《NO NUKES voice》被ばく回避とコロナ感染防止は両立できないはずが…… 関電7基の原発運転差し止め仮処分申し立てを大阪地裁が却下 尾崎美代子

3月17日、大阪地裁(内藤裕之裁判長)は、昨年5月18日、福井県、大阪府、兵庫県、京都府に居住する6名が申し立てた、新型コロナウイルスが収束するまで福井県の7つの原発を止めよとの仮処分の申し立てを却下した。決定は、避難計画の不備だけでは、原発差し止めの理由にならないと判断したが、弁護団は緊急声明で以下のように反論と抗議を行った。

大阪地裁の不当決定を受けて

「船舶安全法は救命ボート不備の時は、ほかの部分が完璧でもその船舶の運航を禁止し、航空法は、脱出シュート、酸素吸入器不備の時は、ほかの部分が完璧でもその航空機の運航を禁止している。原発は、それらよりもはるかに甚大な被害をもたらす。原発の運転に際して、万が一の事故に備える避難計画の実行性を求めないことは極めて不合理であり、人の生命、健康を軽視する判断である。避難計画に実行性がない場合はそれのみで原発の運転を禁止すべきことは、上記船舶安全法、航空法の精神から明らかである。(中略)本件決定が、福島原発事故を経験してもなお、住民らの命、健康に直結する避難計画の実行性の判断から逃げたことは決して許されるものではなく、強く抗議する」。

申し立て人の菅野みずえさん(左)と水戸喜世子さん

◆被ばく回避とコロナ感染防止は両立できない

今回の仮処分の申し立ては、コロナウイルスの感染拡大の危険性のみを争点にしていた。コロナウイルス感染拡大防止には、こまめな消毒、うがい、マスク着用、換気のほか、「密集」「密閉」「密接」の3つの「密」を避けることが重要とされている。申立人らは、コロナ禍で原発事故が起き、避難を余儀なくされた場合、放射能からの被ばく回避と、コロナの感染予防対策は両立できない、避難計画に実行性がないから止めるべきと訴えてきた。

3・11の教訓から、日本国内でも「5つの深層防護」の重要性が求められてきた。「5つの深層防護」とは、1979年アメリカのスリーマイル島事故や86年チェルノブイリ事故をきっかけに、96年IAEAが確立してきた原発の安全対策で、第1層、機器の故障・異常の発生を防止する。第2層、機器の故障・異常が発生したとしても設備などへの異常の拡大を防止し、事故に至るのを防ぐ。第3層、異常か拡大したとしても、その影響を緩和し、過酷事故に至らせない。第4層、維持が緩和できず、過酷事故に至っても、外部への放射性物質の漏出による影響を緩和する。第5層、過酷事故による外部への放射性物質の漏出による影響から、公衆の生命・健康を守る(避難計画)、というものだ。

IAEAはこれら5つの防護策の関係について「異なる防護策の独立した有効性が、深層防護の不可欠な要素である」としている。つまり「第3層で防護するから第4層は心配しなくてよい」と考えたり、過酷事故にならないから避難の計画をしなくてよいと考えるのは間違いで、逆にいえば、避難が安全にできないなら、それだけで原発は止めなければならないということだ。

大阪地裁の不当決定を受けて

◆通常でも困難な「避難計画」、コロナ禍では不可能

 
決定前、地裁前の公園での集会で「老朽原発再稼働を許すな」と訴える木原壯林さん

通常の原発事故での避難でも、計画通りに進まないことは、3・11の経験からも明らかだ。申し立て人の一人、福島県浪江町から兵庫県に移住してきた菅野みずえさんは、事故当日、大熊町の職場から自宅まで、普段車で45分の道のりを約3時間30分かかったこと、避難所では自分の布団と隣の人の布団の端が折り重なるほど密状態だったと話された。そこにコロナ対策が加わるのだ。

昨年6月内閣府が出した「新型コロナウイルス感染拡大を踏まえた感染症の流行下での原子力災害時における防護措置の基本的な考え方について」によれば、「自宅などで屋内退避を行う場合などには、放射性物質による被ばくを避けることを優先し、屋内退避の指示が出されている間は、原則換気は行わない」とある。「自宅など」には避難所も含まれるが、大勢の人たちが集まる避難所で換気しないということは、コロナの感染拡大を進めてくれというようなものだ。

また福井県の「新型コロナウイルスに備えた避難所運営の手引き」によれば、避難所のスペースは、一般避難者には従来の2倍の約4平方メートル(2m×2m)が必要とし、その上約2メートルの通路を確保するとある。これを美浜原発が事故を起こしたと想定した場合、美浜町のPAZ及びUPZの人口37万9,446人に必要な避難所のスペースは、東京ドーム44.6個分となる。このような避難所を確保することは、事実上不可能なのだ。

◆コロナ禍での原発運転は危険がいっぱい

昨年のコロナ発生後、各地の原発で感染者が続出したが、1月24日にはついに、玄海原発でクラスターが発生し、400人の作業員が出勤停止になった。原発は通常の運転時で1日1,500人、定期検査時には3,000人もの作業員が働くが、通勤時の車両、待機場所、脱衣場、休憩室など、いずれも3密状態を強いられる。

福井県の原発には、感染者が多発する大阪などから作業員がいくことも多いが、末端の下請け業者などでは、作業員の健康管理などまともにやれてないことが多く、感染者が一人でも紛れ込めば、感染は一挙に拡大するだろう。しかも平時でなく過酷事故が起きた有事であるならば、「工事の遅れ」などでは済まされない。事故後、緊急対策室で吉田所長が大声で作業員に指示する動画を見た人も多いだろうが、コロナ禍では、ソーシャルディスタンス2メートル取った離れた場所から、唾を飛ばさないように小声で「ベント! ベント!」「注水しろ!」などと指示しなくてはならないのだ。そんなことでは、原発の暴走は止められない。しかし、コロナ対策を無視し、マスクを外し唾を飛ばしながら、大声で作業員に指示し続ければ、あっという間に作業員間にコロナが蔓延するだろう。

◆コロナ禍で原発を動かす危険性

関電の原発は、昨年末にはすべて止まっていたが、今年に入り1月大飯原発4号機が稼働し、3月7日には高浜3号機が軌道、高浜1,2号機、美浜3号機の老朽原発の再稼働が画策されている。

今回、申立書と同時に提出された意見書で、原子力コンサルタントの佐藤暁氏は、地震など自然災害が発生した際の、コロナ対策と原発事故対応の困難さを「難度の高いジャグリング」にたとえ、こう表現した。「原子力災害の被災者、自然災害の被災者、そして感染者の3個の球を、どれも地面に落とさないよう器用に回し続けなければならないのだが、少し手元が狂うとあっというまに3個とも落ちてしまう」と。

そしてこう訴える。「パンデミックも自然災害も人間がコントロールできないが、唯一コントロールできるのは原発事故のリスクであるのだから、原発をどうしても諦めないにしても、せめて手の中にすでにパンデミックという1個の球があるとき、原発事故の発生リスクを排除し、もう1個がこれに加わるのを予防するという案に合意できないか」と。

今回大阪地裁は、この合意にノーをつきつけた訳だが、そもそも福島の事故の収束もできない国が、コロナを収束できるはずもなく、最悪の事態を回避させるには、私たちが、原発を止めさす闘いを、(昨日、菅野みずえさん、水戸喜世子さんらから何度も発言されたが)地道に地道に広めていくしかないのだ。

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

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《NO NUKES voice》3・11で美辞麗句を並べる東電が、被害者を愚弄し続けた10年間の軌跡 民の声新聞 鈴木博喜

嘘つき東電ここに極まれり、とも言うべき内容だった。

「2021年の3月11日を迎えて」と題した小早川智明社長名のコメント。そこには、もはや定型文になっているであろう空虚な言葉が並べられていた。

 
東京電力が3月11日に公表した社長コメント。「3つの誓い」はもはや空虚な定型文になっている

「原子力損害賠償につきましては、『3つの誓い』でお示ししている『最後の一人まで賠償貫徹』との考え方のもと、引き続き、『最後の一人まで賠償貫徹』を実現すべく、しっかりと取り組んでまいります」

これだけでは無かった。

「福島の復興に向けては、未だ避難指示が解除されていない地域や住民の方々のご帰還が進んでいない地域等が多くある中、今後も、復興の加速化に向けて積極的に取り組んでまいります」

「これからも、事故の当事者である当社が、復興・廃炉に向けた責任を果たしていく方針に変わりはありません」

「当社は、10年を区切りとせず、福島第一原子力発電所の事故を決して風化させることなく、事故の反省と教訓を私たちの組織文化に根付かせていくとともに、廃炉関連産業を活性化し、地元企業の廃炉事業への参入を一層促進するなど、福島の地域の皆さまと共に歩ませていただき、地域に根差した活動をさらに展開してまいります」

「そして、「福島の復興と廃炉の両立」に全力で取り組み、福島への責任を全うしてまいります」

公式な場で必ず口にされる「3つの誓い」。それが言葉通りに実行されていると考えている原発事故被害者などいないだろう。

実は11日の地元紙・福島民友に、こんな記事が掲載された。

「東京電力社長、3.11取材拒否 福島来県せず、訓示はオンライン」

記事は「福島民友新聞社などは東電に対し、小早川社長に当日のオンライン取材の対応を申し入れていたが、10日に『限られた時間の中、オンライン取材に応じれば報道各社への対応に差が出る』と拒否回答があった」と報じた。

公の場では「最後の一人まで賠償貫徹」と言う小早川社長(右)だが、法廷などでは原発事故被害者を愚弄し続けている

東電の企業体質が露骨に表れているが、実は「3つの誓い」を自ら足蹴にするような言葉で常に原発事故被害者を愚弄してきたのがこの10年間だった。「民の声新聞」が各地の訴訟を取材しただけでも、それは数知れないほどあった。

2016年9月の東京地裁。「南相馬20mSv訴訟」の女性原告(南相馬市原町区)は、夫の死に対する東電の対応の酷さを意見陳述で訴えた。

自宅の放射線量を少しでも下げようと、夫は自宅周辺の木を伐った。妻が持たせてくれたおにぎりを食べながら一服していると、1本だけ残っていることに気付いた。午後には血圧の薬をもらいに病院に行かなければならない。「病院に行く前に伐っちまうか」。立ち上がり、再び作業に取り掛かった夫の首に、伐ったばかりの木が落ちてきた。夫はそのまま帰らぬ人となった。享年65。2012年2月1日のことだった。

「原発事故が無ければ木を伐る必要も無かった。私は絶対に許さない」

当然、東電に賠償金を請求した。だが、東電の答えは「ご主人の死と原発事故に関連性はありません」。暮れも押し迫ってきた2012年12月に、電話一本で申請却下を告げられた。「せめて書類ぐらい出すべきだ」と迫った。原発事故のせいで夫が亡くなった事を東電に認めさせたかった。特定避難勧奨地点に指定された自宅は、2011年6月の南相馬市職員の測定で3.4μSv/hもあった。しかし、それは玄関先と庭先だけの話で、実際にはさらに高い数値も測定されていた。だから夫は木を伐ったのだ。「原発事故が無ければ…」と考えるのも当然だ。しかし、東電はそれを完全否定した。

夫の命を軽視した東電。たった1本の電話で済まされた。東電の結論は「賠償金0円」だった。書類を提出した後、何をどう審査したのか。過程も決定理由も全く分からない。

2017年7月。福島から都内に原発避難した人々が起こした訴訟で、証人として東京地裁の法廷に立った辻内琢也教授(心療内科医、早稲田大学「災害復興医療人類学研究所」所長)に対する反対尋問。東電の代理人弁護士は「原発事故がストレス度に大きな影響を与えた」という原告側の主張を否定しようと、辻内教授にこう迫った。

「”自主避難者”の中には、原発事故を受けてとっさに逃げたというよりも、自治体も冷静な対応を呼びかけている中で、事故後に時間をかけて避難するかどうかを検討し、最終的に避難をしたという人も少なくないと思う。そういう、放射線の恐怖や死の危険を感じていない人のストレス度を測る事に意味があるのか」

「中通りに生きる会」が起こした損害賠償請求訴訟では、東電は準備書面で住民たちの精神的苦痛を全否定してみせた。

「低線量被ばくの健康影響に関する科学的知見については本件事故直後より新聞報道や専門機関のホームページなどを通じて公表されて広く知られており、原告らの被ばくへの不安については、客観的な根拠に基づかない、漠然とした危惧感にとどまるものである」

「自主的避難等対象区域は政府による避難指示の対象となっていない区域であり、そこでの空間放射線量は避難を要する程度のものではなく、通常通りの生活を送るに支障のないものであり、時間の経過とともにさらに低減している実情にある」

「客観的根拠に基づかない漠然とした不安感をも法的保護の対象とすることになりかねない」

別の準備書面でも「正しい知識を得ることにより不安が解消されるという性質の不安にとどまる(客観的危険に基礎付けられない心理状態である)」、「原告は自己の判断によって避難するかどうかを決めたものであって、中通りにとどまり生活せざるを得なかったという事実は認められない」、「原告が自主的避難を巡って逡巡したとしても、そのこと自体によって、原告の具体的な法的権利・利益の侵害に当たると解することはできない」などと言い放った。

神奈川県内に避難した人々の訴訟では、「コンビニや常磐線も再開された浪江町になぜ戻らないのか」と原告に迫る場面があった。

浪江町津島地区の住民たちが起こした訴訟では、本性をむき出しにした。

「現在の状況としては、下津島の御自宅で生活が出来ない。それと、それに伴って原発事故前に行っていたような地域での、下津島での活動も出来ない。という事だと思うんですが、この点を除けば、あなたの行動や活動自体には特に制約はありません。例えば『ふるさとを失う』と言う場合、村が丸ごとダムの底に沈んでしまうという『公用収用』がある。この場合は、物理的に水面の下になってしまう。立ち入りすら出来ない。こういうケースが世の中では現実に起こっています。物理的に村が無くなってしまうという事。仮にこういうケースと比較した場合、津島地区は帰還や居住は制限されているわけですが、立ち入りは出来ている。接点が全く無くなってしまったわけでは無い…」

こうも言った。

「まだまだ高い、怖い、危険と言うが、具体的な根拠はあるのか。例えば、国際組織であるIAEA(国際原子力機関)は20mSv/年以下、3.8μSv/h以下であれば健康に影響は無いという数字を出している」

これが美辞麗句に隠された原発事故加害当事者の真の顔、本音なのだ。

▼鈴木博喜(すずき ひろき)

神奈川県横須賀市生まれ。地方紙記者を経て、2011年より「民の声新聞」発行人。高速バスで福島県中通りに通いながら、原発事故に伴う被曝問題を中心に避難者訴訟や避難者支援問題、〝復興五輪〟、台風19号水害などの取材を続けている。記事は http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/ で無料で読めます。氏名などの登録は不要。取材費の応援(カンパ)は大歓迎です。

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

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《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
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[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

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《NO NUKES voice》東電と国に事故の責任を明確にさせるまで「節目」はない 菅野哲さんに聞く、飯舘村民たちの新たな闘い (聞き手=尾崎美代子)

東日本大震災と福島第一原発事故から10年目を迎えるの直前の今年3月5日、国と東電を相手にした新たな裁判が始まった。福島県飯舘村の村民29人が、国と東電にに対して、「原発事故で初期被ばくを強いられ、故郷を奪われた」として、一人当たり715万円の損害賠償を求めた裁判だ。


◎[参考動画]「避難指示遅れ被ばく」飯舘村29人が国と東電提訴(ANN 2021年3月6日)

原発から30キロ~50キロ離れた飯舘村は、事故が起きるまで原発とは無関係だった。しかし3月15日、飯舘村上空へ流れついた放射性物質が雨や雪とともに大量に降り落され、事態は一変。役場前のモニタリングポストは15日、毎時44.7マイクロシーベルトに跳ね上がったが、菅野典雄村長(当時)は村民に知らせることも避難させることもしなかった。

その後、村に調査に入った今中哲二氏らも、村が高線量の放射性物質に侵されている事実を知り、村長に避難を訴えたが聞き入れられなかった。あげく「笑っていれば放射能は怖くない」発言の山下俊一氏や高村昇氏など御用学者を村に呼び「安全講和」を行わせ、高線量の村に村民を住まわせ続けた。

村が「計画的避難区域」に指定されたのは4月22日、ひと月をめどに避難せよというものの、福島市内などのアパート、仮設住宅には、先に避難した人たちが入居しており、村民の避難はさらに遅れた。そしてこの間も、村民は無用で大量の初期被ばくを強いられ続けた。

 
筆者ツイッターより

2014年11月14日、村の約半数の人たちが参加し、原発ADRが申し立てられた。2017年センターは、初期被ばくの慰謝料について一人10万円と低く抑えた和解案を出したが、東電は拒否、センターの受諾勧告にも応じなかった。生活破壊慰謝料や、田畑・山林など不動産に関する「ふるさと喪失」の慰謝料について、センターは和解案さえ出さなかった。原告らは、こうした結果を不服として提訴、初期被ばくとふるさと喪失についての慰謝料の2点に絞って改めて闘うこととなった。

原告団代表の菅野哲(72)さんにお話を伺った。菅野さんは1948年飯舘村生まれ。飯舘村の開拓農家に生まれ、役場職員を定年退職した2009年以降、農業に復帰。荒れた田畑を開拓し、野菜などを栽培し、新たなシニアライフを始めた矢先、原発事故が起こったのである。

現在は福島市内に共同農園を作り、約60人の仲間と野菜作りなどを行っている。

福島市の共同農園(写真提供=菅野哲さん)

◆金が目的ではない

―― 2014年のADRへの申し立てには、私も同行させて頂きましたが、今回の提訴はADRに納得がいかないということで始まったのでしょうか?

菅野 そうですが、最初にお金が目的ではないということを知っていただきたい。ADRが終わってからどうなるか悩んでいました。世間では「10年目の節目」「10年目の節目」というが、事故を起こした原発はまだまだ収束にはほど遠く、この先何十年何百年と続くのですから、私たちに節目はない。「何が節目だ、そんなこと言っているなら、国と東電の事故の責任を明確にすべきだ」と、昨年12月に提訴を決意しました。

弁護団には前のADRの弁護士もいるので、ADRのときの80ページの資料全てを訴状にいれました。そうしないと、事故前の飯舘村がどんな村で、我々がそこで安心安全に暮らしていたんだということが理解してもらえない、そうした生活が事故で一瞬にして潰され、一からやり直す訳ですから。節目なんてないですよ。もう戻らないんだもの。前に進むしかないと意識を切り替えるしかない。ただ、それに対して行政や政治家は正しかったのかと、今回の裁判で問うていきたいと考えています。

── 原告の中に子どもさんがいましたね?

菅野 私の孫、小学6年生です。事故当時村に住んでいましたから。最高齢は、畑に来ている87歳の男性、「どうしても気が収まらない」と。いやあ、元気な方です。

同上(写真提供=菅野哲さん)

◆「被ばくしているのでは」との不安がずっと続く

―― 初期被ばくそのものを争う初めての裁判ということですが、計画的避難区域に指定され、村を出るときスクリーニングも線量検査をなかったのですね?

菅野 そうです。なぜやらなかったのか?国・県の災害対応のマニュアルには書いてあったはず。何もせずにそのまま「逃げろ」となったのだから、被ばくしているのではという不安が、生きている間ずっと消えずに続く。だから今回、その部分も提訴しました。

報道も甲状腺がんと被ばくの因果関係はないと言い続けている。今回国連のアンスケア(UNSCEAR)の報告書も因果関係はないとしてしまった。それは本当なのか、分からないだろと言いたい。

―― むしろこれから増えてくると思いますが?

菅野 そうですね。私自身、2年前前立腺癌になりましたし、今、眼に緑内障がでて治療しています。治らないし、手術もできないから、進行を送らせる薬(点眼薬)つけるくらい。でも70過ぎてると「年でしょう」と言われてしまう。

―― 被ばくの問題は福島の中では話しにくいと良く言われますが、菅野さんの周辺ではどうですか?

菅野 私の周辺では話し合いますよ。わかってくれる人がいないと話さなくなるでしょうね。周辺には、癌になって苦しんでる人、亡くなった人、若い人で亡くなった人も出てます。 

福島味噌づくりby高山(2018年4月8日)(写真提供=菅野哲さん)

◆菅野典雄元村長は村民に何をしたか?

―― 会見で菅野さんは「(村の)いたるところで真っ黒いソーラーパネルで埋め尽くされていますから、異様に見えて涙がでます」と話されていました。先日テレビで飯舘村は自分たちで電力を賄っていると「美談」で紹介されてましたが。

菅野 だって、黄金色や緑の農地に真っ黒のソーラーパネルは似合わないでしょう。飯舘村を美しい村にしたのは、菅野(典雄)元村長じゃない、それぞれの村民が手を加えて、その努力で作られてきたのだから。

―― でも「美しい飯舘村」は、菅野村長時代に作られたように宣伝されていますね?

菅野 基礎を作ったのは、菅野村長の前の前の村長からです。前の前の村長が「緑とふれあいの村」をキャッチフレーズにうちだし、お金はなくても皆が生きられる美しい村をつくろうと始めた。そしてその後の村長が「クオリティ・ライフ」、質の高い暮らしを求めよう、お金じゃないよ、経済行為だけじゃなく、もっと自分の暮らしを良く見つめてみようと続けた。その続きで菅野典雄さんが「までいの村づくり」を始めたが、まず「までい」のスペルが違うと私は言った。本当は昔からの言葉は「までえ」なんです。地元の言語がわからなかったのかも。やっぱり、高齢者と一緒に育った人でないとわからないんですよ。

―― 3・11以降菅野典雄さんのやったことをどう評価していますか?

菅野 うん、この10年、菅野村長は村民の生活再建のためになることは何をやったのかな。

 
菅野哲『〈全村避難〉を生きる: 生存・生活権を破壊した福島第一原発「過酷」事故』言叢社2020年

―― ハコモノを作って赤字だけを残した。

菅野 私は、人がいて初めて村が成り立つと思っているので、菅野村長の「戻らない人はいい。移住してきた人で、新しい村を作る」みたいな考え方は間違いだと思います。自分の家庭なら嫁でも婿でも養子で入れればいい。でも村はそうじゃない。村に住めないようにさせた人への追及もしないで、新しい村を作ろうなんておかしいと思います。それより村民がどこに暮らそうと、自立して生活出来るようにするのが行政の仕事だと思いますよ。そういうことを8年掛けて「〈全村避難〉を生きる」(言叢社2020年)という本に書きました。 

── かなり分厚いですよね。 

菅野 あれこれ忙しいので、その合間に書きました。自分の歩んできた道や村作りの部分などは書いていたので、それを出版社が上手く分類してまとめてくれました。私も東京に行って面談しましたし、出版社も私の思いを知りたい、村の現状を知りたいと何度も福島に来てくれました。
 
── 2014年ADRへ申し立てたあとの記者会見で「棄民になりたくない」と語ってましたが、今も同じ思いですか?

菅野 当時、このままでは棄民にされると思い、そう話したが、その後も全くかわらなかった。一番は自立して生活再建できる政策を求めていたが、支援は打ちきり、住宅も打ちきり、除染したから戻れというだけ。生業の施策も何もない。戻ったところで店もない、医療機関もない、買い出しに行かないといけない、戦時中みたいな話ですよ。だから今も棄民にされたくないという思いは同じです。今回東京地裁に提訴した理由は、福島第一原発事故による電気を使っている関東の人たちにも、こうした飯舘村の現状を知ってほしいとの思いがあったからです。でも、そこがなかなか理解してもらえない気がします。ネットをみると、今回の提訴について「またお金をとるのか」と誹謗中傷だらけです。

── そうですか? 私は、これからも飯舘村の村民の思い、金ではないんだ、国と東電の責任を明確にしたいんだということを、ちゃんと書いて行きます。今日はありがとうございました。


◎[参考動画]福島県民の訴え 飯舘村管野哲さん 3・11福島県民大集会(映像ドキュメント 2012年3月25日)

▼尾崎美代子(おざき みよこ)

新潟県出身。大学時代に日雇い労働者の町・山谷に支援で関わる。80年代末より大阪に移り住み、釜ケ崎に関わる。フリースペースを兼ねた居酒屋「集い処はな」を経営。3・11後仲間と福島県飯舘村の支援や被ばく労働問題を考える講演会などを主催。自身は福島に通い、福島の実態を訴え続けている。
◎著者ツイッター(はなままさん)https://twitter.com/hanamama58

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

————————————————————————-
《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
————————————————————————-

[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

《書評》『NO NUKES voice』27号 震災列島から原発をなくす道を探り続ける ── 持続する反原発運動の中で、いま語るべきこと

3.11大震災・原発事故10周年に、『NO NUKES voice』Vol.27が発行された。2014年の創刊から6年半、日本で唯一の反原発雑誌が持続していることは、そのまま反原発運動の持続力あってのことだ。そして運動の持続性に応える版元の努力も讃えられてしかるべきであろう。

 
『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

おやっ、と思ったのは、本誌表2(編集用語で表紙裏です)に東洋書店新社という出版社の広告が入っていることだ。書名は『原発「廃炉」地域ハンドブック』(尾松亮・編)である。ロシア・東欧をテーマにした版元のようで、出版物をみると版元のこだわりが感じられる。版元の親会社をみると、わたしのような編集者には「あぁ、なるほど」とわかるわけだが、何にしても出版不況のなかで、こだわりを持った版元が頑張っているのは心強いというか、かたちだけでも応援したくなる。

『紙の爆弾』の先行誌ともいうべき『噂の眞相』も暴露雑誌ゆえに、とくに編集長の岡留安則氏(故人)の周辺や、編集部行きつけの居酒屋の広告は入っても、一般企業や出版社は限定的だった。その事情は『紙の爆弾』も本誌『NO NUKES voice』も同じで、なかなか広告取りはかなわない。万単位の配本があるのに比してである。

一般に雑誌の採算が取れるのは、紙広告の衰退(ネット広告の全盛による)にもかかわらず、最低限の編集費・製作費はAD(広告)でまかなわれる。ないしは現在ではコンビニ販売を取り付けて、安価大量販売(といっても2万部前後)をはかる以外に、なかなか雑誌の販路は開けない。

そんな中で、運動関係であれ反原発書籍限定であれ、本誌を広告が支えていくのであれば、さらに持続力は増すであろう。

◆読み応えがある菅直人、孫崎享、小出裕章の論考

前置きが長くなった。本誌の中身に入ろう。

巻頭カラーは「双葉町原発PR看板標語」運動の大沼勇治さんの10年を写真で追う。そして菅直人元総理による、原発事故からの10年をふり返って、である。さすがに読みごたえがある。

とくに「原発から再生エネルギーへ」「農地を利用した営農型太陽光発電」の提言は、この10年間の省エネ発電の普及、長島彬さん考案の「ソーラーシェアリング」など、具体性があって良いと思う。

※長島さんの『日本を変える、世界を変える!「ソーラーシェアリング」のすすめ』(発行:リックテレコム)に詳しい。

オンカロを視察する菅直人元首相(写真提供=菅直人事務所)

孫崎享さん(東アジア共同体研究所所長)の「二〇二一年 日本と世界はどう変わるか」は、国民の決定権の問題、報道の自由など、民主主義の根幹にかかわる問題を提起する。アメリカの衰退のなかで、世界はどう変わっていくのか。左派のシンクタンクともいえる分析に加えて、いくつかの提案も含まれている。

たんぽぽ舎で講演する孫崎享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)

小出裕章さん(元京都大学原子炉実験助教)は「六ヶ所村再処理工場の大事故は防げるのか」として、六ヶ所村で事故が起きたとのシミュレーションである。講演録をもとにしているので、パワーポイントの図表がわかりやすい。さてその仮定の結果は、本誌をお読みいただきたい。その悲劇的な結末は、思わず人に話したくなるものだ。

大阪で講演する小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)

◆コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」鎌田慧×「たんぽぽ舎」柳田真の対談

鎌田慧さんと柳田真さんの対談は、コロナ下で制約されている大衆運動について、運動の内部まで検証するものになっている。内部の弊害では、先行する運動体の前衛意識と防衛本能。運動もまた、人間の縄張りなのである。

もうひとつは、若者の参加が一時的にはシールズのようなものはあったが、やはり少ないということだろう。鎌田さんは労働運動の弱体化をその原因のひとつに挙げ、いっぽうで生協運動の大きなプラットホームの有効性を語っている。今後の課題は、やはり対面の集会、小さくてもいいから顔を合わせる活動の再開であろう。

左から鎌田慧さん(ルポライター)と柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)

◆哲学は原子力といかに向かい合ってきたか

板坂剛の「新・悪書追放シリーズ 第1弾」の歯牙にかかるのは、ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』である。この本に「真実」がないことを揚げ足取り的に、完膚なきまでに論破する。一服の清涼剤である。

拙稿「哲学は原子力といかに向かい合ってきたか」は、『原子力の哲学』(戸谷洋志)と『3.11以降の科学・技術・社会』(野家啓一)を扱った。哲学書(今回は解説書)を簡単に読む方法、お伝えします。

同じく、哲学の歴史的考察から、その現代への適用をわかりやすく解読したのが、山田悦子さんの「人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か」である。この論考は前号(Vol.26)の後編である。よく勉強しているなぁ、という印象だ。

SDGs(持続可能な開発目標)も人類の欲望の亜種にすぎず、地球の尊厳を歴史の理念基盤にするべきだとの主張は、もうすこし具現化されるべきであろう。男女二項対立の図式も、やや古いリブの思想に見えてしまう。おそらく生産力主義を批判するあまり、論者の人類の将来が多様性の視点に欠ける(抽象化される)からであろう。とはいえ、その男性社会への批判的視点には正当性がある。

最後に、乱鬼龍さんの「読者文芸欄」をつくる提案は良いと思う。ただし、運動の表現としてのみ、川柳や俳句を扱ってしまうと、運動への芸術文化の従属という、古い課題に逢着するはずだ。文化活動に尊厳を持つ選者や評者があっての文化コーナーではないだろうか。この批評の冒頭にあげた、雑誌の持続力が読者参加にあるのは言うまでもない。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

『NO NUKES voice』Vol.27
紙の爆弾2021年4月号増刊

[グラビア]
3.11時の内閣総理大臣が振り返る原発震災の軌跡
原発被災地・記憶の〈風化〉に抗う

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《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
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[報告]菅 直人さん(元内閣総理大臣/衆議院議員)
日本の原発は全廃炉しかない
原発から再エネ・水素社会の時代へ

[報告]孫崎 享さん(元外務省国際情報局長/東アジア共同体研究所所長)
二〇二一年 日本と世界はどう変わるか

[講演]小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)
六ケ所村再処理工場の大事故は防げるのか
   
[報告]おしどりマコさん(芸人/記者)
東電柏崎刈羽原発IDカード不正使用の酷すぎる実態

[対談]鎌田慧さん(ルポライター)×柳田真さん(たんぽぽ舎共同代表)
コロナ下で大衆運動はどう立ち上がるか
「さようなら原発」とたんぽぽ舎の場合

[報告]大沼勇治さん(双葉町原発PR看板標語考案者)
〈復興〉から〈風化〉へ コロナ禍で消される原発被災地の記憶
   
[報告]森松明希子さん(原発賠償関西訴訟原告団代表)
「被ばくからの自由」という基本的人権の確立を求めて

[報告]島 明美さん(個人被ばく線量計データ利用の検証と市民環境を考える協議会代表)
10年前から「非常事態」が日常だった私たち

[報告]伊達信夫さん(原発事故広域避難者団体役員)
《徹底検証》「原発事故避難」これまでと現在〈11〉
避難者にとっての事故発生後十年

[報告]鈴木博喜さん(『民の声新聞』発行人)
原発事故被害の枠外に置かれた福島県中通りの人たち・法廷闘争の軌跡

[報告]尾崎美代子さん(西成「集い処はな」店主)
コロナ収束まで原発の停止を!
感染防止と放射能防護は両立できない

[報告]山崎久隆さん(たんぽぽ舎共同代表)
柏崎刈羽原発で何が起きているのか

[報告]板坂 剛さん(作家・舞踊家)
新・悪書追放シリーズ 第1弾 
ケント・ギルバート『強い日本が平和をもたらす 日米同盟の真実』

[報告]三上 治さん(「経産省前テントひろば」スタッフ)
コロナ禍の世界では想像しないことが起きる

[書評]横山茂彦さん(編集者・著述業)
《書評》哲学は原子力といかに向かい合ってきたか
戸谷洋志『原子力の哲学』と野家啓一『3・11以後の科学・技術・社会』

[報告]山田悦子さん(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈11〉 人類はこのまま存在し続ける意義があるか否か(下)

[読者投稿]大今 歩さん(農業・高校講師)
「核のごみ」は地層処分してはいけない

[報告]市原みちえさん(いのちのギャラリー)
鎌田慧さんが語る「永山則夫と六ケ所村」で見えてきたこと

[報告]再稼働阻止全国ネットワーク
コロナ下でも工夫して会議開催! 大衆的集会をめざす全国各地!
《全国》柳田 真さん(たんぽぽ舎、再稼働阻止全国ネットワーク)
三月の原発反対大衆行動──関西、東京、仙台などで大きな集会
《女川原発》舘脇章宏さん(みやぎ脱原発・風の会)
民意を無視した女川原発二号機の「地元同意」は許されない!
《福島》橋本あきさん(福島在住)
あれから10年 これから何年? 原発事故の後遺症は果てしなく広がっている
《東海第二》阿部功志さん(東海村議会議員)
東海第二原発をめぐる現状 
原電、工事契約難航 東海村の「自分ごと化会議」の問題点
《東京電力》渡辺秀之さん(東電本店合同抗議実行委員会)
東電本店合同抗議について―二〇一三年から九年目
東電福島第一原発事故を忘れない 柏崎刈羽原発の再稼働許さん
《規制委・経産省》木村雅英さん(再稼働阻止全国ネットワーク/経産省前テントひろば)
新型コロナ下でも毎週続けている抗議行動
《高浜原発》木原壯林さん(老朽原発うごかすな!実行委員会)
関電よ 老朽原発うごかすな! 高浜全国集会
3月20日(土)に大集会と高浜町内デモ
《老朽原発》けしば誠一さん(杉並区議/反原発自治体議員・市民連盟事務局次長)
大飯原発設置許可取り消し判決を活かし、美浜3号機、高浜1・2号機、東海第二を止めよう
《核兵器禁止条約》渡辺寿子さん(たんぽぽ舎ボランティア、核開発に反対する会)
世界のヒバクシャの願い結実 核兵器禁止条約発効
新START延長するも「使える」小型核兵器の開発、配備進む
《読書案内》天野恵一さん(再稼働阻止全国ネットワーク)
山本行雄『制定しよう 放射能汚染防止法』
《提案》乱 鬼龍さん(川柳人)
『NO NUKES voice』を、もう100部売る方法
本誌の2、3頁を使って「読者文芸欄」を作ることを提案

『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

講談社元編集次長の「妻殺害」事件 ── 一、二審共に有罪の被告に有利な証拠が見過ごされた可能性 片岡 健

『七つの大罪』などのヒット作を手がけた講談社の元編集次長・朴鐘顕(パク・チョンヒョン)氏(45)が妻・佳菜子さん(事件当時38)を殺害した容疑で検挙された事件について、私は4年前(2017年1月13日)、当欄で次のような記事を配信した。

◎妻殺害容疑で逮捕された講談社編集者に「冤罪」の疑いはないか?
 
記事のタイトルからわかる通り、私は朴氏が逮捕された当初、報道の情報から冤罪の疑いを読み取り、そのことを指摘したのである。

その後は正直、この事件の動向を熱心にフォローしていなかった。しかし先日、無実を訴える朴氏が裁判で懲役11年を宣告された一審に続き、二審でも有罪にされたというネットメディアの記事を一読し、心にひっかかるものがあった。そこで、公立図書館の判例データベースで一審判決を入手し、目を通してみたのだが――。

結論から言おう。本件はやはり、冤罪を疑わざるをえない事案である。それをここでお伝えしたい。

◆創作できるレベルを超えていた被告人の公判供述

一審判決によると、朴氏は2016年8月9日午前1時過ぎ、東京都文京区の自宅において、殺意をもって妻・佳菜子さんの首を圧迫し、窒息死させたとされる。朴氏は佳菜子さんが亡くなった原因について、「妻は自殺した」と主張したのだが、一、二審共に退けられたのだ。

だが一方で判決によると、佳菜子さんが生前、朴氏にあてていたメールの内容などに照らすと、佳菜子さんは育児などに追われて相当のストレスを抱え込んでいたことが認められるという。さらに事件の際、佳菜子さんは包丁を持ち出したうえで朴氏に対し、「お前が死ぬか、私が死ぬか選んで」と迫るなど尋常ではない状態にあったことが否定できないという。

このような事実関係からすると、「妻は自殺した」という朴氏の主張は特段おかしくない。

さらに上記のような「尋常ではない状態」にあった佳菜子さんが亡くなった原因などに関し、朴氏は公判で以下のようにずいぶん詳細な説明をしていたようである。

「妻の手には包丁が握られていたため、私は2階の子供部屋に避難して妻が入ってこないようにドアを背中で押さえていたのです。すると、数回『ドドドドドン』という音が聞こえた後、静かになったため、子供部屋から出て階段の下を見ると、妻が階段の下から2番目の手すりの留め具にくくりつけた私のジャケットに首を通して自殺していたのです。上から見ると、妻が階段上にうつ伏せで寝そべっているか座っているかのように見えました」(一審判決にまとめられた朴氏の公判供述の要旨を読みやすくなるように再構成)

この供述は全般的にリアリティがあるが、とくに(1)佳菜子さんが首を吊って自殺するのに使った道具が「私のジャケット」だったという部分や、(2)亡くなっていた佳菜子さんについて「階段上にうつ伏せで寝そべっているか座っているかのように見えました」と説明している部分については、創作できるレベルを超えている。

これはつまり、朴氏が本当に自分の経験したことを供述していると考えるのが妥当だということだ。

◆被害者遺族が「加害者」の無罪主張に沿う言動をとる理由とは?

私が今回、心に引っかかるものがあったというネットメディアの記事についても言及しておきたい。それは、以下の記事だ。

◎「講談社元編集次長・妻殺害事件」 “無罪”を信じて帰りを待つ「会社」の異例の対応(デイリー新潮)
 
この記事が私の心に引っかかったのは、佳菜子さんの妹が朴氏のことを擁護していたり、佳菜子さんの父が「佳菜子は病気で亡くなったと思っている」と言っていたりするように書かれていたからだ。

被害者遺族が「加害者」の無罪主張に沿う言動をとること自体が珍しいが、そんな事態になったのは、佳菜子さんが事件前、遺族に「自殺してもおかしくない」と思われるような言動をとっていた可能性があるからに他ならない。

ところが、一審判決を見る限り、佳菜子さんが亡くなった経緯に関する事実関係は、もっぱら佳菜子さんの遺体や、現場の痕跡(血痕や尿班など)に基づいて争われており、佳菜子さんの生前の言動に関する遺族の証言が審理の俎上に載せられた形跡が見受けられない…。

これはつまり、無罪を主張する朴にとって有利な証拠が見過ごされた可能性があるということだ。

朴氏にとって、裁判での無罪主張のチャンスは最高裁の上告審を残すのみとなったが、果たしてどうなるか。この事件については、改めて事実関係を調べてみたいと思うので、何か有意な情報が得られたらまた報告したい。

無実を訴え続ける朴氏は最高裁に上告中

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号
『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道

《書評》『紙の爆弾』4月号 政権交代へ 山は動くのか? 横山茂彦

北九州市議選挙における自民党の惨敗の詳報、7月都議選がダブル選挙になるかもしれない観測記事が目を惹いた。

 
2021年もタブーなし!月刊『紙の爆弾』4月号

青木泰の「山が動く──政権交代の足音」、山田厚俊の「7月『都議選ダブル』解散」である。

北九州は元来、旧社会党時代から革新系が強い場所でもあった。高齢率も政令指定都市のなかで日本一高いことも、根づよい反自民の地盤を象徴している。その北九州で1月末の市議選の結果、自民党候補22人(定数57)のうち、現職の6人が落選した。野党では立憲民主党が5人から7人、維新が0から3人、無所属が7人から10人。明らかに自民批判の有権者の動きである。これが政権交代を占うバロメーターになるかもしれないことは、本通信でも指摘してきたところだ。

北九州市議選では「お前も自民やろ!」(罵倒するときに関西弁風の訛りが入る北九弁特有のもの)などと、自民党候補が街頭でヤジられる事態が頻発したという。何が起きているのかは本誌の記事を参照して欲しいが、11選をめざした県連副会長、をふくもベテラン議員の落選は、個々の議員ではなく自民党批判が鮮明になっている。1月24日投開票の山形知事選挙でも、前回衆院選挙で3小選挙区を独占した自民が、3割も取れない惨敗。加藤鮎子(加藤紘一の娘)が県連会長を辞任する事態となった。

◆1989年、2009年と酷似している

青木はこの流れを、1989年に社会党の参院選挙での大勝、いわゆる「山が動いた」減少となぞらえる。このときは、4カ月前の小金井市議選挙での社会党の上位独占、参院新潟補選での社会党女性候補の当選と、ここから衆参逆転のマドンナ旋風が想起される。

当時はリクルート問題で竹下政権が崩壊し、宇野新総理の愛人問題で、自民党がカネとスキャンダルにまみれた政治危機にあった。

政権交代となった2009年の総選挙では、民主党が選挙前を大幅に上回る308議席を獲得し、議席占有率は64.2%に及んだ。単一の政党が獲得した議席・議席占有率としては、現憲法下で行われている選挙としては過去最高である。

その前年の都議会選挙で、民主党が圧勝していることも見逃せない。当時は消えた年金問題で、これ以上自民党にまかせていたら、老後の生活がおぼつかないという、年金生活を目前にした団塊世代の危機感があった。

今回は言うまでもなく、モリカケ桜疑惑の隠ぺい、コロナ禍での無策・手詰まりに、もうこれ以上自民党ではダメだろう。という空気が支配的になっている。安倍長期政権の経済政策が、経済(生活)を何とかしてくれるはずだったのに、けっきょく株主しか儲からない社会だったと、その正体が顕わになったのである。

国民はまだこの「政権交代」空気にあまり気づいていないが、自民党の危機感たるや凄まじい。青木がレポートした西東京市長選挙では、ヘイトまがいの「違法ビラ」で個人中傷を行なっているのだ。記事には反自民候補だった平井竜一氏のインタビューも収録されているので読んでいただきたい。

◆都議選とのダブルの可能性

山田厚俊のレポートは、自民党議員の取材から都議選(衆院)ダブル選挙が30%ありうるという情報だ。どうやら現在の自民党に「菅おろし」をする体力はない。たしかにそうかもしれない。派閥が金力と人脈、そして一応の政治理念で抗争していた時代とはちがい、官邸一極集中で総じて自民党政治家が小粒になっている。派閥の力が自民党の活力を生み出していた時代とは違うのだ。

それにしても、「ネクラ」の菅では総選挙は戦えない。自民党総裁は選挙に勝ててなんぼである。あれほど身びいきと政治の私物化で、なおかつネオファシスト的な反発を買っていた安倍晋三が「安倍一強」だったのも、選挙に勝てたからにほかならない。思い返してみれば、安倍晋三は中身はともかく、見てくれだけは国際政治のどの舞台に出しても、他国の政治家と遜色がなかった。

安部は一流の政治家一族に生まれ、秀才とはいえないまでもアメリカ留学して英語を磨き、それなりの二枚目であり、かつ長身でスマートな体躯。これらはぎゃくに、菅義偉総理にはないものばかりなのだ。いわば日本のアッパーミドルの期待と上級国民たちの熱烈な支持、そして排他的なネトウヨに支えられてきた。そしてその政治の私物化・お友だち優遇という醜い側面を暴露されていくなかで、引き時を誤らなかったのも政治センスなのであろう。

さて、山田レポートでは選挙の「新たな顔」に、河野太郎と野田聖子を挙げている。順当なものだと思う。あとは公明党(ダブル選挙に反対)との関係の変化である。解散の時期をどうするのか、菅総理にとってそこが正念場であるのは変わりない。

◆令和の「奴隷島」

パソナ竹中平蔵の「奴隷島」のレポートは衝撃的だ。いよいよ日本の階層分化が「奴隷島」を作ってしまったのだ。

抽象的な意味での「資本主義の賃金奴隷制」とかではない。竹中が淡路島に新型の貧困ビジネスを作ろうとしているのだ。パソナグループの新卒学生対象(契約社員)が「日本創成大学校ギャップイヤープログラム」というものだ。小林蓮実のレポートである。そのプログラムの内実は惨憺たるものだ。

小林によると、週40時間労働で手取りは12万ほど。受講費2万8,000円のほかに寮費が2万6,000円、食費が5万4,000円。ここまでで、手元に残るのは1万円ほどになってしまう。これでは島から外に出ることもできない。SNSで「奴隷島」「貧困ビジネス」と揶揄されるゆえんだ。読むほどにオドロオドロしい実態だ。悲惨な体験レポートとか、その実態を生々しく暴露する追加記事に期待したい。

「コロナワクチンの現実と『ワクチン後』の世界」(西山ゆう子取材・文、中東常行協力)は、ロサンゼルスの動物病院で働く西山のレポートだ。これから始まるはずの、日本のワクチン接種の参考にしたい。

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号

『NO NUKES voice』Vol.27発行にあたって

2011年3・11東日本大震災‐福島第1原発事故から10年が経ちました。長いようで速かった10年でした。

3・11後、私たちは本誌の前に書籍を数点出しましたが、福島の復旧・復興と共に、福島の想いをわがものとして福島現地からの生きた報告を中心に定期的に発行していこうという決意で後先顧みず本誌を創刊しました。3・11から3年半が経った2014年8月のことでした。

これ以前に、震災後の2011年暮れから福島を忘れないという決意で、魂の書家・龍一郎の力を借りて「鹿砦社カレンダー」を制作し、(当社、たんぽぽ舎への)本誌や『紙の爆弾』の定期購読者、ライターや書店の方々らに無料頒布してまいりました。好評で、当初1,000部から始め現在は1,500部、来年版は1,700部の予定です(内容は毎月1日の「デジタル鹿砦社通信」をご覧ください)。

本誌は、まだまだ採算には乗りませんが、何度も繰り返し申し述べているように、たとえ「便所紙」を使ってでも継続する決意です。

この10年にはいろいろなことがありました。私たちにとって最もショックだったのは、本誌の精神的支柱だった納谷正基さんが急逝されたことです。納谷さんは、お連れ合いが広島被爆二世で若くして亡くなり、その遺志を全うするために、生業の高校生進路指導と、この宣伝媒体のFM放送(仙台)を行っておられ、なんとこの場を使い原発問題を語っておられました。少なからずのバッシングがあったということですが、我関せずで持続しておられました。“志の頑固者”です。本誌の趣旨をも理解され2号目から連載を続けてくださり、毎号100冊を買い取り、学校やFM視聴者らに配布しておられました。

その納谷氏も3年近く前に亡くなられ、娘さんが遺志を引き継ぎ、放送枠を半減させたりして頑張ってこられましたが、矢も底を尽き、この2月、3・11から10年を前にして終了となりました。このかん、どんどんスポンサーは離れ、最後まで支えてくれたのは関東学院大学だけだったということです(あえて名を出させていただきました)。本誌は、そうした納谷さんの遺志を継続することを、あらためて誓います。納谷さんの言葉(警鐘)を1つだけ挙げておきます。──

「あなたにはこの国に浮かび上がる地獄絵が、見えますか?」

この10年の活動で、原発なしでも日本の社会や私たちの生活はやっていけることがわかりました。もうひと踏ん張り、ふた踏ん張りし続け、この国から原発がなくなるまで私たちは次の10年に向けて歩み続けなければなりません。本誌は小さな存在ですが、志を持って反(脱)原発運動や地域闘争に頑張っておられる皆様方の、ささやかな精神的拠点となっていければ、と願っています。

2021年3月
NO NUKES voice 編集委員会

『NO NUKES voice』Vol.27
3月11日発売開始 『NO NUKES voice』Vol.27 《総力特集》〈3・11〉から10年 震災列島から原発をなくす道
私たちは唯一の脱原発雑誌『NO NUKES voice』を応援しています!

米大統領選のデマ発信サイトを叩く読売新聞が、冤罪・湖東記念病院事件で飛ばした酷すぎるデマ報道の数々 片岡 健

読売新聞が3月7日、ホームページで次のような記事を配信していた。

【独自】米大統領選のデマ発信サイトに大手企業の広告…銀行や車など10社

記事によると、昨年のアメリカ大統領選で「不正があった」というデマが日本のSNS上で拡散したが、多くのデマの発信源となった「まとめサイト」に少なくとも10社の大手企業の広告が表示されていたという。記事では、各企業の反省のコメントも紹介されており、要するに同紙は「大手企業がデマを発信するサイトに広告を表示させるべきではない」と訴えたいようだ。

これは壮大なブーメランではないだろうか。筆者は率直にそう思う。これまで様々な冤罪事件を取材してきた中、読売新聞を含むマスコミ各社の酷いデマ報道を数え切れないほど見てきたからだ。

デマ発信サイトを叩く読売新聞の記事(2021年3月7日付)

◆冤罪の西山美香さんを「殺人犯」と決めつけていた読売新聞

たとえば、滋賀県の元看護助手・西山美香さん(41)が昨年、再審で無罪判決を勝ち取った湖東記念病院事件に関する読売新聞の報道もそうだった。

西山さんは2004年7月、男性患者の人工呼吸器のチューブを外して殺害した容疑で逮捕され、裁判で懲役12年の刑を受けて服役。再審請求後、弁護側の調査により男性が本当は「病死」だったと証明され、逮捕から実に16年で雪冤を果たした。

同紙は2004年、この西山さんが逮捕された際にこう報じている。

滋賀の病院で呼吸器外し患者殺害 容疑の元看護助手を逮捕 待遇に不満
(大阪本社版2004年7月7日朝刊1面 ※「ヨミダス歴史館」より)

実際には、患者の死因は「病死」だったのに、「殺害」と決めつけている。しかも、西山さんが動機について「病院の待遇に不満があった」と虚偽の自白をしていたことについて、「待遇に不満」と地の文章で書いている。これでは、西山さんが本当にそういう動機で患者を殺害したかのようだ。

さらに同紙は翌日に出した続報で、次のように報じている。

患者殺害の西山容疑者「看護師に見下され…」先月、出頭し自供
(東京本社版2004年7月8日朝刊35面 ※「ヨミダス歴史館」より)

「患者殺害の西山容疑者」は、西山さんのことを完全に殺人犯と決めつけた表現だ。この記事を目にした世間の人たちは西山さんがクロだと思い込んだことだろう。

読売新聞が「デマを発信したメディアに、大手企業の広告が表記されるのは問題だ」と考えているのなら、まずはこのような記事を出した自社の紙面を見直し、広告を出している企業にコメントを求めるべきだ。

◆新聞社はネットメディアの不正確さを叩くことが多いが…

おそらく筆者がここで指摘したことは、筆者以外にも気づいた人が多かっただろう。新聞社は重大な冤罪が明るみに出るたび、冤罪を生んだ捜査や裁判を批判するが、実際には新聞社自身、冤罪被害者が逮捕された際に犯人と決めつけた報道をしていることは一般常識だからだ。

新聞社は自分たちの権威を保つため、ネットメディアの不正確さを叩くことが多いが、そんなことをしても権威など保てないからやめたほうがいい。それよりも、重大な冤罪が明るみに出た時などには、捜査や裁判の問題より自社の報道の問題を検証したほうが、よっぽど社会の多くの人から信頼を得られそうだし、長い目で見れば得なのでないだろうか。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)

三度目の政権交代はあるのか? 小沢一郎と山本太郎の動向にみる菅政権の危機

秋田県雄勝郡秋ノ宮村の農家の生まれで、上野着の集団就職組。板橋の段ボール工場の工員だった苦労人、実行力の人という菅義偉は、しかし悲しいほどのポンコツ政治家だった。これはもはや、政治に関心のある国民のみならず、自民党内でも後継政権が取りざたされるほどの評判になってしまった。

予想以上のコロナ禍のもと、学術会議任免問題でのつまづき、Go To キャンペーンでの失政(時期尚早と中断の遅れ)など、みずから招いた政治危機とはいえ、事務屋が営業職になった適材性のなさ、あるいは裏の顔がオモテに立たされた悲劇ともいえる。

◆野党連立は実現するか? 小沢一郎の読み

その結果、政権交代の展望までが語られるようになったのだ。いや、9月段階で今日の政権末期症状を読んでいた人物もいたのだ。その人物は総選挙にむけた野党共闘が順調にすすみ、メディア向けの選挙・世論調査データを踏まえたうえで、野党連立として枝野政権が誕生すると予告している。しかもそれは、総理が交代した昨年、9月のことなのだ。

その人物とは、政権交代の請負人を自称し、なおかつ政権の壊し屋の異名をとる小沢一郎にほかならない。

昨年の「週刊朝日」(2020年9月18日号)から、田原総一朗との対談を引用しよう。

「小沢 安倍政権の数々の問題、森友問題も桜を見る会も、そして河井夫妻のスキャンダルも、政権がひっくり返って枝野(幸男・立憲民主党代表)内閣になれば、すべて明るみに出ますよ。」

「田原 玉木さんと会ったら、自民とも維新とも組まないし、枝野さんともけんかする気はないと言っていた。まあ、いいとして、非自民政権はこれまで2回とも小沢さんがつくった。1993年の細川内閣と、2009年の鳩山内閣。多くの国民は3度目を期待している。
 小沢 三度目の正直です。何としても、その期待に応えたいと思っています。」

「田原 小沢さんには全面的に期待がかかっている。小沢さん、連立政権をつくるために何をどうする。
 小沢 連立!?
 田原 立憲・共産。
 小沢 共産党と? 共産党と連立になるかどうかはわかりませんが(笑)。志位さんは連立って言っていましたか?
 田原 もちろん、大賛成だって。志位さんが一番尊敬している政治家は小沢さんだと言っていた。」

◆小沢一郎と志位和夫の「政権奪取宣言」

小選挙区での野党候補一本化は、独自候補を擁立できる共産党との提携がネックである。自公連立に伍するには、立民共+新選が不可欠である。

上記の「志位さんが一番尊敬している政治家は小沢さん」という田原総一朗の言葉をうけて、BS-TBSが、小沢一郎と志位和夫の「政権奪取宣言」を特集した。

すでに臨時国会の首班指名選挙で、志位和夫が立憲民主の枝野幸男に投票するシーンが映像に収められていた。

「松原耕二キャスター 日本共産党にとっては、ある種の歴史的な一票ですね。
 志位 歴史的に初めてです。それから、今回大事なのは、共産党が入れただけではなく、野党が全部入れたことです。国民民主党も社民党も『れいわ』も入れました。碧水会や沖縄の風も入れました。オール野党で一本化しました。」

「小沢 2009年の総選挙で、自民党は280以上から120になった。民主党は120から300以上になったんです。(立憲民主党は)衆院で100以上ですから。(政権をとるための)基礎的な数字としてこの数字は十分な数字なんです。しかもオール野党が一緒になるということ自体が、とてもいいことなんですね。」

「小沢 次の次(の総選挙で政権交代)という人はいますが、野党は『次の総選挙で政権をわれわれはとる』、そして『われわれの主張を実現する』と(言うべきだ)。それが“次の次の選挙でもいい”なんていう野党がいますか。そんなことで、国民は受け入れないですよ。」

「志位 私は、小沢さんの発言は当然だと思っています。やはり野党として、『次の総選挙で政権交代を実現する、政権をとる』。この本気度をバチッと示してこそ国民は真剣に耳を傾けてくれると思います。」

「志位 共産党も含めて野党は力を合わせて連合政権をつくるということです。私たちが閣内に入るか閣外かはどちらでもいいです。しかし連合政権をつくり、この国をよくするというところまで踏み切ってほしい。その政治決断をやってほしい。」


◎[参考動画]【野党共闘キーマン!小沢一郎・志位和夫が語る】報道1930まとめ2020年9月24日放送(BS-TBS公式チャンネル)

◆注目の4月補選とれいわ新選組山本太郎の動き

小沢一郎のお手並み拝見といったところだが、もうひとり、目を離せない人物がいることを、読者諸賢はご存じのことであろう。

何かとそのパフォーマンスが誤解を呼び、あるいは当初は最優先の政策であった原発廃止が後景化されるなど、選挙放心も批判される人物だが、その果敢な積極性がいまなお求心力を増している。

そう、れいわ新選組の山本太郎である。

昨年中には総選挙の立候補予定者19人を発表し、今年に入って都議会選挙立候補者を最小5人、最大10人立てると宣言した。

そして、公選法違反有罪で河井案里が自動的離職となった広島参院選挙区でも、れいわ新選組は立候補者を公募している。のみならず、公募で有力候補が得られなかった場合は、山本太郎がみずから立候補することも排除しないとしているのだ。
4月25日は衆参補選である。

衆院北海道2区は自民党の吉川貴盛元農水相の収賄事件(在宅起訴)を受けての、与野党一騎打ち(現状では野党候補一本化の途上)。参院長野選挙区は、コレラ死した羽田雄一郎の弔い選挙として、実弟の羽田次郎が立候補する。ふたつの選挙は自民敗北が濃厚で、広島参院選挙区が菅政権の正念場ということになる。

すでに1月の北九州市議選では、自民党の現職が6人落選するという惨敗だった。山形県知事選でも立憲系の吉村美栄子が40万票対17万票(自公系)で圧勝している。

4月補選、7月の都議会選挙で自民党が大敗すれば、菅おろしが始まるとこの通信でも何度か力説してきたところだ。泥舟的にでも東京オリンピック・パラリンピックが開催されるとしても、7月の都議選に総選挙を重ねることは、公明党の要請で不可能である。

そして五輪強行のツケが政権運営を破綻させ、菅おろしという党内の醜い抗争が露呈したとき、国民の自公政権離れは必至である。

そこで、三度目の政権交代が実感をもって感じられる。その成否のカギを握っているのが、小沢一郎と山本太郎であることを指摘しておこう。


◎[参考動画]財源は!? 毎月1人10万円給付は可能か?お答えしましょう! 山本太郎(れいわ新選組 2021年2月25日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)

編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。医科学系の著書・共著に『「買ってはいけない」は買ってはいけない』(夏目書房)『ホントに効くのかアガリスク』(鹿砦社)『走って直すガン』(徳間書店)『新ガン治療のウソと10年寿命を長くする本当の癌治療』(双葉社)『ガンになりにくい食生活』(鹿砦社ライブラリー)など。

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号
安倍晋三までの62人を全網羅!! 総理大臣を知れば日本がわかる!!『歴代内閣総理大臣のお仕事 政権掌握と失墜の97代150年のダイナミズム』
タケナカシゲル『誰も書かなかったヤクザのタブー』(鹿砦社ライブラリー007)
横山茂彦『ガンになりにくい食生活――食品とガンの相関係数プロファイル』(鹿砦社LIBRARY)

冤罪を訴え続ける桶川ストーカー殺人「首謀者」、獄中書簡で明かした捜査と裁判の内幕 片岡 健

1999年10月、埼玉県上尾市の女子大生・猪野詩織さん(事件当時21)がJR桶川駅前で風俗店店長の男に刺殺された桶川ストーカー殺人事件。大変有名な事件であるにもかかわらず、意外と知られていないことがある。

それは、事件の「首謀者」とされる元消防士の無期懲役囚・小松武史(同33、現在は千葉刑務所で服役中)が一貫して冤罪を訴え、さいたま地裁に再審請求していることだ。

筆者はこれまで、この小松の冤罪主張には信ぴょう性があることを当欄で繰り返しお伝えしてきた。

まず何より、猪野さんに対し、ストーカー化していた風俗店経営者の小松和人(同27、指名手配中に北海道で自死)ならともかく、その兄である武史には、猪野さんを殺害する動機が見当たらない。加えて、捜査段階に「武史に被害者殺害を依頼された」と供述し、武史を有罪に追い込んだ実行犯の風俗店店長・久保田祥史(同34)も実は裁判で「本当は武史から被害者殺害の依頼はなかった」と“告白”しているのだ。

懲役18年の判決を受けた久保田が宮城刑務所に服役中、筆者が久保田と文通し、事実関係を確認したところ、久保田は“事件の真相”について、次のように説明した。

「あの事件は、和人の無念を晴らすため、自分が一人で暴走してやったことです。取り調べに対し、武史から被害者の殺害を依頼されたと供述したのは、犯行後、和人と一緒に風俗店を経営していた武史にトカゲのしっぽ切りのような扱いをうけ、復讐しようと思ったからです」(要旨)

このような事実経過からすると、武史について冤罪を疑う声が聞かれないのはむしろ不思議なくらいだと言っていい。

武史から先日、私のもとに届いた手紙には、捜査と裁判の“内実”が改めて生々しく綴られていた。ここで紹介させて頂きたい。

◆警察の調べは、「オラー、てめー、このヤロー」の連続

武史は警察で受けた取り調べについて、今回の手紙にこう書いている(以下、〈〉内は引用。明らかな誤字、明らかに事実と異なる部分は修正した。また、句読点は読みやすいように改めた)。

〈警察の調べは、デタラメどころでなく、せまい2畳の調べ室に、6人の刑事が来てたり、暴言どころでなく、ずっと「久保田がこう言ってる、てめえが殺しを指示した」や「本当は、弟でなく、てめぇーが女と付き合ってたんだろう~が」や「てめぇは、飯食えてい~よな、死んだ女は、飯も食えねえんだョー」。私が39℃の熱があろうが、抜く歯の痛みがあろうが、30kgやせようが、久保田のタクシー内の嘘の供述を認めないと、病院にも医者にも見せないの一点張り、、、弟の北海道の逃げてる話や、自殺してしまうとうったえても、ゲラゲラ笑って「今更、てめえの弟が出てきても、面倒なだけだろーが」や「誰も、弟の事など、話してねえよ、テメェーの女だったんだろーが、そんでなきゃ殺す訳ねぇーだろうが」の一点張りでした。調書など、毎日、刑事が作って来てた作文に、印を押せの、デタラメな調べでした。「オラー、てめー、このヤロー」の連続〉

ここで注目して頂きたいのは、武史が刑事から〈久保田のタクシー内の嘘の供述を認めないと、病院にも医者にも見せない〉と言われたという部分だ。武史がこのようなことを書いているのは、久保田が当初、「武史から被害者の殺害を依頼されたのは、タクシーに乗っていた時だった」と供述していたためだと思われる。

そもそも、武史が久保田に殺害を依頼するなら、運転手のいるタクシーの車内ですること自体が不自然だ。これも筆者が武史の冤罪主張に信ぴょう性を感じている理由の1つだ。

続いて、武史は検事の取り調べについて、こう綴っている。

〈私が、上尾警察署員は弟の店の会員ばかりで、私に話して来てた署員(「弟さんの店、残念でしたね、良い店で我々の内でも、有名だったので、かわりに、どこか他の店を紹介して下さい」)の話を検事にすると、初めは、そんな訳ないと言ってたのが、2日後の護送から、メンバーが全員変わるほどだったのと、検事の調書は一枚も出来あがらず、検事は怒ってたのと、デタラメ調べでした〉

猪野さんが事件前、家族と共に埼玉県警上尾署に対し、和人らからのストーカー被害を訴えていたにもかかわらず、まともに取り合ってもらえなかったことは有名だ。上尾署の動きが鈍かったのは、署員が和人の営む風俗店とズブズブの関係にあったからだという説はかねてより「噂話」レベルで存在していた。

武史がここで書いていることは、必ずしも趣旨が明確ではないが、この「噂話」を裏づけている内容と言える。武史の言うことを鵜呑みにするわけにもいかないが、見過ごしがたい話ではある。

武史から届いた手紙

◆判決を早く出したかった裁判長が「まともな判事」をコウタイした

武史は裁判についても当然不満を抱いており、こんなことを書いてきた。

〈裁判長の川上は、私の裁判が終ると、早稲田大学の法学学術院(母校)の学長に付くのが決まっていたそうで、弁護士の刑事事件専門の荻原先生に言わすと、何十年と見て来た、川上裁判長らしくないと言ってました。判決を早く出したいのと、検事の言う事しか聞かないと言ってたのと、右のバイセキの下山判事だけ、久保田や伊藤の言う事があまりに矛盾してたので、しょっちゅう「信じられないから、伊藤さんに訊きますが、殺人の謀議を、何一ツ覚えてない人が、検事のケイタイ一覧を見せられ、なぜ?一ツ、一ツの会話を覚えているのか?(通常会話を?)信じられない」と言ってた、まともな下山判事を、川上裁判長は、コウタイしてました。判事も、何が何でも、検事と久保田の証言で、有罪にしたいのが見え見えでした〉

ここに出てくる川上(拓一)裁判長は、たしかに武史らの裁判を担当したのち、早稲田大学の法学学術院で教授職に就いている。「学長」を務めていた事実は確認できなかったが、「裁判長は次の仕事が決まっていたから、判決を早く出したがっていた」「そのために、まともな判事をコウタイさせた」という武史の推測は、まったく根拠がないわけでもない。

一方、ここで出てきた伊藤とは、久保田が猪野さんを刺殺した際、現場に同行した共犯者の伊藤嘉孝(同32)のことだ。伊藤も和人の営む風俗店で働いていた男だが、逮捕されると、「被害者への嫌がらせはすべて武史の指示によるものだったので、久保田から被害者を殺害すると聞いた時、今回も当然、武史から久保田に指示があったと分かった」と供述し、「武史=首謀者」だとする久保田の供述を裏づけていた。久保田が裁判で当初の供述を覆したにもかかわらず、武史が有罪とされたのは、伊藤が裁判でもこの供述を維持したことが大きな要因だ。

武史がここで書いていることの趣旨はわかりにくいが、裁判での伊藤の証言内容におかしいところがあったと訴えたいのだろう。無罪への執念は確かに伝わってくる文章だ。

なお、伊藤は懲役15年の判決を受けて服役し、出所後に病死している。

千葉刑務所。武史は現在もここで服役中

◆再審がダメなら、病気になって早く死にたい

さて、ここまで読んでおわかりの通り、武史の書く文章には、趣旨のわかりにくいところが散見される。獄中生活も20年を越し、心身共に疲弊しているためだと思われる。再審にかける思いは強いが、弱気になることもあるようで、現在の思いをこのように綴ってきた。

〈日本の再審は厳しいのは知ってますので、私はダメなら、病気になって早く死にたいです、、、この世に未練は何もないです。早くリセットしたい思いです〉

筆者は今後も武史の再審請求の動向は追い続けるので、何か事態に動きがあれば、適時お伝えしたい。

なお、武史はさいたま地裁への再審請求に際し、久保田が事件の「真相」を綴った手記を電子書籍化した拙編著「桶川ストーカー殺人事件 実行犯の告白 Kindle版」を新規・明白な無罪証拠であるとして提出している。関心のある方は参照して頂きたい。

▼片岡健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

タブーなき月刊『紙の爆弾』2021年4月号
「絶望の牢獄から無実を叫ぶ ―冤罪死刑囚八人の書画集―」(片岡健編/鹿砦社)