たかさん(紙の爆弾2026年1月号掲載)
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最初に断っておくと、本稿はNHKから国民を守る党党首である立花孝志氏の発言内容や行為を肯定・擁護するものではなく、名誉毀損を理由とする逮捕・長期勾留という「権力の使い方」の妥当性を問うものである。
◆刑事訴訟法から見た違和感
2025年11月9日、立花孝志氏が「名誉毀損」の容疑で兵庫県警に逮捕・勾留された。テレビやネットには、「さすがにやりすぎだったから当然だ」「前から嫌いだったからザマーミロ」といった声があふれた。それらは日頃、警察を含めた行政権力に肯定的な人も、否定的な人も、まさに異口同音だった。
だが、本来ここで問われるべきなのは、「立花氏が良い人か悪い人か」「好きか嫌いか」ではない。もっと単純で、しかし根本的な問いだ。
名誉毀損という種類の事件で、本当に「逮捕・長期勾留」が必要なのか?
刑事訴訟法の観点から見ると、この問いに対する答えはかなりはっきりしている。
まず、刑事訴訟法が逮捕・勾留の要件として掲げるのは、
1 罪証隠滅のおそれ
2 逃亡のおそれ
である。これに基づくと、立花氏の事件には、本来「逮捕不要」と考えるべき事情が並んでいる。
・発言内容は動画やSNSとして残っており、証拠隠滅の余地がほとんどない。
・被疑者は公人で、居場所も行動も人目にさらされている。→逃亡の可能性は極めて低い。
・実際に、任意の事情聴取には応じていたと報じられている。
これらの事実を鑑みれば、今回の事件は「在宅のまま捜査・起訴すれば足りる事件」と評価するのが素直な理解だろう。どうしても刑事責任を問いたいのであれば、在宅起訴し、公開の法廷で淡々と有罪・無罪を争えばよい。
それにもかかわらず、最も強力な人身拘束である逮捕・長期勾留が選択された。しかも逮捕から一夜明け、関西テレビ(ヤフーニュース)は次のように報じた。
「立花氏が先月ドバイに渡航していたため、警察は海外逃亡などを警戒して逮捕に踏み切った」
アラブ首長国連邦(UAE)と日本は犯人引渡条約を結んでいないことから、「逃亡のおそれ」を後づけで強調する内容だった。現在、この記事は削除されているが、当時の引用は私のブログにも一部残っている。
その後、関西テレビは、コメンテーターの弁護士を解説役とし、名誉毀損でも逮捕は珍しくないこと、今回の発言が「誰かから聞いた話」であり情報源が明らかになっていないため、取材源と関係する証拠を隠す(証拠隠滅)おそれがある―といった趣旨の説明をしていた。
しかし、冷静に聞けばこれは、「まだ明らかになっていない」→「これから隠すかもしれない」とすり替えて、現在の拘束を正当化するロジックであり、実質的には予防逮捕・予防拘束を肯定する発想に近い。
こうしたコメントが「専門家の見解」として繰り返されることで、本来は例外であるはずの逮捕・勾留が、「よくある普通の対応」として受け止められていく。ここに、今回の事件の第一の異常さがある。
◆「令状主義」が〝行政のお墨付き〞に変質した
次に問題なのは、要件を満たさないはずの逮捕が、なぜ裁判所であっさり認められてしまうのかという点である。
そもそも、日本における「令状主義」は、世界的にみて大きなねじれを持っている。
日本語で「令状」と訳されるwarrantは、英米法においては「国家に人を捕まえさせるための命令書」というより、国家権力の行使に厳格な条件と範囲を与えることで、市民を国家の恣意的な逮捕から守るための文書である。
いつ・どこで・誰に対して・どのような理由で拘束してよいのかを細かく書き込み、その枠を一歩でも踏み越えれば違法となる。
つまりwarrantは、本来は国家権力の「剣」ではなく、市民の自由を守るための条件付きの許可証、いわば市民の「盾」としての意味合いが強い。
日本の刑事訴訟法は原則として、「逮捕には裁判官が発する逮捕状が必要」と定めており、条文だけを読むと、あたかも同じ発想に立っているように見える。
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