エンジニア会社社長の取材は内容が不十分なまま時間が来て終わった。
榛野氏とはこの頃はもう関わりたくないと思っていたので、テープ起こしまでだと値段が違うという話を再度したところエンジニア会社社長からはほとんどお金をもらっていないという話をされた。実際にこれでは1文字1円というかなりの格安仕事になってしまう。これに時間をかけると生活ができないのも事実であり、そういった話も少し大げさにすると「これ以上は出せないんです」と言われるだけだった。後にも先にもライティングのお金が足りないという話をしたのは榛野氏だけである。もうこの人とは二度と関わらないと心に決めていたので、その時は好き勝手に言えた。
カテゴリー: 社会問題一般
「腕を切り落とす」と子どもを脅しても、ニュースにならない時代があった
小学校教諭が、廊下を走った児童に土下座させたとしてニュースになっている。半沢直樹のドラマの影響か知らないが(おそらく関係ないが)一つ土下座のニュースが出ると次々と土下座ニュースが飛び込んでくる。
今はこんなことでニュースになるのが不思議だ。よほど日本は平和なのか。この教諭を庇うつもりは毛頭ないが、これぐらいのことは20~30年前、私が子供の頃はいくらでもあった。よく覚えているのは、入学したての小学1年1学期の事だ。「黒板に書いたことは全部ノートしろ」とガタイの良い先生に言われ、書くのが遅い私は必死にノートを取っていた。途中で「書くのを止めて前を向け」と言ったらしいが、夢中でノートを取っていた私は気付かなかった。突然、先生がツカツカと寄ってきて「戸次!前を向けというのが分からないのか!」と怒鳴りつけられ思いっきり拳骨で殴られた。入学して1ヶ月ぐらいの小1に対してだ。勢いで椅子から転げ落ちた。電信柱に激突した時より痛かった。私はわんわん泣いて次の日から3日ほど休んだ。それから泣き虫というあだ名がつけられたが、特に学校として問題になることも無かった。
おかしくないか、就職難で自殺が増え続ける社会
なんとも悲しい時代だ。NPO法人ライフリンクの調査で、就職活動を行った大学生に対するアンケートによると「本気で死にたいと思った」と回答した人が21%もいた。そして現実に自殺を選んでしまった人は年々増加し、6年前の2.5倍となっている。
本来、就職活動とは学問を修め終わり、蓄えた知識を生かして世に出る時期だ。ところが現代においては殆ど建前となっている。中学を出れば高校に入る。高校を出れば大学に入る。単にその流れの一つでしかない。通う場所が学校から会社になるだけだ。レールに乗リ続けていないとあっという間に出世コースは閉ざされ、非正規、フリーター、無職引きこもりといったものが現実に迫ってくる。中卒と高卒では就ける職に違いがあるし、収入も違う。大卒でも正規雇用と非正規雇用では明らかな差がある。それを「身分」と揶揄する人もいるが、あながち間違いではない。
「若気の至り」と言えるのか、ネットでのお馬鹿行為
若者がツイッターに迷惑行為、犯罪行為を収めた写真をアップロードして、逮捕されたり停学になる事件が相次いでいる。コンビニのアイスケースに入った事件から、先日は学園祭の打ち上げで喫煙、飲酒した高校生18人がまとめて停学になっている。その類のニュースが出る度に馬鹿だなあ、といった声が上がる。当然馬鹿だとは思うが、ただの馬鹿な学生なのかと考えると、少し考える余地がある。
社会的な良識がある普通の大人であれば、馬鹿だ、と簡単に言える。しかし現在大人である人達の殆どは、学生時代にインターネットが無かった世代だ。インターネットが普及したのは、windows95が発売され、テレホーダイサービスが始まった1995年頃からだ。当時はブログサービスも無ければSNSもなく、携帯電話も普及しておらず手軽に持ち運べるカメラなどはなかった。 続きを読む 「若気の至り」と言えるのか、ネットでのお馬鹿行為
天安門テロ事件とウイグル独立運動
2013年10月28日、中国・北京市中心部の天安門で、車が歩道に突っ込んで炎上、5人が死亡し、日本人を含む38人が負傷する事件が発生した。
この事件は、中国から独立を目指すウイグル独立派による「自爆テロ」だと言われている。
ウイグルは本来、〃東トルキスタン〃というのが正式な呼び名であり、ウイグル人は、トルコ人と同じチュルク系民族だ。
その東トルキスタンは、11月11日に独立記念日を迎え、海外に亡命しているウイグル人たちは、この東トルキスタン独立記念日を亡命した各地で祝う式典を開催する。
今回の天安門へ特攻したウイグル人のグループは、まさに東トルキスタン独立を北京で祝う〃祝砲〃だった。
夢見る美女に立ちはだかる政治の壁
コソボ代表とアルバニア代表の姿が見えない! どういう事だ!
ここ数年、ミス・ユニバース世界大会で良い成績を収めている両国が、代表が選出されているにも関わらず、現在ロシアで開催中の世界大会に参加していない。調べてみると、コソボを独立国として認めていないロシア政府により、コソボ代表の受け入れが認められず、それに抗議をする形でアルバニアも世界大会への参加を見送ったというものだ。アルバニアの抗議は、コソボ人口の多くをアルバニア人が占めているからだろう。
この状況に反し、旧ソ連のアゼルバイジャンが初参加となっている。それは単なる偶然かもしれないが、ロシアを取り巻く皮肉に見えて仕方ない。
興味深いのは、アルバニアのナショナル・ディレクター(代表選出の責任者)を務めていたのが、ミス・ユニバースの公式フォトグラファーである、ファディル・ベリシャ氏だという事だ。しかも彼自身がアルバニア人なのである。今年は世界大会のフォトグラファーを務めるのか否か、その動向に注目されていたが、例年と変わらず世界大会の地へと降り立ち、世界各国の美女たちにレンズを向けている。アルバニア代表が参加していない事態にも関わらず、自らは参加という少し残念な選択にも思えるが、昨今のミス・ユニバースのビジュアル的イメージを創り上げているのは、彼の仕業と言っても過言ではない。そこはミス・ユニバース機構との結び付きを優先させたのだろう。
電子書籍による個人出版はどうなんだ!? 企業と揉めたライター奮戦記 22
いくつかのメールのやり取りには、次回の東京出張の日程についても触れてあった。そして、『その日に人を集めて今回の企画について詳しく話をできればと思っています』と書いてあった。
東京出張の日程は3日あり、その中で決めればいつでも合わせるということもあり、日程が2週間後だったので早めに集めようと数人に誘いのメールを送った。私の他に3人ほど居れば助かるとのことだったので3人ぐらいなら集まるということで了承した。また、岡田くんの方でも人を集めるということが書いてあった。それに関してはサイト自体が人気なので問題無いと思っていた。
ビックカメラの「やられなくてもやり返す」商法
「やられたら倍返しだ」の流行にあやろうと、こんどは「やられなくてもやり返す」という言葉が、テレビドラマに登場している。これもまた流行するのか。
ビックカメラ新宿店で、「やられなくてもやり返す」商法にやられてしまった。
シーズンオフの落ち着いた時期にエアコンを購入しようと、賢い消費者のつもりで店に行ったのが、結局は愚かだったということか。
エアコン本体を購入。料金に工事費は含まれているが、ダクトのカバーなどが別料金でかかるという。そのために工事業者に見積もりに伺わせましょうか? と言う。
ダクトのカバーていどのことで見積もり? と思ったが、急ぐわけでもないので、来てもらうことにする。
数日後、業者が見積もりに来た。エアコン取り付け場所を見た後に、「ブレーカーを見せてください」と言う。ブレーカーの蓋を取り外して見て、彼は見積書に記入する。
「もう1台はこちらです」と言うと、「あっ、2台なんですね」と言い、壁などを確かめる。
旧清川村強殺事件、最高裁での「再逆転無罪」に向けて大弁護団結成
2005年3月に大分県清川村(現・清川町)で一人暮らしの女性(享年61)が自宅裏庭で撲殺され、車などを盗まれた事件で、強盗殺人などの罪に問われながら2010年2月に大分地裁(宮本孝文裁判長)で無罪判決を受けた伊東順一さんという男性(61)が9月20日、福岡高裁(服部悟裁判長)の控訴審で無罪判決を破棄され、無期懲役判決を受けた。この裁判については、当欄4月20日付けの記事で理不尽な審理が延々と続いていることを紹介したが、案の定、不当な結果になったわけである(http://www.rokusaisha.com/blog.php?p=2453)。
この事件は元々、めぼしい有罪証拠は捜査段階の自白だけだった上、その自白も内容に不自然な点が多かった。しかも、捜査機関が伊東さんを自白に追い込むまでに別件の窃盗容疑で逮捕を繰り返すなど荒っぽいことをやっており、大分地裁は無罪判決の中で取り調べについて、「令状主義を潜脱する違法なものであった可能性を否定できない」と異例の捜査批判をしたほどだった。また、推定される犯行時間帯前後の伊東さんの行動を検証すると、アリバイが成立しているに等しい状態だった上、その他にも伊東さんを犯人と考えると辻褄の合わない事実が多く、第一審の無罪判決は至極妥当なものだったのである。
医療裁判で露骨に医者の側に立ってきた「ヒラメ判事」貝阿彌誠が栄転
東京地裁の医療集中部で部総括判事を勤めた貝阿彌誠裁判官が栄転したことを、あるサイトの裁判傍聴記が、次のように皮肉を述べていた。
【おめでとうございます。で、平成23年1月29日の中日新聞記事「適正で迅速な裁判環境づくり進める 長野地裁・家裁の貝阿弥所長会見」に記載されていたインタビューからなんですが、「患者が高水準の医療を期待する一方、医師はわれわれが思う以上に一生懸命で、両者の調整が悩ましかった」・・・私も、「医療裁判、医療訴訟」のコーナーを書くに当たっては、国民や当事者が高水準の司法を期待する一方、裁判官はわれわれが思う以上に一生懸命で、どのように気を使いながら書いたものか、悩ましく思っています。】
日本において裁判は大変なものである。訴える決断をするのは余程のことである。しかし医療裁判を担当する部署の責任者であったこの判事に言わせると、訴える側にケチをつけるべきものなのだ。医者は一生懸命にやっているのに、患者が高度な医療を求めすぎる、ということになるのだ。
それなら同様に、裁判官も想像以上に一生懸命やっているが、それ以上に国民や当事者は高度な司法を期待する、ということなのだろう。しかし裁判官が一生懸命なのは利権とか出世とかであり、そして目出度くご栄転というわけだ。