混迷するポスト安倍 ── 菅義偉「中継ぎ」政権への禅譲の可能性 横山茂彦

新型コロナ防疫対策で、無策と危機管理のなさを露呈した安倍政権が末期であることは、もはや誰の目にも明らかとなっている。

朝日新聞が実施した世論調査(2020年5月第2回調査)によれば、支持29%、不支持52%である。安倍総理に批判的な朝日新聞とはいえ、29%という数字は危険水域であろう。

共同通信が6月17~18日に行った調査では、安倍政権の支持率は44.9%で前回より10.5ポイント低下。不支持の43.1%と拮抗する結果であった(共同の調査では、2012年の第2次安倍政権発足以来、安定して50%以上の支持率を保っていた)。

7月のNHKの世論調査では、安倍内閣を「支持する」と答えた人は、先月の調査と同じ36%だったのに対し、「支持しない」との答えは45%である。

これら支持率の停滞・急落は自民党不支持ではなく、宰相である安倍個人の政治能力への不信感にほかならない。

◆院政をねらう安倍晋三の陥穽――岸田文雄無能説

誰がやっても同じだから、見た目が「よりマシ」な安倍で良いというわが国の政治文化によって、前代未聞の長期無責任政権は延命してきた。

ひとつには自民党の人材不足、そして官邸人事による官僚統制(族議員の政治活動の統制)、さらには小選挙区制による公認の本部統制(派閥の管理)を背景に、選挙で勝てる安倍右翼政権は未曾有の長期政権となったのだった。

総裁任期が来年秋となり、そろそろ「辞めるべき」という国民の声も大きくなったいま、安倍総理が準備しているのは政権禅譲と「院政」であろう。

7月19日の時事通信報によると、安倍総理の盟友である麻生太郎副総理兼財務相らの有力者から、自民党の岸田文雄政調会長を「ポスト安倍」候補として推すことに疑問の声が漏れはじめているという。

課題である発信力が向上せず、党内での指導力も見えにくいためだ。安倍総理が絶対に避けたい石破茂氏の党総裁選出阻止のため、菅義偉官房長官を担ぐ案も浮上しており、首相が描く岸田氏への禅譲路線が揺らいでいるとの観測だ。

岸田文雄政調会長公式HPより
岸田文雄政調会長公式HPより

岸田の発信力のなさは、この欄でも再三指摘してきた。年に4回しか発行されない季刊誌「翔」は、写真と形式的な挨拶、連絡事項やプロフだけの貧弱な内容である。

公式サイトの活動報告も政治部会や会派(宏池会)の報告、目新しい内容のない記者会見を掲載しているにすぎない。

公式サイトの看板メッセージも、以下のとおり「戦後レジーム」(安倍晋三)の平和主義であり、何らみずからの主張があるわけではない。平和国家の実現のために、何が必要なのか具体策があるわけではなく「国民が何を望むのか」などという小学校の教科書のごとき凡庸さである。

【世界で唯一の戦争被爆国である日本はこれまでもこれからも平和国家として歩みます。私はその歴史を受け継ぎ、希望ある未来を目指し国民が何を望むのか現実を見据え勇気をもって決断する政治を実現していきます。】

たとえば石破茂が毎週ブログを更新し、石破チャンネルという動画で所見や個人的な趣味などを発信しているのに比べると、まるで「失語症」のような寡黙さなのだ。

とくに記憶に新しいのは、岸田氏の肝煎りとされた新型コロナウイルス対策の「減収世帯への30万円給付」が、公明党が求める一律10万円給付に覆されたことだ。これによって力量不足が露呈し、各種世論調査の「次の首相にふさわしい人」では石破氏に大きく水をあけられたまま、差が縮まる気配もない。総理周辺は「あれでは石破氏に負けてしまう」と危機感を隠さない。

◆菅義偉中継ぎ政権への禅譲説

そこでにわかに浮上してきたのが時事報が伝えるとおり、菅義偉官房長官の中継ぎ総理・総裁就任説である。

菅義偉官房長官公式HPより

安倍総理は7月21日発売の「月刊Hanada」に掲載されたインタビューにおいて、菅官房長官を「(ポスト安倍の)有力候補の一人であることは間違いない」との見方を示したのだ。「ポスト安倍は菅長官で決まり」との評価について感想を問われたのに対して答えたものだ。ただし、続けて「『菅総理』には『菅官房長官』がいないという問題がありますが」などと語り、質問者の笑いを誘っている。

年初から安倍総理は意識的に「菅はずし」を表現してきた。アベノマスクや一時給付金、個人事業者および中小企業支援の持続化給付金も、官邸補佐官や秘書官の提案に依拠してきた。

あるいは二階俊博幹事長の策を入れることで、危機管理における党内の融和をはかってきたのだった。

その「菅はずし」自体は、ナンバー2を嫌う、狭量なトップの神経衰弱、および菅官房長官が「令和おじさん」として国民にひろく認知されることになったことへの「嫉妬」にほかならない。

そしてもう一点、菅官房長官が無派閥ながら独自の強力な財界人脈を持ち、党内でも「菅グループ」ともいわれる無派閥議員の糾合を行なっているからだ。

実際に、菅義偉を中心にした「準派閥」は、昨年の6月20日に発足している。ホテルニューオータニに、5期~7期目の議員が集り、「令和の会」が発足しているのだ。菅氏のもとに若手無派閥議員約20人が集まる「ガネーシャの会」や、派閥所属議員も加えた「偉駄天の会」、さらには参議院の菅グループまで集合し、総勢50人ほどが結集したことになる。無派閥議員で菅義偉を支持する勢力は、衆議院だけで30人に達するという

つまり、安倍の「院政」が成り立たない可能性があるがゆえに、ポスト安倍から「菅はずし」を画策していたものだ。

いっぽう菅官房長官は、7月19日のフジテレビ番組で、秋に予想される内閣改造・自民党役員人事をめぐり、官房長官としての続投に意欲を示している。「引き続き官房長官として支えていくか」との質問に「安倍政権をつくった一人だから、そこは責任を持っていきたい」と述べたのである。来年9月の自民党総裁任期を巡り「ポスト安倍」への意欲を問われると「全くない」と強調した。ポーカーフェイスで「粛々と」役割をこなす、菅らしい受け答えといえよう。

にわかに浮上した菅中継ぎ禅譲政権論だが、政治家の約束ほど不確かなものはない。安倍晋三が「過去の人」になったとき、わが国の舵切りは大きく曲がる可能性がある。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

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『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機