入る。2025年12月30日にはサッシのガラスを割って家の中を物色、何を持って行ったのか、足の踏み入れることができないひどいことになっていました。しかしこうした盗難事件は報道もされません。これで復興しているといえるのでしょうか。
2025年12月30日の時点で空間線量が3マイクロシーベルトの地域があります。その約100m先のアパートが現在「入居者募集中」です。こうした実態を行政は許しているわけです。万が一、住民がそこで病気になったとしても、「自己責任」ですまされるのではないかと思います。
東電福島第一原発事故での「原子力緊急事態宣言」が解除されていないにもかかわらず、福島県では「原発事故は過去のこと」として復興まちづくりが進んでいます、しかし、多くの山林はいまだ線量が高く汚染されているのが実態です。セシウム137の半減期は30年です。福島県の多くの汚染地が原発事故前の放射線量に戻るまでには数100年以上の年月がかかります。福島の原発事故の記憶は絶対に風化させてはいけません。このことを私はいつまでも伝え続け、一人でも多くの若い人たちに記憶を継承していきたいと思います。


▼飛田晋秀(ひだ・しんしゅう)
1947年生まれ。福島県田村郡二春町出身・在住。日本の職人撮影を専門とするプロ・カメラマン。写真集『三春の職人』(1999年)を上梓。3・11後、「事故を風化させない」「事故後の状況をありのままに知ってほしい」「福島県民の思いを知ってほしい」との思いから、福島第一原発事故の被災地を11年間撮り続けている。地元福島はもとより東京、大阪、愛知、北海道、神奈川、埼玉、岐阜他、日本各地で写真展「福島のすがた」並びに講演会を実施している。写真集『福島の記憶──3・11で止まった町』(2019年旬報社)は、各方面に衝撃を与えた。

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季節2026春号
『NO NUKES voice』改題 通巻45号
紙の爆弾2026年4月号増刊
2026年3月11日発行
A5判 総148ページ(本文144ページ+カラーグラビア4ページ)
定価880円(税込み)
《グラビア》わたしはこれから毒を吐く
(文◎菅野みずえ/写真◎飛田晋秀)
《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
浪費による危機と嘘をつく国
《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
最後に鍵を握るのは国民
《インタビュー》井戸謙一(弁護士)
原発訴訟の流れは変わる
司法の現状と展望
《特集1》東電・福島原発事故十五年
終わりなき核災害
《報告》川島秀一(民俗学者)
福島の海は今
《報告》北村敏泰(ジャーナリスト)
原発に抗い続ける宗教者たち
あらゆる「生きとし生けるもの」のために
《報告》コリン・コバヤシ(ジャーナリスト)
福島エートス 受忍のプロパガンダ
《報告》渡邊とみ子(飯館村「までい工房美彩恋人」代表)
3・11から十五年① 種をつなぎ、後継者をつくる
《報告》大河原さき(ひだんれん事務局長、三春町在住)
3・11から十五年② 未来の世代が住み続けられる地球のために
《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
3・11から十五年③ 原発被害者の「絶望」を終わらせてほしい
《報告》鈴木博喜(民の声新聞)
原発追い出し訴訟 否定され続けた区域外避難者の十五年
《特集2》東電・柏崎刈羽原発再稼働
「第二の福島」は起きないか
《報告》まさのあつこ(ジャーナリスト)
セキュリティとセーフティの欠陥と再稼働の実態
《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
自滅する原子力産業と技術のあり方
柏崎崎刈羽6号機の制御棒問題と東京電力の劣化
《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
再稼働で起きている深刻な危険
《報告》武本和幸(刈羽村議会議員)
なぜ不正が繰り返されるのか
地震想定を過少評価する原発利権の構造
《討論》柏崎刈羽原発再稼働の是非を考える新潟県民ネットワーク
再稼働 許していいのか 1・11集会
経過報告とリレートーク
○吉田裕史(県民ネットワーク事務局)
「再稼働容認」判断と今後の課題
○石崎誠也(新潟大学名誉教授)
県内学者・研究者有志による原発再稼働中止を求める声明の概要
○浅利親男(柏崎刈羽PAZ住民の会)
荒浜住民投票は七六%が原発反対だった
○笹口孝明(元巻町長)
東北電力巻原発撤回住民投票の意義 県民こそが真の決定権者であるべき
○片岡輝美(会津放射能情報センター代表)
福島原発事故の経験から 「安心して生きる権利」を諦めない
○佐々木かんな(アンダー30の会代表)
自分たちの場を立ち上げる
《報告》今中哲二(京都大学複合原子力科学研究所研究員)
家庭用ソーラー発電 九年間の運用実績
《報告》なすび(被ばく労働を考えるネットワーク)
国・電力会社の「一〇〇mSv安全論」の非科学性
「あらかぶ裁判」から広範労災認定を求める運動へ
《報告》中道雅史(核燃料廃棄物搬入阻止実行委員会事務局長)
《徹底解説》核と軍の拠点・青森県《前編》
《報告》山崎隆敏(元越前市議)
福井県に溜まり続ける「核のゴミ」
関電は約束を守れない
《報告》大今歩(高校講師・農業)
原発は止めたけど風力発電がやってきて
《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
高市軍拡政権という台風が吹き荒れても
原発再稼働阻止の運動は止まらない
《衆院選》青山晴江(たんぽぽ舎会員)
絶望させるのも人だが、希望を与えてくれるのも人……
《民主主義》青柳純一(翻訳家)
“中道改革連合”の大義・理念を問う
憲法九条を戦後民主主義の墓標にしてはならない
《柏崎刈羽》漆原牧久(再稼働阻止全国ネットワーク)
「柏崎刈羽原発動かすな」官邸前行動の取組み
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
東電柏崎刈羽6号機再稼働、衆議院選挙高市自民勝利に怒り
敵を知ろう、メディアと若者に働きかけよう
《東海第二》志田文広(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会・世話人)
東海第二原発の地層はどの原発と比べても脆い!
《浜岡原発》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)
「浜岡原発での耐震設計データの捏造・改ざん」生み出した
電力事業者任せの審査体制の抜本的改善を求めます
《岐阜》中川敦詞(「さよなら原発・ぎふ」、たんぽぽ舎運営委員)
過去十五年にわたり「集会&パレード」を三カ月毎に開催
持続可能で安心して暮らせる社会のあり方を共に考え行動する
《アピール》山谷労働者福祉会館活動委員会 山谷争議団・反失実
貧者を排除する山谷の再開発に反対!