30代で、東京に住み始めた頃だった。駅のホームで、前を歩いていた女性がハンケチを落としたので、拾って差し出した。きわめて、当たり前の行動として。
「チッ」
舌打ちをすると、私と同世代のその女性は、ハンケチをひったくって歩き去った。
ナンパと間違われたのだろうか。しかし、こちらから何か仕掛けたわけではなく、正真正銘彼女のハンケチだったから、持って行ったのだろう。

50代になって振り返ってみると、この時のことが、ずいぶん心に突き刺さっていたのだ。
私はそれからも善行をやめなかったつもりだが、他人が落とした物を拾ってあげる、ということができなくなっていた。
それはその人の問題、自分が関わり合うことではない、という意識が働いた。

続きを読む