わかりやすい!科学の最前線〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか? 安江 博

ドブネズミは、日本中いたるところに生息しています。産業被害や健康被害を未然に防ぐために、日夜、ドブネズミの駆除が続けられています。養豚場での飼料や豚の健康を維持するため、そして、食材を扱うところでの接触に起因するヒトへの健康被害を未然に防ぐために、ドブネズミの駆除は衛生上も欠かせません。しかしながら、ネズミは夜行性の動物です。昼間は、ウロウロすることなく、巣の中でじっとしています。夜になると活動を開始しますので、普通のヒトには発見するのも難しいわけです。専門業者には工夫した発見技術があるでしょうが、「その施設にドブネズミはいない」と確実に判定することは難しいのが現状です。

そこで、我々は、ドブネズミ(種の科学名:Rattus norvegicus)を始め、クマネズミ(Rattus rattus)などのRattus属の動物種を検出するプライマーセットを作製しました。このプイラマ-セットを用いて、野外で、大気中の生物デブリを捕集したサンプルに、ラット由来のデブリが検出できるかを調べました。最初の材料として、前出の養豚場から420メートル離れた場所で捕集した生物デブリから採取したDNAを調べてみました。その結果は、[図4.2]に示しましたが、ラット由来のDNAが検出されました。このことから、ラット、恐らく、ドブネズミが、養豚場もしくは、周辺の野原に生息していることが判りました。

[図4.2]養豚場付近でのドブネズミ(ラット)の検出

次に、この方法を用いて、ある食堂内の空気から生物デブリを捕集し、その中にラットの痕跡見つかるかを検討しました。その結果を[図4.3]に示しました。その食堂が風評被害を受けるといけないので、食堂を特定されないように、画像をぼかしています。この解析から、食堂内の空気デブリにも、ラット由来のものが含まれていたことが判ります。

[図4.3]食堂内での大気中の生物デブリからのドブネズミ(ラット)の検出

ただし、同一のサンプルから2回、別々にPCRを行っていて、一つには検出されていないことから、ラットデブリは極めて少ないと判断されます。ポアソン分布に基づけば、サンプル中に1分子しか存在しない場合は3回に1回しか検出されないとの法則があります。非常に少ないとしても、一度検出されたことから考えられますことは二つあります。一つは、食堂内にラットが生息している可能性、もう一つは食堂の外、つまり野外に生息していた野外のラットデブリが、空気に乗って食堂内に入ってきている可能性です。どちらが正しいかを正確に検証するためには、食堂の外と中での、ラットのデブリ量の差異を調べる必要があります。現段階では、空気中に生物デブリがあるかないかの定性的な解析しかできていませんが、量の差異を調べるには、定量的な解析が必要となります。

こうした大気中の生物デブリの解析を行っている中で、広島大学の西堀先生から、広島県に出没しているクマについて解析できないかとの話がありました。他府県でもそうですが、最近は、クマの出没件数が増加し、人に危害を加える事件も発生しています。クマが特定の地域にどの程度生息しているのかを大気中のクマのデブリを捕捉して、推定したいとのことでした。このためには、「いる」か「いない」かの定性的解析ではなく、どの程度いるかを調べる定量的な解析方法が必要となってきます。この解析方法の開発については、次回述べたいと思います。

◎安江 博 わかりやすい!科学の最前線
〈01〉生き物の根幹にある核酸
〈02〉ヒトのゲノム解析分析の進歩
〈03〉DNAがもたらす光と影[1]
〈04〉DNAがもたらす光と影[2]
〈05〉生物種の生存圏
〈06〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いたアルゼンチンアリの生存圏の解析 静岡市にはまだアルゼンチンアリが生息していた!
〈07〉大気中の生物デブリ捕集装置を用いた、ドブネズミ(ラット属)の生存圏の解析 この環境にドブネズミはいるのか、いないのか?

▼安江 博(やすえ・ひろし)
1949年、大阪生まれ。大阪大学理学研究科博士課程修了(理学博士)。農林水産省・厚生労働省に技官として勤務、愛知県がんセンター主任研究員、農業生物資源研究所、成育医療センターへ出向。フランス(パリINRA)米国(ミネソタ州立大)駐在。筑波大学(農林学系)助教授、同大学(医療系一消化器外科)非常勤講師等を経て、現在(株)つくば遺伝子研究所所長。著書に『一流の前立腺がん患者になれ! 最適な治療を受けるために』(鹿砦社)等

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