身を挺して護れなかった警備陣と暗殺者の銃撃準備 横山茂彦

安倍元総理殺害事件が、選挙の自由妨害という民主主義の根幹にかかる犯罪であることは前回も確認した。

そのうえで、事件の背景および暗殺者としての犯人の技量を推し量っておこう。政治史上に刻印された世紀の大事件は、われわれの社会を映し出しているとともに、時代を変える動力もまた暗殺者の技量に反映するものだからだ。

ゲバ棒や火炎瓶の時代の大衆武装、爆弾闘争の非公然時代、そして社会的に孤立し(アトム化され)た時代の犯罪、すなわち今回の事件が社会の変化をどこまで反映しているのか。経済的にも行き詰った現在の日本を占うものとして、考察を深めるべきであろう。先行きのわからない時代にあって、それはひとつの手がかりになるはずだ。

◆動けなかった警備陣

それにしても、ぶざまだったのは奈良県警の警備である。

元総理の背後警備はガラ空きで、要人警備の基本である交通封鎖もしていなかったのだ。そして、第一発目の発射(爆発音)に驚くばかりで、身動きできないという体たらくだった。銃器事件が日常的ではないとはいえ、まさにテロ無防備国家である。

「ザ・シークレット・サービス」のクリント・イーストウッドは、ジョン・マルコビッチ演じる狙撃犯から「身を挺して大統領を護る覚悟はあるのか?」と問われる。JFKを護れなかったトラウマと使命感に懊悩し、そして最後は身を挺して大統領暗殺を防ぐのだった。


◎[参考動画]In the Line of Fire (6/8) Movie CLIP – Blocking the Bullet (1993) HD

この基本的な警護を、奈良県警の警備陣および警視庁から派遣されたSPは、果たせなかったのである。かれらは爆発音に凍り付いたままだった。いや、自分の体を要人の楯にする必要はない。一発目の銃撃音のあと、安倍元総理を押し倒すだけでよかった。運命の3秒間を、かれらは無為にすごすことで、警護対象を銃弾にさらしたのだ。


◎[参考動画]映画CM 「ザ・シークレット・サービス」日本版予告編 In the Line of Fire 1993

その奈良県警は、いわゆる田舎警察というわけではない。奈良県警の鬼塚友章本部長は、じつは安倍元総理の懐刀とも言われた北村滋に見出された人物なのである。
鬼塚は福岡高校から九州大法学部を経て、警察庁に入庁したキャリア組である。内閣情報調査室に勤務、当時の北村滋情報官に見いだされ、北村がNSC(国家安全保障局)に転じる際にこれに従っている。北村の辞職後、警察庁に戻り、そろそろ地方の本部長をということで回ってきたのが奈良県警だったのである。その意味では選ばれた任務であり、今回の失態をうけた更迭はまぬがれないであろう。

◆山上容疑者の武器製造

いっぽう、山上徹也容疑者は手づくりの鉄砲を準備していた。プロの暗殺者なら、カラシニコフの模造銃(中国製)をヤクザから手に入れていたはず、などとうそぶく評論家もいるが、そうではないだろう。暗殺者にとってブラックマーケットで得られる粗悪品の模造銃よりも、自分で調整してその性能を確かめられる武器こそ重要なのだ。

なるほど山上容疑者はプロではないかもしれないが、成功を期するスナイパーは武器をみずから確かめるものだ。山上容疑者の銃は、撃鉄(ハンマー)や撃針(ストライカー)を用いない、側穴(タッチホール)式の精巧なものだった。

その構造に専門家が舌を巻いたのは、着火が電子式である以上に、弾丸が6個の散弾式であることだ。ライフルを切っていない銃身(ブリッド)はしたがって、適度な仰角をもっている。1発で6個、2発目の6個のうちの一発が安倍元総理の喉元をとらえ、心臓と大血管を損傷したのである。

武器の精度・破壊力を確認するのは、小説(映画)だがフォーサイスのジャッカルがそうだった。

「ジャッカルの日」のエドワード・フォックスは、特別注文の狙撃銃(カスタムライフル=ハンドメイド)を念入りに調整する。ドゴール大統領警護の銃包囲網をかいくぐり、絶好の狙撃位置を確保したのは、今回の山上容疑者がやり遂げたのとよく似ている。


◎[参考動画]映画「ジャッカルの日(1973)」のカスタムライフル(日本語吹替版)

ブルース・ウイリス主演の「ジャッカル」もまた狙撃銃を特注するが、こちらは機関砲だった。しかもコンピュータ遠隔制御である。エドワードの細めの特注狙撃銃にたいして、いかにもアメリカらしい荒っぽい設定だ。

エドワードのジャッカルは撃ち殺され、ブルースのジャッカルも「女を護れない」と言いつつ、みずから女を人質にしながら撃ち殺される。

しかるに、山上容疑者は日本人らしく、かれの「大望」を果たして従容と縛についた。風蕭蕭として易水寒く 壮士一たび去りて復(ま)た還らず、の美学を感じさせるものがあった。民主主義の根源をゆるがす犯罪にもかかわらず、われわれは一服の清涼感を味わうのである。


◎[参考動画][映画]ジャッカル 大統領夫人を暗殺しようとするシーン【野沢那智Ver】

さて、その容疑者の内面にせまろう。武器をみずから作るほどの能力を持ち、しかし武器流通の裏社会に接するほどの交際能力はない。そこに、われわれは共同体の崩壊によってアトム化された、現代の諸個人の孤立と内向を見ることが可能だ。資本主義に固有の協働・コミュニティからの排除、労働の分業と細分化によって労働力商品として分断された諸個人が、ひっそりと個的な世界に閉じこもる。そして世界との接点が一方的なメディアやネットに限定されたとき、個的妄想は否応なく世界からの孤立を加速させる。おとなしい人が突如として殺人鬼に変貌するのは、こうした社会的分断と孤立の構造にほかならない。

山上容疑者は旧統一教会への寄付のために、母親が土地を売り借金するなど破産に至ったことを動機に挙げている。旧統一教会の関連団体に安倍元総理がビデオメッセージを送ったことで、標的をかれに絞ったという。安倍元総理の旧統一教会へのコミットがどの程度であったのかは、このさいほとんど関係ない。事件は選挙演説をねらったテロ(政治的殺人)であり、政治家とはそのような運命を抱えもった存在であるということだ。そして熟練のはずの警備陣が動転するほどの爆発音と威力で圧倒した、暗殺者の妄念のつよさが事件をなさしめたという事実である。


◎[参考動画]【独自】銃撃男の母親 旧統一教会に「本当に心酔」 大学友人語る変化…1億円献金か(ANN 2022年7月14日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2022年8月号