浅野健一さん、遂にルビコンを渡る! みたび出版差し止め(出版禁止)仮処分について警告します!

鹿砦社代表 松岡利康

「私はあなたの意見には反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(ヴォルテール) 

いやしくもジャーナリストが、みずからの意に沿わない書籍を司法(~権力)の力を借りて出版差し止め=出版禁止を申し立てるなど前代未聞であり自殺行為です!
このことにより、今後、浅野さんが「言論・出版の自由」や「表現の自由」を語ることはできなくなり、憲法21条の破壊者になりました!
浅野さんは即刻出版禁止仮処分申請を取り下げよ!
浅野さんの言う「共犯者」(=鈴木エイトさん)や「甲子園の方」(=松岡)への訴訟をちらつかせた恫喝をやめよ! 浅野さんは、訴権の濫用をやめ、〈言論には言論で〉勝負せよ!

遂に浅野健一さんは、先週(4月16日と見られる)、あけび書房刊、辻井彩子・著『石ころの慟哭──山上徹也・奈良地裁裁判の私記』に対して出版差し止め(出版禁止)仮処分を申請しました。このかん申し述べていますように、司法に出版差し止め(出版禁止)を申し立てることは、最も言論・出版の自由、表現の自由を遵守すべきジャーナリストとして自殺行為であり前代未聞のことで、出版やメディアに関わる者としては重大問題です。

◆出版差し止め=出版禁止ということの深刻な意味を考えていただきたい。本当にこれでいいのでしょうか?

実は先週、私事になりますが、同居する高齢の母親が突然危篤状態になり急死し、怒涛の1週間で、この件に追われましたが、18日に葬儀も済ませ一段落しましたので、浅野さんのFacebookを見ると、上記書に対し「出版禁止」の仮処分の申し立てを済ませたとありました。浅野さんは遂に“ルビコン”を渡られました。本当にこれでいいのでしょうか? 

出版差し止め=出版禁止を申し立てることは、一般の民事訴訟とは根本的に異なります。このことを浅野さんや代理人の山下幸夫弁護士が解っておられないはずがありません。

「釈迦に説法」でしょうが、日本国憲法21条は「言論・出版の自由」「表現の自由」を保障すると謳っており、出版を差し止める=禁止することが、これに反するということは、浅学菲才の私でも解ることです。バカはバカなりに、このことを信じて私は40年余り出版活動を続けてきました。日本を代表する通信社で20年、私の母校で鶴見俊輔先生や故・藤本敏夫さんがいた新聞学専攻(のちにメディア学科)で20年、こうした問題を追究されてきたはずの浅野さんに説教するつもりは毛頭もありませんが、浅野さんはいつ宗旨替えをされたのでしょうか? 司法(~権力)の力を借りてみずからの意に沿わない出版物の発行・発売を差し止める=禁止するのではなく、〈言論には言論で〉の原則に立ち返るべきではないですか? この文章をお読みの皆様! 浅野さんに与し囃し立てている皆様! 私の言っていることは間違っていますか? 間違っているというのであれば、その理由を説明してください。

◆私が「出版差し止め」=「出版禁止」を懸念する理由

なぜ私が「出版差し止め」=「出版禁止」についてこだわるのかと言えば、これを5度も食らったからです。差し止め=出版禁止を食らった本は、流通しないわけですから、関心を持って検討しようとしても入手できず検討さえできないわけです。差し止め=出版禁止を食らった本を、私が2年間、関西大学の非常勤講師を務めた際に全員に配布し意見を求めたところ学生のほぼ全員が「なぜ差し止めになったのか理解できない」という意見でした。出版差し止めを申請した大企業、検察、裁判所の神経と、一般学生の感覚の違いがわかります。5件のうちの別の1件は事前差し止めで編集途上のことでした。のちにある研究者の論文に「電話番号も記載していた」と書いてあるのを見たことがありますが、これは間違いで、実際に本が出版されませんでしたので、こういう誤認もあるわけです。読者としては、浅野さんの著書もあけび書房の本も、どちらも平等に出版され、そこで読者の判断を俟つべきではないでしょうか? 出版禁止にするなどもってのほかで、これを、いやしくも長年メディアや出版に携わってきた人が意固地になってやることではなく、今からでも取り下げるべきです。勇気ある撤退は決して恥ずべきことではありません。

◆『救援』関係者も本件の意味を考えてください!

ところで、浅野さんも山下幸夫弁護士も、『救援』という新聞に毎月連載されています。『救援』は、学生運動やベトナム反戦運動華やかりし1969年に設立された「救援連絡センター」の機関紙として創刊されました。似たような団体に「国民救援会」という組織がありますが、これは共産党系ということで、逮捕された新左翼系の学生・労働者らの救援を拒否したことで救援連絡センターが設立されたのです。現在では、当時と比べ、逮捕される新左翼系の学生・労働者も激減し、代わって拘置所・刑務所内の処遇問題、死刑廃止問題など主に人権問題に取り組んでいます。

私も以前から交流があり、一時期は大きめの広告を毎号出広していたこともありました。

山下弁護士も、単に依頼されたから受任したというのではなく、もっと出版差し止め=出版禁止の意味を考えていただき、浅野さんをたしなめていただきたかったところです。山下弁護士だけでなく、『紙の爆弾』に毎号寄稿されている救援連絡センター代表の足立昌勝先生(関東学院大学名誉教授)らセンターの方々にも、この問題について真剣にお考えいただきたく願います。

◆「甲子園の方にも、法的措置をとります。」

実は先々週の末、鹿砦社のスタッフに浅野さんから私松岡を提訴するとの1行メールがあり、取り急ぎ過去2回の浅野さんへの警告文を添付し、私と浅野氏を共通して知る方々を中心に、その旨お知らせいたしました。

しかし、この時点ではまだ、提訴されることは表に出ていませんでしたので、私もFBや「デジタル鹿砦社通信」などで表に出さず、水面下で一部の方にメールするにとどめました。こののち、母親の危篤─急死があり、この問題には頭が回りませんでした。

ところが、ここに来て浅野さんのFacebook上に「甲子園の方」、つまり私松岡にも「法的措置をとります」と表に出されましたので、ここで私のスタンスを申し述べておきます。

浅野さんは、すでにあけび書房本の帯を書かれた鈴木エイトさんを「共犯者」呼ばわりし訴訟を臭わせて恫喝しています。

挙句、出版差し止めの危険性を危惧し警告した私に対しても「法的措置」をとるとのこと、あけび書房に対する差し止め仮処分のみならず、「共犯者」鈴木エイトさん、そして「甲子園の方」(=松岡)に対しても提訴するとなれば、まさに訴権の濫用以外の何物でもありません。訴訟を起こすにはお金が要ります。仮処分が決定となれば担保金まで積まないといけません。これまで浅野さんはかなりの数の訴訟を起こし、かなりのお金を遣われています。私もこれまで1億円以上の訴訟費用、賠償金を支払いましたが、これ以上となるでしょう。よほど裕福なようです。ただ、私はほとんど訴訟を起こされての応訴のお金で、浅野さんはほとんど訴訟を起こしてのお金で勝率はいかがでしょうか。

過ぐる1980年代前半、『犯罪報道の犯罪』という名著で名を馳せ、当時出版の真似事を始めた私にとって、この書は衝撃的でした。そして、地元西宮で起きた朝日新聞阪神支局襲撃事件について論究した『テロリズムとメディアの危機』を出版する際に、高野孟さんと対談していただきました。これは感動的な対談でした。

しかし今、浅野さんは、司法(~権力)の力を借りて、みずからの意に沿わない書籍に対して出版差し止め=出版禁止仮処分を起こし、これまで出版やメディアに関わる人たちが血と汗を流して守ってきた憲法21条に高らかに謳われた「言論・出版の自由」「表現の自由」の大原則をかなぐり捨てようとしています。これは絶対に間違っています。そう警告した私に対してまでも「法的措置」をとろうということですから、これに対しては、断固闘わざるをえません。自己防衛のためにも、いわば“武士の情け”でこれまで抑えてきたことも、この際バクロしてでも対抗します。泥仕合になれば浅野さんにとっては致命傷になるでしょう。私は冗談を言わない人間だということは浅野さんもご存知のはず、舐めてもらっては困ります。浅野さんは、『犯罪報道の犯罪』の頃に立ち帰っていただきたいと切に願います。

このかんの浅野さんの言動は異常です。

まだ出版差し止め=出版禁止仮処分の決定がなされないのに大手取次トーハン、日販に配本しないように求めたり(明らかに出版妨害です。これが通用すれば、どんな本も販売がストップできます)、浅野支持者にあけび書房の所在地を訪問するようにけしかけ、あけび書房の事務所がバーチャルなのでISBNコードが無効だと声高に主張し挙句日本図書コード管理センターに緊急に調査するよう要請したり……。相手(この場合あけび書房)が気に食わなくなったからといって、人間、やっていいことと、道義的常識的にやっていけないことがあります。こういうことを弁えないから人が離れていくのではないでしょうか。かつては共著もあり一心同体だった故・山口正紀さんはじめ浅野氏から離れて行った人たちを数多く見てきました。こうした人たちの話や証言だけで何冊も本が出来るほどです。一人っ子の性(さが)でしょうか、唯我独尊の方です。

何度も言いますが、5度の出版差し止めを経験した者として、出版差し止め=出版禁止は、いやしくもジャーナリストであれば自殺行為なので即刻取り下げるべきです。出版やメディアに関わる方々は、出版差し止め=出版禁止の危険性を認識し、浅野さんを強く諫めていただくことを願います。浅野さんは私の文章を読んでいないということですので。

浅野さんには、冒頭に挙げたヴォルテールの有名な言葉を想起していただくことを心より願いたい。浅野さんが私の警告を無視したり蔑ろにされないことも願うものです。

【追記】

以上を書き上げたところで、本日(4月20日)朝の浅野さんのFBにて、「これから、私に一度も取材せず、公然と、岡林・辻井氏側に立って、私を非難してきた松岡利康、鈴木エイト、黒藪哲也各氏らの法的、道義的責任も問います。」と書かれていました。

これが「出版差し止め」でなければ、私はコメントするつもりはありませんでした。時々見聞きする版元と著者とのトラブルとして高見の見物をさせてもらうつもりでした。本件については、浅野さんにもあけび書房にも公平に取材しておらず、特段あけび書房の側に立つつもりもなく、出版差し止め=出版禁止が、出版やメディアに関わる者にとって重大事であるからこそ警告したのですが、これを「非難」としてしか受け止めれないとは……。

あけび書房・岡林信一代表は、西宮ゼミに参加された頃から知っていますが、80年代から知り『紙の爆弾』に毎号のように寄稿されてきた浅野さんほど深い付き合いでもありません。あけび書房を引き継がれた頃、一度電話で短い話をしたぐらいで、西宮ゼミが終わって以来会ったこともありません。辻井さんには会ったことも話したこともありません。

また、本日の浅野さんのFBでは、「甲子園の方」ではなく、ハッキリと「松岡利康」と明記されました。もし提訴されるのであれば、私は故・山口正紀さんの弔い合戦として、浅野さんに裏切られた山口さんの悔しさを共有し、たとえ泥仕合になろうとも徹底的に闘う覚悟です。

なお、「黒藪哲也」→「黒薮哲哉」の誤記です。

※下の画像は、遂に発売になる2つの山上徹也裁判記録本。2つの本共に購読し、双方読み比べ、読者の判断を俟つのが本来の姿だと思います。「買ってはいけない本」(浅野さん)などありません。早速私もAmazonに両書を注文しました。

※浅野さんによる仮処分のタイトルが「出版禁止」ということですから、これも今後は主に「出版禁止」と記載することにいたします。