冤罪被害者の青木恵子さんが、再審法改正を議論する自民党内の会合によばれた

尾﨑美代子

東住吉事件の冤罪被害者・青木恵子さんが3月30日、再審法を議論する自民党内の会合によばれた。(当日の様子は、再審見直し議連・自民党井出事務局長のFacebook#再審法改正でご確認下さい。ちなみに青木さんの隣に座る男性は「ヤメ検」の方で、みんなからコテンパンに非難されていたとか)。

青木さんは1年ほど前からグループホームの仕事に就いており、日曜日は夜勤だから、わずかに仮眠をとっただけで東京に向かった。青木さん自身は、今回の再審法改正の動きにちょっと諦めモードになっていた。というのも、突然出張ってきた法制審によって、今より悪い方向に勧められようとしていたからだ。その法制審の会合にも以前よばれたが、数名の人以外、さっぱり反応がなかったと怒っていた。それとバイトが忙しく、東京の集会などに呼ばれてもいけないことも多かった。ちなみに、バイトで稼いだお金はほとんど冤罪被害者救出のために使っている。

今回もどうしようか悩んだようだ。私はSNSをやらない青木さんに「稲田朋美議員がこんなこと言ってるのよ」「鈴木宗男さんの娘の貴子さんもこんな投稿しているよ」とFacebookの記事を送ったりした。 法制審の会合とは全然違うし、この自民党議員に頑張ってもらわないといけないのだ、と。

結果、青木さんも頑張って参加した。そして「法制審のときと全然違った。行って良かった」と帰りの新幹線からラインをくれた。鈴木宗男議員から「大変でしたね」と声をかけられ、自分も泣いてしまった。「ママ、あの綺麗な議員あれだっけ?」「綺麗かどうかわからんが、ばっちりメイクの稲田朋美議員ね」「あの人は、後ろに座ってた法務省の役人をじっと睨んでしゃべってた」とか。

今回は青木さんは再審法改正問題の中でも、検察の「抗告」について話して欲しいと頼まれたようだ。これは、青木さんの東住吉事件のなかでも、そうそう時間をとって話すことが少ないので、あまり知られてないことだ。青木さんは1審、2審とも無期懲役、その後最高裁で上告が棄却され、刑が確定。和歌山刑務所で服役。

◆検察の「抗告」により天国から地獄に突き落とされた青木恵子

服役中、青木恵子さんと男性は再審を請求した。2012年3月7日大阪地裁が、再審開始をきめた。これに対して大阪地検は3月12日高裁に控訴した。一方、3月29日、大阪地裁は職権で青木さんらの刑の執行停止を認めた。これに対しても大阪地検は大阪高裁に抗告したが、和歌山刑務所の青木さんに、刑の停止を認めた書類が届いたことで、青木さん、弁護団は釈放の準備を始めた。青木さんは金曜日の午後から、荷物の整理をして、中で使っていた下着などを全て捨てた。土・日を独居で過ごした。月曜日の午後1時30分には、弁護士が差し入れした服に着替えて待機室で待っていた。

まもなく出られるという10分前、走ってきた刑務官が青木さんに「あなたを釈放できなくなりました」と言われた。「何故?」と尋ねる青木さんに刑務官は「詳しいことは、弁護士に聞いてください」と言い、ふたたび刑務所の服に着替えさせたた。その後、青木さんは迎えにきていた3人の弁護士と会った。大阪高裁は検察の抗告に「執行を止めなければ正義に反するような状況ではない」として刑の執行停止を認めた大阪地裁の決定を取り消したのだった。もちろんこれに対して青木さんも最高裁まで闘ったが覆ることはなかった。青木さん「弁護士は無理だとわかっていたと思う」と当時を振り返る。

その後青木さんはしばらく独居で静かに過ごし、その後作業場に戻ることになった。前の作業場の人はみな、青木さんの刑の執行が停止され、外に出れたものと思っていた。刑務官は青木さんをきづかい「別の作業にするか?」と聞いたそうだが、青木さんは「今のところでいいです」と言い戻ったという。

その後の青木さんには新たな恐怖感が強まった。それは高裁の裁判官が、刑の執行停止を取り消したから、再審開始決定も取り消されるとの恐怖感だった。それに対して弁護士が、「それは大丈夫」と言ってくれた。その後、弁護団がさらに検証を続け、集めたホンダの車から、ガソリンが漏れたことがわかり、ようやく裁判官が納得したから勝てた。

天国から地獄に落とされた日、面会した弁護団に青木さんは聞いた。「あと何年ここにいればいいの?」。弁護士も気の毒に思ったのだろう。「あと1年ちょっとですよ」と小さなウソをついた。しかし、本当に出れるまでには3年かかった。2015年10月23日 大阪高裁は再審開始を認めた大阪地裁決定を支持し、検察側の即時抗告を棄却した。また「拘束が20年に及ぶことと照らすと、刑の執行を今後も続けることは正義に反する」として、刑の執行を10月26日午後2時で停止する決定を出した。

「一歩間違えば、私は勝てなかった。獄死しかなかった」と青木さん。

湖東記念病院事件の西山美香さんは、検察に上告された際、父親に「お前が裁判でちゃんと無実を訴えないからだ」と頭を叩かれたと嘆いていた。

検察の抗告(裁判所の決定に異議を申し立てる)は、こんなにも冤罪被害者、そして家族を長期に傷つけ苦しめている。これを断固許してはならない。

尾﨑美代子(おざき みよこ)
新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを「西成青い空カンパ」として主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者X(はなままさん)https://x.com/hanamama58

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