◆EV推進の意図

2022年1月、日本自動車工業会の豊田章男会長はEVによる自動車の買い替え促進が自動車の出荷額や雇用を増やし、経済の循環につながるとして、政府と実現に向けた政策を議論するとアピールした(上岡直見『自動車の社会的費用・再考』2022年緑風出版)。

ガソリン車では買い替え需要が見込みにくい。そこでガソリン車を廃止して、一斉にEVに切り替えることによって、ユーザーに買い替えさせることを目論んでいる。先行する欧米の自動車メーカーにも同様の意図があると思われる。買い替えによって販売を促進できるというわけだ。「CO2説」の背景にはこのような欧米の自動車業界の思惑が見え隠れする。

また、「政府との政策議論」とは、後発の日本の自動車メーカーがEV化に乗り遅れないよう政府による補助金や減税の拡大などの後押しの要求に他ならない。

現在も「脱炭素」を口実にEVや燃料電池車の購入者に対して多額の補助金が交付されている。例えばEVである日産リーフSの小売価格は302万円であるが、CEV(クリーンエネルギー自動車)の直接補助金により38.8万円が支払われ、エコカー減税が4.9万円提供されている(上岡直見『自動車の社会的費用・再考)。豊田氏は補助金や減税のさらなる拡大により、高価なEVの販売を促進したいのである。

1月26日、豊田氏はトヨタ自動車の会長となり、新社長に佐藤恒治氏が就任した。佐藤氏は2月の記者会見で「EVファーストの発想で事業のあり方を大きく変えていく」と断言した。

このようにトヨタは買い替え需要を見込んで補助金や減税目当てにEVに大きく舵を切った。前述の通り、EVはCO2を減らさない。「脱炭素」に役立たないにもかかわらず、自動車メーカーを優遇する多額の補助金や減税の拡大の是非が問われればならない。

◆EV推進に伴う電力需要の急増

EVは多量の充電を必要とする。2020年12月資源エネルギー庁は2050年発電電力量を約1.3~1.5兆Kwhと推測した。これは2018年の発電電力量より約3割~5割多い水準である(橘川武郎『災後日本の電力業 歴史的転換点をこえて』2021年名古屋大学出版会)。

今後、日本では急速に人口減少が進むのに電力供給増加を目指す原因の1つがEVの普及である。EVの生産拡大による電力供給の必要について、前述の豊田章男氏は2020年12月17日、オンライン記者会見で次のように述べる。

「乗用車400万台を全てEV化したらどういう状況になるのか。夏の電力使用のピークの時に発電能力を10~15%を増やさないといけません。原発でプラス10基、火力発電であればプラス20基必要な規模です」
「1台のEVの蓄電量は家1軒の1週間分の電力に相当します」
(加藤康子『EV(電気自動車)推進の罠 「脱炭素」政策の嘘』2021年ワニブックス)。

このように豊田氏は全EV化は原発や火力発電の大幅な増設が必要と警鐘を鳴らす。政府は「脱炭素」という題目を繰り返しながら、電力供給の急増を明確にしないが、全てをEV化したら原発全面活用が避けられないという事実を暴露した発言は興味深かった。

「脱炭素」のための電気自動車なのに豊田氏が再エネ発電の増設を求めなかったのは、太陽光や風力発電はエネルギー密度が薄くて電力供給が不安定なため、使いものにならないことを知っているからだと思われる。

EVを太陽光発電の蓄電池代わりに使用できるという意見があるが、「大型バスの屋根全面に太陽光パネルを貼って得られる電力は原付1台分」(上岡直見『「走る原発」エコカー 危ない水素社会』2015年コモンズ)という。自宅の屋根にソーラーパネルを貼ってもEVの普通車の充電はとても無理である。また、普通の生活をしているのは昼働き、夕方帰宅してから充電するので、日没後は発電しない太陽光は全く役に立たない。

日産のEV「リーフ」のウェブサイトには「電力供給に余裕のある夜間に充電を行い、電力需要が高まる昼間に貯めた電力を実際の走行や家庭の電力に活用」とある(同前)。「夜間に電力が余る」という前提こそ、原子力発電に密接に関連している。太陽光発電は夜間に発電しないし、火力発電は出力調整ができるので夜間に「電力を余らせる」必要はない(同前)。

結局、原発がEVに最も親和性が強いのである。(つづく)

本稿は『季節』2023年秋号掲載(2023年9月11日発売号)掲載の同名記事を本通信用に再編集した全3回の連載記事です。

▼大今 歩(おおいま・あゆみ)
高校講師・農業。京都府福知山市在住

3月11日発売 〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌『季節』2024年春号 能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

〈原発なき社会〉を求めて集う 不屈の〈脱原発〉季刊誌
『季節』2024年春号(NO NUKES voice 改題)

能登大震災と13年後の福島 地震列島に原発は不適切

《グラビア》能登半島地震・被災と原発(写真=北野 進

《報告》小出裕章(元京都大学原子炉実験所助教)
 能登半島地震から学ぶべきこと

《報告》樋口英明(元福井地裁裁判長)
 地雷原の上で踊る日本

《報告》井戸謙一(弁護士・元裁判官)
 能登半島地震が原発問題に与えた衝撃

《報告》小木曽茂子(さようなら柏崎刈羽原発プロジェクト)
 珠洲・志賀の原発反対運動の足跡を辿る

《報告》山崎久隆(たんぽぽ舎共同代表)
 「大地動乱」と原発の危険な関係

《講演》後藤秀典(ジャーナリスト)
 最高裁と原子力ムラの人脈癒着

《報告》山田 真(小児科医)
 国による健康調査を求めて

《報告》竹沢尚一郎(国立民族学博物館名誉教授)
 原発事故避難者の精神的苦痛の大きさ

《インタビュー》水戸喜世子(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表
 命を守る方法は国任せにしない

《報告》大泉実成(作家)
 理不尽で残酷な東海村JCO臨界事故を語り継ぐ

《報告》後藤政志(元東芝・原子力プラント設計技術者)
《検証》日本の原子力政策 何が間違っているのか《2》廃炉はどのような道を模索すべきか

《報告》森松明希子(原発賠償関西訴訟原告団代表)
すべての被災者の人権と尊厳が守られますように

《報告》平宮康広(元技術者)
放射能汚染水の海洋投棄に反対する理由〈後編〉

《報告》漆原牧久(脱被ばく実現ネット ボランティア)
「愛も結婚も出産も、自分には縁のないもの」311子ども甲状腺がん裁判第八回口頭弁論期日報告

《報告》三上 治(「経産省前テントひろば」スタッフ)
本当に原発は大丈夫なのか

《報告》佐藤雅彦(ジャーナリスト/翻訳家)
日本轟沈!! 砂上の“老核”が液状化で沈むとき……

《報告》板坂 剛(作家/舞踊家)
松本人志はやっぱり宇宙人だったのか?

《報告》山田悦子(甲山事件冤罪被害者)
山田悦子の語る世界〈23〉
甲山事件五〇年目を迎えるにあたり誰にでも起きうる予期せぬ災禍にどう立ち向かうか〈中〉

《報告》再稼働阻止全国ネットワーク
能登半島地震と日本の原発事故リスク 稼働中の原発は即時廃止を!
《老朽原発》木原壯林(老朽原発うごかすな!実行委員会)
《規制委》木村雅英(再稼働阻止全国ネットワーク)
《志賀原発》藤岡彰弘(志賀原発に反対する「命のネットワーク」)
《六ヶ所村》中道雅史(「原発なくそう!核燃いらない!あおもり金曜日行動」実行委員会代表)
《女川原発》舘脇章宏(みやぎ脱原発・風の会)
《東海第二》久保清隆(とめよう!東海第二原発首都圏連絡会)
《地方自治》けしば誠一(反原発自治体議員・市民連盟事務局長)

《反原発川柳》乱 鬼龍

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