前立腺癌治療の過程で、主治医が治療方針を十分に説明しなかったとして、4人の患者が滋賀医科大病院の2人の医師を訴えた裁判の本人尋問が、17日、大津地裁で行われた。

この日、出廷したのは原告の4患者と彼らの主治医だった被告.成田充弘准教授、それに成田医師の上司にあたる被告.河内明宏教授である。これら6人の本人尋問を通じて、成田.河内の両医師に説明義務違反があったとする原告らの主張が改めて裏付けられた。裁判はこの日で結審して、判決は来年の4月14日に言い渡される。2018年8月に提訴された滋賀医科大事件の裁判は終盤に入ったのである。

裁判前(2019年12月17日)

裁判所に入る前の岡本医師(2019年12月17日)

◆事件の経緯

事件の発端は、滋賀医科大が放射性医薬品会社の支援を得て、小線源治療の研究と普及を目的とした寄付講座を設けた時点にさかのぼる。2015年1月のことである。寄付講座の特任教授には、この分野で卓越した治療成績を残している岡本圭生医師が就任し、泌尿器科から完全に独立したかたちで小線源治療を継続することになったのだ。

これに対して一部の医師らによる不穏な動きが浮上してくる。泌尿器科の科長.河内教授と、彼の部下.成田准教授が岡本医師の寄付講座とはまったく別に、新たに小線源治療の窓口を開設し、泌尿器科独自の小線源治療を計画したのである。この裁判の原告となった4人は、医師の紹介や滋賀医科大病院の総合受付窓口を通じて成田医師らによる「泌尿器科独自」の小線源治療計画へ「案内」された。大学病院の闇を知らないまま被告.成田医師の治療を受けるようになったのである。

だが、成田医師には小線源治療の臨床経験がまったくなかった。手術の見学も1件しかなかった。当然、インフォームドコンセントで、成田医師のそのような履歴を知らされなかった原告らにすれば、自分たちが手術の手技訓練のモルモットにされかけていたことになる。

4人の癌患者は本来であれば寄付講座の方へ「案内」され、小線源治療のエキスパートである岡本医師の担当下におかれるべき人々であった。少なくとも成田医師らには、4人が岡本医師の治療を受ける権利と選択肢を持っていることを説明する義務があった。それを成田医師らが怠り、しかも、この点を批判された後も謝罪しなかったことが患者らを怒らせ、提訴を決意させたのだ。

原告の主張に対して被告は、「泌尿器科独自」の小線源治療は、岡本医師を指導医とする医療ユニット(チーム医療)として位置づけられていたから、岡本医師の治療を受けるオプションを患者に提示しなかったことをもって説明義務違反に該当するとは言えないというものだ。

◆泌尿器科への誘導と独立した治療

2015年1月に「泌尿器科独自」の小線源治療の窓口を、寄付講座の窓口とは別に河内医師らが開設した合理的な理由について、原告の井戸謙一弁護士は、河内医師を尋問した。裁判長も職権を行使して、河内医師があえて窓口を2つにした理由について説明を求めた。しかし、河内医師は明快な回答を避けた。

岡本医師自身がチーム医療の観点から「泌尿器科独自」の小線源治療に関わっていたかどうかという点については、竹下育男弁護士が成田医師を尋問した。これに対して成田医師は、いずれの患者ケースにおいても、治療方針の決定に岡本医師の指示を受けたことはなかったことを認めた。

尋問を通じて岡本医師は泌尿器科独自の小線源治療からは基本的には除外されており、2つの窓口と体制は、相互に依存したチーム医療と断定できるだけの接点がないことが判明した。メールでのやりとりは若干あったが、かえってそれらの証拠は、岡本医師を「外部の人」として認識していた成田医師の立ち位置を明確にした。

ちなみに成田医師はみずからが小線源治療の未経験医師であることを患者に伝える義務に関して、第1例目の手術を施す患者については未経験の事実を伝えなければならないが、2例目以降は伝える必要はないとも証言した。

◆刑事事件についての尋問も

繰り返しになるが、この裁判の争点は4人の患者に対する説明義務違反の有無である。争点としては単純だ。ところが裁判進行の過程で被告側は、争点とはあまり関係のない主張を延々と繰り広げた。岡本医師に対する人格攻撃や岡本メソッドそのものの優位性を否定する主張を繰り返したのである。

それにより岡本医師による治療についての説明責任を果たさなかったことを正当化しようとしたようだ。この論法の裏付けを探すために被告らが起こした事件についても、井戸弁護士は尋問した。たとえば河内医師が岡本医師の患者らのカルテを無断で閲覧し、岡本メソッドによる合併症の例をしらみつぶしに探そうとした件である。

これについて河内医師は、みずからが泌尿器科の科長職にあるので、前立腺癌患者のカルテ閲覧が許されるとの見解を示した。しかし、法律上はそのような権限は認められていない。カルテを閲覧できるのは主治医と患者本人だけである。

また、成田医師を併任准教授として、寄付講座へ送り込むために作成された公文書に、岡本医師の承諾印(三文判)が本人の承諾を得ずに押されていた件(既に刑事告発受理済み)に関して、井戸弁護士は河内医師の関与を問うたが、河内医師はそれを否定した。そのうえで、この公文書は秘書らにより無断で作成されたものである可能性を証言した。河内氏の証言に、傍聴席からは失笑がもれた。
 
◆記者会見

尋問が終了した後、原告団は記者会見を開いた。発言の趣旨は次のようなものである。

記者会見での井戸弁護士(2019年12月17日)

【井戸謙一弁護士】

この訴訟で被告側は、岡本医師が特異なキャラクターの人物であり、岡本メソッドももとより存在せず、むしろ問題のある治療なんだという主張を前に押し出す戦略で臨んできています。この点をどう崩していくかが鍵です。相手は自分が嘘を言っていましたとは認めません。ですから言っていることの整合性の無さを浮彫にすることが大切です。

いくら岡本先生のキャラクターがトラブルの原因だと主張しても、構造的に主張がかみ合わないところが出てきます。それが最も露骨に分かるのは、泌尿器科へ患者を誘導した問題です。 岡本先生に成田医師を指導させるチーム医療の枠組みであれば、岡本先生が全患者の症例を見て、 初心者には簡単な症例の患者を担当させて治療させるのが道理です。治療方法の適用についても、互いにディスカッションしながら決めていく。それが一番自然なチーム医療であるはずなのに、実際には河内医師が成田医師の担当患者を決めていました。こうした枠組みが被告の主張に整合性がないことを浮き彫りにしています。

岡本メソッドの優位性を否定する被告の主張に関しては、3つのポイントから問題点を指摘しました。まずカルテの不正閲覧問題です。医療安全管理部がカルテ閲覧をすると決める前の時期に、河内氏がすでにカルテの閲覧をはじめていた事実を確認しました。 

次に、松末院長が前回の尋問で2次発癌で死亡した例があると証言したことを受けて、それが不正確な認識であることを指摘しました。病院の事例調査検討委員会では、この患者のケースを因果関係不明と認定しています。それにもかかわらずこの死亡例を裁判で持ち出してきて、岡本メソッドの攻撃に使ったのです。

さらに病院のホームページで公開された医療機関別の前立腺癌非再発率比較表の問題。このデータを根拠に河内氏は、岡本メソッドの優位性を否定しています。これについては、松末院長は、比較対象患者のリスクレベルが大きく異なるのに単純に比較するのは適切ではないことを最終的に認めました。この問題についても河内医師を追及しました。

偽造文書の問題も取り上げました。これは成田医師を併任准教授にするために必要な文書で、河内医師と岡本医師の三文判が押してありますが、岡本医師は押していないと言っています。いま、この文書が公文書偽造だということで問題になっています。わたしは河内医師が、そのハンコは自分で押した、あるいは秘書に押させたと答えると思っていましたが、それも否定しました。秘書が勝手に作成したことにして、自分は関知していないということで押し通しました。この弁解には、驚きました。これについて被告の代理人は、定型的な文書はそういうこともあると念押ししていましたが、裁判所はその不自然さを認識したと思います。

【竹下育男弁護士】

成田医師の反対尋問を担当しました。反対尋問は簡単に成功しないことがままあります。相手が嘘を言ったときに、嘘を言っている証拠を示すことができるとは限らないからです。この裁判では、成田医師と塩田学長に関する裏付け証拠が多くあるので、それを有効に活用できるかどうかプレッシャーがありました。

成田医師と岡本医師の間で交わされていたメールは、有力な証拠になるものが多い。たとえば岡本先生が成田医師に対して、外来で治療方法の適応を検討するものだと思っていたという趣旨のメールを送ったところ、成田医師はそれは必要ないという返事を返しています。積極的に岡本医師のチーム医療への関与を拒んでいるようなメールが他にも何通かありました。

これについて成田医師は、言い訳をしていますが、どれも不自然です。その不自然さをアピールできれば戦略としては成功です。

また原告の治療方法の検討にあたって、岡本先生の意見を求めたことがないことも明らかになりました。

記者会見での岡本医師(2019年12月17日)

【岡本圭生医師】

本日、最後に提出しました河野陳述に対する弾劾陳述について説明しておきます。ありがたいことに裁判所はそれを受理してくれました。河野医師は、滋賀医大の小線源治療は、90%以上が河野医師の実力によってやっているとか、岡本などいなくても大丈夫だとか、だれがやっても同じだという陳述をしていますが、それほど単純なものではありません。

小線源治療では、テンプレートという網の目の奥にある前立腺に針を刺すのですが、その際、ミリ単位の調整を必要とします。 針を器具で微妙に触って1ミリ、あるいは2ミリの調整をするのです。きれいに会陰に針をさす必要があります。針を刺すことで前立腺が変形したり出血したり、動いたりすればダメです。いわばリンゴの皮を片手でむくような作業が必要なのです。河野医師はそれをやっているわけではありません。画面上で見ているだけで、微調整しているのはわたしです。 ですから河野医師が言うように、おおざっぱなことをやっているわけではありません。

河野医師は岡本メソッドなるものは存在しないと言いますが、「10のステップ」という冊子があります。これに従って2013年からずっと小線源治療をやってきたわけです。これには特別ことは書いていないと成田医師は言っていますが、そうであるなら、全国から医師が見学に来るはずがありません。

患者会の皆さんには、朝からスタンディングをやっていただき、弁護団は素晴らしい追及をしていただきました。この裁判では、医療や病院の内側を知っている人間がいるから、相手を追い詰めるチャンスが生まれたわけです。 一般の人が、医療過誤で戦っても勝ち目はないでしょう。わたしはこうした状況を変えたいと思います。

治療の未経験を患者に告げるべきかどうかよりも大切なことは、説明できることは、全部説明するという善意の姿勢です。意図的に情報を隠すようなことあれば、医療は成り立ちません。この裁判では、人が死亡した事例は扱っていませんが、重要な意味を持っています。ここで負けては医療が成り立たなくなります。市民の手、患者さんの手に医療を戻したいものです。

ちなみにわたしが執筆した中間リスクの前立腺癌に対する小線源治療についての論文が1月に掲載されます。10年間で397例のうち、再発は3例。7年の非再発率は、99.1%です。100人にひとり再発しないことになります。この論文では、中間リスクの症例は、小線源単独療法でやるべきだと結論づけています。論文が掲載されるということは、査読者によって内容が認められたということです。

わたしは12月をもって滋賀医大を去ります。しかし、これは終わりではなく、次のステージの始まりだと思っています。

【原告A】

岡本先生と接するようになって4年になります。先生の治療は革命的だとわたしは思っています。わたしは副作用もなく、いまも元気に働いています。76歳で、いまでも納税しています。これも岡本先生による手術が成功したからです。なぜ、わたしが裁判で戦ったのかといえば、岡本メソッドが革命的な医療であるからです。

これはなくしてはいけない医療です。河内教授がやろうとしているのは、岡本先生の医療を横取りすることです。これが問題の原点です。横取りして、自分の手柄にして、岡本医師を追い出そうという魂胆のようです。こうした状況を許してはいけないということで、裁判を起こし、そして今日の尋問を終えることができました。

【原告B】

わたしは河内医師は、好き放題なことを言っているという印象を受けています。今回、わたしが最も訴えたかったのは、被告が岡本医師の人格攻撃に徹していることについて、それが的外れであるということです。滋賀医科は全人的医療をうたっていますが、これは患者ファーストの意味です。この全人的医療の理念を掲げているのであれば 、患者の命を脅かしたことに対して謝罪し、反省すべきです。

反対尋問の最後の方で、この裁判を岡本医師が扇動したかのような被告側の言動がありましたが、われわれ原告を子ども扱いする発想です。訴訟を進めるうえで、家族や近所の目もあるので、参加できなかったひともおられます。 わたしも、最初は家内が裁判に賛成していませんでしたが、今日は傍聴に来てくれました。裁判を続けられたのも、応援があったからです。

記者会見(2019年12月17日)

◎患者会のURL https://siga-kanjakai.syousengen.net/
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▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
フリーランスライター。メディア黒書(MEDIA KOKUSYO)の主宰者。「押し紙」問題、電磁波問題などを取材している。

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