本日発表の芥川賞、岸政彦先生が受賞されたら大阪「祝いの宴」はこの面々で

 
 

  
芥川賞第一回は1935年、石川達三の『蒼氓』が受賞している。『蒼氓』が芥川賞第一回の受賞作とは知らなかった。筆の早い石川達三は後に押しも押されぬ文壇の大御所となり、日本ペンクラブの会長まで上り詰めた。ただ、「芥川賞」=「作家としての将来を保証される」かといえば、かならずしもそうではなく、文学の世界では新人作家の登竜門的色合いが濃いとされている。芥川賞に対して直木賞は「受賞すれば生涯食うのに困らない」と言われるだけあって、作家の中でもすでに一定の評価が定まった候補の中から受賞者が決まる。

さて、ごたくをならべるのはここまでだ。いよいよ本日17時に第135回芥川賞の受賞者が発表される。英国のブックメーカー(英国ではあらゆることが賭けの対象となる)が芥川賞受賞者予想を賭けの対象にしているか、英国在住の友人に聞いてみたが「聞いたことないよ」とのことだった。まあそうかもしれない。英国人にとっては賭けるにしても、判断材料が少なすぎるのだろう。

◆宴の場は大阪、十三の「美味しいホルモン焼いている」店にしたかった

でももし、日本で同様の賭けが合法であれば、特別取材班は迷いなく、岸政彦先生の『ビニール傘』にどーんと張る。そして受賞のあかつきには、払い戻し金を手に、受賞記念パーティーを独自に準備する。場所は大阪、十三の「美味しいホルモンを焼いている」店にしたかったが、あいにく昨年10月末で閉店してしまったので、コリアNGOセンターに場所をお借りしてまずは一次会だ。パーティー参加者には『反差別と暴力の正体』で取材対象となった方々も招待しよう。

祭りだ! 祭りだ! 岸先生が文豪への第一歩を歩みだされた記念の日、これを祝わなくて、何を祝う。岸先生の洋々とした前途を祝し、著名人もたくさん招待しよう。有田芳生参議院議員、作家の先輩中沢けい氏、なにかと話題の香山リカ先生、取材班の田所敏夫は絶縁したけれども、この際のりこえねっとの辛淑玉さんにも声をかけよう。あんまり関係ないけど合田夏樹さんも呼ぼう。司会進行は元鹿砦社社員の藤井正美氏にお願いするのがいいだろう。撮影係りは秋山理央氏をおいてほかにはいまい。特別取材班は黒子に徹する。社長松岡もこの日ばかりは裏方だ。

◆お祝いスピーチのトップは李信恵さんしかいないだろう

岸先生「受賞の喜びのご挨拶」に続くスピーチのトップは、やはり先生に一門(ひとかど)ならぬお世話になっている李信恵さんしかいないだろう。李さんも「やよりジャーナリスト賞」受賞作家だからこれで受賞作家同士、さらに友情と信頼が深まることだろう。李信恵さんの『鶴橋安寧』を出版した「編集者の罪は重い」と李さんに憎悪を抱いていた朴順梨さんも、受賞者が岸先生ならば文句はあるまい(あれ? 朴さんが李さんを嫌っていたことって内緒だったっけ?)。先輩作家の中沢けいさんからは「何か不都合な取材や質問を受けた時は『なおさらノーコメント』よ」とユニークなアドバイスが飛び会場が笑いに包まれる。岸先生の笑顔が絶えることはない。

 
 

  

◆「文学におけるヘイト」をテーマに野間さんだって語ってくれる

宴たけなわで登場は、ソウルフラワーユニオンの中川敬さんだ。プロのミュージシャンの生歌が聴けるのも、やはり岸先生の人徳がなせる技だ。中川さんは「騒乱節」を披露してくれ、会場の盛り上がりは最高潮に。参加者の酔いがほどよく回ったところで、「NO HATE TV」でおなじみの安田浩一さんと野間易通さんが「文学におけるヘイト」をテーマにトークショーを披露だ。最近ツイッターで何を書いてもリツイートが激減している野間さんだが、この日ばかりは張り切っている。「調査なくして発言権なし」と国会議員になってもジャーナリスト魂を忘れない有田先生は、控えめにも会場の隅でメモをとっている。スピーチも固辞された。なんと謙虚な方だろう。有田先生の横には寺澤有氏の姿がある。必死で何かを有田先生に語り掛けているようだが、有田先生は取材に忙しく寺澤氏に構っている暇はないらしい(無視か)。合田夏樹さんはいつも通り綺麗どころを口説きまくって、いや、楽しませている。

懐かしいあの顔が見える。シースルーじゃなくてブルーシールでもなくてなんだっけ・・・。えーっと、シズル、違う。シールズだ! 憲法9条2項改憲主義者にして「民主主義ってなんだ」と自問しながら一橋大学の大学院に進学した奥田愛基氏だ。「民主主義ってなにか」わかったのだろうか? 時代の寵児としてもてはやされたけど関西では、司会の藤井正美氏らがコントロールしていて、「極左探し」の名のもと何の関係もない学生2人を「極左認定」しパージ(追い出し)していたシースルー、じゃなかったシールズ。見通しも風通しも悪かったよな。まあいいか。

◆芥川賞受賞記念パーティーのサプライズ

さあ、これで終わると思ったら大間違い。芥川賞受賞記念パーティーにはサプライズがなくてどうする。会場の照明が消えた。ざわつく会場に音声が流れ始めた。

「どっちや!どっちやゴラァ。言うてみぃ オラ(一発大きな殴る音)。言うてみんかい!(一発)。こっち来いコラクソガキ。どヘタレ」、「訴えたらええやんけそれやったら。徹底的にこっちもやったろやないけ。それで俺がパクられても上等やんけお前。売るか売れへんか見てみろや。頭下げへんで。お前なんかに。訴えられたって。あん?お前の味方してくれる奴何人おんのやろのぅ。これで。京都朝鮮学校の弁護団? お前の味方になって もらえると思うか?」

物騒な怒鳴り声が会場にこだまする。闇の中、聞くに堪えないと会場から出ようとする人もいる。怒声はさらに続く。
  
「KさんとかMさんでも誰でもええわ。今おるあいつらも。Iさんでも、Tさんでも男組でも。お? 勝負したろやないけ、それやったら。やるか!? どっちや!? 訴えてみぃやお前!(ドスッという音)おぉ、いつ起訴する?やってみぃ。(一発)コラ。いつや? 明日か? 明後日か? どないすんねん。弁護士事務所ドコ行くねん? どの弁護士行くねん。やってみぃや!コラ (一発)。クソが。やってみぃ、やってみぃ言うとんのやぁお前(一発)。おい。腹くくったから手ぇ出しとんねん、こっちはお前。あぁ? やったらええやんげ、やんのやったらぁ。受けたるからぁ。とことん。お前その代わり出た後、お前の身狙ろて生きていったんぞコラ」

「もうやめましょうよ」岸先生の声が響いた。その時だ。会場の正面左側にスポットライトが照射された。顔を腫らした男性が立っている。「キャー」参加者から幽霊でも見たような奇声があがった。無理もない。男性の顔は腫れあがっているだけでなく、唇は切れて血が滴り、鼻血も出している。男性は無言だ。またしても会場に女性の声が響いた、少し酔ったような口調だ。

「まぁ殺されるんやったら店の中入ったらいいんちゃう?」

 
 

  

スポットライトを浴びた男性は顔から血を流しながら、岸先生の方へ向かう。手に何かを持っているようだ。岸先生の顔が心なしか蒼褪めている。男性は小さな封筒から紙を取り出した。静まり返った会場で彼はその紙を読みだした。

「『李信恵さんの活動再開は、Mさんが最初期からカウンターの最前線に立ってヘイトスピーチに反対する活動をおこなってこられたお気持ちに反することはないものであると考えております。どうぞご理解いただき、ご了解いただきますようお願いいたします』これ、受け入れられませんのでお返しします」

紙を封筒に戻すと、少し血の付いた手で男性は岸先生に封筒を手渡した。岸先生の手が震えている。そして先生は消え入りそうな声で男性に語り掛けた。懇願しているようだ。

「これインターネットとかに出さんといてくださいね」。男性は黙って首を横に振った。

しまった! 寝過ごした。変な夢を見た。今日は岸先生の受賞発表の日じゃないか、記者会見抜かりなくこなすぞ。

 

(鹿砦社特別取材班)

残部僅少!『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)
増刷出来!『ヘイトと暴力の連鎖』

M君がより『意味のある』存在として成長してほしいと願う岸政彦先生の哲学

 
 

  

If I wasn’t hard, I wouldn’t be alive.
If I couldn’t ever be gentle, I wouldn’t deserve to be alive.

人は強くなければ生きてはいない。
優しくなければ生きているに値しない。

レイモンド・チャンドラーが、代表作『プレイバック』で登場人物に語らせた有名なセリフだ。ハードボイルドの雰囲気を吹かせながら「優しくなければ生きている資格はない」と締めるあたり、チャンドラー節全開で読む者を唸らせる。

さて、このセリフがぴったり当てはまる岸政彦先生がノミネートされた芥川賞受賞者の発表がいよいよ明日17時に迫って来た。謙虚で物静かな岸先生は発表を控えてどんなお気持ちだろうか。岸先生の謙虚さを示す格好のテキストがあった。「紀伊國屋じんぶん大賞2016」を受賞された岸先生のコメント、お人柄がにじみ出ている。

◆「とつぜんこのような大きな評価をいただき、戸惑い混乱するばかりです」

「このたびは過分な賞をいただき、ありがとうございます。これまで、アカデミズムの中心からは遠く離れた大阪の路地裏で地味に生きてきましたが、とつぜんこのような大きな評価をいただき、戸惑い混乱するばかりです」。

「地味に生きてきましたが」、なんて岸先生ファンが見たら「ウソ!! マサヒコ!」と絶叫しそうだ。

「この本の最大の特徴は、何の勉強にもならない、ということだと思います。いちおう社会学というタイトルはついていますが、これを読んでも社会学や哲学や現代思想についての知識が増えることはありません。これは何の役にも立たない本なのです」。

クー!しびれる。凡人の頭には浮かばないセリフだ。「これは何の役にも立たない本なのです」などという「自己否定」と等価な断言。みずからの著作に「いたらぬ部分が多々あって」とか「自分の勉強不足が恥ずかしいです」くらいの恥じらいを見せる人は多々見受けられるが、全共闘の「自己否定」、「大学解体」にも通じそうな(?)この全否定に取材班を含め読者は一発で、ノックアウトされるのだ。

◆「私たちがこの世界に存在することに意味はありません」

「私たちがこの世界に存在することに意味はありません。私たちは路上に転がる無数の小石とまったく同じなのです」。

ウォー! これ後世に残る名セリフじゃないか。フランシス・ベーコンや、カント、サルトルに匹敵する思想の域に岸先生は既に達している。そうか、長年解らなかったけど「私たちがこの世界に存在することに意味」はなかったんだ。「路上に転がる小石」と同じなんだ。なんという大胆な哲学。西田哲学、黒田哲学にも負けない「岸哲学」の真骨頂にただただ感服するばかりだ。

「この本で書いたことは、まずひとつは、私たちは無意味な断片的な存在である、ということと、もうひとつは、そうした無意味で断片的な私たちが必死で生きようとするときに、『意味』が生まれるのだということです」。

なるほど「私たちは無意味な断片的な存在」なんだ。だから「必死で生きよう」としない人はいつまでたっても「無意味」な存在。含蓄が深い。こんな怖い言葉を投げつけられたら「必死で生きよう」なんて普段考えてもいない、取材班のメンバーは「無意味な存在」だらけだと恥じ入るしかない。

何十発も殴られても、ひたすら耐えたM君
 
 

  
◆何十発も殴られても、ひたすら耐えたM君の「生きる意味」

でも、取材班は「必死で生きよう」としている若者を知っている。集団リンチ被害者のM君だ。M君は殴られて右目が腫れて、見えなくなっても、何十発も殴られても、顔を蹴られても、ひたすら耐えに耐えた。

彼は顔をボコボコに殴られたためか、あるいはPTSDのためか、殴られたことは覚えていたが、顔を蹴られたことを忘れていた。刑事記録を紐解く中で、取材班が「おいM君、君殴られただけじゃなくて顔を蹴られてるがな!」と伝えるまでM君にそのことは記憶になかった。「命を守る」のに必死だったのだろう。

岸先生おっしゃるところの「生きる意味」を体現しているのがM君であるが、そんなM君の「生きる意味」をさらに強固にする試練を、岸先生は過去にお与えになっている。事件直後加害者の「聞き取り」に岸先生が同席したことは昨日述べた通りだ。そしてその後加害三者からの「謝罪文」がM君に届く。李信恵氏は謝罪文の中で、「反省の気持ちを表すため、ツイッターもフェイスブックも休止しました。また、新規での講演を引き受けないことにしました。(中略)Mさんの気持ちを考えると自粛することが最善だと思ったからです。それが償いになるとは思っていませんが、自分なりに考えて行動に移しました」2016年(2015年の書き間違いだろう)2月3日付、李信恵氏手書きの「謝罪文」には上記を明言している。

 

◆岸先生が事務局長を務める「李信恵さんの裁判を支援する会」の言

ところが、2015年4月8日付「李信恵さんの裁判を支援する会」の名前で「李信恵さんの活動再開について」と題された文書が代理人を通じて一方的にM君に届けられ、累々言い訳を述べた上で最後は以下のように結ばれている。繰り返すが岸先生は、「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長だ。意思決定に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。

「李信恵さんの活動再開は、Mさんが最初期からカウンターの最前線に立ってヘイトスピーチに反対する活動をおこなってこられたお気持ちに反することはないものであると考えております。どうぞご理解いただき、ご了解いただきますようお願いいたします」

さすがである。取材班はこれまで「岸哲学」を学んでいなかったのでこの通告がたんにM君への約束を踏みにじる、無茶苦茶な行為としか理解できなかったが、そうではなかった。これは「私たちは無意味な断片的な存在である」前提に立った、岸哲学の真髄がなし得た、ある種の弁証法だったのだ。

常人には理解できないだろうけども、理解できない人がいるとすれば、「岸哲学」を学び直すべきだ。M君がより『意味のある』存在として成長してほしいと願う岸先生が、われわれの思いつかない深い愛情でM君に試練をお与えになったのだ。必死で生きることを余儀なくされた『意味のある存在』であるM君にとって、岸先生は恩師かも知れない。

(鹿砦社特別取材班)

残部僅少『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)

芥川賞候補の岸政彦先生は公正な社会学者で個人的事情を優先するはずがない!

 
 

  
岸政彦先生は龍谷大学で教鞭を取る社会学者として有名だ。『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』(2013年)、『街の人生』(2014年)、『断片的なものの社会学』(2015年)と毎年優れた著作を出版しておられる。『断片的なものの社会学』では「紀伊國屋じんぶん大賞2016」を受賞されている。CiNii(学術論文検索データベース)で検索すると59件の論文がヒットする。非常に研究熱心な岸先生は業績も秀でているといえよう。

◆たぐいまれなる情熱と能力に脱帽

学生に講義をして、専門分野の研究に汗をかき、さらに小説まで手掛けておられるのだから岸先生のたぐいまれなる情熱と、能力には脱帽するしかない。テレビ出演や新聞への寄稿も多い。

そして忘れてはならないのがそんな多忙の合間を縫って、「李信恵さんの裁判を支援する会」の事務局長まで引き受けておられる献身性だ。学者たるもの机上で論文を書き連ねるだけでなく、それを社会に還元するのが使命だろうが、岸先生はそれを実践している。ご立派、研究者のかがみだ!

しかも岸先生は勇敢だ。「M君リンチ事件」直後にコリアNGOセンターで行われた加害三者(李信恵、エル金、凡各氏)への「聞き取り」にも足を運んでいる。社会学者にとってフィールドワークや「聞き取り調査」は基本中の基本。岸先生はその場で加害者達から「真実」を聞き出したに違いない。そして加害三者は過ちを認めM君に「謝罪文」を伝えることになる。

◆2014年大晦日の不思議な出来事

でも、岸先生が加害三者に「聞き取り」を行ってから、M君に謝罪文が届くまでにちょっと不思議な出来事があった。「聞き取り」は2014年12月30日に行われたのだがその翌日、12月31日に凡氏がインターネットで配信していた「凡どどラジオ」に岸先生はゲスト出演していたのだ。「聞き取り」では「真実」を知ったであろう岸先生がその翌日に加害を認めた凡氏の配信に出演しているのは??

この件については辛淑玉氏も凡氏の行動をきつくたしなめている(詳細は『ヘイトと暴力の連鎖』、『反差別と暴力の正体』をご参照頂きたい)。でも前日に「聞き取り」という名の「民間取り調べ」に参加した岸先生が翌日に罪を認めた人物の配信に出演するのはなんかおかしくはないか? M君がどう思うかをお考えにはならなかったのだろうか。

あ、そうだ、「推定無罪!」。警察に逮捕されても、送検されても判決確定までは皆さん「推定無罪」が社会の常識。だから岸先生は罪を認めた凡氏をも、分け隔てすることなく「事件など無かったかのように」平気で配信に参加されたのだ。そうだ。そうに違いない! でなければ単に言行不一致の誠実ならざる人格となるが、そんなことはない。岸先生の人権原則を踏み外さない「推定無罪」を体現して下さった姿勢に、取材班はあらためて先生の偉大さを痛感する。

え? でも凡氏は関西大学で岸先生が教えていた頃の教え子だって? 嘘でしょ。公正な社会学者として、岸先生がそんな個人的事情を優先するはずがない。絶対にない! じゃあこの写真を見ろって?

え? これ岸先生「紀伊國屋じんぶん大賞2016」祝賀会での凡氏との2ショット? 事件のあと? うそだ。信じない。この写真は加工されたものに違いない! 凡氏はM君への謝罪文で活動停止を約束していたじゃないか。

岸先生はそんな人じゃない(はず)。まだきょうは芥川賞候補者だけど、19日の17時には、晴れて「芥川賞受賞作家」になるんだ。岸先生は清廉潔白、公正無比な聖人だ!

(鹿砦社特別取材班)

残部僅少『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)

岸政彦先生に芥川賞を!

鹿砦社特別取材班は1月19日17時を心待ちにしている。『反差別と暴力の正体』巻頭グラビアに登場した、あの岸政彦先生の『ビニール傘』がノミネートされている、第156回芥川賞受賞者が発表されるからだ。今年のノミネートは岸先生のほかに加藤秀行氏『キャピタル』、古川真人氏『縫わんばならん』、宮内悠介氏『カブールの園』、山下澄人氏『しんせかい』と力作ぞろいである。

特別取材班としては、是が非でも龍谷大学社会学部教授にして、「李信恵さんの裁判を支援する会」事務局長である岸先生に受賞して頂き、全国から絶大な注目を浴びる「芥川賞受賞作家」として確固たる地位を築かれることを切に願う。

岸先生は謙虚な方でおられるので、下の写真で受賞を固辞されているようにも見えるが、違う、違う!! これは特別取材班が、岸先生の研究室に「M君リンチ事件」についてお話を伺いに行った際に質問にはお答えを頂けず、記者のIDをスマートフォンで撮影したくせに、「この写真インターネットとかに出さんといてくださいね」と記者に懇願されたお姿である。

 

特別取材班は岸先生のこんなみっともない姿を二度と見たくはない。1月19日には堂々と「芥川賞受賞作家」として持ち前の甘いマスクから、満面の笑顔を見せて欲しい。そして受賞記者会見では記者の質問に堂々と答えてもらおう。天下の芥川賞受賞作家だ。2度もの「ノーコメント」はないであろう。岸先生! 授賞式には伺いますからね。

でも誰が事件について質問するかをここではまだ明かさない。特別取材班はこのかん、社外の大手メディアにも協力者を獲得してきている。司会者が「事前注意」で「今回の受賞に関係のない質問はご遠慮願います」と注意しようがしまいが、受賞会見の様子はニコニコ動画で生中継されるのだ。偉大なる尊師によればドワンゴはけしからん会社だそうだが、そこで中継される岸先生はどんなご様子だろうか。

今から授賞式での岸先生の姿を想像すると興奮を抑えきれない。芥川賞は公営財団法人日本文学振興会、まあ実質的には文藝春秋が仕切っている。芥川賞の選考委員は小川洋子、川上弘美、堀江敏幸、宮本輝、村上龍、山田詠美、吉田修一、高樹のぶ子、奥泉光、島田雅彦(順不同)の各氏だ。

特別取材班はどこかの団体とは違うので「文藝春秋に岸先生を推薦するFAXを送ろう」とか「選考委員じかにメールでプッシュしてください。割り振りは以下の通りです」などと読者の皆さんに間違えてもお願いするようなまねはしない。しかし、世は因果なもの。何が起こるかわからないとだけ予測しておこう。

(鹿砦社特別取材班)

残部僅少『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾12月号増刊)

新成人の皆さん、おめでとう。希望を切り開けるのは君たちだけだ

まったくよい思い出がない行政機関にどうして「成人」を祝ってもらう理由がある。よい思い出どころか、むごい思いをさせられたあの県にある、あの市が主催する「成人式」になにが有難くてのこのこ出かけて行かなきゃならないんだ。正月に配布された市報には、市長と新成人の座談会が掲載されていた。知っている顔が市長と「若者の未来」をテーマの座談会に、デレッとした表情、馬鹿丸出しで発言している。「へっつ。軽薄な奴め! 行政権力に踊らされて恥知らずだよ」と市報を食卓に放り投げたら「そんな捻くれた考え方をするもんじゃない!」と父親に叱られた。

父親は俺を叱ったが、成人式に出席しろとは言わなかった。年中行事やしきたりを重んじない家風が幸いしたのだろう。時代遅れも甚だしく厳しい躾を幼少時から叩き込まれてきたが、不思議なことに世間では一般的な「七五三」や「お宮参り」といった因習的行事に我が家は全く無関心だった。「サンタクロースなんていないんだよ」となにげなく「教育」されたのは小学校入学前だ。かような子供にとっての「絶望的宣告」も別段珍しくはなかった。でも近年とは桁違いに世間ではクリスマスが騒がれていた当時、子供としては「クリスマスプレゼント」や「クリスマスケーキ」に憧憬を抱いたのも事実で、その根拠「よそはよそ、うちはうち」の絶対宣言が悲しくなかったと言えばウソになる。

なにが「成人」だ。成人がそんなに目出度いか。周りの「新成人」は社会に無関心で恋愛や、ファッション、さもなくば音楽に夢中になっている奴らばかりじゃないか。「成人」なんて20歳になったら急に訪れる激変なのか。違うだろ。「教師」として俺の前に次々現れた「成人」の中で人間的尊敬に値する人は3人しかいなかったじゃないか。世間は景気がいいらしい。それがどうした。俺には何の関係もない。日本の経済侵略がもたらした一時的なあだ花に過ぎはしないじゃないか。俺は相変わらず不機嫌だ。

1月の第二週の月曜に成人の日が移行する前。198X年の1月15日、私はかなりイライラしてどこに身を置いたら一番気持ち素直でいられるか、朝から6畳の下宿で悶々としていた。藤圭子じゃないけど「15、16、17と私の人生暗かった」。俺の成人の日を無視するのも手だけども、気が晴れるような場所か風景はないものか。かといってライブや人だかりに出かける気にはならない。一人がいい。そうだ。若草山の山焼きが今日だ。映像でしか見たことがない若草山の山焼きを見に行こう。火や花火からカタルシスを得られる俺の性格にうまくいくと合致するかもしれない。

サントリーホワイトとウォークマンをポケットに入れ奈良に向かった。若草山を眺めるのに至近の有名な場所ではないが、ベストポディションがあることは以前から知っていた。日頃の若草山は、至極おだやかな女性的ともいえる稜線だが、あの山が燃え盛ったら少しは爆発寸前な俺の気分を慰めてくれるだろうか。私のみが知るベストポディションは奈良市内のある歩道橋だ。私のほかに誰も居はしないだろう。

案の定、日が暮れ切った18時過ぎ歩道橋には誰もいはしない。サントリーホワイトを半分飲み干したのでペースを抑える。ウォークマンで聞いているのはYMOの「東風」、「千のナイフ」のライブバージョンだ。詳しい理由は解らないけど、YMOを中学生時代に耳にしてから、この無感情、無機質でありながら、底にどこかしら「革命」と相いれる旋律の楽曲に俺は、「こいつらやがては世界を取る」を予感した。中でも「千のナイフ」は最高だ。198X年1月15日はサントリーホワイトを友に、日ごろ温厚な若草山が、猛狂いながら燃え上がり、一切の欺瞞を燃やし尽くせ!

やがて山裾からから火の手が上がった。円周があやふやだった赤い輪郭はじりじりと山頂へ向けて炎を滾らせてゆく。ここは若草山からは距離がある。煙の臭いも届かないし、至近で眺めるよりも迫力は格段に落ちるだろう。そんなことは構わない。残りのサントリーホワイトを飲み干すと炎も山頂へ向けての速度が上がる。俺の耳では「東風」が鳴り響く。誰もいない歩道橋の上で腹の底に熱が湧く。かじかむ手先を擦りながら、俺なりの「成人の日」はこれでよかったと少し気持ちよくなった。

「成人」なんて擬制だ。優れた感性は中学生・小学生から老成した賢者にも通じる。違いは言葉を獲得しているか、していないかの違いだけだ。ダメな奴は50になっても60になっても年を重ねるだけで成長はしない。新成人の皆さん、おめでとう。君たちには制度により与えられる「成人」ではなく、自立した精神・哲学を持ち、行動し責任を取る真の「成人」(mature)を目指してほしい。そして希望を切り開けるのは君たちだけだ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年2月号
『NO NUKES voice』10号【創刊10号記念特集】基地・原発・震災・闘いの現場──沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎
『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

年賀状とテクノロジー ──利便性よりも大切な〈自由〉

年賀状の習慣を止めて10年以上になるが、それでも頂ける年賀状だけには返信する。筆不精で手書きの文字は下手くそな私には、パソコンとプリンターが実にありがたい。のだけれども、年賀状作成に限らず、最近パソコンの作動がどうもおかしい。当初のWindows8は起動も早く操作性に不具合はなかったが、抵抗しても抵抗しても画面に現れる「Windows10」へのバージョンアップ画面に毎回拒否をしていたが、いつの間にか勝手にWindows10へOSが切り替えられてしまった。問題はそれから生じた。

◆「押し付け」アップデートの不快

要らないから拒否しているのに無理やりの「押し付け」に、まず不快な思いをさせられたが、不快な思いにとどまらず、不具合まで不随して押し付けられるはめになったから始末におえない。まず起動が遅い。といっても何分もかかるわけではないから、これは我慢すれば実用問題ない範囲ではあるが、以前より「のろくなった」のは気分がよいものではない。そして困ったことにWordなどの初歩的なソフト利用中に、しばしばフリーズ(画面が白くなり固まる)が発生する。毎日のように駄文を綴っているが、こんな現象はWindows10へ「強制連行」されるまでは経験がなかった。コンピューターに詳しい方に話を聞くと、どうやらこの現象は私に限ったことではなく、多くの人が同様の不具合に手間を割かれ迷惑しているとのことだ。

面倒くさいし、細かいことは解らない。そもそも理解しようという意欲がないから、私にとってパソコンはもう進歩して頂かなくて結構だ。いや私だけではなく、人類全体にとってもこれ以上の情報処理技術進歩は幸せをもたらすものではないだろう。ソフト会社の方々は新たなソフトやOSを開発しないと商売にならないのだろうけども、もうこれ以上は要らない。人工知能も予想変換も音声入力も、便利かもわからないけれども、つまるところ人間が体と頭を使って行うべき動作や思考をアウトソーシングしているわけであり、そんなことを当たり前に続けていればますます、生物として人間の感覚や行動域、思考が退行してゆくのではないか。

◆利便性や幸福をもたらすために科学技術が常に進歩するわけではない

利便性や幸福をもたらすために科学技術が常に進歩するわけではない。科学技術の進歩は無思想であり、利益と打算、直近の成果が開発者にとっては尺度である。であるゆえに、世紀の大開発ともてはやされる「iPS万能細胞」にも私は疑念を持つ。困難な病に日々苦しむ方々が新薬や「iPS万能細胞」に期待を寄せておられることを承知の上でも疑念は消せない。

万能細胞と遺伝子組み換え技術を軍事的な視点から合体させたらどうなるだろうか。これは夢想ではない。第二次大戦中にヒットラーは北方優越民族(純血のゲルマン人)を創出するために、体格、外見がゲルマン民族として優れた若者を秘密裏に交接させ、「スーパーゲルマン」創出を実際に行っていた。

敗戦によりその目論見は短期間で終了したけれども、今日の為政者の立場で試考してみればどうだろうか。科学技術自体は無思想だが、その開発に関わる人間には思想がある。世界から注目を集める山中伸弥京都大学iPS細胞研究所所長が月刊『HANADA』に登場し、櫻井よしこに歴史を尋ねている。歴史を尋ねる相手がなぜ、極端な歴史修正主義者の櫻井よしこなのか。山中氏はその行為をなぜ全く躊躇していないのか。私には合点がいく。

◆テクノロジー依拠は最小限にとどめる

パソコン、スマートフォン依存による退行は既に散見される。高校の英語の授業では電子辞書が当たり前のように使われているし、タブレットやスマートフォンに向かって「この近くで美味しいランチ」などと急に横で声を出されると、びっくりすることがある。電車の中で携帯電話の通話をするな、というのがこの国の標準的なマナーとされているけれども、小声ならべつに構わないんじゃないか。大声で井戸端会議をやるおばさんたちの規制の方が優先順位は先だと思うが、間違いか。

「近くの美味しいランチ」を探すのはかまわないが、それくらいはタイプしてもたかが数文字じゃないか。音声入力に慣れた方にとっては、たかが数文字のタイピングが面倒なのだろうか。私にはよくわからないけれども、利便性をまとった人間の機能低下を生じさせるテクノロジーの接近にはかなりの注意が必要だと感じさせられる。

と言いながら上記主張とは正反対に、年賀状の作成をパソコンに委ねる私が、何を言っても説得力は無きに等しいか。今年は老化を痛感する身体を、それでも最大限に使ってゆかなければならない、そうでなければ「顰蹙を買う文章を書け!(松岡氏から賜った私の使命)」すら果たせなくなるかもしれない。吠え続けるためにテクノロジー依拠は最小限にとどめようと思う。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年2月号
『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』

俺の名は。

初詣の人波に溢れる、四谷の神社であの人とすれちがった。わたしは下り、あの人は参道から階段に歩を進めてきた。わかった。なぜだかわかった。あの人がやってくる。思い出せない。なんで? あの人なのに。あの人の名前は……。

眼光鋭い狼三頭が低い咆哮をあげている。雪化粧こそないが凍てついた赤い大地が牙をむく大陸の上で。ずっとずっとさがしていた彼らはサソリのような生命力でようやくわたしの前に現れてくれた。人間だった彼らが狼に変容したって、わたしにはなんの不思議もない。彼らは彼らとして生き抜くなかで、狼に転化しただけのことだ。ひっきりなしにほほに吹き付ける寒風の中で、わたしは赤い大地に立つ狼たちとの距離を詰める。隆々とした筋肉を剛毛の下にたくわえた狼たちの息づかいが聞こえてきた。

語っているのだろうか、成就を。あるいは一時の休息か。彼らは40年も前のわたしたちへの約束を果たし終えた。年末、小伝馬町の職場で同僚が迷惑そうにニュース画面を見ながら交わす雑談を聞き、わたしは体の震えを止めることはできなかった。生きていたのか? 自由でいたのか? あの約束を40年も追いかけていたのか? そして成就したのか?

わたしはなにを差し置いても自分が会いに行かねばならない「義務」を直感した。その日の定時前、課長へ休暇願のメールを送った。理由は「海外旅行に出かけるため」とした。課長からは「普段年休もとらないあなたが急に珍しいですね。仕事の心配は要りませんからどうぞ良い旅を」と返信をもらった。

妻には「古い友達が急に亡くなった」とだけ告げた。「何言ってるのよ、お父さん! お正月どうするのよ! 誰なの古い友達って? 子供たちはどうするのよ! お年玉は?」帰宅して早速旅支度をはじめると妻はまくしたてた。

「おまえに任すよ、ぜんぶ」と言いながら妻を抱きしめた。「なによ! どうしたの…… 変よ……」背中に回した手の力を強める。いい家庭だった。手の力を緩め、銀行でおろした1000万円と生命保険証書を入れた虎屋の羊羹箱がはいった紙袋を目で示した。「お年玉とお義母さんへの羊羹だ。これで勘弁してくれ。3日には戻るよ」あとは聞かずに家を出た。

大陸だ。赤い牙をむく大陸だ。だがどこなんだ。手がかりは彼らの遠い仲間から何年か前に「中国で彼らを見た」噂があると耳にしたことだけだった。そこから先どうやってここへたどり着いたのかは夢を見ているようでさだかではない。でも嘘じゃない。嘘だというなら目の前にいる三頭の狼の息づかいがまぼろしだ、と否定してもらわなければならない。

白い吐息と獣の匂いすら感じる距離に身を寄せた。「いいか、計画だ。計画の緻密さがなければ絶対に失敗する。ここ数年奴の行動パターンを全て調べたらこれしかない」、「人生は5年後ごとに計画をたてろ。人間の生きる意味はその中で徐々に解ってくる。目標のない人生は無意味だ」、「お前な、向いているんだよ。性格が。好きとか嫌いとか、分からなくていい。俺が保証する。お前には最適な仕事なんだよ」

三人がわたしに投げかけた言葉が蘇る。わたしは堪えきれなくなった。「おい、やったのか? やれたのか? 本当か?」。低い咆哮がさらにオクターブを下げてわたしに視線を合わせた。こいつはM.Mだ。間違いない。「人生は5年後ごとに計画をたてろ。人間の生きる意味はその中で徐々に解ってくる。目標のない人生は無意味だ」とわたしたちを諭したM.M。「やったさ。やり遂げたよ。見ろ俺たちを。狼になったろう。綺麗ごとばかりじゃなかったさ。地べたをはいつくばって恥ずかしいまねだって厭わなかったよ。でもやったんだ。俺たちはな」

「お前の方が辛かったんじゃないのか」。こいつの繊細さも昔と変わらない。M.Dだ。「体を悪くしたと聞いたが」、「なに言ってるんだ。俺はこの通りだ。本当の狼になったんだよ。まんざら悪くもない」。その声を聞き終える前に喉に強い痛みが走った。わかっている。T.Tがわたしに牙を立てたのだ。低い振動を伴う咆哮はT.Tだ。「なぜ、今頃ここに来た。お前がここに来れば俺がお前を許しちゃおかないことはわかっていたはずだ」。わかっていたさ。わかっていたって人間には行かなきゃいけない時がある。暮れの小伝馬町で彼らの「勝利」を耳にした時、私はT.Tに会いに行くと即座に決めた。こうなることもわかっていた。

「ありがとうよ。死ななくてよかった。本当によかった」 声帯を噛み切られたので言葉は出ない。かまわない。食いちぎれ。闘い続けたT.Tよわたしを噛み切るんだ! 消えゆく意識の中で背中が大地を感じた。M.Dが胴体の剛毛を総毛立たせながら天に向かい大団円の咆哮を叫んでいる。赤い地表が揺れる。M.Dの怒号が赤い地表を激震させる。

あの人がわたしと交差してそのまま彼方に向かう前、わたしは逆を向き階段を駆け上る。あの人の背中に手をのばした。振り向いたあの人は何のことだか、意味も解らずきょとんとしている。思い出せない? ダイヤモンドの後悔と逡巡、あの人がいつも口にした「希望」、「未来」。一緒に肩を落とした荒川の土手。三頭の狼と化身したあなたと仲間たち。40年を生き抜いて栄達した狼から、また人間にもどったあなた。

「どなたですか?」
「わたしですか? わたしは……」
「俺の名は『田所敏夫』ですが」

正月4日だというのに京都市美術館は人で溢れている。「最近のお父さんどうかしてるよ。急に居なくなったと思ったら翌日帰って来て『正月は京都旅行だ!』なんて」、まんざらでもなさそうに妻が子供たちに同意をもとめる。

後ろから押され、子供の手を引きながら、ひときわ人だかりの多い絵の前にやって来た。「文部科学大臣賞受賞」の肩書に歩みが止まるのだろう。ここは赤い大地ではない。人混みの熱で汗をかきそうだ。

「おい、ガラでもないぜ」最高位を獲得した三頭の狼が少しはにかんでわたしに微笑んだ。「いいんだよ。やったんだ。やってくれたんだ」 こころでだけ語りかけようとしたら、不覚にも落涙していた。「俺たちはやったぜ。次はお前だぜ。わかってるだろうな」饒舌な狼は交信を止めない。「わかっているさ。わかっている・・・」、「お前の『絶望癖』も何とかなるか」、どこまでも細かいM.D。

俺の名は「田所敏夫」。今年は俺がお前らの後塵を追って「希望」を作るさ。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』
7日発売!タブーなきスキャンダルマガジン『紙の爆弾』2017年2月号!

2016年に花言葉は添えない──せめて自分自身を失わないように

鹿砦社特別取材班『ヘイトと暴力の連鎖 反原連―SEALDs―しばき隊―カウンター 』(7月14日刊)

「年々時間の進むスピードが上がって行く」。年を重ねた人は異口同音にそういう。つい数カ月前に大晦日の原稿を書いたような気分でいる私などはその典型といえよう(それは昨年大晦日の原稿だった)。

果てしなく続く6年間と思われた小学校児童時代の時間経過は確かにゆっくりしていた。学校からの下校道は2キロもなかったろうが、道端に咲く雑草を眺めたり、捨てられた空き缶を手に取ったり、ガキ大将と鉢合わせしないように気を遣ったり、子供ながらにあれこれ思いを巡らす道のりだった。家に帰れば遊びに出かける。草野球をしたり、友人宅にお邪魔したり、夕食前に家に帰るまでのせいぜい数時間。あの楽しい時間の繰り返しすら、その連続が永久に続くのではないかと感じられた記憶がある。

◆大欺瞞の目白押し──オバマ広島訪問と安倍真珠湾訪問

ひるがえって、今年である。実に大きな事件や災害が多発した。記憶されるべき大災害や、歴史に正しく残すべき大欺瞞も目白押しだった。ところがどうだろう。報道は事件・事故の賞味期限を従来の半分以下に切り下げているし、重大な悪意についての発掘は、タブー化し、伝えられる分量は最小限に留められ、しかもその真相は歪められる。象徴的な例を挙げればバラク・オバマ米国大統領の広島訪問と、昨日安倍の真珠湾訪問だ。

『NO NUKES voice 』vol.8【特集】分断される福島──権利のための闘争(5月25日刊)

私はバラク・オバマが全く謝罪を行わずに広島を訪問したことは、もっと批判の的になるべきだと考えていたが、大方の報道はそうではなかった。大統領任期残りもわずかになり、どうやら後釜はヒラリー・クリントンで落ち着きそうだ。就任時に「ノーベル平和賞」を受賞している身としては、なにか一つくらい「歴史に名を残す」芝居を打っておきたかったのだろう。そういう見え透いたスタンドプレーがトランプ当選というしっぺ返しになって、米国の民主党陣営に殴打をくらわしたのだ。バラク・オバマは歴史に対する向き合い方が浅すぎたのだ。

後年の歴史教科書には平たい記述で「米国オバマ大統領広島訪問」が残るかもしれない。しかしそれには何の意味もない。安倍首相の真珠湾訪問と同様だ。「和解」だ「寛容」だと中和がいくらでも可能な言葉を連発しても「宣戦布告無き真珠湾攻撃」への反省の言葉は一つもない。もっとも米国ははなから日本を見下しているし、安倍の飼い犬ぶりにはご満悦であろうから、安倍が何を語ろうとも、真珠湾訪問は米国では「歴史」にすら取り上げられはしない。

◆「歴史的愚行」が注視の対象とすらならない

本籍地のある温泉にプーチン、ロシア大統領を招いた、あの会談は何だったのか。それ以前に約束した1兆2000億円の経済協力にもかかわらず、予想通り北方領土返還については、まったく進展がなかった。あるはずがないであろうことはこのコラムで事前に指摘したとおりだ。安倍政権の無能・無益外交こそは徹底的に掘り下げて検証・報道されるべきだが、この「歴史的愚行」は不思議なことに注視の対象とはならない。

 
『NO NUKES voice』vol.9【特集】いのちの闘い──再稼働・裁判・被曝の最前線(8月29日刊)

◆熊本、鳥取、福島、茨城──おさまる気配はない大地の激震

熊本では史上最多の余震数を記録する大地震が発生した。都市部でもまだ手付かずで行政による「危険立ち入り禁止」のシールが貼られた家屋が目立つ。少し郊外に出れば地面の形が変形してしまって、どうやって再建するのか、できるのか気がかりな地域が広がる。鳥取でも大地震があった。そして福島では津波注意報が出されるほど大きな地震が、昨日は茨城県北部で震度6弱。阿蘇山は大噴火するし、地震のあと熊本は大雨による水害にも襲われた。大地の激震がおさまる気配はない。

◆モハメッド・アリも逝った

突如博多駅前には大穴が空き、ハローウィンには渋谷に、ゾンビや骸骨の仮装をした若者があふれんばかりに集まった。坂本九の「上を向いて歩こう」で世界的ヒットを飛ばした永六輔。ジャズ、麻雀、競馬、スポーツ、おおよそ遊びのことなら何でも知っていた大橋巨泉が鬼籍にはいった。

本名カシアス・クレー、モハメッド・アリも逝った。兵役を拒否しマルコムXによって覚醒させられ、ブラックパンサーと歩を合わせたアリの衝撃は、1996年のアトランタオリンピック開会式にアリが現れた時点で過去のものになっていたけれども、ご丁寧に2012年のロンドンオリンピックにまで引っ張り出されていた。アリの若かりし頃の「危険度」を知る世界は、アリを徹底的に「体制内化」し終えた姿を何度も世界に発信せずにはいられなかったのだろう。彼には語られるべき「歴史」があった。

鹿砦社特別取材班『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(11月17日刊)

◆散々な年だった。花言葉は添えない

さて、今年も残りがなくなった。SMAPが紅白歌合戦に出るか出ないかを、社会問題のように年末は一般紙までが伝えていた。四半世紀にわたり、人びとの白痴化進行の役割を担ってきたSMAPを私は言葉通り「忌み嫌う」。40代、50代になってもコンサートチケットを入手するためにファンクラブに入り、会場ではキャーキャー大声を上げる方々に、私は容赦のない蔑みの視線を送る。ある女性国会議員が「私たちの世代でSMAPを嫌いな人っていないと思うんですよね」とのたまっていた。バカもたいがいにしろ!と口ごもったが、29日京都新聞はなんと社説(!)で「SMAP解散 理由語らず寂しい終末」を説いている。

転がる、転がる。歴史は転がる。事象の軽重ではなく、虚勢と理由を問わせない「劣化した無思想」の集合体によって。希望なんかどこにもありはしない。目の前にはチョモランマよりも高い絶望の山がそびえたっている。

「2016年も人間の作る悲惨な歴史の中に終わろうとしています」の書き出しで先日尊敬する先輩から便りをいただいた。同感だ。散々な年だった。花言葉は添えない。歴史が乱暴に加速する中で、せめて自分自身を失わないように心しよう。来年はきっともっと厳しい年になるだろうから。

本年もデジタル鹿砦社通信をご愛読頂きまして、誠にありがとうございました。皆様にご多幸あらんことをお祈りいたします。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』vol.10【特集】基地・原発・震災・闘いの現場──沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎(12月15日刊)

2016年の『NO NUKES voice』──福島も沖縄も蟻のように粘り強く、あきらめず

下地真樹さん(阪南大学経済学部准教授)

◆3・11から5年目の現実と社会運動の行方を探る──『NO NUKES voice』7号

取材日は2015年12月28日、つまり昨年の師走になるが、阪南大学の下地真樹先生には逮捕まで経験された中で、見えてきた独自の運動感や視点を語って頂いた。予想よりもはるかに慎重で注意深い洞察をなさるお話が印象に残っている。

本年1月24日は高浜原発再稼働反対の現地全国集会に参加した。豪雪の予報に反して好天のなかでデモと集会が行われた。やはり寒かったが、参加者の熱が心を暖めてくれた。1月27日には関西電力本店前での抗議行動にも参加した。多彩な参加者の顔があったけれども、ビル街を吹き抜ける風が北陸の風よりも冷酷に思えた。この関連の記事は『NO NUKES voice』第7号で報告した。

田所敏夫「高浜原発再稼働反対行動1・24から1・27全国集会に参加して」(『NO NUKES voice』07号より)
福井県小浜市明通寺の中嶌哲演住職

◆仏教者として反原発を闘う中嶌哲演住職──『NO NUKES voice』8号

福井に向かう山道はまだ所々に残雪があり、路面凍結部分もあった。そう、まだかなり寒い時期に明通寺ご住職の中嶌哲演さんにはお話を伺った。幾度もお顔を拝見してはいたが、初対面であったのに、気が付けば3時間以上もお付き合い頂いていた。中嶌さんのお話は仏教者として原発に長年取り組んできた重みと、人間に対する厳しさと同時に優しい眼差しに溢れていた。

長時間お話頂いたあとに「ちょっとお痩せになったのではありませんか」とうかがうと、「実は先月母が亡くなったもので……」と大変な時期にお邪魔していたことを知ることとになり、調子に乗って長時間お話を伺った自分を恥じた。今後の取材ではお話を伺う方のメッセージを伝えることもさることながら、その方のご体調にも気を配るべきだと反省した。

〈メディアの危機〉の前線で抗い続けるTBS「報道特集」キャスターの金平茂紀さん(『NO NUKES voice』08号より)

◆徹底した現場主義の報道人・金平茂紀さん──『NO NUKES voice』8号

TBS報道の顔、金平茂紀さんに小島編集長とともにお話を伺ったのは3月30日だった。翌日を最後に執行役員から解かれることは知っていたが、そのことについて金平氏はもう諦観しているようだった。

紙面には表れている以上に金平氏の言葉は率直だった。人物批判は容赦ないし、テレビの現状、政治状況についての見解も極めて先鋭だ。よくこれで『報道特集』のキャスターが勤まるなぁ、画面の中で見せるバランス感覚は天性のものだなぁと感心したが、その裏には徹底した現場主義、報道人として身についた(当たり前のことであるが、その当たり前ではない報道人が多い中彼の存在が光る)反射的行動と嗅覚にはインタビュー中も、こちら側がやや緊張させられた。

もっとも冷蔵庫から取り出して振る舞って頂いた500mアルミ缶入りの「さんぴん茶」を飲み干すことが出来ず、あの残りがどうなったのか、ご迷惑をおかけしたことが妙に気にかかっている。

◆「世に倦む日日」田中さんと松岡発行人の《爆弾対談》──『NO NUKES voice』8号

そして、その後大議論を引き起こす、《爆弾対談》田中宏和さん(「世に倦む日日」主宰者)×松岡利康(本誌発行人)3・11以降の反原連・しばき隊・SEALDs。この対談も長時間にわたり、その後鹿砦社が直面することになる「あの問題」への入り口だった(あえてこれ以上深くは触れない)。『NO NUKES voice』第8号編集過程でも貴重な経験をたくさんさせて頂いた。

「世に倦む日日」田中宏和さんと松岡発行人による《爆弾対談》(『NO NUKES voice』08号より)
アイリーン・美緒子・スミスさん(グリーン・アクション代表)

◆根っからの市民活動家、アイリーン・美緒子・スミスさん──『NO NUKES voice』9号

私的にはニアミスが数えきれないほどあったアイリーン・美緒子・スミスさんのお話も刺激的だった。根っからの市民活動家のアイリーンさん。インタビューにお邪魔すると事務所には可愛いお子さんが眠っている。アイリーンさんのお孫さんだった。インタビュー前に雑用を全て済ませて、「はい、お待たせしましたいいですよ」と、向き合ってくださったアイリーンさんは微笑ましい顔をしながら、頭脳の中では「戦闘モード」に切り替わっていた。反応が早い。ポイントを外さない。感情的批判はしない。停滞を嘆かない……。多くの要諦を教わった。

インタビューを終えて写真撮影に映り「私の腕にしては良く撮れました」と写真を示したら「あ!これイイ!結構美人じゃん!」とスイッチはすっかりオフになっていた。素敵な人だった。

◆法曹界の「ミスター反原発」井戸謙一さん──『NO NUKES voice』9号

予想通りと言えば予想通り、恐るべき頭脳と良心を兼ね備えたのが「稼働中の原発運転停止」判決を出した男、法曹界の「ミスター反原発」井戸謙一弁護士だった。井戸弁護士の強さは法的な側面だけでなく、技術的、科学的にも非常に高度な知識を有しておられることだろう。そして原発問題に限らず冷静な「在野精神」の持ち主だと感じた。井戸氏のような裁判官が増えれば、日本司法も少しは信用が増すことだろう(そんなことは金輪際あり得ないだろうけれども)と強く感じた。『NO NUKES voice』第9号での私の関わりは上記2氏だ。

井戸謙一さんインタビュー(『NO NUKES voice』09号より)
不当逮捕で長期勾留されている山城博治さんの一刻も早い釈放を!(『NO NUKES voice』10号より)

◆山城博治さんと大城悟さんに沖縄の声を聞く──『NO NUKES voice』10号

これまでも「福島・沖縄」をテーマに特集を組んだが『NO NUKES voice』第10号では沖縄平和運動センター議長の山城博治さん、事務局長の大城悟さんに名護市の闘争現場でお話を伺った。

また、熊本『琉球の風』でご縁を頂いた元憂歌団の内田勘太郎さんにも松岡社長とともにお話を聞くことが出来た。それぞれの方のお話は現在書店に並んでいる『NO NUKES voice』第10号でご覧頂きたい。これまで他の媒体では紹介されることのなかった、アプローチになっていると自負している。

鹿児島知事選挙では「再稼動反対」を掲げた三反園訓が当選し、反(脱原発)陣営は勝利に沸いたのだけれども、「三反園」は裏切るとの私の予想は不幸にも的中してしまった。しかし選挙で示された「再稼働反対」の民意が揺らいでいるわけではない。三反園よ、恥を知れ、と言っておこう。

他方、新潟では泉田知事不出馬を受けて急遽野党統一候補(民進は自由投票)で出馬した米山隆一氏がよもやの大勝利を収めた。新潟の与党、青年会議所、農協が束になって担いだ森民夫の勝利は動かないかと思われたが、6万票以上の差をつけて米山氏は当選した。彼は三反園のように軽率に裏切ることはないだろう。新潟県民はまだ中越地震の恐怖を忘れてはいない。

経産省前テントが深夜、強制執行で撤去され、小池百合子が都知事に就任すると、一気に「東京オリンピック」がらみのニュースで報道はかき乱されている感があるが、その中ようやく12月20日政府は「もんじゅ」廃炉を決定した。遅きに失したとはいえ、ようやく1兆円以上を費やして、事故しか起こさなかった「危険物」でしかない「もんじゅ」が廃炉に向かって動き出すことが決まった。

長年にわたる反対運動が2016年の年末に勝ち取った福音だ。しかし政府は「新しい施設の研究を始める」と言っているし、福井県知事は「そんなのいやだぁ」と駄々をこねている。こういう幼児並みの連中は早々に現役から退くか、不信任を突きつけたいところだが、私たち小市民には蟻のような力しかない。粘り強く、あきらめず、来年も反(脱)原発の声を取り上げ、わずかづつでも前進をしてゆきたいと切に思う。

「運動なんか無駄だ」と冷めた声にぶつかることも多いが、ベトナムに売りつけるはずの原発の商談が破談になったように、思わぬところで地道な運動は勝利の萌芽を見せ始めてもいる。あきらめず、粘りづよく。来年も『NO NUKES voice』をよろしくお願いいたします。

山城博治さん「差別と犠牲を強要する流れは沖縄だけに限らない」(『NO NUKES voice』10号より)

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

『NO NUKES voice』10号【創刊10号記念特集】基地・原発・震災・闘いの現場──沖縄、福島、熊本、泊、釜ヶ崎

2016年の鹿砦社 『ヘイトと暴力の連鎖』『反差別と暴力の正体』をめぐる疾風怒濤

 
 

 
 身の丈を考えれば、形にすることが出来るのか、仮にできたとしても、詰め込む火薬の量は不足がないか、不安がなかったわけではないが乗りかかった船だ、後戻りは選択肢にはなかった。

◆反原連からの絶縁状と「しばき隊」社員の解雇

2015年12月2日、一方的に反原連から絶縁状を突き付けられた鹿砦社は、くしくも翌日この界隈「しばき隊」の重鎮である元社員を解雇することになる(後から振り返れば、このタイミングは双方にとって偶然ではあるが象徴的でもあった)。理由は職務時間中に膨大な量の私的ツイッターを行っていたこと、その中には企業恫喝まがいの内容や鹿砦社を毀損する書き込みが多数含まれていたことだ。

言論を主戦場にしている出版社にとって、社員の個人的意見は最大限尊重されるべきではあるが、本務と全く無関係な「趣味」に多大な時間を割くことは、明確な就業規則違反であるので、この処分は致し方なかったが、まさかその数か月後に彼らの「最暗部」を突き付けられることになろうとは思いいたることもなかった。今日では言わずと知れた「M君リンチ事件」だ。

◆「M君リンチ事件」の衝撃

複数筋から持ち込まれた、この事件の情報を前に正直私たちは、背筋が凍る思いがした。しかし、持ち込まれた情報を精査してゆくうちに、事件はただならぬ背景を帯びていることが明らかになった。反原連との腐れ縁を、あちら側から「絶縁」してもらい、他の方はどうか知らないが、私は結果的に僥倖だったと感じていたが、それどころではない大事件に直面することになった。

今だから明かすが、当初は鹿砦社のような小規模出版社ではなく、中央のマスメディアで取り上げられるべき「事件」であろうと考えていた。なにせ被害者は「死んでもおかしくない」(医師の見解)暴力を受けており、事件発生直後に110番通報をしていれば、加害者たちは確実に現行犯逮捕されたに違いない。被害者M君の話を聞き、周辺関係者に取材を進める中で「これは鹿砦社が引き受けざるを得ない」覚悟が次第に固まってきた。取材に取り組むライターや資料を整理する人員も数人ではこなせないので、鹿砦社としては異例規模の「特別取材班」が立ち上がり、私自身も加わった。

当初はネット上での攻防も盛んであったが、「特別取材班」はあえて、ネットを戦場から除外した。その主たる理由は対抗する「しばき隊」が、事実がまったくない事柄でもでっち上げ、それを多数で盛り上げることにより、あたかも実在する(した)かのように作り上げる手法を得手としていることを早期に発見したからだ。

私たちは、一義的に文字媒体での発信を重視することに力点を置いた。しかしながら深夜に、本来漏洩するはずのない情報や、証拠などがネット上を駆け巡ることがたびたび発生した。情報を見つけた「特別取材班」のメンバーは共有のために、全取材班に速やかに連絡を行い、対策を協議する。眠れぬ夜を数多く過ごしたのが春から初夏にかけてであった。

◆7月14日『ヘイトと暴力の連鎖』発刊

7月14日『ヘイトと暴力の連鎖』を発刊。今読み返せば至らぬ点も見当たるが、初めて「M君リンチ事件」の情報に接して3か月余りで『ヘイトと暴力の連鎖』を世に出せたことについては、それなりの評価を得ることができ、初版は完売。重版するまでに注目が集まった。これほどたくさんの方々に読んでいただけた理由の一つには、同書の衝撃的な内容もさることながら、これまでまともに「しばき隊」現象に踏み込んだ書籍がほぼ皆無であったことも挙げられるだろう。

「反原連」、「しばき隊」、「SEALDs」、「C.R.A.C」などが類似した行動形態を持っていることは、なんとなく感じられていたが、それらを牛耳る中心人物が実は同一の集団であり、国会議員、大学教員、知識人、弁護士などを巻き込みながら、隠れ蓑を被った一大勢力にまで膨張していることを知り、取材班の中には恐怖感を訴える者も出た。しかし、繰り返しになるが「乗りかかった船」をおりるわけにはいかない。「M君リンチ事件」だけでも十分に大事件だが、彼らの行動様式を知れば知るほど、そのファナティックさ、唯我独尊さが危険極まりないものであることが認識された。

◆警察と結託する「下からのFascism」実践者たち

当初は目前に現れた、被害者M君の事件実態を明らかにし、その問題点を炙り出すことに焦点を置いていた特別取材班は、取材を進める中で、その取材方針は間違いではないもの、さらに広い視野でこの現象をとらえる必要性を感じはじめた。

 
 

彼らは「反差別」、「反安保法制」、「難民歓迎」、「反原発」、「マイノリティー擁護」、「沖縄基地反対」と一見耳障りの良い主張を展開してはいるけれども、その現場では警察と結託し、彼らと主張の異なる人々を「こいつら逮捕してくださいよ!」と機動隊に懇願する本質を有していた。これは少なくとも「市民運動」では絶対に許されない、過去の歴史にも恐らくない破廉恥な行為だ。そして実際に逮捕者が出ると彼らは拍手をして「お巡りさんありがとう!」と声を挙げる。

なんだこいつら!! どこが「Anti-Fascism」なんだ。逆だろう。彼らこそ誰に命令されることもなく、抗議行動参加者を「意見が違う」というだけで警察に差し出す「下からのFascism」実践者ではないか。「民間Fascism」と言い換えてもいいだろう。そうであるから彼らの行動は《Fascism》が必ず包含する「排除主義」、「排外主義」に陥っていくことは必然であり、その犠牲者としてM君は苛烈なリンチ被害を受けることになったのだ。

◆「M君リンチ事件」の隠蔽に関わった多数の著名人

『ヘイトと暴力の連鎖』発刊後、鹿砦社には多様な情報が寄せられるようになった。そして、手持ち資料の中に超ド級の資料も発見される。元社員が解雇に際して、おそらく必死の思いで抹消を試みたと思われる、「しばき隊」中心人物たちとの間で交わした膨大な量のメールだ。

その一部を目にした社長松岡の怒りは察して余りある。「M君リンチ事件」の隠蔽と正当化を図る「説明テンプレ」や誰がどの人間にそれを説明するか、の役割分担まで詳細に割り振られた「声掛けリスト」はこれ以上ない「組織的隠蔽と正当化」を示す証拠として、彼らの悪辣な行為を雄弁に証明している。

有田芳生参議院議員にはじまり、安田浩一、西岡研介といった有名ジャーナリストや複数弁護士、大和証券部長で身分がばれた人物まで、数多くの主要人物の名前が収められたこのリストを目にしたとき、取材班一同は「やはり…… しかし、まさかここまで」と、呆れかえったものだ。

◆11月17日『反差別と暴力の正体』を発刊

「徹底的に洗え!」松岡の指示のもと、取材班は40名(団体含む)へ質問状を送付し、主として「M君リンチ事件」への見解を伺った。まともな回答を返してくれたのは、『週刊金曜日』発行人の北村肇氏と『人民新聞』の山田洋一氏の二人だけだった。盛り込みたい証拠や情報は次から次へと現れる。しかし紙面の限界も考えなければならい。寺澤有氏は独自取材で駆け回って頂き限られた時間でほぼやれることはやり尽くし11月17日書店に並んだ『反差別と暴力の正体』は『ヘイトと暴力の連鎖』にも増して、大きな衝撃を呼んでいる。

その間にM君はツイッターで彼の名前と所属大学を明かし、幾度も誹謗中傷を繰り返した野間易通氏を5月24日名誉毀損で、7月4日李信恵氏をはじめ、エル金、凡(ともにツイッターアカウント名)、伊藤大介、松本英一の5氏に対して損害賠償の提訴を大阪地裁に行った。2つの裁判ともこれまでに複数回の期日が開かれ、対野間氏裁判は次回2月3日で結審する模様だ。

◆疾風怒濤は2017年も続く

疾風怒濤で1年が過ぎ去った感がある。まさか2016年鹿砦社がエネルギーを割く対象が「彼ら」になろうとは予想だにしなかったし、その結果一部とはいえ社会から強い注目を浴びることになろうとなど望んではいなかった。2016年鹿砦社に与えられたミッションの1つは、期せずしてやってきた「M君リンチ事件」と正面から取り組み、「下からのFascism」をけん引する勢力との全面対決だった。

2冊を世に出し、特別取材班は一息ついている。しかし一息つきながらも年末年始をゆっくりと過ごせそうにない。なぜならば『反差別と暴力の正体』を超える重大情報の山の解析に余念がないからだ。「次は死者が出ますよ」M君の言葉を現実のものにしないために資料の山との格闘は当分終わりそうにない。

(鹿砦社特別取材班)

『ヘイトと暴力の連鎖 反原連-SEALDs-しばき隊-カウンター』(紙の爆弾2016年7月号増刊。7月14日発売。定価540円)
『反差別と暴力の正体――暴力カルト化したカウンター-しばき隊の実態』(紙の爆弾2016年12月号増刊。11月17日発売。定価950円)