台湾の武力併合を射程に、香港民主化を圧殺する習近平 米中の軍事的衝突を孕んだ危機 横山茂彦

◆北戴河会議で何が話し合われたのか

台湾出身の評論家・黄文雄のメールマガジン「日本人に教えたい本当の歴史、中国・韓国の真実」によれば、習近平のアジア戦略が急展開を見せるだろうと観測されている。

黄氏の分析によると、現在の香港に対する締め付けは、じつは台湾との統一に向けたものだとしている。そして香港での一連の騒動(国家安全維持法反対デモ)のなかで、中国では恒例の北戴河会議が行われたという。

この北戴河会議とは、渤海湾に面した中国河北省の保養地・北戴河に毎年7月下旬から8月上旬ごろにかけて、共産党の指導部や引退した長老らが避暑を兼ねて集まり、人事などの重要事項を非公式に話し合う会議である。毛沢東時代から開かれてきたが、会議の開催や結果は公表されない。胡錦濤・前国家主席時代の2003年にいったん中止を決めたものの、数年後には復活した。

今年はコロナウイルスの関係で開かれない見通しだったが、開かれたことに習政権の危機感が感じられる。習政権に批判的な長老が参加する会議を、あえて開いた意味は大きいとみられる。

会議の内容は言うまでもなく、米中問題や香港問題、そして2022年の共産党大会での習近平の続投問題などであろう。

黄氏の分析では、台湾との統一がこれまでの「平和統一」ではなく、武力をふくめた強硬なものに変化しつつあるという。

「5月末に行われた中国の全国人民代表大会での李克強首相の政府活動報告では、昨年までの『平和統一』を目指すという表現から、『平和』が抜けて、『統一』を目指すという表現になりました。そしてこのときの全人代で、香港への国家安全維持法制定を決定したのです」(黄氏)

習近平は2022年の共産党大会で、総書記3期目を狙っているという。マルクス・レーニン主義、毛沢東思想につづき、自分の思想・路線を「習近平路線」として個人崇拝的に打ち出し、個人独裁をもめざす習総書記にとって、いまだ足りないのは対外的な実績である。

そのための実績づくりとして、台湾併合を急ぎたい。その併合は、武力をふくめた強硬なものに変化しつつあるのだ。そのいっぽうで香港立法会議員の任期を1年延期している。いま香港で選挙を行えば、民主派による反中キャンペーンで香港が再び大混乱するという懸念からである。

台湾では今年1月の総統選挙で蔡英文が再選し、あと4年は民進党政権が続く見通しだ。しかも蔡英文は、新型コロナ対策の封じ込めに成功したため支持率が高く、これが急速に低下することも考えにくい。

そこで、習近平政権による軍事行動をふくむ強硬策が考えられると、黄氏は言う。

「台湾国防部は2018年に『中共軍事力報告書』を発表しましたが、そこでは、中国は2020年までに全面的な侵攻作戦能力の完備を目指しているという見方を示しました。そして、中国が武力侵攻する可能性があるのは『台湾による独立の宣言、台湾内部の動乱、核兵器の保有、中国との平和的統一を目指す対話の遅延、外国勢力による台湾への政治介入、外国軍の台湾駐留などが起きた際だ』と分析しています」

その「外国勢力による台湾への政治介入、外国軍の台湾駐留」が、アメリカを想定したものであることは言うを待たない。当面の中米の「戦場」は東シナ海であろう。


◎[参考動画]中国で海軍創設70周年行事 初の空母参加 北朝鮮も(ANNnews 2019年4月23日)

ここ数年の空母(遼寧ほか)をふくむ海軍の増強は、東シナ海(第一列島線)での制海権の確立、および南沙諸島の拠点化を見すえたものにほかならない。沿海海軍から、外洋艦隊(第二列島線越え)への脱皮、そして空軍力でも対台湾力関係の逆転が展望されている。

香港の民主化運動を締めつけ、返す刀で台湾の武力併合をめざす。この戦略は南沙諸島への軍港・飛行場建設などを見れば、中国の太平洋戦略はきわめて現実的なものとなってくる。

◆アメリカの動きをみれば、中国の戦略が浮き彫りになる

中国の太平洋戦略を見すえた、アメリカの動きも急ピッチである。

アメリカのアザー厚生長官が8月10日、台北市内の総統府で蔡英文(ツァイ・インウェン)総統と会談した。アザー長官は「台湾を強く支持し、友好的であるというトランプ大統領の意向を伝えにきた」と表明し、蔡総統も長官の訪台を「台米にとって大きな一歩だ」と歓迎している。

アメリカの閣僚の台湾訪問はじつに6年ぶりで、米台高官の相互訪問を促す米「台湾旅行法」成立後では初めてとなる。トランプ政権はアザー長官の訪台を1979年の国交断絶いらい、最高位の高官派遣としている。いうまでもなく、トランプ政権の「歴代アメリカ政権の中国政策の誤り」を是正するものとして、対中包囲網の一環を形成したことになる。

この15日にも空母ロナルド・レーガンとニミッツをふくむ空母打撃群が、東シナ海での演習を行なった。この空母打撃群は7月にも2度にわたり、空母以外の4隻の艦艇をともなう、本格的な水上訓練をおこなっている。

いっぽう、中国も7月1日から5日までに西沙諸島周辺で海軍演習を行なっている。このときは3つの戦区海軍(北部戦区海軍、東部戦区海軍、南部戦区海軍)から、それぞれ黄海、東シナ海、南シナ海に同時に大演習を実施させている。中でも南部戦区海軍は、南シナ海の中でも領土紛争を抱える機微な海域で演習を実施した。
中国は8月にも海南島沖の南シナ海で、東沙島奪取を想定した大規模な上陸演習を計画している。これについて、日本の防衛省防衛研究所はつぎのように分析している。

「海軍陸戦隊を主体にして南海艦隊の071ドック揚陸艦、Z8ヘリコプター、大型ホバークラフトなどを動員した本格的なものになるだろう」と。

このかん、自衛隊も公開訓練のなかで「島嶼奪還を想定した」上陸訓練や降下訓練をくり返している。アメリカ海軍との水上訓練も積み重ねてきている。この分野では、完全にシビリアンコントロールは機能していないとみるべきだろう。


◎[参考動画]USS America Conduct Flight Operations in South China Sea, F-35B Lightning II, CH-53E Super Stallion


◎[参考動画]USS Gabrielle Giffords On Patrol in the South China Sea

◆主役として巻き込まれることに、無自覚な日本政府

領土問題など政治的に緊張のある海域での演習・訓練は、そのまま軍事をふくむ外交戦略である。戦争が別の手段をもってする政治の継続(クラウゼヴィッツ)である以上、高度な政治戦の段階にあるとみるべきであろう。

とくに大統領選挙をひかえたトランプ政権において、外交上の実績づくりはそのまま得票を左右するものとなる。10年に一度は戦争をしなければならない、軍産複合体(人口3000万人)をその内部に抱えるアメリカにとって、それはトランプの単なる思いつきが契機になるわけではない。アメリカ社会そのものが戦争を必要とし、その格好の材料として中国の挑発、あるいはその第二戦線としての朝鮮半島情勢。すなわち北朝鮮の核・ミサイル武装の問題が浮上してくるのだ。

日本のシビリアンコントロールが機能していないというのは、アメリカ海軍の動きに自衛隊が自動的に巻き込まれ、いっぽうで日本政府が米中の政治的緊張とまったく別のところにいる、という意味である。あるいは無為と言い換えても良い。

アメリカの軍事的・政治的パートナーである日本は安倍政権という、からっきし危機管理に弱い反面、アメリカの言いなりになる意志薄弱な政権を抱えている。戦後75年において、わが国の事情とは関係なく戦争の危機はすぐそこにある。にもかかわらず、その戦争の危機の主役は無自覚なままなのだ。


◎[参考動画]中国建国70周年 最大規模の軍事パレード(テレ東NEWS 2019年10月1日)


◎[参考動画][中華人民共和国成立70周年] (CCTV 2019年10月1日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

月刊『紙の爆弾』2020年9月号【特集】 新型コロナ 安倍「無策」の理由
『NO NUKES voice』Vol.24 総力特集 原発・コロナ禍 日本の転機