再審無罪の大阪養女レイプ冤罪事件 国賠訴訟で判明した深層 片岡 健

今から6年ほど前、養女を強姦した濡れ衣を着せられた大阪の男性が再審で無罪を勝ち取ったニュースが話題になったことがあった。

男性は、大阪市西淀川区の市営住宅で妻と2人で暮らしていた杉岡光春さん(仮名、70代)。2008年の秋、当時一緒に暮らしていた14歳の養女・雪乃さん(仮名)に「強姦された」と告訴され、無実を訴えたが、裁判では懲役12年の判決を受けて服役。2014年になり、雪乃さんが「私が訴えた強姦被害は嘘でした」と打ち明け、2015年10月に再審で無罪判決を受けたが、結果的に6年余りも獄中生活を強いられた。

この事件は当時、まれに見る酷い冤罪であるかのように大きく報道された。

そもそも、雪乃さんは杉岡さんにとって、妻の連れ子の娘であり、戸籍上は養女だが、孫娘にあたる存在だ。そんな少女を強姦した濡れ衣を着せられただけでも相当酷い話だ。

しかも、雪乃さんが「強姦被害は嘘だった」と告白後の再捜査では、捜査段階に雪乃さんが母親に病院に連れて行かれ、「処女膜が破れていない」と診断されていたことも明らかに。つまり、警察や検察がその事実を見過ごして杉岡さんを立件し、杉岡さんは裁判で有罪判決を受けたのだ。こんな話を聞けば、誰もが同情を禁じ得ないだろう。

ところがその後、杉岡さんが大阪府と国を相手取り、合計約1億4000万円の国家賠償を請求する訴訟を大阪地裁に起こしたところ、審理の中で意外な事件の実相が明らかになった。

杉岡さんはすでにこの国賠訴訟で一、二審共に敗訴していたが、このほど最高裁で上告を退けられ、敗訴が確定したので、この機会にこの事件の深層を報告しておきたい。

メディアは男性が国賠訴訟で敗訴したことを同情的に報じたが…(朝日新聞デジタル2019年1月9日配信記事)

◆冤罪以前に犯していた過ち

国賠訴訟の記録によると、杉岡さんは雪乃さんに対する強姦罪に問われた刑事裁判の第一審の被告人質問で、弁護人とこんなやりとりをしていたという。

弁護人「あなたは、雪乃さんの母親である久美さん(仮名)とは性的な関係があったのですか?」

杉岡 「はい。これは本当に申し訳ないのですが、過去の大きな出来事です」

弁護人「久美さんの証言では、小5から高1にかけてのことだったそうですが、そういう記憶はありますか?」

杉岡 「すぐに記憶が出てきませんが…期間は2、3年はあったでしょうね」

これは、要するにこういうことだ。杉岡さんは、養女・雪乃さんが14歳の時に強姦した罪については、確かに冤罪だった。しかし一方で、妻の連れ子であり、雪乃さんの母親である久美さんに対しては、久美さんが小5から高1の頃に性交を繰り返していたのだ。

日本の法律では、13歳未満の男女と性交すれば、相手が同意していても強姦罪(現在の罪名は強制性交等罪)が成立する。つまり杉岡さんは、養女の雪乃さんを強姦したという容疑は冤罪だったが、雪乃さんの母親の久美さんに対しては犯罪になりうる性行為を行っていたわけだ。

事実関係を見ると、そもそも、14歳だった雪乃さんが杉岡さんに強姦されたと嘘をついたのは、母の久美さんが少女時代に杉岡さんに性交をされていたのが遠因のようだ。

というのも、雪乃さんがある日、「(杉岡さんに)お尻を触られた」と大伯母(杉岡さんの妻の姉)に訴えたところ、これを伝え聞いた久美さんが雪乃さんを「他にも何かされたのではないか」と問い詰めた。久美さんは、杉岡さんが「少女と性交をする男」と知っていたため、娘も自分と同じ被害に遭ったと思い込んだのだ。

そして雪乃さんは何日も母の久美さんから執拗に追及され続けた結果、ついに「強姦された」と虚偽の告白をしてしまったというわけだ。

◆不思議な家族の関係

刑事裁判の第一審の被告人質問の続きを見ると、杉岡さんが久美さんに対して犯していた過ちが詳細につまびらかになっている。

弁護人「最初はどういう経緯で、そのような関係に?」

杉岡 「どちらからともなく…成り行きでそうなりました」

弁護人「頻度はどのくらいだったのですか?」

杉岡 「全部で数回とか10回とかという回数ではなかったです」

弁護人「もっと多かったのですか?」

杉岡 「もっと多かったです」

弁護人「場所はどういうところで?」

杉岡 「家もありますし、車もありますし、何回かラブホテルに行ったこともあります」

弁護人「久美さんとの関係は、奥さんに発覚したそうですが、その経緯は?」

杉岡 「久美が『処女を捧げたんだから、責任をとってくれ』と言い出しまして…」

見ておわかりの通り、杉岡さんは弁護人の質問に曖昧にしか答えていない。自分でも過去の罪が相当恥ずかしかったのだろう。当時は子供だった久美さんに罪を押しつけるような言い方も往生際が悪い印象だ。

それにしても、不思議なのは、この家族の関係だ。

まず、杉岡さんが妻の連れ子である久美さんと性行為をしていたことが発覚しても、妻は杉岡さんと離婚していない。普通はありえないことだ。

また、久美さんも成人後に結婚し、雪乃さんのほかにも男の子を出産したのちに離婚しているのだが、その際、雪乃さんと男の子を杉岡さんに預けている。少女時代の自分と性交していた養父に対し、自分の幼い娘を預けられる感覚も理解しにくいところだ。

取り調べを担当した山吉彩子検事も国賠訴訟で証人出廷した際、こう証言している。

「杉岡さんがそういうこと(=幼い久美さんや雪乃さんとの性行為)をしても仕方ないと黙認している家庭環境なのかな? と思っていました」

いずれにせよ、国賠訴訟で杉岡さんが敗訴したのは、この複雑な家庭環境も一因になったことは間違いない。どんな事情があろうとも、冤罪はあってはならないことである。ただ、警察、検察が引き起こした冤罪の責任を問うために起こした国賠訴訟で、杉岡さんが敗訴したのも致し方ないことだったと思う。

▼片岡 健(かたおか けん)
全国各地で新旧様々な事件を取材している。近著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(著者・久保田祥史、発行元・リミアンドテッド)など。

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