「香害」と電磁波 ── 科学的根拠と疑似科学の境界線

黒薮哲哉

「香害」に科学的な根拠はあるのか、それとも疑似科学なのか? この問いと並行して語られるテーマに、電磁波による人体への影響をめぐる議論がある。電磁波による人体への影響に科学的根拠があるのか、それとも疑似科学なのかという問いは、「香害」と同様に重要なテーマである。

2005年から、わたしは電磁波問題を取材してきた。そもそもの動機は、自宅がある集合住宅の屋上に携帯電話の基地局を設置したいという打診がNTTドコモとKDDIからあり、マンションの管理組合で話し合うことになったことである。しかも、基地局は、わたしの書斎の天井を隔てた真上に設置する計画だった。幸い、管理組合が「NO」の判断をし、計画は中止になった。

携帯電話の基地局からは、マイクロ波(電子レンジにも使われている電磁波)が放出される。わたしは電磁波関連の書籍や記事を参考にして、人体に有害であるという結論に達した。わたしが参照した資料によると、基地局の周辺で、目まい、吐き気、耳鳴り、食欲不振、不眠、精神不安などが多発しているという。アンケートなどを根拠に、電磁波は「有害」という結論を出している論考が目立った。

さらに、基地局周辺では、癌の発症率が高いとするデータも紹介されていた。

わたしはこれら情報を信頼していた。事実、電磁波の取材を始めたころに執筆した二冊の書籍、『あぶない!あなたのそばの携帯基地局』(花伝社)、『電磁波で苦しむ人々』(花伝社)には、市民運動体が実施したアンケートを根拠に、携帯電話基地局の周辺で健康被害が多発していると記した。

しかし、その後、検証を重ねるにつれて、奇妙なことに気付いた。日本全国には数え切れないほどの基地局が設置されているが、その99%からは健康被害の報告がないという事実である。一方、市民運動団体が撤去を求めている基地局に限って、健康被害の存在が主張されている。しかも、その「事実」の裏付けとなっているのは、おもに市民運動団体が住民を対象に実施したアンケートである。

アンケートの結果は、実施者の設問や説明の仕方によって大きく左右される可能性がある。アンケートを実施する前に、「基地局の周辺で健康被害が相次いでいますが、あなたは何か体調の異変を感じませんか?」というような説明をされると、回答が誘導される可能性が高い。というのも、目まい、吐き気、耳鳴り、食欲不振、不眠、精神不安といった症状は、電磁波の有無とは無関係に生じることがあるからだ。設問の立て方によっては、体調不良をすべて電磁波に結び付けることになりかねない。

こうした検証結果から、わたしは電磁波についての見解を変えた。残念なら、『あぶない!あなたのそばの携帯基地局』と『電磁波で苦しむ人々』の内容は解釈の一部に誤りがある。

◆「携帯電話基地局の周辺で癌が多発」は事実

しかし、それが「電磁波は安全である」という結論を導くものではない。というのも、携帯電話基地局の周辺で癌が多発していることを示唆する科学的、かつ客観的な疫学調査が複数存在するからだ。

たとえば、ブラジルの大学が実施した調査では、癌で死亡した人の自宅と、最も近い基地局との距離を測定した。この方法で7000件余りのケースを調査したところ、発癌と基地局との関係が示された。ドイツやイスラエルの調査でも、類似した方法論で導かれたデータが報告されている。

となれば、やはり基地局を無制限に設置することには問題がある。

【参考記事】地局の周辺ほど癌が多いことを示すブラジルの疫学調査、癌による死亡7191例と基地局の距離の関係を検証 疫学調査①

わたしも含め、情報は十分な検証を経て拡散すべきだろう。あくまで科学的な根拠に基づいたデータが必要だ。もちろん、予防原則を重視し、少しでも健康被害の可能性があれば対策を取る必要はある。しかし、「香害」と同様、少なくとも主観で左右されるアンケートのデータを過信することには問題がある。

※本稿は黒薮哲哉氏主宰のHP『メディア黒書』(2026年9月2日)掲載の同名記事を本通信用に再編集したものです。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu