ピョンヤンから感じる時代の風〈24〉「時代は変わる」── G7広島サミットが示した世界の現実 若林盛亮

G7広島サミットは「大成功」と議長を務めた岸田首相は胸を張った。だがそれが虚勢であり、今回のサミットを通じ「G7の悪意」、「G7の凋落」が暴露され、「G7の時代は終わった」ことを世界の前に示した。それが5月のG7広島サミットだった。

 
Bob Dylan - The Times They Are A-Changin’

60年前にボブ・ディランがつくった「時代は変る」-“The Times They Are A-Changin’”、その歌詞がそのまま当てはまる時代をいまわれわれは迎えている。

国中のおとうさん おかあさんよ

わからないことは 批評しなさんな

むすこや むすめたちは 

あんたの手にはおえないんだ

昔のやり方は 急速に消えつつある

新しいものを じゃましないでほしい

助けることができなくてもいい

とにかく時代は変わりつつあるんだから

この「国中のおとうさん おかあさん」を「G7」に置き換えればいい。とにかく時代は変わりつつあるのだ。

◆被爆地広島を怒らせた「広島ビジョン」

今回のG7サミットは被爆地、広島で行われたことが最大の「売り物」だった。

G7首脳が原爆資料館を訪れ「被爆の実態」を知っただけでも意義があるとマスコミは持ち上げた。「オバマ大統領は10分だったが、今回は40分」などと言われるが、被爆の悲惨さを伝える当時の生々しい実物資料展示室まで見たか否かは「非公開」と発表された。おそらく館内での「被爆者の声を聞く」時間などを考えれば「オバマの10分」と大差ないものだったであろう。だから資料館で何を見たかは「非公開」にせざるを得なかったのだ。単なるパーフォマンスの場とすることで広島を侮辱したと言える。

被爆地、広島では「G7初めて」となる核軍縮に向けた文書とされる「広島ビジョン」が採択された。広島への冒涜はこの文書に象徴的に示されている。

「広島ビジョン」のポイントは「全ての者の安全が損なわれない形での核軍縮」という文言が盛られたことだ。逆読みすれば「安全が損なわれるような形での核軍縮はやらない」ということだ。ロシアの核使用の危険、核軍拡の中国、「北朝鮮」の危険という「安全を損なう脅威」を煽りつつ「核抑止力の強化」を宣言した「広島ビジョン」、核軍縮に逆行するG7合意だ。

広島県原爆被害者団体協議会の箕牧智之理事長は、「広島ビジョン」がG7各国の核保有や“核の傘”による安全保障を正当化し、「核抑止」を肯定する内容だったことに「まったく賛成できない」と断言し、「ロシアの核の脅しも問題だが、ますます世界を分断させることにならないか」と懸念を表明した。

1991年から8年間、広島市長を務めた平岡敬氏は、「岸田首相が、ヒロシマの願いを踏みにじった。そんなサミットだった」「19日に合意された“広島ビジョン”では、核抑止力維持の重要性が強調されました。戦後一貫して核と戦争を否定してきた広島が、その舞台として利用された形です」と怒りを露わにした。

国内政局がらみのバイデンの「早退」で日米韓首脳会談は顔合わせ程度に終わったが、バイデンは別途、日韓首脳を米国に招き正式会談をやると公表した。ここでの主要議題はNATO並みの「核使用に関する」協議体、「日米韓“核”協議体」創設となろう。米韓はすでに“核”協議グループ創設を4月末の尹錫悦(ユン・ソクヨル)「国賓」訪米時に合意している。

この通信で何度も述べてきたことだが、わが国には「核持ち込み」「核共有」の受け入れが迫られる。すなわち「非核の国是放棄」を迫られる。

「広島の怒り」の火に油を注いだ「G7の悪意」を目撃した広島や長崎の人々、いや日本国民がそれを許さないだろう。

◆グローバルサウスを敵に回したG7

今回の広島サミットの目的の一つが、ウクライナ支援やロシア制裁に距離を置くグローバルサウスと呼ばれる発展途上国をG7側に取り込むことにあった。しかしそれは全く逆の結果をもたらした。

広島サミット後、G7に招待されたグローバルサウス諸国はいっせいに今回のG7サミットを批判した。

「ウクライナとロシアの戦争のためにG7に来たんじゃない」(ルラ・ブラジル大統領)。インド有力紙は見出しに「ゼレンスキー氏の存在に支配されたG7」の記事を配信。インドネシア紙は「世界で重要性を失うG7」との記事を、ベトナム政府系紙は「ベトナムはどちらか一方を選ぶのではなく、正義と平等を選択する」と書いた。

今回のG7広島サミットはゼレンスキー主演の喜劇舞台になった。会議直前に彼の参加が公表され、ウクライナ問題には触れたくないグローバルサウス首脳らにとっては寝耳の水、いわば「嵌(は)められた」(プライムニュース司会の反町隆史発言)恰好になった、怒りを買うのは当然だろう。また「ゼレンスキー劇場」のために、グローバルサウス首脳の発言時間も制約を受けた。「グローバルサウスの日」の日程が「ゼレンスキー劇場」のために大きく時間が割かれたからだ。グローバルサウス首脳はいわばだまし討ちにあった形になった。

「G7先進国」でかつて自分がやった植民地支配をまともに反省した国はない。英国のエリザベス女王国葬の時、あるアフリカの首脳は「彼女は生前、一度たりとも植民地支配への謝罪の言葉を述べなかった」と語った。グローバルサウスは、G7の米国式「普遍的価値観・法の支配」秩序はかつての植民地支配秩序の現代版に過ぎないことを知っている。

ウクライナ支援やロシア制裁を強要する「ゼレンスキー氏の存在に支配されたG7」で、彼らはさらにそれを痛感させられた。グローバルサウスを取り込もうとしたG7は自らの厚顔無恥ぶりをさらしただけの結果を広島で招いたと言える。

米国を筆頭とするG7諸国に対し「もうあんたらの手に負えないんだ」ということをグローバルサウスは世界に知らしめた、そんな意義を持ったとしたら、それはよいことだ。


◎[参考動画]【G7広島サミット】「ウクライナ」テーマに議論 ゼレンスキー大統領も出席

◆虚勢を暴露したウクライナ軍事支援

「戦局を変える」と鳴り物入りで宣伝された「F16戦闘機のウクライナへの供与」も内容はお寒いものだ。

まず供与されるF16は欧州諸国では旧式の余り物、いわば「在庫品一掃」の形。操縦士の訓練は3ヶ月で基礎的な離着陸、空中飛行は修得できるが、空中戦の実戦対処となると数年はかかるだろうとか、また機体の維持管理要員の訓練も数ヶ月いや数年かかるとさえ言われている。

要するに即戦力にはならない。これをゼレンスキーは「F16機の獲得は、ロシアが敗北を喫するだけとの世界からの強力なメッセージの一つ」と虚勢を張った。

こうした実戦的な意味を持たない軍事支援が「戦局を変える」と世界に虚勢を張った、ここにも広島サミットで見せた「G7の窮地」を見ることができる。

案の定、「5月反転攻勢」を叫んだゼレンスキーだが5月も終わりになって「戦車の台数が足りない」と言い訳しだした。なす術がないのが現実だろう。ロシア軍は自らの支配管轄下に置いた東部のロシア人居住地域の最前線一帯に対戦車用の2.5mの深さを持つ塹壕を延々張り巡らすなど二重三重の重厚な防御陣を構築した。欧州から最新のレオポルド型戦車が供給されたというが、いくら戦車が来ても戦車戦などとうてい無理だろう。

欧州諸国、いや米国内部からも「いつまでこんな制限のないウクライナ支援を続けるのか?」、ロシア制裁のあおりを受け穀物などの物価高騰、エネルギー難の生活苦に追い込まれた国民の怒りの声が上がり続けている。

広島サミットで華々しく打ち上げた「ウクライナ軍事支援」は線香花火に過ぎないこと、G7がやっきになってもウクライナ軍の「反転攻勢」は絵空事だと世界が知る日は遠くない。

◆バイデンの会議「早退」── 米国内の分断を露呈

今回の広島サミットは「G7の親玉」、米国の弱体ぶりをも露呈するものになった。

バイデンは、ウクライナへの「無制限の軍事支援」などで膨らむ予算確保のために、債務上限を見直す法案を議会に提出したが共和党の反対で法案が採択できない事態に陥り、これが通らないとデフォルト(債務不履行)宣言を受ける国家的危機に直面、日米韓首脳会談も後日に延ばし会議を「早退」、帰国せざるを得なかった(帰国後、妥協案成立)。さらにバイデンはG7広島訪問後に予定した公式訪問日程、オーストラリア、パプアニューギニア歴訪もキャンセルせざるを得ないという外交失態を演じ赤恥をかいた。

対ウクライナ支援を巡る米国内の意見対立、分断ぶりが、民主党と共和党の「債務上限見直し」を巡る対立として露呈、それが「米国の窮地」を世界に見せることになった。

朝日新聞の望月洋嗣・アメリカ総局長は同紙の「多事奏論」に「突きつけられる二つの正面」と題する文章を寄せた。ここにはロシアのウクライナへの「特別軍事作戦」によって中ロ「二正面作戦」を強いられた「米国の窮地」が書かれている。

「ウクライナ軍事支援は欧州に主導させ、米国も日本も中国への対応に資源を集中すべきである」とのトランプ政権下の国防総省で軍事戦略策定に関わったエルブリッジ・コルビー氏の見解を紹介。

他方でハドソン研究所のジョン・ウォルターズ所長兼最高経営責任者(CEO)の懸念「米国が(ウクライナ)支援から手を引けば、欧州は政治、経済、軍事の各面でワシントンを支持しなくなり、中国は欧州との新たな関係を模索するだろう」を紹介。

この二つの対立する見解を紹介しながら望月総局長は「米国にはもはや“二つの戦闘”に向き合う余力はない」と結論づけた。

「G7の親玉」の足下が揺らいでいる「米国の窮地」をG7首脳はじめ世界に見せるという失態も、バイデンは世界に見せた。

ボブ・ディランの「時代は変る」は最後をこう締めている。

線は引かれ コースは決められ

おそい者が つぎには早くなる

いまが 過去になるように

秩序は 急速にうすれつつある

いまの第一は あとでびりっかすになる

とにかく時代は変わりつつあるんだから


◎[参考動画]Bob Dylan – The Times They Are A-Changin’ 時代は変る

近々、日韓首脳を米国に呼びつけて広島で延期になった日米韓首脳会談が開かれる。そこでは日米韓“核”協議体創設が何らかの形で話し合われるだろう。

わが国に対する「G7の親玉」からの「非核の国是放棄」の強要は、秒読み段階に入ったと言える。これを排撃するためにも「昔のやり方は 急速に消えつつある」という時代を感じとる鋭敏な感覚と、時代の流れを読む目をしっかり持とう!

若林盛亮さん

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)さん
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

勇者たちは地獄に堕ちるのか? ロシアの民間軍事企業「ワグネル」創設者プリゴジンはプーチンに粛清されるかもしれない 横山茂彦

反プーチン勢力(ロシア義勇軍・自由ロシア軍など)がウクライナから越境攻撃するなど、ウクライナ戦争は緊迫の度を高めている。

ロシアの内戦のきざしとともに、注目を集めているのがワグネルのプリゴジンの発言(映像パフォーマンス)である。

「弾薬が70%足りない。ショイグ(国防相)、ゲラシモフ(参謀総長)! 弾薬はどこにあるんだ」「あれほど要求したのに、送られてきたのは、たった10%だ!」
と、軍首脳を罵倒してきた民間軍事会社ワグネルのプリゴジンは、バフムトを完全制圧したとして(ウクライナ軍部はこれを否定し逆包囲を示唆)、前線からの撤退を表明した。

投降したワグネルの兵士(懲役囚)の話では、ウクライナ兵の位置を知るために丸腰で最前線の標的にされたという。ワグネルに「退却はない」のだそうだ。その戦い方はしかし、弾薬不足を証明しているのかもしれない。


◎[参考動画]ワグネル「バフムト撤退」表明 ロシア軍に陣地を引き継ぎ(2023年5月25日)

◆クーデターを怖れている?

ロシア軍がワグネルに弾薬を送らない理由が、プリゴジンのクーデターを怖れているのではないかという説がある(中村逸郎「現代ビジネス」ほか)。

独裁者がみずからと対抗するナンバー2を許さないのは、ナチスドイツのヒトラーとエルンスト・レームの関係に明らかだ。

二人の関係を描いた戯曲『わが友ヒットラー』で、三島由紀夫はレームに「軍隊は男の楽園」と語らせ、その軍隊を統制する政治が左右の過激分子を排除する権謀術策であることを証していく。

その三島が激賞した映画「地獄に堕ちた勇者ども」は鉄鋼王の一族が、ナチスに乗っ取られていくドラマの中に、レーム粛清の「長いナイフの夜」を挿入している。休暇先でのドイツ人らしからぬ陽気な乱痴気騒ぎと、眠りこけている朝、SSを中心とした正規軍に虐殺されるシーンの対比が凄まじい。


◎[参考動画]「地獄に堕ちた勇者ども」La Caduta degli dei〈The Damned〉(1969伊・西独)

ちなみにイタリアの原題は「La caduta degli dei(神々の堕落)」で、西ドイツでは「Die Verdammten(くそ野郎)」。共同制作国でも、ナチスを扱う分だけ表現が違うわけだが、アメリカはドイツの原題をそのまま「The Damned(くそったれ)」である。品がなさすぎる。邦題がいちばん相応しいと思う。

◆緩慢なる粛清

ところで一説には、プリゴジンに届けられたのは弾薬だけではなく、「バフムトの陣地を離れたら、祖国に対する国家反逆罪になるという脅し付きだったのだ」(前出、中村)という。

ロイターは「 ロシア民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は、ウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトから部隊を撤退させれば祖国に対する反逆と見なすと示唆されたと明らかにした」と報じている。だとしたら、これは緩慢な粛清ではないのか。

「この戦争のみならず、シリア内戦の時も、プリゴジン率いるワグネルはロシアの正規軍よりも最前線に立って戦ってきました。それもすべては、『盟友』プーチンのために他なりません。しかし、ここ最近のやり取りから、プーチン側はプリゴジンを切り捨てたように見えます」(中村)

プーチンとプリゴジンの関係は、プーチンがサンクトペテルブルク市第一副市長だった頃からだという。プリゴジンは継父とともに始めたホットドッグ店のネットワークからレストラン経営に転じたころ、プーチンが店に通うようになったという。

公式の記録では、2001年にプーチンとシラク仏大統領が、プリゴジンが経営する「ニューアイランド(船上レストラン)」で食事をしている。このときプリゴジンは、個人的に料理を提供したという。2002年にはジョージ・W・ブッシュ大統領を迎え、2003年にはプーチンが同レストランで誕生日を祝っている。

◆戦争を商売にする者たち

ワグネルは約5万人とされているが、ロシア軍の先鋒隊として世界各地で戦闘を行なっている。

提携する軍隊は、ウクライナドンバスの親ロシア派だけではなく、シリア正規軍・イランのイスラム革命防衛隊・中央アフリカ軍・モザンビーク国防軍・マリ軍・リビア革命軍など。そして派遣先でワグネルグループの子会社を通じて権益を得ているのだ。かつての関東軍がアヘン利権で戦費をおぎなったように、独立した政商軍隊なのである。それゆえに派遣先では戦争犯罪行為を訴追され、国際犯罪組織に指定されてもいる(アメリカなど)。

このことはまた、現代世界が21世紀の今日もなお、戦争(侵略と内戦)という経済実体を持っていること、グローバル資本主義のもとでもなお、ナショナリズムと国家主義の堅牢さがあることを雄弁に物語っている。

独裁政権をめぐる権力闘争もまた権謀術策にまみれ、戦争の中で人命を食い物にしながら残虐に行なわれるのだ。プリゴジンとプーチンの関係から目を離せない。


◎[参考動画]【ドキュメンタリー】“プーチンの料理人”がウクライナに「囚人兵」を派遣 ロシア軍事企業「ワグネル」の暗躍【TV TOKYO International】(2023年1月27日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年6月号

「核兵器先制不使用」にすら触れなかったG7広島サミット「核廃絶」の茶番! 過剰警備・過剰交通規制で市民・県民生活は大打撃! さとうしゅういち

G7広島サミットが5月19日から21日、開催されました。結論から申し上げれば、「核兵器廃絶」を目的とするならば、「G7サミットを広島に誘致する」という手段が全くの誤りだったことが明白になりました。

 
栃木県警の警察労働者の皆様。建物に入出入りする人は全員検問されていた。広島駅北口で筆者撮影

そして、2万4千人もの警察労働者を全国各地から広島に動員した過剰警備・過剰交通規制で、市民・県民の生活が大打撃を受けただけでした。

もちろん、全国の機動隊の方が押し寄せて儲かったお好み焼き屋さんもあったのですが、全体としては「売り上げが半減した」(ラーメン店主)、「物流が止まって必要な薬が手に入らないということでひやひやした」(持病のある女性)「保育園の給食が止まって、弁当を持たせないといけなくなった」(女性労働者)など影の部分が目立ちました。サミット期間中は、ヘリコプターの轟音が東区の筆者の自宅でも午前2時を過ぎても鳴り響きました。

◆従来の日本政府のスタンスの焼き直し「広島ビジョン」

今回のサミットでは、地元選出の岸田総理が目指しておられた「核なき世界」への前進は全く見られませんでした。

総理が議長として19日に発表した「広島ビジョン」は従来の日本政府のスタンスを一歩も出るものではありません。

第一に、核兵器禁止条約に全く言及していません。これは、従来の日本政府の姿勢を考えれば、当然と言えば当然です。「核保有国と非核国の橋渡しをする」と言いながら、日本政府=ほぼ自民党のことですが=は何もしてこなかった。

第二に、それどころか、核兵器先制不使用にすら触れませんでした。今すぐ、核兵器をなくすのは難しくても、核兵器をこちらからは先に使わない、という約束をすれば、ぐっと緊張緩和の機運も高まります。「先制攻撃されるかもしれない」という恐怖で満ちているからこそ、「抑止力」という名の軍拡で対抗しようと各国は走り出す面が大きいからです。核兵器先制不使用にすら触れないのは残念です。もちろん、これとて、オバマ大統領が2009年頃に核兵器先制不使用を打ち出そうとしたときに日本政府こそがこれを阻止しようとした歴史的経緯もあります。その日本が今回議長国なのだから、そんなことは最初から期待すべくもなかったかもしれません。

第三に、2000年のNPT再検討会議で合意された核兵器廃絶への明確な約束にすら触れていません。この約束は、当時、世界のNGOが核兵器保有国に対してNPT六条を根拠に迫り、実現した歴史的なものでした。まさに、2000年の水準からさえも後退した文書が「広島ビジョン」です。被爆者のサーロー節子さんらが「サミットは失敗だった」と怒るのも当然です。

◆中国包囲網にゼレンスキー参加 緊張激化に広島が利用された

その上、今回は事前の日米首脳会談で「抑止力の強化」と称した軍拡を合意しています。また、いわゆる台湾有事を煽り立てつつ、いわゆる中国包囲網をインドなどグローバルサウスもこの会議に招待することで構築しようというのが今回のサミットの狙いです。

そもそも、国共内戦の延長である台湾問題に日本が軍事介入すれば、日本はロシアを非難する資格を失います。ロシアも、ウクライナ国内問題であるドンパス紛争に介入してロシア系住民を守ると称してウクライナに侵攻したわけです。ドンパス地方におけるウクライナ政府側の非人道的な行為も批判されるべきだし、中華人民共和国も、武力で台湾を制圧するということは絶対に避けるべきです。だが、だからといってロシアがウクライナに侵攻してしまったらそれは侵略です。そして、台湾に日本が軍事介入したら、これも中国に侵略への反撃と称した日本攻撃の口実を与えてしまいます。

さらにサミット終盤にはウクライナのゼレンスキー大統領が参加し、各国に武器支援を要求したとみられます。外交交渉ですから詳しいことはベールに包まれていますが、このタイミングで武器を要求しないわけがありません。広島は、戦争当事者の片方に加担する会議の場となってしまいました。

もちろん、ロシアの核による威嚇は許しがたい。しかし、それに対して、軍拡で答えるアメリカなどにも待ったをかける。そして、ヒロシマ・ナガサキに続く核戦争による悲劇が起こらないよう体験をもとに呼び掛けていく。これが1945年の被爆からいままでの平和都市広島=ヒロシマのスタンスだったはずです。

ゼレンスキー大統領単独で見学に来てもらい、復興支援を求めるメッセージに絞って発言していただくか、あるいは、適当なタイミングでロシアのプーチン大統領と両方呼んで、和平交渉への顔合わせを広島でする、というのであればまだわかるのですが、G7という場に来てもらったのはまずかった。

◆G7首脳の原爆資料館見学のプラス面は少ない

なお、G7首脳が原爆資料館で40分程度勉強したことを成果とする向きもあります。しかし、そのことを差し引いても、トータルではマイナスの結果だったのは明白です。そもそも、核大国の首脳になるほどの政治家はしがらみも多いのです。

政治家に核兵器の悲惨さについて勉強してもらうなら、例えば、核大国以外の国の首脳とか、核大国でもしがらみの少ない一年生議員に広島に来て勉強してもらう方が中長期にも国際世論の喚起や、核兵器保有国内での政策転換に役立つのではないでしょうか?

◆自民から共産まで、全員サミットを評価・期待!? 問われる広島県議の政治センス

筆者は統一地方選挙2003の広島県議選に立候補しました。マスコミや市民団体の政策アンケートでG7広島サミットについての設問では「サミット誘致を評価しない」「サミットに期待しない」という趣旨の回答をさせていただきました。

ところが、自民党、公明党はもちろん、立憲民主党、日本共産党に至るまで、既成政党系の候補者は全員、「サミット誘致を評価する」「サミットに期待する」というご回答をされていました。特に総理の軍拡にあれほど熱心に反対しておられる日本共産党の県議候補お二人がお二人とも「サミット誘致を評価する」スタンスで回答されていたのには腰を抜かすほど驚きました。特に安佐南区で筆者と議席を争った女性候補については、彼女の市議時代は、筆者も公選はがきを百枚単位で書かせていただくなど支援をさせていただいただけに衝撃は大きい。結果として筆者は当選に至らなかったが筆者が立候補しなければ、県民に対して選択肢を示すことはできなかったと痛感しました。

G7広島サミットに被爆者・当事者が僅かなのぞみをかけるのはよくわかります。サミットが行われる以上、そこに来る首脳にガツンと伝えるべきことは伝えないといけない。

しかし、サミットを誘致する立場(総理、知事、市長の行政トップ)、あるいはそれを議会で予算や法律などの面からチェックすべき政治家は「サミット開催が核兵器廃絶に資するかどうか」ということを精査する義務がある。そして残念だが、県議に関していえば、自民から共産まで精査した形跡がないのです。

◆「法の支配」が聞いてあきれる広島・日本の腐敗しきった行政

今回のサミットは、中国に対抗して、「法の支配」を推進するということもテーマでした。

しかし、足元の広島、日本の政治や行政は「法の支配」をえらそうに語れる状態でしょうか?

例えば、広島県の平川理恵教育長。外部の弁護士の調査でも地方自治法違反、官製談合防止法違反を指摘された上、「高すぎる」タクシー代についても虚偽答弁が発覚したにも関わらず、居座っておられます。彼女に代表されるような腐りきった県政は、「法の支配」とは程遠いものがあります。

また、日本の裁判所は住民vs行政の裁判では、ほとんど行政の主張をうのみにする場合が多い。原発、産業廃棄物、労働問題など。これで「法の支配」が行き届いていると言えるのでしょうか?

◆過剰警備や「お願い」に過ぎぬ過剰規制も「法の支配」と程遠く

また、前後を含むサミット期間中の過剰警備・過剰規制には筆者も含む広島都市圏住民は悩まされました。

特に、廿日市市宮島には、識別証を持たない人は入れない、という報道がされていました。ところが、筆者の友人が「規制が始まる」18日12時を過ぎてから宮島に渡ろうとして「規制」とやらの法的根拠を現場の外務省職員に問うたら法的根拠はなく「お願い」をしているだけだというのです。そしてそのお願いに基づいて、宮島ではお店に休業してもらっている。そして補償もしないという。これもまた「法の支配」とは程遠いものがあります。

◆明白だった平和都市としての「ヒロシマ」と旧白人帝国主義国本位の「G7」の「矛盾」

そもそも、戦後の広島という都市は建前では日本政府とも違うスタンスでした。繰り返しになりますが、日本政府は核兵器禁止条約そのものに反対だし、核兵器先制使用禁止をアメリカが打ちだそうとした際にはこれを阻止したのはむしろ日本政府でした。アジアに位置しながら、西側の一員として、日本政府は存在しました。しかし、広島という都市は、陣営を超えて、核というものは二度とわれてはいけん、なくさんといけん、というスタンスで建前はやってきたのです。

一方で、G7は西側=旧白人帝国主義国家に偏った集団です。所詮は旧白人帝国主義国家+脱亜入欧だった日本から構成されるものです。さらに、筆者も市民団体のアンケートでもふれたのですが、日本政府自体が、G7で名誉白人扱いされて舞い上がっているだけの感もあるのではないでしょうか?

こうした背景がある以上、G7はG7の論理で会議を進め結論を出すし、それはどうしても広島の思いとはかけはなれるのはわかりきったことです。

しかし、無理に広島でG7サミットを開催したことで、広島がG7による抑止力という名の軍拡を容認した形になってしまいました。自民から共産までの県議の皆様もそれを結果として後押ししてしまったのです。

また、世界は大きく変わっており、日米欧の世界経済などに占める割合は格段に落ちてきています。今回、グローバルサウスを呼んだのもそのことを日米欧も認めているということです。G7そのものが前世紀の遺物であることを自白しているということです。この点からもG7には期待できないし、広島サミットにも期待できないのは当然です。

◆市民が対抗して声を上げたのが「成果」

G7サミットは毎回そうですが、はっきり言って首脳たちによって庶民にプラスになるような成果はほとんどなかったというべきです。しかしながら、市民がサミットに対抗して声を上げていく(いわば反作用)に意義があったと言えるでしょう。

5月14日に原爆ドーム前で行われたG7サミットに反対する市民集会
 
5月14日の市民集会に参加した筆者

筆者も、G7サミット開催を目前にした5月14日に原爆ドーム前で行われたG7サミットに反対する市民集会に参加しました。グローバルサウスからフィリピンの元国会議員。そして今回、尹大統領も参加される韓国人で広島在住の方。そして台湾有事という名の軍拡合戦で犠牲を強いられることが予想される沖縄から参加、挨拶をいただきました。

また、多くの若者の皆様も、今回のG7サミットをしっかりチェックしていただいています。(https://twitter.com/Kakuwaka

そして、サミットに期待・サミット誘致を評価していたような政党の政治家も、「広島ビジョン」を見て、失望や怒りに変化しています。

筆者は、今後とも、総理の選挙区でもある広島からガツンと為政者(中央政府)に対して物申していく決意です。

▼さとうしゅういち(佐藤周一)
元県庁マン/介護福祉士/参院選再選挙立候補者。1975年、広島県福山市生まれ、東京育ち。東京大学経済学部卒業後、2000年広島県入庁。介護や福祉、男女共同参画などの行政を担当。2011年、あの河井案里さんと県議選で対決するために退職。現在は広島市内で介護福祉士として勤務。2021年、案里さんの当選無効に伴う再選挙に立候補、6人中3位(20848票)。広島市男女共同参画審議会委員(2011-13)、広島介護福祉労働組合役員(現職)、片目失明者友の会参与。
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◎広島瀬戸内新聞ニュース(社主:さとうしゅういち)https://hiroseto.exblog.jp/

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ピョンヤンから感じる時代の風〈21〉対日“核”世論工作の開始-G7広島サミット 若林盛亮

◆「日本の最大の弱点は、核に対する無知」!?

「日本の最大の弱点は、核に対する無知だ」!

これは「安全保障問題の第一人者」とされる兼原信克元内閣官房副長官補(同志社大学客員教授)が4月15日の読売新聞主催のG7広島サミット開催記念シンポジウムで語った言葉だ。

5月に開催されるG7広島サミットを前に「核に対する無知」を正すための米国による対日“核”世論工作がすでに始まっている。

「核の脅威に対する知識を深め続ける」!

フジTV「プライムニュース」に出演したブラッド・ロバーツ元米国防次官補代理(オバマ政権で核・ミサイル防衛担当)は「核に無知な」日本人にこのように「提言」した。

この「提言」を行ったブラッド氏は、自分の研究所、グローバルリサーチセンターの所長として一つの「報告書」をまとめた。この「報告書」作成に米国人以外の唯一の外国人、高橋杉雄防衛庁防衛研究所室長を参加させた。この一事をとってみてもこの「報告書」が誰のために作られたものかがわかるだろう。

 
プライムニュースの「報告書」写真

一言でいってこの「報告書」は「核に無知」な日本人に「核の脅威に対する知識を深め」させるための「啓蒙の書」だと言える。

題して「第二の核超大国、中国の台頭-アメリカの核抑止戦略への影響」がそれだ。

「報告書」の内容は題名の通り「中国の核の脅威」を説くことと、これに対応する新たな米核抑止戦略について述べたもの。

まずは「ロシアの分析」。

そこではプーチン体制が続けば、ロシアは「核挑発を繰り返す」とし「核兵器への依存を高め、早期使用に頼る可能性が高い」と分析。

要するに、ロシアによる核戦争挑発の危険が高まっていますよという日本人への「警告」だ。

次に中国の「核軍拡」への警鐘。

中国は核大国として今後10年ほどで質量的にアメリカと同等の存在となる。現在の新型ミサイルの大量導入もいまある現実の脅威であること。

核弾頭数でいえば、中ロ合わせて3,000発に対して米国1,500発という不均衡が生じる。これが現在の深刻な「核の脅威」であると「警告」。

だから核戦争挑発のロシアと第二の核超大国、中国に対抗する新たな核抑止戦略として、米国はアジアと西欧の同盟国と協力して抑止力強化の役割分担を新たに定めるべきであること。

これが「報告書」の結論だ。

「プライムニュース」出演のブラッド氏は、特にアジアにおいて日本は「ミサイル防衛」でいちばん大事な同盟国であり、米国と共同で核抑止力を高める責任を負うべきであることを強調した。

この責任を日本に負わせる上で最大のネックになるのが「核に対する無知」な日本人の非核意識だ。だから5月開催のG7サミットで広島から発せられるメッセージは「核に対する無知」な日本人を啓蒙、覚醒させるものになるであろうことは明らかだ。


◎[参考動画]核超大国・中国の脅威と抑止戦略〈前編〉2023/4/17放送

◆「葛藤から逃げずに議論」、これが「広島の声」!?

5月のサミットを前にした4月15日、読売新聞主催のG7広島サミット開催記念シンポジウムが「被爆地」広島で持たれた。

このシンポジウムへのメッセージで川野徳幸・広島大平和センター長は次のように呼びかけた。

「今後、核廃絶の理想と、米国の“核の傘”に守られている現実の隔たりが深刻化するかもしれない。それでも、その葛藤から逃げずに議論するべきだ」

この発言を受けて「葛藤から逃げずに議論」、これが「広島の声」だという形で読売新聞は伝えた。

「広島は核なき世界をかかげるシンボリックなまちで、これまで核抑止論を含む安全保障の問題を正面切って議論することは少なかった」、つまりこれまでは「核廃絶という理想と現実の葛藤となる」核抑止の議論を避けてきた、しかしいまは現実の核の脅威から「逃げずに核抑止を議論」すべきことをこの広島大平和センター長は訴えたのだ。

一言でいって、G7広島サミットを契機に、非核日本のシンボルの地からの訴え、「広島の声」として、「核抑止力強化」の議論を「葛藤から逃げずに」高めていこうということだ。

冒頭で上げた「日本の最大の弱点は、核に対する無知」なる兼原信克発言の意図するもの、それはいまや「核に対する無知」を克服すべき時、「核抑止力強化」を議論すべき時であること、これを「広島の声」として発信していこうということであろう。


◎[参考動画]G7広島サミット開催記念シンポジウム③ 被爆者の声 広島の声

◆「葛藤から逃げずに議論」すべきこととは?

「核に無知」な日本人が「葛藤から逃げずに議論」すべき課題については、すでに上述のブラッド・ロバーツ元米国務次官補代理は語っている。読売新聞の取材に答えたものだ(2月15日付け一面トップ記事)。

「岸田首相は核廃絶という長期目標に向けた現実的なステップを踏みつつ、核兵器が存在する限り核抑止力を効果的に保つというアプローチを明確にすべきだ」と、まず議論の前提を述べた。

その「核抑止力を効果的に保つアプローチ」についてブラッド氏は具体的に二つの課題を提示した。

第一は、「アジアに核兵器が配備されていない核態勢は今日では不十分」だということ。

これは日本の「非核三原則」を見直し、せめて日本への核配備、「核持ち込み」を容認しないと危険なことになりますよという警告だ。ブラッド氏にとっては非核三原則は「核に対する無知」な日本のシンボルなのだろう。

第二は、NATOのような核使用に関する協議システム、「日米核協議の枠組みが必要」だということ。

この「日米核協議の枠組み」と関連して日韓首脳会談開催決定を受けて早速、動き出したものがある。 

読売新聞(3月8日朝刊)は一面トップ記事で米政府が「“核の傘”日米韓協議体」創設を打診していることをワシントン特派員がリークした。そこでは「韓国は有事に備えた核使用の協議に関心を示している」が問題は日本政府だとして岸田首相に「有事に備えた核使用」、すなわち日米「核共有」の議論に踏み込むことを暗に求めている。

これはNATOと同様に米国と日本との「核共有」システム、有事には自衛隊も核使用を可能にする協議システムが必要だということだ。

米国の狙いは、米国の核抑止力の一端を自衛隊に担わせること、自衛隊に核攻撃能力を持たせることだ。具体的には「核共有」実現によって新設された自衛隊スタンドオフミサイル(中距離ミサイル)部隊に核搭載を可能にすることだ。

その先にあるのは米国が対中対決の最前線を担わせる日本の代理“核”戦争国化、「東のウクライナ」化だ。

これがG7広島サミットで発信される「広島の声」、「葛藤から逃げずに議論」する「核抑止力強化」論の帰結だ。


◎[参考動画]G7広島サミット開催記念シンポジウム① ブラッド・ロバーツ元米国務次官補代理の基調講演「緊迫する安全保障環境 米国の核戦略は」

◆「非核の国是」放棄か堅持か、日本の性根が問われる時

読売TV「深層ニュース」出演の兼原信克・元内閣官房副長官補は「核に対する無知」な日本人をこう脅迫した。

「非核の国是を守ることが大切か、国民の命と安全を守ることが大切か、議論すべき時が来た。答は明らかでしょう」

非核の国是を日本の安全保障と対立するものとする「安全保障問題の第一人者」。まるで非核が「核に対する無知」の象徴かのような詭弁、国是の愚弄を許してはならない。国是を愚弄することは日本という国を否定することだ。まさに日本の性根が問われている。 

「核に対する無知」な日本の象徴として被爆地・広島を愚弄するG7広島サミット、そこから開始される「葛藤から逃げずに議論」せよという対日“核”世論工作を許してはいけないと思う。

非核の国是は日本の安全保障と対立するものではない、いや「非核の国是堅持」こそが強固な日本の安全保障であることを明確にすべき時が来た。

若林盛亮さん

▼若林盛亮(わかばやし・もりあき)さん
1947年2月滋賀県生れ、長髪問題契機に進学校ドロップアウト、同志社大入学後「裸のラリーズ」結成を経て東大安田講堂で逮捕、1970年によど号赤軍として渡朝、現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

ピョンヤンから感じる時代の風〈20〉「世界の流れに呼応した国民の闘い」  それが求められている 魚本公博

ロシアによる「特殊軍事作戦」が始まって以来、1年という年月が経った。この間、世界は大きく変った。それは、これまでの米国覇権、米国中心の覇権秩序の崩壊が誰の目にも明らかになり、脱覇権が世界的な流れとなってきたということではないだろうか。

しかし日本政府は、この流れを見ることなく、米国覇権に従い、ロシア制裁の先頭に立ち米国が唱える新冷戦、対中対決の最前線を担い、敵国攻撃能力の保持や国防費をGDP2%にするなどと軍拡の道をまっしぐらに進んでいる。

それでいいのか、それをストップさせる力はどこにあるのか。それを考えてみたい。

◆二つの会談、浮き彫りになったのは?

この間、中露首脳会談と岸田首相のウクライナ訪問という二つの首脳会談があった。それを比較することから浮かび上がる日本の立ち位置、先ずそれを見てみたい。

その一つ、3月20日から3日間に渡ってモスクワで行われた中露首脳会談。

会談の冒頭、中国の習主席は「中露関係を強固にし発展させることは、中国の戦略的選択であり、それは中国自身の根本的利益にかなっている」と中国の立場を明らかにし、会談では「持続可能な発展分野」「農産物輸出の手続き簡素化」「宇宙開発、位置情報での協力」など広範な分野での経済・技術協力が協議された。

会談後の共同声明には「経済協力で2030年までに貿易や双方の通貨使用を拡大し、石油や天然ガスなどエネルギー分野の協力強化を図ること。軍事交流と協力の強化を図る」内容と共に「国連安保理の承認のない、一方的な制裁に反対」が盛り込まれた。

これに対し、米国は、「(訪問自体が)ロシアが犯罪を続けるための外交的隠れ蓑を提供しようとしている」(ブリンケン国務長官)などと批判。日本のマスコミも中露の協力の動きを「専制主義国家の提携であり、世界がロシアのウクライナ侵略を非難し、ロシア制裁に力を入れている中で中国のロシアへの接近は許されない」などと論陣を張った。

新聞の解説記事は、「米国の覇権に対抗 思惑一致」「米国の覇権による秩序を終わらせたい思いで一致」などと、「米国の覇権」、「米国の覇権による秩序」を中露両国が共同で対抗し終わらせることを目論んでいると分析している。

もう一つ、同日時に(3月21日)に行われた岸田・ゼレンスキー会談。

その目的を象徴したのは、例の「しゃもじ」。広島・宮島の「しゃもじ」を土産にというのは失笑物だったが、岸田首相の頭にあったのは広島サミットの成功だったようだ。

世界最初の被爆地で開かれる広島サミットは、「核のない世界」を掲げながら、「ロシアの核脅威」をもって、米国の包括的核抑止力の必要性を説き、その下での日本の抑止力としての敵基地攻撃能力の保持、核の共同所有を準備するものになりそうである。

一方,岸田首相は、広島サミットを「歴史的な転換点にある今、国際社会が共有すべき考え方を提供したい」として、「法の支配に基づく国際秩序の堅持とグローバルサウスと呼ばれる国々を含むG7を超えた国際社会のパートナーとの関係強化の二つの視点から国際社会が直面する課題を取り上げる」と述べる。

ウクライナ訪問はインド訪問からの連続だったが岸田首相はインドで「開かれたインド・太平洋のための行動プラン(新計画)」を発表した。それは「法の下での共存強調」、「平和の原則と繁栄のルール」などを提示しながら、これを試金石にインド太平洋地域諸国に750億ドルの支援を行うというものである。

岸田首相が言う、「法の支配に基づく国際秩序」とは、米国による覇権秩序のことであり、カネを餌に、ここにグローバルサウス諸国を取り込むというものである。

こうした広島サミットについて、国連の議論では、グローバル・サウス諸国が「G7なんて旧宗主国グループじゃないか。我々を植民地にした者が上から目線で、きれいごとを言える身分か」「G7が守りたい国際秩序とは、米国がわれわれにやりたい放題の謀略、軍事侵攻を仕掛けてきたやり方だろ。まっぴらだ」などと反発の声を上げているという(『選択』4月号の記事)。

以上、二つの国際会議を通して浮き彫りにされたのは、中露の米覇権反対にグローバルサウスも同調しているのに対し、米覇権秩序を支え、そこにグローバルサウス諸国を引き込もうとする米国の手先のような日本の姿である。

◆それが世界の流れなのだ

中露だけでなく、米国覇権秩序に反対することは世界的な流れになっている。

ウクライナに対するロシアの「特殊軍事作戦」が発動されて1年。マスコミはロシア制裁が「隙間だらけ」(2月20日付け朝日新聞)、「大きな『抜け穴』」(3月3日付け読売新聞)という記事を載せた。

「隙間だらけ、抜け穴」とは、制裁を行っているのは、米欧日だけであり、他の国々はロシアとの貿易を増やし制裁が効いていないことを指している。インドはロシアからの輸入は前年比5倍、中でも石油は10倍も輸入を増やしており、これを石油製品にして欧州に売っている。中国もロシアからの原油輸入は前年比1.4倍の584億ドルもの巨額であり、貿易量も2.4倍になっている。

トルコも輸出入共に増やしており、イランもロシアとの関係を深め武器も提供しており、エジプトもロシアからの食糧輸入を増やし武器輸出もこっそりと行っているようだ。

インドはグローバルサウスを自認する大国であるが、全てのグローバルサウスがロシアとの貿易を拡大している。

「抜け道」は、彼らだけではない。当の米国自身、肥料や資源の輸入を続けている。欧州もロシア産天然ガスへの依存度を10%に抑えると言いながら影では輸入を増やしており、ダイヤモンドやウランの輸入も続け、インドを経由したロシア産石油製品も輸入している。日本もカニ、ウニ、タラコを輸入し、日本の天然ガス需要の10%にもなる「サハリン2」の天然ガスを輸入している。

世界の大多数の国々がロシアとの貿易を拡大している。それも、こっそりではなく公然と。それは最早「抜け穴」ではなく、世界の「流れ」だと見るべきではないだろうか。そして、米欧日というロシア制裁を声高に叫ぶ諸国までもが「抜け穴」行為を行っているという事実は、ロシア制裁が如何に茶番であるかを物語っている。

米国覇権からの離脱では世界的なドル離れも注視される。

サウジアラビアは石油決済はドルで行うという米国との「秘密協定」を無視しドル以外の通貨での支払いを認める方向に梶を切った。またブラジルのルラ大統領がドルに変わる決済通貨として「スール」を提案し中南米諸国がこれを支持する動きになっている。

 今回の中露会談でも、「自国通貨による決済」が合意されている。すでにロシアの貿易決済の3分の1はルーブルであり、他国通貨を含めたドル以外の決済は50%になっている。インドの大量のロシア産原油輸入もインド・ルピーやルーブルが使われている。

俗に米国覇権は「核とドルによる支配」と言われたが、世界的なドル離れが進んでいるのだ。とりわけ、サウジアラビアと米国の「原油取引はドルで行う」という秘密協定破棄は、石油がドル価値を支える巨大な物質的基礎だっただけに、ドルの威信低下を決定的なものにする。そして、ドルの本国である米国では、銀行破産が続き、国際金融の最大手の一つ、クレディ・スイスも倒産した。金融界では1920年代の金融恐慌が起きるのではないかと囁かれている。最早、ドルの時代、米国覇権の時代ではないのだ。

◆世界の流れに呼応した国民の闘いが国を変える

米国離れ、ドル離れが世界の大きな流れになっている中、欧州では昨年来「いい加減にしろ」のデモが各地で起きている。ロシア制裁の結果、電気代やガソリン、食糧品が高騰して国民生活を直撃しており、「このままではホームレスになるしかない」ほどのものになっているからだ。

英国では、今年に入って、医療、鉄道、高速道路、港湾、郵便などの公共部門の労働者50万人が参加する大ストライキが起きている。スローガンは「賃上げ」と共に「生活と公共サービスを守れ」であり、サッチャーリズム以来の公共部門の削減政策、新自由主義政策の見直し要求になっている。

その上、スナク政権が「ストは人々を危険にさらす」として「反ストライキ法案」を可決したことで、「全国教員組合」の30万人の教員も参加し、多くの学校でストライキが決行されており、スナク政権の支持率は10%台で、ほとんど「死に体」である。

フランスでも、マクロン大統領の強権的(議会の承認なしの大統領決定)な「年金支給年齢の引き上げ」に全国的な激しいデモが起きている。

イタリアでは昨年、自国第一主義のメローニ政権が誕生した。この政権には、「プーチンとは親友」を公言するベルルスコーニ前首相が参加しており、ロシア制裁から一定の距離を置くことを期待されての政権誕生である。

こうした動きの原動力は、米国の言いなりになって、新自由主義改革を行い、いま又「ロシア制裁」によって、国民に塗炭の苦しみを強いる政治への怒りである。

日本でも物価高騰は激しく、その上、米国に言われての未曾有の軍拡で、増税や社会保障費の削減が予定されている。さらに日本は新冷戦の最前線にされ、ウクライナのような代理戦争を強いられるような状況にあり、まさに国民は「命と暮らし」を守るかどうか、死ぬか生きるかの瀬戸際立にたされようとしている。

しかし、「日米同盟基軸」であり「同盟が国益」という政府は、あくまでも米国覇権の下生きることしか考えず、いまだに新自由主義改革にしがみつき、社会保障の削減や米国式ジョブ型雇用の導入、公共の削減・民営化に躍起となっている。

 
魚本公博さん

野党も「民主主義を守れ」(それは多分に米国式民主主義)、「ロシアを制裁せよ」であり、それでは米国の覇権回復戦略政策に反対し、それに追随する自民党と闘うことなど出来ない。

「民主主義だ」「ロシア制裁だ」と言うのもよい、しかし、それで何故我々が苦しまなくてはならないのか。日本でもいい「加減にしろ」(enoughandenoughもうたくさん)の声が高まってくるのは必至だ。 

結局、この国の宿痾のような対米追随政治を変えるのは、国民しかいない。米国覇権に反対する世界的な流れ、欧州国民の運動に呼応する日本国民の闘い、それが日本を変える。

これから統一地方選の後半戦がはじまり、総選挙も噂されている。そうした中で、日本の国を変える動きが芽生えくることを期待している。

◎ピョンヤンから感じる時代の風 http://www.rokusaisha.com/wp/?cat=105

▼魚本公博(うおもと・きみひろ)さん
1948年、大分県別府市生まれ。1966年、関西大学入学。1968年にブントに属し学生運動に参加。ブント分裂後、赤軍派に属し、1970年よど号ハイジャック闘争で朝鮮に渡る。現在「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『一九七〇年 端境期の時代』
『抵抗と絶望の狭間~一九七一年から連合赤軍へ』

ピョンヤンから感じる時代の風〈19〉どうなるウクライナ戦争 小西隆裕

◆ウクライナ戦争の本質を問う

今日、世界の政治はウクライナ戦争を離れてはあり得ない。

ウクライナ戦争がどうなるかで、各国の政治も少なからず、影響を受けるようになる。

それで、この戦争の行方を探る様々な試みがなされている。

この戦争がどうなるか、それを究明することは、この戦争がいかなる戦争か、その本質を離れてはあり得ない。

それについては、これまで多くの人々がプーチン・ロシアによるウクライナ侵略戦争だと思ってきた。

しかし、このところの戦争の進展は、どうもこの戦争が単純なロシアとウクライナの戦争ではないことを教えてくれている。

ウクライナに対する米欧各国による武器の供与、経済的支援とロシアに対する制裁、それに同調せず、陰でロシアを支える中国など非米諸国の動き、そしてそのどちらにもつかず離れずの動きを示す国々、どうやらこの戦争をめぐって世界は大きく二分裂、三分裂の様相を呈してきている。

ここで、米欧、それに日本を加えた勢力がいわゆる旧帝国主義諸国なのは誰の目にも明らかだ。

それに対して、中ロなど非米諸国は、何なのか。これについて、一つは、中ロを後進の新興帝国主義と見ながら、それと結びつく非米諸国を一つの帝国主義ブロックとしてとらえる見方、もう一つは、中ロなど非米諸国を中ロまで含め、一つの非米脱覇権、反覇権勢力と見る見方があるのではないだろうか。

この中ロ・非米諸国に関する二つの見方の違いはどこから生まれてくるのか。それは、主として時代のとらえ方の違いによっているのではないかと思う。前者は、現時代をいまだ帝国主義、覇権の時代ととらえており、後者は、帝国主義、覇権時代の終焉、脱覇権時代の到来ととらえているということだ。

この前者と後者、二つの見方の違いによって、ウクライナ戦争をどうとらえるか、その本質も全く違ったものになる。前者の見方からは、戦争は、先進帝国主義勢力と後進帝国主義勢力による帝国主義間戦争になり、後者の見方からは、覇権か反覇権か、その雌雄を決する戦争になる。

◆現時代をどう見るか

時代分析の基準はいろいろあると思う。

しかし、その中でももっとも規定的なものは、人々の意識ではないかと思う。

人々の意識が転換すれば時代が転換し、時代の転換は、人々の意識の転換にもっともよく現れるようになる。

今、人々の意識の転換でもっとも顕著なのは、米覇権に対する意識の変化だ。

かつては、米国が世界のリーダーだった。米ソの冷戦時代にあっても、リーダーは米国だった。ソ連東欧圏の人々の中でも、それが潜在的にあったのではないだろうか。

しかし、今は違う。

米国が世界のリーダーだと思っている人は、もはや決定的に少数派になっているのではないだろうか。

世界的範囲での自国第一主義の台頭は、偶然的な「ポピュリズム」ではない。確固とした世界史的趨勢になっている。

ウクライナ戦争にあっても、米国によるウクライナ支援の呼びかけに対し、それに従わない自国第一の風潮がヨーロッパだけでなく当の米国をはじめ全世界に生まれているのはそのことを示していると思う。

この時代的転換の時、ウクライナ戦争をどう見るか。

古い帝国主義間戦争と見るのは無理があるのではないだろうか。

◆ウクライナ戦争の行方を予測する

ウクライナ戦争の行方を見定める上で、そのメルクマールとしてよく言われるのは、ロシアとウクライナ双方の武装状況の比較だ。特に、米欧からのウクライナへの武器供与状況がどうなるかで戦争の行方が云々されている。

戦争において、武器が占める比重が大きいのは言うまでもない。しかし、それで戦争の勝敗が決定されるかと言えば、そうではない。戦後、米国が引き起こした戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン・イラク戦争、等々で米国が勝てなかったのはなぜか。その原因が武装の劣勢にあったのでないのは自明のことだ。それは間違いなく、他国を侵略する者と自国を守る者との意識の違いにあった。

ここから見た時、ウクライナ戦争はどうか。

そこで確認すべきは、この戦争の本質だ。重要なのはこの戦争がロシアによるウクライナへの侵略戦争でも帝国主義間戦争でもないことだ。

プーチン・ロシアは、なぜあの「特殊軍事作戦」を起こし、ウクライナに攻め入ったのか。それについて、プーチン自身、ウクライナの中立化、非武装化、非ナチス化をその目的として挙げている。すなわち、米欧覇権によるウクライナのNATO加盟の促進、対ロシア軍事大国化、ナチス化の推進を止めさせるための「作戦」だったということだ。

だが、ウクライナ戦争の進展は、先述したように、この戦争の持つ意味がそれに留まらず、より大きく広がっているのを示している。米欧日帝国主義覇権勢力と中ロを含む脱覇権勢力間の世界を二分する世界史的な戦いだと言うことだ。

実際、この数年間、米国は中ロを対象に衰退する米覇権を建て直すため、その覇権回復戦略として、「米対中ロ新冷戦」を、二正面作戦を避け、「米中」は公然と、「米ロ」は非公然に敢行してきていた。プーチン・ロシアによる「作戦」は、その米国を二正面作戦に引っ張り出し、覇権対脱覇権の世界的な戦いに決着をつける、そのような目的を持って引き起こされたのではないだろうか。

この目的は、若干の紆余曲折は経ながら、大きなところでは現実化されてきているように思う。そのような視点からウクライナ戦争を展望するとどうなるか。

この戦争が持つこうした本質は、米英覇権のプロパガンダがいかに巧妙であっても、それを打ち破り、ロシアの人々、ウクライナの人々の意識を変えていくと思う。この戦争は、ロシアにとってあくまで正義であり、ウクライナにとって、どこまでも米欧覇権に代理戦争をやらされる屈辱に他ならない。

 もちろん、こうした意識がロシアやウクライナの人々皆のものになるのには時間が必要かも知れない。しかし、何ものもこの戦争の持つ本質をごまかすことはできず、ロシアとウクライナ、そして全世界の人々の意識を欺くことはできないだろう。

小西隆裕さん

▼小西隆裕(こにし・たかひろ)さん
1944年7月28日生。東京大学(医)入学。東京大学医学部共闘会議議長。共産同赤軍派。1970年によど号赤軍として渡朝。現在「かりの会」「アジアの内の日本の会」会員。HP「ようこそ、よど号日本人村」で情報発信中。

『抵抗と絶望の狭間 一九七一年から連合赤軍へ』(紙の爆弾 2021年12月号増刊)
『一九七〇年 端境期の時代』

外務省に直撃電話インタビュー! 岸田総理ウクライナ訪問の欺瞞と矛盾を問う 田所敏夫

3月21日岸田総理がウクライナを訪問した。大手メディアには「G7議長国としての面目」だの「遅すぎた訪問」という的外れな見出しで報じているけれども、そもそもいま日本政府は日本国籍保持者に対して、ウクライナへの渡航や滞在をどのように位置付けているのか。外務省の「海外安全ホームページ」ではウクライナについて下記の記載が公表されている。

外務省の勧告によれば、

ウクライナ全土に対して引き続き危険レベル4の退避勧告を発出しています。どのような目的であれ、ウクライナへの渡航は止めてください。また、既に滞在されている方は、安全を確保した上で、直ちに退避してください。

外務省(日本国政府)は、日本国籍保持者に対して、「どのような目的であれ、ウクライナへの渡航は止めてください」としたうえ、赤字で「退避してください」と勧告をしている。

外務省HPより

レベル4は危険情報の中でも最も高い危険度を示すそうで、法的拘束力はないものの、国が発する「公的な危険を示す情報」である。ところが片一方で「危険だから渡航するな、退避せよ」と勧告を出している国に、首相が出かけていくのは矛盾ではないか。

岸田が、万が一にも、ウクライナーロシア間の戦争を見かねて、停戦か終結に向けて、「わが身の危険怖れず平和を実現する!」との崇高な目的でキエフへ赴いたのならな疑義を差しはさむのは無粋に過ぎようが、当然ながら岸田が発したメッセージからはその様な意図は全く感じられない。

おかしいじゃないか。外務省すべからく自国民に「渡航を止めてください」と発信している国に総理大臣が出かけていくのは。

例によって当事者の見解を聞かなければならないので、24日外務省に電話をして、わたしの疑問を聞いてみた。最初にかけた電話では肝心の質問に及ぶと長時間の保留音を聞かされた後、一方的に切られてしまった。再度外務省の代表番号にかけ直し、ようやく会話の成立する部署に繋がった。

◆外務省担当者に一問一答──「こればかりは私の口から『困る』とは言えないので」

田所 ウクライナは「どのような目的であれ渡航を止めてください」と書かれています。これは間違いありませんか。

strong>担当者(女性) はい。

田所 先週総理大臣がウクライナを訪問しました。これは問題ないのでしょうか。

担当者(女性)そういう報道は伺っています(不貞腐れた口調)。

田所 国会でも総理は語っているので事実は間違いないと思いますが、総理大臣が「渡航止めましょう」という国に行くことが、外務省としては問題はありませんか。

担当者(女性) それについてはこちらからお答えできませんけど、総理大臣のウクライナ訪問についてお伺いしたいということで間違いないですか。

田所 日本人にウクライナから速やかに出てくださいと書かれています。日本人とは日本国籍を持っている人でしょう。そこに「ウクライナにいてはいけない、出てください」と書かれているので、総理大臣は例外として考えられるのかどうかを教えて頂きたいのです。

担当者(女性) 少々お待ちください。

その後2分ほど保留で待たされ、滑舌の良い男性が電話に出た。既に質問した内容の概要を再度質問すると、

担当者 今回総理に対しては滞在中に充分な対策を講じたうえで訪問している、ということがありますので、それをもって一般の方が行くのはまた違うのかなと思います。ただ依然としてロシアによる軍事活動は続いているので、空襲警報が出る状況ですので危険であることに変わりはないと思います。

田所 日々の報道などを見ていてもそう感じます。ところで細かいことなので恐縮ですが外務省のホームページで具体的な注意事項が書かれています。「軍事、空港、変電所や貨物ヤード等の鉄道関連施設等には近づかない。」と書かれています。岸田総理はポーランドから鉄道で移動されましたね。これは注意事項で指摘されている行為ではないですか。

担当者 はあ、はあ、はあ。

田所 具体的に「鉄道関連施設等には近づかない」とアドバイスされている方法で移動されました。これはどう理解したらいいのでしょうか。

担当者 今回の総理訪問についは担当課が違うので、詳しいことはわからないのですが、常識的にはウクライナ政府による警護もついていたかと思いますので、一般の邦人の方が渡航されるのと、政府の要人として警護を付けていくのを同一視するのは難しいのかなと思います。

田所 ただ現地は戦争状態ですので、危険の要因は内乱ではなくロシアによる攻撃ではないですか。ウクライナに警護してもらってもロシアがミサイルを撃ってきたら意味はないのではないでしょうか。総理大臣がウクライナを訪問すれば、それ以外の人もウクライナに行って大丈夫だとのメッセージとして受け取る余地はありませんか。

担当者 それはまったく違うので、現地は依然として空襲警報が鳴る状況ですし、最近もミサイル等の爆撃で亡くなっている人もいらっしゃるので、そこは同一視はできないのですが。

田所 私自身はウクライナには行きませんが、外務省の注意情報は、ありがたいと思っています。外務省のトップは外務大臣ですね。外務大臣の任免権は総理大臣にありますね。せっかくこのようにつまびらかな情報を外務省のかたが一生懸命集めて発信していらっしゃるのに、その情報発信と違う行動を総理大臣がしてしまうと、メッセージが混乱しませんか。

担当者 そうですね。

田所 現地で安全を講じたうえで総理大臣が行かれているのは勿論でしょうが、戦争をしているところに行くわけですから、例えば野党の国会議員やNGOのひとたちだって「総理大臣が行ったんだから、私たちも」と考えて不思議はないでしょう。私は詳しくありませんが今までこのような例はあるのでしょうか。

担当者 議員先生の例で言いますと昨年お二方、行かれた方がいらっしゃいまして、その時に関しては事前に外務省・政府への相談はなかったので、そのあと官房長官から記者会見で「遺憾である」と発言されていると思います。

田所 勝手に行ってしまったということですね。

担当者 そうですね。あとは現地で大使館が再開している状況でして現地政府とのやり取りであったり、邦人の保護の観点からも現地の大使館は再開しています。それに伴い大使や外務省職員は現地に滞在している。それについては勿論充分な安全対策をとっています。安全対策を取ったうえでやむを得ず政府としての務めを果たすために現地に駐在しているところです。

田所 それはわかります。現地大使館は再開しているけれども、通常業務はやっていないと発表されていますね。外務省の方が危険を冒しながら現地におられることは知っています。そのように「危険度が高い」と警告している国に総理大臣が行ってしまうと、解りにくいメッセージを発してしまうというのが私の疑問です。

担当者 そうですね。それについては引き続き危険度を発信してゆく必要があるのかなと思います。

田所 つまり、今回の総理ウクライナ訪問は、外務省としても説明しずらい状況でしょうか。

担当者 まあ、そこは、なかなか難しいところではあるんですが。安全対策を講じているという部分に対しては、私の方ではどのような安全対策であったのかははっきり把握できない。

田所 そうですね。安全対策と言ったところでウクライナに安全対策を要請してもロシアと戦争をしているのですから、間違えてということもあり得ますね。総理大臣がウクライナに行ってしまうと、国民には「危ないから行くのは止めましょう」と教えて頂いていますが、解りにくいとの感覚はご理解いただけますか。

担当者 もちろん。

田所 外務省の方としては「ちょっと困った」状態ということでもないですか。

担当者 まあ、こればかりは私の口から「困る」とは言えないので。

◆岸田ウクライナ訪問は平和外交や停戦を目指したものではない

つまり、岸田のウクライナ訪問は平和外交や停戦を目指したものでも、邦人保護のためでもなく、やはり戦争終結や平和達成とは程遠い「自己顕示」のためだったと結論付けてよかろう。

ロシアのウクライナ侵攻からはじまった21世紀の「古典的国家間及び軍事共同体の権益維持並びに軍事産業支援」のための戦争は、かくしてまたしても本質が覆い隠されようとするのだろう。「法による支配」を語る価値のない人間は次にどんな愚行で私たちを仰天させるのだろうか。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。著書に『大暗黒時代の大学──消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社)がある。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

田所敏夫『大暗黒時代の大学 消える大学自治と学問の自由』(鹿砦社LIBRARY007)

ウクライナ侵攻から1年 ── いまなお、プーチンを免罪する左翼反戦運動の混乱 横山茂彦

第二次世界大戦後の戦争を象徴した朝鮮戦争は休戦後70年、いまだ継続している。同じく冷戦のさなかに戦われたベトナム戦争は15年、新冷戦のなかで行われたソ連のアフガニスタン侵攻は10年。パレスチナ紛争も、イスラエル建国(1948年)によるシオニストの侵略を発端とするならば、じつに74年間におよぶ。

そしていま、ウクライナ戦争も一時的な紛争にとまらず、長期にわる本格的な戦争となった。ロシアのクリミア併合以降の紛争を数えれば、すでに9年目ということになる。

その長期にわたる災禍の中で、本通信でも指摘してきた反戦運動の理論的な混乱は、いまなお続いている。ロシアも悪いが、アメリカ(NATO)とゼレンスキー政権も悪い、というものだ。どっちもどっちなのだから、ウクライナとその人民を支援する必要もないと。何と冷淡なことだろうか。

かつてベトナム戦争において、日本の反戦運動はアメリカの軍事介入・北爆に反対してきた。南ベトナム民族解放戦線と北ベトナムがたとえ、中国やソ連(当時はスターリン主義と呼ばれた)に支援されていたとしても、帝国主義の植民地主義に反対するべきであると、闘うベトナム革命勢力を支援してきた。

それゆえに、多少の温度差はあれ、75年4月30日の解放勢力の勝利(アメリカの敗退)を、誰もが祝福したのだった。

ところが、そのベトナムがカンボジアに侵攻したとき、これを批判する反戦運動は数少なかった。さらに中国がベトナムを懲罰(国境侵犯)したときも、中国を批判する反戦運動はさらに少なかった。ソ連のアフガニスタン侵攻を批判した反戦運動は、中国派とされる一部の左翼だけだった。

こうしてみると、かつて世界の警察官を自認したアメリカ帝国主義は批判しても、元社会主義国のロシアや中国の覇権主義には、何となく批判の矛先が向きにくいということになるようだ。

とくにわが国においては、アメリカ・NATOの世界支配に反対し、アメリカに追随する日本政府の軍事大国化を批判する、ここに視点が置かれがちなのがわかる。けだし当然である。わが国が米軍の駐留下(沖縄米軍基地)におかれ、日米安保体制においてアメリカの戦争に加担することが、憲法9条をはじめとする反戦平和主義に反するからにほかならない。

だが、アメリカを批判するあまり、プーチンの戦争を免罪する。あるいは習近平の中国帝国主義を批判しない傾向もまた顕著である。これはきわめて危険だと思う。その結果、第二次大戦時のヒトラー政権にも匹敵するプーチン独裁、習近平独裁にも批判が向かない。やがて国論が戦争挑発国家の擁護となるのだ。

旧ソ連派の一部には、アメリカよりも民主主義がなくても、ロシアのほうがましだ。たとい中国や北朝鮮が独裁国であっても、日本はかつて侵略国だったのだから、それを反省して中国や北朝鮮を尊重すべき、などと。結果的に、歴史的事実(侵略)と現状の国家(個人独裁)を混同してしまう傾向も顕著である。

あるいはアメリカ帝国主義を批判するあまり、プーチンの侵略戦争を免罪する。その典型的な例を、このかん私が批判してきた共産同首都圏委員会を例に、できるだけわかりやすく解説しよう。

新左翼内の論争という、いまやニッチなジャンルに興味のある方は、ぜひどうぞ。

◆改ざんの釈明・誤記の訂正拒否を「組織的に決定」した(?)首都圏委

わたしは『情況』誌、および本通信において、共産同首都圏委のウクライナ戦争への見解を批判し、なおかつ「反批判」における論旨改ざん(論文不正)と誤記(出典文献の誤記・版元名間違い)を指摘してきた。

『情況』第5期終刊と鹿砦社への謝辞 ── 第6期創刊にご期待ください〈後編〉(横山茂彦2022年10月26日)

ところが、ある人を介して聞いたところによると、首都圏委は「横山の批判には反論しない」「論争はしない」と「組織的に決定した」のだという。

『情況』(2022年夏号)でほぼ完全に論破されているのだから、論争に応じたくないのは勝手だが、誤りはきちんと訂正しなければならない。彼らの機関紙の最新号「radical chic」(47号=12月末日発行・1月末配送)には、論旨改ざんの釈明はおろか、引用文の誤記(引用の誤読・誤植・版元名の間違い)についても訂正がないのだ。これはダメだろう。

にわかには信じがたいことだが、もしも組織的に「論旨改ざん、誤記の訂正もしない」と決定したのならば、「radical chic」は、ただちに廃刊されてしかるべきである。

論文不正や誤記を訂正できないのであれば、およそ報道や主張を発信する資格はない。単に倫理的なことを言っているのではない。デマや誤報が読み手をまどわし、思想表現の自由を阻害するからである。歴史的な記録としても、後世の読者を欺くことになるのだ。

ロシアや中国、北朝鮮といった専制独裁国家においては、報道の自由や思想表現の自由はない。フェイクと言論弾圧、そして事実の捏造、誤報の放置である。

その意味で、いかに政権に腐敗や堕落があるとはいえ、日本には民主主義的基礎として報道の自由が健在である。その報道の自由とは、事実の報道・誤報を訂正できる情報発信者の原則、絶え間ない努力に担保され、支えられているのだ。首都圏委の誤記の訂正放棄という行為は、これらを掘り崩すものにほかならない。

この件について、首都圏委が何ら対応できないのであれば、上記の批判と警告をくり返さざるを得ない。ジャーナリストとして、あるいは出版人として、首都圏委の諸君の厳正な反省と善処をもとめたい。

◆政治論文の基本を教えよう

さて、その首都圏委の主張を検証してみよう。

その前にそもそも政治主張になっているのかどうかを、吟味する必要があるだろう。およそ政治論文というものは、「主張」が明確でなければならないからだ。主張が明確であるためには何をしなければならないのか、論文作法の基本に立ち返って解説しておこう。

まずは、論文の初歩から教示する。論文であれば、他の研究者の主張・論脈と自分の主張を明確に区分する必要がある(正確な引用・引用した文責の明確化)。そのうえで、研究論文には独自の「考察」「研究」が求められる。この考察・研究がない論文は、査読段階で引っかかる。論文の要件を満たしていないからだ。

その考察・研究の要件とは、どのようなものか。単に仮説を主張するだけではなく、それを裏打ちする論証がなければならない。この論証のために、他の研究者の研究や見解が引用(援用)されるわけだが、そのさいにも自分の評価や見解を述べる必要がある(先行研究のレビューをふくむ)。独自性が必要なのだ。引用についても独自の研究のない論文、論証を欠いた論文はしたがって、落第点ということになる。

いっぽう政治論文には、研究論文以上に求められる重大な要件がある。まず第一に必要なのは、政治主張が明確であることだ。ここが鮮明であればあるほど、すぐれた訴求力が求められる政治論文の要件となる(例文は後掲)。逆に言えば、いかに情勢分析や情報量にすぐれようと、主張のない政治論文は落第点なのである。

情勢分析において「全面的な政治暴露」をすると同時に、政治主張として「宣伝・煽動」すること。すなわち打倒すべき対象、連帯・支援すべき相手が明確にされなくてはならないのだ。以上が政治論文の要件である。
※「」内の引用はレーニン『何をなすべきか』(全国的政治新聞の計画について)。

そしてその政治主張はかならず、行動(任務)方針に結実されなければならない。具体的なスローガン、行動方針を欠いた政治論文は、ただのお喋りである。評論家の単なる批評ではない、国家と革命に責任を持つ革命党派の政治主張とは、そういうものだ。

それでは「radical chic」(47号)の「幾瀬仁弘論文」を、以上の観点からみていこう。

◆幾瀬論文はウクライナの敗戦と自治領化を主張している

幾瀬論文は資本主義の崩壊の危機が、中心部から周辺へのさらなる搾取と収奪による利潤で延命され、その究極の現われが戦争であるとする。これ自体は誤りではないが、ウクライナ戦争にはまったく当てはまらない。

ウクライナ戦争は19世紀的な帝国主義の顕現であって、プーチンが目指すものは資本主義の延命ではなく、絶対主義帝国(絶対的君主=皇帝による、複数の地域民族の独裁的支配)の復活なのである。したがって論文の基本骨格から、論軸をはずしたものになってしまっていると指摘しておこう。

そして幾瀬は、戦争の基本動因が軍事産業およびエネルギー資源であると云う。それもロシアのではなく、アメリカの目論見であると明言するのだ。残念ながら、その論証は何もない。いや、そもそも論証できるはずがないのだ。

軍需産業のために、バイデンが兵器供与で戦争を継続させていると云うのなら、なぜバイデンは「F16は供与しない」と断言したのか。エイブラムス戦車1輌が対価9億円に対して、F16戦闘機1機は20億円以上である。自衛隊も次期主力としている最新式のF35が125億円、中国の気球を撃墜して名をはせたF22ステルス機は、じつに350億円以上である。軍需産業のためなら、なぜこれらの高額兵器を供与しないのか。この事実を取材したうえで論証してみるといい。

エネルギー戦略がもたらした戦争だと云うのであれば、今回の戦争にセブンシスターズをはじめとする石油メジャーがどのような動きをして、戦争を画策したのか。これにも論証がない。すべての「政治暴露」が、幾瀬という人物の脳内世界の出来事なのである。その脳内世界を支配している陰謀論(ディープステート)については、稿を改めたい。

そして肝心の政治主張なのだが、ほとんどそれらしきものはない。この点でも、幾瀬論文には落第点を付けざるを得ない。

わずかに「われわれに課せられた任務は、日本における若者たちの決起を促し物質化することである」と、組織方針らしきものが書かれているが、具体的ではない。

そもそも首都圏委自身がウクライナ戦争反対に「決起」していないのに、どうやって「若者たちの決起を促し物質化する」というのだろうか。任務方針もまた、幾瀬の脳内世界の産物なのだ。

幾瀬論文の中から「政治主張」らしきものを抽出するとしたら、以下のくだりから主張の一端が得られないこともない。今回の戦争に対する態度である。

「戦争が続く(続けられる)のは、米国をはじめNATO諸国がウクライナに兵器を供与するからだ」(幾瀬論文)というものだ。

つまり米国とNATOが兵器の供与をやめれば、戦争は終わると幾瀬は主張しているのだ。すなわちロシアの侵略がウクライナ全土におよび、ゼレンスキー政権の崩壊によって、ロシアがウクライナを自治領化すること。プーチンの勝利にこそ、戦争終結の展望があるというのだ。

幾瀬論文はつまり、ウクライナに敗戦をもたらすために、アメリカの兵器供与反対を主張しているのだ。その結果、プーチンの移民奴隷化政策や戦争犯罪は不問にすることまで、考えをおよばしていない(無自覚な)のは明白である。

この無自覚な主張においてもなお、最初にわたしが問いかけた「この戦争が(首都圏委の主張する)帝国主義観戦争であれば、ゼレンスキー政権は傀儡政権として打倒対象になるのではないか?」という設問には、答えられないであろう。本当に自分の主張に自信があるのなら、ゼレンスキー政権打倒というスローガンを掲げてみてはどうなのか。

このように首都圏委は、ある種の自家撞着に陥っているにもかかわらず、ウクライナの敗北とロシアへの隷属化にしか、平和の展望はないと云うのだ。

幾瀬は「radical chic」(45号)論文においても「(ゼレンスキーが)ミンスク合意を無視しながら、NATO加盟をちらつかせてロシアを刺激したことがこの戦争の原因であった」とし、ブチャでのロシア軍の虐殺も「その原因をつくり出したのはゼレンスキーである」と主張していた。

この主張を維持するのであれば、幾瀬はプーチンのほぼ完全な代弁者であると指摘しておこう。ちなみに、わが国で幾瀬と同じ主張をしているのは、鈴木宗男や森喜朗ら親ロシア派の政治家だけである。

早川礼二も「radical chic」(46号)の「【補論】グローバル化時代の民族問題と戦争論」(これが改ざんと誤記誤植論文である)において、中井和夫(ウクライナ史)の著書を論拠にしながら、こう述べている。

「民族自決に基づく『国家の急増』が国際社会に与えている負荷・コストの大きさ」に触れ、「民族自決」を「民族自治」にかえていくこと「他(ママ)民族の平和的統合の政治システムとしての連邦制の可能性」を論じている。我々の時代認識が問われている。

と、ウクライナの「民族自決」を否定し、ロシア連邦内「自治領化」の必要を主張しているのだ。

これが首都圏委の政治主張であるのならば、在日ウクライナ大使館に「ウクライナはロシアに降伏せよ」「米帝の支援を断り、ロシアの自治領になれ」とデモをかけてみてはどうか。

もちろん、かれらにはそんなことも出来ないであろう。政治的な実践とはかけ離れた、客観主義的な批評家集団に陥っているからだ。そうなった理由も、つまびらかにしておこう。

◆「次世代共産主義者の輩出」に失敗した共産同首都圏委

「若者たちの決起を促し物質化する」のが任務だとする共産同首都圏委員会は、2000年を前後するころから「次世代共産主義者の輩出」を組織的なスローガンにしてきた。

60年代・70年代を闘ってきた先行世代の党員が高齢化し、組織の維持に危機感をもった、何となく情けないスローガンだったと記憶する。

ここ10年ほどで、相次いで指導的な党員が逝去したことから、しかしこのショボい組織拡大のスローガンは現実的だったと振り返ることができる。サロン的にではあれ、組織を維持してきたことには敬意を表したい。

しかしながら、70・80年代の苛烈な闘争(狭山・三里塚・沖縄・学園をめぐる党派闘争)を経験した世代の厳しさが失われ、穏和的な環境の中で継承された「次世代共産主義者の輩出」は、ほとんど失敗したと考えざるを得ない。

このかんの首都圏委との「論争」でわかったのは、まがりなりにも革命党派の構成員であれば必要な初歩的な知識、マルクス・レーニンの基本文献、国際共産主義運動の総括といった、70・80年代の学生活動家なら常識の範疇だった理論的な基礎がない、ということだった。

幾瀬仁弘がコミューン原則(常備軍に代わる全人民武装)を理解していないとか、早川礼二がひたすら「戦争国家」を批判することで、戦争と革命における政治論文の論軸、すなわち打倒対象と連帯の相手を定められないなど、彼らがまともな政治論文を書けなかったのも、それなりの理由がある。これが私の感想だ。

現代思想の脈絡でガタリやドゥルーズ、ネグリやジジェクをいかに語ろうとも、そこにマルクス哲学の基礎やレーニンの実践を媒介にした理論的な地平、社会運動の歴史的知識を検証させる体験がなければ、死んだ学習にすぎないのだ。

とりわけ理論が実践において検証されることもなくなった時代に、狭山闘争や三里塚といった党の立脚点だった大衆運動から召還し、現実に対して客観主義的な批評家集団にしてしまった、前世代の責任は大きいと指摘しておこう。

◆簡潔で方針が鮮明な、政治論文の好例がこれだ!

このままではあまりにも悲しいので、市民運動に埋没し「あらゆる戦争国家に反対する」(早川礼二論文)などと、小ブル的な反戦運動のスローガンに収束する首都圏委が思いもよらない、プロレタリア階級と共産主義者の戦争に対する原則的な態度を引用しておきたい。

以下は、同じ共産同(ブント)系の党派で簡潔にまとめられた、ウクライナ戦争に関する政治論文の引用である。まっとうな政治論文である証左として、具体的な行動方針が盛り込まれているのに注目されたい。

【ロシアのウクライナ侵略において、左派は被侵略民衆と政府の抗戦を徹底支援すべきである】

埴生満 ※共産主義者同盟(火花)『火花』461 号(2023年2月)所収

「今般のプーチン=ロシアのウクライナ侵略と労働者・民衆虐殺は人権、民主主義および階級闘争の観点から一切許せる余地はなく、怒りとともにこれを弾劾する。我々共産主義者はプーチン=ロシアの侵略と虐殺に反対し、米国・NATO 諸国を含む世界各国の民衆と政府にウクライナ民衆・政府への全力での支援を求め、また自身でも実践する必要があり、それに向けた行動を呼びかける。この際、西側帝国主義国政府の過去の愚行・蛮行を理由にしてそのウクライナ支援を阻害しようとすべきではない。
(中略)
全世界の共産主義者に対し、各自の活動条件に合わせて以下のような種々の行動に参加し、あるいは自らそのような行動を組織して、周囲の労働者・民衆に働きかけそれを拡大していくことを呼びかける。

■自国政府に対し、ウクライナの労働者・民衆およびそれを代表する民主主義的政府への全面的(人道的か軍事的かを問わない)かつ最大限の支援を要求する。その一部として、ウクライナとロシアからの難民・亡命者を最大限受け入れることを求める。

■ウクライナ現地での活動、自国社会での募金・街頭行動、インターネット上の活動などあらゆる手段で、ウクライナの労働者・民衆、あるいはそれを代表する政府への直接的支援を行い、現地と国際社会におけるその力と立場の強化を図る。

■ユニセフなど国連の人道機関、「国境なき医師団」などを含む国際NGOのウクライナや周辺諸国での活動を支援する。

■インターネット上かリアルの現場かを問わず、プーチン政権およびその出先諸機関や追随者によるディスインフォメーション(虚偽情報)を含めたプロパガンダの欺瞞を徹底的に暴露し、それらを無効化していく。

■左派内部を含め存在している「プーチンの侵略は悪いが NATO・ウクライナも悪い」といった、事実経過を無視した日和見主義的な「どっちもどっち」論を批判し克服していく(以下略)。※(引用文責・横山)

いずれ「台湾有事」「米日帝の中国侵略反革命戦争」にさいして、米帝の戦争には反対だが、台湾人民の反帝(反中国)独立闘争に、いかなる態度を取るのか、が問われる。その意味で、ウクライナ戦争は左派の理論闘争が不可欠なのだ。

※なお、ウクライナ戦争論争については2月20日発売の『情況』(第6期創刊号)において、渋谷要の寄稿ほかで扱っているので参照されたい。

プーチンの戦争を止めよう! ウクライナに連帯を! 2.23新宿デモ 2023年2月23日(木)13時半~ 新宿駅東口アルタ前広場 (呼びかけ団体=ウクライナ連帯ネットワーク)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

ウクライナ侵攻から1年 ── ヨーロッパを18世紀にもどしたプーチンの戦争犯罪 横山茂彦

ロシアの侵攻・ウクライナ戦争の危機を、この通信で報じたのは、昨年(2022年)の2月23日のことだった。あれからあと10日で1年になる。経緯を振り返りながら、戦争の今後を展望しよう。

◆プーチンの戦争は近代以前のスタイル ── 力押しに兵力を前線に送り込み、兵士たちを消耗品のように使い尽くす

※[参照記事]「風雲急を告げる、ウクライナ戦争の本質 ── 戦争をもとめる国家・産業システム」(2022年2月23日付けデジタル鹿砦社通信)

当初われわれは、アメリカの軍産複合体による戦争の必要、ロシアの覇権主義による帝国主義的併呑として、この戦争の本質をみてきた。多数の人種が混住する東ヨーロッパに特有の、したがってボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のような内戦状態になるであろうと。そしてアメリカの介入で長期化は避けられないと。

この見方はしかし、プーチンという独裁者を分析するにつれて、誤りであると結論せざるを得なかった。

それというのも、ウラジーミル・プーチンがかつてのアドルフ・ヒトラーとほぼ同じ、好戦的な独裁者であり謀略家であること。さらにはヨシフ・スターリン以来の民族併合主義であり、強権的な独裁者であることが明白になったからだ。

いや、ヒトラーやスターリンに擬するのはふさわしくないかもしれない。プーチンの戦争は力押しに兵力を前線に送り込む、兵士たちを消耗品のように使い尽くす、近代以前のスタイルである。

あにはからんや、開戦後のプーチンはピョートル大帝やエカチェリーナⅡ世を理想とするものだった(プーチン談話)。かれは21世紀に18世紀の戦争を持ち込んでいるのだ。そして、その心性も明らかになっている。

※[参照記事]「核兵器使用を明言した妄執の独裁者、ウラジーミル・プーチンとは何者なのか? ── 個人が世界史を変える可能性」(2022年2月26日付けデジタル鹿砦社通信)

◆スターリンを彷彿とさせるプーチンの強権

ヒトラーがウィーン時代に感じたユダヤ人への敵意と同じように、プーチンは東ドイツ時代(シュタージの一員として暗躍)に壁の崩壊を体験し、大衆の反乱に恐怖を抱くようになった。それゆえに言論統制と対立政党の非合法化をもって、ロシア連邦の復活を強権的に行なった。その姿は鉄の人スターリンを彷彿とさせる。事実、ロシアではスターリン像の再建が進んでいる。

※[参照記事]「第三次世界大戦の危機 プーチンは大丈夫か?」(2022年3月14日付けデジタル鹿砦社通信)

そしてこの戦争が、アメリカとロシアの中東派兵などとは違い、国境接した国同士の本格的な領土侵略として顕現した以上、そして片方の国が核大国であることから、第三次世界大戦の勃発につながりかねないと指摘してきた。第三次世界大戦の勃発とはすなわち、核熱戦争の招来にほかならず、人類の滅亡をもふくむ災禍であると。

しかし、その後の展開は核戦争の脅しと恐怖はありつつも、やはり核兵器は使えない兵器であることが明らかになりつつある。専門家のあいだで想定されていた戦術核もウクライナ国内(ロシア占領地)に配備されることはなかった。おそらく本格的な核熱戦争を怖れているのは、当のプーチンであるのだろう。

したがって、南部・東部地域においても通常兵器での応酬がもっぱらとなったのである。

※[参照記事]「ウクライナ戦争 ── 戦況総括と今後の展望」(2022年5月23日付けデジタル鹿砦社通信)

◆ウクライナ戦争は数年単位の長期化が必至

ところで、それ以前にロシアの戦争計画の杜撰さも明らかになっていた。当初、ロシア軍は南部(クリミア半島方面)・東部ドンバス地域、北部からウクライナの首都キーウを、3方面から急襲する作戦だった。このうち、北部から一気呵成に首都を陥れ、西側観測筋にもあったゼレンスキー政権の亡命を促す作戦だった。

その作戦は北部からの機甲部隊の圧力、および空挺部隊で空港を支配下に置くことで、首都キーウを包囲するというものだった。

しかし空挺部隊の空港制圧は、事前にウクライナ軍に読まれていた。ウクライナ軍の待ち伏せにより、ロシア軍空挺部隊は孤立、初期の段階で壊滅した。いっぽう、戦車を先頭にした機械化部隊も、ウクライナ軍がキーウ北部の河川堤防を決壊させることで、泥濘の中に動きを止められた。

そして地対地ミサイル、ジャベリンによって、動けなくなった戦車が砲塔上部を破壊される事態が多発した。ために、ロシア軍の戦車は砲塔の上に鉄製のバリケードをくっつけて走るという、珍無類の戦闘風景が現出したのである。


◎[参考動画]ウクライナジャベリン対戦車ミサイルが5両のロシア戦車を破壊-ARMA3

戦車であれ戦闘艦であれ、兵器の弱点は武器庫である。ロシア戦車は砲塔に弾薬庫が併設されているために、真上からミサイルを受けたさいに自爆する。ウクライナの戦争報道で、砲塔が吹っ飛んだ戦車が赤茶けるまで焼けているのは、弾薬の爆発→軽油(ディーゼル燃料)の炎上の結果、剥き出しになった鉄甲が赤く錆びるという現象なのだ。

速戦圧勝という、ロシア軍が想定した作戦は頓挫した。北部から東部へと部隊を移動せざるをえなくなり、そのかんにロシア軍の大部分が部隊としては崩壊してしまったのである。プーチンの予備役招集、新たな徴兵はその証左にほかならない。

そしていま、ドイツ製レオパルド1・2の供与など、NATOのウクライナ支援が継続、拡大している。ポーランドが100輌供与するレオパルド1については、ロシア製のT72など前世代戦車に属するが、赤外線暗視装置や渡河可能なシュノーケルなど、50年前は最新鋭とされたものだ。

レオパルド2は普及型としては最新鋭だが、現代戦車の優劣はソースコードによるとされている。ようするに、クルマでいえばマニュアル式のギアミッションとオートマの違い、ナビゲーションシステムの有無、後方確認システムなど、最新の電子システムを備えているかどうかの違いである。

そのレオパルド2、アメリカ製のM1A2エイブラムス、イギリス製のチャレンジャーなど最新戦車が投入されたならば、戦局は長期化する。かくして、ウクライナ戦争は数年単位の長期化が必至となったのである。


◎[参考動画]これが、どの国もレオパルト2戦車と戦うことを望まない理由です。

※[参照記事]「戦争の長期化は必至 ── 犯罪人プーチンとロシア軍が裁かれる日」(2022年6月18日付けデジタル鹿砦社通信)

◆21世紀を生きる我々に何ができるのか

プーチンの戦争に反対し、ウクライナの人々を支援する以上に、21世紀を生きる我々に何ができるのか。ウクライナ大使館を通じた支援、ユニセフやアムネスティを通じた支援もさることながら、国際法違反を声高に発信するのが、じつは歴史的には有効である。ロシアに対して、虐殺や国際法違反を警告するのである。

この点はSNSを通じて、あるいは国際的に影響力のある報道機関をつうじて、研究者や識者の提言を送ることで、プーチン政権の動揺を誘うことが可能であろう。それはわれわれにも出来る活動だ。

街頭行動も準備されているので、紹介しておこう。1周年の2月23日には、ロシア大使館行動もあるようだ。

プーチンの戦争を止めよう! ウクライナに連帯を! 2.23新宿デモ 2023年2月23日(木)13時半~ 新宿駅東口アルタ前広場 (呼びかけ団体=ウクライナ連帯ネットワーク)

さて、今回の戦争は反戦平和を訴える左翼陣営において、思いがけない混乱が生じた。ロシアもウクライナも、どっちもどっちだ。アメリカ(NATO)とロシアの帝国主義間戦争論、ウクライナは降伏するべきだ、などなど。これについては私が批判した共産同首都圏委の沈黙、論争回避の決定など思わぬ事態に発展しているので、後編としてお伝えしたい。(つづく)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年3月号

《2月のことば》Power to the People 鹿砦社代表 松岡利康

《2月のことば》Power to the People(鹿砦社カレンダー2023より。龍一郎揮毫)

 
年が明け、あっというまに2月になりました。
「1月は去(い)ぬ、2月は逃げる、3月は去る」といいますが、これから月日が経つのは、あっというまです。
心して一日一日を悔いのないように過ごしましょう。

「Power to the People」はジョン・レノンがベトナム戦争末期の1972年に発表した曲名です。
私たちの時代には「人民に権力を」と訳しましたが「人々に力を」と訳す人もいました。
いずれにしろ、世界中の「人民」や「人々」が力を結集しベトナム戦争の終結に至らしめたというのは歴史的事実です。

今、ウクライナ戦争が始まり1年が経とうとしています。
これが戦争の末期なのか、さらに継続する節目なのか分かりませんが、世界中の人々の力によってウクライナ戦争の終結が一日も速く来ることを心から祈りたいと思います。
平和への「種を蒔いたら いつか芽を出す花が咲く」ことを祈りたい。

さて、私事ながら、2月1日という日は、51年前の1972年2月1日、まだ20歳になったばかりの私は、志を同じくする学友と共に学費値上げに抗し、これを実力で阻止せんと闘い逮捕された日です。
100名以上の学友が検挙され43名が逮捕、10名が起訴されました。
「春秋に富む若者」(判決文より)であった私(たち)の志とは何だったのか、以後51年間、反芻しながら生きてきました。
私にとっては、誕生日、「名誉毀損」の名の下に逮捕された7月12日と共に、三大記念日の一つです。

あの酷寒の日のピュアな志を想起しつつ、残り少なくなった人生を生きていきたい──。

(松岡利康)

タブーなきラディカルスキャンダルマガジン 月刊『紙の爆弾』2023年2月号
〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌 『季節』2022年冬号(NO NUKES voice改題 通巻34号)