加害者家族を主人公にした映画やドラマでは、加害者一家の家の建物や外壁に「人殺し!」などと心無い落書きがされている場面をよく見かける。公開中の映画「ひとよ」や1月19日スタートの新ドラマ「テセウスの船」にもそういうシーンがあるようだ。物語の作り手たちはおそらく1998年の和歌山カレー事件や2015年の川崎中1男子生徒殺害事件で被疑者一家の家がそういう目に遭わされていたのをイメージしているのだろう。

だが、実際には、マスコミ報道がよほど過熱し、世間の人たちが「加害者やその家族には、何をしてもかまわない」という異常な心理状態に陥らない限り、あそこまでのことはさすがに起こらない。器物損壊罪などの犯罪にあたることは誰でもわかるからだ。とくに加害者の家が持ち家ではなく、賃貸住宅である場合、ああいうことはまず起こらないのだが――。

重大事件の犯人の家は、実はまったく別の悲劇に見舞われているケースが少なくない。事故物件化し、いつまでも次の借り手が見つからないという悲劇だ。たとえば、北九州監禁殺人事件の松永太が借りていたマンションの部屋がそうだった。

◆20年近く経っても空き室のまま・・・

2002年に発覚した北九州監禁殺人事件は、尋常ならざる残虐性や猟奇性で社会を震撼させた。主犯の松永は、内妻の緒方純子と共に緒方の家族や知人の男性らをマンションの一室に監禁し、拷問と虐待でマインドコントロール下に置いたうえ、被害者同士で殺し合いをさせる手口により7人の生命を奪った。さらに死体はミキサーなどで分解したり、鍋で煮込んだりして完璧に解体させたうえ、海などに投棄させていたという。

そんな事件は2011年に松永の死刑判決、緒方の無期懲役判決が確定し、もうすっかり過去の事件になった印象だ。だが、私が2年前に北九州市の現地を訪ねたところ、「殺し合い」の現場となった5階建てマンションの一室は誰も住んでいなかった。事件発覚から20年近い年月が経過し、マンションは名前を変えていたが、次の借り手が見つからない状態が続いているわけだ。

室内に物が積み重ねられていた現場の部屋

マンション1階にある現場の部屋の集合郵便受けはチラシだらけで、部屋の玄関ドアの郵便受けはガームテープで塞がれていた。さらに外から部屋を見ると、窓越しに室内に物が積み重ねられているのが見え、物置のように使われているのではないかと想像させられた。事件とは無関係だった他の部屋も空き室が目立ち、大家が被った損害は相当なものだろう。

ここを訪ねると、「殺人事件の被害者は、殺された人だけではない」ということがよくわかる。

1階の集合郵便受けはチラシだらけに・・・

現場の部屋の玄関ドア。郵便受けはガムテープで塞がれていた

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)。同書のコミカライズ版『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)も発売中。

2020年もタブーなき言論を! 月刊『紙の爆弾』2020年2月号

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)