混迷の時代の思想家・鈴木邦男氏を悼む デジタル鹿砦社通信編集部

鈴木邦男さんが11日亡くなったとの報に27日接した。鹿砦社と鈴木さんは80年代から交流があり、出版点数からすれば、鈴木さんの書籍をもっとも数多く世に出したのは鹿砦社であろう。思想・プロレス・時事問題など広い分野で、忌憚のない手書き原稿を送って頂き、活字にした日々が懐かしく思い出される。

鈴木さんはその後活動範囲を広げ、言論界では、押しも押されぬ著名人としてテレビでも幅広い活動をされたのはご承知の通りである。21世紀に入ったからは、本社の在るに西宮市で『鈴木邦男ゼミ』を開催し、数々の著名人と対談していただいた。ここ数年は体調を崩しておられると伺ってはいたものの、鹿砦社が関わった大学院生リンチ事件(いわゆる「しばき隊リンチ事件」)への対応をめぐり、両者が微妙な関係に陥っていたこともこの際告白しよう。

しかし、「暴力ではなく言論で活動できることを教えてくれたのが鹿砦社だ」(複数回同様の表現あり)と評して頂いた我々は、鈴木さんご逝去の報に接し、虚心坦懐にご冥福をお祈りする。

鈴木さんありがとうございました。

在りし日の鈴木さんが元気に表現された書籍が少数ながら残っている。この際鈴木さんかつての書籍をご存知ない皆様に鹿砦社出版の書籍をご紹介し追悼の意としたい。

以下が、鹿砦社が出版してきた鈴木邦男氏の著作である(著者表記のないものは単著)。他にもあるが品切れとなっているものは省いた。

在庫のあるものは鹿砦社での直接購入(ホームページ またはメール sales@rokusaisha.com)、全国書店、ネット書店等で購入可能です。

『慨世の遠吠え 強い国になりたい症候群』(内田樹×鈴木邦男対論)1,540円(税込)2015年3月

『慨世の遠吠え 2 呪いの時代を越えて』(内田樹×鈴木邦男対論)1,430円(税込)2017年2月

『終わらないオウム』(上祐史浩・鈴木邦男・徐裕行。田原総一朗改題)1,650円(税込)2013年6月

『右であれ左であれ 鈴木邦男対談集』(重信末夫〔重信房子父〕、松崎明、青木哲、猪瀬直樹、井上章一らとの対談を収録)1,760円(税込)1999年9月

『生きた思想を求めて 鈴木邦男ゼミ in 西宮報告集〈Vol.1〉』(2012年)、『思想の混迷、混迷の時代に 鈴木邦男ゼミ in 西宮 報告集〈Vol.2〉』(2013年)、『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉 鈴木邦男ゼミ in 西宮報告集〈Vol.3〉』(2014年)

『生きた思想を求めて 鈴木邦男ゼミin西宮報告集 Vol.1』(対論=飛松五男、水谷洋一、浅野健一、Paix2〔ぺぺ〕、野田正彰、山田悦子)1,026円(税込)2012年3月

『思想の混迷、混迷の時代に 鈴木邦男ゼミin西宮報告集 Vol.2』(対論=本山美彦、寺脇研、北村肇、重信メイ、田原総一朗、池田香代子)1,320円(税込)2013年2月

『錯乱の時代を生き抜く思想、未来を切り拓く言葉 鈴木邦男ゼミin西宮報告集 Vol.3』(上祐史浩、神田香織、湯浅誠、前田日明、青木理、内田樹)1,540円(税込)2014年1月

『【復刻新版】闘う日本語 愛と革命の読書道 鈴木邦男コレクション1』1,650円(税込)1999年9月

『【復刻新版】宗教なんてこわくない 上手な付き合い方 鈴木邦男コレクション2』(鈴木邦男・編著 島田裕巳・ひろさちや/対談)1,320円(税込)1999年9月

『テロリズムとメディアの危機 朝日新聞阪神支局襲撃事件の真実』(1987年)、『謀略としての朝日新聞襲撃事件 赤報隊の幻とマスメディアの現在』(1988年)、『赤報隊の秘密 朝日新聞連続襲撃事件の真相』(1990年)

『【復刻新版】赤報隊の秘密 朝日新聞連続襲撃事件の真相 鈴木邦男コレクション3』(鈴木邦男・編著 伊波新之助〔朝日新聞編集委員〕対談)1,320円(税込)1999年9月

『【復刻新版】闘うことの意味 プロレス、格闘技、そして人生 鈴木邦男コレクション4』(鈴木邦男・編著 佐山サトルほか対談)1,320円(税込)1999年9月

『がんばれ!! 新左翼 「わが敵わが友」過激派再起へのエール』(〈初版〉1989年、〈復刻新版〉1999年)、『がんばれ!! 新左翼 Part2 激闘篇』(1999年)、『がんばれ!! 新左翼 Part3 望郷篇』(2000年)

『【復刻新版】がんばれ!!新左翼 「わが敵・わが友」過激派再起へのエール』1,650円(税込)1999年8月

『がんばれ!!新左翼 Part2 激闘篇』1,760円(税込)1999年8月

『がんばれ!!新左翼 Part3 望郷篇』1,650円(税込)2000年5月

『UWF革命 シューティングの彼方に』1,078円(税込)1988年8月

『格闘プロレスの探究』1,100円(税込)1989年1月

『夢の格闘技・プロレス』1,100円(税込)1989年10月

『プロレス・シュート・格闘技 よみがえれ!!過激伝説』1,078円(税込)1988年3月

なお、いずれも残部は少数で出版時期の古いものには、若干の汚れがあるものもございます。ご注文時に品切れになっていればご了承ください。

鈴木邦男さんと松岡利康鹿砦社代表

【松岡より補足】

以上は「デジタル鹿砦社通信」編集部の見解で私松岡の見解とはいささか異にします。私は1980年代はじめから鈴木さんと長い付き合いがあり、相互の信頼関係から上記されたように多数の書籍を刊行しました。思い返せば、実に多くの多種多様な本を出したものだと、あらためて思いました。

知り合ったのは1980年代はじめ、装幀家の府川充男さんの紹介で、まだ「統一戦線義勇軍」事件の前でした。府川さんとも組み、著者・鈴木、編集/出版・松岡、装幀・府川の3人で刊行した本も少なくありません。鈴木さんが創設した一水会の機関紙『レコンキスタ』の縮刷版(1巻=1号~100号、2巻=101号~200号)まで出版しました。このことによって、私のホームグラウンド・兵庫県西宮市で起きた朝日新聞襲撃事件について関係を疑われました。それにもかかわらず、長年多くの書籍を出し続けました。

ちなみに、当時大阪朝日社会部記者で、72年の早稲田大学で起きた、革マル派による「川口君虐殺事件」で抗議の声を挙げ、朝日退職後その件について『彼は早稲田で死んだ』を刊行した樋田毅氏も取材に来られています。樋田氏にとっては、この2つの事件における暴力の問題は深刻だったものと思われます。

しかし、「大学院生集団リンチ事件」(しばき隊リンチ事件)に対するスタンスで義絶せざるをえませんでした。鈴木さんは、配下の見澤知廉(故人)の「統一戦線義勇軍」によるリンチ殺人・死体遺棄事件を経験していながら、これを教訓化せず日和見主義的態度を取り、むしろしばき隊寄りの態度を取られました。昵懇の辛淑玉らとの関係に配慮されてのことだろうと推察します。統一戦線義勇軍事件を体験され運動内部の暴力について身を切るような経験をされた鈴木さん(鈴木さんが激しい行動右翼から言論戦にコペルニクス的転換を遂げたのは、この事件が契機となっていると私なりに考えている)にこそ問題解決に協力してほしかった。こうした時のために、長年共に思想を研鑽し一緒に数多くの本を作って来たのではなかったのか──。上に挙げた本の数々を見ていただきたい、鈴木さんや私たちの思想的営為の雰囲気が感じられるでしょう。

そうしたことにより、私たちがみずからの全思想を懸け会社の業績にも影響することも厭わず全力で取り組んでいた大学院生リンチ事件の問題にケリがつくまで義絶せざるをえませんでした。バカはバカなりに、私にとっては断腸の想いでした。もう6~7年になります。関係修復を勧める方もおられましたが、やはり私には、大学院生リンチ事件の問題に決着がつくまでは、とてもその気にはなりませんでした。複数の裁判も昨年末まで続き一応終結しました。リンチ事件問題に一定の決着がつけば、いずれはきちんと話し合わなければ、と思っていましたが、柔道などの格闘技をやり酒・たばこもほとんど飲まず健康には人一倍気をつけておられた鈴木さんがこんなにも早く逝かれるとは……。今はただご冥福をお祈りするしかありません。

昨年12月には、元読売新聞記者で学生時代に暴力を受けた体験もあって「大学院生リンチ事件」への私たちの取り組みを理解された山口正紀さんも亡くなられました。鈴木さんと共に私に長年影響を与えたお2人が相次いで亡くなられショックで、興奮と虚脱状態です。その前には、岡留安則さんや北村肇さんらも亡くならています。私もそろそろ……と思わないでもありませんが、もう一仕事、二仕事をやり抜かないと死ぬに死ねません。

鈴木さんに対する私の見解は,後日明らかにいたします。合掌

*鈴木さんとの義絶については、「デジタル鹿砦社通信」2017年6月27日号「【公開書簡】鈴木邦男さんへの手紙」、これに加筆した「リンチ事件に日和見主義的態度をとる鈴木邦男氏と義絶」(『カウンターと暴力の病理』所収)を参照してください。

鹿砦社=鈴木邦男の本
http://www.rokusaisha.com/kikan.php?group=suzuki

官僚出身・ネオリベ広島市長の暴走が止まらない! 中央図書館移転問題で市民の声を完全無視! さとうしゅういち

広島と言えば平和都市。政治はまあ、まともなのだろう──。そんなイメージの方が地元の事情をあまりご存じない方は多かったと思います。〈あの〉河井案里さんの事件が起きるまでは。

たしかに、秋葉忠利前市長までは、上記のイメージも的外れではないと思います。市議会は正直、政策よりはしがらみが強く、自民党が強い。ただ、市長については、渡辺市長の一期4年を除き、非自民系でそれなりの方が選ばれてきました。それで、バランスが取れていました。

選ばれた市長も、
浜井信三 市役所出身           1947-1955,1959-1967
渡辺忠雄 弁護士・代議士出身(自民党系) 1955-1959
山田節男 参院議員出身(社会、民社推薦) 1967-1975
荒木 武 県議出身(旧民社党出身)    1975-1991
平岡 敬 経済界・ジャーナリスト出身   1991-1999
秋葉忠利 学者・代議士出身        1999-2011

と、この規模の都市にしては珍しく、純粋な中央官僚出身の市長は出ていませんでした。しかし、2011年の市長選挙で、民選になって初めて、中央官僚出身の市長が選ばれたのです。

その松井市長の暴走が3期目も終わりになろうという今、止まりません。

中央図書館を駅前の商業施設に移転しようというのです。国際平和文化都市と名乗る割にこれはないだろう、という声が市民から多く上がっています。他方で、市長選となれば松井市長がまた、どうせ圧勝だろう、というのが下馬評です。

◆こども図書館も中央図書館も駅前に移転!?

松井市長は、2021年、突然、広島市中区の中央公園(平和公園から旧市民球場を挟んで北側)にあるこども図書館と中央図書館を、南区の広島駅前の商業ビルのエールエールA館に移転する計画を発表。

こども図書館は1980年に現在の建物になり、老朽化が進んでいたことから再整備の対象になっていたのは事実です。しかし、商業施設、それも、例えば大人向けの接待を伴う飲食店などもある場所の近くにあるこの場所に子どもたちだけで来てもらうのはまずいのは明らかでした。

また、そもそも、飲食店などが上にあるために、火災や浸水、あるいはネズミなどにより本がダメになるリスクも高くなります。

さらに、本というのは皆様もご存じと思いますが、意外と重い。本当に本を置いて、建物が耐えられるものなのか?そうした懸念もあります。

◆「移転ありき」ではない対応を議会も求めた

様々な懸念から、市民はもちろん、市議会でも反対の声が高まりました。2022年2月議会では、移転計画推進のための予算だけを削った2022年度予算案への修正案が共産党などから出され、自民党系の第二、第三会派もこれに賛成。ただ、公明党、自民党多数派、そして立憲民主党系会派の反対で修正案が否決された経緯があります。立憲民主党というのは、自民党の一部議員よりも、地方自治については「悪い」ことが残念ですが明らかになりました。

結局、2022年度予算案では「3案を比較検討できる詳細な資料を作り、関係者に丁寧に説明し、理解してもらった上で、移転先などを決定する」という付帯決議が行われて、当局の原案通り可決となりました。

「移転ありき」ではない対応を議会も求めたのです。

◆こども図書館は現在地に建て替えに変更、中央図書館もパブコメは「現在地」が多数

その後、2022年9月、広島市当局は、世論に押される形でこども図書館については、移転を断念。現在地での存続方針を固めました。

他方で、中央図書館については、パブリックコメントを実施しました。そのパブリックコメントでは、現在地での再整備を求める声が、エールエールA館への移転を求める声の4.8倍にも達しました。

当然です。市当局は、こども(主には中高生)向けの機能を移転後の中央図書館にも持たせるとしています。しかし、現在の中央図書館には無料の駐輪場がある一方、エールエールA館周辺には無料の駐輪場はありません。有料の駐輪場なら建物内にもありますが、周辺の買い物や通勤客の利用も多く、満車のことも多いのです。さらに、中高生にとって、高々100円でも負担は重くなり、利用率が低下の恐れがあります。

◆麻生さんの真似?!「理解が得られた」と「移転強行」を一方的に宣言

しかし、2023年1月12日、松井市長は、「理解は得られた」などとして中央図書館のエールエールA館への移転に着手することを一方的に宣言しました。誰のどのような「理解」が具体的に得られたかもさっぱりわからない記者会見でした。

まさに暴走です。直前に、麻生太郎さんが「防衛費倍増のための増税に国民の理解が得られた」と発言していました。世論調査では防衛費増税に反対が圧倒的多数にもかかわらずです。従って、筆者は一瞬、「松井市長は麻生さんの真似でもしたのか?」と思ってしまいました。

◆市民団体は、撤回求め申し入れ

一方、広島市内ではこの問題を考える団体が、主なものだけでも8つできています。最近ではこれらの団体が連携して行動しています。1月13日、広島市長宛に、エールエールA館への移転を撤回するとともに、納得のえられる形での図書館の再整備を求める申し入れを行いました。今後も8団体は、共同で街頭宣伝などを実施、世論を高めながら、市に翻意を促していきます。

[図]撤回を求める8団体によるチラシ こども図書館移転問題を考える市民の会Twitterより

◆「選挙だけは上手」な現市長、打倒は困難?市議選で反市長派をどこまで伸ばせるか?

他にも、この2023年度から放課後児童クラブ(学童保育の広島における名称)を有料化するなど、こどもに冷たい政策を取っておられます。こうした中、広島市長選挙は統一地方選挙2023の一環として3月26日告示、4月9日執行で行われます。このままいけば、市長選挙で松井市長を打倒することが、暴走を止める一番の手っ取り早い方法です。ただし、有力な対抗馬は1月13日現在、野党系にせよ、反市長派系にせよ、おられません。

広島の立憲民主党は残念ながら、こと市政・県政については、一部の保守議員よりも「反市民・反県民・反労働者」的でさえあります。自民主流、公明と並んで松井市長の有力な支持政党になり、野党共闘など夢のまた夢です。

他方、保守系で現市長や現知事と距離がある地方議員も、河井案里さんの事件に連座した人が多く、身動きがとりづらい状況です。市民団体で、有名人を候補にという動きもありましたが、極めて厳しい状況です。

松井市長自身、地域のいろいろなイベントに、カジュアルな格好で一参加者で顔を出されるなどして、いわゆるどぶ板で顔は売れています。偉ぶって長話をするという政治家にありがちな悪い癖もない。筆者もある場所ですぐ前の席にポロシャツで座っておられる市長を目撃、「選挙だけは上手だな」と呆れたことがあります。

もう一つは、「市長暴走容認派」の市議を市議選で打倒するという手もあります。市長与党が議会で過半数を失えば、松井市長とて、暴走はこれ以上できないからです。筆者は、政治家としてはこれまで、広島県政、国政について候補者を経験している一方、広島市政についてはさほどは詳しくはありません。ただ、一市民としては、統一地方選挙を挟んで、この問題から目が離せません。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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《特別寄稿》福島第一原発からの「汚染水海洋放出」に反対する〈2/3〉「汚染水対策」は最初から失敗 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)

東電は「どのような処分方法であっても、法令上の要求を遵守することはもちろんのこと、風評被害の抑制に取り組む」(市民団体の質問への回答より)としているが、その処分方法は国の小委員会でも「大気放出」 「海洋放出」の2つしか議論されていない。地元の漁協などへの反対意見に対しても「放出」前提の対策のみで話が進んでいる。国も東電も放出以外の方法を検討していない。

2012年想定で、 2021年度末の段階では汚染水の新たな発生はなくなり、建屋内部の滞留水もデブリの冷却用に注入される日量5トンから6トン(3基合計で20トン程度)に留まるとされていた。

これは、凍土遮水壁や建屋及び周囲の土地の雨水浸入防止措置で、新たな水の流れ込みを押さえることで達成できるとしていた。

ところが、2017年頃になって、地下水や雨水の侵入防止がうまくいかないことが顕在化し、結局、当時最大でも80万立方メートル(現状の6割程度)で留まるはずが、今も増え続けている。

浸水防止の失敗が、汚染水増加を食い止められない事態を生んだ。2021年中には1日平均150立方メートルも浸入する状況になっている。

凍土壁が地下水を十分食い止めきれず、随所に漏れがあること、特に下部(底の部分)はもともと止められていないこと、建屋の損傷部や敷地の土壌部(舗装さえ完了していない)からの雨水浸入が止められないことが原因だ。

最初から、恒設の止水壁を地下に造り、 「地下ダム」を構築すると共に地上部をチェルノブイリ原発のドームのような構造物で覆うなどしていれば、汚染水の増加は防ぐことができたし、そうした主張や提案は市民から東電にも国にもされていたのに採用しなかった。また、その責任を指摘し追及する人もほとんどいない。

今からでも、これら対策を最優先にし、汚染水の発生量をゼロにする対策を構築すべきだ。

◆「放出基準値」の異常

申請されている放出方法では、汚染水は1日当たり最大約500立方メートルを排出する計画で、 「1500ベクレル/リットル」の濃度まで海水で薄めて流すという。その総量は「トリチウムで年間22兆ベクレル」で、原発が稼働していた時の管理目標値を使う。

原発の時代の管理目標値を、どうして廃炉になった原発で使えるのか、その法的根拠は何かが疑問だ。

さらに福島第一原発が実際に稼働していた時代には、年間放出量実績は平均約2兆ベクレル程度だった。実績として管理目標値の10分の1に抑えていたとも言える。ところが今度は原発でさえない(即ち経済的なメリットも何もない)施設から年間22兆ベクレルを放出するという。

40年かけて毎年22兆ベクレル放出の場合、開始時点では汚染水は総量137万トンほど、さらに毎日130トン程度溜まり続けるために、全体量はすぐに大きく減らない。現状の風景の約1000基のタンク群はそのまま。目に見えてタンクが減りはじめるのは2040年頃以降である。

東電はタンクの貯蔵限界を2023年秋とし、最長で24年1月まで貯蔵可能としている。その段階で137万トンを越えるという。しかしこれは放出開始時期を2023年春と仮定し、逆算して日量130トンの汚染水発生を推定した結果にすぎない。大型台風がひとつ襲来したり梅雨や秋の長雨でもあれば崩れてしまう。

建屋の止水を進めることが最も効果的なのだから、これを進めていけば少なくてもタンク容量から、放出時期を23年にする根拠はなくなる。単なるつじつま合わせでなく、対策と効果を正しく評価して、優先すべきことを明確にする必要がある。(つづく)

◎山崎久隆《特別寄稿》福島第一原発からの「汚染水海洋放出」に反対する
〈1〉放出にいかなる理由があるのか 
〈2〉「汚染水対策」は最初から失敗 
〈3〉「1500ベクレル」の根拠 

本稿は『季節』2022年夏号(2022年6月11日)掲載の「福島第一原発からの『汚染水海洋放出』に反対する」を本ブログ用の再編集した全3回の連載記事です。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像』(明石書店 2015年)等多数。

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〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)
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毎日新聞・販売店元店主が内部告発、「担当員の個人口座へ入金を命じられた」、総額420万円、エスカレートする優越的地位の濫用 黒薮哲哉

毎日新聞・網干大津勝原店(姫路市)の元店主から、筆者が入手した預金通帳や「取扱票」を調べたところ、元店主から毎日新聞社の担当員の個人口座に繰り返し金銭が振り込まれていることが判明した。金銭どのような性質のものなのかは現時点では不明だが、この販売店は昨年の12月に、「押し紙」が原因で廃業に追い込まれており、金額の中に「押し紙」により発生した金額が含まれていた可能性もある。

元店主は、次のように話している。

「山田幸雄(仮名)担当から個人口座への金銭の振り込みを命じられました。『押し紙』代金の支払いに窮しており、指定された個人口座に新聞代金を振り込めば、特別な取り計らいをすると言われました」

筆者は、毎日新聞・東京本社の山田担当に電話で事実関係を確認した。まず、本人が毎日新聞社販売局に所属している山田幸雄氏であることを確認した。次に山田氏が大阪本社に在籍した時代に、網干大津勝原店を担当した時期があることを確認した。さらに元店主と面識があることを確認した。

しかし、山田氏は元店主による告発内容については、「記憶にない」と話している。

「毎日新聞」の「押し紙」(ビニール包装分)、折込チラシ(新聞包装分)。いずれも秘密裡に廃棄されている

◆総額約420万円の内訳明細

元店主が山田担当の個人口座に送金した日付と金額は次の通りである。

※記録性を優先して預金通用が採用している元号で表示する。

平成30年4月10日:200,000
平成30年6月7日: 100,000
平成30年7月2日: 550,000
平成30年7月23日: 80,000
平成30年9月3日: 900,000
平成30年10月1日:900,000
平成30年11月1日:900,000

令和2年1月17日: 50,000
令和2年2月6日: 20,000
令和2年2月17日: 300,000
令和2年3月6日: 90,000
令和2年4月7日: 50,000
令和2年5月19日: 50,000

平成30年度(2018年)の合計は、363万円である。また令和2年度(2020年度)の合計は、56万円である。総計で419万円が山田担当の個人口座に振り込まれたことになる。

個人口座への振り込みを裏付ける資料の一部。取扱票

◆里井義昇弁護士が新聞代金・約3,900万円を請求

既に述べたように元店主は昨年12月に販売店の改廃に追い込まれた。その際に、毎日新聞社から、里井義昇弁護士(さやか法律事務所)を通じて、3,915万5,469円を請求された。請求の中身は、里井弁護士によると、「未払新聞販売代金」である。仮に元店主が山田担当の個人口座に振り込んだ金額に、「押し紙」で発生した卸代金が含まれていたとすれば、里井弁護士が行った約3,900万円の請求にも問題がある。

実際、元店主は同店には大量の「押し紙」があったと話している。「押し紙」を排除してほしかったから、担当員の個人口座に金銭を振り込んだのである。

「押し紙」の程度については、現在、発証数などを過去にさかのぼって調査しているので、詳細が判明した段階で公表する。

◆背景に新聞社の優越的な地位
 
新聞社の系統を問わず、販売店主が担当員の個人口座に金を振り込まされたという話は、しばしば耳にしてきた。昔は、「担当員になればすぐに家が建つ」と言われた。店主が担当員を接待するのは当たり前になっている。網干大津勝浦店の店主も新聞社の担当員らを姫路市の魚町で接待することがあったという。

今回、筆者が得た預金通称など内部資料により、金銭の流れについての裏付けが得られた。

新聞社の販売店に対する優越的地位の濫用はここまでエスカレートしているのである。

【毎日新聞・社長室のコメント】
 調査中であり、社内で適切に対応していきます。

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号

「言論」論〈03〉セカンドレイプ的な事件報道を私が無下に否定できない理由  片岡 健

個別具体的な冤罪事件について、冤罪であることをしっかり伝える記事を書こうと思えば、当事者に対するセカンドレイプ的なことも書かざるをえない場合が多い。こんな話をすると、被害を訴える女性の事実誤認で生まれることが多いと言われる痴漢冤罪を思い浮かべる人が多そうだが、私の経験では、何より殺人事件にそういうケースが多い。

◆被害女性が売春をしていたことが冤罪報道に欠かせなかった東電OL事件

たとえば、無期懲役刑に服した無実のネパール人男性が2012年に再審で無罪判決を受けた東電OL殺害事件(発生は1997年)はその最たる例だ。

副業で売春をしていた東京電力の会社員の女性が、副業の接客に使っていた渋谷の賃貸アパートの一室で他殺体となって見つかったこの事件では、様々なメディアが競うように女性のプライバシーを暴き立てた。そのため、被害者へのセカンドレイプ的な報道が行われた顕著な事例として語り継がれている。

だが一方、ネパール人男性が犯人と誤認された原因は、現場アパートの一室で被害女性を買春し、使用済みのコンドームを残していたことだった。そのため、男性が冤罪であることを伝える報道をしようと思えば、被害女性が副業で売春をしており、現場の部屋は接客用に使っていたという事実を前提として伝えることが欠かせなかった。

また、2016年に再審で無罪判決が出た東住吉女児焼死事件(発生は1995年)も同様のケースだ。民家の火災で小学生の女の子が焼死したこの事件で、母親と内縁の夫の2人が保険金目的の放火殺人を行ったと誤認され、無期懲役判決を受けた原因の1つは、女の子の遺体に内縁の夫から性被害を受けた痕跡があったことだった。つまり、冤罪の原因をしっかり報道するには、まだ小学生だった女の子の性被害の情報まで伝える必要があるわけだ。

◆冤罪被害者を傷つけかねない情報が冤罪報道に欠かせない場合も……

一方、2020年に再審で無罪判決が出た湖東記念病院事件(発生は2003年)は、冤罪であることを報道するために冤罪被害者を傷つけかねない情報を伝える必要があったケースだ。看護助手をしていた冤罪被害者の女性は、入院患者の男性が病気など何らかの事情で亡くなったことについて、「人工呼吸器のチューブを外して殺害した」という虚偽の自白をし、懲役12年の判決を受けたが、虚偽の自白をした原因は取り調べ担当の男性刑事に恋心を寄せたことだった。

実は他ならぬ私自身が、この事件の再審が始まる前、女性が虚偽の自白をした原因が上記のようなことだと言及する記事を某ネットメディアで書いたところ、コメント欄に女性を誹謗する声が多数寄せられる想定外の事態となった。女性はそのことで私を悪くは言わなかったが、私は自分自身がセカンドレイプの原因にったように思え、しばらく心が重たかった。

このほかにも、殺人の冤罪には、当事者に対するセカンドレイプ的な情報も伝えなければ冤罪だと説明できない事件は枚挙にいとまがない。それに加え、私は自分自身が上記の湖東記念病院事件のような苦い経験があるため、セカンドレイプ的な内容に批判が集まる事件報道を見ても、無下に否定できないでる。

◎[過去記事リンク]片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

※著者のメールアドレスはkataken@able.ocn.ne.jpです。本記事に異論・反論がある方は著者まで直接ご連絡ください。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号
〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)

《特別寄稿》福島第一原発からの「汚染水海洋放出」に反対する〈1/3〉放出にいかなる理由があるのか 山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)

福島第一原発の事故から、早くも11年余の時が経過した。この間に何度か地震に遭遇したが、大きな被害は受けていない。この地域は常に巨大地震と津波の脅威が迫っているとされるところであり、重大事故を再発する潜在的な危険性は大きい。

発生した場合、爆発的な炉心溶融ではなく、炉心の真下にあるデブリの拡散と1000基を超える汚染水貯蔵タンクの倒壊のような、放射性物質の拡散事故が大きな被害をもたらす恐れがある。また、使用済燃料プールの冷却ができなくなり、燃料破損・溶融も懸念される。言い換えるならば、原子炉建屋の倒壊が最も危険である。

それに対する安全対策は最優先事項だ。しかし現状はそうなっていない。

政府は、2021年4月に福島第一原発のタンクに溜まり続けている「汚染水」約134万トンについて、 「海洋放出」で処分することを決定した。その理由として費用対効果と共に、汚染水タンクが地震で倒壊した場合の放射性物質大量拡散を防ぐためとしている。

しかし、海洋放出を始めたからといってすぐにタンクがなくなるわけではない。30~40年とされる「廃炉期間」の間に順次減っていく程度である。最初の数年は、見かけも減った印象などないし、地震のリスクも変わらずに存在し続ける。

福島県民や漁業関係者をはじめとして、強い反対の声を押し切ってまで強行する合理的な理由は見当たらない。また、東電は敷地をタンクが占領している状態で、廃炉に必要なデブリ取り出しの施設、設備が設置できないことを理由としている。しかしこれは合理的な敷地利用で対処可能であり、理由にはなっていない。

すでに規制委員会の審査がほぼ終わり、2022年6月には排水用地下トンネル本体工事着工、2023年春頃にも放出開始されるとされる。その最新の状況をお伝えする。

◆福島第一原発の「汚染水」とは何か

NHKは2021年4月の関係閣僚会議での海洋放出決定以降、「汚染水」という表現をやめた。「風評被害を招く」との主張が国会でされたことが原因だ。

他の報道機関も「福島第一原発の貯蔵タンクの水」を「アルプス処理水」または「処理水」と呼ぶようになっている。なお、アルプスとは「ALPS・多核種処理設備」のことだが、以下「アルプス」と表記する。

しかし、どのように表現しても「流れ込んだ雨水と地下水と、冷却用の注水が溶け落ちた炉心いわゆるデブリに接触して汚染された水」を「多核種除去設備・アルプスで処理した水」であることに変わりはない。

最初の 「汚染」 を重視するか 「処理」を重視するかで、呼び方に違いがある。汚染の大小があるにしても、トリチウムなどの放射性物質が混じる水だ。「アルプス処理」をしてもトリチウムの量が1リットル当たり数百万ベクレルにも達するものもあるので「トリチウム汚染水」とも言える。しかしアルプスを通してもストロンチウムやセシウムなどは全部除去しきれないので「(放射能)汚染水」でもある。

現在貯蔵されているタンクの水は、そのまま薄めて海に流せるものは3割以下、残りは再度アルプスで処理して流すとしているから、国の基準でも現在の水は大半が汚染水であることに変わりはない。(つづく)

◎山崎久隆《特別寄稿》福島第一原発からの「汚染水海洋放出」に反対する
〈1〉放出にいかなる理由があるのか 
〈2〉「汚染水対策」は最初から失敗 
〈3〉「1500ベクレル」の根拠 

本稿は『季節』2022年夏号(2022年6月11日)掲載の「福島第一原発からの『汚染水海洋放出』に反対する」を本ブログ用の再編集した全3回の連載記事です。

▼山崎久隆(やまざき・ひさたか)
たんぽぽ舎共同代表。1959年富山県生まれ。脱原発東電株主運動、東電株主代表訴訟に参加。反原発運動のひろば「たんぽぽ舎」設立時からのメンバー。湾岸戦争時、米英軍が使った劣化ウラン弾による健康被害や劣化ウラン廃絶の運動に参加。福島第一原発事故に対し、全原発の停止と廃炉、原子力からの撤退を求める活動に参加。著書に『隠して核武装する日本』(影書房 2007年/増補新版 2013年)、『福島原発多重人災 東電の責任を問う』(日本評論社 2012年)、『原発を再稼働させてはいけない4つの理由』(合同出版 2012年)、『核時代の神話と虚像』(明石書店 2015年)等多数。

◎たんぽぽ舎 https://www.tanpoposya.com/
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非正規公務員の期待を裏切る会計年度任用職員制度 ── 今年度末にも「3年で雇止め」で公共サービス崩壊の危機 さとうしゅういち

総務省によると、非正規の地方公務員は2020年時点で約69万4000人でした。うち74.5%を女性が占めていました。2020年までの15年間で非正規は1.5倍に増加。他方で、正規は1割減り約276万人となりました。ちょうど、正規が減った分、非正規で穴を埋めた形です。そして、特にDV被害者支援、児童虐待、生活困窮者の相談など、近年ニーズが増えてきた専門性の高い業務を非正規の女性に任せているケースが目立ちます。最近、登場した職種ではスクールカウンセラー(SC)も9割以上が非正規で、会計年度任用職員です。広島県の場合、SCには昇給もありません。

公務非正規女性全国ネットワーク(通称:はむねっと)の調べでは、2021年度の非正規公務員のうち、4割が150万円未満、半数が200万円未満、8割が250万円未満の年収です。また非正規公務員の3分の1が、主たる家計維持者でありながら、うち4割が年収200万円未満の人です。なお、フルタイムで働いている「会計年度任用職員」についても6割が250万円未満の年収です。

◆「法の谷間」にあった非正規公務員

さて、非正規公務員は、2019年度までは多くが、非常勤特別職公務員、臨時的任用職員、非常勤一般職員のどれかの形で働いていました。しかし、実際には、恒常的に欠員が出ても、臨時的任用職員という形が続くなどしていました。ずっと臨時的任用職員がそこにいる、というのは、あまりに不明瞭ですが、それが常態化しているのが現実でした。

非常勤特別職も、本来特別職とは首長とか知事とか、審議会の委員とか、そういう人たちを前提とした種別です。ところが、普通の公務労働者がそういう状態に置かれ、法の保護が薄い状態でした。

そして、年収は低く、期末手当(いわゆるボーナス)は出ませんでした。また、民間のような労働基準法も適用されなければ、正規公務員のような手厚い保護もない。まさに、法の谷間におかれていたのです。

ある時期まではそれこそ、非正規の公務労働者が、労働裁判を起こしても絶対勝てない、という状況がありました。筆者自身も、2006年から2011年にかけて、ある非正規の公務関係労働者の雇止め裁判を支援。一審は不当判決でした。

ところが、山梨県内の自治体で、首長によるパワハラを受けた上に雇止めになった女性非正規公務員が「人格権侵害」を訴えて勝訴したころから流れは変わります。筆者が応援した裁判も2010年3月に高裁で逆転勝訴し、2011年1月に確定しました。

◆公務員バッシングと行政需要増大の狭間で非正規公務員急増

しかし、一方で、当時躍進した「大阪維新の会」が公務員バッシングを展開。民主党政権も公務員人件費の抑制を公約とした。そこで、非正規公務員を増やして、行政サービスへの需要の増大に対応する、という状況が2010年代も続いたのです。

確かに、昔に比べればそうはいっても、DV・性暴力被害者、子育て支援や児童虐待への対応、生活困窮者などのサービスはそれなりに充実しています。しかし、そこで働く労働者の労働条件は劣化する一方になっています。

非正規公務員は増え、正規公務員も責任が集中し、大変。非正規公務員からは、「自分は人を支援する立場なのに自分自身が明日をも知れぬ身なんて」というぼやきが新聞等でも報道されるようになりました。

そして、2010年代には広島県でも他の都道府県でも大きな災害が続発します。こうした時に、非正規公務員ばかりで十分に対応できなかったというケースも見られました。

安倍政権時代からはコロナショックの一時期を除き、労働市場が全般に人手不足です。非正規公務員は労働条件が悪すぎて、人が定着せず、安定的な行政サービスの供給が難しいという状況も危惧されるようになりました。

◆「会計年度任用職員制度」導入も労働者の期待裏切る

こうした中で、当局側も重い腰を上げます。それが2020年4月スタートの会計年度任用職員制度です。これまでの低賃金、不安定雇用に悩んでいた労働者でも期待された方は多かったように思います。

会計年度任用職員により、いわゆるボーナスも支給されるようになりました。昇給の制度も各自治体が一定程度整備するようになりました。

一方で、この制度では、1年おきに契約を更新しなおすことには変わりはありません。また、自治体によっては、「ボーナスの分だけ基本給を削る」「それまでフルタイムの臨時職員だったところ、30分労働時間を短縮して会計年度任用職員制度を適用しないようにする」などのせこい対応を取るところも少なくありませんでした。

◆「3年雇止め」で崩壊しかねない現場

そして、最大の問題が迫っています。それが「3年雇止め」です。公募なしでの3年を超えての継続の任用はしないというのが多くの自治体での制度設計です(千葉県の医療専門職では5年という例もあるが)。これが、会計年度任用職員制度です。すなわち、多くの自治体で任用期間が3年に達すると、公募に応募して再度試験を受けるなどしないといけないのです。

以下は会計年度任用職員当事者の方のtweetです。

「今日来年度の雇用の話があり、更新希望なら履歴書とハローワークの紹介状を総務課に提出してと言われた。また学歴職歴志望動機を書くの? ちなみに別な会計年度さんは辞める。理由はフルタイムでこの低賃金はない。とても長い目で見て働けないと。また優秀な人材が離れていく #会計年度任用職員¥」

例えば、専門性が高い仕事だから、高い給料で雇う、という場合なら3年の任期というのもありかもしれません。

しかし、専門性の高い仕事を安い給料しか出さずに有期雇用でやらせる。これではばかばかしくてやめていく人も多いでしょう。その結果何が起きるか?

例えば、経験の浅い新人が、DV被害、子どもの虐待や学校でのいじめ被害、生活困窮者支援など、高い専門性を必要とする仕事で困難事例を受けることになる。その結果、その新人職員は潰れてしまうことになりかねません。

他にも、会計年度任用職員が多い職種として看護師があります。千葉県の場合、看護師の会計年度任用職員は正規の7割程度の給料です。それでいて5年で公募するということです。これではばかばかしくて、民間病院や介護施設などに流出してしまいかねません。公的医療現場の人手不足も深刻化させかねません。

◆いまこそ非「労働貴族」の労働運動を!

筆者が地元・広島で幹部を拝命している自治労連では、総務大臣に会計年度任用職員制度の改善を求める署名運動をネットでも行っています。

【要求項目】

〈1〉安心して働き続けられる制度にするため、任用期限の上限を撤廃してください。当面、再度の任用にあたって非公募とし、制限を設けないようにしてください。

〈2〉「会計年度任用職員」の賃金を大幅に引上げ、一時金(期末・勤勉手当相当額)、諸手当を改善してください。休暇制度(有給の病気休暇)など処遇を改善してください。

〈3〉処遇改善のため、法改正の提案と予算措置を行ってください。

こうした、署名運動と並行して、各自治体での労働組合の運動も大事です。広島市の場合は、そうはいっても、非正規の多い職場で自治労連系の組合が組織されています。そのことを背景に一定の賃上げを勝ち取っています。

一方で、広島県外の友人が住んでいる自治体では、連合系自治労の組合はあるが、非正規のアップは要求していないというということです。今年の12月議会に提案される職員給与条例の改定案でも非正規についてはまったくのゼロ回答ということです。そもそも、組合が要求しないことには当局も取り組まないのです。

連合の芳野会長や、公務員労組の推薦を受けながら公務員給料カットに賛成するような議員はいわば「労働貴族」です。この実態については、以下の筆者も登場する本に詳しいです。

しかし、真面目に非正規公務員の問題に取り組む組合は絶対に必要であり、そのことは、いまこそ声を大にして申し上げるものです。

それとともに、筆者自身も含む「公務員以外の市民」も、自分たちの暮らしの安全・安心を担う行政サービスが、いま存続の危機であることに刮目(かつもく)しなければならないのです。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
◎Twitter @hiroseto https://twitter.com/hiroseto?s=20
◎facebook https://www.facebook.com/satoh.shuichi
◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

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化学物質過敏症をめぐるツイッター「炎上」、知的な人々による軽い言葉の発信、毎日新聞の元記者も 黒薮哲哉

デジタル鹿砦社通信(1月14日付け)で紹介したYouTube番組に、SNS上で波紋が広がっている。ニューソク通信が配信した須田慎一郎さんの下記インタビュー番組である。既にアクセス数は、10万件を超えた。


◎[参考動画]内部告発で医療界に激震!!安易な診断書交付が悲劇を生む!!化学物質過敏症の深い闇!!横浜副流煙裁判との共通点とは…?

配信直後からSNS上で、出演者に対する批判が広がった。それ自体は、議論を活性化するという観点から歓迎すべき現象だが、ツィートの内容が事実からかけ離れたものがある。わたしに対する批判のひとつに、「取材不足」という叱咤があった。化学物質過敏症がなにかを理解していないというのだ。

 

◆「その他のご質問に関しましては、回答を控えさせて頂きます」

この番組は、化学物質過敏症の専門医である宮田幹夫医師による診断書交付に科学的根拠が乏しいという主張を、舩越典子医師が展開したものである。患者の希望に応じて、宮田医師が診断書を交付している節があるという告発である。

告発の根拠となったのは、宮田医師が舩越医師に送付した書簡だった。そこには舩越医師が宮田医師に紹介した患者についてのコメントが記されている。患者が精神疾患なのか、それとも化学物質過敏症なのか診断できないのに、「エイヤア」の精神で診断書を交付した経緯を宮田医師が自ら記している。舩越医師はそれを医師としての重大な過ちと受け止めたのである。

既に述べたように、SNS上で炎上しているわたしに対する批判のひとつに「取材不足」という指摘がある。わたしが宮田医師や他の専門医を取材していないという批判である。たとえば網代太郎氏の次のツイートだ。

黒薮氏は、おそらく宮田医師へ取材していない。他のMCS専門家へも取材していないであろう。舩越医師一人の見解を検証もせずに、たれ流している。
彼が、自称ジャーナリストに過ぎないことは、以前から分かっていることであるが。

 

わたしは11月30日(2022年)に、宮田医師に対して書面で質問状を送付した。それに先立って取材を申し込んだが、宮田医師に応じる意思がないことが分かったので、書面での質問状送付に切り替えたのである。質問事項に関しては、プライバシーにかかわることが含まれているので公表しないが、回答(鹿砦社のファックスで受診)は極めて単純なものだった。次のような文面である。

 この度は取材のお申し込みを頂き、ありがとうございました。
 お問い合わせのありました化学物資過敏症の診断基準については、1999年に米国国立衛生研究所主催のアトランタ会議において、専門家により化学物質過敏症の合意事項が設けられております。こちらをご確認頂ければと思います。
 その他のご質問に関しましては、回答を控えさせて頂きます。
 ご理解頂きますように宜しくお願い申し上げます。

網代氏は、わたしが宮田医師以外の専門医を取材していないと述べているが、これも事実ではない。たとえば数年前に内田義之医師に対するインタビューを「ビジネスジャーナル」に掲載している。

※黒薮哲哉「芳香剤や建材等の化学物質過敏症、急増で社会問題化か…日常生活に支障で退職の例も」(2018年5月11日付け「ビジネスジャーナル」)

内田医師は、次のように日本の診断基準を批判している。

私は、日本も米国の診断基準を採用すべきだと考えています。グローバルにデータを比較するという意味でも、日本の診断基準は問題があります。これでは化学物質過敏症の実態を、ほかの国と比較することはできません。ですから専門家が議論して、新たに診断基準を決めるべきでしょう。これは国の役割であると考えます。

化学物質過敏症に罹患した患者の声については、別の機会に紹介しよう。

◆ツィッターの社会病理

ちなみに網代氏は、毎日新聞の元記者である。この問題についてわたしや舩越医師を批判するツイートを多数発信している。

投稿者は頭に閃いたことをそのまま発信してしまう傾向がある。新聞記事を執筆する際には、十分な裏付けを取るが、ツイッターとなると網代氏のような中央紙の記者経験者でも、安易に言葉を発信する傾向があるようだ。

余談になるが、わたしはツイッターの「中毒」になった人達を何人も見てきた。その中には政治家や弁護士、大学教授なども含まれている。若者もいれば、高齢者もいる。軽薄な言葉を吐き散らしていて、言葉に対する感性の鈍さを見せ付けられた。

◎[過去記事リンク]禁煙ファシズム http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=114

▼黒薮哲哉(くろやぶ・てつや)
ジャーナリスト。著書に、『「押し紙」という新聞のタブー』(宝島新書)、『ルポ 最後の公害、電磁波に苦しむ人々 携帯基地局の放射線』(花伝社)、『名医の追放-滋賀医科大病院事件の記録』(緑風出版)、『禁煙ファシズム』(鹿砦社)他。
◎メディア黒書:http://www.kokusyo.jp/
◎twitter https://twitter.com/kuroyabu

黒薮哲哉『禁煙ファシズム-横浜副流煙事件の記録』
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「言論」論〈02〉被疑者・被告人を「実名報道」せざるをえない理由 片岡 健

現在の日本の事件報道では、被疑者は逮捕された時から実名で報道される。その後、被疑者が起訴されずに釈放された場合は匿名で報道されるが、起訴されて「被告人」になった場合は実名で報道され続ける。このような被疑者・被告人の実名報道については、人権侵害だからやめるべきだという意見は根強い。

実際、私も重大事件の容疑で逮捕された人やその家族が、実名報道により大変な目に遭った実例にたくさん接してきたので、そういう意見は否定しがたい。が、これまでの取材経験を通じ、そういう報道被害の問題を踏まえてもなお、被疑者・被告人は原則、実名報道せざるをえないと考えるに至っている。被疑者・被告人の実名がわからなければ、事件を客観的に検証することがより困難になるからだ。

たとえば、冤罪の疑いがある事件の取材をするのに、被疑者・被告人の実名は不可欠な情報だ。裁判を取材するにしても、被告人の名前を知らなければ、裁判所に公判の日時を問い合わせることもできないからだ。

また、刑事施設に収容された被疑者・被告人に手紙を書いたり、面会に行ったりするのも被疑者・被告人の実名を知らなければ叶わない。これはすなわち、被疑者・被告人の実名を知らなければ、被疑者・被告人本人から直接、言い分を聞くこともできないということだ。

捜査機関が誰かを逮捕し、その実名を公表する場合、公表先は通常、記者クラブに所属している報道機関だ。したがって、記者クラブ加盟社が被疑者の実名を報じなくても、記者クラブ加盟社自身が捜査機関のすることを充分に監視できれば、実名報道の必要はないと言えるかもしれない。

しかし、記者クラブ加盟社は捜査機関から様々な便宜を供与されているのに加え、そもそも、記者クラブ加盟社自身も常に完璧な報道ができるわけでもない。そう考えると、記者クラブ加盟社の報道を事後的に検証できる可能性を高めるためにも、記者クラブ加盟社に被疑者・被告人の実名を報道してもらわざるをえない。

要するに、刃物について、「人を傷つける道具になる」という理由でこの世から無くすわけにはいかないように、被疑者・被告人の実名報道も「被疑者・被告人の人権を侵害する」という理由で完全に否定することはできないということだ。実際にいくつか、世間の誰も冤罪だと気づいていないような冤罪事件の取材をしてみれば、それは理解できることである。

◎[過去記事リンク]片岡健の「言論」論 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=111

※著者のメールアドレスはkataken@able.ocn.ne.jpです。本記事に異論・反論がある方は著者まで直接ご連絡ください。

▼片岡健(かたおか けん)
ノンフィクションライター。編著に『もう一つの重罪 桶川ストーカー殺人事件「実行犯」告白手記』(リミアンドテッド)、『絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―』(電子書籍版 鹿砦社)。stand.fmの音声番組『私が会った死刑囚』に出演中。

「絶望の牢獄から無実を叫ぶ―冤罪死刑囚八人の書画集―」[電子書籍版](片岡健編/鹿砦社)
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何故、今さら重信房子なのか?〈後編〉 板坂 剛

重信房子釈放の3日後、都内某所で行われた「リッダ闘争50周年記念集会」に寄せられた重信房子の「音声」からも、反省の気持ちは全く聞き取れなかっただけでなく、この時期既にウクライナからの避難民を積極的に受け入れている日本政府のダブルスタンダードぶりを告発する意見が述べられていた。

奇しくも同集会に寄せられたリッダ闘争の戦士岡本公三のアピールの中にも、全く同じ文章があった。

「日本では、ウクライナ戦争の避難民を歓迎しているようですが、他の難民はどうなっているのでしょうか。さらに言えばパレスチナの人々は、50年経った今もイスラエルに占領され抑圧されて、苦しい生活を送っています。この問題の解決には、まだまだ私たちみんなの努力がいるでしょう」

両者の主張は多くの日本人の胸を射る。ウクライナから来た人たちは、皆日本人の優しさに救われたと語ったそうだが、その優しさをこれまでパレスチナ人に対して示した日本人が、日本赤軍の戦士たち以外にどれだけいただろうか……と言い切ってしまうと左側の正論として処理されてしまうのが日本の現実である。


◎[参考動画]テルアビブ空港乱射事件から50年 岡本公三容疑者が記念集会参加(2022年5月撮影)


◎[参考動画]リッダ闘争50周年 5.30集会

リッダ闘争に関する日本に定着した「一般論」にも疑問が残る。常に「メディアは真実を伝えていない」と声高に叫び続ける左右の論客も、リッダ闘争の真相に関してはイスラエル側の発表を鵜呑みにしている感がある。

日本赤軍の三戦士が「死んだらオリオンの星になる」との誓いを交わし、決死の覚悟でリッダ空港の管制塔を占拠すべく、空港に到着したところ、情報を入手して待ち受けていたイスラエル軍の兵士たちが一般の乗客もろとも無差別に銃を乱射して多くの死傷者を出してしまったというのが真相だという。

アラブの民衆にとっては、結果的に一般の乗客を巻き添えにしたことよりも、わざわざアジアの東の果てからイスラエルという戦後世界体制の矛盾の集約点に乗り込んで行った日本赤軍の行動に「目醒めさせられた」との感慨を抱いたことの方が重かったようだ。


◎[参考動画]1972 Lod Airport Massacre Revisited

「リッダ空港闘争50年記念日本集会」にPFLPより寄せられたメッセージには、次のように記されていた。

「リッダ闘争の英雄たちは、彼らの血でこの真実に光を灯し、決して素直に聞こうとしない世界に、パレスチナの地で独自の方法で実行することで世界に事実を示し、解放戦士の戦いに否応なく耳を傾けさせた。
 不正義に対する抵抗闘争の象徴を打ち立て、わが民衆を恥じ入らせた(※「恥じ入らせた」に太字)。英雄・岡本公三に敬意を表する」(太字=筆者)。

冒険の人を「恥じ入らせた」ほど画期的な闘争だったのだ。リッダ闘争以後、中東を訪れた日本人は皆アラブの人々から「日本赤軍にはいったい何万人の兵士がいるんだ」と訊かれ、「50人ぐらいかな」と答えると「そんなわけないだろう」と詰問されたという。

とんでもない過大評価だが、そこまで強烈なインパクトを残した闘争を偉業という以外に適切な表現はないだろう。重信房子もリッダ闘争に関しては謝罪していない。天才は常に「善悪の彼岸」にいるのだから。

 
岡本公三(左)とファイティング原田(右)

天才は論じるものではなく
感じるものである。

……そんな結論に私は達してしまった。単なる偶然と言えばそれまでだが、私は初めて岡本公三の顔写真を見た時、ファイティング原田に似ているなと思った。

もう60年前のことだが、若干19歳の身でタイのポーン・キングピッチを破って世界フライ級チャンピオンになった彼こそはまぎれもなく「革命児」だった。打たれても打たれても前へ前へと突き進む笹崎ジムの闘争スタイル自体が、当時としては革命的だったが、未成年にしてその斬新な戦法を完璧に修得したこの男も天才だったと言えるだろう。

ただ容姿が似ているというだけではない。岡本公三にファイティング原田と同じ心意気を感じたと言ったら、ジャンルが違うと笑われるだろうか。岡本公三と共にリッダ闘争に身を投じた奥平剛士(重信房子の夫)が書き残した手記に、彼らの心情が代弁されている。

 奥平剛士
 これが俺の名だ
 まだ何もしていない。
 何もせずに 生きるために
 多くの対価を支払った
 思想的な健全さのために
 別な健全さを浪費しつつあるのだ
 時間との競争にきわどい差をつけつつ
 生にしがみついている
 天よ 我に仕事を与えよ

世の中には極少数の天才と大多数の凡人が存在するのだが「まだ何もしていない」自分を責めるのが天才の特性である。「何かをしなければならない」という使命感によって、彼は凡人であることを拒否し、天に向かって「我に仕事を与えよ」と願う……崇高な理念に殉ずる快感が天才には必要なのである。

それを「傲慢」「特権意識」と批判するのは凡人の自由だし、批判されても仕方がない天才もいることはいる。

20世紀最高の天才は誰かと言えば、私はためらうことなくアドルフ・ヒトラーの名前をあげるのだが、この人を善人だったと思う人は世界中に一人もいない。いたら相当な変質者だろうが、しかしヒトラーやナチスに関する研究書や評伝は戦後70年を過ぎて尚、現在に至るまで夥しい数量出版され続けている。ソックリな俳優を起用した映画も作られていて、これがまたなかなかの優れモノだ。

でもネ。ヒトラーを打ち負かした側の指導者、チャーチルやルーズベルト、スターリンの評伝を、あなたは書店で見かけたことがありますか? そんなもの出したって売れるわけがないことを出版社が承知しているからですよ。

真の勝者は誰だったのか? 歴史って案外粋な判定を下すものだと今は思える。

そして今また山上徹也とかいう人物が元首相の安倍晋三を狙撃死亡させる事件が発生したおかげで、テロリズムが脚光を浴びているようだ。

犯行が選挙期間であったために、野党政治家までが「民主主義の否定だ」「テロはいけない」「暴力はいけない」と心にもないコメントを口にしていた。「安倍一強の長期政権を倒せなかった自分たちにも責任がある」ぐらい言えないのかと思った。

私自身、汚染水の海洋放出がいよいよさし迫っているにもかかわらず、いっこうに原発の問題を争点にしない野党には愛想が尽きて、選挙という国家事業に関心がなくなっていただけに、山上徹也の行為には内心忸怩たる思いを禁じ得なかったのは事実である。

日本赤軍がアラブの民衆を「恥じ入らせた」(「恥じ入らせた」に傍点)と同じ感性的反応の兆しがそこにはある。しかし、私はやはり山上徹也という人物に共感を抱くことは出来なかった。もし、彼が統一協会に家庭を破壊された恨みから凶行に及んだのではなく、福島の原発事故で避難を強いられ、避難先でイジメられた少年時代を過ごしたというトラウマをかかえ、社会からの疎外感に苦しんでいたというなら、民主党が廃炉にすると決めていた原発を「安全基準が満たされれば」という条件つきで再稼働に舵を切った首相を抹殺しようとする気持ちにも、同情の余地はあっただろう。

また、私とて勝共連合には不快な思いをさせられたことが何度もあるし、2・26事件の青年将校が1500名の兵を率いて行った義挙を、たった一人でやり遂げた行動力には脱帽すべきところがあり、長年心の友であったデューク東郷の面影も見えはする。

はっきり言って、これまで私の前で「安倍晋三を殺したい」と言った若者は一人や二人ではない。どこまで本気なのか疑わしい限りだったが、彼等の誰よりも山上徹也にはリアルな存在感があった。動機が忌わしい家庭の事情であったせいだろうか。

逆に三島由紀夫や重信房子から痛烈に感じられた「荒唐無稽」なまでの天才のロマンが全く感じられない。それにしても、やはり、今さら(未だに)重信房子に感じている私って、少しおかしいのかなあ、と正解のない問いを自分に向かって発し続けるしかない真夏の夜の私なのである。


◎[参考動画]安倍元首相銃撃事件 SPに取り押さえられた山上徹也容疑者 2022.7 大和西大寺駅前

◎板坂 剛「何故、今さら重信房子なのか?」〈前編〉
     「何故、今さら重信房子なのか?」〈後編〉
※本稿は季節33号(2022年9月11日発売号)掲載の「何故、今さら重信房子なのか?」を再編集した全2回の後編です。

▼板坂 剛(いたさか ごう)

作家。舞踊家。1948年福岡県生まれ、山口県育ち。日本大学芸術学部在学中に全共闘運動に参画。現在はフラメンコ舞踊家、作家、三島由紀夫研究家。鹿砦社より『三島由紀夫と1970年』(2010年、鈴木邦男との共著)、『三島由紀夫と全共闘の時代』(2013年)、『三島由紀夫は、なぜ昭和天皇を殺さなかったのか』(2017年)、『思い出そう! 1968年を!! 山本義隆と秋田明大の今と昔……』(紙の爆弾2018年12月号増刊)等多数。

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)
タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号