菅義偉 ── この男を総理大臣にしてもいいのか? 苦労人に特有の「冷淡さ」

◆沖縄に苛立つ菅長官

7月28日付の本欄「混迷するポスト安倍 ── 菅義偉「中継ぎ」政権への禅譲の可能性」で詳述したとおり、岸田政調会長の存在感なさすぎから急遽、次期総理候補として浮上してきた菅義偉官房長官。彼らしい冷淡かつ傲岸なもの言いが物議をかもしている。

菅義偉官房長官公式HPより

8月3日の定例会見で、こう沖縄を非難したのだ。

「沖縄県が宿泊施設の確保が十分ではない、こうしたことについて、政府から沖縄県に何回となく、そうした確保をすべきであるということを促している」

沖縄でコロナ感染者が増えていることについて、病床が確保されていないことを質問されたさいの答弁。いや、あからさまな沖縄批判である。この怒り風味の喋りのさいに「チッ」と聴こえたのは筆者だけだろうか。気に入らない質問をされたとき、この人がやってしまう、舌打ちの癖だ。

東京新聞の女性記者との例にあるように、自分が攻撃されたと感じるとき(悪意の批判と思い込む)、この人の反応はかなり感情的だ。そして攻撃的になる。

とりわけ沖縄にたいして「(辺野古新基地建設を)粛々と進める」という言葉が物議をかもしたように(安倍総理らが翁長知事=当時の面会を拒否しつづけた時期である)、なんとも冷淡な気がする。

この菅長官の苛立った発言に、玉城知事は、「沖縄も大変だが頑張ってくださいという励ましを頂きながら(宿泊施設確保の準備を)進めてきた。国とやりとりする中できつい要求などはなかった」と語り、菅長官の怒りを意外なこととしている。

沖縄県の糸数統括監も「国が示した数字に基づいて医療機関と調整しながら進めてきた」とし、菅官房長官の発言を「意外な気がした」と述べている。

この人にとって、沖縄それ自体が苛立たしい存在なのかもしれない。何かと政権に盾をつく、日米同盟の「障壁」になるとでも思っているから、無意識に苛立たしさが噴出してしまうのではないか。

◆米軍基地が感染源だった

だがその苛立ちは、お門違いと言うしかない。そもそも沖縄の感染者増大は、米軍基地のアメリカ人たちによるものなのだ。

沖縄は4月30日に1人の新規感染者が出たのを最後に、7月7日まで、ずっと感染者ゼロを保っていたのである。それを破ったのが、米軍関係者の感染なのだ。7月4日のアメリカ独立記念日には県内で大規模なパーティが開かれ、8日には軍属5人の感染が確認され、キャンプ・ハンセンや普天間飛行場、嘉手納基地などの施設で米軍関係者の感染が相次いだ。まさに、沖縄のコロナ禍は米軍基地、および観光施設が対応をせまられる「GoToトラベルキャンペーン」なのである。そしてその推進者こそ、ほかならぬ菅義偉官房長官なのだ。

◆苦労人ならではの「寛容さ」がない人

菅義偉官房長官は、いわば叩き上げの政治家である。父親(農家から満鉄職員──のちに帰農)も苦労の末に町会議員になっているとはいえ、自民党議員にありがちな地盤を継いだ政治家二世ではない。高校卒業後に集団就職で上京し、板橋区の段ボール工場で働いた。上京から二年後、学費の安かった法政大学の夜間部(法学部政治学科)に入学し、卒業後は電設会社に入社している。

その後、母校の就職課の伝手で自民党議員の秘書となり、横浜市議会議員に転出(1987年)。そこから政治家の道を歩みはじめる。昭和で言えば50~60年代のこと、バブル経済が世を騒然とさせていた時代である。細川連立政権で野に下るなど、自民党政治も決して安逸な時代ではなかった。

やがて所属していた宏池会が分裂し、反主流派の堀内派に参画。ポスト小泉(2006年)で掴んだのが、安倍晋三擁立(第一次政権)の原動力というポジションだった(当選4回で総務大臣就任)。麻生政権のもとで番頭役をつとめて、第二次安倍政権を演出し(甘利明・麻生太郎に呼びかけ)、その官房長官に就任する。上述したように、沖縄をはじめとする政権に批判的な部分に対する冷淡さ、あるいは攻撃性が顕著になっていく。苦労人に特有の「寛容さ」あるいは「気遣い」「親和性」がないのは、どうしてなのだろうか。

かつて東京都知事選において、自民党に真っ向から歯をむいた小池百合子知事にたいしては「コロナは東京問題」と言い放つなど、相手のパフォーマンス(小池百合子の連日のテレビ出演による都民への呼びかけ)を凹ませる。じっさいは全国問題であり、政府の主導力が問題になっているにもかかわらず。このように万事が攻撃的、かつ冷淡な対応なのである。

◆果断さが失政につながる可能性

「寛容さ」がない、あるいは「冷淡さ」は「果断さ」と言いなすことも可能だ。この苦労人ならではの「果断さ」は、党内政治のなかでつちかわれたのかもしれない。

安倍政権での2007年、自民党選挙対策総局長に就任した当時、菅は就任早々「私の仕事は首を切ること」と発言し、候補者の大幅な調整を示唆したという。のちの官邸一元支配は、ここに萌芽をみとめることができる。麻生政権では、中川秀直や塩崎恭久ら党内の反麻生派を、硬軟取り混ぜた様々な手段で抑えたといわれている。
第二次安倍政権になると、2013年には郵政民営化の考えにそぐわないとして、日本郵政社長坂篤郎を就任わずか6か月で退任させ、顧問職からも解任している。同年に発生したアルジェリア人質事件では、防衛省の反対を押し切り、前例のない日本国政府専用機の派遣を行った。2014年5月には、内閣人事局の局長人事を主導し、局長に内定していた杉田和博に代わり加藤勝信を任命したとされる。自らが出演したNHK「クローズアップ現代」の放送内容について、放送後のNHKに官邸を通じて間接的に圧力をかけたと報じられた(事実や関与を否定)。

感情をオモテに出さないポーカーフェイス、それ自体が冷淡さを醸し出してしまう裏側には、苦労人ならではの果断さがあるのだといえよう。じつは感情を圧し殺すためにこそ、あの「粛々とした」冷淡さがあるのだと読み解くことができる。しかしその隠された感情が噴出するとき、思わぬ行動に出ることが危惧される。たとえばの話だが、支持層を失いつつある米トランプ政権が選挙パフォーマンスのために対中国強硬策に出るとき、あるいは北朝鮮にたいする何らかの軍事行動に出るとき。危機に弱い安倍総理に代わって、とんでもない強硬策に便乗する「果断さ」を、この政治家は持っていると指摘しておこう。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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