お堂へ向かうために起ち上がると、「お経はそんなに長くやりませんから」と住職は言って笑った。
さすが、ビジネス坊主。よく分かっている。遺骨を墓に入れるための立て前として行うだけだから、お経などはいらないのだ。元市役所勤めの、俗人坊主のお経など長く聞きたくはない。
その後に行う「偲ぶ会」のほうが意味があるので、早く終わらせてもらうに越したことはない。

親戚縁者がお堂に入り、読経が始まる。父親の遺骨は、高い壇に乗せられている。
父の人生とはなんだったのだろう。
小さな建築会社を倒産させた父は、経営者として敗北者である。
地道にコツコツと仕事をしていても、行き詰まる人はいるだろう。
父はそうではなかった。経営が上手く行っていない時でも、毎日のように小料理屋で呑み、噺家や役者のタニマチになり金を遣っていた。まったくの、放漫経営だ。
資金繰りに困ると、私たち子供から金を借りた。高校生だった時の弟から100万を借りて、返していない。
母の弟が建てた祖父母のための家を担保に入れさせる形で金を借り、半分ほどしか返していない。叔父は、家を手放すことになった。
まったく、同情の余地はない。

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