資料で見る「カウンター大学院生リンチ事件(別称『しばき隊リンチ事件』)」〈2〉隠蔽工作、開き直り(一方的活動再開-謝罪反故)、事実の捏造

鹿砦社代表 松岡利康

大学院生М君リンチ事件は、2014年師走、関西屈指の歓楽街・北新地にて起きました。これ以降、「カウンター」とか「しばき隊」とかいわれる集団の内部と周囲、在日の社会、「反差別運動」などの社会運動内部にあっては、水面下で(表沙汰にはならないように)混乱が生じます。当然でしょう。

しかし、それは、真摯に反省し主体的に公的に謝罪し、将来への痛苦の教訓とするのではなく、遺憾ながら逆の方向に向かいます。曲がりなりにも「人権派」とか「リベラル」とかいわれ、内実はともかく「反差別」を謳う運動としては疑問と言わざるをえません。

まずは、隠蔽工作です。私たち社会運動に理解を示し支持する者も、1年余りも知らなかったように隠蔽は成功します。これに気をよくし、次に彼ら、つまり加害者らを支える者(ブレーン)らは開き直り、被害者を蔑ろにし突然一方的に活動再開―謝罪反故に至ります。これに被害者M君は非常にショックを受けます。当然でしょう。

さらに加害者とこれを支持する者らは、事実の捏造を次々と行っていきます。到底許せないことです。ここでは、それらのうち、このリンチ事件で蠢いた主な人物の言動を挙げておきます。まったく酷い話で、リンチでさえ酷いのに、さらにこれに二重、三重に輪をかけたセカンド・リンチ、トリプル・リンチといえるでしょう。 (以下、敬称略)

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【10】「師岡メール」

【10】「師岡メール」

師岡康子弁護士は『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)という著書もある人物で、日本で「ヘイト・スピーチ」という言葉を根づかせた、この問題の第一人者といわれます。父親は共同通信の幹部で、彼女の経歴を見ると、華々しいエリートそのものです。こんなお嬢様育ちのエリートが考えることは、時にトンデモないこともあるということでしょうか。

その師岡弁護士が、「人権派」の名に悖るようなメールを、M君と昵懇の金展克に送り、ささやかれていた刑事告訴を断念させるように「説得」して欲しいというのです。このメールの存在は噂されていましたが、諸事情があったのか、金展克は公開を躊躇っていました。時はヘイトスピーチ規制法制化の気運が高まり、おそらく、これが公開された時の運動内外における波紋を案じてのことと思われます。私が金展克の立場だったら、同様に悩み苦しみ公開を躊躇ったでしょう。このまま公開されないんじゃないかと思っていた矢先、ようやく金展克は、決意を込め公開に至ります。彼の内心での葛藤は相当なものだったと察します。その内容は想像以上のものでした。

リンチ被害者のМ君が信用毀損罪にあたり、「これからずっと一生、反レイシズム運動の破壊者、運動の中心を担ってきた人たちを権力に売った人、法制化のチャンスをつぶした人という重い批判を背負いつづけることになります」と、反吐が出るような倒錯した決め付けを行い、M君に告訴断念を「説得」するように金展克へ要求しています。「人権派」であろうがなかろうが、また「人権派」であろうがなかろうが、弁護士以前に人間としていかがなものでしょうか?

「反レイシズム運動の破壊者」は、泥酔して深夜M君を呼び出し凄絶な集団リンチを行った李信恵、金良平らではないのか、誰にでもわかることです。

私たちは師岡に電話取材を試みましたが、即切られました。これだけの持論を語り、隠蔽工作をしながら、きちんと釈明していただきたかったということは言うまでもありません。いつもはまことしやかなことを記者会見などの場で宣うのであれば、きちんと答えるべきでしょう。

また、ここでは師岡の著書『ヘイト・スピーチとは何か』については述べませんが、一般の評価に反し、その内容は実に危険なものです(リンチ本第6弾『暴力・暴言型社会運動の終焉』にてジャーナリストの黒薮哲哉が詳述していますので、こちらを参照してください)。

【11】「声かけリスト」

【11】「声かけリスト」

加害者らに連なるITOKENこと伊藤健一郎(当時立命館大学大学院生)が作成した、カウンター/しばき隊周辺のオルグリスト。「リンチはなかった」との意思統一をするために作成。カウンター/しばき隊の活動家の藤井正美は、3年間、鹿砦社に勤めスパイ活動を行い、その全貌は彼女が退社を余儀なくされ、その後、会社が彼女に貸与したパソコンを整理した中で、偶然明るみになりました。明るみになったのは、これだけではありません。まさに“情報の宝庫”といえるほど、カウンター/しばき隊内部の蠢きが詳細に判明しました。鹿砦社は当然、彼女に対し損害賠償請求の民事訴訟を起こしました。あろうことか、結果裁判所は鹿砦社の主張を認められませんでした(この件については過去の「デジタル鹿砦社通信」をご覧ください)。

【12】「説明テンプレ」

「説明テンプレ」

これも伊藤健一郎が作成。リンチ事件の経緯や内容、M君を「異常」とし、歪曲された記述で、前出「声かけリスト」に挙げられた者らに「説明」するというマニュアルです。

【13】活動再開宣言

【13】活動再開宣言

曲がりなりにもリンチ事件に連座した5人のうち手を下した3人は謝罪文を出し、活動自粛を約束しましたが、活動を再開するというものです。同時に、謝罪も反故にされます。被害者の「人権」を蔑ろにするものと言わざるをえません。この頃はまだ、リンチ事件が起き、その後の動きについても私たちはまったく知りませんでしたが、水面下では、こういう動きが繰り広げられていたのです。

【14】トンデモ李信恵メール

【14】トンデモ李信恵メール

このツイートの日はМ君が李信恵らリンチ加害者5人を提訴した民事訴訟の本人尋問の日でした。実はまだ李信恵を一度も見たことも会ったこともありませんでした。この意味で、ある意味“楽しみ”ではあったのですが、裁判の前に、ここに記されているような字筒はありません。喫茶店で私と李信恵が遭遇したの? どこで? 店の名は? 見え透いた嘘もほどほどにせんかい!

【15】第二弾の辛淑玉文書

【15】第二弾の辛淑玉文書

リンチ直後に配布された「辛淑玉文書」は衝撃的でした。「これはリンチです。まごうことなき犯罪です」という文言は悲痛なもので、この時点では、辛淑玉にもまだ一片の良心が残っていたのでしょう。しかし、この第二弾の文書は、それを全否定するものです。リンチに阿鼻叫喚の悲鳴を上げるМ君に対する李信恵の「恐怖を覚えた『笑い声』」を、「その場を何とか明るく盛り上げようと必死になっていた李信恵さんの声だったのです」だと? 笑わせてはいけません。

【16】リンチの阿鼻叫喚を、「リンチがなかった」証明と無理やり強弁する三百代言

【16】リンチの阿鼻叫喚を、「リンチがなかった」証明と無理やり強弁する三百代言

開き直りも、ここまで来ると、狂ったとしか言えません。リンチ被害者M君は、1時間近くに及ぶリンチに阿鼻叫喚し、このことで、誰にも相手にされず、私たちと出会い闘いつつも司法にも裏切られ(一部勝訴とはいえ)、今に至るもリンチのPTSDに苦しみ、一流国立大学博士課程を修了しながら研究者の道を断念させられ人生を狂わされたのに、ここまで言うか! これが世に「人権派」といわれる弁護士の言うことか! 弁護士を別名「三百代言」というそうですが、まさにこの言葉がピッタリの神原三百代言です。

【17】被害者(原告)M君が訴訟記録閲覧制限の申請を出したとする悪意のデマ

【17】被害者(原告)M君が訴訟記録閲覧制限の申請を出したとする悪意のデマ

神原弁護士がなぜ、こんなツイートをしたのか理解できませんが、被害者M君やこれを支援する私たちは、訴訟の内容を「閲覧」することに「難色」など示してはいません。逆にどんどん広めたいぐらいです。この神原弁護士のツイートに呼応し、「あらまー」というしばき隊活動家が閲覧を申請したところ閲覧制限で見れなかったとし、「あらまー」は、閲覧制限をしたのは「おそらく原告(M君)」としています。なお、神原弁護士のツイートにある「主水」はМ君のこと。

しかし、閲覧制限の申請をしたのはМ君ではなく、加害者の一人、「凡」こと李普鉉だったという通知が裁判所から届きました。なんということでしょうか、笑うに笑えないオチです。弄ばれ濡れ衣を着せられたM君はたまったものではありません。下手な三文芝居はやめていただきたいものです。

※この連載は、適宜投稿し、最低あと3回は続ける予定です。よろしくご一読お願いいたします。

(つづく)

リンチ被害者М君の心情に寄り添い、地を這う取材を元に編纂、出版したリンチ関連本。【第一弾】鹿砦社特別取材班編著『ヘイトと暴力の連鎖 反原連‐SEALDs-しばき隊-カウンター』/【第二弾】同『反差別と暴力の正体 暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』/【第三弾】同『人権と暴力の深層 カウンター内大学院生リンチ事件真相究明、偽善者との闘い』/【第四弾】同『カウンターと暴力の病理 反差別、人権、そして大学院生リンチ事件』/【第五弾】同『暴力・暴言型社会運動の終焉 検証 カウンター大学院生リンチ事件』/【第六弾】同『真実の暴力の隠蔽 カウンター大学院生リンチ事件の闇を解明する!』