勇者たちは地獄に堕ちるのか? ロシアの民間軍事企業「ワグネル」創設者プリゴジンはプーチンに粛清されるかもしれない 横山茂彦

反プーチン勢力(ロシア義勇軍・自由ロシア軍など)がウクライナから越境攻撃するなど、ウクライナ戦争は緊迫の度を高めている。

ロシアの内戦のきざしとともに、注目を集めているのがワグネルのプリゴジンの発言(映像パフォーマンス)である。

「弾薬が70%足りない。ショイグ(国防相)、ゲラシモフ(参謀総長)! 弾薬はどこにあるんだ」「あれほど要求したのに、送られてきたのは、たった10%だ!」
と、軍首脳を罵倒してきた民間軍事会社ワグネルのプリゴジンは、バフムトを完全制圧したとして(ウクライナ軍部はこれを否定し逆包囲を示唆)、前線からの撤退を表明した。

投降したワグネルの兵士(懲役囚)の話では、ウクライナ兵の位置を知るために丸腰で最前線の標的にされたという。ワグネルに「退却はない」のだそうだ。その戦い方はしかし、弾薬不足を証明しているのかもしれない。


◎[参考動画]ワグネル「バフムト撤退」表明 ロシア軍に陣地を引き継ぎ(2023年5月25日)

◆クーデターを怖れている?

ロシア軍がワグネルに弾薬を送らない理由が、プリゴジンのクーデターを怖れているのではないかという説がある(中村逸郎「現代ビジネス」ほか)。

独裁者がみずからと対抗するナンバー2を許さないのは、ナチスドイツのヒトラーとエルンスト・レームの関係に明らかだ。

二人の関係を描いた戯曲『わが友ヒットラー』で、三島由紀夫はレームに「軍隊は男の楽園」と語らせ、その軍隊を統制する政治が左右の過激分子を排除する権謀術策であることを証していく。

その三島が激賞した映画「地獄に堕ちた勇者ども」は鉄鋼王の一族が、ナチスに乗っ取られていくドラマの中に、レーム粛清の「長いナイフの夜」を挿入している。休暇先でのドイツ人らしからぬ陽気な乱痴気騒ぎと、眠りこけている朝、SSを中心とした正規軍に虐殺されるシーンの対比が凄まじい。


◎[参考動画]「地獄に堕ちた勇者ども」La Caduta degli dei〈The Damned〉(1969伊・西独)

ちなみにイタリアの原題は「La caduta degli dei(神々の堕落)」で、西ドイツでは「Die Verdammten(くそ野郎)」。共同制作国でも、ナチスを扱う分だけ表現が違うわけだが、アメリカはドイツの原題をそのまま「The Damned(くそったれ)」である。品がなさすぎる。邦題がいちばん相応しいと思う。

◆緩慢なる粛清

ところで一説には、プリゴジンに届けられたのは弾薬だけではなく、「バフムトの陣地を離れたら、祖国に対する国家反逆罪になるという脅し付きだったのだ」(前出、中村)という。

ロイターは「 ロシア民間軍事会社ワグネルの創設者エフゲニー・プリゴジン氏は、ウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトから部隊を撤退させれば祖国に対する反逆と見なすと示唆されたと明らかにした」と報じている。だとしたら、これは緩慢な粛清ではないのか。

「この戦争のみならず、シリア内戦の時も、プリゴジン率いるワグネルはロシアの正規軍よりも最前線に立って戦ってきました。それもすべては、『盟友』プーチンのために他なりません。しかし、ここ最近のやり取りから、プーチン側はプリゴジンを切り捨てたように見えます」(中村)

プーチンとプリゴジンの関係は、プーチンがサンクトペテルブルク市第一副市長だった頃からだという。プリゴジンは継父とともに始めたホットドッグ店のネットワークからレストラン経営に転じたころ、プーチンが店に通うようになったという。

公式の記録では、2001年にプーチンとシラク仏大統領が、プリゴジンが経営する「ニューアイランド(船上レストラン)」で食事をしている。このときプリゴジンは、個人的に料理を提供したという。2002年にはジョージ・W・ブッシュ大統領を迎え、2003年にはプーチンが同レストランで誕生日を祝っている。

◆戦争を商売にする者たち

ワグネルは約5万人とされているが、ロシア軍の先鋒隊として世界各地で戦闘を行なっている。

提携する軍隊は、ウクライナドンバスの親ロシア派だけではなく、シリア正規軍・イランのイスラム革命防衛隊・中央アフリカ軍・モザンビーク国防軍・マリ軍・リビア革命軍など。そして派遣先でワグネルグループの子会社を通じて権益を得ているのだ。かつての関東軍がアヘン利権で戦費をおぎなったように、独立した政商軍隊なのである。それゆえに派遣先では戦争犯罪行為を訴追され、国際犯罪組織に指定されてもいる(アメリカなど)。

このことはまた、現代世界が21世紀の今日もなお、戦争(侵略と内戦)という経済実体を持っていること、グローバル資本主義のもとでもなお、ナショナリズムと国家主義の堅牢さがあることを雄弁に物語っている。

独裁政権をめぐる権力闘争もまた権謀術策にまみれ、戦争の中で人命を食い物にしながら残虐に行なわれるのだ。プリゴジンとプーチンの関係から目を離せない。


◎[参考動画]【ドキュメンタリー】“プーチンの料理人”がウクライナに「囚人兵」を派遣 ロシア軍事企業「ワグネル」の暗躍【TV TOKYO International】(2023年1月27日)

▼横山茂彦(よこやま・しげひこ)
編集者・著述業・歴史研究家。歴史関連の著書・共著に『合戦場の女たち』(情況新書)『軍師・官兵衛に学ぶ経営学』(宝島文庫)『闇の後醍醐銭』(叢文社)『真田丸のナゾ』(サイゾー)『日本史の新常識』(文春新書)『天皇125代全史』(スタンダーズ)『世にも奇妙な日本史』(宙出版)など。

月刊『紙の爆弾』2023年6月号