違憲・違法の「人質司法」がなぜ存在するのか

村岡啓一(紙の爆弾2026年9月号掲載)

東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、否認を続けたために、持病悪化による命の危機を訴える中で226日にわたる勾留を受けた角川歴彦・KADOKAWA元会長。「人質司法」の典型として、角川氏は違憲訴訟を闘っている。7月15日、第8回口頭弁論後に弁護士会館で開催された勉強会で、「なぜ、『人質司法』があるのか」をテーマに行なわれた村岡啓一弁護士の講演を編集部でまとめた。

◆「無罪推定」のはずがなぜ「未決拘禁」されるのか

「人質司法」という言葉をご存知でしょうか。国際社会で「ホステージ・ジャスティス(Hostage Justice)」として問題視されてきたものです。

日本の刑事実務では、被疑者が逮捕されると、国家機関(検察官と裁判官)の権限により身体を拘束された状態で、捜査機関の取調べが行なわれます。「身柄を解放されたければ自白せよ」というように、身柄拘束と自白とが対価関係になっています。それゆえ「人質司法」と呼ばれています。

法務省は「日本に人質司法はない」と存在を否定していますが、様々な冤罪事件で知られるように、「人質司法」により被疑者が虚偽自白を迫られた事例には、枚挙の暇がありません。

大正時代の1918年に、京都府知事が府議会議員とともに贈収賄容疑で逮捕される事件(京都豚箱事件)が起きました。当時の訴訟記録によれば、最終的に知事が受けた判決は無罪でしたが、知事らは100日を超える長期の身柄拘束によって自白を迫られました。「人質司法」の実態は、100年以上も前から今に至るまで全く変わらず続いているのです。

さて、日本では、逮捕された被疑者は手錠・腰縄で拘束されます。まだ有罪と決まっていないので「未決拘禁」といいます。でも、どうして無罪が推定されている人間なのに、手錠・腰縄をされるのか? 何かおかしくないですか?

法務省はこの問いにこう答えます。「無罪推定は証拠法上の立証責任を示す原則である。被告人は無罪と推定されるから、国家の側が有罪を証明する責任を負うことを示しているにすぎない」。つまり、法務省は非常に限定した説明をしているのです。

国際的な理解は大きく違い、「国家刑罰権の対象とされた人は裁判所によって有罪とされない限り、刑事手続のどの段階でも制約のない市民的自由が保障されなければならない」です。

また日本では、検察官が取調室で被疑者に対し威圧的な尋問を行なっています。これもおかしくないですか? 被疑者はなぜ一方的に取調べを受忍しなければならないのでしょうか?

これは黙秘権と関係します。黙秘権は憲法38条1項にはっきりと書かれている憲法上の権利です。被疑者が「黙秘します」「これ以上話すことはありませんから、私は房に帰ります」と言って退去してよいはずなのです。ところが実際には、被疑者は取調室で延々と取調官の尋問に晒されます。

これを日本の捜査機関は、次のように合理化します。「捜査機関には被疑者を取り調べる権限があるから、逮捕・勾留された被疑者を取調室にとどめおいて取調べることは許される。被疑者に取調べを受忍する義務があるとしても、黙秘することはできるから、黙秘権を侵害していない」。

その結果、検察官が一方的に尋問し、被疑者は沈黙を続けるという奇妙な闘いが、どちらかが諦めるまで延々と続くのです。そして、時に「検察をなめるな!」と検察官が被疑者を恫喝する事態となるわけです。

カルロス・ゴーン元日産会長の弁護人だった高野隆弁護士の著書『人質司法』(角川新書)の帯文は「逃亡は必然だった」です。ゴーン氏の「日本の刑事司法は中世のままだ!」という叫びには、後述するように明確な理由があります。最近では、ほかにも大川原化工機冤罪事件など人質司法をめぐる国賠訴訟が起こされていますが、角川氏の訴訟は、まさに人質司法の違憲性を正面から問う憲法訴訟なのです。

◆日本国憲法と英文憲法

本題に入り、日本の「人質司法」はなぜ問題なのか、他の国ではこういった問題はないのか、という疑問に答えていきます。憲法・刑事訴訟法・国際人権規約といった法律の解釈について、国際社会の常識と、日本の検察官や裁判官の理解にはズレがあります。このズレについて説明します。

関係する法令は「人身の自由」を定めた憲法34条、身体拘束の要件である「罪証隠滅」を規定した刑事訴訟法60条、国際的な「未決拘禁」のあり方を述べた国際人権規約9条3項です。

まず、憲法から始めましょう。

皆さんは1946年11月3日、日本国憲法とともに「もうひとつの憲法」英文憲法(Constitution of Japan)が公布されたことをご存知でしょうか。国際的な場では、この英文憲法が「日本」の「憲法」として通用しています。英文憲法は日本国憲法を英訳したものではありません。

日本国憲法は形式上、明治憲法(大日本帝国憲法)を改正したものですが、実質的にはGHQが英語で草案をつくり、それに基づき日本で議論がなされました。今日、改憲論議が起きていますが、そこでよく言われる「日本国憲法はGHQに押し付けられた」という主張は、このことを指しています。

では、日本はGHQに押し付けられた憲法を嫌々認めたのかといえば、実態は全く異なります。帝国議会の衆議院と貴族院で、実に丁寧な、逐条的な審議を経て承認したものです。

しかも、草案にはなかった条文まで付け加えています。それが「何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる」という日本国憲法40条(刑事補償)です。この規定に基づき、不当な身体拘束を受けた冤罪被害者が刑事補償法によって国から金銭的な補償を受けられるようになりました。

GHQはそんなことを考えていませんでした。むしろ、日本の公務員のありようからいって、そんな規定を設ければ、国家の補償を避けるために、かえって被疑者への暴虐行為に走るだろうと考えて反対しました。しかし議員たちは、国家が冤罪を起こせば補償するのが国の当然の責任だと考えて憲法40条をつくったのです。この経過を見れば、日本国憲法は「押し付け憲法」とはいえません。

ここから先はhttps://note.com/famous_ruff900/n/nf7067dde44f9

月刊「紙の爆弾」9月号から一部記事を公開。独自視点のレポートや人気連載の詰まった「紙の爆弾」は全国書店で発売中です(毎月7日発売。定価800円)。書店でもぜひチェックしてください。最新号の記事タイトル一覧はホームページをご覧ください。

『紙の爆弾』2026年10月号
A5判 130頁 定価800円(税込み)
2026年9月7日発売

「飲食料品1%」のしょぼい減税でも迷走 財務省が主導する消費税減税反対論 植草一秀
ビル倒壊と瓦礫の謎 行方不明の墜落機体 実行犯にCIAスパイ…9.11 二十五年目の真相 浜田和幸
キューバを襲う米国によるエネルギー危機 経済封鎖という暗闇を武器にしてはならない セサル・ゴメス・チャコン
日本のSNS年齢規制はキエフの大門である 昼間たかし
2026年熊本地震に見た地方自治と緊急事態条項 足立昌勝
“加害者”を隠しきった裁判 優生思想を護持した日弁連とマスコミ 野田正彰
植草一秀インタビュー「冤罪の真実」後編 無罪の証拠を司法は無視 小泉・竹中批判封じ
「憲法より日米安保が最高法規」の現状を変えよ プーチン大統領択捉島訪問の意味 木村三浩
それでも進む完全自動化 イオンモール爆発の“人災”と“AI防災”のリスク 片岡亮
「使用者」はいても「労働者」はいない ひきこもり支援事業の“空白” 川田祐一
暴力的カウンター運動と「リンチ事件」「反差別運動」についての共産党見解への疑念 黒薮哲哉
LGBT問題の現在「女性スペース法案」の必要性 井上恵子
成年後見制度という宿痾 ある老齢薬剤師の手紙から 鈴木愼哉
サナエ流独裁の奥義 こうして絞め殺される“日本の議会制民主主義” 佐藤雅彦

〈連載〉
コイツらのゼニ儲け:西田健
「格差」を読む:中川淳一郎
シアワセのイイ気持ち道講座:東陽片岡
The NEWer WORLD ORDER:Kダブシャイン
「絶望ニッポン」の近未来史:西本頑司
芸能界 深層解剖

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/