微量の電磁波で、頭痛や睡眠障害、めまい、吐き気、鼻血など多様な症状を訴える「電磁波過敏症」の人々が、1980年代以降、世界的に増えています。柔軟剤の香料や消臭剤、抗菌剤、タバコの煙、農薬、殺虫剤などで体調を崩す「化学物質過敏症」との併発率が高く、日本で行われた疫学調査では、電磁波過敏症患者の約80%は化学物質過敏症を発症しています。

日本では電磁波過敏症はほとんど知られておらず、医師にすら「思い込みだ」と誤診されることも少なくありません。一方、海外では電磁波過敏症の存在を認め、医師会が診断治療ガイドラインを発表したり、政府や政府機関が具体的な対策を発表するなど、発症者の保護を目指しています。

 

5G基地局(著者撮影)

◆アメリカでは20年以上前に障害と認定

アメリカ連邦政府は、2002年に、化学物質過敏症も電磁波過敏症も障害として認められると判断しました。これを受けて米国立建築科学研究所(NIBS)が、化学物質過敏症や電磁波過敏症の人でも公共・商業施設などを利用できるようにする指針をまとめた報告書「屋内環境品質(IEQ)」を発表しました。

IEQでは、香料や殺虫剤、洗剤などの有害影響を認め、削減を求めています。電磁波については、携帯電話や基地局、無線通信機器、蛍光灯などの電磁波によって、電磁波過敏症の人たちは建物にアクセスできなくなることを認め、電磁波をできるだけ減らすよう勧告しました。

カリフォルニア州では、学校に設置されたWi-Fiで電磁波過敏症になり、皮膚の灼熱感や動悸、疲労感などに悩まされた教師が、2018年に裁判を起こし、働けるように教室に電磁波対策をすることなどを求めました。2021年、カリフォルニア州控訴裁判所は教師の訴えを認め、この裁判が「アメリカ合衆国で『Wi-Fiで病気になる可能性がある』ことを認めた、最初の判決であることは明らかなようだ」と判決文に記しています。

◆電磁波過敏症の診断治療ガイドライン

スウェーデンも電磁波過敏症を障害として認め、ストックホルム市は発症者の住宅の電磁波対策を実施するなどの対応もしていました。

また、2000年の北欧閣僚会議では、電磁波過敏症を病気として認めることを採択しました。WHOは各国の病気や死因などを分類し、統計を取るために、国際的に統一したコード番号を疾患ごとに割り当てています。北欧閣僚会議では、電磁波過敏症に国際疾病分類(ICD-10)コードR68.8「そのほかの明示された全身症状と兆候」を用いることにしました。

オーストリア医師会は、電磁波に関連する健康問題の相談が増えていることを受けて、2012年に診断治療ガイドラインを発表しました。症状を引き起こす主な電磁波発生源や、実施すべき血液検査や尿検査の項目も示しました。また、電磁波測定の専門家に依頼して、患者の自宅や職場の電磁波を測定し、その結果を患者と医師が共有することを勧めています。

具体的な対策として、ベッドや机を電磁波の少ない場所に移動することや、コードレス電話ではなく、昔ながらの優先電話を使うことなどを示しました。

2016年には、ヨーロッパ環境医学アカデミー(EUROPAEM)が、さらに詳細な診断治療ガイドラインを発表しています。

診断方法に関する研究も行われています。アメリカ、UCLA大学のグンナー・ヘウザー博士らは、電磁波過敏症かどうかを診断する際に、機能的磁気共鳴画像(fMRI)が役立つだろう、と2017年に提案しています。

ヘウザー博士らは、30年以上前から頭痛や平衡感覚の異常など、神経学的な症状に苦しむ化学物質過敏症患者を1000人以上、診療してきましたが、近年は電磁波過敏症の患者も増えているそうです。

電磁波過敏症患者10人のfMRIを見ると、過去の記憶などの情報を処理する前頭前野が過度に活発になるという、共通した異常が確認されました。

ヘウザー博士らは論文のなかで、かつて、てんかん患者が「悪魔付き」と診断されていた歴史があり、脳波図によって、ようやく本当の病気だと認められたことに言及しています。そして「fMRIが、電磁波過敏症における脳波図の役割を果たすことを望む」と述べています。

◆EUではリスク評価と対策案を発表

ヨーロッパ議会の下部機関「科学技術選択評価委員会」(STOA)は、5G(第5世代携帯電話)の安全性を検証し、報告書『5Gの健康影響』を2021年に発表しました。5G通信では、従来の携帯電話通信でも使われてきたマイクロ波(5Gの場合、周波数3.7GHzと4.5GHz)の他に、より周波数が高く生体影響が懸念されているミリ波(5Gの場合、28GHz)も使用されています。

「科学技術選択評価委員会」(STOA)ホームページ(https://www.europarl.europa.eu/stoa/en/document/EPRS_STU(2021)690012)

STOAは、2G(第2世代携帯電話)から5Gに関する文献を調査し、周波数450MHz~6GHzのマイクロ波は「ヒトに対しておそらく発がん性がある」と結論し、男性の生殖能力に明らかに影響があり、女性の受胎能力と胚・胎児・新生児の発育にも悪影響を及ぼす可能性がある、と認めました。

一方、周波数24~100GHzのミリ波に関する研究は非常に少なく、発がん性と生殖影響を評価するだけの十分な研究が行われていない、と判断しました。そのため、STOAは「適切な研究が終わるまで5Gミリ波の導入を一時停止すること」も求めています。

また、電磁波の少ない携帯電話を開発することや、学校、職場、公共施設、住宅などに有線回線(光ファイバー)を設置し、子どもや高齢者、電磁波過敏症患者を保護することも提案しました。「タバコの禁煙区域を設けたように、電磁波の受動被曝を防ぐ」ためです。

なお、日本弁護士連合会も2012年に『電磁波問題に関する意見書』を政府に提出し、「電磁波過敏症の方々がいることを踏まえ、人権保障の観点から、公共の施設及び公共交通機関にはオフエリアを作る等の対策を検討」すること、高圧送電線や携帯電話基地局周辺での健康被害を調査することなどを求めています。

日本では、電磁波の影響や電磁波過敏症について大手メディアがほとんど報道しないので、誤解や偏見によって大勢の患者が困難に直面しています。電磁波のリスクを知り、適切に防御することで自分や家族の健康を守り、より安全な生活環境をつくれるはずです。

▼加藤やすこ(かとう・やすこ)
環境ジャーナリスト、過敏症患者会「いのち環境ネットワーク」代表。化学物質や電磁波、低周波音などの環境問題をテーマに執筆。著書に『5Gクライシス』、『スマートシティの脅威』、『シックスクール問題と対策』、『再生可能エネルギーの問題点』(いずれも緑風出版)など。訳書にザミール・P・シャリタ博士著『電磁波汚染と健康』(緑風出版)。患者会ホームページ(https://www.ehs-mcs-jp.com)では、オーストリア医師会ガイドラインを含め、海外の研究の訳文を多数掲載。

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