年収300万円で「プア充」と言えるのか?

つきあいのある出版社も少なく収入も少ないので、確定申告はすぐに終わった。
10数年前、エロ専門の編集プロダクションにいて、年1千万円くらい稼いでいた時があった。成人向け男性誌でもメジャーな雑誌に書いていたこともあったが、他のジャンルに比べて、エロは稼げる、と思えた。
「性欲は本能だから、エロの世界にいれば食いっぱぐれることはないよ」
編集長はそう太鼓判を押して、ニンマリと笑っていた。
だが今、インターネットの普及でエロが無料で手にはいるようになり、皆、食いっぱぐれている。
その編集長も、どこでどうしているか、分からない。

筆者の収入も落ち込んだ。他のジャンルに仕事を広げていくことで、リーマンショックの前にはサラリーマンの平均年収を上回るくらいにまで回復した。
出版不況がずっと続いているのだから、まさか、リーマンショックなどが関係があるとは思っていなかった。
だが、仕事はことごとく消えていった。
ちょうど50歳になっていた。50歳で若者のような旅をするという本の企画を立て、編集者も頷いたように思ったので、ゲストハウスや民宿に泊まり、民泊までして沖縄の10の島を1カ月かけて回った。
沖縄のおじぃやおばぁは元気で、私などは「あんちゃん」と呼ばれてしまう。
もっと歳を取ってからでなくてはこの企画は成立しないと気づき、お蔵入りとなった。

そんなジタバタを経て、なんとかワーキングプアを抜け出し、ここ数年は「プア充」と言われる年収300万円台まで回復した。
島田裕巳著『プア充』はずいぶん売れているようだが、年収300万円でプアだろうかと、私は思ってしまう。それだけあれば、年に1回くらいは海外旅行ができる。

年1千万円稼いでいた時は、旅行などできなかった。忙しくて家にもろくろく帰れなかったのだ。
ちょっとでも暇ができると、忙しさの敵を取るように、ザルのように金を遣った。
1人で1万円くらい鮨を食らったり、歌舞伎に行けば升席で見た。
人に会えば、舐められてはいけないと奢る。若者と見れば、現代が分かるのではないかと思い、腕を掴んで誘った。だが、お金を遣って分かったことは、若者でもおもしろい者と話さなければ意味がない、ということだ。

なにもかもが、めまぐるしく過ぎていた。その頃のほうが、心は貧しかった。島田裕巳もそういうことを言いたいのだろうが、年収200万円以下の人々が増えている現在に、300万円でプアというのは、やはりおかしい。

(深笛義也)