ウクライナ紛争で「最大限の勝利」を得られなければ、ロシアは本当に存続できないのか?

アンドリュー・コリブコ

ロシアはウクライナ紛争で「最大限の勝利」を収めなければ、国家として存続できないのか。ロシア指導部が勝利の必要性を強調する一方、米国との交渉では一定の妥協に応じる姿勢も示している。本稿は、ロシアがすべての目標を達成しないまま紛争が終結した場合を想定し、その後に直面する軍事・安全保障上の課題と、国家存続への影響を考察する。

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ここで最も重要なのは、ロシアが他国との軍拡競争についていけるだけの軍事力を維持し、国民も長期にわたる厳しい状況に耐え続けられるかどうかである。これは、ロシアの著名な専門家ワシリー・カシンが5月下旬に示した見方ともよく似ている。

ロシア前大統領で、現在は安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフは7月下旬、次のように述べた。

「われわれ共通の課題は、国を守ることだ。国を守る唯一の方法は、特別軍事作戦で勝利することである」

ロシア政府は、プーチン大統領をはじめ、「勝利」の条件として次のことを挙げてきた。ウクライナの非軍事化と「非ナチ化」、憲法上の中立への復帰、そして5つの地域すべてを失ったことをキーウが正式に認めることである。こうした目標をすべて達成する「最大限の勝利」は、ロシアの国益を幅広く守るうえで最善の結果だろう。

しかし、紛争が終わるまでにこれらの目標をすべて達成できなかったとしても、ロシアという国家が存続できなくなる可能性は低い。

ロシアがすべての目標を達成しないまま紛争が終わる可能性も否定できない。セルゲイ・ラブロフ外相は最近、「アンカレッジの精神」を守るというロシアの姿勢を改めて確認した。この構想では、報道によれば、トランプがゼレンスキーにドンバスを譲るよう説得できれば、プーチンは戦闘を停止するとされている。

また、西側諸国、特に米国とフランスは、ウクライナを前面に出した新たな「消耗戦」をロシアに対して進めている。これは民間の物流インフラも標的としており、トランプがロシアに対して「緊張を高めることで、最終的に緊張を下げる」という方法を取っているためだ。この動きが大幅に激しくなれば、プーチンの判断も変わる可能性がある。

ここでこうした可能性を挙げているのは、ロシアが「最大限の勝利」を目指すことについて妥協すべきだと言うためではない。なぜロシアが妥協する可能性があるのかを示すためである。

そこで、メドベージェフの発言を踏まえ、ロシアが「最大限の勝利」を達成できなかった場合にどうなるのかを検討してみよう。

仮に紛争が終わった時点でも、ウクライナが軍事力を維持し、「非ナチ化」されず、憲法上の中立に戻らず、さらに5つの地域すべてを失ったことを正式に認めなかったとしても、ロシアはおそらく存続できる。その理由を簡単に説明する。

まず、ウクライナが軍備を維持・強化し続けるなら、ロシアもそれに合わせて軍備を強化することになる。NATO、特にドイツが軍備を強化し続けた場合も同じである。その結果、軍拡競争が続くことになる。次に、「マイダン」後のウクライナがナチ国家のまま存続した場合、ロシアはそこから生じる思想的な脅威に対抗する必要がある。

【黒薮注】「マイダン」後のウクライナ:マイダンは2013年末から2014年にかけて、首都キーウの独立広場(マイダン・ネザレージュノスチ)を中心に起きた大規模な反政府運動。この運動の結果、2014年2月に親ロシア派とされたヤヌコーヴィチ大統領が政権を離れ、その後ウクライナは極右化した。

そのため、ロシアは、偽情報などを事前に見抜くための対策、メディア・リテラシー、「民主的安全保障」の政策をさらに強化し、民族間の関係を安定させる政策も改善し続けることになる。また、ロシアの元情報機関幹部アンドレイ・ベズルコフが以前提案したように、軍と社会の文化をより一体化することも役立つだろう。

【黒薮注】アンドレイ・ベズルコフ(Andrey/Andrei Bezrukov)は、ロシアの元対外情報工作員で、特に米国で長期間「一般市民」として生活しながら活動していたことで知られる人物。

一方、ウクライナが中立国にならないことで生じる脅威については、ロシアの大陸間弾道ミサイル「サルマト」によって、NATOの部隊配備を抑止することが可能だと考えられる。

最後に、キーウが係争地域の一部を支配し続けた場合の人道上の問題については、第三国の仲介による合意を結び、希望する住民がロシアへ移住できるようにすることで、その影響を減らせる可能性がある。

しかし、そのような合意が成立しなかったとしても、ロシアという国家の存続そのものを脅かすことにはならないだろう。ロシアが軍拡競争で後れを取らず、国民が困難に耐え続けることである。このシナリオは、ロシアの著名な専門家ワシリー・カシンが5月下旬に示唆したものとも似ている。

一方、仮にロシアが「最大限の勝利」を達成したとしても、米国はすでにロシアの周辺に緩やかな「封じ込めの壁」を作っている。北極・バルト海地域では英国が中心となり、中央ヨーロッパではポーランドが中心となっている。ロシア南部の周辺地域ではトルコが、北東アジアでは日本が中心的な役割を果たしている。

これによってロシアはさまざまな脅威に直面している。それらすべてを説明することは今回の分析の範囲を超える。しかし、この状況は、ベズルコフが述べた「ロシアは西側との『新たな戦争』に数十年間巻き込まれる可能性がある」という警告に、一定の説得力を与えている。

◆筆者アンドリュー・コリブコによる注釈

背景を説明すると、プーチンは昨年末、安全保障会議との会合で、ウクライナ紛争を終わらせるために、具体的な内容は明らかにしていないものの、一定の「妥協」に応じたと実際に述べている。

「もちろん、これは秘密ではありません。この問題について公の場ではほとんど議論しておらず、ごく一般的な話しかしていませんが、秘密というわけではありません。

ウクライナ情勢を解決するためのトランプ大統領の和平案については、アラスカでの会談前から話し合われていました。その事前協議の中で、米国側はわれわれに一定の妥協を求め、彼らの言葉で言えば、『柔軟な姿勢』を示すよう求めました。

アラスカ会談で最も重要だったのは、アンカレッジでの協議を通じて、いくつかの複雑な問題や困難があるにもかかわらず、われわれがそれらの提案に同意し、米国側が求めた柔軟な姿勢を示す用意があることを確認した点です。」

また、ラブロフ外相も今年の夏の初めに、同じ立場を改めて確認している。

「私はアンカレッジでの発言を非常に大切にしています。ウラジーミル・プーチン大統領は次のように述べました。

『アンカレッジに関連して、われわれは米国側がまとめた妥協案を受け入れるよう求められました。われわれはそれを検討し、すぐにではありませんでしたが、アンカレッジに到着した際に、同意すると伝えました。』

また大統領は、『本日、つまり2025年8月15日に成立した合意が、ウクライナ問題を解決するための出発点となり、さらに広い意味ではロシアと米国の関係を前進させる出発点となることを期待している』とも述べました。」

ここでクレムリンとロシア外務省の公式ウェブサイトに掲載されているこれらの事実をあらかじめ紹介しておくのは、この記事をめぐって、誰かが私に対する個人攻撃をしてくる可能性がかなり高いと思っているからだ。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月12日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/would-russia-really-cease-to-exist?utm_campaign=post&utm_medium=web

ロシア高官が言及した「日本がロシアにもたらす脅威」の高まり

アンドリュー・コリブコ

ロシアのアンドレイ・ルデンコ外務次官が、日本の安全保障政策に対する警戒感を強めている。米国の短・中距離ミサイルシステム「タイフォン」の日本への一時配備や、ウクライナとのドローン技術協力が進めば、千島列島やサハリン、太平洋艦隊司令部のあるウラジオストクが脅威にさらされる可能性があるとの見方だ。こうした動きは、ロシアと中国、北朝鮮の軍事・安全保障協力を加速させる可能性もある。一方で、日露関係改善の余地も残されている。日本をめぐる北東アジアの新たな安全保障構図と、その行方を左右する米国の思惑について、アンドリュー・コリブコが解析する。

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日本が米国の短・中距離ミサイルシステム「タイフォン」を一時的に配備していることに加え、ウクライナの最新鋭ドローン技術に関心を示していることは、千島列島(クリル諸島)、ウラジオストクにあるロシア太平洋艦隊司令部、そしてエネルギー資源が豊富なサハリンにとって、大きな脅威になり得る。

アジア太平洋地域を担当するロシアのアンドレイ・ルデンコ外務次官は7月下旬、タス通信のインタビューに応じ、日本がロシアに与える脅威が高まっているとの認識を示した。

プーチン大統領の側近であるニコライ・パトルシェフは昨年末、「日本はアジアにおける米国の政策を推進するうえで、これまで以上に大きな役割を担うようになる」との見方を示していた。また6月上旬には、「日本とフィリピンは中国を封じ込めるうえで、より大きな役割を担うことになる」との分析も示されている。その役割には、米国のミサイルを国内に配備することも含まれる。

こうした動きに関連してルデンコ氏は、米国との演習の際、日本が短・中距離ミサイルシステム「タイフォン」を一時的に配備したことを非難した。こうした配備はすでに2度目だとして、

「これに対して、われわれが対抗措置を取らないということは決してない」と警告した。

さらに、「われわれは、アジア太平洋地域の平和維持をめぐり、中国との連携を強化している」とも述べた。

ただし、ここではロシアと北朝鮮の緊密な軍事関係については触れられていない。両国は相互防衛を定めた条約も新たに結んでいる。

ルデンコ氏はさらに、「日本のドローンメーカーと、ウクライナの戦闘用ドローン開発企業との協力がどのように進展しているか、われわれは注視している」と語った。

この発言の1週間足らず前には、ジャパン・タイムズが、日本がウクライナのドローン生産能力の拡大に投資する可能性があると報じている。その見返りとして、日本がウクライナの最新ドローン技術を利用できるようになる可能性があるという。

こうした能力は、おそらく主として中国や北朝鮮を念頭に置いたものだろう。しかし、ロシアにとっても深刻な脅威になる可能性がある。

というのも、日本は第二次世界大戦後にロシアが実効支配している島々について、ロシアが「南クリル諸島」と呼ぶ一方、日本は「北方領土」と呼び、ロシアによる領有を認めていない。この領土問題は、日露両国が平和条約を締結できていない大きな理由となっている。

さらに、日本海を挟んだ対岸には、ロシア太平洋艦隊の司令部が置かれているウラジオストクがある。

したがって、日本がウクライナからドローン技術を獲得すれば、千島列島、ウラジオストク、そして豊富なエネルギー資源を持つサハリンが、その攻撃可能範囲に入る可能性がある。

記事の見方では、日本が将来、米国のタイフォン・ミサイルシステムを交代制で受け入れるようになり、さらにウクライナから取得したドローン技術を本格的に導入すれば、日本はロシアを取り囲む「防疫線(cordon sanitaire)」の北東アジア方面を担うことができる。

【黒薮注】防疫線:本来は衛生学上の用語で、ここでは軍や警察など公権力が出入りを制限する線を意味する。

筆者は、この「防疫線」を第2次トランプ政権が過去1年間にロシア周辺に構築してきたものだと捉えている。

これに対してロシアは当然、中国や北朝鮮との軍事・安全保障面での二国間関係をさらに強化する必要があると考えるだろう。地域の脅威が大幅に高まれば、ロシア・中国・北朝鮮の3か国による安全保障協力の枠組みを模索するところまで進む可能性もある。

一方でルデンコ氏は、日露関係を修復するためには、まず日本側が行動を起こすべきだというロシアの立場も改めて示した。

日本にとっても、そうする理由はあるかもしれない。前述のようなロシア・中国・北朝鮮の軍事協力強化が現実になれば、日本自身の安全保障にとっても、日本がロシアにもたらそうとしているのと同程度の脅威になり得るからだ。

この記事が6月にも指摘していたように、ウクライナ紛争が政治的な形で終結し、それに伴って対ロシア制裁が段階的に解除されることになれば、天然資源が豊富なロシア極東への投資機会が、日本や「Quad(クアッド)」諸国に開かれる可能性がある。それが日本にとって、ロシアとの関係改善を進める経済的な動機になるかもしれない。

【黒薮注】Quad(クアッド):日本、アメリカ、オーストラリア、インドで構成

ただし、日本の外交政策は米国の方針から強い影響を受けているため、米国の了承なしに日露関係が現実的に改善する可能性は低い、と筆者はみている。

そのため最終的な問題は、米国がどちらの道を選ぶのか、という点に行き着く。

米国は、日本に北東アジアで積極的にロシアを封じ込める役割を担わせるのか。その場合、ロシア・中国・北朝鮮の軍事・安全保障協力がさらに強化されるという代償を伴う可能性がある。

それとも、そのような事態を未然に防ぐため、日露関係の改善を促すのか。

米国がどちらを選択するにせよ、その影響は今後数十年にわたって続くことになるだろう。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月15日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/a-top-russian-diplomat-touched-upon

KorybkoからMAGAへ ―― 重要な論点に関するロシアの政策を手短に整理する

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

MAGA支持者の間で「ロシアは自分たちが反対する勢力を支持している」との見方が広がっているとして、地政学アナリストのアンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)氏が反論する。中国やイラン、イスラエル、ウクライナなどを例にロシア外交の実際の立場を整理し、その誤解が生まれた背景について自身の見解を示している。

※   ※   ※   ※

私は、トランプ氏がエスカレーターを降りて出馬を表明した頃から(いくつか政策面で意見の違いはあるものの)MAGAの支持者であり、同時に「ロシア人ではない親ロシア派」であることにも誇りを持っている。そのため、MAGAの仲間に向けてロシアの政策に関する事実を整理し、新たに広まりつつある誤った認識を正したいという特別な責任を感じている。

ローラ・ルーマー氏のウクライナ訪問とゼレンスキー大統領へのインタビューは、この18か月ほどMAGAの間で進んできたロシア離れとウクライナ支持の流れを象徴する出来事だった。(黒薮注:ローラ・ルーマー=米国の保守派の政治家・コメンテーター)

彼女の行動には、タッカー・カールソン氏やキャンディス・オーウェンズ氏との対立といった個人的な動機も多少あったのかもしれない。しかし、ウクライナを強く批判する立場から熱心な支持者へと転じたことは、トランプ氏がウクライナを前面に立てた新たな「消耗戦」を通じて、ロシアに対して「エスカレートしてから緊張緩和を図る」という戦略を進めていることと軌を一にしている。つまり、もっと大きな変化が起きているということだ。

私は以前、「MAGAの一般的な支持者は、プーチン大統領やその周囲の人々が、自分たちの反対するもの――左派思想、イスラム主義、イラン、そして『MAGAの異端派』など――を支持していると考えるようになった」と指摘した。その理由は別の記事で説明している。しかし、この認識は事実ではない。ロシアとアメリカはすべての問題で一致しているわけではないが、ロシアはアメリカと和解できない敵でも、まして現在そのように描かれているような潜在的な敵国でもない。

そこで本稿では、MAGAにとって重要な論点について、ロシアの政策を手短に整理する。目的は、MAGA支持者にロシアの政策を支持してもらうことではない。実際にロシアがどのような政策を取っているのか、そして、なぜそれが場合によってはアメリカの政策と食い違うのかを理解してもらうことにある。

この記事でMAGA全体の対ロシア観が変わるとは思っていないし、トランプ氏が最近の対ロシア強硬姿勢を改めるとも考えていない。それでも、事実を知っておくことには意味がある。

◆中国

ロシアと中国は戦略的パートナーだが、相互防衛同盟を結んでいるわけではない。両国は、西側以外の国々がより大きな発言権を持つ国際秩序を目指しており、そのため、そうした流れを阻止しようとするアメリカの政策に共に反対している。

とはいえ、両国の立場が完全に一致しているわけでもない。ロシアは地域の勢力均衡を保つため、中国への牽制の一環としてインドに武器を供給している。一方、中国は西側による対ロシア制裁の一部を非公式に順守しながら、ウクライナにはドローンやその部品、光ファイバーを供給している。

◆イラン

中国と同様、イランもロシアの戦略的パートナーだが、相互防衛同盟を結んでいるわけではない。実際、ロシアは2015年から2024年まで続いたシリア作戦に先立ち、イスラエルと軍事的な調整協定を結んだ。この協定により、イスラエルはロシアの妨害を受けることなく、イラン革命防衛隊(IRGC)、ヒズボラ、シリア・アラブ軍、およびその同盟勢力を空爆することができた。これもロシアによる地域の勢力均衡政策の一環だった。

ロシアはこれまでイランに武器を売却したことがあるが、その目的は抑止力の維持に限られており、戦闘が続いている最中に供給したことはない。

◆イスラエル

ロシアとイスラエルは、ときに互いを厳しく非難し合いながらも、現在も緊密な関係を維持している。その証拠に、イスラエルはロシアが公式に指定する「非友好国」にさえ含まれていない。これは、イスラエルが西側による対ロシア制裁への参加を拒否したためである。

プーチン大統領自身も、生涯を通じてユダヤ人に好意的な立場を取ってきた。2000年から2018年までのクレムリン公式サイトに掲載された発言からも、それはうかがえる。また、ロシア人とイスラエル人はディアスポラ(離散共同体)による結びつきがあるとして、両者を「真に一つの家族」と表現したこともある。

◆ハマス/パレスチナ

ロシア政府は、2023年10月7日のハマスによる攻撃を公式にはテロ行為と位置づけている。一方で、同組織の政治部門との関係は維持している。またロシアは、国連安全保障理事会の関連決議に基づき、1967年の境界線に沿った独立したパレスチナ国家の樹立を支持している。これは世界でも広く見られる立場である。

さらに、イスラエルは他国と比べてもロシアのこうした姿勢を比較的好意的に受け止めており、ナフタリ・ベネット元首相は2021年、プーチン大統領を「イスラエル国家の真の友人」と評した。

◆湾岸諸国

アラブ首長国連邦(UAE)は、この地域におけるロシア最大の貿易相手国であり、対外取引の仲介役として、西側の制裁圧力を和らげる代替の利かない存在と広く見られている。ロシアはサウジアラビアとも緊密な関係を維持しており、OPECプラス(OPEC+)を通じて世界の原油価格の調整で協力している。そのほかの湾岸君主国とも良好な関係にある。

こうした事情から、ロシアは戦闘が続いている間はイランに武器を供給しようとはしない。自国の兵器が湾岸諸国との戦闘に使われ、築いてきた関係を損なうことを望んでいないからだ。

◆ウクライナ

「アンカレッジの精神(Spirit of Anchorage)」と呼ばれる構想では、トランプ氏がゼレンスキー大統領にドンバスからの撤退を受け入れるよう働きかければ、プーチン大統領は停戦に応じる意向を示していたと報じられている。

それ以前、プーチン大統領は、係争地域すべてからウクライナ軍が撤退しない限り停戦には応じないとしていたため、これが事実であれば和平に向けた大きな譲歩だったことになる。しかし、トランプ氏は何らかの理由で、この非公式の約束を撤回したという。

また、プーチン大統領は最近、NATO領内にあるウクライナの兵站拠点への攻撃を求める強硬派の意見も退けた。その結果、第三次世界大戦につながりかねない事態は回避されたとしている。

◆EU/NATO

ロシアは、EUがウクライナと連携し、トランプ氏に働きかけて「アンカレッジの精神」に基づく合意を撤回させたと考えている。ロシアはEUを攻撃したり、まして敵対的な住民を占領・支配したりすることを望んでいない。

その主な目標は二つある。一つは、制裁を解除してエネルギー分野の関係を回復すること。もう一つは、NATOとロシアの間で第三次世界大戦が起こる危険を減らすため、欧州の安全保障体制を見直すことだ。ロシアは、自国の政治体制や価値観をEUに押し付けようとはしていない。それに対し、EUはロシアに自らの価値観を押し付けようとしている、というのが私の見方である。

◆北朝鮮

地政学に関する最後の論点として、ロシアと北朝鮮は2024年、長年にわたる相互防衛同盟を改めて確認した。その後、北朝鮮軍はロシアのクルスク州からウクライナ軍を排除する作戦を支援した。この協定はアメリカやその地域の同盟国への脅威になると警告する声もある。しかし、北朝鮮はこの協定以前から、すでにそれらの国々に対する脅威だった(北朝鮮自身は、その軍事力は抑止目的だと主張している)。

むしろ、この協定によって北朝鮮の中国への依存が弱まるのであれば、それはアメリカの利益にもかなう。

◆天然資源

ロシアは、アメリカが「アンカレッジの精神」に沿って行動すれば、資源を軸とした戦略的パートナーシップを築けると本気で期待していた。その構想は以前の記事でも詳しく説明したが、要するに、アメリカとの資源協力によってロシアの中国依存を減らす一方、中国がロシア国内のあらゆる資源鉱区(エネルギー資源や鉱物資源)へアクセスすることを防ぐというものだった。

それらの鉱区には、アメリカだけでなく、インド、日本、韓国といったアメリカの近しいパートナー国も投資することが想定されていた。この構想は、理論上は今でも実現可能な選択肢として残っている。

◆左派思想

プーチン大統領は共産主義やスターリン時代の「大粛清」を批判している。一方で、ソ連が「大祖国戦争」と呼ぶ対ナチス・ドイツとの存亡を懸けた戦争に勝利するうえで、スターリン体制が果たした役割については認めている。

ロシアは近年、「ソヴィンテルン(Sovintern)」と呼ばれる現代版コミンテルンのような枠組みを立ち上げた一方で、右派系の運動とも関係を築いており、全体としてバランスを取っている。ロシア国営メディアが積極的に取り上げる著名な「ロシア人ではない親ロシア派」の中には左派が多い。しかし、それは意図した結果ではなく、単なる偶然にすぎない。

◆イスラム主義

ロシアは、各国がどのような社会・政治体制を採用するかには干渉しない立場を取っている。国際的なイスラム共同体(ウンマ)については、インドとともに、中国への過度な依存を減らすための重要な均衡勢力と位置づけている。

国内では、チェチェン共和国は、テロ・分離独立紛争を終結させた合意に基づき、イスラム法(シャリーア)の適用を認められている。その一方で、ロシア刑法第282条は、民族的・宗教的な憎悪をあおる行為を厳しく禁じている。西側の一部のイスラム主義勢力が行っているような扇動行為も、その対象となる。

◆「第三世界主義」

「第三世界主義」という言葉にはさまざまな意味がある。しかし、「植民地主義への報復として、非西側諸国が西側を破壊しようとする運動」という批判的な意味で使うのであれば、ロシアはそのような考え方を支持していない。むしろ、安全保障を強化し、発電所などのインフラを整備することで各国の主権を強め、国家を安定させることが、結果としてEUへの不法移民の減少につながると考えている。

サヘル地域では、ロシアの影響によってフランスが一部の資源開発事業を失ったものの、その損失は致命的なものではなく、他の西側諸国にまで悪影響を及ぼすものでもない。

◆「MAGAの異端派(MAGA Dissidents)」

ロシアのメディアが、ときどき「MAGAの異端派」を好意的に取り上げたり、その対立相手であるローラ・ルーマー氏らを、特にX(旧Twitter)上で批判的に扱ったりするのは、アメリカの読者の関心を引き、オンライン上で話題を集めるためにすぎない。

多くのMAGA支持者から見れば、それは誤ったやり方であり、結果的にはMAGAとの関係でも逆効果だったかもしれない。しかし、それがロシア側の本当の狙いだった。

また、タッカー・カールソン氏やキャンディス・オーウェンズ氏らがロシアに招かれたのも、彼らがロシアに敵対的ではなかったからで、それ以上の意味はない。

◆保守主義

プーチン政権下のロシアは、EUや民主党が目指すアメリカと比べれば保守的である。しかし、MAGAが目指す保守主義と比べると、一部の点で保守的であるにとどまる。それでも、EU全体よりは保守的だと言える。

また、他者の権利を侵害しない限り、公の場で宗教的信念を表明することを抑圧するような圧力はない。中絶は合法だが、政府はそれを推奨せず、代わりに出生率の向上を促す政策を進めている。

合法的な移民は受け入れているものの、国家は移民に同化を求めている。一方で、民族自治共和国には、それぞれ独自の文化的権利が認められている。

◆結び

MAGA支持者の多くは、自分たちにとって重要なこれら十数項目についてのロシアの実際の政策を知れば、驚くかもしれない。その理由は、彼らが私の言う「ポチョムキン主義(Potemkinism)」というロシアのソフトパワー戦略の影響を受けてきたからだ。

私のいう「ポチョムキン主義」とは、「戦略的目的」のためにロシアの政策について現実とは異なるイメージを作り出すこと、あるいは、誤った前提に基づいて人々にロシアへの好感を抱かせようとすることを指す。

その一例が、「プーチン大統領は反シオニストで、イスラエルを嫌っている」という、すでに事実ではないことが明らかになっている認識である。

私は、この手法は逆効果だったと考えている。ロシアに対する誤った期待を生み、それが支持者の失望につながっただけでなく、「ロシアはMAGAが反対するものをすべて支持している」という誤った認識まで広めてしまった。その結果、MAGAの間でロシアへの反感が強まるという、皮肉な結果を招いた。それでも、この手法は今も続けられている。

私はロシア外務省系のモスクワ国際関係大学(MGIMO)で国際関係学の修士号と政治学の博士号を取得した。だから、ロシアの外交政策については理解しているつもりだ。

私は、トランプ氏がエスカレーターを降りて出馬を表明した頃から(いくつか政策面で意見の違いはあるものの)MAGAの支持者であり、同時に「ロシア人ではない親ロシア派」であることにも誇りを持っている。だからこそ、MAGAの仲間に向けて、ロシアとその政策について新たに広まりつつある誤った認識を正したいという特別な責任を感じている。

私は「ポチョムキン主義」に一貫して反対してきた。そのため、「ロシア人ではない親ロシア派」として知られる著名なインフルエンサーたちから「キャンセル(排除)」されたこともある。このことについては、以前の記事でも書いた。だから、この問題は私にとって単なる政治論争ではない。極めて個人的な問題でもある。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月1日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

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ウクライナがロシア全土の上空でスターリンクやスターシールドの使用を許可される可能性はどの程度あるだろうか?

アンドリュー・コリブコ

ウクライナ戦争の勝敗を握るキーパーソンの一人は、疑いなくイーロン・マスクである。スターリンク(Starlink)とは、マスクが率いる SpaceX社が展開している衛星インターネット通信サービスのことで、スターシールド(Starshield)はStarlinkの軍事情報機関向けバージョンである。ドローン攻撃に不可欠だ。ゼレンスキー は、スターリンクをロシア領内への攻撃にも利用したいと考える一方、マスクは認めない。こうした状況に打開策はあるのか?アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)が解析する。

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マスクがこの案に難色を示すとしても、それは理解できる。プーチンを刺激し、自衛のためのエスカレーションを招き、その結果として第三次世界大戦の危険を高めたくないと考える可能性があるからだ。ただし、トランプも同じように慎重なのかは、まだ分からない。ポーランドのトゥスク首相の発言によれば、今後100日ほどで状況はかなり明らかになる可能性が高い。

『アトランティック』は先週後半、「ゼレンスキーがトランプに、イーロン・マスクに関する頼み事をした」と題する詳しい記事を掲載した。(【黒薮注】『アトランティック』(The Atlantic)は、米国の総合雑誌)

副題は「ウクライナは、ロシア国内の弾道ミサイル発射装置を攻撃するために、マスクのスターリンクを使い始めたいと考えている」というものだった。報道によれば、ゼレンスキーは先週のホワイトハウスでの会談で、この提案をトランプに伝えたという。入手数が限られているパトリオット迎撃ミサイルを受け取る代わりに、ウクライナに対するロシアの「組織的な攻撃」の発生源そのものを攻撃する案として提示したとされる。

同誌の情報源によると、マスクはこの提案について話し合うためのゼレンスキーからの面会要請を断った。一方、トランプは、マスクにこの案を受け入れるよう圧力をかけるかどうかについて、明確な態度を示さなかった。『アトランティック』はさらに、「ゼレンスキーは、マスクがロシアへの攻撃にスターリンクを使用することを認めない場合、国防総省が同じ目的のためにウクライナへスターシールド・ネットワークへのアクセスを提供できると提案した」と報じている。スターシールドはスターリンクの姉妹システムだが、「より高価で、より複雑であり、[ウクライナの]システムへの統合もより難しい」とされている。

同誌が取材したウクライナ側の情報源の一人は、トランプがゼレンスキーの「プランB」に同意することに懐疑的だった。(【黒薮注】「プランB」は代案の意味)

その人物は次のように述べている。「ウクライナが自国領内でこれを行うことと、ロシア領内で米国の技術を使い、ロシアの防空システムや弾道ミサイル発射装置を破壊することは別の話だ。これは非友好的な行為だ。ロシアがそれにどう反応するのか、私には分からない」。これはもっともな指摘だ。現在、西側諸国がウクライナを通じて進めていると筆者がみるロシアの産業力と軍事力の低下は、非常に大きな危険を伴うからだ。

トランプが最近、「エスカレートすることで緊張を緩和する」という方針を選んだ後、米国がロシアに対して進めていると筆者がみる「消耗戦」は、新たな段階に入っている。これは第二次世界大戦後の歴史でも前例のないものだ。この動きによってロシアの産業力や軍事力が一部でも大きく低下した場合、プーチンが最終的に耐えられなくなり、この作戦によってロシアが立ち行かなくなる前に抑止力を回復するための第一歩として、たとえ象徴的なものであってもNATOに対する行動を承認する可能性がある。その後、状況が簡単に制御不能になる可能性もある。

そのような展開を引き起こすきっかけになり得るのが、ゼレンスキーの提案どおり、ウクライナがロシア全土でスターリンク、またはその姉妹システムであるスターシールドを利用することだ。このような措置によって、戦略的インフラや軍事目標に対するウクライナのドローン攻撃の成功率が大幅に高まる可能性があるためだ。『アトランティック』は、マスクが紛争のエスカレーションにつながるような役割を担うことに消極的だったと指摘している。そのため、マスクはゼレンスキーの提案を拒否する可能性がある。そうなれば、トランプがマスクの判断を事実上覆し、ウクライナによるスターシールドの使用を認めるのかという問題が出てくる。

トランプがこれを避ける可能性がある理由は、エスカレーションを抑えるためだけではない。政治的な理由も考えられる。具体的には、マスクとの関係を悪化させ、11月の中間選挙を前に、あるいは時期によってはその後から2028年の次の選挙までの間に、X上で有力なMAGA系インフルエンサーの投稿が広まりにくくなる事態を避けたいと考える可能性がある。ポーランドのドナルド・トゥスク首相は先週、「今後100日がこの戦争の結果を決める可能性があり、確率は五分五分だ」と述べ、トランプ、マスク、そして「ほかの何人か」が重要な役割を果たすとしている。

この発言は、トゥスクがゼレンスキーの計画を把握しており、マスクがウクライナによるロシア全土でのスターリンク使用を認めるか、あるいはマスクが拒否した場合にトランプがその判断を覆し、代わりにスターシールドの使用を認めれば、ロシアの降伏につながると考えている可能性を示している。

マスクがこの案に難色を示すとしても、それは理解できる。プーチンを刺激し、自衛のためのエスカレーションを招き、その結果として第三次世界大戦の危険を高めたくないと考える可能性があるからだ。ただし、トランプも同じように慎重なのかは、まだ分からない。今後100日ほどで、その点を含めて状況はかなり明らかになる可能性が高い。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年8月4日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/what-are-the-odds-that-ukraine-is?utm_campaign=post&utm_medium=web&triedRedirect=true

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ドイツが計画する8,000億ユーロ規模の再軍備を進める要因とは何か

アンドリュー・コリブコ

日本で急速に進む軍事大国化の流れは、ウクライナをめぐる紛争を媒体として、ヨーロッパでも起きている。次のアナリシスは、かつての日本の同盟国ドイツの動きに焦点を当てたものである。

イデオロギー上の動機、経済的利益、そして個人的な利害が、支配層であるリベラル系の支配層による重大な決定の背景にある。この決定によって、ドイツはロシアによって、アメリカに代わる最大の脅威と見なされる存在になるとされている。

英紙フィナンシャル・タイムズは7月初め、「ドイツ、歴史的な方針転換として再軍備のため8,000億ユーロを借り入れへ」と報じた(【黒薮注】8,000億ユーロは、約144兆円)。その背景には、アメリカが進める「NATO 3.0」という構想がある。この構想では、NATO加盟国であるヨーロッパ諸国に自国の安全保障についてより大きな責任を負わせようとしている。

実際には、EUが西ユーラシアにおけるロシア封じ込めの中心的な役割を担うことを意味している。これは、トランプ第2次政権が過去1年間でロシアの周囲に築いた新たな「緩衝地帯(コルドン・サニテール)」構想に沿ったものであり、この地域ではドイツが主導的な役割を果たす計画となっている。

現在ドイツは、ウクライナと協力して、中・東欧地域(CEE)の主導権をめぐりポーランドと競争している。仮にポーランドが独自の「勢力圏」を築くことに成功したとしても、ドイツが計画する8,000億ユーロ規模の再軍備によって、ドイツが依然として大きな影響力を持つことに変わりはない。

すでにEUは「ロシアがEUに対して感じている以上の脅威を感じている」とされている。一方、今後ロシアは、「アメリカよりも、ドイツの方がより大きな脅威と感じるようになる可能性がある」とも指摘されている。

ロシア前大統領で現在は安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフは5月初め、ドイツの再軍備が1941年を想起させる脅威になると警告した。また、ロシアの著名な専門家ドミトリー・トレーニンは最近、ロシアとの戦争の危険をあおっているのは、もはやアメリカではなくEUだと主張している。

EUの事実上の指導国がドイツである以上、現在モスクワが2030年前後に起こり得ると見ているNATOとロシアの軍事的衝突への流れを作るうえで、ドイツが最も大きな責任を負っていることになる、というのがこの記事の見方である。

この動きを進める主な要因は、イデオロギーと経済の二つだとされる。

イデオロギーの面では、支配層であるリベラル・エリート層は、新冷戦を「民主主義と独裁主義の対立」と捉えている。一方、経済面では、比較的慎重な政治家たちに対して、軍需産業がこの分野への大規模な投資によってドイツの産業空洞化を防ぐと説得しているという。

しかし実際には、産業空洞化を招いている主な原因は、高いエネルギーコストと中国との競争だとしている。

それにもかかわらず、支配層であるリベラル・エリート層は、中・東欧地域、そして「NATO 3.0」のヨーロッパ側全体で主導権を握るため、ポーランドと競争する方針をすでに決めている。

ただし、その代償として国内の社会・経済の安定が損なわれていることは明らかだとされる。実際、イギリスのメディアも最近、「ドイツは静かに崩壊しつつある」と報じている。

ロシアは、核兵器を保有するアメリカがNATO第5条の義務を本当に果たすかどうかを試そうとは全く考えていないにもかかわらず、現在のドイツ政府は国民の生活を改善することよりも、ロシアの封じ込めを優先している、というのがこの記事の結論である。

※【黒薮注】NATO第5条:「加盟国の一国が武力攻撃を受けた場合、それを加盟国全体への攻撃とみなし、各国が支援する」という集団防衛の規定。北大西洋条約の第5条に定められている。

支配層であるリベラル・エリート層が前述のイデオロギーを重視している背景には、その一部が、それこそが低迷する自国経済を立て直す鍵だと思い込まされていることがあるという。また、このような地政学的な役割を担うことで得られると考えている名声も、その姿勢に影響している可能性がある。

この役割を果たすことで、ヨーロッパ各国のエリートから評価されること、さらに、自分たちが憧れの対象としているアメリカのエリートから公に認められることは、彼らにとって個人的にも重要な意味を持っている、とこの記事は述べている。

ロシアの立場から見ると、ドイツは西ユーラシアにおいて最も深刻な安全保障上の脅威へと急速に変わりつつあり、この流れが変わると政策担当者は考えるべきではない、としている。

一方で、NATO第5条があるため、ロシアによる先制攻撃は現実的ではない。また、現在のドイツ政府の政策によって一般のドイツ国民がロシアの核攻撃の対象になっていると訴えたとしても、それによって状況が変わることはないとしている。

それでも、ドイツ主導のEUがロシアを攻撃するような事態になれば、ロシアは核兵器による報復を行うことに疑いの余地はない、というのがこの記事の結論である。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月22日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

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ブダノフ氏、民族的に純粋な国家を目指すウクライナ民族主義者の幻想を打ち砕く

アンドリュー・コリブコ

皮肉なことに、彼らが実際に築き上げたのは「ファシストの理想郷」ではなく、リベラルな暗黒社会だった。

「ウクライナ民族主義者組織(OUN)」と、その武装部門である「ウクライナ蜂起軍(UPA)」は、民族的に純粋な国家を目指してポーランド人などを大量虐殺した組織であり、「マイダン」後のウクライナの建国の父と位置づけられている。

【黒薮注】マイダン:本来はキエフの独立広場を指すが、現在では一般に2013~2014年にウクライナで起きた大規模な反政府運動を意味する。

そのため、ウクライナの民族主義者たちは、2014年から続くロシアとの戦い、とりわけ2022年の特別軍事作戦開始後の戦いによって、この目標に近づけると考えていた。キエフ政権がロシア語、ロシア文化の一部、そしてウクライナ正教会を禁止したことも、彼らに希望を抱かせた。

しかし、その幻想は、ゼレンスキーの大統領府長官キリル・ブダノフによって打ち砕かれた。ブダノフは6月下旬、春にも述べていた、人口減少を補うために移民をさらに受け入れる必要があるという主張を改めて示した。彼は「今では私たちの人口は大幅に減っている。誰かを怖がらせたいわけではないが、本当に大幅に減っている」と述べた。

それより約6週間前の5月初め、社会政策相デニス・ウリューチンは、現在ウクライナ国内に暮らしている人は2,200万~2,500万人にすぎないと明らかにしていた。そのうち少なくとも1,000万人は年金受給者だと、ウクライナ年金基金が4月初めに推計している。

さらに懸念されるのは、ユニセフが昨年、18歳未満の子どもは660万人いると推計していたことだ。これらを合わせると、国内に残っている生産年齢の成人はわずか600万~900万人ということになる。

世界銀行が公表している2024年の最新データでは、人口に占める男性の割合は46%と推計されている。単純に計算すれば、ウクライナの生産年齢男性は約276万~414万人しかいないことになる。そのうち、正確な割合は不明だが、現在の戦闘によって死亡したり、恒久的な障害を負ったりした人も少なくない。

戦略国際問題研究所が2026年初めに示した、ウクライナ側の死傷者数は50万~60万人という推計を受け入れるなら、これはおそらく実際より低い数字だとしても、ウクライナに残る生産年齢の男性は最大でも約200万人強~350万人にすぎないことになる。

したがって、ブダノフが「今では私たちの人口は大幅に減っている」と述べたのは、決して誇張ではない。EU域内にいる430万人のウクライナ人のうち、成人男性は26%にすぎず、人数にすると100万人を少し上回る程度である。しかも、戦闘が終わった後も、その全員が帰国するわけではない。

そのためウクライナは、経済を支えるため、あるいは人口を補うために、文化的背景の異なる外国人の大量移住を進めざるを得なくなる。西ヨーロッパの例を見るかぎり、彼らが現地社会に同化することは期待できない。

さらに、移民の多くはウクライナ語を話せず、英語にも堪能とはかぎらないため、ウクライナ政府が彼らの言語を現実的に禁止することはできない。なお、2024年に成立した法律は、国家官僚機構全体で英語の使用を義務づけており、この動きも民族主義者たちを困惑させたに違いない。

民族主義者たちは、戦闘が終われば民族的に純粋な国家が実現すると夢見ていた。しかし実際には、ウクライナは西ヨーロッパでも特に多文化化が進んだ国々と同じような社会へ向かっている。

さらに、多様な住民同士の共通語として、日常生活では英語がウクライナ語に取って代わる可能性も高い。民族主義者の立場から見て同じように問題だったのは、ゼレンスキーが2022年5月の世界経済フォーラムで、西側の協力国に対し、「ウクライナの特定の地域、都市、自治体、または産業を支援・管理する役割」を提案したことである。

その結果、ウクライナは、民族主義者たちが自らの「犠牲」によって守れると考えていた国家のアイデンティティーと主権の両方を、この戦闘を通じて失うことになった。

そのため、民族主義者と国家の間で対立が生じる可能性は高い。ただし、これは十分に予想できる展開であるため、ウクライナ保安庁はすでに彼らを監視し、反対運動が表面化するのを事前に防ごうとしている可能性がある。特に、暴力的な形に発展する動きは警戒されているだろう。

皮肉なことに、ウクライナの民族主義者たちは、最終的に「ファシストの理想郷」ではなく、リベラルな暗黒社会を築くことになった。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月15日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/budanov-crushed-ukrainian-nationalists

ニューヨークタイムズが「日本におけるロシア人のスパイ活動」を報じた真の狙いは

アンドリュー・コリブコ

ニューヨーク・タイムズが報じた「日本におけるロシアのスパイ活動」を扱う記事は、日本国内でロシアに対する警戒感を過度に高め、対ロシア強硬政策を正当化することが目的である。筆者は、その結果として、日本が情報機関の強化や軍備増強を進め、それに対抗してロシア・中国・北朝鮮の軍事協力が一層強化される可能性を指摘する。以下の論評から西側メディアが果たす負の役割も垣間見える。

その狙いは、日本社会と政府の双方に反ロシア的なスパイ・ヒステリー(スパイをめぐる過熱した危機感)を煽り、より強硬な対ロシア政策を正当化させることにある。その結果、トランプ2.0が日本を取り囲むように構築した新たな「緩衝地帯」の一翼を担い、この島国が北東アジアにおけるロシア封じ込めにおいて、より積極的な役割を果たすことになるのだ。

『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』は週末、「プーチンはいかにして日本をスパイの巣窟に変えたのか(How Putin Turned Japan Into a Den of Spies)https://www.nytimes.com/2026/07/12/world/asia/russia-spies-japan-war-drones-electronics.html?eafs_enabled=false【日本語訳】chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.kokusyo.jp/wp-content/uploads/2026/07/4deb84ffe99b57f5d6ae7f270cf7d654.pdf
という記事を掲載した。この扇情的な見出しは、ロシアが日本社会に深く浸透しているかのような印象を与える。しかし実際の記事の内容は、ロシア軍情報機関の一部門が日本から軍民両用(デュアルユース)の部品を調達したとされる手法について述べたものに過ぎない。記事によれば、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)第20局は、アエロフロート航空の日本支社とその公式提携先を利用し、ベトナムを経由した積み替えによってこれらの調達を行ったとされている。

NYTの記事の狙いは明白である。第一に、日本社会と政府の双方にロシア恐怖に基づくスパイ・ヒステリーを引き起こし、それによって日本による対ロシア政策の一層の強硬化を正当化することである。その最も直接的な形としては、象徴的な措置ではあるが、ロシア外交官の追放が考えられる。また、アエロフロート航空に対する制裁が日本だけでなく、東京が(共通の後ろ盾である米国からの水面下の働きかけを受けつつ)他の地域諸国にも同調を促すことで、周辺諸国へと広がる可能性もある。

仮にそうした展開にならなかったとしても、NYTは「当局者らはスパイ活動の脅威を認識しており、何十年も続いてきた情報収集上の制約を取り除こうとしている」と報じている。また、「日本には外国情報機関すら存在しない」とも指摘している。記事全体の文脈からすれば、たとえ米国が戦後に課した憲法のために法的(de jure)には実現しなくても、事実上(de facto)はこれを口実として外国情報機関が創設される可能性を示唆している。この記事によって引き起こされるかもしれないロシア恐怖のスパイ・ヒステリーこそ、その実現に一役買うかもしれない。

実際、NYTは「外国政府は、日本の技術がロシアへ密輸されていると繰り返し日本政府に警告してきた」と述べており、その中にはウクライナ政府や、匿名の西側当局者も含まれている。日本は何らかの理由でこれまで行動を起こさなかったが、今回を契機にようやく動き出す可能性がある。より大きな文脈で見れば、日本は従来から、モスクワが実効支配する南クリル諸島(日本が「北方領土」と呼ぶ地域)の帰属問題が未解決であるとの認識から、ロシアを潜在的な脅威と見なしてきた。しかし、その認識は今後さらに強まる可能性がある。

だからといって、日本が近くロシアに対して軍事的威嚇を始めるという意味ではない。むしろ、社会と政府に広がる可能性のあるロシア恐怖のスパイ・ヒステリーによってロシアへの脅威認識が一層強まり、その影響が今後さまざまな形で現れる可能性があるということだ。その中には、「緩衝地帯(cordon sanitaire)」構想における役割も含まれる。米国が組織するこの地政学的戦略において、日本には北東アジアでロシア・北朝鮮・中国の三国に同時に圧力をかける役割が期待されており、一方で他の米国の同盟国もロシアやその他の周辺地域で同様の役割を果たすことになる。

実際には、日本は米国の承認の下で軍備増強をどれほど急速に進めるか、さらに米国の最新兵器(特に中距離ミサイル、長距離ミサイル、無人機)をどれだけ受け入れるかによっては、三カ国すべてに対する「沈まない米国の空母」となり得る。第二次世界大戦当時の同盟国であったドイツと同様、日本の再軍備はロシアの国家安全保障に深刻な脅威をもたらし、その結果、限られた兵力や装備をこの戦線へ再配置せざるを得なくなる可能性がある。

米国がこの地域で構築を目指しているNATO型の安全保障ネットワークは、「AUKUS+」と呼ぶことができ、その主な標的は中国であり、北朝鮮にも一定の焦点が当てられている。しかし、日本におけるロシアのスパイ活動を扱ったNYTの記事の狙いを踏まえれば、米国が日本のロシアに対する脅威認識をさらに強め、ロシア封じ込めにおいて日本がより大きな役割を担うことを期待しているのは明らかである。その結果として、ロシアと中国、そして北朝鮮との軍事協力はさらに強化され、事実上の地域同盟が形成される可能性も排除できない。

アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年7月17日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼アンドリュー・コリブコ(Andrew Korybko)
モスクワ在住のアメリカ人政治アナリスト。MGIMO(モスクワ国際関係大学)で博士号を取得。著書に『ハイブリッド戦争―カラー革命からクーデターまで』

Source:https://korybko.substack.com/p/the-motives-behind-the-nyts-story?