本音はこうだ。

「日本は核武装する。核兵器の使用も躊躇わない。だから動かせないと解っていても『もんじゅ』は放棄しない。いわんや原発は再稼働、推進路線に微塵の変化もない」

◆横畠答弁を号外で報じなかった!──反発する神経や生理が失われている社会

重大な発言が新聞の政治面の中で、交通事故を取り上げる程度の大きさでしか報じられていない。冒頭の「核兵器使用可能」発言は参議院の予算委員会で民主党の白眞勲の質問に内閣法制局長の横畠裕介が答弁したものだ。

「憲法上、すべてのあらゆる種類の核兵器の使用がおよそ禁止されているとは考えていない」

と言い放った。核武装を前提として(そんな公式政府見解は、その時点では無いのに)、一気に核兵器による攻撃を合憲としたこの発言は新聞なら号外が、ニュースでは大々的に扱われるべきとんでもない発言だ。しかし諸メディアの扱いは、なべておとなしいものだ。むしろ政権当局の方が慌ててこの発言の火消に必死になっていたけれども、実はそんな必要はなかった。国民にはこの重大発言はその重さと同等の比重で伝えられていないし、伝わったとしてもそれに感応する、反発する神経や生理はつとに失われている。

◎核兵器使用「全くあり得ない」菅官房長官、法制局長官答弁で「火消し」(2016年3月18日付J-CAST)http://www.j-cast.com/2016/03/18261794.html

順逆になったようだが、エイプリルフール(4月1日)に政府は「お・そ・ま・き・な・が・ら」横畠の暴言に根拠を与える、これまた重大な見解を決定する。

鈴木貴子衆議院議員の質問主意書への答弁として用意された答弁書では、「核兵器の報論理上、自衛のための必要最小限の実力保持は憲法9条によって禁止されていないと」前置きして、「核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、保有することは必ずしも憲法の禁止するところではない」とする答弁書を決定した(参考:憲法9条1項日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する2項前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない)。
同時に、日本が掲げる非核三原則で「憲法上は保有することが禁じられていないものを含めて、政策上の方針として一切の核兵器を保有しないという原則を堅持している」とも書いている。

◆詭弁・曲解・こじつけ・非論理性の全てを不足なく備えた核武装宣言

私には訳が分からない。私は日本語の基礎能力を失ってしまって「馬鹿」になったのだろう。そうに違いない。政府のお役人さんや議員さん、ましてや大臣や総理大臣は頭脳明晰、博覧強記、歴史に知識に富み、智慧もあり、未来を洞察する力も卓越した佐藤優(!)みたいな方ばかりに決まっているじゃないか。

私のように「答弁書」の内容の不整合と、憲法9条との決定的な不和解をこの文章に読み取る人間は「馬鹿」なのだ。新聞だってこの日の政治・総合頁のトップは「対北朝鮮で情報共有加速 政府韓国軍と連携重視」が大見出しで、このニュースは紙面の中ほどに3段で報じられているだけじゃないか。

「馬鹿」な私にはこれらが、とんでもなく重大で憲法違反は明白なように思える。政府がここまであからさまな憲法、法律無視を堂々と行う行為は「国民も全ての法律を無視してよいのよ~ん」とのメッセージにしか読み解けない。詭弁・曲解・こじつけ・非論理性の全てを不足なく備えた、それでいて憲法の極めて簡明な文章を踏みつけにして核武装を宣言する「核保有国宣言」を前に私は「ああ、私が馬鹿なんだ」と結論付けるしかない。ごく初歩的な日本語において、私は政府見解を理解(容認)することが到底出来ず、逆ベクトルは「私のような人間の存在を許さない」力となって作用してくるであろうことに、残念ながら思いがいたる。

◆この国の言論世界はすでに中東と変わらない無法地帯と化している

一度は廃止が決定されたはずの「もんじゅ」を存続させようと文科省が画策している。国立大学を独立行政法人に看板を架け替えたのと同じ方式で「国営」から「半国営」へ運営主体が変わったふりをして生き延びさせようと有識者会議(座長:有馬朗人元文相)が検討しているそうだ。なにが「有識者会議」だ。「有識者会議」・「賢人会議」などと名を冠された会議に呼ばれて、ノコノコ出て行く奴らは御用学者か太鼓持ち文化人とお飾り程度のアリバイに利用される少数「良識派」という構成比はいつでも変わらない。結果ありきが「有識者会議」のお決まりの演技である。

しかし、ここまでズドンスドン正面切って見事に打ち込まれると、こちらも言葉を返すだけでも間隙がない。言論の世界では既にこの国もシリアを中心とする中東と変わらない無法地帯化している。「核兵器による攻撃可能」(横畠内閣法制局長)、「核兵器の保有合憲宣言」(政府)、「もんじゅ」存続(有識者会議)。その先にあるものは? 簡単な想像力からは核戦争しか引き出せないじゃないか。

半永久的に続く原発事故の収束作業を横目に東京オリンピックを準備し、原発を再稼働し、核攻撃を宣言する。さして社会は問題視しないし、日常は今日も変わらない。まったく穏当ではない。

▼田所敏夫(たどころ としお)
兵庫県生まれ、会社員、大学職員を経て現在は著述業。大手メディアの追求しないテーマを追い、アジアをはじめとする国際問題、教育問題などに関心を持つ。※本コラムへのご意見ご感想はメールアドレスtadokoro_toshio@yahoo.co.jpまでお寄せください。

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