裁判官の正義感が暴走した無罪破棄 福岡14歳養女性交事件の深層 片岡 健

Me Too 運動が盛んになるなど、性犯罪やセクハラに対する社会の目が一昔前に比べ、随分厳しくなっている。それ自体はもちろん悪いことではないが、一方で性犯罪やセクハラの濡れ衣を着せられ、取り返しのつかない損害を被る冤罪被害者も全国のあちこちで生まれているのが現実だ。

一審の無罪判決が二審で破棄され、6月9日に差し戻しの一審で懲役7年の判決が出て話題になった福岡の養女性交事件もその疑いが否めない事件の1つだ。

◆信用性に疑問があった養女の証言

この事件の被告人の男性は、2018年1月中旬頃から2月12日までの間に、妻の連れ子である当時14歳の養女と性交したとして監護者性交等の罪で起訴された。そして一審・福岡地裁では、2019年7月に無罪判決を受けた。

しかし、検察官が控訴すると、2020年3月に二審・福岡高裁が無罪判決を破棄し、一審に差し戻す判決を宣告。その後、弁護側の最高裁への上告も棄却され、差し戻しの一審で上述のように逆転有罪という結果になったのだ。

以上が事件の概略だが、裁判の争点はつまるところ、被害を訴える養女の証言が信用できるか否かだ。そして一度目の一審では、養女の証言について「信用性に疑問がある」として男性に無罪が宣告されていたのだが、実際、養女が証言した犯行状況は不自然だった。

というのも、被告人宅は部屋が少なく、夜は被告人夫婦と養女、その下の小さな子供2人の計5人が全員一緒に12畳のリビングで寝ていたのだが、養女の証言によると、被告人による性交は事件の1年ほど前から「多い時は週2回、少ない時でも月1回」という頻度で他の家族も寝ているリビングで行われていたという。しかし、他の家族は誰もそのことに気づいておらず、そもそも性交は架空のことである疑いが浮上していたのだ。

一度目の一審判決はその点に着目し、養女の証言を「不自然、不合理であるといわざるを得ない」と判断。検察官は「養女の証言は14歳の児童が創作できるものとは到底言えない」と主張していたが、養女の証言の多くは検察官の誘導尋問に応える形で単純な内容を述べるにとどまっていたため、「実際に体験しなければ供述できないほどの具体性や迫真性があるとは認められない」と検察官の主張を退けたのだ。

裁判では、嘘をついてまで男性を犯罪者に貶める動機が養女にあったのか否かも争点になったが、男性は養女に対し、携帯電話を使わせないなど厳しく接しており、養女から疎ましく思われていそうな事情もあった。“事件”が発覚した経緯をみても、養女が学校を休みがちであることを母親に叱られた際、突然泣き出し、男性に胸を触られたと訴えたことがきっかけであり、「養女は母親の怒りを男性に向けさせようとした可能性がある」とした一度目の一審判決の判断は合理的なものだった。

◆有罪を立証できなかった検察官を救済すべきだという裁判官

一方、この一度目の一審の無罪判決を破棄した二審判決はどんな内容だったのか。

細かい問題は色々あるが、最大の問題は次の部分に示されている。

「仮に原判決がいうように、具体性、迫真性に欠けることを理由に被害者の原審供述の信用性を否定するのであれば、その前提として、被害者の年齢や知的能力に加え、被害申告の経緯等の供述状況に関する証拠調べを行い、場合によっては専門家の知見を利用するなどして性犯罪被害者や被虐待児童の供述特性等に十分配慮した審理を行うべきである」(二審判決)

言うまでもないことだが、刑事裁判の挙証責任は検察官にある。検察官が有罪を立証できなければ、裁判官は被告人に無罪の言い渡しをしなければならない。しかし、二審の裁判官は、検察官が専門家の知見を利用するなどしなかったため、養女の証言の信用性を立証できなかったことについて、無罪判決を出した一度目の一審の裁判官が救済してやるべきだったかのように言ったのだ。

裁判の舞台となっている福岡高裁・地裁の庁舎

◆無罪を破棄させた「間違った正義感」

なぜ、二審の裁判官はこんな刑事裁判のルールに反することを言ったのか。原因はおそらく、「いたいけな性被害者の少女を救ってやるのは自分だ」という間違った正義感である。判決から、それが現れている部分を抜粋してみよう。

「被害者の原審供述の信用性を正しく評価するに当たっては、前記の被害者の年齢や知的発達の程度に加え、事案の性質上、同居の家族から長期間にわたって継続的な性的虐待を受けた経緯について供述を求められる立場にあることを踏まえる必要がある」(二審判決)

「一般に、性犯罪被害者には、語ること自体が非常に大きな精神的負担になる事柄について、裁判という精神的緊張を強いられる場において供述を求められる」(同)

「また、性犯罪被害者は、犯行による精神的後遺症の影響から、被害の詳細を語ることができずに質問に対する応答がずれてしまったり、逆に感情を露わにせずに淡々と話すために内容がうまく伝わらなかったりすることも決して稀ではないといわれている」(同)

これらもすべて、養女の証言内容に具体性、迫真性がないことについて、二審の裁判官が救済するために述べたことだ。一読しておわかりの通り、裁判で「本当に被害者なのか否か」が争われている養女について、最初から「同居の家族から長期間にわたって継続的な性的虐待を受けた」「性犯罪者被害者」と決めつけているのだ。それはすなわち、最初から被告人をクロだと決めつけているということだ。

ちなみにこの二審を担当した鬼澤友直裁判長は東京地裁にいた頃、大学女子柔道部の部員に対する準強姦罪に問われた金メダリスト内柴正人の事件で裁判長を務めた人物だ。その時も「性交は合意のうえだった」とする内柴の無罪主張を「まったく信用できない」と退け、懲役5年の実刑判決を宣告している。一方で、文教大学に合格を取り消された麻原彰晃の三女の入学を認める仮処分の決定を出すなどしており、弱い立場の人物に感情移入しやすい性質である可能性が窺える。

無罪を破棄された男性に対する差し戻しの一審の懲役7年の判決については、現時点で入手できておらず、批評不能だ。しかし、判例データベースなどに掲載される可能性が高いと思われるので、入手できたら、内容を検証のうえ、当欄でまたお伝えしたい。

▼片岡 健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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