《書評》歴史は山上徹也をどう裁くのか、鈴木エイトの『アンビバレント』を読む

黒薮哲哉

ルポルタージュを読んでいて時々お目にかかるのが、まるで詳しい年表を読んでいるように味気ない作品である。とにかく情報が詰まっている。しかも、同じ密度で記述されているので、読み物としては単調になりがちである。

鈴木エイトの『アンビバレント』(講談社)は、その対極にある作品である。巧みな構成により、ひとつの書籍の中で二つのドラマが並行して展開する。ひとつは、山上徹也被告の十五回にわたる公判から判決を経て、著者が拘置所で被告と接見するに至るドキュメンタリーである。単に裁判記録を紹介しているだけではなく、恐らく調書には残らない生の声も記録されている。たとえば、山上被告の母親が証言台に立った時の次の場面である。

「徹也には本当に申し訳ないことをしたと思っています」
「尋問は終わりにしますので、しばらく待機していてください」
裁判長の注意を無視して、母親は再び被告人席に向かって呼び掛けた。
「てっちゃん、ごめんね」
「ここはあなたが発言する場ではない。黙ってください」
 と、裁判長から厳しく注意を受ける母親。

この時、山上被告は涙を浮かべていたという。第十三回公判では、安倍晋三元首相の妻・安倍昭恵が入廷する。そして本書のクライマックスで、著者の鈴木エイトは拘置所で山上被告と向き合い、安倍元首相殺害とは何だったのかを問い直す。それは裁判や既存メディアの報道から浮かび上がる人物像とは異なる側面を示していた。

これら一連のエピソードと同時進行するもうひとつのドラマが、山上被告がどのような境遇で育ち、どのようにして安倍元首相殺害に至ったのかの事実検証である。山上被告の半生が、関係者の証言を通して再構成されている。そこでは宗教二世の悲劇が具体的なエピソードによって語られる。

本書は、単に事件を忠実に記録したという域を超えて、複雑な事件を整理し、意味づけし、秩序立てて読者の前に提示した。ジャーナリズムの手本にほかならない。それを可能にしたのは、長い歳月を費やした取材と対象への執念ではないだろうか。

私的な話になるが、中米のニカラグアにも山上被告と同じようにテロに走った青年がいる。リゴベルタ・ロペスという詩人である。ロペスは一九五六年、上流階級の豪勢な宴会に紛れ込み、至近距離から独裁者アナスタシオ・ソモサを銃殺した。ソモサは当時、長期独裁体制を築き、ニカラグアの政治から、軍事、産業までを一族で支配していた人物である。米国の強い支援を受けながら統治を続け、貧しい人々の血を吸いとる売国奴と見なされていた。

リゴベルタ・ロペスは事件後、即座に射殺された。その後、一九七九年にソモサ独裁政権が革命によって崩壊すると、リゴベルタ・ロペスの名はよみがえった。国民的英雄となったのである。

詩人という肩書が付されているので、私は彼の詩作を調べてみた。しかし、後世に残るような作品は見当たらなかった。なぜ「詩人」なのか。この答えをニカラグアの人に尋ねてみると、詩人という言葉の意味が日本とは異なることが分かった。詩人とは、純粋な魂を持ち、不正を容認せず、真実に忠実な人のことなのだという。

テロという行為そのものが正当化されることはない。しかし、その背景や動機についての歴史的評価は、時代とともに変化する可能性がある。本書『アンビバレント』は、そのことを考えるための重要な材料を提供している。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月21日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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浅野健一氏と『世界日報』(後編)―― 問われるジャーナリズムの整合性

黒薮哲哉

本稿は、ジャーナリストで元同志社大学教授の浅野健一氏が、『世界日報』にコメントを寄稿していた問題の続編である。前編で筆者は、浅野氏のコメント内容の問題点を指摘した。浅野氏は、同志社大学の教授がセクハラ報道により自殺に追い込まれた事件についてのコメントで、「通常犯罪の調査報道やめよう」と呼びかけていたのである。前編は、次のURLからアクセスできる。

浅野健一氏と『世界日報』―― 統一教会機関紙への登場を検証する

◆ジャーナリストとしての浅野氏の姿勢

本稿では、あるひとつの事実を基にして、浅野氏の報道姿勢について検討する。浅野氏は、「一九八四(黒薮注:九月)に第一作『犯罪報道の犯罪』を出版した際、統一協会系の月刊誌『知識』から、『二百万円を提供するので、浅野さんの好きな取材をして連載を書いてほしい。その中に、戸塚ヨットスクールの報道被害を必ず入れてほしい』」という提案を受けた。(『紙の爆弾』、2024年10月号、浅野氏執筆)。しかし、この企画を断った。その後、同年11月21日になぜか同じ統一教会系の『世界日報』へ、「通常犯罪の調査報道やめよう」というコメントを寄稿したのである。

『知識』の企画を断ったのは、『紙の爆弾』の記述によると、浅野氏が統一教会の反社会性を認識していたからである。ところが、『世界日報』へのコメント寄稿には応じている。両方とも統一教会系の雑誌であるにもかかわらず、異なる扱いをしているのだ。

この点について浅野氏は、『紙の爆弾』への寄稿では何も書いていない。本来は、説明すべき事柄であるが。読者が最も知りたい点にほかならない。

以下、『紙の爆弾』の記事を引用しよう。浅野氏が『世界日報』へコメントした事実を念頭に置いて読んでみると、ジャーナリストとしての浅野氏の姿勢が輪郭を現わしたりにじんだりする。ジャーナリズムの真髄である真実の追求とはほど遠い印象を受ける。筆者には、浅野氏がどのような人物なのかさっぱり分からない。読者は、以下の記述を読んで何を感じるだろうか?

《一九八四年(黒薮注:9月)に第一作『犯罪報道の犯罪』を出版した際、統一協会系の月刊誌『知識』から、「二百万円を提供するので、浅野さんの好きな取材をして連載を書いてほしい。その中に、戸塚ヨットスクールの報道被害を必ず入れてほしい」という提案があった。私は原稿・講演を頼まれたら、応じるようにしているが、ヤクザと統一協会は受けないと決めている。

同志社大学の教授時代にも、学内に原理研があり暗躍していた。同大では入学式に学生自治会の学友会(ブンド系の伝統)の会長が新入生への挨拶で、「統一協会・原理研究会と日本共産党民主青年同盟には気を付けて騙されないように」と毎年言っていた。二階席から、毎年のように、民主青年同盟を誹謗中傷するな、と叫ぶ男性がいた。

山上氏の安倍氏への銃撃で、自民党と協会の癒着関係が明るみに出て、国政選挙のない「黄金の三年間」が、自民党の暗黒時代になった。ジャーナリズムの力が問われている。

『知識』は今も発行されているようだ。世界平和教授アカデミーの機関誌で、他に『世界平和研究』を発行している。カトリック中央協議会の声明によると、次のような系列紙(誌)があるとされる。

(世界日報、宗教新聞、新天地、週刊宗教、ファミリー、知識。また次のメディア媒体も公言または報道等により、統一協会系であることが知られる(順不同)。思想新聞(機関紙)、中和新聞、ワシントン・タイムズ(米国)、世界日報(韓国、日本)。

二階俊博元幹事長は「政治家は支持者を選べない」と居直ったが、二階氏は「過激派」「オウム」の支援も受け入れるのだろうか。

※黒薮注:この発言は、2022年7月の 安倍晋三銃撃事件 の後、自民党議員と旧統一教会との関係が大きな政治問題になった際のものだと思われる。

多くの自民・公明両党の議員たちが、統一協会系の雑誌・新聞を全く知らなかったと言っているのはウソだ。もし知らなかったら、その時点で政治家失格だ。私はネット検索がない三八年前に調べて、統一協会の誘いを拒否した。

政治家なら、それぐらいのチェックをすべきだ。そのために、秘書や事務所スタッフがいるのではないか。》

※統一教会による反社会的活動は、ウィキペディアによれば1978年ごろから顕在化したとされる。「先祖の因縁」や「たたり」を理由に、高額な壺や印鑑、多宝塔などを購入させられたという相談が、国民生活センターや各地の消費生活センターへ寄せられるようになった。共産党の『赤旗』も当時から統一教会を問題視していた。

※『知識』は、世界平和教授アカデミーの雑誌である。世界平和教授アカデミーは、1974年に文鮮明の提唱で創設されたとされる。

【参考記事】報道は誰のための記録か――浅野健一氏の逆立ちした匿名報道論

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月15日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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トチ狂ったとしか言いようがない浅野健一さんの言動

鹿砦社代表 松岡利康

このところの浅野健一さんの言動には、首を傾げることばかりです。

ひとつは、鈴木エイトさんが、山上徹也さんと面会した際に、浅野さんの本の中に事実と異なる内容やデマがあると言われたとのことで、相当慌てておられるようです。

まるで鈴木さんがウソをついているかのように述べておられますが、みなさんは、鈴木さんと浅野さんのどちらの言い分を信用しますか?

山上徹也さんから批判された浅野さんの著書

ところで、以下の文は、浅野さんが、反原発情報誌『季節』編集委員の尾﨑美代子さんのFacebookに書き込まれたものです。尾崎さんはすぐに消去されたということで、そのまま放っておくつもりでしたが、性懲りもなく浅野さんご自身のFacebookにも掲載されていますので、引用し最低限の批判をしておきます。酷い侮辱! このところの私への非難中傷こそ、まさに名誉毀損ものです。

『紙の爆弾』に書けなくなったのを、私のせいにしていますが、みずからが杜撰な記事を書いたこと、それが相手方から指摘・批判されるや責任ある態度をとらず逃げたことが直接の原因になっています。それまで、私の逮捕事件以来カウンター大学院生リンチ事件に関する訴訟や真相究明に逝去の直前まで協力してくださった故・山口正紀さんへの誹謗中傷を繰り返しながらも、外からたびたび「浅野をやめさせろ」の助言がありつつも昨年4月までは編集長の中川が起用してきたことを黙認してきましたが(心中は忸怩たる想いでした)、昨年4月発行(5月号)の記事には、さすがの私も堪忍袋の緒が切れて「エキセントリック」(浅野さんによれば中川がこう言ったとのこと)になりました。今の浅野さんの異常な言動には負けますが(苦笑)。

しかし、この4月5日に浅野さんがあけび書房刊『石ころの慟哭』出版差し止め仮処分を申し立てるということに対する抗議の意味での本欄での記事までは浅野さんへの批判は記憶にありません。あったかな?

4月5日以降、浅野さんによる出版差し止めや、その他、特にあけび本の著者・辻井彩子さんへのネットリンチ攻撃は、まさに人権侵害で、こうしことに対して、いやしくも一出版人のはしくれとして原則的に批判しているつもりです。汚い言葉や威嚇的な言葉など使っていないつもりです。

浅野さんは他人を批判、非難する前に、まずは脚下照顧、みずからの言動に問題はないのか、なかったのか、を虚心に自分の胸に手を当てて反省すべきでしょう。

<尾崎美代子氏の投稿に一言。「季節」の前身雑誌に記事を何回か書いた私は、昨年4月から、鹿砦社の発行する「紙の爆弾」に書けなくなっています。
 松岡利康社長が「紙の爆弾」の中川志大編集長に「浅野排除」の業務命令を出しているからです。
 関西の複数の友人によりますと、尾崎氏は、松岡社長のエイジェントとして、私の誹謗中傷・侮辱の言説を流布し、私の活動を妨害しているようです。(私は数回、尾崎氏と会っていますが、尾崎氏に嫌われる理由はないと思います)
 私は、松岡社長、尾崎氏の活動を昨年4月まで、批判、非難したことはありません。
 松岡氏は私との対話を拒み、私の話を一切聞かず、私の山上徹也さん裁判本を激しく非難、最近では辺野古転事故関連でも、私のバッシングに加担しています。岡林信一、辻井彩子、鈴木エイト、黒薮哲哉各氏の5人グループの主犯は松岡氏です。
 松岡氏は雑誌編集を私物化しています。出版社に「王様」はいりません。
 中川志大氏は子会社の代表。一貫して私の理解者です。松岡氏は今すぐ引退し、中川志大氏にバトンタッチすべきです。
 中川氏は、大赤字の「季節」を廃刊にし、「紙爆」に入れ込むのがいい、と私に話していました。一考に値する提案です。
 鹿砦社には労働組合がありません。鹿砦社の労働者が組合をつくり、読者第一の出版社に大改革することを願います。
 私は「紙爆」にまた記事を書きたいと思っています。>

「尾﨑氏は松岡社長のエイジェントとして、私の誹謗中傷・侮辱の言説を流布し、私の活動を妨害しているようです」だって!? 冗談もほどほどにせい! これだけ言いたい放題言って、100%株主に向かって「今すぐ引退し、中川志大氏にバトンタッチすべきです」、さらには「私は『紙爆』にまた記事を書きたいと思っています」などと言いたい放題です。みなさん、どう思われますか? まず私に「引退」を迫りたいのなら、現在2400万円の資本金の半分以上、1200万1円以上の株を手に入れ株主総会や役員会で松岡解任を決議すればいいでしょう。

それから、「読者第一」というのなら、浅野さんは、お引き取り頂きたいトップ候補でしょう。

ちなみに、『季節』ですが、新たに支援者、新たな書き手も増えつつあり、独立の反(脱)原発雑誌として継続していくことを決意、決定しています。

(6月17日 松岡記)

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浅野健一氏と『世界日報』(前編)―― 統一教会機関紙への登場を検証する

黒薮哲哉

同志社大学の元教授・浅野健一氏が、顔写真入りで『世界日報』(1984年11月21日付)にコメントを提供していたことが分かった。『世界日報』は統一教会の機関紙である。

ジャーナリストが自分の記事やルポを発表する媒体に制限はない。媒体の編集方針に迎合して自らの主張を曲げない限り、記事の内容そのものがおかしい場合を除いて、原則として問題はない。しかし、浅野氏の場合には二つの考察点がある。

『世界日報』に掲載された浅野氏のコメントは、日本の刑事裁判に対する批判と犯罪報道の在り方に関するものである。この点に踏み込む前に、『世界日報』が浅野氏にコメントを求めるに至った事件を紹介しておこう。

昭和55年9月、朝日新聞と毎日新聞は、同志社大学の教授が15歳の少女を催眠にかけていたずらをしたとする趣旨の記事を掲載した。教授は無実を訴える遺書を残して自殺した。その後、教授の遺族が名誉毀損を理由に朝日新聞社と毎日新聞社を提訴したが、事件は和解によって解決した。

浅野元教授は、刑事裁判について、「もし、その人が百パーセント確実に犯罪者だとしても、その人を裁くのは国家権力であり、国家権力は法律を厳守して行う」(略)、「警官や検察官、裁判官でもその判断が間違うことがある」と述べ、それを前提に、「何の専門的訓練も受けていない新聞記者が」彼らに代わって判断を下してはいけないと述べている。

このような見解を踏まえた上で、浅野氏は次のように結論付けている。

「こうした悲劇を防ぐには、新聞は通常犯罪事件の調査報道をやめるよう提言したい。」

「通常犯罪事件」が具体的に何を意味しているのかはよく分からないが、霊感商法や壺、判子などの悪徳商法もその範疇に含まれないのだろうか。前出のセクハラ事件も、含まれる可能性もある。コメントを通じて、事件を報じた朝日・毎日を批判しているからだ。

また、「警官や検察官、裁判官でもその判断が間違うことがある」と述べていながら、浅野氏はこれまで数多くの訴訟を提起してきた。刑事告発も頻繁に行っている。ある同志社大学の関係者は、同志社大学在職中に複数の訴訟を起こしていたと話している。そのために多くの人が恐れているとも語っている。(つづく)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月11日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

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三一書房と浅野健一氏の提訴、言論人が公権力に依拠するとき

黒薮哲哉

ジャーナリストの浅野健一氏が三一書房と一体となって、『石ころの慟哭』の著者と版元のあけび書房を相手に出版差止め(販売の禁止)を求めている問題は、解決の兆しが見られない。4月16日に浅野氏が裁判所に仮処分を申し立て、さらにその後、本訴を提起した。しかし、現時点では申立書も訴状もあけび書房には届いていない。

この事件の最大の問題は、鹿砦社の松岡利康社長が述べているように、ジャーナリストと出版社が、公権力を利用して、自らが気に入らない出版関係者や言論を封じようとしている点にある。

一般企業や公人ではない個人が同種の言論弾圧に走る場合、それが好ましいことでないにせよ、理解できる側面もある。一般企業や公人は、基本的に自らの言論媒体を持たない場合が多く、言論の自由について深い考察を持ち合わせていないこともあるからだ。

しかし、言論人が同じことを行えば、まず第1に言論人としての情報発信力や資質が疑われる。第2に、言論の自由に対する考察が欠落している可能性も高くなる。

◆スラップ(SLAPP)=「訴権の濫用」訴訟

俗にスラップ(SLAPP)と呼ばれる訴訟がある。「Strategic Lawsuit Against Public Participation」の略で、直訳すれば「市民参加に対する戦略的訴訟」となる。もともとは市民運動などを標的として大企業が提起する訴訟を意味していた。しかし日本では、広く「訴権の濫用」と考えられる訴訟をスラップと呼ぶ傾向がある。

日本でスラップ訴訟が本格化したのは2000年代初頭である。わたしの記憶に誤りがなければ、最初期のスラップ訴訟は、消費者金融の武富士がジャーナリストの三宅勝久氏と寺澤有氏を提訴した事件である。請求額は、それぞれ1億1000万円と2億円の損害賠償であった。しかし請求は棄却され、逆に武富士が両氏に慰謝料を支払う結果となった。

この裁判で武富士の代理人を務めたのが、弘中惇一郎弁護士や、後に大阪府知事となる吉村洋文弁護士である。このうち弘中弁護士は、人権派弁護士としてメディア関係者からも重宝されている。

その後、ジャーナリストの烏賀陽弘道氏がオリコンから5000万円を請求される訴訟を起こされた。この裁判は高裁段階で和解により終結した。さらにその後、西岡研介氏(原告はJR東日本)、山田厚氏(原告は安倍晋三氏)といったジャーナリストが法廷で争うことになった。さらに元NHK党の立花孝氏が、一人のジャーナリストに対して訴訟を連発した例もある。

◆読売新聞が起こした私・黒薮への高額訴訟

ジャーナリズム企業が公権力と一体化し、メディア関係者に対して高額訴訟を提起した最初のケースは、おそらく読売裁判である。被告となったのは、わたし(黒薮)である。

わたしは2008年初頭から約1年半の間に、読売から3件の裁判を起こされた。請求額の総計は約8000万円である。結果は次のとおりである。

●著作権裁判:地裁(黒薮勝訴)、高裁(黒薮勝訴)、最高裁(黒薮勝訴)

●名誉毀損裁判1:地裁(黒薮勝訴)、高裁(黒薮勝訴)、最高裁(読売勝訴)

●名誉毀損裁判2:地裁(読売勝訴)、高裁(読売勝訴)、最高裁(読売勝訴)

※名誉毀損裁判2の被告は、黒薮と新潮社。

読売が裁判を連発した背景には、「押し紙」報道を抑制したいという意図があった可能性が高い。これら一連の裁判に関わったのが、自由人権協会の喜田村洋一代表理事である。人権派弁護士として、多くのメディア関係者から重宝されてきた人物である。

◎【参考記事】「喜田村洋一弁護士が作成したとされる催告書に見る訴権の濫用――読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年①」

◎【参考記事】「報道・出版活動に大きな支障をきたしていた可能性も――読売・江崎法務室長による著作権裁判8周年②」

その後、メディア企業が公権力に依頼して同業者やジャーナリストを訴えた事例としては、読売が清武英利氏に対して起こした裁判がある。さらに2018年には、幻冬舎が経済誌『ZAITEN』(財界展望新社)を提訴した裁判や、2025年には読売が『ZAITEN』を提訴した裁判もある。

◎【参考記事】販売店改廃をめぐる報道・人権・訴訟――読売とZAITENが対決、読売代理人には「人権派」喜田村洋一・自由人権協会代表理事

このように、出版人がジャーナリストや出版社を提訴したケースは断続的に発生している。このうち読売については、創業者である正力松太郎が特高警察の高官であったことから、言論封殺が持つ歴史的な意味を十分に理解していない可能性もある。

◆左派勢力の内部における理念と実践との乖離

浅野健一氏と三一書房による提訴で最も注目すべき点は、従来、良識ある出版社として評価されてきた三一書房が、公権力を利用して他社の言論を封じようとしていることである。しかも代理人弁護士は、「人権派」とされる人々である。

従来、言論の自由を重視してきたとみられていた勢力が、結果として読売と同様の手法を選択しようとしているようにも見える。

近年の左派勢力のあり方には看過できない問題も見受けられる。共産党や自由法曹団に「しばき隊」は入り込んでいる状況の中で、今度は裁判を通じたメディア規制にまで踏み込む動きが現れているのである。

懸念されるのは、日本の右傾化だけではない。左派勢力の内部でも、理念と実践との乖離が進行しているように見える。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月8日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

[追記:松岡利康]上記の画像は、三一書房草創期に空前のベストセラーになった『人間の條件』。その後、三一書房は、1960年代、70年代に当時の学生らを魅了する本を続々出し、私の思想形成に多大の影響を与えました。さて、浅野さんの差し止め問題、本訴はまだ提訴されていないようです。本来緊急性のある案件のためにやる仮処分、申し立てからかなりの日数が経っているのに、どうなっているのでしょうか? ことは憲法21条に関わる問題でもあり、裁判所も苦慮しているものと思われます。共同通信―同志社大学とエリートコースで庇護されてきた浅野さんと違い、一貫して在野のジャーナリストとしてやって来られた黒薮さんの重い指摘です。黒薮さんと言えば、「押し紙」問題ですが、これを暴露することが大手新聞社の逆鱗に触れたようで、読売はSLAPを掛け、この裁判闘争と、今回私怨によって浅野さんが申し立てた出版差し止め仮処分や、準備されているという本訴とは、根本的に次元が異なるようです。社会的にも歴史的にも意義があるのは黒薮さんの「押し紙」訴訟でしょう。浅野さん、山下弁護士、大口弁護士ら「救援連絡センター」グループ、頭を冷やしていただきたい。今、こんなことをやっている場合ではないでしょう! ちなみに、2005年、『紙の爆弾』創刊直後に、警察癒着企業、大手パチスロメーカー「アルゼ」(現ユニバーサルエンターテインメント)から刑事告訴のみならず損害賠償3億円もの巨額民事訴訟も起こされ、「名誉毀損」に名を借りて逮捕→192日の勾留→懲役1年2月(執行猶予4年)の有罪判決と共に600万円余りの賠償金も課せられました。これもSLAPと呼んでほしいですね。なお、この事件では大口弁護士は弁護団に名を連ねていただきました。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
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山上徹也裁判記録本で紛糾する、浅野健一さんらが深く関係する「救援連絡センター」に「要望書」を送信!

鹿砦社代表 松岡利康

このかん紛糾している、浅野健一さんによるあけび書房刊、辻井彩子・著『石ころの慟哭』に対する出版差し止め問題ですが、浅野さんが連載を持ち、代理人の山下幸夫弁護士も連載を持ち、さらに本訴で浅野さんの代理人に加わると予想される大口昭彦弁護士が代表弁護士を務め、『紙の爆弾』に毎号連載されている足立昌勝さんが代表を務める「救援連絡センター」に本日6月11日、「要望書」を送りました。

同センターの方々が、本件について真正面から取り組まれることを願っています。

全文は以下の通りです。

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

救援連絡センター御中

浅野健一さんによる出版差し止めと濫訴について
要 望 書

2026年6月11日     
兵庫県西宮市甲子園八番町
2-1-301
電話0798-49-5302
Fax 0798-49-5309
株式会社 鹿砦社
代表取締役 松岡利康

冠省 内外の厳しい情況下、日々のご活動、ご苦労様です。

さて、貴「救援連絡センター」(以下「貴センター」と記述します)に深く関係されている浅野健一さん、代表弁護士の大口昭彦弁護士、貴センターの会報『救援』に連載を持たれている山下幸夫弁護士らによって、あけび書房刊行書籍、辻井彩子著『石ころの慟哭 山上徹也・奈良地裁裁判の私記』に対してなされている出版差し止め仮処分、近く提訴されるという本訴、さらには上記書を刊行したあけび書房(岡林信一代表)、著者・辻井彩子さん、そして上記書の帯を書いた鈴木エイトさん、浅野さんの出版差し止めを批判している黒薮哲哉さん、私松岡らを「5人組」として次々と提訴されるといい、これに浅野さんの著書を出版した三一書房まで巻き込んで進展している紛争につきまして、以下要望いたしますので何卒善処いただきたく存じます。

 浅野さんは本年4月頃(私は4月1日の浅野さんのFacebookの数日後に知りました。この前から考え準備されていたのかもしれませんが)からあけび書房が刊行予定していた上記書に対し出版差し止め仮処分を行うと予告され、過去5度の出版差し止めを受けた私としては、これは、憲法21条に謳われた言論・出版の自由、表現の自由の観点から絶対にダメだと思い、早速私は4月5日付けの私のFacebookや鹿砦社公式サイト「デジタル鹿砦社通信」にて批判しました。当然です。浅野さんは「ジャーナリスト」ですから、そうであるならば、<言論には言論で>勝負すべきで、司法権力の手を借りて気に食わない相手方の出版物の出版・販売を差し止めるなどということが許されるはずはありません。ジャーナリストとして自殺行為です。

しかし浅野さんは私(たち)の「諫め」を無視し、4月16日に東京地裁に上記書の出版差し止め(浅野さんの申請書では「出版禁止」)仮処分を申し立てられました(代理人は山下幸夫弁護士)。さらに、近く本訴を提起されるように公言されています。これには大口弁護士も代理人に就かれるようです(正式に就かれたかどうか判りませんが、大口弁護士からの私への手紙では、浅野さんからその依頼があったとのことです)。大口弁護士は、あけび書房刊『石ころの慟哭』の類似書、浅野さんの『石ころから石礫に 安倍氏暗殺・山上徹也さん裁判記録』を出版した三一書房の代理人としてあけび書房に5月19日、配達証明郵便を送られ、この紛争に参画されています。

浅野さんは、上記あけび書房本が浅野さんの本から「著作権侵害」「盗用」「名誉毀損」を行っているとあげつらっておられますが、それはそれとして、私はシンプルに出版差し止め(出版禁止)を司法権力の手を借りて行うこと自体に反対してきました。このこと、つまり出版差し止めがなければ、私は声を挙げることはなかったと思います。時折目にする出版社と著者との諍い事として“高見の見物”として看過してきたでしょう。

浅野さんの主張をかいつまんで言えば、あけび書房本は「盗用」や「著作権侵害」している本なので出版差し止め(出版禁止)は当然ということのようです。しかし、「盗用」や「著作権侵害」はまだ決まってもいませんし、浅野さんの考えだけで言っておられるだけです。なのに、いきなり出版を差し止める(禁止する)のは尚急過ぎます。その論理が通用すれば、気に食わない本はいつでも差し止められることになります。これはダメです。ダメなものはダメなんです。<言論の自由、自由な言論>をモットーとして出版活動を行ってきた者として許容できません。

出版差し止めは、これをなされようとする当該の一出版社だけの問題ではなく、出版に関わるすべての者(出版社、著者ら)の問題ですので、私と私が経営する出版社=鹿砦社にとっても大問題ですし、その他の出版社にとっても問題のはずです。ですから、私は当事者ではありませんが、4月5日以来抗議の声を挙げ続けているのです。ことの本質が解る方々は私の主張に真剣に耳を傾けられ、私の主張を支持してくださっています。

日頃、司法権力と闘っておられる貴センターは、この司法権力の手を借りて意見の異なる相手方の出版を差し止める(出版を禁止する)という浅野さんの行為をどうお考えでしょうか? 

浅野さんは、今からでも即、あけび書房本『石ころの慟哭』に対する出版差し止め仮処分を取り下げ、また本訴の提訴も取り止めるべきです。

 そうした過程で浅野さんは、連日あけび書房とこの代表者・岡林信一社長、著者の辻井彩子さんらに対し激しい誹謗中傷を行って来ました。特に「素人」(浅野言)で市井の生活者として娘さんを育てながら生業を持ち日々懸命に働いている辻井さんへのネットリンチ攻撃は凄まじいもので、大変驚きました。まさに人権侵害です。それは膨大に渡り、証拠資料が必要であれば、整理して後日提出する用意がありますが、浅野さんのFacebookを溯っていけば、(都合よく削除されていなければ)その悪質性が解るでしょう。実際、辻井さんは精神を病む直前まで追い込まれました。今でも精神的に不安定のようですが、仕事上飼っている動物(辻井さんはペットシッターを生業とされています)や顧客の方々に励まされ、なんとか精神的に維持できているようです。

辻井さんは、出版には、浅野さんが仰るように「素人」で、山上徹也さんによる安倍前首相銃撃事件が、自らが住む地で起き、また宗教三世の共通点から、わが身の経験や想いと重ね合わせ事件に関心を持ち「私記」としてまとめたのが当該書で、初めての出版になります。それなのに、浅野さんと彼を支持する人たちから激しいネットリンチ攻撃を受けるとは気の毒としか言いようがなく同情します。当初、辻井さんは浅野さんに対し、喉頭がん手術後の障害を持ちながらも頑張っていると好感を持たれていたそうですが、杜撰な原稿を送りつけてきたり、こんなに攻撃的な人だったことに驚いたとのことです。

浅野さんの代理人として直接関わっておられる山下幸夫弁護士、大口昭彦弁護士ら、貴センターに深く関わっておられる方々が中心になって動いておられることは遺憾です。代理人であるかどうかは別として、訴訟を材料とした、そうした浅野さんによる威嚇行為は、大口、山下弁護士は、代理人で有る無しはともかく、人として諫めないといけません。私の言っていることは間違っていますか? 

貴センターといたしましては、このことをいかにお考えでしょうか? 絶対にいいことではないことは当たり前です。浅野さん、浅野さんの異常な言動を傍観されている山下、大口両弁護士に対してしっかり問い質していただきたく存じます。

実際に、貴センターに中心的に関わる浅野さ、山下弁護士、大口弁護士らによって差し止め仮処分や本訴、その他の名誉毀損訴訟などが進められたり準備されたりしていることから、こうした一連の動きや訴訟が貴センターがやっていると思われかねません。現実にそう思っている方もいます。こうしたことは、貴センターのイメージダウンになり、決していいことではないことは言うまでもありません。この点、貴センターのお考えをお聞かせください。

 前記したように浅野さんは、あけび書房と著者・辻井さんのみならず、上記した鈴木エイトさん、黒薮哲哉さん、私松岡に対しても提訴されると公言されています。まさに訴権の濫用と言わざるをえません。さらに浅野さんは、その言葉の端々に警察権力に通報することも臭わせた物言いをされています。さすがに、これはダメでしょう。反権力の砦たる貴センターとしてはいかがお考えでしょうか?

 現在、社会的に戦争の危機が差し迫っています。このような中にあって、いわゆるリベラル・左派勢力が、こうしたことで分裂している場合ではないと認識しています。あけび書房・岡林社長が20年余り前に神戸で始め、以来培って来られた「市民社フォーラム」には、全国のリベラル系の市民運動やこれの担い手の方々を中心に、新左翼系や共産党離党系(岡林社長もそのようです)などが自由に集い情報を交換し合い論争しています。「市民社会フォーラム」名でイベントや講演会なども積極的、継続的に行っています。おそらく多くは岡林社長を支持していると思われます。浅野さんのように、意見が異なるからと言って出版差し止めや激しい誹謗中傷(人権侵害)を行う人を支持する人はいません。

このまま浅野さんの暴走に手を拱ていれば、浅野さんのみならず貴センターにまで批判は及ぶでしょう。これも、いいことではありません。

肌合いは少し異なり意見や考え方が違うところもありますが、私は「市民社会フォーラム」の活動を基本的に支持してきましたし、有名・無名問わず多くの方々もそうでしょう。

今、リベラル・左派系が、こうしたことで分裂することは無益です。この意味で、浅野さんの唯我独尊的な言動は、リベラル・左派勢力を更に分裂させるものだと言えます。浅野さんの身近の貴センターの方々は、浅野さんの異常な言動を諫め、今後の出版界、言論界、ジャーナリズムにとって悪弊となる出版差し止めや濫訴を食い止めないと、貴センター自体が、歴史の屑籠に放り込まれかねないと思います。冗談を申し上げているわけではありません。これぐらいの危機感を持ってください。これについても、貴センターのお考えをお聞かせください。

 当初、山上徹也裁判記録本は、浅野さんが辻井さんの助けを借りてあけび書房から出版される予定でした。これが、浅野―あけび双方の間に意見の違いが発生し、各々が出版することになり、浅野さんは三一書房から出版することになりました。この過程で水面下で何があったか第三者の私たちが知るところではありませんが、この際、浅野さんにあけび書房と辻井さんに対する敵意や悪意が生じたようです。よほどのことと思われ、それは、その後の浅野さんによるあけび書房と、この代表者・岡林社長、著者・辻井さんに対する激しい誹謗中傷やネットリンチ攻撃に表れています。浅野さんによるあけび書房本『石ころの慟哭』出版差し止め仮処分の申し立て、引き続いて準備されているという本訴は、浅野さんの私怨でなされた(準備されている)ものと思われます。ここに公共性や公益目的はありません。

これについても貴センターはどうお考えでしょうか?

 浅野、あけび双方が言い合っている「盗用」問題について、あけび側は岡林社長のFacebookにて100箇所以上の「盗用」箇所を公開しています。また、鈴木エイトさんも検証し、具体的にはまだ公開していませんが、付箋が一杯の写真を公開しています(おそらく早晩問題箇所の詳細を公開されるでしょう)。一方浅野さんは、チームを組んであけび本の「盗用」箇所をリストアップしたように仰っていますが、いまだに公開されてはいません。読者の公平・公正な判断を求めるためには「盗用だ」「著作権侵害だ」などと言っているだけでなく、速やかに公開されるべきでしょう。

これまでの経緯からすると、浅野さんの著書には多くの問題箇所があるようで、これをクリアするためには、浅野さんは、やはりあけび本が「盗用」したとする箇所を公開すべきでしょう。そうではないでしょうか?

 貴センターは、激動の時代=1969年、水戸巌(故人)・喜世子夫妻を中心に立ち上げられ、反権力の砦として55年余りも続けてこられました。私もその基本理念に賛同し、また助けられもしました。水戸喜世子さんとは今も反原発運動で連携しています。老いても頑張られる姿に、私たちのほうも元気づけられます。

だからこそ貴センターには、本件に対して、しっかり対処いただきたく強く要望する次第です。もし浅野さんによる出版差し止め仮処分が決定され、これを傍観していたならば、貴センターはそれに手を貸し、出版人、言論人、ジャーナリストらか批判を受けるということを重々にお考えいただきたい。これまで、浅野さんの異常な言動を黙過されてきたことも問題ですが、今からでも遅くはありません、この出版差し止め問題と、私怨に基づく辻井彩子さんに対するネットリンチ・人権侵害について真剣に取り組まれることを強く要望し、またこれを機に、出版差し止め(出版禁止)はダメ、ネットリンチ・人権侵害もダメ、公権力(司法権力、警察権力など)を安易に使うこともダメ、つまりこのかん浅野さんがやってこられた、そうしたことはダメだというような原則を確立していただきたいと強く要望いたします。

だいたい「ジャーナリスト」たる者が、司法権力の手を借りて相手方の言論を封じようと出版差し止め仮処分なる、出版妨害、言論弾圧になりかねないことを申し立てること自体が、みずから言論で反論することを放棄したことの証ですから、この時点でジャーナリスト失格です。

この点も貴センターのお考えをお聞かせください。

 現在、出版業界は、かねてから構造不況業種と言われてきましたが、コロナ禍によって、それが決定打になって、書店も出版社も、どこも喘いでいます。取次大手のトーハン、日販でさえ、取次事業は赤字(2025年期で両社とも40億円前後の欠損)で、介護事業、ホテル経営、文房具販売など他の事業によってカバーしているそうです。

こうした中、出版社が、対立する出版社を潰しにかかることや出版社同士が潰し合いをすることは避けなければなりません。

また、浅野さんの本を出した三一書房、これと対立する本を出したあけび書房共に背後に貴センターや「市民社会フォーラム」のような社会運動、反戦運動に関わる人たちがいます。現在の社会運動、反戦運動は、貴センターが設立された時代のような、かつての勢いのあった時代とは異なり、かなり細っていて厳しい情況です。こうした中で、こちらも潰し合ったり、特に公権力(司法権力や、浅野さんが言葉の端々に出してくる警察権力など)の手を借りて相手方を潰そうなどということは断じてやめるべきです。

以上つらつら申し述べてまいりましたが、情況は極めて逼迫しています。特に上記「一」「二」項で申し述べさせていただいた問題は緊急性を有しています。辻井さんは日に日に精神的にナーバスになって来ておられますので、放置しないでください。

早急に私の上記意見に耳を傾けられ、貴センターとして真剣にご協議、ご検討いただき前向きな対処をお願いする次第です。私の意見を無視したり蔑ろにしないでください。

なお、この問題につきまして各々の主張は、浅野さんはむろん(削除されていなければ)、鈴木エイトさん、黒薮哲哉さん、私松岡、当事者の岡林あけび書房社長のFacebookやサイトをご覧ください(辻井さんはネット上ではさほど発言されていません)。僭越ながら、浅野さんが出版差し止めを公言し出して以降の私のFacebookでは、浅野さんの言動について私見を述べたり、他の方々のご意見などを転載していますので一通りお読みになれば、ことの経緯は解りますので、ご参考になさってください。

何卒将来に禍根を残さないために、私の意見に真剣に耳を傾けられ、本件について真剣に御高配賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

末筆ながら、季節の変わり目、貴センターのスタッフの皆様方のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

早々
 

『石ころの慟哭』出版差し止め問題 争点となったエクセルファイルの著作権

黒薮哲哉

同志社大学の元教授・浅野健一氏が、あけび書房に対して出版差し止めを求めている事件の続報である。既報してきたように、浅野氏は、あけび書房が刊行した『石ころの慟哭』(辻井彩子著)の中に、自身に著作権がある記述が使用されているとして、出版差し止めの仮処分を申し立てた。これに対し、あけび書房は、『石ころの慟哭』の記述は、辻井氏が執筆した裁判記録に基づくものであると反論してきた。さらに、浅野氏の『石ころから石礫に』の中に、辻井氏が執筆してエクセルファイルにまとめた記述が見受けられると主張している。

浅野氏は、エクセルファイルが辻井氏によって作成されたものであること自体は認めている。事実、辻井氏に作業報酬を支払ったため、その成果物は自分のものであると主張している。三一書房の大口昭彦氏が、あけび書房に宛てた書面(6月1日付け)にも、その旨が記されている。

「④ この趣旨(辻井さんをアシスタントとして使うこと)に基づいて、浅野氏から辻井氏に対して総計金11万円相当の金品が交付され、同氏はこれを受領している。」

大口昭彦弁護士の書面

つまり、金銭を支払ったのだからエクセルファイルを使用して構わないと主張しているのである。しかし、そもそも辻井氏は浅野氏とアシスタント契約を締結しておらず、また出版そのものも浅野氏の希望により中止となっている。当然、この時点で浅野氏は当該ファイルを使用する権限を失ったと考えられる。というのも、エクセルファイル内の文章についての著作者人格権は辻井氏に帰属するからである。著作者人格権は、金銭の支払いによって譲渡することはできない。一身専属性の権利である。

「第59条(著作者人格権の一身専属性)
著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。」

譲渡できないので、ゴーストライターを使う場合、「著作者人格権は行使しない」旨を明記した契約を交わすが通常である。しかし、浅野氏と辻井さんの間でそのような契約はない。

このあたりの事情を大口弁護士も理解しているようで、前出の書面では、エクセルファイルそのものが著作物ではないと主張している。

たしかに、すべての文書が著作物に該当するとは限らない。著作権法第2条第1項は、著作物を次のように定義している。

「一 著作物 思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」

実際には、大半の文章は著作物として保護される。極端な例を紹介しよう。次の記述は、読売新聞の江崎法務室長が作成したメモで、わたしがメディア黒書に掲載したものである。

「前略 読売新聞西部本社法務室長の江崎徹志です。2007年(平成19年)12月17日付け内容証明郵便の件で、訪店について回答いたします。当社販売局として、通常の訪店です。」

読売の代理人・喜田村洋一自由人権協会代表理事は、この文書が著作物に該当すると主張して、わたしは次の催告書を送付した。催告書の名義は江崎になっているが、実際には喜田村弁護士が執筆したものである。このメモが、江崎氏の著作物であるから、削除するように求めたのである。

喜田村弁護士が、催告書の名義を偽って提訴したことを認定した知財高裁判決

冠省 貴殿が主宰するサイト「新聞販売黒書」に2007年12月21日付けでアップされた「読売がYC広川の訪店を再開」と題する記事には、真村氏の代理人である江上武幸弁護士に対する私の回答書の本文が全文掲載されています。

しかし、上記の回答書は特定の個人に宛てたものであり、未公表の著作物ですので、これを公表する権利は、著作者である私が専有しています(著作権法18条1項)。 貴殿が、この回答書を上記サイトにアップしてその内容を公表したことは、私が上記回答書について有する公表権を侵害する行為であり、民事上も刑事上も違法な行為です。

そして、このような違法行為に対して、著作権者である私は、差止請求権を有しています(同法112条1項)ので、貴殿に対し、本書面到達日3日以内に上記記事から私の回答を削除するように催告します。  

貴殿がこの催告に従わない場合は、相応の法的手段を採ることとなりますので、この旨を付言します。

喜田村弁護士の主張が極論であるにしろ著作権の主張がいかに簡単に行われるかを示す例である。著作権を主張することがいかにたやすいかを示す例である。逆説的にいえば、ある書面が著作物ではないと主張するハードルは極めて高い。まして辻井さんのエクセルファイルには、辻井さんの意見や感情表現も含まれており、著作物と考えるのが妥当だ。

ちなみに浅野氏は5月16日、自身の講演の中で5月中にあけび書房を提訴する旨を表明したが、現時点では提訴を確認できていない。仮処分の申立書も、あけび書房には到達していないようだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月4日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

報道は誰のための記録か ── 浅野健一氏の逆立ちした匿名報道論

黒薮哲哉

元同志社大学の教授でジャーナリストの浅野健一氏といえば、事件の実名報道に苦言を呈してきたことで知られている。浅野氏は、公人を除き、被害者も被疑者も匿名にするべきだと主張してきた。たとえば、次のインタビュー記事には、その主張の根幹が示されている。

「人が壊れそうになる」報道は変われるか? 匿名報道の識者語る問題点(2020年1月28日配信Yahoo!Japanニュース)

浅野氏が原則的に匿名報道を主張する背景には、多くの新聞が警察などから得た情報を十分に検証せずに報道していることへの問題意識があると考えられる。警察発表への依存や検証姿勢の甘さは確かに検討に値する論点である。しかし、私は報道の原則は実名であるべきだと考える。というのも、記事やルポルタージュは歴史的記録としての役割を持つからである。どこで誰が何をしたのかを後世に正確に伝えるためには、関係者の氏名を含め、事実をできる限り正確に記録しておく必要がある。当然、実名報道が不可欠になる。

この点に関して、浅野氏は実名報道が持つ記録としての意義を十分に評価・理解していないように見える。実際、前出の記事の中で、インタビュアーから、

「なぜ日本のマスコミは実名を必要とするのか?」

と問われ、次のように答えている。

「理由はないんです。昔からそうやっているからだけですよ。特にそれが悪いと思っていなかったでしょう。昔からずっとやっていた。」

少なくともこの発言からは、実名報道が持つ歴史的記録としての機能への言及は見られない。

私は、報道の原則は実名であり、匿名は例外であるべきだと考える。報道は単なる情報伝達ではなく、後世に残る記録でもあるからだ。事実を正確に伝え、将来の検証に耐えうる記録を残すためには、人名を含めた事実関係をできる限り明らかにすることが求められる。それがジャーナリズムである。

また、匿名報道を原則とした場合、報道内容の事後的な検証が困難になり、結果として誤報の発見や訂正が遅れる可能性もあるのではないだろうか。事件などの防止にもならない。匿名化によって当事者の保護が図られる一方で、記録性が損なわれる危険性もある。

ちなみにThe New York Times、The Washington Post、BBC、The Guardianなどは、犯罪報道においては、被害者に配慮しながらも実名を報じるのが基本である。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年6月3日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

なぜ、浅野健一さんの異常な言動を諫めないのか? 出版差し止めを司法権力の手を借りてやることが「ジャーナリスト」として自殺行為であり、出版界に悪弊を残すことを、なぜ気づかないのか?

鹿砦社代表 松岡利康

周知のように浅野健一さんが、あけび書房から出版予定だった山上徹也公判記録本をめぐって、意見の齟齬で あけびはあけびで、浅野さんは三一書房から各々出版されることになりました。これはこれで、二つの本が出ることになり、内容で勝負すればいいだけの話で、読者にとっても一つの事件で二つの見方、考え方の本が出ることは選択肢が広がっていいことだと思います。日本国憲法は言論・出版の自由を高らかに謳っているわけですから。

しかし、浅野さんは一方のあけび書房本に対し出版差し止め(浅野さんの言葉では「出版禁止」)の仮処分を申し立て、続いて本訴も準備されているとのことです。仮処分は去る4月16日に申し立て、本訴は当初5月のGW明け、延びて5月じゅうに提訴するということでした。仮処分は申し立てながらも、いまだにあけび側には裁判所からの特別送達が届かず、また本訴も同様のようです。

私はシンプルに、みずからが過去5度出版差し止めを食らい、この経験からも、これは今後出版界に悪弊を及ぼすので即刻取り下げるべきだと再三訴えてきました。

私事ながら、4月13日に同居してきた高齢の母親が急逝し、自覚するしないに関わらず精神的に動揺、疲弊しつつも、この問題には関心を持って見てきました。この過程で、本来ならば喪に服すべきところ、ことは出版差し止め、双方の主張に注目してきました。

しかし、浅野さんによるあけび本著者・辻井彩子さんに対する、決裂以前からのハラスメントが在り続けていることを知り(その一端は浅野さんのFBを溯って見ていくだけでも解ります)、ここまでして意見の対立するに至った相手方を、まさにネットリンチと言っても過言ではないほど攻撃し、出版を阻止する必要があるのか、素朴に疑問に感じました。これまでさんざん訴訟を争ってきた私たちでも裁判所の封筒で特別送達が届けばビクッとするものです。まだ裁判所からの書類が届いていないとはいえ、「訴訟するぞ訴訟するぞ」と威嚇され続けば、「素人」(浅野言)の、娘さんを育てながら一所懸命に生きる市井の生活人の辻井さんは、日々ナーバスになってきたはずです。これだけでも、俗に「人権派」などといわれている浅野さんに、他人に対する人権意識などないことが解ります。ヤクザでも「素人衆には手を出すな」と言うそうですが、素人を徹底的にイジメる浅野さんはヤクザ以下といえるでしょう。

こうしたケースに遭遇したら私は、事案の内容にかかわらず基本は弱者の側に立つことを信条としています。今回は、浅野さんによる辻井さんへの連日の威嚇、ネットリンチ攻撃が続く限り辻井さんを支援します。まさか威嚇やネットリンチ攻撃をする者を支援するわけにはいかないでしょう。

また、当初は浅野さんに事実確認のやり取りを行ったにすぎない黒薮哲哉さんに対して、(これは今になっては明らかにしていいと思いますが)私との関係回復の仲介を依頼し不調に終わるや一転、攻撃に回りました(他にも仲介を依頼されていますが、こちらも不調に終わっています)。

浅野さんによる攻撃は日に日にエスカレートし、あけび書房・岡林信一代表、著者・辻井さん、帯を書いた鈴木エイトさん、そして黒薮さん、私松岡、これを最近では「5人組」と称して、相次いで訴訟を起こすと宣言されています。まさに訴権の濫用! いやしくも「ジャーナリスト」を自認し、実際に長年ジャーナリズムの現場、研究の場で一筋に歩んで来たみずからの軌跡を否定するような有様です。「ジャーナリスト」は、司法の場ではなく、原則は言論で勝負すべきではないのか!?

皆様、私の言っていることは間違っていますか? そうした浅野さんの異常な言動を、浅野さんの取り巻きの方々はなぜ諫めないのでしょうか? 大いに疑問です。

◆浅野さんに「なぜ取材しないのか」だって!?

浅野さんは、みずからに「取材」しないことについて私を詰られています。普通ならそうでしょうが、今の浅野さは到底取材できる状態ではありません。その理由は、 ──
 1に浅野さんが私に対し異常な敵意を持っていること、2に浅野さんの最近の精神状態、言動の異常性、3に複数の方に関係修復の「仲介」を依頼していることから、「取材」をそのきっかけにしたいという意図が感じられることなどです。お会いするには、まずは出版差し止め(出版禁止)仮処分を取り下げ、本訴も取り止め、さらには私にとって恩人の故・山口正紀さん(浅野さんにとっても恩人のはずですが。文春のセクハラ報道直後、絶望的情況の浅野さんを、浅野さんの自宅に何日も泊まり慰め激励したことを忘れましたか?)に対する生前の数々の暴言、誹謗中傷を反省、謝罪することなどが前提になります。

そんなに、「取材しろ、取材しろ」と言うのなら、わかりました、かつてよくやった「自宅へのアポなし直撃取材」をやらせていただきましょうか? 

◆ちょっとしたコメントにまで針小棒大に非難する異常さ

過日(6月2日)の浅野さんのFBにて、またしても浅野さんによる私への誹謗中傷が記されています。

浅野さんが自分の「自宅住所、電話番号をSNSで晒した」とあけび書房・岡林代表を激しく詰り、三一書房の小番代表もこれに付和雷同 ── どんなことやらと調べたところ、先の浅野さんの沖縄での講演会の案内の「問い合わせ先」に宮川元一さんという方の住所・電話番号などが記され、これに抗議の電話ががんがん掛かってきて迷惑を被った宮川さんは当然浅野さんに抗議しますよね。それを「さくらフィナンシャルニュース」というメディアが報じ、この際、人権と報道・連絡会の連絡先(宮川さんから聞いたのかどなたから聞いたのか)に浅野さんの自宅住所・電話番号を記載し、これを岡林さんがそのままリポストしたわけですが、これをあたかも針小棒大に喧伝してはいませんか? 岡林さんはすぐに消去したそうですが、なんでもかんでも岡林さんのせいにする浅野さんと、これに追従する人たちに、私もささやかに異議を言うためにちょっとコメントした次第です。これも浅野さんらは針小棒大に喧伝、ここまで来ると阿呆としか言いようがありません。

以下に、くだんの人権と報道・連絡会のチラシと私のコメントを再録しておきます。どういう経緯で、浅野さんを代表世話人とする人権と報道・連絡会のチラシに宮川元一さんの住所・電話番号などを掲載するに至ったのか判りませんが、きちんとした連絡先を記載しないので、掲載された宮川さん本人が迷惑を被ったわけですから、この責任は、常識的に言えば、人権と報道・連絡会の代表世話人の浅野さんにあるのではないでしょうか? 浅野さんは被害者意識が強く、全部自分が被害を被ったと言わんばかりに他人のせいにするのはやめるべきでしょう。

私のコメントは、次の通りです。

「Toshiyasu Matsuoka
中尾進さんに非難されている鹿砦社・松岡です。コレ、もともと人権と報道・連絡会の案内に宮川元一氏の住所が連絡先として記載され、宮川氏が迷惑を被り、人権と報道・連絡会と浅野さんに抗議し、それをさくらフィナンシャルニュースが、以前に人権と報道・連絡会の連絡先とされていたのを、変更されたものと気づかず浅野さんの自宅住所を記載し、それを岡林さんがそのままリポストしたにすぎないわけでしょう。浅野さんが代表の人権と報道・連絡会が当初から宮川さんの住所を連絡先に記載しなければよかったわけでしょう? なにか責任を、なんでもかんでも岡林さんが悪いと岡林さんに責任転嫁してはいませんか?」

◆他人の会社の人事にも口を出す浅野さん

同日の浅野さんのFBでは、「『あまりにもエキセントリックな理由』(中川志大編集長)で、昨年4月、業務命令で私(浅野さん)を排除」だって!? 昨年4月発行の『紙の爆弾』で浅野さんが書いた記事に強い抗議が相手側弁護士から抗議があり、浅野さんはこれに対してきちんとした態度を取らず逃げましたよね? 私と中川は相手側弁護士とやり取りし、次号で反論を掲載するというメディアとしての原則的態度で対応しました。浅野さんはいまだに相手側に対応してませんよね? いい加減なことを言わないでいただきたい。『紙の爆弾』は、基本的に別会社の編集・制作で創刊号から中川を編集長に据え、さほど私が口出すことはありませんが、こういう法的な問題や訴訟沙汰になった場合は私の出番となります。

ついでながら申し述べると、山口正紀さんへの浅野さんの誹謗中傷攻撃が増し、その後しばらくして山口さんが無念の死を遂げられました。この時点で、さすがに「浅野を切れ」という声が、従前から浅野さんと付き合いのある方々から私にありました。以前にも述べましたが、それでも私は「中川にも考えがあって浅野さんの原稿を掲載しているので、もうしばらく様子を見てやってください」と浅野さんの寄稿を黙認してきました。本当は、死の直前まで、裁判の準備書面や陳述書の案文をじっくり読まれ、添削、加筆してくれた大恩ある方、そしてこの方に対して誹謗中傷を繰り返す方……そんな私も昨年4月の件では怒り心頭になりました。それを中川が「エキセントリック」と言ったかどうか、彼も記憶にないそうですが、皆様、私の気持ちをお察しください。私が「エキセントリック」なら浅野さんはファナティックといえましょう。山口さんは、弱者にやさしく、温厚な中にも内に激しい権力への怒りを秘められた方でした。山口さんの最期の大仕事は、黒薮さんも書籍にまとめられた滋賀医科大学教授の去就問題(『名医の追放: 滋賀医科大病院事件の記録』緑風出版刊)でした。山口さんは末期がんの身を押して再三現地を訪れ患者さんらと共に闘われました。

さらに同日の浅野さんのFBでは、なんと株主でもなんでもないのに他人の会社の人事にまで口を出しています。

「読者のことを考えず、雑誌を私物化する松岡社長は今すぐ退任し、『紙の爆弾』の中川志大編集長が社長になるべきです。」

鹿砦社の資本金は2400万円、全額私が持っています。この金額を集めるのにどれだけ苦労したか ── 浅野さんは1株も持っていません。株主でもないのに他人の会社の人事に口を出すな! 私が鹿砦社の代表に就いて40年ほどになります。自分で言うのも僭越ですが、人一倍に山あり谷あり、天国も地獄も味わいました。私が今「退任」して会社がやっていけるのであればすぐにでも「退任」しますが、そうもいかないのが会社というものです。浅野さんは会社経営などやったことがないので現実を知らず、簡単に仰いますが、小なりと雖も、人知れず苦労は大変なものです。今回の当事者、一人出版社のあけび書房も、個人企業の辻井さんの会社も、また激しい労働争議を潜り抜けた三一書房も、経営者は日々、資金繰りや運営に苦慮しているはずです。

◆今、出版社同士、また社会運動に関わる者同士、潰し合いをやっている場合ではない!

出版界は従前から構造不況業種で、このかんのコロナ禍で更に不況の深度は深まっています。また、社会運動も、長らく〈冬の時代〉が続いています。

こうした中で、例えば岡林さんが神戸時代から20年余りもやっておられる「市民社会フォーラム」は、リベラル系の市民運動を中心として、新左翼系や共産党離脱組も含め、今では全国の社会運動のセンターの役割を担っている感があります。これに参集する方々も、今回の騒動を注目しています。私の思い込みかもしれませんが、おそらくほとんどがあけび書房と辻井さんを支持していると思われます。いくらなんでも司法権力の手を借りての出版差し止め(出版禁止)などを企てる人を支持する人はいないでしょうから。

尊敬する大口昭彦弁護士が、出版界に今後悪弊になる出版差し止めに手を貸さないことを願います。私たちは、全国の刑務所・少年院を回り500回以上も獄内ライブを行ってきた女性デュオ「Paix2」(ぺぺ)の活動を長年支援してきましたが、大口弁護士が代表弁護士を務められる「救援連絡センター」は、数年前の総会で予定されていた、そのライブをドタキャンし、私は抗議の意味で長年出して来た広告を取り止め、一歩距離を置いてきました。センターの機関紙『救援』に浅野さんは連載を持たれていますが、彼らによって出版差し止めや濫訴がなされたならば、遺憾ながら私たちはさらにもう一歩距離を置かざるをえなくなります。

繰り返しますが、「ジャーナリスト」として自殺行為になり、出版界に悪弊となる出版差し止め(出版禁止)は、仮処分も本訴も直ちに取りやめるべきです。 (2026年6月4日記)

山上徹也公判記録書籍問題 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137

◎鹿砦社 https://www.kaminobakudan.com/
◎amazon https://www.amazon.co.jp/dp/B0H38ZPMRW/

山上徹也公判記録本をめぐる紛争について、あらためて思う──

浅野健一さんは、あけび書房本著者・辻井彩子さんに対するネットリンチ攻撃を即刻やめてください!
今後の出版界に悪弊となる危険性がある「出版禁止仮処分申請」を即取り下げてください!
当事者双方は、お互いに「盗用」を言い合い罵り合うのではなく、証拠を提示し読者にわかりやすく説明してください!

鹿砦社代表 松岡利康

このかんの山上徹也公判記録本をめぐっては、浅野健一/三一書房vsあけび書房/辻井彩子間の諍いが、沈静化するどころか激しくなってきています。

あけび/辻井側が具体的な「盗用」箇所を指摘し、一件落着するかと思ったところ、これまで傍観者的立場を取っていた三一書房があけび書房に「申入」書を弁護士名で送り(5月19日)、あけびvs三一間での非難の応酬が勃発、これまで声高にあけび/辻井側を非難していた浅野さんも相変わらず吠えておられ、泥沼に入りつつあるかのような感がします。

◆辻井彩子さんが孤立しないように支えよう!

あけび本の著者・辻井さんはひとり、その都度コメントをされていますが、日々の生業もあってか、他の方々とは違う位相に在るようです。

しかし、出版の「素人」(浅野言)である辻井さんは、まさか地元で起きた事件について、みずからの宗教三世としての体験と山上さんの心情を重ね合わせ書き連ねた「私記」が、これほどまでに大きな騒ぎとなり、あろうことか、みずからも「出版禁止仮処分」の「債務者」として提訴されたり、さらに本訴を提起されようとは、思ってもいなかったでしょう。本訴となれば、2年、3年の月日を費やさざるをえませんが、おそらく娘さんと必死に日々の生活を生きる市井の一私人として不安と恐怖の日々を送っておられるものと察します。

加えて、浅野さんからネットリンチともいえる激しい攻撃を受け精神的にも厳しい情況のようです。同情を禁じえません。本件紛争の内容は別として、私は辻井さんを応援します。このまま、善意で山上さんの事件への想いを綴ったにすぎない一私人を孤立させてはなりません。私は、2つの本をめぐって、どちらが「盗用」したしないの問題以上に、辻井さんの精神状態が気がかりです。みなで辻井さんを支えましょう!

◆大学院生リンチ事件との共通点

私(たち)は、10年前、俗に「しばき隊リンチ事件」といわれる、大学院生リンチ事件について、今回のように偶然に、激しいリンチを受けた被害者の大学院生(当時、某国立大学大学院博士課程在学)が、どこに行っても相手にされず、人を介し私の元に尋ねて来て、最小限の資料を呈示し事件の内容を説明し支援を要請されました。私は彼の言を信じ、気軽に支援を引き受けましたが、それが今に至るまで続いています(1件が最高裁の判断待ち)。私の元に来るまで彼は、多くの人たちや、メディア、弁護士などにアプローチしましたが、まったく相手にされず、絶望的に途方に暮れていました。私は、彼の言葉に嘘はないと信じ(嘘があったら即撤退)、支援を約束し、真相究明の調査・取材を開始しました。損害賠償請求の訴訟も手伝い、「鹿砦社、つぶれたらいいな」とか「ヘイト出版社」とかバッシングされたり返り血も浴びました。しかし、後悔はありません。そのまま被害者を放置していたら、絶望して自死をも懸念され、一人の大学院生を救っただけでもよかったと思ってきました。

ちなみに、浅野さんは、その時に加害者側に付いた金正則という男をみずからの講座に講師として招き、さらには金正則が選挙に出るや、応援演説を買って出ています。呆れます。

この事件は、日頃「暴力反対」とか言っていた人たちが、現実に集団リンチという暴力に接するや、いかに対処するかという問題を突き付けました。何かを怖れ、多くの人たちが、逃げたり口をつぐんだりしましたが、山口正紀さん(元読売記者。かつての浅野さんの仲間。浅野さんが文春のセクハラ報道にショックを受けた際には、浅野さんの部屋に数日泊まり込んで叱咤激励され、浅野さんとの共著も数冊あります。温厚な中にも、内にひと方ならぬ正義感を持っておられる方でしたが、のちに浅野さんと決別され、今でも時折浅野さんは山口さんを非難されています。くだんのリンチ関係の裁判で山口さんは、裁判所に長文の意見書を提出され、末期がんを押して死の直前まで準備書面の添削を手伝ってくださいました)、黒薮哲哉さん、森奈津子さん(作家)、北村肇さん(故人。元『週刊金曜日』発行人)らが、被害者や私たちの声に耳を傾け応援してくださいました。今でも山口さんや北村さんがご存命であれば……と思うことがあります。

弱い者(ここでは辻井さん)いじめに対しては、言い分がどうあれ、弱い者の側に付くのが私の信条です。先の大学院生リンチ事件と同じく──。

◆浅野さんの唯我独尊の態度に多くの方が離れました

私たちの出版社・鹿砦社が21年間発行している月刊『紙の爆弾』に、みずからの唯我独尊的な態度で、ほとんどのメディアからパージされた浅野さんにも、昨年4月までは寄稿のページを割いてきました。昨年4月、ある記事で強い抗議があり、浅野さんが真正面から対応しなかったことを機に、浅野さんの寄稿はご遠慮いただいています。これを浅野さんは、このかんの彼のFBで「雑誌の私物化」などと仰っていますが、なにをかいわんやです。

これに至るまでに、多くの方(名前を出せば浅野さんがショックを受ける方々)から「いいかげん浅野を切り、若手を起用したほうがいい」といったお声がありました。私は、山口さんとの一件がありつつも、編集長の中川が浅野さんの寄稿を続けることには異議を唱えませんでしたが、昨年の事件で、多くの方々のお声に従うことにしました。これらの方々は、かつては浅野さんと懇意で共著がある方もおられます。今回のことについても、みなさん私を支持してくださっています。

上記の大学院生リンチ事件では、多くのメディア人、知識人らに厳しい質問書を送り、リンチをどう考えるのかと問い詰めたことで、少なからずの方と疎遠にもなりましたが、私は間違ってはいないと確信しています。

10年間のサラリーマン生活を辞め、人よりも遅れて出版の世界に入った私の出版人生も、山あり谷ありで、そろそろフェイドアウトしようかと思ってもいたところ、旧知の浅野さんが出版差し止め仮処分を申し立てるというので「諫め」の文を書きましたが、ここまで深入りするとは思ってもいませんでした。

この間に、浅野さんは私、および浅野さんに異議を唱える方々に対し激しい非難中傷を行ってきていることはご存知の通りです。非難される方々、特に辻井さんらの人権への配慮など浅野さんにはあるのでしょうか?

◆トラブルの元は何か?

この件でトラブルの元になっているのは何でしょうか? それは、黒薮さんも指摘しておられますが、雑な原稿や資料をゴーストライターや編集者に渡せば、なんとか本にしてくれるだろうといった浅野さんの安直な考えと態度ではないでしょうか。

私も、バカはバカなりに40年余り出版人としてやって来て、いろいろな方の原稿や校正紙を見てきましたが、やはりしっかりした方の原稿や校正紙もしっかりしているな、ということを常々感じてきました。

一例を挙げれば、反原発情報誌『季節』昨年夏・秋合併号で、私たちの世代のカリスマ・山本義隆さんの講演録を掲載させていただきましたが、その校正紙に編集長は「まさに芸術品、家宝にします」と言っていました。

畢竟、浅野さんが、他人任せにせず、ご自分でしっかり記述し、しっかりした完全原稿を入れておけば、こういう問題は起きなかったのではないかと思います。

いずれにしろ、偶然ながら乗りかかった舟、これもなにかの縁、本件の推移を見続けていきたいと思っています。また、子連れで頑張る辻井さんが孤立しないように微力ながら勝手連的に応援していきたいと考えていますので、読者の皆様、よろしくお願いいたします!

(5月23日記)

山上徹也公判記録書籍問題 https://www.rokusaisha.com/wp/?cat=137