三一書房と浅野健一氏の提訴、言論人が公権力に依拠するとき

黒薮哲哉

ジャーナリストの浅野健一氏が三一書房と一体となって、『石ころの慟哭』の著者と版元のあけび書房を相手に出版差止め(販売の禁止)を求めている問題は、解決の兆しが見られない。4月16日に浅野氏が裁判所に仮処分を申し立て、さらにその後、本訴を提起した。しかし、現時点では申立書も訴状もあけび書房には届いていない。

この事件の最大の問題は、鹿砦社の松岡利康社長が述べているように、ジャーナリストと出版社が、公権力を利用して、自らが気に入らない出版関係者や言論を封じようとしている点にある。

一般企業や公人ではない個人が同種の言論弾圧に走る場合、それが好ましいことでないにせよ、理解できる側面もある。一般企業や公人は、基本的に自らの言論媒体を持たない場合が多く、言論の自由について深い考察を持ち合わせていないこともあるからだ。

しかし、言論人が同じことを行えば、まず第1に言論人としての情報発信力や資質が疑われる。第2に、言論の自由に対する考察が欠落している可能性も高くなる。

◆スラップ(SLAPP)=「訴権の濫用」訴訟

俗にスラップ(SLAPP)と呼ばれる訴訟がある。「Strategic Lawsuit Against Public Participation」の略で、直訳すれば「市民参加に対する戦略的訴訟」となる。もともとは市民運動などを標的として大企業が提起する訴訟を意味していた。しかし日本では、広く「訴権の濫用」と考えられる訴訟をスラップと呼ぶ傾向がある。

日本でスラップ訴訟が本格化したのは2000年代初頭である。わたしの記憶に誤りがなければ、最初期のスラップ訴訟は、消費者金融の武富士がジャーナリストの三宅勝久氏と寺澤有氏を提訴した事件である。請求額は、それぞれ1億1000万円と2億円の損害賠償であった。しかし請求は棄却され、逆に武富士が両氏に慰謝料を支払う結果となった。

この裁判で武富士の代理人を務めたのが、弘中惇一郎弁護士や、後に大阪府知事となる吉村洋文弁護士である。このうち弘中弁護士は、人権派弁護士としてメディア関係者からも重宝されている。

その後、ジャーナリストの烏賀陽弘道氏がオリコンから5000万円を請求される訴訟を起こされた。この裁判は高裁段階で和解により終結した。さらにその後、西岡研介氏(原告はJR東日本)、山田厚氏(原告は安倍晋三氏)といったジャーナリストが法廷で争うことになった。さらに元NHK党の立花孝氏が、一人のジャーナリストに対して訴訟を連発した例もある。

◆読売新聞が起こした私・黒薮への高額訴訟

ジャーナリズム企業が公権力と一体化し、メディア関係者に対して高額訴訟を提起した最初のケースは、おそらく読売裁判である。被告となったのは、わたし(黒薮)である。

わたしは2008年初頭から約1年半の間に、読売から3件の裁判を起こされた。請求額の総計は約8000万円である。結果は次のとおりである。

●著作権裁判:地裁(黒薮勝訴)、高裁(黒薮勝訴)、最高裁(黒薮勝訴)

●名誉毀損裁判1:地裁(黒薮勝訴)、高裁(黒薮勝訴)、最高裁(読売勝訴)

●名誉毀損裁判2:地裁(読売勝訴)、高裁(読売勝訴)、最高裁(読売勝訴)

※名誉毀損裁判2の被告は、黒薮と新潮社。

読売が裁判を連発した背景には、「押し紙」報道を抑制したいという意図があった可能性が高い。これら一連の裁判に関わったのが、自由人権協会の喜田村洋一代表理事である。人権派弁護士として、多くのメディア関係者から重宝されてきた人物である。

◎【参考記事】「喜田村洋一弁護士が作成したとされる催告書に見る訴権の濫用――読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年①」

◎【参考記事】「報道・出版活動に大きな支障をきたしていた可能性も――読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年②」

その後、メディア企業が公権力に依頼して同業者やジャーナリストを訴えた事例としては、読売が清武英利氏に対して起こした裁判がある。さらに2018年には、幻冬舎が経済誌『ZAITEN』(財界展望新社)を提訴した裁判や、2025年には読売が『ZAITEN』を提訴した裁判もある。

◎【参考記事】販売店改廃をめぐる報道・人権・訴訟――読売とZAITENが対決、読売代理人には「人権派」喜田村洋一・自由人権協会代表理事

このように、出版人がジャーナリストや出版社を提訴したケースは断続的に発生している。このうち読売については、創業者である正力松太郎が特高警察の高官であったことから、言論封殺が持つ歴史的な意味を十分に理解していない可能性もある。

◆左派勢力の内部における理念と実践との乖離

浅野健一氏と三一書房による提訴で最も注目すべき点は、従来、良識ある出版社として評価されてきた三一書房が、公権力を利用して他社の言論を封じようとしていることである。しかも代理人弁護士は、「人権派」とされる人々である。

従来、言論の自由を重視してきたとみられていた勢力が、結果として読売と同様の手法を選択しようとしているようにも見える。

近年の左派勢力のあり方には看過できない問題も見受けられる。共産党や自由法曹団に「しばき隊」は入り込んでいる状況の中で、今度は裁判を通じたメディア規制にまで踏み込む動きが現れているのである。

懸念されるのは、日本の右傾化だけではない。左派勢力の内部でも、理念と実践との乖離が進行しているように見える。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月8日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

[追記:松岡利康]上記の画像は、三一書房草創期に空前のベストセラーになった『人間の條件』。その後、三一書房は、1960年代、70年代に当時の学生らを魅了する本を続々出し、私の思想形成に多大の影響を与えました。さて、浅野さんの差し止め問題、本訴はまだ提訴されていないようです。本来緊急性のある案件のためにやる仮処分、申し立てからかなりの日数が経っているのに、どうなっているのでしょうか? ことは憲法21条に関わる問題でもあり、裁判所も苦慮しているものと思われます。共同通信―同志社大学とエリートコースで庇護されてきた浅野さんと違い、一貫して在野のジャーナリストとしてやって来られた黒薮さんの重い指摘です。黒薮さんと言えば、「押し紙」問題ですが、これを暴露することが大手新聞社の逆鱗に触れたようで、読売はSLAPを掛け、この裁判闘争と、今回私怨によって浅野さんが申し立てた出版差し止め仮処分や、準備されているという本訴とは、根本的に次元が異なるようです。社会的にも歴史的にも意義があるのは黒薮さんの「押し紙」訴訟でしょう。浅野さん、山下弁護士、大口弁護士ら「救援連絡センター」グループ、頭を冷やしていただきたい。今、こんなことをやっている場合ではないでしょう! ちなみに、2005年、『紙の爆弾』創刊直後に、警察癒着企業、大手パチスロメーカー「アルゼ」(現ユニバーサルエンターテインメント)から刑事告訴のみならず損害賠償3億円もの巨額民事訴訟も起こされ、「名誉毀損」に名を借りて逮捕→192日の勾留→懲役1年2月(執行猶予4年)の有罪判決と共に600万円余りの賠償金も課せられました。これもSLAPと呼んでほしいですね。なお、この事件では大口弁護士は弁護団に名を連ねていただきました。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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