沖縄の竹富島に6月、リゾート施設が開業した。これを聞いて、「竹富島よ、おまえもか!」と嘆く沖縄ファンも多いだろう。
沖縄の中でも、赤瓦の昔ながらの街並みが残る、竹富島。石垣島からは、高速船で約10分程。自転車で、半日ほどあれば回れてしまうほどの、小さな街だ。珊瑚を砕いた白砂の道は、住民の毎朝の掃除によって美しい状態に維持されている。静かな、ゆったりした時間が流れている。

島の憲章には「売らない」「汚さない」「乱さない」「壊さない」「生かす」とある。「売らない」というのは、島の土地や家などを、島外者に売ったり無秩序に貸したりしないということだ。だから、竹富島ではリゾート開発はできない、と言われていた。
竹富島には、ホテルはない。宿泊施設はほとんど民宿で、わずかにゲストハウスがある。
石垣島から日帰りで竹富島を堪能し、石垣に帰っていく客がほとんどなのだが、竹富島ファンは島に泊まる。きさくな民宿のおばちゃんおじちゃんと交流できるのも楽しいが、沖縄には「ゆんたく」という風習がある。宿に泊まった客同士が、夕食後に泡盛を片手に語り合うのだ。意気投合して、翌日から行動を共にする者もいる。2食付きで一泊五千円程度なので、1週間以上もいる客もいる。

そんな竹富島に、なぜリゾート開発が持ち上がったか?
竹島が観光地になるなど考えられもしなかった、本土復帰前。生活していけなくなった住人が島を離れて行き、その土地が売られた。生活が困難な離島でしかなかったので、土地は二束三文。めざとい本土の資本家は、本土復帰すれば観光地化できると踏んでいて、気が付くと島の三分の二の土地は、本土資本のものとなっていた。

これではいけないと、島の実業家が乗り出して、土地の所有権を島に戻そうとした。二束三文で売られた土地でも、買い戻すとなると同じ値段ではいかない。いくら実業家でも個人の手には余るので、沖縄のゼネコン建設会社國場組の支援を頼んだ。しかし、バブルが崩壊し國場組との計画は頓挫。そうこうしているうちに土地の根抵当権が金融機関から債権回収会社に転売され、競売の恐れも出てきた。

その借りを返すために、リゾートで利益を上げなければならなくなったのだ。リゾート開発をさせないために土地を買い戻していたのに、皮肉な結果になった。
支援を求められたたのが、「星野リゾート」だった。全国各地の立ちゆかなくなった地域事業や温泉旅館などを再生させることで実績を積んできた会社だ。

星野リゾートが発表した計画は、よくあるリゾート開発とは一線を画していた。
竹富島独特の、赤瓦の屋根のコテージタイプの建物を50棟程度建設。各建物は石垣で区切られ、客室は、トイレ、シャワー、リビング、寝室、露天風呂などの設備があるフラットな建物だ。
レストラン棟、ショップ、レセプション棟、プールなどもある。敷地を全体的に見ると、一つの集落ができたかのような外観になる。

場所は島の南東のアイヤル浜で、観光客があまり行かない場所なので、自然が豊か、自然の中の細い道を歩いていると、珍しい蝶によく出会ったものだ。

島の憲章に反する、自然破壊につながる、ということで、当初は反対運動が起こったが、最終的には住民説明会で了承が得られたようだ。

宿泊費は1泊3万円ほどで、民宿に泊まる客とは客層が違い、競合の心配はないようだ。
地元の雇用を増やすというメリットもある。

新たなリゾートは竹富にできた、新たな村の様相を呈している。
実際に宿泊した人々の感想を見ると、その村の中で、自然を堪能し、様々な施設を利用して満足しているようだ。歩けば15分ほどで行ける、本来の竹富島の様子を見ることなく帰ってしまっている人々が多いようだ。
いささか、それが残念だという気がする。

(FY)

★写真は、本来の竹富島の街並み