黒薮哲哉
ニカラグアは、7月19日に47回目の革命記念日を迎えた。1979年7月17日、40年にわたってニカラグアの政治・産業・軍部を私物化してきたソモサ独裁政権が崩壊し、その2日後の7月19日、FSLN(サンディニスタ民族解放戦線)が首都マナグアを制圧した。
この国については、西側メディアによって断続的にネガティブな情報が発信されてきたため、客観的な政情が見えにくくなっているのが実情である。西側報道のどこまでが事実で、どこからが事実とは異なるのかを検証する必要がある。

◆米国とニカラグアの関係史
その前に、米国とニカラグアの関係を簡単に振り返っておこう。歴史的に敵対してきた事実があるのだ。
起点は1856年である。この年、米国人の冒険家ウイリアム・ウォーカーがニカラグアに乗り込み、傭兵を率いて首都を占領し、自ら大統領を名乗った。しかし、ウォーカーは民衆の蜂起によって、あっけなく殺された。その後、米国海兵隊はたびたびニカラグアに侵攻し、占領を繰り返すようになった。
これに対し、1927年、アウグスト・サンディーノが率いるゲリラが武装抵抗を開始した。サンディーノは1933年1月、米国海兵隊を完全撤退へと追い込んだ。
しかし、米国のニカラグア支配への野望は終わらなかった。翌1934年、サンディーノは国家警備隊に拘束され、殺害された。遺体は、あらかじめ掘られていた墓穴に埋葬された。これを契機として、ソモサ一家による軍事独裁政権が誕生する。ソモサ一家は米国を後ろ盾に、親子3代、約40年にわたってニカラグアを支配した。しかし、この独裁政権は1979年、FSLNによる革命によって崩壊したのである。
米国はこれに対抗し、隣国ホンジュラスを事実上の米軍基地化し、そこを拠点に傭兵部隊コントラを使って革命政権の転覆を図った。1980年代のニカラグアは内戦の時代である。
そのさなかの1984年、大統領選挙が実施され、現在のダニエル・オルテガ大統領が約70%の得票率で当選した。しかし、1990年の大統領選挙では野党連合に敗れ、FSLNは下野する。
FSLNが政権を失うと、米国はニカラグアへの軍事介入から手を引き、内戦も終結した。
その後は保守政権が続いたが、2007年にFSLNが政権に復帰し、以後、ダニエル・オルテガ政権が現在まで続いている。
◆ニカラグア革命はキューバ革命の模倣ではなかった
わたしが初めてニカラグアを取材したのは1985年である。
当時、わたしは、ニカラグア革命はキューバ革命の模倣だと思っていた。しかし、現地の人々に話を聞くと、彼らが手本としていたのはフランス革命だという。独裁政権の下では議会制民主主義そのものが存在しなかったため、まず民主主義制度を築くことを優先していたのである。
FSLNには社会主義へのこだわりはあるものの、その根底にある理念は民族自決である。自国の運命は、自国民自身が決めるという考え方だ。
意外なことに、ニカラグアが中国との国交を回復したのは2021年12月である。わずか5年前である。その際、両国は文書によって内政不干渉を確認した。その後、中国の支援もあり、生活水準は急速に向上しているようだ。
◆西側メディアがニカラグアを批判する際に持ち出す3つの論点
西側メディアがニカラグアを批判する際に持ち出す論点は、わたしが見る限り3つある。
第一は、大統領と副大統領をオルテガ夫妻が占めていることである。第二は、報道規制である。第三は、反政府勢力に対する取り締まりである。
オルテガ夫妻が国の要職である大統領と副大統領を占めることは、権力の集中という点では問題をはらんでいる。しかし、副大統領のロサリオ・ムリージョ氏が卓越した政治手腕を持つ人物であることも事実である。
ロサリオ氏は古くからFSLNに参加し、亡命先のコスタリカではFSLNの地下放送を立ち上げるなど、大きな役割を果たした。詩人としても知られている。能力や実績の乏しい人物が権力の座に就いている場合とは、事情が大きく異なる。
反対派への弾圧やメディア規制も、やはり客観的な事実とみられる。しかし、なぜそのような政策が採られるようになったのか、その背景まで考える必要がある。だれに責任があるのかを考察しなければならない。
『メディア黒書』でもたびたび報じてきたように、米国のNED(全米民主主義基金)は、多額の資金を提供することによって、ニカラグアで反政府勢力を育成してきた。詳しくは次の記事を参照されたい。
◎米国政府系の反共謀略組織・NEDからラテンアメリカ諸国の市民団体やメディアに63億円
米国の対外戦略を論じる際、NEDの存在を考慮しなければ正確な分析はできない。しかし、西側メディアは、あたかもNEDが存在しないかのような前提で報道している。これは方法論としても、完全な誤りである。
NEDの戦略は、対象国の市民運動やメディアに資金を提供し、米国の方針に沿わない政権への敵対感情を醸成することである。そして社会の混乱を拡大させ、最終的には「市民」の手によるクーデターへ導くという手法を採る。典型例が香港の雨傘運動である。
日本のメディアによる香港報道も、NEDの存在を無視した「現実」の上に成り立っている。TBSが重用してきた周庭氏も、NED戦略の産物にほかならないというのが、わたしの見方である。
ニカラグアでも、香港とほぼ同じ構図が生じた。反政府市民運動は拡大し、2018年には暴動へと発展した(ニカラグア政府はクーデターと位置付けている)。死者も出た。当然、暴力行為に及んだ者は投獄され、メディアに対する規制も強化された。
◆西側メディアによるニカラグア報道の偏向
以上の経緯を踏まえると、西側メディアによるニカラグア報道は、必ずしも全体像を正確に伝えているとはいえない。NEDの存在を報道から切り離してしまえば、ニカラグアで起きている出来事の背景は見えなくなり、全体像もかすんでしまうのである。
※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月20日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。
▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
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