《速報》閉鎖されたはずの西成あいりん総合センターで今、何が起きているか?

大阪市の環状線・新今宮駅前に建つ「西成あいりん総合センター」(以後センター)は、通称「釜ヶ崎」と呼ばれるこの地域に住む人たちにとって必要不可欠な場所である。しかしこの間建て替えの動きが急速に進み、施設の一部「あいりん職安」と「西成労働福祉センター」は、3月11日南海電鉄高架下の仮施設に移転が終了、労働者らの寄り場である1、3階は3月31日に閉鎖されることが決まっていた。しかし4月3日現在、センター1階は開放されたままだ。何が起きたのか? 3月31日15時から4月1日朝4時までの現場の様子を釜ケ崎から報告する。

 

◆「閉鎖は決定事項だから」を繰り返す大阪府と西成労働福祉センター

「センターが無くなったら困る」

3月31日のセンター閉鎖に対して、釜ヶ崎公民権運動と釜ヶ崎地域合同労組は「現センターを4月1日以降も開放しろ」と要求、1月25日、2月19日、2月26日、3月5日、3月15日、3月26日と6回にわたり交渉を続けてきた。

建て替えの理由は「耐震性に問題があり、倒壊する危険性がある」だったが、交渉の中で1、3階を閉鎖したあとも、センター上の医療センターは移転までの2年間、市営住宅は全員退去するまで閉めないことが判明、ならばその間だけでも1、3階も解放しろと要求していた。しかし大阪府と西成労働福祉センターは「閉鎖は決定事項だから」「大阪府が決めたことに従うだけ」を繰り返すのみで交渉は決裂、そのまま31日を迎えることとなった。

31日当日、「釜ヶ崎公民権運動」「釜ヶ崎地域合同労組」の呼びかけで、15時からセンター1階に大勢の人たちが集まってきた。コンクリの地べたに敷いたブルーシートの上でダンボールや毛布を敷き座り込む人、底冷えするなかストーブで暖をとる人、その横で将棋を指す人、ジャンベやアルミ缶を叩く人、それぞれがそれぞれにその時を待っていた。

センターは通常早朝5時にシャッターを開け、夕方18時に再びシャッターを降ろす。そのあいだ野宿者は子どもらに石を投げつけられたり、通行人に火の付いた煙草を放られることなく安心して休める。 普段狭いアパートに住む人たちが仲間とゆったり談笑したり、「あそこで炊き出しやってるで」「エエ仕事あるで」と情報交換も出来る。

しかし31日のアナウンスは「今日18時に閉めたら、再度開くことはありません」と何度も繰り返していた。「明日はシャッター開かんのか? センター入れんのか?」と新たに集まる人たち。

シャッター下に寝転び抵抗する人

◆18時過ぎシャッターが降り始めると……

18時過ぎシャッターが降り始めると「閉めるな!」という声があちこちから飛んだ。南東側のシャッターが降りかけると、大勢がそっちへ殺到、シャッターの真下に身体を横たえる人、続いて座りこむ人が続出……騒然とする中、降りかけたシャッターが止まった。

青い腕章をつけた大阪府の職員は、無言のまま「あなたにこの建物からの退去を命じます」のチラシを配り、プラカードを掲げる。ジャンベや太鼓の音が鳴り響く中、あちこちで「話し合いに応じろ」「責任者出せや」「どないなってんねん」と怒鳴ったり、職員に言い寄ったり、誰かに指揮された訳でもなく、みなそれぞれに怒りを口にし、行動にした。

しかし断続的に交渉に来る大阪府労働局の職員は「シャッター閉鎖は中止しない」と頑なに繰り返すだけ。

◆平行線のまま「非暴力・不服従」で抗う

20時過ぎに出された4回目の「退去命令」には、最後に「退去しない場合には警察に通報します」と書かれていた。これまでの交渉でも彼らは、近くに大阪府警の警官や私服警官を多数待機させ、隙あらば弾圧しようと狙っていた。しかし当日集まったみんなは一貫して「非暴力・不服従」で闘おうと確認しあっていた。「難しいこと言うな。どういうこっちゃ?」「ぜったい手あげたらアカンで! でもお上や権力の言いなりにはならへんで、ということや」。

21時過ぎ、長丁場になることが予測され、味噌汁、おにぎり、コーヒーなどの炊き出しが届く。23時過ぎ、大阪府商工労働部の副理事でサトウ氏が部下を引き連れ釜ヶ崎地域合同労組委員長の稲垣氏に話しにきた。いよいよ最後通告かと思い、労働者や支援者も周囲に殺到、現場は一時騒然となったが、話し合いは平行線のまま睨み合いが続く。

そんな中、稲垣氏が「こうした事態を引き起こした責任はあなたたちの側にある。まずは謝罪しろ」と前置きしたうえで「3階までとは言わないが、1階はこのまま開けろ」と提案。疲れ切った顔の職員らは「少し休憩取りながら考える」と戻って行った。

 

◆日付が変わり午前1時半、職員が戻ってきた

日付が変わり4月1日午前1時半、戻ってきた職員が「今の状態ではシャッターは閉められない。大阪府としては撤収するしかない。今日(4月1日)はシャッターを閉めない」と告げにきた。

稻垣氏は「①今降ろしたシャッターはそのままでも、開いているシャッターは閉めないこと、②3階に上がれなくても仕方ないが、1階のトイレ、水道などが使える様に回復していくこと、③今後も話しあいを継続させること」の3点を要求した。

その後4時まで現場で総括集会を開催。3月31日のセンター閉鎖を事実上阻止できたことについて、稲垣氏は「相撲で平幕力士が横綱に勝ち、金星をあげたようなもの。我々の力は微々たるものだが、労働者が多く集まってくれた。情報を聞きつけた支援者も大勢かけつけてくれた。みんなの力が結集したからやれたことだ」と総括した。

◆センター閉鎖で利用者たちがどう困るのか、想定出来なかった大阪府と大阪市

この闘いの中で気づかされたことがある。1つは、大阪府、大阪市は、一部の有識者、支援団体、労組、地域住民との「話し合い」のみで「住民の合意を得た」と思っていたことだ。3月31日付けサンスポで、現場で対応したセンター職員が「これまで閉鎖について地元と合意形成を進めてきており、この事態は想定外だった」と話している。

センターには常時50人から100人以上の人たちが様々な形で利用しているが、センター閉鎖でその人たちがどう困るのか、彼らは想定出来なかったということだ。そうした彼らのセンター利用者を無視(軽視・蔑視)出来る感覚は、新センターが出来るまでの「代替場所」として用意した場所(「新萩の森予定地」)を見ても明らかだ。砂利敷きの土地にテントと長イス、簡易トイレが設置されているだけ、何かの式典か、運動会でもやるのかと思った。当然だが、吹きっさらしのここを利用する人はほとんどない。

センターの代替場所として用意されたテント

◆向こう側にいる人たち──どちら側に立つかで見える風景は違ってくる

もう1つは、シャッターが下りる瞬間、シャッターを挟みこっち側にいた人たちと向こう側にいた人たちの違いだ。向こう側には国、大阪府、大阪市の職員、私服警官などが多数と、「何が起きるのか」と集まる野次馬的な人たちがいた。しかし、その中に普段は「反権力」「反弾圧」を声高に訴える人たちがいたことには正直驚いた。

釜ケ崎に関心を持ち抗議に参加した支援者からも「なぜあの人が向こうにいるの?」と聞かれた。私に聞かれても困るが、彼らが発信しているSNSでは、抗議する人たちを「他所からきて事情もしらずに騒ぐ人たち」と書かれていたそうだ。辺野古で座り込む人たちを「内地から来た過激派だけ」と非難する人たちと似てはいないか。

どちら側に立つかで見える風景も違ってくるだろう。あの時とっさにシャッター真下に寝転んだ男性はこう話す。

「俺は部屋がある。でも野宿の人ら、雨降ったらどうするねん?」。

ちなみにセンターは4月1日午前0時に西成労働福祉センターの管理が外れ、現在管理者不在であることが4月2日夕刻に判明した(土地は国と大阪府の所有)。ガードマンが一斉に引き上げた、あの時から。そしてセンターはこの瞬間も開いている。生活苦しい人、困っている人、みんな、釜のセンターに来たらええねん。

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

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新元号「令和」には「法令の下に国民を従わせる」という意味もある

◆いかに出典を意味付けても、漢字は表意文字である

政府は新しい元号「令和」を、万葉集の大伴旅人による「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」から採ったとしている。安倍総理は「わが国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書」からの出典であると、独自性を誇った。

しかし「令月」が「めでたい月」という意味であっても「令」それ自体は「律令」の令、すなわち行政法という意味である。律が刑法であるのにたいして、令は訴訟法や民事法もふくむ法体系である。

◆お上への反抗を許さないという意味なのか?

したがって「令和」を文字どおりに解釈すれば、法の下に国民を「和」さしめる。つまり和を「協力し合う」「争いをやめる」「協調させる」と解した場合、行政令に国民を従わせると解釈することもできるのだ。つまり「お上に従え」「お上のもとに、反抗せずに協力しろ」と言っているのだ。

もちろんこれは極訳であって、こういうふうにも解釈できるぞということに過ぎないが、漢字はしばしば争いの根拠となってきた。徳川家康が豊臣家を政治的に追いつめたのは、方広寺大仏殿の鐘銘に「国家安康」「君臣豊楽」とあったのを、家康の名を引き裂く、豊臣を君とすると解釈できる、というものだった。京都の五山の僧侶および林羅山がこのように曲解し、弁明につとめる豊臣側に「秀頼の大阪退城」「淀殿を江戸に人質として出すこと」を要求したのである。これを拒否した豊臣家は、大坂の陣で滅亡した。

◆過去にも例があった「令」

漢字が表意文字である以上、こうした曲解は避けられない。漢字が多様な意味を抱え持った文化であるからだ。というのも、ほかならぬ元号の採用にさいして、幕末にも同じような事態が発生しているのだ。しかもそれは「令」という漢字をめぐる問題だったのだ。すなわち、慶応の前の元号が元治と改元されたさいの第一案が「令徳」だったのだ。

政府が説明するように「令」という漢字はこれまでの元号にはなかった。唯一、採用されかけたのが「令徳」なのである。ではなぜ、「令徳」は採用されなかったのだろうか。「令徳」とは美徳であり「弱国を侵さず、小国を憐むは、大国の一なるを知る」(矢野竜渓「経国美談」)にも明らかな、覇道をいましめる王道思想である。ところが、朝廷が一に「令徳」を、二に「元治」を提案したところ、徳川幕府は「とんでもない」と一蹴した。「(朝廷が)徳川に命令する」と読めるからだ。


◎[参考動画]新元号 共産党「元号は国民主権になじまない」(ANNnewsCH 2019/04/01公開)

◆安倍のいう「美しい文化」とは?

上述したとおり「令」は行政法だが、そのほかにも「地方長官」という意味もある。明治政府の「県令」は府・県の首長であった。鎌倉時代には政所の次官が「令」、律令制のもとでは京の四坊ごとに置かれた責任者が「坊令」だった。漢和辞典をめくってみよう。「令」は「言いつける」「命じる」「おきて」「おさ(長)」「お達し」である。熟語は「指令」「禁令」「勅令」「伝令」「発令」「布令」「令旨」「御布令」などである。

安倍総理はいう「日本の国民が協力し合い、美しい文化を作り上げていくこと」だと。おそらく「美しい文化」とは「令」にひたすら従う「政治文化」のことなのであろう。専制的な政権に、唯々諾々としたがう国民。じじつ、わが国民は歓呼を持ってこれを受け容れている。令和時代の何ともいやな始まりとなった。

いっぽうで「和」は「平和」の「和」だと、誰もが思っている。しかし「昭和」が「平和」な時代だっただろうか。前半は軍部ファシズムと戦争の災禍に蹂躙され、国民は塗炭の苦しみにあえいだ。後半はイデオロギー対立が国を二分し、経済成長のいっぽうで公害が国民をくるしめた時代だった。

じつは「和」という言葉は、語源においては必ずしも「平和」の「和」ではないのだ。わが国はながらく、中国から「倭国(わこく)」と呼ばれてきた。これを日本人は「倭(やまと)」と読んだ。もとは「やまと」(山の裾という意味)だったが、漢字文化が入ってくると「倭」に代わって「大倭」「大和」がこれに当てられる(元明天皇の治世)。つまり「和」は「倭」だったのである。

したがって「和」を「やまと」と読むことで、新しい元号「令和」は「大和が(世界に)命じる」「日本に(天皇が)命ずる」と解釈することも可能なのだ。政府の言う「協調」だとか「美しい文化」の衣の下に、安保法制など海外に軍隊を派遣する「鎧」が覗いていることを、われわれ国民は忘れてはならないだろう。


◎[参考動画]新元号「令和」を書くオタリア「レオくん」(時事通信社 2019/04/01公開)

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

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未解決の熊谷サッカー少年ひき逃げ事件をめぐる警察不祥事に思う

2009年9月に埼玉県熊谷市の小学4年生、小関孝徳君(当時10)が車にひき逃げされ、死亡した事件は今も未解決のまま、公訴時効の成立が今年の9月に迫っている。そんな中、報道を通じて聞こえてくるのは、悲観的な情報ばかりだ。

まずは1月、埼玉県警が証拠品として遺族から預かっていた孝徳君の腕時計を紛失していたことが発覚。そして2月には、県警が遺族から腕時計を預かった際に交付していた押収品目録交付書を破棄したうえ、腕時計の記載がない別の押収品目録交付書を再交付していたことも判明したという。腕時計の紛失を隠蔽する目的の工作が強く疑われる不祥事だ。

そんな悲観的な状況の中、私は2014年の夏、この事件の現場を訪ねた時のことを思い出していた。

◆お母さんと二人暮らしだった被害少年

「家で晩ご飯を食べていたら、外でキィーッ!と車の急ブレーキの音がしたんです。窓から外を見ると、ひと目で死んでいるとわかる男の子が横たわっていて……。一面が血の海の痛ましい光景でした」

事件が起きたのは2009年9月30日の午後7時前だった。現場近くで暮らす男性は、私の取材に対し、事件の時のことをそう回顧した。

孝徳君は4歳の時にお父さんを亡くし、お母さんと二人暮らし。サッカーが大好きで、事件3日後にもお母さんとJリーグを観戦する予定だった。だが、孝徳君は書道教室から自転車で帰宅中に命を奪われ、Jリーグを観戦予定の日が告別式になってしまったのだ。

現場の市道は住宅街にあるが、幹線道路に通じる“抜け道”のため、交通量が多い。地元の女性によると、事件があった頃は信号がなく、スピードを出す車もいたという。

その後、新聞では、タイヤ痕などから犯人の車は排気量1800~2000CCとみられると伝えられたが、有力な情報は得られず、今も未解決の状態が続いているわけである。

孝徳君がひき逃げされた現場

◆犯人を捕まえるために現場で独自調査していた母親

私がそんな事件を今もよく記憶にとどめているのは、前出の現場近くで暮らす男性から、こんな話を聞かされたからだ。

「事件後、被害者の男の子のお母さんは、現場で犯人の手がかりを得ようと、通り過ぎる車のナンバーを書き取るなどの独自調査をしていました。ママ友たちも協力して、一緒に頑張っていましたね」

現場に足を向けるだけでも辛い思いになるだろうに、母親の執念は凄いと思ったが、現場界隈では時折、ワーと泣き叫ぶ女性の声が聞こえてくることもあったという。それが母親の声だったなら、どうしようもない思いにとらわれることもあったのかもしれない。

そんな事件をめぐり、冒頭のような警察不祥事が起きたわけである。証拠品に関する警察不祥事というと、最近では、広島県警広島中央署が特殊詐欺事件の証拠品である現金約8500万円を盗まれた事件が有名だ。金額に換算すると、8500万円と男性小学生の遺品の腕時計は随分と大きな差があるが、証拠品を紛失・盗難した罪の重さは何ら変わらないだろう。

いや、腕時計の紛失のほうが罪は重いのではないかとさえ思う。

現場界隈には情報を求めるポスターが……

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。新刊『平成監獄面会記 重大殺人犯7人と1人のリアル』(笠倉出版社)が発売中。

衝撃月刊『紙の爆弾』4月号!
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

元号=天皇制不要論 わたしが「元号」を嫌悪する理由

ドイツ哲学研究者の三島憲一氏による、非常にわかりやすい元号批判が朝日新聞社の言論サイトWEBRONZA(2019年3月28日付)に掲載されている。

○三島憲一「元号という、上から指定される時代区分は不要」
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2019032700004.html

 
三島憲一「元号という、上から指定される時代区分は不要」(2019年3月28日付WEBRONZA)

わたしの意見も大方三島氏の見解と重なるので、ご一読をお勧めする。きょうの何時だかに新しい元号が発表されるそうだ。日常生活にとっては混乱の元凶でしかない改元。子供のころに「明治」は大昔だと感じていたが、このままいけば、少なくとも3つの元号の時代をわたしは生きたことになりそうだ。

◆宗教に依拠した時間軸

時間軸は客観的で科学的なもののように、本質は覆い隠されるが、そうではない。西暦にしたところでキリスト教に依拠した「宗教歴」が世界を制覇したものである。西暦は「ニケア会議」などの政治と天文学、宗教の穏やかながらのっぴきならない衝突を数多く経て、今日に至っているのであり、それはイスラム歴、ヒジュラ歴などとて同様である。共通点はいずれも宗教に依拠した時間軸が、生活を規定することだ(だから本質的には「元号」批判者が無意識に西暦を採用することも、厳密には合理性を欠く面があるといえる)。

無意識に生活していても、わたしたちの日常は、一刻一刻が支配者により規定されており、その度合いが露骨であるのか、長時間を経て支配を終えた、いっけん穏やかなものであるのかの違いしかない。

◆中国、韓国、朝鮮も「国家が規定する時間軸」を自国民に強制などしていない

そして、元号は中国(三島氏によればその昔はベトナムに源があるという)が採用していた、王朝ごとに定められた「限られた宿命を持つ時間軸」である。中国は何千年も支配者による「限られた宿命を持つ時間軸」を使ってきたが、いまではもうそんなものはない。中華民国成立から中華人民共和国の定着によりは放棄された。

多くの社会主義諸国は不幸にも個人崇拝や独裁がはびこり、瓦解の憂き目を見たのだが、それでも「元号」のように野蛮で数千年前の支配意識にもとづく「時間軸支配」を制度的に取り入れた国はなかった。国粋主義者の皆さんがお嫌いな中国も韓国も朝鮮も「元号」に相当するような、野蛮な「民衆支配の時間軸」を持ってはいないし、自国民に強制はしていない。

この点、この島国の住民たちの目を覆いたくなるような「後進性」は、アジアだけではなく、世界的に見ても奇異といっていいだろう。もちろん民衆が支配される手段は直接的な「力」ばかりではなく、現在ではあからさまな「権力」であるところのメディアによる貢献がすさまじく大きい。

◆わたしが「元号」を嫌悪する理由

昨年あたりからは、どんな些細な年中行事にも「平成最後の」と枕詞をつけるのが、思考停止した新聞記者やテレビ番組制作者の習慣となっていた。「で、それがどうした?」と聞き返したら、なんとなく「平成最後の」枕詞愛用者はどんな反応を示すか。何人かに試してみた。

「どうしてそんな無意味なフレーズ使うの」と聞くと、揃いもそろって「忙しいのにめんどくさい質問するな」との表情だけが返答として帰ってきた。「こうするのが当たり前なのに、お前は何を馬鹿な質問をしているのだ」といわれいるような侮蔑感を含んだ視線でもあった。

でも、わたしにはわたしなりに「平成最後の」という耳障りな言い回しを嫌悪したり、「元号」を好感しない(嫌悪する)理由がある。

前述のとおり、時間軸の規定は「支配者」によって強制さわれる。近年さすがに「西暦との併用が不便だ」という実用面からの批判が高まっているが、それはそれで一理はあるものの、わたしが「元号」を嫌う理由とは違う。

「時間の規定軸が『支配者』によって行われる」。支配者はこの国の場合時の政権であるが、その根拠となるのは原則として天皇の代替わりだ。天皇の代替わりによってわたしたちの生活時間軸が規定される。この非近代性と反動性、さらには国家神道と密接に結びついた封建制こそが、わたしが「元号」を嫌悪する理由である。

◆基礎的な事実を無視した「天皇神話」に基づいて国家が時間を支配する愚

アキヒトは「戦後70年戦争に巻き込まれることなく」などと、ことあるごとに平和愛好主義者を演じているが、そのアキヒトが退位まじかに訪問した場所をご記憶であろうか。

《京都府を訪問中の天皇、皇后両陛下は(3月)26日、臨時専用列車で奈良県に入り、橿原神宮の神武天皇陵(同県橿原市)を訪問された。計11に上る譲位関連儀式の1つ「神武天皇山陵に親謁(しんえつ)の儀」で、天皇陛下はモーニング姿で祭壇に玉串をささげて拝礼し、4月30日に譲位することをご報告。続いて皇后さまもロングドレスの参拝服で拝礼される。
 陛下は(3月)12日、お住まいの皇居・御所で、譲位を報告するため伊勢神宮(三重県伊勢市)や神武天皇陵などに天皇の使い「勅使」を差し向ける「勅使発遣(はっけん)の儀」に臨み、神前で読み上げる「御祭文(ごさいもん)」を託された。15日には各陵で陛下からの奉納品を供え、勅使が譲位を報告する「奉幣(ほうべい)の儀」が行われている。》
(2019年3月26日付産経新聞)

また、3月30日付け産経新聞の記事には、《明治以後初となる譲位儀式にあたり、陛下は即位の儀式にならい、先祖に譲位を報告することをご決断。》との記事もある。

「先祖に譲位を報告することをご決断」したのが天皇自身が、宮内庁の取り巻きかはこの際大きな問題ではない。産経新聞が報道している通り、天皇制は「神武天皇」を初代とする「天皇神話」を、21世紀の今日にいたるも踏襲しており、天皇の代替わりは、その伝統的手法に従い行われている。元号の変更も同様である。

神武天皇は神話の世界の架空の人物である。紀元前660年が神武天皇の即位年とされているけれども、そんな時代に、日本には「国」があったのか。中学生の社会の教科書によれば、土器を作っていた「弥生時代」に相当するのが紀元前660年だ。

こういった基礎的な事実を、無視して「天皇神話」に基づき、大騒ぎしているのが「改元」騒動の正体である。神話に基づいた天皇に時間を支配される……。わたしはまっぴらごめんである。

だから、「よい元号」も「悪い元号」もなければ「よい天皇」も「悪い天皇」も個人としてはないのだ。天皇制それ自身が非科学的な宗教に依拠したものであるのだから、そんなものが残存していることがまずもって恥ずかしい話で、それに付随する一切の諸事は、前提なく破棄されて当たり前である、とわたしは考える。ナンセンスの極(きわみ)である。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなき『紙の爆弾』4月号!
〈原発なき社会〉を目指す雑誌『NO NUKES voice』19号 総力特集〈3・11〉から八年 福島・いのちと放射能の未来
田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

学校は絶対行かなければならないのか? 「学校」という名の洗脳機関・国民生産工場〈後編〉

◆前回のあらすじ

今日の学校では、いじめ(と言う名の犯罪)・外国にルーツを持つ児童への差別・教師の過剰労働など問題は多い。それらの問題の根源は近代の教育システムにあるのかもしれない。近代の教育システムは産業化や国民国家形成の中で同質的な「国民」を作るべく、構築された。本質的に国家の利益のために構成されているので、児童一人一人に対する教育という観点が欠如していると言える。

◆前近代の教育システムの再評価

ある意味では、前近代の教育システムの方が評価できるのかもしれない。

寺小屋の様子。少人数で個人指導が基本だった

日本では、寺小屋や鳴滝塾や適塾といった私塾、郷学や藩学という教育機関が各地にあった。それぞれの地域で独自のカリキュラムが組まれていたのであり、中央政府が一元的に教育内容を定めるといったことはなかった。他にもイスラームでは、国家が教育に干渉することを禁じており、教育は社会や地域、家庭に任せられるものであった。カリフやスルタンはマドラサと呼ばれる教育機関を設立することがあったが、それは個人での設立であって、国家による「公的な」設立ではなかった。

このような教育システムにおいては、それぞれがその状況に応じてカリキュラムを変更したり、授業速度を独自に調節できるので生徒一人一人に合わせての教育がしやすかった。実際、寺小屋では個人指導が基本だったという。

◆時代に適応できなくなった近代の教育システム

現代はグローバル化が進み、ハーフやクォーターの人も増え、児童の出自背景が極めて多様化している。このような状況でその出自背景を無視し、国家の定めた画一的なカリキュラムを子供たちに強制し、「日本人はこうだ」「日本の歴史はこうだ」といった考えを押し付けることは、その者たちを悩ますことになるのである。実際にアイデンティティで日本人であるか、外国人であるか揺れ動く者は少なくない。これは何も日本だけに限った話ではない。

大切なことは、一人一人に合った教育を行うことである。それを実践するには、国家の定めたカリキュラムに沿って一人の教師が教室で大勢の子供を相手に一斉に授業をする、といった形式は明らかな不都合である。また、1人で大人数の生徒を相手にしなければならないとなると、一人一人に対して目が行き届かなくなり、いじめの温床にもなる。

近年の日本の教育状況や自分自身の体験から考えると、今の教育制度(特に日本)に対しては、疑問を感じるところが多い。

日本史はたいてい旧石器時代から始まり、近代史に入る頃には受験がせまっているので早く授業を進めざるを得ない。そのため、しっかりと日本の海外侵略の過程を知ることはできない。語学ではほとんどの学校では英語のみで、近隣諸国の中国語や韓国・朝鮮語の授業はない。少数派のアイヌ語や琉球諸語の授業も同様である。唯一といってもよい英語でさえ、まともに話せず中には駅前の英会話教室に通っているような「英語教師」による、「英語の授業」が押し付けられる(外国人と話すにはまったく使い物にならない)。

受験が近づくと、学校によっては進学実績を上げるべく生徒には、「国公立大学に進んで当然」といったプロパガンダを吹き込まれる。学校側にとって、生徒は学校の評判を上げるための単なる「駒」である。生徒の人生設計のためには私立大学や専門学校、就職など多様な選択肢があっていいはずではないのか。近年は道徳の授業が「義務教育」で復活したが、道徳は家庭や地域で教えるものであり、わざわざ国家が教える内容まで決めるなどナンセンスである。ましてや文化の異なる外国人児童にも同じ「道徳」を教えるなど時代の流れに逆行もいいところである。そして、現場の教師はカリキュラムの変化によって中央政府に振り回される。

こんな状況で主体的に動き、批判的に考え、社会を深く理解できるような人間が育つはずがない。若年世代もその多くが安倍政権を支持するのは当然と言えよう。

時代はまさに、社会や地域、家庭が自分たちで教育について考える時なのではないのだろうか。近代以降、教育は国家が管理するものであった。それはまさに「国家の、国家による、国家のための」教育であった。むしろ「洗脳」と言うのが正しいのかもしれない。しかし、急激なグローバル化に伴い人間の移動が流動化、その結果として日本は明らかに「単一民族国家」ではなくなったし、多くの国々もその傾向にある。領域国民国家は国民の単一性を志向するが、社会は多様化・複雑化する傾向にある。

このような社会状況に、官製カリキュラムが対応するのは困難である。独自にカリキュラムを定めて教えるしかないのではないだろうか。地域や社会が自分たちで子供たちに教えるべきことを決めて、自分たちが子弟を教える。昔の寺小屋や私塾、マドラサが再評価されてもいいだろう。

近代教育システムはもはや時代に適応できていない。代替物が考案されてもいいはずである。国家の利益のための「教育」ではなく、一人一人が世界で生きるための本当の教育へ。「学校」などに絶対行かなければならないということの方がおかしいのである(了)。

◎学校は絶対行かなければならないのか? 「学校」という名の洗脳機関・国民生産工場
〈前編〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=29526
〈後編〉 http://www.rokusaisha.com/wp/?p=29533

▼Java-1QQ2
京都府出身。食品工場勤務の後、関西のIT企業に勤務。IoTやAI、ビッグデータなどのICT技術、カリフ制をめぐるイスラーム諸国の動向、大量絶滅や気候変動などの環境問題、在日外国人をめぐる情勢などに関心あり。※私にご意見やご感想がありましたら、rasta928@yahoo.ne.jpまでメールをお送りください。

衝撃『紙の爆弾』4月号!

逃げ隠れする厚労省「韓国ヘイト官僚」 彼らを税金で食べさせていいのか?

大声で「韓国人なんて嫌いだ!」と叫びまくったばかりか、空港職員を蹴ったり殴ったりして日本の恥を世界にさらした官僚がいる。厚生労働省の武田康祐賃金課長(前職・47歳)である。

武田前課長は3月16日から4日間、私的な旅行で韓国を訪問していた。国家公務員が海外渡航する場合は届け出が必要だが、しかるべき手続きもしていなかったという。国会開会中の課長クラスの管理職の外遊(有給休暇)も、通例では珍しいいことだという。かようなルール違反のうえに、外国で暴言・暴行をはたらいたのである。泥酔状態だった。

取り押さえられてからも、自身のフェイスブックで「なぜか警察に拘束されています」「変な国です」などと投稿し、恥の上塗りをしている。そもそも「嫌いな国」「変な国」をなぜ訪問したのか、この官僚こそ「変」ではないか。


◎[参考動画]만취 일본인, 공항서 물건 집어던지고 발차기 폭행 난동(JTBC News2019/3/19公開)

◆韓国労組が謝罪と賠償を要求するも、日本政府は沈静化にやっき

武田前課長はなぜか無事に帰国し、厚生労働省は官房付に更迭したが、民間人なら韓国警察に逮捕・起訴されているところだろう。当然、民間のサラリーマンなら逮捕・起訴された時点でアウト。懲戒解雇である。

韓国側の措置は他国の高級官僚を逮捕することで、外交問題に発展するのを怖れての起訴猶予だったに違いない。この措置のどこが「変な国」なのだろうか。

当然にも、被害者である大韓航空の労働組合は、日本政府(大使館と厚生労働省)にたいして「武田氏の謝罪と賠償」を求めてきた。それが容れられない場合は、公務員資格の剥奪につながる実力行動に出るとしている。暴行罪という犯罪をおかしたのだから、これまた当然の要求であろう。日本国民の血税で食べている国家公務員なのである。事件を起こした段階で、すぐさま懲戒解雇処分が出てしかるべきだった。ところが、日本政府には処分以上の動きはみられない。これでは韓国を「変な国」という役人を庇護することで、「徴用工問題」での韓国の対応を「変な国」としている態度が、そのままブーメランとして返ってくる。日本こそ「変な国」になってしまったのである。


◎[参考動画]韓国の空港で暴行騒ぎの元課長 「厳正に対処」(ANNnewsCH 2019/03/22公開)

◆学歴でストレスも

ところで、武田前課長は、国家公務員1種試験に合格した、いわゆるキャリア組である。47歳で課長職に登りつめ、局長レース、次官レースを競うエリートである。その赫々たる経歴を紹介しておこう。労働省(当時)入省から8年目に児童家庭局の課長補佐に就任し、鹿児島労働局の総務部長として地方でのキャリアも積んでいる。そして本省にもどって政策統括官付参事官室長補佐、海外に転出しては在タイ日本大使館一等書記官、2015年に内閣官房一億総活躍推進企画官、2016年に内閣参事官(働き方改革実現推進室)、そして2017年に課長就任である。出世レースではトップクラスを走っているというべきであろう。

ただし、ひとつだけ経歴に難があるとすれば、出身大学が明治大学だということだ(筆者も明大卒だ)。まず1種試験に合格しただけでも優秀の証しだが、東大法学部で占められる官僚のキャリア社会では、ストレスが溜まることが多かったのではないか。たとえば「(東大法学部の)何年卒?」と訊かれ、その年度序列において人間関係が決まるのが、厚生労働省のみならず霞が関高級官僚の常識だからだ。京大卒や早慶卒でも「珍重」されるのだという。そこで、蓄積したストレスの発散のために、武田前課長はルール違反の外遊を行なったのではないか。一部の報道によると、韓国に入国する前はタイにいたという。かつての赴任地で、かれは何をしていたのだろうか。

それにしても、恥ずかしい「ヘイト官僚」である。上記の出世の背景に、やはり学歴コンプレックス(三菱資本の成蹊大卒)のある安倍晋三総理の力が働いている(官邸主導の官僚人事)のは明らかで、その意味ではエリート官僚が安倍政権の推進を担い、あるいは「ヘイト活動」で「政治的」に突出することで地位を得たものの、そのストレスで非常識な外遊、そして非常識な言動に出たと言えるのではないだろうか。ここでも安倍政治の弊害がひとつ、明らかになったというべきであろう。

▼横山茂彦(よこやま しげひこ)
著述業・雑誌編集者。主な著書に『軍師・黒田官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)、『真田一族のナゾ!』『山口組と戦国大名』(サイゾー)など。医療分野の著作も多く、近著は『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

一水会代表 木村三浩=編著『スゴイぞ!プーチン 一日も早く日露平和条約の締結を!』
衝撃月刊『紙の爆弾』4月号!

滋賀医大小線源患者会が同病院正面玄関で抗議活動を決行!

滋賀医大小線源患者会(以下「患者会」)のメンバーが、3月27日午前9時30分頃から同病院正面玄関で抗議活動を行った。

同月21日にはMBS(毎日放送)が滋賀医大附属病院の問題を特集で放送した(以下URLで放送内容はご覧いただける)。https://www.mbs.jp/voice/special/archive/20190321/

患者会は放送翌日の22日にも抗議活動を行ったが、同日は病院の通報により駆け付けたパトロールカーが、「病院から迷惑行為だ」との通報が入っていることを患者会に告げ、患者会はその時点で抗議活動を打ち切った。従来、病院前での活動には警察に使用許可を出しており、「もういい加減に病院も、警察への通報はあきらめるだろう」と患者会のメンバーは考えていたが、MBSの放送翌日でもあり、病院側はとくに神経質になっていたようだ。

27日は好天で、あたたかく入れ替わりながら常時約20名のメンバーが抗議活動に参加した。

病院前で展開された抗議活動
抗議活動に参加した待機患者のご伴侶

この日も入院中の患者さんや、診察を受けに病院へやってた患者さんなども含め病院のなかと、出入りする車両に幟で岡本医師の治療継続を訴えた(この問題の詳細は過去の記事をご覧いただきたい)

入院中に抗議活動に参加して、低体温で体調を崩された元入院患者さんも、参加され「Aさん、こんどは熱中症で倒れんとってや」と仲間の患者さんから冗談も飛ぶが、笑顔の中にも真剣さが失われることはない。通常男性の姿が圧倒的に多い「患者会」の活動だが、この日は待機患者さんのご伴侶も抗議活動に参加されていた。

MBSでこの問題が放送され、滋賀県議会でも問題が取り上げられるなど、滋賀医大附属病院に向けられる、視線はますます広がりを見せているが、滋賀医大附属病の執行部と、泌尿器科は「暴走」を止める気配はない。同病院はHPで、

滋賀医大附属病院のHPより

と4月以降に同病院が小線源治療を2名の担当医によって行うと広報しているが、そのうちの1名は、現在患者4名に説明義務違反で訴えられている成田充弘医師(被告)であることを、病院は患者からの問い合わせに答えている。

成田医師は、小線源治療の経験がないにもかかわらず(一度見学したこと、研修会に出たことなどはあったそうだが、自らが手術をしたことはなかった)、そのことを患者に告げず、小線源治療を行おうとしたことにより、現在大津地裁に訴えられ、係争中の人物だ。

成田医師はその「事件」のあと小線源治療の経験を積んだのだろうか? 少なくとも滋賀医大附属病院の中ではその痕跡はない(実態として「ない」)。では他の病院で「執刀」して経験を積んだのだろうか。成田医師は滋賀医大附属病院の専任准教授であるから、常識的に他の病院で「患者に小線源療法を行うことはありえない」と医療関係者は異口同音に語る。

これから滋賀医大附属病院の泌尿器科で、小線源治療を受けようとしている患者さんたちは、同病院の担当医に詳しく説明を求める必要があろう。

それにしても「説明義務違反」で被告のみとなり係争中の人物を、あえて問題の中心に再び据える同病院、泌尿器科の神経がわからない。違法ではないかもしれないが「異常」であることは間違いない。

患者会の皆さんはそのような理不尽を無言ながら行動で、病院前で糾弾しているのである。

病院の中から見た様子

幟のメッセージも以前よりも強いトーンに変化した。

どう考えてもおかしい。病院が自分で暴走にブレーキを掛けられないから、患者さんたちが体をはって、暴走を止めようとしている。癌に苦しみ、あるいは快癒しても、どうして、こんな春の穏やかな日和に、朝から滋賀の田舎で抗議活動を行わなければならないのか。

繰り返すが、このような暴虐は、患者さんをないがしろにするものであると同時に、滋賀医大付属病院で、まじめに患者に向きあう、多くの医師をはじめとする医療関係者への冒涜でもある。絶対に許すことはできない。

《関連記事》

◎滋賀医大附属病院への「異例の抗議」行われる(2019年2月16日)
◎岡本医師の治療を求める患者7名と岡本医師が、滋賀医大附属病院を相手取り、異例の仮処分申し立てへ!(2019年2月9日)
◎滋賀医大附属病院の「治療妨害を断罪」! 岡本医師の治療を希望する前立腺癌の患者さんと、岡本医師が仮処分申し立てへ(2019年2月2日)
◎1000名のカルテを組織的に不正閲覧! 院長も手を染めた滋賀医大附属病院、底なしの倫理欠如(2019年1月19日)
◎岡本医師のがん治療は希望の星! 救われる命が見捨てられる現実を私たちは許さない! 滋賀医大小線源治療患者会による1・12草津駅前集会とデモ行進報告(2019年1月14日)
◎滋賀医科大学 小線源治療患者会、集中行動を敢行!(2018年12月24日)
◎滋賀医大病院の岡本医師“追放”をめぐる『紙の爆弾』山口正紀レポートの衝撃(2018年12月13日)
◎滋賀医科大学医学部附属病院泌尿器科の河内、成田両医師を訴えた裁判、第二回期日は意外な展開に(2018年11月28日)
◎滋賀医科大学に仮処分の申し立てを行った岡本圭生医師の記者会見詳報(2018年11月18日)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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田所敏夫『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY 007)

釜ヶ崎で人が死んでも平気なのか? 「あいりん総合センター」閉鎖の異常事態

環状線JR新今宮駅の目の前に建つ「あいりん労働福祉センター(あいりん総合センター)」(以降、「センター」と呼称)は、1970年「就労の斡旋と福祉の向上」を目的に開設され、あいりん職安や公益財団法人西成労働福祉センターのほか、売店、シャワー室、食堂、足洗い場、娯楽室などが入り、仕事を探すだけではなく、日雇い労働者や生活に困窮した人たちが、最低限の生活を維持出来る場所として機能してきた。

新今宮駅前に建つ「あいりん労働福祉センター」(あいりん総合センター)。この中に「あいりん職安」「西成労働福祉センター」始め、諸々の施設が入居している日雇い労働者の町・釜ケ崎を象徴する建物

しかしここ数年建て替え問題が急速に進み、3月11日には隣接する南海電鉄高架下に建設された仮庁舎に一部の業務を移転、3月末には閉鎖される事態となった。

仮庁舎、本庁舎の建設費用は大阪府の税金が使われるが、現在、大阪地裁で、この仮庁舎の建設費用が違法であるとして、大阪府を提訴した「公金違法支出損害賠償請求事件」の裁判が争われている。

建設時「100年持つ」と言われたセンターがなぜ突然建て替えとなったか? なぜ仮移転先に操業81年の老朽化し危険な南海電鉄高架下が選ばれたか? センター閉鎖となったら、そこを使う、とりわけ生活に困窮した人たちはどうすればいいのか? 釜ヶ崎から報告する。

◆橋下徹氏が大阪市長時代にぶちあげた「西成特区構想」

センター1、3階では現在も80~100人の人たちが段ボールを敷き横になったりして休んでいる

センター建て替え問題が本格化したのは、2011年橋下徹氏が大阪市長になって以降である。橋下氏が「西成が変われば大阪がかわる」「西成をえこひいきする」とぶちあげた「西成特区構想」のなかで、釜ヶ崎再編が本格的に着手され、センター建て替えへと一挙に流れがかわってきた。

ご存じの方もいるだろうが「釜ヶ崎」という日本最大の日雇い労働者の町は、1970年大阪万博(日本万国博覧会)に必要な労働者(力)を大量に確保するため、まさに国によって作られた町である。

橋下氏は西成特区構想の目的を、(1)生活保護受給率が高いこと、(2)不法投棄が多いこと、(3)結核の罹患率が高いことなどの「西成の諸問題」を解決し、「子育て世代」を呼び込むこととしているが、生活保護受給者の増加とは、そうして集められた労働者の多くが家族と別れ単身のまま働き続け高齢化し、生活保護を受給せざるを得なかっただけのことで、その責任は労働者にはない。不法投棄の多さも結核の罹患率の高さも、経費節約で不衛生な環境のドヤに労働者を押し込めてきた結果でもあり、責任はドヤ主たちや釜ヶ崎という町を作ってきた国や行政の側にあるはずだ。

◆「弱者」を閉め出すジェントリフィケーション

「西成労働福祉センター」の中には横になり休めるスペースはない

西成特区構想の狙いとは結局のところ、高齢化し、「金を生まないどころか金(税金)を食う」元の住民を追い出し、子育て世代など「金になる」新しい住民に置き換えようというものだ。「(釜ヶ崎は)家賃や土地代が安い上に交通アクセスなどの利便性が高い、(すると)『こういう経済的ポテンシャルがある土地を労働者や貧しい人たちに占有させておくべきではない』という主張がまかり通ってくる。それは間違いなくジェントリフィケーションの論理です」と「ジェントリフィケーションと報復都市」(著・ニール・スミス)を翻訳・紹介している神戸大学准教授・原口剛氏はいう。

橋下氏の意向をうけ、鈴木亘氏(学習院大学経済学科教授)が大阪市の特別顧問に就任、「西成特区構想有識者座談会」などが開催されてきたが、事態が大きく転換したのが2014年9月から始まった「まちづくり検討委員会」である。それまで釜ヶ崎には労働者の側で活動する人たち、そうした勢力に敵対するように警察と一体となり労働者の弾圧や排除に加担する人たちがせめぎあってきたが、そうした人たちが「一同に」集められ始まったのがこの会議である。会議は6回開催され、全て公開で誰でも傍聴できたが、その後各部門に分かれた会議はいずれも非公開となった。センター問題を検討する「労働施設検討会議」は西成区役所内で行われているが、会場前で「これまで通り一般傍聴を認めろ」と要求する人たちを排除するために、役所の要請で西成警察署員が導入される場面もあった。

◆「労働施設検討会議」の実態

センター建て替えも仮移転先を南海電鉄の高架下に決めたのもこの会議だが、これほど秘密裏に行われる会議の実態とはどういうものか? 同会議に委員として参加する釜ケ崎地域合同労組委員長の稲垣浩氏に聞いた。

「会議は大阪市大教授の福原宏幸氏が司会を務めるが、全体的には大阪市、大阪府、そして国が作った青写真に基づいて進められているという感じだった。議事録には誰がどう発言したか証拠が残らない。委員は意見をいうだけ。役所は自分たちの都合のいい意見だけとって、計画を進めていくという感じでした」。

どこで誰が決めたか不確かなままだが、問題なのは、そうして「決まった」センター建て替えと南海電鉄高架下への仮移転などが、釜ヶ崎の住民にはほとんど知らされていないことだ。行政はその都度「ホームページに掲載されています」と説明するが、それでどれだけの人たちに情報を周知出来きたのか? 携帯やパソコンを持たない(持てない)人たちにとって「ホームページってどこにあるんや? センターの近くに出来たんか?」という話になりはしないか?

◆仮移転先の南海電鉄高架下施設の建設費用が異常に高い

更に、ほかにいくつか候補のあった仮移転先が、何故わざわざ危険な南海電鉄高架下になったのか? つきつめていくと仮移転先の南海電鉄高架下施設の建設費用が異常に高いことがわかった。例えば大阪地裁横の天満警察署の建て替えに伴なう仮庁舎の建設費用と比較しても、同じ鉄骨構造2階建て、面積は倍近い天満署の仮庁舎が約2.7億円であるのに対して、センター仮庁舎は約7.5億円である。公金の支出は、地方自治法によって必要最低限度内に納める必要があるにも関わらず、非常に高いのはおかしい、ということで2018年6月「住民監査請求」を行なったが、結果棄却され、その後現在の裁判を争うこととなった。

頑丈な造りの「西成労働福祉センター」
簡易なプレハブ構造のあいりん職安

裁判では、同じ場所、同じ機能を持って移転する「あいりん職安」と「西成労働福祉センター」を比較して、金額の違いを問題にしている。両建物の平方メートルの単価を比較すると、あいりん職安の仮施設が3万2,172円に対して、センターは4万5,733円と約1万円の差額が生じる。この差額は両者の建設手法の違いから生じているようだが、それは現場で外観を見ただけでも一目瞭然だ。

あいりん職安は、本施設完成に伴い撤去が予定されていることから、簡易な構造物になっているが、センター仮移転施設は頑丈な造りで、仮移転完了後も、他の施設として転用し、何十年も使用できるような建造物になっている。しかもこちらには終了後に原状回復するための解体工事費も入っていない。

これは同じ南海電鉄の難波駅高架下に作られ、話題のエリアと注目されている「なんばEKIKANプロジェクト」と良く似た構造だ。こうした「高架下ビジネス」は近年全国規模で展開されているようだが、難波駅の高架下で南海電鉄が儲けるのは勝手だが、現在建設されている構造物は府民の税金で作られている。これは大問題ではないのか?

◆「耐震性に問題」といいながら上階の「医療センター」と「市営住宅」は閉鎖せず

もう一つ、釜ヶ崎公民権運動や釜ヶ崎地域合同労組がセンターと交渉を重ねる中、3月末1、3階を閉鎖して以降も、上の「医療センター」と「市営住宅」は閉鎖せず出入り出来ることがわかった。たしかセンター建て替えの最大の理由は、耐震性が弱く、次の大震災で倒壊し、住民に被害が及ぶからではなかったか? 阪神淡路大震災後、何度も耐震性が問題にされながら、点検も補修工事もしなかったくせに、ここにきて突然「耐震性に問題」とは良く言えたものだが、大地震で倒壊の危険性があるというなら、2年間医療センター(80床)の入院患者、職員の命はどうでもいいのか? 「30年内に7割~8割の確率で起こる」と言われる南海トラフ地震は、30年後に起こるか、明日起こるかは予測不可能だ。ならば1、3階閉鎖と同時に、上の医療センター、市営住宅も閉鎖すべきではないのか? 「医療センターと市営住宅の移転先施設がまだ完成していないので、上は使います」というなら、今日明日を生き延びる人たちのために1、3階も開放されるべきだ。

3月18日西成区役所で開かれた「労働施設検討会議」の会場入り口で、「釜ヶ崎公民権運動」の人たちが、参加委員に配布したチラシがある。そこにはこう呼びかけられている。「4月からあいりん総合センター閉鎖で、人が死ぬことになっても平気ですか?」

▼尾崎美代子(おざき・みよこ)https://twitter.com/hanamama58
「西成青い空カンパ」主宰、「集い処はな」店主。

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学校は絶対行かなければならないのか? 「学校」という名の洗脳機関・国民生産工場〈前編〉

◆学校で起きる諸問題

今日、学校(この記事では主に小中高を指す)では様々な問題が起きている。いじめ(という名の犯罪行為)とそれによる自殺、外国にルーツを持つ子供たちへの差別、過酷すぎる教員の職場環境……。

『いじめは、なぜ学校で次々に起きるのか』(『月刊Wedge』2012年7月31日=2018/11/16筆者閲覧)

『「日本人」になれない外国ルーツの子供たち』(クーリエ・ジャポン2018年10月14日=2018/11/16筆者閲覧)

『公立小中学校の教員はブラック勤務が前提?!週60時間以上働いても残業代は支払われず』(東洋経済2017年3月3日=2019/3/2筆者閲覧)

去る2月19日に、大津市立中学2年の男子生徒=当時(13)=の自殺をめぐる損害賠償請求訴訟で加害者側に賠償請求が命じられた。この事件では、自己保身集団である教育委員会と学校はまともにいじめについて調査をしないばかりか隠ぺいまで行っていたという。これに限らず、学校でのいじめは後を絶たない。嫌がらせレベルから暴行・脅迫レベルまで範囲は広い。

外国にルーツを持つ児童に関しても問題は多い。昔から在日朝鮮人の子供たちが出自から学校で嫌な思いをするということはあった。これに加え、両親がブラジル人でその児童も日本語がうまく話せず学校に授業についていけなくなる、または両親のどちらかがインドネシア出身で、宗教的な違いから学校になじめず引きこもるか荒れるといった事例を見聞きしたことがある。

教室の様子。現代はこのような教室で国家が決めたカリキュラムに沿って授業が行われる

近年はこのようなことが増えている。そういえば残虐性で恐れられたイスラーム国の兵士には、フランスやイギリスなどヨーロッパ出身者が多くいた。彼らはアラブ諸国から移住したヨーロッパ社会で疎外感を抱き、やがてイスラーム国に加わることによって、その社会に対して牙をむくようになったのである。この事実は今後移民が増える日本社会に大きな示唆を与える。

教える側も大変である。2019年時点で、小中学校とも週当たりの労働時間が60時間以上が70%以上を占める。週60時間労働は、月残業時間が80時間強の状態に相当する。私のいとこは名古屋市内で小学校の教師をやっているが、非常に大変だという。剣道部出身にもかかわらずサッカー部の顧問をやらされ、指導要領の改訂で教える内容が増加したなどでいつも夜遅くまで残業をしていて、まったく生活に余裕がないようである。

◆「国家の、国家による、国家のための」近代教育システム

このような状況が続くと、「先生に問題がある」や「生徒の生育環境に問題がある」といった以上に、根本的に今の教育システム自体に何らかの問題があるのではないかと考えてしまう。

そもそも今の教育システムは近代の西欧で登場し、その後世界に広まったものである。近代の西欧では、国民国家の形成や産業化に伴い同質な文化を持つ「国民」労働者が必要となった。そのために「国歌」「国史」「国語」が形成されることになった。このように近代教育システムというのは、国家が効率的に人間を動員しやすくなるために作られたものであり、「子供のためにどう教育するか」という視点が根本的に欠けている。

それは「義務教育」(高校は義務教育ではないが指導形態は小中と同じである)の名で児童・生徒を強制的に教室に押し込めて、中央政府が定めたカリキュラムに従って、生徒の様々な特性(性格、民族出自、宗教など)を一般的には無視したうえで画一的なコンテンツを頭の中に叩き込む。その目的は同質的な「国民」という、国家にとって使い勝手の良い者を作り出すためである。

近代以降の日本でも「教育勅語」によって国家や天皇に対する忠誠や奉仕が徹底された。現代の世界でも学校などで実践される、掲げられた国旗に対して頭を下げたり国歌を歌うといった行為はまさに国家への忠誠心を示すものである。また、同質的な「国民」を「生産」すべく教育の場では「国語」や「国史」が教え込まれ、その過程でアイヌなど少数先住民の言語や文化が壊滅的なダメージを受けたのは有名である。このように近代の教育システムというのは、本質的に「国家の、国家による、国家のための」教育制度であり、そこでは生徒一人一人に応じた教育は軽視される傾向にある。(後編につづく)

▼Java-1QQ2
京都府出身。食品工場勤務の後、関西のIT企業に勤務。IoTやAI、ビッグデータなどのICT技術、カリフ制をめぐるイスラーム諸国の動向、大量絶滅や気候変動などの環境問題、在日外国人をめぐる情勢などに関心あり。※私にご意見やご感想がありましたら、rasta928@yahoo.ne.jpまでメールをお送りください。

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野党がいない ── 統一地方選、参議院選を前に考えるもうひとつの野党像

◆自民党と大差がない野党各党

ことしは統一地方選挙のおこなわれる年にあたる。参議院議員選挙もおこなわれる。衆議院の解散があれば、衆参同日選挙となるかもしれない。地方・都道府県・国政の方向を軌道修正する機会が選挙なので、ことしの選挙でぜひ!と望ましい変化に向けての選挙展望などを披瀝してみたいのだけれども、自分に嘘をつかないと、評論家のようにいい加減なことしかいえない。

評論家の皆がいい加減であるとはいわないが(皆ではなく多くがいい加減であることは確かだ)、「政治評論家」や「政治学者」と自・他称し、されている方々が、あれこれ述べる展望や予想には、どうも違和感がぬぐえない。

自民党内の力学分析や石破の処遇へのコメントに、現実変化へのいかほどの意味があるだろうか。民主党だか国民民主党だかわからない、結局は「保守」を自称する立場としては野党各党には、主張の違いを見つけるのが難しい。これはわたしの不勉強に起因する問題ではなく。各党の政治理念と行動や公認予定者の顔ぶれを眺めると、自民党と大差がないのではないかとしか思えない、ありさまが原因なのだ。

◆多くの野党議員に共通する「細野豪志的」危うさ

民主党政権時代には大臣も経験し、山本モナとの不倫をパパラッチに撮られたことのある細野豪志はその象徴的な人物といえよう。細野はその昔原発の勉強をしたいと、ルポルタージュライター明石昇一郎さんのもとに訪れたことがある。「ふんふん」と明石さんの説明に細野は原発の危険性を理解したようであった。ところが、福島第一原発事故後、内閣府特命大臣(消費者及び食品安全)に任命されると、もっぱら原発事故の危険性隠しにやっきになる。

故鳩山邦夫の秘書の経歴を持ち、やはり原発事故後に一時「正義の味方」と勘違いされた上杉隆と都内の某レストランで会食していた細野とたまたま隣の席になったことがある。“胡散”臭いの発し方にかけては劣らぬ二人の会食に気が散って、料理の味よりも隣の会話に神経が向かったが、話の内容はどうということのない内容だった。細野は自民党に入党を前に(?)二階派入りをするという。3月16日朝日新聞デジタルには「漂流する細野氏『民主のホープ』はメンツ捨て自民へ」の見出しが。「民主のホープ」だったかどうかは別にして、細野が節操のない男であることは、彼の政治家としてまた個人としての活動歴を振り返れば、一目瞭然だろう。

ところが困ったことに、細野ほどではないにしろ、自民党以外の政治家には「細野的」危うさが拭い去れない、議員や政党ばかりで、「この党になら投票したい」、「この候補者になら投票したい」と感じられる対象がほとんど存在してくれないのだ。

◆いまこそ「自民党と正反対の主張」を掲げる政党の登場を望む

前述の通り民主党をルーツにする各政党は、その主張において自公政権に対する明確な対抗勢力ではない。社民党は力が弱すぎる(沖縄での存在感は別にして)、日本共産党は「野党共闘」を強調するが、自民党と主張が変わらない野党が共闘して選挙に勝っても、政治が変わる保証があるのだろうか。日本共産党はマルクス主義による社会主義の実現を求める政党だと、同党は主張しているが、そうであれば野党であっても本質が自民党と大きく変わらない政党との連携は矛盾しないか。

わたしの拙い想像であるが、「自民党と正反対の主張」(護憲・集団的自衛権反対・原発即時廃止・消費税廃止・法人税と累進課税の増税・少子化を前提にした社会の再構成・身の程にあった自然を壊さない、壊持続可能な産業界再編)などを掲げた政党が現れれば、かなりの得票をえられるのではないだろうか。

◆大阪では「ファシズムA」VS「ファシズムB」という選択

大阪では知事・市長・府会・市会の同時選挙がおこなわれる。でも知事・市長選挙の選択肢は実質「維新か自民(プラス諸野党)」という、正直不幸としか言いようがない2択になりそうだ。「ファシズムA」と「ファシズムB」のどちらからかしか選べない。「民主主義」が原則の社会でこんな2択は選挙といえるだろうか。多様性どころではない。どちらが当選したって「大阪都構想」以外には変わりがないことは選挙民は知っているだろう。

でも本当の間接民主主義は、こんなに似通った(ほとんど同じ)主張の二者から選ばなければならない、窮屈な制度ではないはずであるし、根本的に政治思想の異なる(国家主義、新自由主義ではなく、社民主義や社会保障重視主義)オプションがなければ、政治で社会は変わらない。

今日日本の行き詰まりと閉塞感は、名称は異なるがその実、中身の変わらない政党しか存在せず、選挙で社会を変えることのできる政党や候補者がない。このことに由来するのではないだろうか。


◎[参考動画]2019年3月18日参議院予算委員会(山本太郎=国民民主党・新緑風会の質疑部分)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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