浅野健一さんは、憲法21条の精神に則り、出版差し止め(出版禁止)仮処分申し立てを即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

日本国憲法第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

「釈迦に説法」でしょうが、私たちは、あらためて憲法21条に立ち返りたいと思います。またまた、くだんの山上徹也公判記録本をめぐる紛糾問題についてです。

私は、浅野健一さんが、あけび書房刊行書籍『石ころの慟哭』に対し、出版差し止め(申請書面では「出版禁止」)仮処分を申し立てるということを知って、これだけはダメだと諫める文を書きました。いやしくも「ジャーナリスト」を自称他称される者が、相手方の出版や言論を司法権力を使って封殺することを考えること自体が自殺行為です。直近(5月12日付けFB)で浅野さんは、岡林信一あけび書房社長を「出版界から永久追放します」とまで言っています。かつて共に仕事をした者として、あらためて警告します。こんな傲慢不遜な姿勢だから、ほとんどの名の有る雑誌から「永久追放」され書く場を失くしたと言ったら言い過ぎでしょうか。さらには、教え子のほとんどが離れていったり距離を置いています。

私はあと数カ月で後期高齢者の仲間入りで、この期に及んで面倒な諍い事に介入するつもりはなかったのですが、浅野さんが出版差し止め(出版禁止)仮処分を申し立てるということで、やむなく警告しました。これが出版差し止めでなく一般的な民事訴訟だったら口出しするつもりはありませんでした。なぜ私が警告しているのかと言えば、標記の憲法21条に違反しますし、5度も出版差し止めを受けた私だからこそ、出版差し止め(出版禁止)の危険性を身をもって知っていますので、あえて警告したわけです。いやしくも浅野さんは、わが国を代表する通信社・共同通信で20年、これを退社後、同志社大学(新聞学専攻、のちにメディア学科)で20年、われわれには到底及びもつかない輝かしい経歴です。そんな方が出版差し止め(出版禁止)を申し立てるとは……。

出版差し止め(出版禁止)を、為政者や権力者、大手企業などが行う場合は、なにか不祥事やスキャンダルを隠蔽するためでしょうが、浅野さんは、いつから為政者や権力者になったのでしょうか?

ところで、私は出版差し止め(出版禁止)の危険性を身をもって感じたからこそ、その危険性、憲法21条に違反することを訴えたかったわけですが、今声高く相手方を攻撃する浅野支持者の方々も、一方のあけび書房に近い方々も、双方が「盗作」疑惑で応酬し合っていて、出版差し止め(出版禁止)の問題については、ほとんど語られません。まったく遺憾です。それどころか、浅野さんは、あけび書房・岡林代表や著者の辻井彩子さんのみならず、帯を書いた鈴木エイトさん、やはり疑問を持たれた黒薮哲哉さん、私松岡、さらには編集を手伝ったМさんにまで「法的措置」を公言し、訴権の濫用を行使しようとしています。いやしくもジャーナリストであれば、訴訟という手段ではなくペンで勝負すべきではないでしょうか。浅野さん、またこの文章を読んでいるみなさん、私の言っていることは間違っていますか?

特に、出版の「素人」(by浅野さん)で最初の出版でみずからの宗教三世という立場と山上さんの心情を重ね合わせて必死に取り組んだ辻井さんに対して連日攻撃し、さらには浅野支持者を焚きつけ、これでもかこれでもかと攻撃する……こういうのをネットリンチと言うのでしょうが、辻井さんの人権などおかまいなしです。私たちが10年関わって来た大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)被害者支援で、あろうことか被害者やこの支援者に対し激しいネットリンチがなされましたが、これと似ています。少なくとも日頃、たとえ犯罪者であっても人間としての人権を尊重することを口にされる浅野さんは、みずから率先垂範で相手方への人権無視の攻撃をやめ、また支持者が口汚く辻井さんらを攻撃するのを戒めないといけません。そうではないですか? 辻井さんもよく耐えてきたものだと思いますが、同情を禁じえません。

直近では、辻井さんを庇う立場にあると思われていた(私が勝手に思っていたのかもしれませんが)寮美千子さんまで辻井さんを批判する立場に転じています。寮さんと言えば、受刑者問題に取り組んでおられ、遠くから畏敬の念を覚えていたのですが、失望しました。というのも、私は日本中、網走から沖縄まで、すべての刑務所を回り、さらには少年院などの矯正施設で、これまで四半世紀、550回も「プリズン・コンサート」といって獄内コンサートを継続してきた女性デュオPaix2(ぺぺ)を20年来支援してきたからです。本も2冊出しています。私の会社主催でのミニ・ライブも何度も行い、会社のイベントでもたびたび歌っていただきました。最近では、昨年7月12日、地元西宮で開いた『紙の爆弾』創刊20周年/反原発情報誌『季節』10周年の「反転攻勢の集い・関西」に駆け付けていただき歌っていただきました。

まだ仮処分は、決定どころか、裁判所からの呼び出しも、双方の意見を聴く審尋(しんじん)さえも行われていないということですが、双方がチェックリストなどを作成されているとのことですので、「盗用」問題は早晩明らかになると思います。誤解を恐れず申し述べれば、私の予想するところでは、おそらく双方に、意図するしないにかかわらず多かれ少なかれ瑕疵があるんじゃないかと思っています。問題は、そこに悪意があるかないか、間違いを指摘されたら潔く認め、謝罪や訂正、場合によれば修正版を出版する、ということではないでしょうか。円満な解決を望みます。

しかし、浅野さんは、出版差し止め(出版禁止)仮処分と訴権の濫用は即刻やめるべきです。半世紀余りのジャーナリスト経験を持つ浅野さんが、それらの問題や危険性を知らないはずはないと思いますが、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

最後におことわりしておきますが、私は、浅野さんが邪推されるように、どちらかに強いつながりがあるわけでもなく(辻井さんには、メールのやり取りは少ないながらありますが、いまだに会ったことも電話で話したこともありませんし、鈴木エイトさんに至っては会ったことも電話で話したこともメールや手紙でやり取りしたことさえありません)、当初は公平に距離を置いて“高見の見物”をするつもりでしたが、岡林あけび書房社長や著者の辻井さんらにファナティックなまでの攻撃を行い続け、私がちょっと警告すると浅野さんは私に対しても異常なまでの非難を行ってきました。まあ、私は、かの大学院生リンチ事件などでも、被害者の大学院生を庇い支援したことで、この種の非難はどうってことはありませんが、「素人」の辻井さんはそうもいきません。理不尽なネットリンチに耐えて来た辻井さんの心情はいかばかりでしょうか。大学院生リンチ事件など、常に弱者の側に立つことを旨としている私としては、浅野さんとその支持者から理不尽なまでのネットリンチ攻撃を受けている辻井さんを応援します。辻井さんの人権を守れ!

(2026年5月14日記)

※上記画像は、辻井さんによる浅野本のファクトチェックの様子。辻井さんのFBより。

※大学院生リンチ事件(しばき隊リンチ事件)については、これまで出版してきた6冊の関連出版物や「デジタル鹿砦社通信」の過去記事を参照してください。

《山上徹也公判記録書籍問題》https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

黒薮哲哉さんが、2冊の山上徹也公判記録本を書評! 双方に距離のある黒薮さんこそ第三者的に読解できる人だ!

鹿砦社代表 松岡利康

くだんの2冊の山上徹也公判記録本が発売になりました。双方が「盗用」を叫び、浅野さんは、もう一方の本の出版差し止め(浅野さんによれば「出版禁止」)仮処分を申し立てています。仮処分は強度の緊急性が必要なのに、いまだに裁判所から特別送達が来ていないそうです。私の経験では、仮処分の決定には双方から意見を聴く場(審尋)がありますが、それもまだ未定のようです。

このかん、浅野さんは異常なまでにアジテートしています。あけび書房とこの著者に出版差し止め等を求め、さらに帯を書いた鈴木エイトさん、他に私、黒薮さん、さらには編集を手伝ったМさんらにも「法的措置」を通告しています。

私は、浅野さんとあけび書房の間の紛争に介入するのではなく、名の有る「ジャーナリスト」が出版禁止という法的手段を取ると公言されたことで声を挙げたのですが、恩のある故・山口正紀さんに対する浅野さんの態度に不快感を覚えていたこと、さらには私や山口さんが必死に取り組んだ大学院生リンチ事件で加害者側に立った金正則を講演に招いたり選挙で応援演説したりしたこと等も伏線としてあって、いささか「エキセントリック」(浅野さんによれば『紙の爆弾』編集長の中川が言ったというが、私が中川に確かめたところ言っていないということでした)になりましたが、このかんの浅野さんの異常さほどではないと思っています。

おそらく双方とも訴訟対策で表に出さないのかもしれませんが、相手方が「盗用」しているとするチェックリストが出来上がっているとのことで、2冊の本が出たからといってすぐに照合できません。

こうした中、浅野さんに「法的措置」を通告された黒薮さんが2冊の本の書評を、みずからが主宰するサイトMEDIA KOKUSYOに書かれています。

私は、浅野さんとは1980年代から知り、あけび書房・岡林信一代表とも2010年から知っていて、双方知っているので、上記の山口さんらの件もあり、利害関係がないとも言えないのですが、黒薮さんは浅野、あけび双方にほとんど付き合いもないので(浅野さんとは忘年会や新年会で会った程度、あけびとは今回初めてではないかと思います)、第三者的にものが見えると思っています。

私見を繰り返しますが、浅野さんは今からでも出版禁止仮処分申し立てを取り下げ、また訴権の濫用はやめるべきだとの考えは変わりません。

さらには、私の青春時代にかなりの数の刺激的な本を出版され、ずいぶん熱心に読んだ三一書房たる名前も歴史もある出版社が、「ジャーナリスト」として自殺行為にもなりかねない浅野さんの出版禁止仮処分申し立てや、今後続くとされる訴権の濫用をたしなめないのか、不思議でなりません。

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【書評1】書籍の制作ノウハウに疑問符、元同志社大学教授の浅野健一著『石ころを石礫に』
MEDIA KOKUSYO 2026年5月2日号より転載

2日、ジャーナリストで同志社大学元教授の新刊本を購入した。喫茶店に入り、すぐに読み始めた。難解な本である。というよりも、分かりにくい。冒頭に事件の概略が記述されるのかと思えば、統一教会の内部資料である「TM特別報告書」に関する記述や挿入されていたり、浅野氏の専門である記者クラブ制度への批判が展開される。全体として、この章で何を伝えたえのか、さっぱり分からない。まるでピントの外れた写真である。

肝心の山上裁判に関する記述は、歴史の年表のように単調で、著者が何をクロースアップしているのかさっぱり分からない。

私は、本書の記述から防犯カメラの延々と続く映像を連想した。防犯カメラは、レンズの先にある場面を、同じ角度・同じ密度で延々と記録する。ジャーナリストは、その膨大な記録の中から重要な部分をクローズアップしなければならない。本書は、その作業を怠っているように感じられた。

複雑な事件を順序立て、秩序立て、整理して、読者に何が問題なのかを分かりやすく伝える書籍の役割を軽視しているように思える。本のページ数が多いことが書籍の価値ではないだろう。量より質である。浅野氏の集大成とはいえ、正直なところ最初の50ページで、嫌気が差す本だった。

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【書評2】 脱会した宗教3世の視点が照らす「山上裁判」──『石ころの慟哭』
MEDISKOKUSYO 2027年4月24日号より転載

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の書店販売が20日から始まった。本書は、浅野健一氏(同志社大学元教授)が出版差し止めを求めて裁判所に仮処分を申し立てているルポルタージュであり、裁判所が浅野氏の言い分を認めた場合、入手困難となる可能性がある。浅野氏が申立書を公開していないため、現時点では公式な差し止め理由は明らかになっていない。

辻井氏は、いわゆる「宗教3世」である。安倍首相殺害事件があった場所と同じ校区で育ち、事件に強い衝撃を受けて教団から脱会した。同時に自身が洗脳された状態にあったことに気づき、事件の取材を始めたのである。記者経験はなかったものの、それを補って余りある強みがあった。自らが宗教団体の被害者であるという点だ。

さらに、その境遇は山上氏と類似している。暗い影が兆した家庭に育った点である。辻井氏の兄は小学生のとき、友人に首を絞められ、半年にわたり「歩くことも、言葉を話すことも、字を書くこともできなくなった」。後遺症は、その後も長く続き、家族は暗たんとした日々を送った。

こうした体験は本書にも色濃く反映されており、単なる「報告」の域にとどまる新聞記者の記述とはかなり異なる。本書は、15回にわたって行われた山上氏の裁判員裁判を時系列で解説しつつ、同時に自身の体験に照らして論評する構成をとる。たとえば第11回公判では、山上氏の兄の自殺がテーマとなる。辻井氏は事実関係を整理したうえで、次のように考察する。

私の兄と同じように、山上さんのお兄さんは、「このままではいけない」と自分を奮い立たせる一方で、前に進めない、大学進学の夢を奪った統一教会をゆるせない自分に悩んでいたのではないだろうか。(略)お兄さんが大学にこだわったのは、大学へ行き、就きたい職業で働き、身体にハンディキャップをもちながらでも堂々と働いて、支えてくれた兄妹にせめてもの恩返しをしたいという思い、統一教会で苦しんでいる子どもたちを救いたい思いがあったからかもしれない。

本書は、実際に発生した事件を、宗教3世がどのように受け止めたのかを知るうえで、貴重な記録である。

なお、浅野健一氏が刊行を予定している『石ころを石礫に─安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(三一書房)は、4月28日に発売される。読者には、山上裁判をテーマとしたこの2冊の新刊を読み比べることを勧めたい。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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ゴーストライター原稿をめぐる著作権問題、浅野VS辻井、過去には「現代のベートーベン」佐村河内守の事件でクローズアップ

黒薮哲哉

『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めをめぐる事件の続報である。この事件の争点は、同志社大学の元教授でジャーナリストの浅野健一氏が、2人のアシスタント(編集者とゴーストライター)の協力を得て制作した原稿の著作権が誰に帰属するかという点にある。浅野氏は出版を取りやめた後、ゴーストライターは、原稿を改編して、あけび書房から自らの名義で出版した。これに対して浅野氏は、出版差し止めの仮処分を裁判所に求めた。

一方で浅野氏は、同じテーマの本を三一書房から出版する予定である。タイトルは『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』。4月末には書店に並ぶ見込みだ。この本に、ゴーストライターの辻井彩子氏が執筆した原稿(以下、「元原稿」)の一部が使用されている可能性は、次の記述からも読み取れる。

「辻井氏は、2025年11月ごろから本年2月9日ごろまで、幻となった私のあけび書房傍聴記本の取材協力者で、私は10数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません。
 辻井氏の書いたものが、(黒薮注:浅野氏の書いた)三一書房の『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』(5月1日発売)に掲載されるのは当然です。助手が書いた文章は、著者が自由に使えます。助手がそれを自身の論稿に使うのは、著者の了解を取るべきです。」

◆浅野氏が「著作権侵害」を主張する根拠

浅野氏は、「元原稿」の著作権が自らにあるという前提に立ち、辻井氏が書いた文章を自著に使用できると主張している。実際、辻井氏の著書の出版差し止めを求めた申立書の中にも「著作権侵害」という文言が見られる。申立書は、浅野氏に著作権があるという前提で書かれている。

「著作権侵害」を主張する根拠は、おそらく上記引用にある「私は十数万円の労働対価を支払い、取材経費も支払っています。辻井氏はその金銭を返却していません」という点にあるのだろう。自分が辻井氏を雇ったから、辻井氏が書いたものは、自分の所有になるという論理のようだ。

◆2014年の佐村河内守事件

ゴーストライターによって書かれた文章の著作権は、ゴーストライターに帰属するのか、それとも依頼者に帰属するのか。この問題を考える上で格好の例がある。2014年に発覚した佐村河内守事件である。

佐村河内守は「現代のベートーベン」の異名を持ち、国際的にも知られた「作曲家」だった。しかし実際には、ゴーストライターの新垣隆が作曲者であることが明らかになった。

その後、佐村河内は新垣に対して名誉毀損などで提訴したが、訴えは棄却された。この裁判では、著作権(財産権)は佐村河内に帰属し、著作者人格権は新垣にあるという前提で審理が行われた。

著作権(財産権)とは、著作物から生じる経済的利益に関する権利である。したがって、CDの売上などの収益は佐村河内に帰属する。

一方、著作者人格権とは、著作物を創作した本人が有する権利であり、公表権や同一性保持権などを含む。浅野氏が進めている出版差し止めは、この著作者人格権に基づくものである可能性が高い。申立書が、浅野氏を著作権者とする前提で構成され、金銭ではなく、出版の禁止を求めているためである。

ちなみに著作者人格権は、譲渡が認められていない。著作権法第59条は、次のように定めている。

第五十九条 著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。

◆両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある

元原稿は、単純に考えれば辻井氏の著作物であり、辻井氏が著作者人格権を有する。しかし、浅野氏も制作に深く関与しているため、両者が共同著作者として著作者人格権を有している可能性もある。少なくとも辻井氏は、この権利を有している。
そうであるならば、辻井氏が執筆した文章を浅野氏が『石ころを石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』に組み込んでも問題ないという話にはならない。共同著作物の場合、権利の共有者の同意を得なければならない。著作権法は次のように述べている。

「第六十五条 共同著作物の著作権その他共有に係る著作権(以下この条において「共有著作権」という。)については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。

2 共有著作権は、その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。

3 前二項の場合において、各共有者は、正当な理由がない限り、第一項の同意を拒み、又は前項の合意の成立を妨げることができない。」

当初、この問題に巻き込まれたのはあけび書房だったが、三一書房もまた当事者となった。今後、展開によっては、反訴もありうる。訴権の濫用がクローズアップされる可能性もある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月28日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

浅野健一さん、あけび書房刊/辻井彩子著『石ころの慟哭』こそ、みずからの原稿を「盗用」していると主張! 「いま、チームを組んで、辻井氏本の盗用・無断引用・無断転載を総点検中」で、「出版してはならない本」と決めつけ「絶版」と「回収」を要求!

この問題の結果次第で浅野さんのジャーナリズム生命に関わることなので、一片の虚偽もなく「総点検」の内容を公開してください!

問題の発火点となった出版禁止仮処分申請を即刻取り下げよ! 訴権の濫用をやめよ!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野さんは4月24日、長い文章をみずからのフェイスブック(以下FBと記します)に掲載され、相変わらず自著『石ころから石礫へ』(三一書房刊)の自画自賛と、あけび書房本『石ころの慟哭』を「出版してはいけない本」と非難し「直ちに本を絶版にし、回収すべき」と述べられています。

一方の辻井さんは、浅野さんが「盗用」している箇所をマーキングする作業をされているようです。仮処分の呼び出しが来て審尋(しんじん。非公開の審理)までには3部(裁判所、相手方、債務者側各々1部)も提出しないといけませんので大変です。どうせやらないといけない作業ではありますが、仮処分申請や提訴されなければ、やらなくてもいい作業ですから難儀な話です。ようやく本が出来上がり書店販売も始まったというのに面倒なことです。

私が22日夜に浅野さんのFBに書き込んでから、この件については返答ありませんでしたが(だから24日朝から原稿書き始め、夕方に私のFB、25日午前零時に「デジタル鹿砦社通信」に投稿し批判したのです)、行き違いで24日に、あけび書房本こそ「盗用」していると主張されています。浅野さんにブロックされていますので、すぐには読めません。あとになってから、知人らがこの部分を送ってくれましたが、かなり時間差がありました。

また、浅野さんは23日のFBの文章では、盗用問題には触れられず、ほとんど私への非難に費やされました。1日空けて24日になって触れられましたが、この間に「総点検」の「チーム」を組まれたり、善後策を考えられたのでしょうか。

どちらの言っていることが真実なのでしょうか? どちらの言っていることが真実なのかによって、特に辻井さんの言っていることが真実で、浅野さんが意図的に辻井さんのほうが盗用していると強弁しているのなら、浅野さんのジャーナリスト生命はなくなります。

逆に辻井さんが盗用していたら、辻井さんは嘘つき女として今後出版などできなくなるでしょう。

こうした意味で極めて重要な問題ですので、拙速に判断せず、浅野さんの「総点検」と辻井さんのマーキングの結果が公表されることを俟ちたいと思います。

今のところ浅野本は、アマゾンに注文していますがまだ届かないので読めません(浅野さんが100%浅野さんの側に立っていると勝手に自慢する『紙の爆弾』編集長・中川には献本送付され届いていますが。苦笑)。辻井本は、サブタイトルに「私記」とあるように、地元で起きた事件で、宗教三世としてのみずからの生きて来た道のりと重ね合わせ書き綴ったもので、一市民の立場から率直な想いを述べていて、好感が持てる文章です。浅野さんは、辻井さんの職業がメディアに関わる者でないことをなにかしら差別されているようで、このことはいただけません。

浅野さんは、わが国を代表する通信社で20年、同志社の新聞学専攻(現・メディア学科)で20年、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられましたので、元々位相が異なりますが、浅野さんの文章は雑で難儀するとは浅野さんの文章を編集したことのある人が異口同音に仰います。若くして『犯罪報道の犯罪』で一躍論壇に登場しエリートコースを歩んで来られたので、書き殴った文章を担当編集者に振り、ある意味致し方のないことかもしれませんが。

原稿や校正紙を見れば、私にでも、ある程度、その方の人となりや人間性がわかります。

ちなみに、昨年、私たちが11年余り発行している反原発情報誌『季節』に、われわれの世代にとってはカリスマの山本義隆さんの長大な講演録を掲載しましたが、編集長は、その論理展開や校正にほれぼれし校正紙を「家宝にします」と言っていました。むべなるかなと思った次第です。

◆あけび書房・岡林社長は「素人の」辻井さんを「騙して、実際は岡林氏」が「原稿の大部分を書いた」のか?

浅野さんは、よほど岡林社長が憎いのか、辻井さんを岡林社長に「騙され」「著者に祭り上げられた被害者」とも言い、「辻井氏の本の大部分を書いたのは岡林社長だ、と私は推測しています」とまで述べています。

ここまで言いますかね。まだ外国に行くことが難しい頃の少年時代から海外留学し超難関校・慶應義塾大学を卒業後は共同通信を経て同志社大学新聞学教授と、ジャーナリズムのエリートコースを歩んでこられた浅野さんの頭の中の小宇宙は、常人には計りしれません。

さらには、「私は岡林氏から嫌がらせを受けたが、私が彼に嫌がらせをしたことはありません」とはいかに? 出版禁止の仮処分が決定どころか裁判所から呼び出しも来ていないのに、大手書籍取次会社・トーハンや日販に配本するなと申し入れることは「嫌がらせ」ではないのか? 浅野支持者に、あけび書房に直接訪問することをそそのかしているのは「嫌がらせ」ではないのか? 実際に複数人が行き写真までアップしています。ひっそりと営業している「一人出版社」にそこまでやるのか?

ちなみに、本件について、浅野さんの著書『石ころを石礫に』の出版を引き受けられた老舗出版社「三一書房」にも、お互いに「盗用」していると言い争っていますので、版元として責任をもって「盗用」しているのかどうかの「総点検」にあたられることを願います。

また、出版禁止仮処分という、出版やメディアに関わる者にとって重大問題を浅野さんが企てられたことについて、三一書房の方々は傍観されていることに苦言を呈します。出版禁止は、こと浅野VSあけび書房の間の問題ではありませんので。

「三一書房」といえば、われわれの世代にとっては伝説的な出版社で、今でも私はかなりの数の書籍を持っています。一時は労働争議で出版活動の停止を余儀なくされましたが、頑張っていただきたいものです。この意味からも、本件については責任ある態度で臨んでいただき、今後に禍根を残さないようにお願いいたします。

◆何度も繰り返します、出版禁止仮処分を即刻取り下げ、訴権の濫用をやめよ!

元々、私が本件に異を唱えたのは、浅野VSあけび書房間のトラブルに介入するとか、浅野さんを排斥するとかいった問題ではなく、浅野さんがあけび書房本に対して出版禁止の仮処分を申請するということに、これは明らかに憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に抵触するもので、一老いた出版人として危惧を抱き、こんな危険なことはやめるべきだと警告する目的からでした。

そうしたら浅野さんは、私、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さんにも「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと、まさに訴権の濫用を行使すると恫喝されています。

何度も申し上げますが、出版禁止仮処分、別途諸法的措置など訴権の濫用は、出版界にとって悪弊と禍根を残すのみならず、将来にわたり黒歴史となるでしょう。

(2026年4月26日記)

浅野健一さんの著書に、著作権侵害等で出版禁止仮処分を求めているあけび書房刊行書籍の著者の原稿を盗用した疑惑発生! 浅野さんはこれに答えるべきです!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんは、彼のFacebookから松岡らをブロック!
浅野さんともあろう方が姑息な策を弄すべきではない!

去る4月22日夜半、私は浅野健一さんのFacebookに次のような投稿を行いました。

「浅野さん、浅野さんに『法的、道義的責任』を問われている松岡利康です。浅野さんのフォロワーの皆様にもお読みいただきたいので、浅野さんのフェイスブックに投稿させていただきます。
 御著、浅野さんが出版禁止の仮処分等を申し立てておられる本の著者・辻井彩子さんにも献本送付されたとのこと、ご立派です。
 辻井さんはすぐに紐解かれ、浅野さんの著書に辻井さんの文章がそのまま使われている(つまり盗用されている)ことに驚き、三一書房に辻井さんの著書を添えて手紙を出されたそうです。また、私にもその旨、メールにてご連絡いただきました。
 浅野さんの著書はアマゾンに注文していますが、まだ届いていないので、辻井さんのおっしゃることが事実かどうかわかりません。もし辻井さんの仰ることが事実であれば、すべての前提が壊れます。このかん自信満々に辻井さんを罵倒するかのように強く非難されておられるので、まさかとは思いますが、辻井さんの仰っているのは事実でしょうか? それとも、デマでしょうか? 重要なことですので、明らかにしていただけないでしょうか。切によろしくお願いいたします。」

そうしたら、翌日(4月23日)朝一番、盗用疑惑についての釈明ではなく、浅野さんのFacebookから私をブロックすることなどの内容がアップされました。どなたかがそのスクショを送ってくださいました。以下にアップしておきます。

ざっと読ませていただくと、浅野さんもかなり苛立っておられるようで、盗用しているしていないの回答ではなく、私のブロックを宣言されました。

著作権侵害を訴えておきながら、みずからが盗用していたんでは冗談にもなりません。なにしろ出版やメディアの世界で最も重大な出版禁止(出版差し止め。浅野さんが仮処分の表題にされた言葉が「出版禁止」ですので、今後は出版禁止という言葉を主に使います)、つまり「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障した憲法21条に係る問題ですので、まずは、問いかけているこの件について回答いただきたいものです。

もし辻井さんが仰ることが事実ならば、出版禁止仮処分の前提が壊れます。人は問題の核心を衝かれたら話題を逸らすといわれますが、なにかそんな気がします。そうでないと言うのであれば、浅野さんはみずからの著書に辻井さんの原稿を使ったのか使わなかったのか、明言されるべきではないでしょうか?

◆浅野さんのFacebookでの発言について

浅野さんは冒頭から『紙の爆弾』編集長・中川が、あたかも100%浅野さんの側に立っているかのように書かれています。本当であれば、それは結構なことです。

浅野さんによれば、このかんの私の「諫め」の文が「あまりに『エキセントリック』」だと中川が言っているとされていますが、中川はこういう言葉は使ってなく、またこの件で浅野さんに連絡(返信)などしていないということでした。

昨年4月発売の『紙の爆弾』5月号に掲載の浅野さんが書かれた記事に対して抗議があり、私や中川は相手方の弁護士に真摯に対応し次号に反論を掲載するということで一応の妥結をしました。この際、浅野さんは私たちの対応に不満だったようで、問題の解決から逃げた恰好で相手になんら対応されませんでした。今も放置されているようです。

『紙の爆弾』に書けなくなったのは、私が「業務命令で、浅野に書かせるなと命じています。」とされています。しかし、私は浅野さんの頑なな態度に業を煮やし、「こんなことでは、しばらく浅野さんの寄稿は掲載できないな」と中川に申し述べました。「業務命令」で書かせなかったわけではありません。そうではないですか、問題が起きた際に相手方に真摯に対応しなかった人の原稿を載せれますか? 浅野さんが仰るように、中川が「業務命令で、浅野に書かせるな」と認識したのであれば、私の言葉足らずでした。すみませんねぇ。

浅野さんほどの経験と学識があれば、『紙の爆弾』のような毀誉褒貶の激しい雑誌でなくても、もっとグレードの高い雑誌への寄稿を求められたほうがいいのではないでしょうか。

亡くなった方をこんな問題に引き合いに出したくはありませんが、これまでの浅野さんによる山口正紀さんに対する酷い中傷がありながらも中川が浅野さんの寄稿を掲載してきたのは、あまり愉快ではありませんでしたが、中川にも考えがあってのことだと思い受容してきました。本当は、山口さんへの浅野さんの酷い態度はいろんな人からさんざん聞いていましたので、以前から「業務命令で、浅野に書かせるなと命じ」たかったのですが、あえてそうしませんでした。

AさんやBさんはじめ少なからずの方々から「浅野を外せ」と再三言われても「中川にも考えがあってのことでしょうから、しばらく様子を見てやってください」と言ってきたんですよ。しかし、昨年5月号の『紙の爆弾』の浅野さんの記事についての浅野さんの対応には不愉快でした。

中川が果たして「100%私(注:浅野さん)の側に立っていました」のであれば、浅野さんは中川と共に新規に出版社を立ち上げられたらいいでしょう。おそらく、浅野さんの唯我独尊とパワハラ体質、スタ官(スターリニスト官僚)体質ですぐにおじゃんになるでしょうが。

また、どなたかに「仲介を頼みました」とありますが、誰一人、「仲介」を申し出た人はいませんでした。なので、私が「協議を拒否」できるわけがありません。「仲介」の申し出自体がなかったわけですから。いい加減なことを言わないでいただきたいです。

さらに浅野さんは、私がこの間、「名誉毀損・侮辱・出版妨害」をやったことで「本訴を準備」していると記されています。私の文のどこが「名誉毀損・侮辱・出版妨害」になるのかご指摘していただきたいですが、おそらく浅野さんは自らの意に沿わない文はすべて「名誉毀損・侮辱・出版妨害」にあたると仰るのでしょう。

「最後に再度呼び掛けます。」として浅野さんは手前勝手に、近畿に来て「説明させてください」ということですが、山口正紀さんの件で長らく我慢してきて、昨年4月の件、そして今回の件で、もう無理だと思います。過日の母親の急逝から気持ちが重くなったことも重なり、浅野さんとの関係修復に尽力するエネルギーがありません。今はAさんやBさんらの進言に従い、あえて浅野さんと義絶させていただきます。訴訟をちらつかせて恫喝するような人とまともな「協議」などできるわけがありません。

もう一つ。私が浅野さんによる出版禁止仮処分申し立てや訴権の濫用に対して、その危険性を強く申し述べ批判したからと言って、「メンタルのこと」を持ち出して被害者意識丸出しに私をブロックされるということですが、あけび書房や辻井さんに、人格批判や罵詈雑言の限りを尽くしながら、みずからがちょっと強く批判されたからと言って「法的措置」をとり「法的、道義的責任」を問うと高らかに宣言しつつも、自分が不利になると、「私に説明させてください」「私の言い分を聞いてください」と泣き落としに出る……やめていただきたいものです。

さらには、「一人出版社」の零細出版社であるあけび書房を尋ねるように支持者をそそのかし、実際に何人かは尋ねて行き、まるで鬼の首を取ったかのように“成果”をFB画面にアップされていますが、公的機関でも公人でもないあけび書房と代表者にとってはたまったものではありません。浅野さんが、逆の立場だったら、どうでしょうか? それこそ天地がひっくり返るほどの大騒ぎをされるでしょう。こんなこともやめるべきです。

◆浅野さんに求めること

① 辻井さんが仰る、辻井さんの文章を掲載しないと言いながら掲載(盗用)したのかどうか、明らかにしてください。ここは重要なところです。辻井さんはすでに三一書房にも、みずからの文が掲載(盗用)されている旨知らせたということですが、この件は三一書房にも説明責任があります。もし浅野さんの著書の文に辻井さんの文が使われていなかったら(すなわち浅野さんのオリジナルな文であれば)、それこそデマであり、辻井さんは嘘つき女となります。

② 辻井さんの著書『石ころの慟哭』出版禁止仮処分を取り下げてください。憲法21条に保障された「言論・出版の自由」「表現の自由」に違反しますので。浅野さんが堂々と出版禁止仮処分を申し立てるということなので私は警告したのですが、これがなかったら、よく見聞きする版元と著者との紛争として“高見の見物”をしていたでしょう。あけび書房のような「一人出版社」であれ、『週刊文春』(2004年に大騒ぎになりました)のような大手出版社であれ、出版禁止を宣告された場合の諸問題は、5度の出版禁止を受けた私だからこそ言えることもあるので、あえて警告した次第ですが、浅野さんには私の真意をご理解いただけず、逆に「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と認識されたようです。

◆繰り返し警告します!「バカなことをやめろ!」と。

10日ほど前に母親が亡くなり、本来なら喪に服し大人しくしていなければならないところ、重要な問題ですので、みずからに鞭打ち、拙稿を書いてきました。

浅野さんは私の文を「読みたくない」ということですので、お読みにならなくても構いませんが、出版差し止め=出版禁止、あるいは訴権の濫用という問題は、出版社やメディアにとって極めて重大問題ですので、誰に何を言われようと、また浅野さんに「名誉毀損・侮辱・出版妨害」と詰られ「法的措置」をとられ「法的、道義的責任」を問われようと強く警告しておきます。

この私の警告文をお読みの皆様方! 浅野さんが企てておられる出版差し止め=出版禁止仮処分の重大性、危険性を認識され、浅野さんに「バカなことをやめろ!」と叱責してやってください。私の言っていることは間違っていますか?

以上

著名なメディア研究者による法的措置拡大へ、浅野健一氏による言論への法的対抗は妥当か

黒薮哲哉

ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』(辻井彩子著、あけび書房)の出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てた件で、新しい動きがあった。浅野氏が、20日、みずからのフェイスブックで、この件についてSNSなどで意見を述べた人々に対して、「法的、道義的責任」を問うと投稿したのだ。筆者も含まれている。次の箇所である。

「辻井氏本の出版差し止め仮処分申し立てに続き、東京地裁へ、岡林、辻井両氏のSNS名誉毀損・侮辱投稿の削除を求める仮処分申し立て、私への岡林氏による45余万円請求事案での東京簡裁への調停申し立てを行います。代理人は山下幸夫弁護士です。
 また、捜査当局への告訴。さらに、法務局人権擁護部、千葉弁護士会にも人権救済を申し立てます。
 三つの裁判で、出版妨害をしたのは、私か岡林、辻井両氏かが、解明されます。
 これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也(ママ)各氏らの法的、道義的責任も問います。」

この件について筆者が書いた記事は、メディア黒書に執筆した記事、「ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争」(4月17日付け)のみである。そこでわたしは、浅野氏のFBの書きこみ欄に次のようなコメントを投稿した。

「URLを貼りつけた次の記事が、貴殿について書いた唯一の記事です。この記事のどこが名誉を毀損していますか。https://www.kokusyo.jp/oshigami_c/19353/ 貴殿は長年にわたって新聞やジャーナリズムの研究をされてきたわけですから、回答できるでしょう。具体的にどの表現が問題なのですか?」

根拠がないようであれば、Facebook上で謝罪するように求めます。

これに先立って、筆者は浅野氏に、仮処分の申立書をFBで公開するように求めた。これに対して、浅野氏は、「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」と回答した。

しかし、申立書は現時点では公表されない。そこで筆者は催促した。これに対して浅野氏は次のように回答した。

「私も忙しいので、なかなかブログの更新ができません。まとめて発表します。あけび書房とは、簡裁での調停もあるので、その関係で、公表時期を決めます。」

つまり近い将来に公表になるようだ。それを待って、あけび書房サイドも取材したい。

この事件の重要な着目点な、ジャーナリストであり著名なメディア研究者が、自分とは対立する言論に対して、司法の判断を求めている点である。その意味では、読売新聞社が、2008年から2009年にかけて、喜田村洋一自由人権協会・代表理事を代理人に立て、わたしに対して起こした3件の裁判と性質が似ている。本来、新聞人やジャーナリストは自分のペンで主張を展開するのが原則であるはずなのだが。

言論人以外がメディア関係者に対して裁判を多発した例としては、サラ金の武富士や化粧品のDHCの例がある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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浅野健一さん、遂にルビコンを渡る! みたび出版差し止め(出版禁止)仮処分について警告します!

鹿砦社代表 松岡利康

「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール) 

いやしくもジャーナリストが、みずからの意に沿わない書籍を司法(~権力)の力を借りて出版差し止め=出版禁止を申し立てるなど前代未聞であり自殺行為です!
このことにより、今後、浅野さんが「言論・出版の自由」や「表現の自由」を語ることはできなくなり、憲法21条の破壊者になりました!
浅野さんは即刻出版禁止仮処分申請を取り下げよ!
浅野さんの言う「共犯者」(=鈴木エイトさん)や「甲子園の方」(=松岡)への訴訟をちらつかせた恫喝をやめよ! 浅野さんは、訴権の濫用をやめ、〈言論には言論で〉勝負せよ!

遂に浅野健一さんは、先週(4月16日と見られる)、あけび書房刊、辻井彩子・著『石ころの慟哭──山上徹也・奈良地裁裁判の私記』に対して出版差し止め(出版禁止)仮処分を申請しました。このかん申し述べていますように、司法に出版差し止め(出版禁止)を申し立てることは、最も言論・出版の自由、表現の自由を遵守すべきジャーナリストとして自殺行為であり前代未聞のことで、出版やメディアに関わる者としては重大問題です。

◆出版差し止め=出版禁止ということの深刻な意味を考えていただきたい。本当にこれでいいのでしょうか?

実は先週、私事になりますが、同居する高齢の母親が突然危篤状態になり急死し、怒涛の1週間で、この件に追われましたが、18日に葬儀も済ませ一段落しましたので、浅野さんのFacebookを見ると、上記書に対し「出版禁止」の仮処分の申し立てを済ませたとありました。浅野さんは遂に“ルビコン”を渡られました。本当にこれでいいのでしょうか? 

出版差し止め=出版禁止を申し立てることは、一般の民事訴訟とは根本的に異なります。このことを浅野さんや代理人の山下幸夫弁護士が解っておられないはずがありません。

「釈迦に説法」でしょうが、日本国憲法21条は「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障すると謳っており、出版を差し止める=禁止することが、これに反するということは、浅学菲才の私でも解ることです。バカはバカなりに、このことを信じて私は40年余り出版活動を続けてきました。日本を代表する通信社で20年、私の母校で鶴見俊輔先生や故・藤本敏夫さんがいた新聞学専攻(のちにメディア学科)で20年、こうした問題を追究されてきたはずの浅野さんに説教するつもりは毛頭もありませんが、浅野さんはいつ宗旨替えをされたのでしょうか? 司法(~権力)の力を借りてみずからの意に沿わない出版物の発行・発売を差し止める=禁止するのではなく、〈言論には言論で〉の原則に立ち返るべきではないですか? この文章をお読みの皆様! 浅野さんに与し囃し立てている皆様! 私の言っていることは間違っていますか? 間違っているというのであれば、その理由を説明してください。

◆私が「出版差し止め」=「出版禁止」を懸念する理由

なぜ私が「出版差し止め」=「出版禁止」についてこだわるのかと言えば、これを5度も食らったからです。差し止め=出版禁止を食らった本は、流通しないわけですから、関心を持って検討しようとしても入手できず検討さえできないわけです。差し止め=出版禁止を食らった本を、私が2年間、関西大学の非常勤講師を務めた際に全員に配布し意見を求めたところ学生のほぼ全員が「なぜ差し止めになったのか理解できない」という意見でした。出版差し止めを申請した大企業、検察、裁判所の神経と、一般学生の感覚の違いがわかります。5件のうちの別の1件は事前差し止めで編集途上のことでした。のちにある研究者の論文に「電話番号も記載していた」と書いてあるのを見たことがありますが、これは間違いで、実際に本が出版されませんでしたので、こういう誤認もあるわけです。読者としては、浅野さんの著書もあけび書房の本も、どちらも平等に出版され、そこで読者の判断を俟つべきではないでしょうか? 出版禁止にするなどもってのほかで、これを、いやしくも長年メディアや出版に携わってきた人が意固地になってやることではなく、今からでも取り下げるべきです。勇気ある撤退は決して恥ずべきことではありません。

◆『救援』関係者も本件の意味を考えてください!

ところで、浅野さんも山下幸夫弁護士も、『救援』という新聞に毎月連載されています。『救援』は、学生運動やベトナム反戦運動華やかりし1969年に設立された「救援連絡センター」の機関紙として創刊されました。似たような団体に「国民救援会」という組織がありますが、これは共産党系ということで、逮捕された新左翼系の学生・労働者らの救援を拒否したことで救援連絡センターが設立されたのです。現在では、当時と比べ、逮捕される新左翼系の学生・労働者も激減し、代わって拘置所・刑務所内の処遇問題、死刑廃止問題など主に人権問題に取り組んでいます。

私も以前から交流があり、一時期は大きめの広告を毎号出広していたこともありました。

山下弁護士も、単に依頼されたから受任したというのではなく、もっと出版差し止め=出版禁止の意味を考えていただき、浅野さんをたしなめていただきたかったところです。山下弁護士だけでなく、『紙の爆弾』に毎号寄稿されている救援連絡センター代表の足立昌勝先生(関東学院大学名誉教授)らセンターの方々にも、この問題について真剣にお考えいただきたく願います。

◆「甲子園の方にも、法的措置をとります。」

実は先々週の末、鹿砦社のスタッフに浅野さんから私松岡を提訴するとの1行メールがあり、取り急ぎ過去2回の浅野さんへの警告文を添付し、私と浅野氏を共通して知る方々を中心に、その旨お知らせいたしました。

しかし、この時点ではまだ、提訴されることは表に出ていませんでしたので、私もFBや「デジタル鹿砦社通信」などで表に出さず、水面下で一部の方にメールするにとどめました。こののち、母親の危篤─急死があり、この問題には頭が回りませんでした。

ところが、ここに来て浅野さんのFacebook上に「甲子園の方」、つまり私松岡にも「法的措置をとります」と表に出されましたので、ここで私のスタンスを申し述べておきます。

浅野さんは、すでにあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんを「共犯者」呼ばわりし訴訟を臭わせて恫喝しています。

挙句、出版差し止めの危険性を危惧し警告した私に対しても「法的措置」をとるとのこと、あけび書房に対する差し止め仮処分のみならず、「共犯者」鈴木エイトさん、そして「甲子園の方」(=松岡)に対しても提訴するとなれば、まさに訴権の濫用以外の何物でもありません。訴訟を起こすにはお金が要ります。仮処分が決定となれば担保金まで積まないといけません。これまで浅野さんはかなりの数の訴訟を起こし、かなりのお金を遣われています。私もこれまで1億円以上の訴訟費用、賠償金を支払いましたが、これ以上となるでしょう。よほど裕福なようです。ただ、私はほとんど訴訟を起こされての応訴のお金で、浅野さんはほとんど訴訟を起こしてのお金で勝率はいかがでしょうか。

過ぐる1980年代前半、『犯罪報道の犯罪』という名著で名を馳せ、当時出版の真似事を始めた私にとって、この書は衝撃的でした。そして、地元西宮で起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件について論究した『テロリズムとメディアの危機』を出版する際に、高野孟さんと対談していただきました。これは感動的な対談でした。

しかし今、浅野さんは、司法(~権力)の力を借りて、みずからの意に沿わない書籍に対して出版差し止め=出版禁止仮処分を起こし、これまで出版やメディアに関わる人たちが血と汗を流して守ってきた憲法21条に高らかに謳われた「言論・出版の自由」「表現の自由」の大原則をかなぐり捨てようとしています。これは絶対に間違っています。そう警告した私に対してまでも「法的措置」をとろうということですから、これに対しては、断固闘わざるをえません。自己防衛のためにも、いわば“武士の情け”でこれまで抑えてきたことも、この際バクロしてでも対抗します。泥仕合になれば浅野さんにとっては致命傷になるでしょう。私は冗談を言わない人間だということは浅野さんもご存知のはず、舐めてもらっては困ります。浅野さんは、『犯罪報道の犯罪』の頃に立ち帰っていただきたいと切に願います。

このかんの浅野さんの言動は異常です。

まだ出版差し止め=出版禁止仮処分の決定がなされないのに大手取次トーハン、日販に配本しないように求めたり(明らかに出版妨害です。これが通用すれば、どんな本も販売がストップできます)、浅野支持者にあけび書房の所在地を訪問するようにけしかけ、あけび書房の事務所がバーチャルなのでISBNコードが無効だと声高に主張し挙句日本図書コード管理センターに緊急に調査するよう要請したり……。相手(この場合あけび書房)が気に食わなくなったからといって、人間、やっていいことと、道義的常識的にやっていけないことがあります。こういうことを弁えないから人が離れていくのではないでしょうか。かつては共著もあり一心同体だった故・山口正紀さんはじめ浅野氏から離れて行った人たちを数多く見てきました。こうした人たちの話や証言だけで何冊も本が出来るほどです。一人っ子の性(さが)でしょうか、唯我独尊の方です。

何度も言いますが、5度の出版差し止めを経験した者として、出版差し止め=出版禁止は、いやしくもジャーナリストであれば自殺行為なので即刻取り下げるべきです。出版やメディアに関わる方々は、出版差し止め=出版禁止の危険性を認識し、浅野さんを強く諫めていただくことを願います。浅野さんは私の文章を読んでいないということですので。

浅野さんには、冒頭に挙げたヴォルテールの有名な言葉を想起していただくことを心より願いたい。浅野さんが私の警告を無視したり蔑ろにされないことも願うものです。

【追記】

以上を書き上げたところで、本日(4月20日)朝の浅野さんのFBにて、「これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也各氏らの法的、道義的責任も問います。」と書かれていました。

これが「出版差し止め」でなければ、私はコメントするつもりはありませんでした。時々見聞きする版元と著者とのトラブルとして高見の見物をさせてもらうつもりでした。本件については、浅野さんにもあけび書房にも公平に取材しておらず、特段あけび書房の側に立つつもりもなく、出版差し止め=出版禁止が、出版やメディアに関わる者にとって重大事であるからこそ警告したのですが、これを「非難」としてしか受け止めれないとは……。

あけび書房・岡林信一代表は、西宮ゼミに参加された頃から知っていますが、80年代から知り『紙の爆弾』に毎号のように寄稿されてきた浅野さんほど深い付き合いでもありません。あけび書房を引き継がれた頃、一度電話で短い話をしたぐらいで、西宮ゼミが終わって以来会ったこともありません。辻井さんには会ったことも話したこともありません。

また、本日の浅野さんのFBでは、「甲子園の方」ではなく、ハッキリと「松岡利康」と明記されました。もし提訴されるのであれば、私は故・山口正紀さんの弔い合戦として、浅野さんに裏切られた山口さんの悔しさを共有し、たとえ泥仕合になろうとも徹底的に闘う覚悟です。

なお、「黒藪哲也」→「黒薮哲哉」の誤記です。

※下の画像は、遂に発売になる2つの山上徹也裁判記録本。2つの本共に購読し、双方読み比べ、読者の判断を俟つのが本来の姿だと思います。「買ってはいけない本」(浅野さん)などありません。早速私もAmazonに両書を注文しました。

※浅野さんによる仮処分のタイトルが「出版禁止」ということですから、これも今後は主に「出版禁止」と記載することにいたします。

ジャーナリスト浅野健一氏による出版差し止めは妥当か? 『石ころの慟哭』をめぐる論争

黒薮哲哉

4月20日、あけび書房(岡林信一代表)が出版を予定している『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』について、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てたことが分かった。申し立ての正確な理由は現時点では不明だが、浅野氏はFacebook上で、「あけび書房に提出した原稿(4回分)の盗用や、新聞・テレビの電子版記事、Facebook、noteなどに掲載された傍聴記を無断転載している」と主張している。

筆者は正確な事実関係を確認するため、浅野氏に対し、Facebook上で申立書を公開するよう要請した。これに対し浅野氏は、

「山下弁護士から入手し、個人情報をマスキングして公表します。少しお待ちください。」

と回答した。

一方、あけび書房の岡林代表は、Facebook上で次のように反論している。

「小社での本書の出版は浅野氏とはまったく無関係であり、同氏が出版取りやめや不買を呼びかける理由は何らありません。」

今後、筆者は浅野氏が申立書を公開した後、事件の詳細について検証を進める予定である。現時点では、双方から正確な事実関係が公開されていない。

◆書籍流通コード(ISBN)

なお、浅野氏は、あけび書房の事務所がバーチャルであるため、書籍出版社にとって命に等しい書籍流通コード(ISBN)の取得対象外であるとも述べている。この点についても今後検証する予定だが、少なくともISBN/日本図書コード使用規約には、そのような規定は確認されていない。言うまでもなく、あけび書房は実態のある出版社である。

また、ジャーナリストや研究者が司法判断を求める行為についても考えておきたい。筆力を持たない者が裁判に訴えるのであれば理解できるが、執筆を職業とする者が裁判に判断を委ねることの是非は議論の余地がある。読売新聞社の前例はあるものの、推奨できる方法ではない。少なくとも本人訴訟にすべきではないか?

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年04月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

再び浅野健一さんによる出版差し止め(=発禁)仮処分問題について

鹿砦社代表 松岡利康

先日、四半世紀にわたる知人に会いに奈良・大和西大寺に行ってきました。行き交う人の多い駅でしたが、地方都市らしい雰囲気のする、どこか牧歌的に感じられました。

「ここで山上徹也が安倍晋三を銃撃したのか」──このあたりの牧歌的な空気とは相いれないものを感じました。

さて、先の私の文章は、5度の出版差し止め(発禁)をされた私なりに危機感を持って書いたつもりですが、あまり反響がなかったようです。ふ~む、出版差し止め(発禁)ということに対する、浅野さんはじめフォロワーのみなさん方、私の文章を目にされたみなさん方の危機意識のなさに危機感を持ちました。

浅野さんは、今度はあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんと大喧嘩をされています。帯を書くにあたってゲラを読むわけですが、だからと言って「共犯者」呼ばわりされたら誰だって怒るでしょう。

仮に理が浅野さんにあったにしても出版差し止め(発禁)はやめるべきです。出版差し止めということは、権力(~者)や大企業が、みずからの不祥事や知られたくないことを隠蔽するために行うものです。いやしくもジャーナリストが出版社やその著者に対して出版差し止めを行おうとしたことなど聞いたことがありません。浅野さんの本の出版を引き受けた三一書房も代理人の山下幸夫弁護士も、表現の自由や言論・出版の自由を殊更大事にする出版社であり法曹人だと思うので、今からでも浅野さんをたしなめるべきです。

私のFBや「デジタル鹿砦社通信」にも浅野さんのFBや著書などと共通の読者がおられますが、なぜ浅野さんをたしなめないのか不思議です。本当にそれでいいんですか? 

先の私の文章で、浅野さんとの古い付き合いについて述べましたが、今回はあけび書房の経営を受け継いだ岡林信一さんとの付き合いについても簡単に述べておきます。

私は、「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件で会社も私個人も壊滅的打撃を受け、その後、多くの皆様方のご支援にて再興することができ、2010年から地元西宮で市民向けのゼミを企画し開催いたしました。隔月で3人の方を中心に5期5年間やりました。故・鈴木邦男さん3年、浅野さん1年、前田日明さん1年の5年です。計30回で、前田さんの分を除いて記録として残しています。

ここに、当時神戸の社会保険協会に勤めながら「市民社会フォーラム」という自由に意見を述べ合うネット上の場や講演会などをやっておられた岡林さんが、自らの集まりの宣伝兼ねて、ほぼ全回来られました。これで知り合ったのですが、彼はその後、旅行会社を経てあけび書房の経営を引き受けられ現在に至っています。岡林さんがあけび書房の代表に就かれた時に、ささやかながら置時計をプレゼントし、この出版事業が厳しい時代に、あえて出版社の経営を引き受ける蛮勇に対する私なりのエールでした。彼が本格的に出版の仕事を開始するや、一人で毎月複数点数の新刊を出して来たのは驚きでした。「岡林という人は本当に本が好きだったんだな」と思った次第です。思想・信条や出版についての考え方、取り組みなどは異なるところは少なからずありますが、多種、多様に自由に本を出せるのが、出版という世界のいいところだし、頑張れるだけ頑張ってほしいと思っています。

ところで浅野さんはブログで「私(注:浅野さん)は、2025年4月、『紙の爆弾』からも排除され~」と述べられていますが、これは違います。先の文章でも触れましたが、同誌昨年5月号(2025年4月7日発売)に掲載の浅野さんの記事についての抗議に対して真摯な態度を取られず、自説を固持し、対応を鹿砦社に押し付け逃げられたというのが事実です。それまで、懇意にしていた故・山口正紀さんに対する浅野さんの度を過ぎた誹謗中傷があっても、『紙の爆弾』には浅野さんの寄稿を受け入れてきましたが、これも私が逮捕された際に真っ先に駆け付けてくれたことのお礼の一つでした。恩着せがましく言うつもりはありませんが、私たちからの特段の配慮でした。

今、浅野さんが書ける場は、『救援』や社民党や新社会党の機関誌など、いわば特殊で限定的なものだけになっていますが、ものごと何につけても原因と結果があるもので、度を過ぎて唯我独尊的な態度があったのではないかと察します。

どうやら浅野さんは、浅野さんのfacebook、ブログなどを見る限り、本気で出版差し止め仮処分を申し立てられるようです。振り上げた手を下すのは恥でも何でもありません。今からでも“勇気ある撤退”をされるべきです。前回も述べましたように、ジャーナリストとして自殺行為だからです。

極めて深刻で重要な問題ですので、他にやる仕事が山積していますが、あえて時間を割いて上記文章を書き連投します。皆様方にありましては、出版差し止め(発禁)という行為に対する、私の危機感をご理解いただきたいと思います。

画像は、左・浅野本(三一書房)と右・あけび書房本

浅野健一さんによる出版差し止め仮処分申請を諫めます!

鹿砦社代表 松岡利康

浅野健一さんが、安倍晋三元首相銃撃事件山上徹也裁判記録本について、当初浅野さんと共に出版を目指していた地元の女性と版元(あけび書房)に対して出版差し止め仮処分を申請すると、みずからのfacebookで述べられています。

これは、結論から言えば、ジャーナリストとして自殺行為です。いやしくもジャーナリストなり物書きならば、〈言論には言論で〉勝負すべきです。

このことを誰も諫めないのが不思議です。特に私よりも遙かに多い浅野さんのフォロワーの皆さん方は、それでいいとお考えなのでしょうか?

ご承知の方もおられると思いますが、私たちの出版社・鹿砦社は、過去に5度(ジャニーズ3件、宝塚歌劇1件、アルゼ1件)も出版差し止め仮処分を起こされ、5度とも差し止めが決定されています。「差し止め」と言えば、言い回しは柔らかいですが、現実には〈発禁〉(発行禁止、発売禁止)です。5度も差し止め=発禁された出版社は他にないと思いますが、異常です。仮処分が決定されたら、次には本案訴訟に移行するわけですが、裁判闘争は、経済的にはもちろん、精神的にも体力的にも楽ではありません。差し止められた側は、せっかく作った本がお釈迦になるわけですから、損害は甚大で、差し止め仮処分をすると言われただけでも、威嚇効果、萎縮効果も大きいです。思い出すだに、出版を差し止めされた時の、なんともいえない気持ちは、差し止められた者にしかわかりません。だからこそ、私は忠告しているのです。

◆浅野さんへの恩義

また、日本を代表するパチスロメーカー・アルゼ(現ユニバーサルエンターテインメント)からの差し止めは、差し止め決定後本訴(民事)では3億円もの巨額損害賠償請求訴訟(約600万円で確定)を起こされ、さらも刑事事件としても立件され逮捕→192日間の勾留(いわゆる人質司法)→有罪判決(懲役1年2月、執行猶予4年)を強いられました。実刑にならなかっただけ不幸中の幸いでした。

逮捕された時、浅野さんはすぐに動いてくれ、友人のK君と共に記者会見も仕切っていただきました。教え子の大学院生と、ひよどり台という辺鄙な場所(兵庫県神戸市北区。六甲山の山頂)に在る神戸拘置所まで面会にも来てくれました。このことで、浅野さんは、出版差し止めが、やろうとすれば時に逮捕‐勾留にまで発展することもあるのをわかっていながら、今回、差し止め仮処分を申請されるということです。そして、浅野さんのフォロワーの誰もこれを止めないのはいかがなものでしょうか? 実際は眉をひそめている方がいるのかもしれませんが、表立って言わないのかもしれません。

しかし、出版差し止めというのは、表現の自由、言論・出版の自由に係ることですので、私たち出版や報道に携わる者は、慎重に事にあたらなければならないことは言うまでもありません。浅野さんともあろう方が、このことを(おそらく)わかっていながら、それでも差し止め申請を強行するともなれば、冒頭に述べたように自殺行為です。

仮処分には、高度の違法性と強度の緊急性が必須となりますが、強度の緊急性はあるとしても、高度の違法性という点では、内容がわからないので判断のしようがありません。この点からも、2冊とも出版され読者の判断を仰ぐべきでしょう。私の言っていることはおかしいでしょうか?

◆浅野さんとの付き合い

浅野さんとの付き合いは長いです。1987年5月3日、当社と同市内にある朝日新聞阪神支局が赤報隊に銃撃され、地元出版社としては、これについての本『テロリズムとメディアの危機──朝日新聞阪神支局襲撃事件の真実』を緊急出版した際に、高野孟氏と対談いただいて以来です。この本は、現在反原発情報誌『季節』の編集長・小島卓君が一冊にまとめてくれ、全国学校図書館協議会、日本図書館協会の選定図書にも選ばれています。その後、浅野さんは海外勤務になり、しばらく交流も途絶えていましたが、再会したのは彼が私の母校でもある同志社大学教授になってからで、ちょうど『紙の爆弾』を創刊した直後でした。その後、くだんの「名誉毀損」に名を借りた言論・出版弾圧事件が起きたのです。

こうした恩義もあって、多くの雑誌・媒体が浅野さんを敬遠する中でも、つい1年前までは浅野さんの寄稿を容認してきました。かつて浅野さんと近かった少なからずの方々から、「松岡さんはとっくに恩義は返した。浅野さんの寄稿はもうやめたほうがいい」とのアドバイスもありましたが、一つぐらいは浅野さんの寄稿する雑誌があってもいいだろうとの仏心からです。逆にこのことで『紙爆』から距離を置かれた方もおられますが……。

しかし、昨年の『紙爆』5月号の浅野さんの記事に対し強い抗議が寄越され、これに対し浅野さんは責任ある対応はされず自説を頑なに固持され、対応を鹿砦社に押し付け逃げられました。鹿砦社としては原則的に対応し相手方の弁護士と協議し反論を掲載することでひとまず解決を図った次第です。私たちとしては〈言論には言論で〉の原則で対応しましたが、これについて、浅野さんはいまだに相手方にきちんと対応や話し合いなどなされていません。以来1年余り私たちと義絶しています。これで現在浅野さんの記事を掲載する雑誌・媒体は、『救援』とか特殊なものしかありません。浅野さんも、自説を固持するのはいいとしても唯我独尊の姿勢は改められるべきではないでしょうか。

◆故・山口正紀さんとの関係について

ついでながら、もう一つ言わせていただきたい。それは長年「人権と報道・連絡会」(人報連)世話人として浅野さんらと一緒に活動された山口正紀(故人)さんのことです。山口さんは元読売新聞記者ですが、大新聞社出身ながらも会報編集・制作など地道な事務作業を一手に引き受けられたと聞いています。私が勾留中に浅野さんのセクハラ報道(週刊文春)が起きたのですが、これには浅野さんもかなりショックだったらしく、山口さんは親身に浅野さんに寄り添われました。浅野さんを慰めたり叱咤激励されたと複数の方から聞きましたが、その後浅野さんは、どのような意見の対立があったのかわかりませんが、ことあるごとに度を過ぎて山口さんを非難されるようになり、ついに温厚な山口さんは人報連を去られ浅野さんとも決別されました。

また、山口さんは、上記した逮捕事件の公判を毎回自費で来阪され、その都度的確なレポートを書いてくださいました(『週刊金曜日』に連載)。また、私たちがこの10年ほど関わってきた大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)についても、精力的にご支援いただき、裁判所に意見書(『暴力・暴言型社会運動の終焉』所収)を提出してくれたり、末期がんをおして準備書面作成を手伝っていただきました。一方で浅野さんは、いまだに死者に鞭打つようなことをやっておられます。最近では人報連事務局長の山際永三さんの追悼文という厳かであるべき文章で、関係のない山口さんバッシングをやっておられます。場を弁えていただきたいと思います。さらには、昨年の選挙で、大学院生リンチ事件加害者側に与した者の応援演説まで買って出ています。被害者を支援した者としては気分のいいものではありません。

浅野さんには、本気で出版差し止め仮処分を準備しておられるのであれば、今すぐ取りやめられるべきだと忠告いたします。冒頭に述べたように、ジャーナリストとして自殺行為ですから。